日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)Amethyst League〔1〕

 僕達は、満天の星空を見上げていた。
 秋口の夜風が肌に心地よい程度に涼しく、さらりと頬や上着を撫でては静かに過ぎ去って
いくのが分かる。今夜の天気は、快晴。絶好の観測日和だった。
 テレビで知った、流星群の到来。
 昼間、学校でいつもの仲間達とその流星群を見ようという話になり、こうして夜に河川敷
に集合したという訳だ。
「……まだ、見えないね」
 仲間達と集まる事、そして何よりまだ小さかった僕達が夜中に連れ立って出掛けるという
行為自体がその当時は新鮮に思えたのだろう。僕はわくわくした気持ちを隠し切れずにまだ
かまだかと夜空を見上げていた。
「ま、気長に待とうぜ」
「そうそう。こうして待っている時間の方が楽しかったりするもんね」
 傍らにはいつもの仲間達が立って同じ様に空を見上げている。
 時折、夜の冷えた空気を伝わる皆の声に顔を向け、断片的な雑談が飛び交う。
 視線を向けた先の視界には、僕達以外にも河川敷で空を見上げている人影がちらほらと見
える。どうやら考える事は皆同じらしい。この河川敷一帯は特に空を遮る物が少なく、何よ
りも広々として流星を見るにはもってこいの、市民の憩いの場なのだから。
「……い、今の内に考えておいた方がいいのかな?」
「え? 何を」
「その……お星様にするお願い事」
「あぁ、流れ星が消える前に祈ると願い事が叶うってやつね」
「……所詮石ころだろ」
「こらアツシ、そんな夢の無い事言わないの。折角のムードを台無しにする気?」
「まぁまぁ。アツシ君のいう事は間違ってはいないけど……。それでも、誰だって叶えて欲
しい事の一つや二つはあるんじゃないか?」
 ぼそっと、僕らの中でもとりわけ大人しそうな女の子──ヒナちゃんが呟いた。
 空をじっと見上げたまま、それに淡々と応えるアツシに、それぞれ反応を見せるタマちゃ
んとサーヤ。言葉こそ少しぶっきらぼうだけども、今までの付き合いからそれすらも雑談の
一つである事は、僕達もよく分かっていた。
「……おっ?」
 ちょうどそんな時だった。
 ニヤニヤと、そんなやり取りを横目にしながら空を見上げていたハルがすっと目を細めて
夜空に起こり始めた変化に声を上げる。
 流星群が、やって来たのだ。
 同じように夜空の変化に築いた周りの人達も、そこかしこで感嘆の声を漏らしだす。
 それだけ綺麗な光景だった。
 流れ星ではなく、流星群。その名に相応しい無数の青紫色の光の筋が、真っ黒な下地に点
々と散らばるたくさんの光点の間を塗り替えるように次々と過ぎっていく。
「うわぁ……」
「綺麗……」
「ああ。来て良かった」
「……そうだな」
「へへっ」
「えっと、えっと。お、お願い事を……」
 アツシの言うように、それらは遠い遠い場所からやって来た石ころなのだろう。だけどそ
の流星達の降り注ぐ光景は、そうした事実を遠くに押しやり僕達をしばし夢心地に浸らせる
には充分だった。
 だから僕達も、周りの人達もすぐには気付けなかったのだろう。
「……お、おい。何か、落ちてないか?」
「は? まぁ、流れ星だし落ちてきているのは当然だろ。でも俺達が見ているのは殆ど燃え
尽きた後の光で──」
「い、いや、そうじゃなくってだな!」
 僕達が更なる変化の兆しに気付いたのは、何処か別の場所から夜空を見ていた大人達の慌
てたようなやり取りが耳に入ってきた時だった。
 僕も、皆も無意識にその人達の声のする方に視線を向けていた。或いは折角のいい感じの
雰囲気を壊されたと不満げになっていたかもしれない。だが。
 ──ズドンッ!
 そんな、はっきりしない思考すらも吹き飛ばすような轟音が、辺り一帯に響いた事で変化
は現実となった。地面を伝って全身を揺さぶる衝撃も相まって、河川敷に居た僕達も周りの
人達も一挙に平穏から混乱へ、急な坂道から突き飛ばされ転げ落ちたような感覚に陥る。
「な、なんだぁ?」
「お……落ちてる。流星が落ちてるっ!」
 へっぴり腰になりながら再度見上げた空、そしてその下に広がる夜景にとける街。
 そこには地面に──僕達の街に次々と落下し、青紫色の閃光と衝撃を撒き散らす先ほどま
で自分達を眼で愉しませていた筈の流星群の猛威があった。否、既に流星群ではない。その
光景は隕石と表現するに相応しかった。
 目の前で次々に着弾していく隕石という名の砲撃の嵐。
「! こ、こっちにも来るぞっ!」
「逃げろぉぉっ!」
 だが、それらは河川敷に居た僕らにとって「対岸の火事」にはなってくれなかった。
 轟々と続いた落下が、飛び火するように河川敷にも目掛けて降り注いできたのだから。
「うわわっ!」
「くっそ、一体何だってんだよ?」
「……逃げるぞ!」
 勿論、僕達も混乱の真っ只中にあるその場から逃げ出そうとした。
 ハルがヒナちゃんの手を取り駆け出すと同時に、全員が茫々に草の生える土手を駆け上が
っていく。その間にも、飛び火するように青紫色に光る塊が群れを成して降り注いだ。
 その多くは夜の闇に同化した暗い川の中に落ち、しばし青紫色を残して沈んでいく。それ
でも一部の塊は河川敷部分に落ちていき、地面に大きな円形状の窪みを刻んでいく。
 逃げ惑う人々の足音や悲鳴が、落下の轟音に何度もかき消されながら夜闇の中に描かれる。
 そんな青紫色の軌跡の群れを、僕達は土手から離れた茂みの中に隠れて呆然と見送るしか
なかった。

 そんな突然の混乱からどれだけの時間が経ったかは分からなかった。
 ただ目の前にあったのは、彼方此方にボコボコと空いたクレーター群と、流星見物にやっ
て来た筈の人々が逃げ出しいなくなって生まれた、不気味な後味の静寂だった。
「……もう、止んだかな?」
「みたい、だね」
 それでも警戒心は大きく緩む訳ではなく、茂みの奥でモソモソと薄暗い河川敷の様子を窺
ってみる。しんと静まり返った河川敷。空は青紫色の軌跡達も見えず普段と変わらない夜空
の暗さが漂っている。まるで、先ほどまでの光景が嘘だったかのように思えた。
「……よし」
 その静寂に意を決し、ふとハルが一人立ち上がって茂みから出た。そしてグッと歯を食い
しばるようにした面持ちで、ゆっくりと土手を越えて再び河川敷に向かおうとする。
「ちょ、ちょっと……。何処行くのよ?」
「河川敷の方に決まってるだろ、様子……見てくる」
「あ、危ないわよ? また隕石降ってきたらどうするのよ」
「……多分、大丈夫だろ。空見ても落ちて来てる様子も無いし」
 タマちゃんに呼び止められて、緊張を隠せないままでそう応えるハル。
「だったら、俺も行く」
「アツシ?」
「……もしさっき隕石に巻き込まれている人がいたら大変だしな」
 その冷静さに僕達ははっと息を飲んだ。確かに可能性はある。それらしい人は見かけては
いなかったが、あの時は皆逃げる事で頭がいっぱいだっただろうから、見落としている可能
性はある。僕達はアツシが立ち上がってハルと並ぶのを横目に、お互いに顔を見合わせて頷
き合うと二人の後を付いて行こうと茂みを後にした。
「──まるで別世界だ」
 土手を下り再び河川敷に戻ってきた僕らの感想を、サーヤの呟きが代弁していた。
 そこかしこに隕石が落ちたようなクレーターがあるのが確認できる。それだけでも非常識
な世界だと言えたが、それ以上に川の奥底の方やクレーター群の中心部分から淡々と視覚に
訴えかけてくる青紫色の光の群れがそんな感慨を強くさせていた。
「……倒れている人は、いないみたいだね」
 キョロキョロと辺りを見渡して先刻の心配がどうやら無用らしい事に心から安堵したよう
に息をつくヒナちゃん。夜とはいえ、幸か不幸か件の青紫色の光が適度に周りを照らしてく
れていたのも大きかった。
 内心ビクビクしながら、それでも一応クレーター群を点々と歩いて回ってみる。
 先刻までいた見物人達の姿はなく、不気味に青紫色の光が地面に、右手のある川の奥底に
と彼方此方に淡く僕達六人を照らし出していた。
「しっかしよぉ……」
 そうしながら、とあるクレーターに差し掛かった時だった。
 それまで警戒感もあって窪みの外円部分にまでしか近づいていなかった中で、ふとハルが
クレーターの中心部へとそっと足を踏み入れ出したのだ。
「あ、ちょ、ちょっとハル──」
「あれが、隕石なのか?」
 呼び止める間もなく仕方なしにハルに付いていきクレーターの中心に踏む込むと、青紫色
の光をより強く感じた。そして彼の指差すもの──青紫色の光を放っているものの正体が、
クレーターの中心、地面に激突して半ば埋まっている同じ色の水晶のような鉱物であるらし
いと認識するのにそれほど時間はかからなかった。
「……ちょっと綺麗かも」
「う、うん。こうして見ると……ね」
 青紫色に照らされながら隕石、もとい水晶のような鉱物の塊達を見つめる。
 しかし、隕石と言えばもっとゴツゴツした岩といったイメージが一般的と思えるのだが、
目の前のそれはそうした認識とは全く違う。まさに遠い宇宙からもたらされた物体である事
を示すに充分だった。
「よし」
 屈んで見つめている事暫し。ハルがニヤリと口元に笑みを浮かべた。
 その様子に僕達残り五人は「またか」という軽い諦観を覚える。面白さを何より楽しむ彼
は時として突拍子も無い言動のムードメーカーであり、また同時にトラブルメーカーでもあ
るのだから。
「これ、持って帰ろうぜ。記念に」
「えっ」
「き、記念ってアンタ……」
「だ、大丈夫なの……? 持ち主さんに怒られないかな?」
「いや、隕石に持ち主も何もないだろう……」
「……それ以前に触っても平気なのか、だな」
 当然の事ながらいきなりのハルの提案に僕達は渋った。
「何だよ、あれだけ凄い流星だったんだぜ。絶対後々の記念になるって。もしかしたら凄い
お金になるかもしれねぇじゃんか」
「あの、お兄ちゃん。流星じゃなくて隕石──」
「この期に及んで損得とか……どうなのよ?」
 それでも一人乗り気になったハルは手を摩りながら、どれを手にしようかと大小様々なサ
イズで埋まっている水晶体を見繕い始める。そして、
「そんじゃ、この大きい奴に決めた……っと。ほら、見てみろよ。触ってみても何とも無い
ぜ? お前らも選んどけよ」
 そう言ってハルに掲げられた水晶体は、地面から掘り起こされて、彼の掌で心なしかより
一層青紫色の光を強めたように見えた。しかし、これといって彼の身に何か起きた様子は見
受けられない。無意識に、僕達はお互いの顔を見合わせていた。
「うーん……」
「それじゃあ……」
 そして結局僕達はハルに続いて、それぞれ目の前の水晶体から一個ずつ選び手にした。
 それまでの異常な光景の警戒心が時間の経過と共に薄れたのか、彼が見せたそれと同じく
目の前の未知なるものへの好奇心が勝ったのである。
「……何ともない、わね」
「だろ? 気にし過ぎなんだよ」
「綺麗……」
 六人分の水晶体。六人分の集まった光。青紫色。
 暫しの間、その吸い込まれそうな発光の抑揚に意識を委ねる。それと共に手にした瞬間に
もまだ残っていた警戒感すら掻き消えそうになった、その時だった。
『!?』
 変化は、同時に突然起きた。
 全員の掌に乗っていた水晶体が突如、熱で融解するチーズのようにとろけ始めた。
「ちょ、ちょっと!」
「え? え?」
 その変化に引き付けられた意識が一挙に揺り戻される。
 だが、時既に遅し。水晶体の起こした変化に戸惑い、掌から振り払おうとするよりも前に
各々の掌から水晶体はすっかり融け切ってしまったからだ。
 残されたのは一時のパニックの余韻と、掌に残った湿っぽい、あたかも水分が染み込むよ
うな奇妙な感触。
「……何だったんだ?」
 掌をぼうっと見つめて、ハルが皆の心情を代弁する。
 同じような格好のままで僕達六人は、そのまま暫くの間、呆然と未だそこかしこに青紫色
の光が残された河川敷に立ち尽くしていた──。

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  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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