日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔20〕

「契約は完了した。願いは果たされる」

 一言で言ってしまえば、彼女は変わり者だった。
 何せ私達を見て発した願いが「傍にいてくれ」ときた。だが繰り手(ハンドラー)の望み
がそうであるのなら、私に拒否することはできない。内心訝しみながらも、私は彼女と契約
を交わした。
 名を、藤城淡雪という。触れた額から採取したその諸々のデータは、程なくして何故彼女
がこんな願いを抱くようになったのか、その理由を教えてくれた。
 裕福な一族に生まれたが故に、周りから距離を置かれる。
 裕福な一族に生まれた反面、家族の仲は冷え切っていた。
 そしてその両親が事故死した後、遺された財産を親族は奪い合うように貪った。当時まだ
幼かった彼女に抗う術はなく、只々刻み込まれたのは絶望の念であった。
 ……にも拘わらず、彼女が願ったものは復讐などではなかった。ただ一人ぼっち──孤独
から解放されたいという叫びだったのである。
 正直、私には理解し難いロジックだった。孤独とはそこまで排斥しなければならないもの
なのだろうか。奪われ、抱えて当然の憎しみを投げ出してまで解決すべきものなのか。
 反対に、孤独でない存在など無いのではないか。全く同じ個体など存在しない。こと私達
においてはデフォルト態こそあれ、一旦契約してしまえば全く別の個体となる。その前提と
なる彼女ら人間ともなれば尚更の筈だ。生まれても、生きても、そして朽ちる最期の瞬間で
さえも、私達は独りで往く。何故そこまで拒絶しなければいけないのか。
 ……詰まる所、やり直したかったのだろう。
 裏切られた過去を持つからこそ、今度こそ信じられる誰かが欲しかった。そこへ私達が現
れたことで、抱いていた願いは紡がれた。……泣きじゃくりながら叫んだ、その言葉に偽り
は無い。たとえ私が異形であると解っていても、孤独から逃れることを彼女は望んだのだ。

 それからというもの、私は表向き彼女の執事として振る舞うことになった。
 用件があればリアナイザから私を召喚し、命令する。だがしばしば、彼女は特に何かある
訳でもなくただ“傍にいて欲しい”ためだけに私を呼んだ。リアナイザは使用者の生体エネ
ルギーを消費する。長時間の使用は疲労を招くのに、彼女は私と共に暮らし、共に過ごす時
間を好んでいた。
 簡単ではある。ただ呼び出されたまま、傍に控えていればいい。
 だがその一方で実体化を果たすには時間が掛かった。どうしても現実世界(リアル)に及
ぼす影響力は、小規模の連続になってしまうからだ。
 それでも、私という同居人──従者を得て、彼女は少しずつ周囲に明るさと人徳を発揮す
るようになっていった。或いは元々これが、彼女という人間の性質だったのかもしれない。
 彼女の通う女学院では、彼女は「お姉さま」などと呼ばれていた。
 憧れを多分に含んだ熱い眼差し。検索する限り、そうした感情もまた存在するらしい。
 尤もそれは、私にとっては結果的に好都合だった。それだけ彼女が他人を巻き込んだ関係
性を拡げてゆくことは、その分影響力の獲得に繋がるのだから。
 そして私は、ようやく実体化を果たした。それに合わせて、私は本格的に彼女の執事とし
て、学院でも行動を共にするようになる。
 牧野黒斗。それが彼女につけられた、私の人間態としての名だ。
 彼女も、私のことを異形としては呼ばない。黒斗と、常に人の名で以って私を呼ぶ。私の
名を呼んで、いつも私の傍らに立つ。

「──」
 静かに陽だまりが差し込むソファ。彼女は今そこでうとうとと眠っている。私はそのすぐ
傍らで寄り掛かられていた。時折口元を緩め、安心し切ったように私に体重を預けている。
穏やかな時間だった。こうして何度、彼女は私の傍で眠ったことか。
「……」
 そっと目を細める。私はとうに実体化した。かつて私を収めていたリアナイザもデバイス
もこの身体に取り込み、召喚も必要としなくなった。この人間はもう、とっくに用済みにな
っている。
 にも拘わらず、私はこの少女を始末できなかった。できないでいる。願いは果たし、契約
は履行されたというのに、私は今もずるずると彼女との関係を続けてしまっている。
 理由──少なくとも彼女側からの要因ならば分かっている。いつからか、しばしば向けら
れるその熱い眼差し、思慕の念だ。薄々勘付いてはいた。だが私は、人の姿を被っただけの
異形であって、人間ではない。それは、彼女とてとうに解っている筈なのだが……。
 私の、所為なのか? 彼女をこんなにも安堵させ、幸せそうな寝顔をさせて。
 使い潰す側だというのに。私達は所詮繰り手(ハンドラー)を踏み台に、己が実体を獲得
せんと企むだけの存在だというのに。
 殺せなかった。向けられる眼差しに、知ってしまった過去に、私は躊躇っている。ならば
もう少しと、猶予し続けた。以前にはあり得なかった非論理的が、今の私達を作っている。

 愛しさ。この現状を言語化するなら、そんな表現なのだろうか。
 私に芽生えたこの不可解(バグ)。なのに私は、それをあまり不快だとは感じていない。

 もう少し。
 私はこの彼女の笑顔(よこがお)を、見続けていたいと願った──。

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  1. 2016/12/20(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔19〕

 私は、いわゆる資産家の一人娘として生まれました。
 周りは私の事をよく“恵まれた人間”と言います。でも在るのはお金だけで、私が願った
ものは何一つとして無かった。
 少なくとも物心ついた頃には、両親の仲は冷え切っていました。
 父はいつも仕事を優先し、家族を愛そうという努力をしませんでした。母も母で結婚した
のは父ではなく彼に付随する財産であったように思えます。二人が家に──同じ場所にいる
時は、決まってお金の話ばかりしていました。いつも不機嫌で、冷たい態度ばかりを投げ付
け合っている姿が、今でも脳裏に焼き付いていて心苦しいのです。
 ですがそんな両親も、最期は呆気ないものでした。車に乗っている最中事故に遭い、その
まま帰らぬ人となってしまったのです。
 ……私は、一人遺されてしまいました。
 そして何処からともなく擦り寄ってきたのは、叔父を始めとした親戚達。まだ幼かった私
には対抗する術などありませんでした。彼らは次から次へとやってきて、両親が握っていた
財産を毟り取ってゆきます。
 気付いた時にはとうに手遅れでした。私に残されたのはこの殺風景な屋敷と、知らぬ間に
後見人の座に収まった叔父による、制限された日々だけでした。
 例えるなら──鳥籠の中。大事にされているようで、実質この屋敷に閉じ込めて金を得る
為の体裁だけは何としても維持しようという魂胆。
 絶望がずっと横たわっていました。でも裏切られたという怒りは、あまりありません。
 両親というケースを観ていたからでしょうか? 二人の死後、叔父達が群がってきたその
目的がお金だということを、子供心ながらに感じ取っていたのかもしれません。何より初め
から私を見てくれてはいなかった。お金目当てで、私は単なる手段に過ぎなかったから。
『──引き金をひきなさい。願いが叶うわ』
 そんな、ある日のことでした。思えば全ては、あの時から始まったのです。
 独り屋敷に暮らしていた私の下へ、とある女の子が訪ねてきました。ゴスロリ……という
のでしょうか。そんな奇抜な格好もあって、多分同い年くらいなのに随分と“大きく”見え
た記憶があります。
 彼女が手渡してきたのは、先のへしゃげたスピードガンのような道具でした。
 リアナイザというらしいです。上蓋の中には既にデバイスが挿っていて、彼女は私にその
引き金をひくようにと言ってきます。
『願いが、叶う?』
『そうよ。何だったら貴女から全てを奪った者達に復讐することだってできるわ』
『……』
 ニタリと笑う彼女。でも私が望んでいたのは、そんなものじゃなかったから。
 半ば言われるがまま、引き金をひきました。すると驚くことに、銃口から飛び出してきた
光は人の形に変わり、鉄仮面の怪人となって私の前に現れたのです。……正直、怖いという
よりは、驚きで頭が追いつかなかった気がします。
『……オ前ガ召喚主カ。サア、願イヲ言エ。ドンナ願イデモ叶エテヤロウ』
 だから暫く、私は呆然としていました。
 これがリアナイザの力? 私の、願い? ゴスロリ姿の彼女が小さく口角を上げて私を見
ていました。相変わらず、年格好の割には態度の大きい子です。
『私は……』
 去来するこれまでのこと。両親の不仲と死、叔父達の侵食と管理。恵まれていたのは一時
の持ち合わせだけで、その実何も豊かなものなんてなかった……。
『? 貴女──』
 気付いた時には、泣いていました。昔の記憶を思い出したせいか、私は知らず知らずの内
にぼろぼろと涙を流していたのでした。ゴスロリ姿の彼女が、鉄火面さんが、やや怪訝に私
を見下ろして立っています。……私は決めていました。ぎゅっと彼の手を取り、私の願いを
伝える為に。
『お願い……傍にいて。もう、一人ぼっちは嫌なの!!』

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  1. 2016/11/16(水) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔18〕

 一人海沿いを歩き続け、やがて足元はコンクリートの船着場へと変わった。
 ストーム──人間態に戻った胴着姿の灰髪の男は、潮風と注ぐ日差しを身体いっぱいに受
けながら、そっと目を細めると空を見上げる。
 邪魔が入ったが、守護騎士(ヴァンガード)の正体は知れた。
 睦月という名らしい。あの時遠くから探し、呼び掛けてきた少女達の声に、彼の表情はま
さに鬼気であった。正直嫌いではない。大切なものを、何が何でも守ろうとするその必死さ
を備えているのならば──。
「む?」
 故に、事前に言い付けられていた通り、先ずはジャンキー達に報告をしようと思った。
 だがデバイスを取り出そうとして左のポケットに手をやった瞬間、ストームは違和感に気
付いて視線を落とす。ポケットから出てきたデバイスは、見るも無惨に砕かれていた。
(……ああ。あの時か)
 一瞬眉根を顰めるが、すぐに合点がいく。
 戦いの最中、守護騎士(ヴァンガード)が赤い鎧に姿を変えた際のものだろう。確かあの
時自分は、最初の一発を左脇腹に貰った筈だ。十中八九、その時に壊れてしまったのだろう
と結論付ける。
「ふふ……」
 なのに、笑っていた。
 期せずして連絡手段を断たれたにも拘わらず、ストームは何処か嬉しそうに犬歯をみせて
笑っていたのだった。

『願い、か……。そうだな。もっと戦いたかった。この武をもっと高め、この名を世に轟か
せたかった。だがもう、このような老いぼれになってしまっては最早叶わぬ』
 初めて召喚された時、目の前にいたのは一人の老人だった。
 とは言っても、その辺にいる並の爺ではない。着流しの下の身体は老いて尚、引き締まっ
た筋肉の名残を残し、全盛期には相当の猛者であったことを窺わせる。
 しかし当人は、過ぎ去ってしまったその日々を懐かしみ、そして悔いていた。願いは何か
と訊ねた時、真っ先に返ってきたのは、そんな在りし日々への憧憬だった。
 ストームはその願いを聞き入れた。額に触れ、彼──武道家・五十嵐典三の全てを受け継
いだ存在となったのだ。
 願いを叶える為、そして実体を手に入れる為。
 二人は五十嵐のかつてのライバル達の下を訪ね歩き、道場の看板を賭けて彼らの弟子達と
の試合に明け暮れた。
 ストームは強かった。五十嵐の全てをデータとして取り込み、更にアウターとしての常人
を超えた力を持つ。ライバル達が育てていた後継者らは、次々と彼の前に破れた。この灰髪
の胴着男に誰一人敵わず、倒されていった。
 実体を手に入れたのは、そうして十ほどの道場破りを終えた頃だったろうか。一方で五十
嵐の老いは確実に強くなっていた。道場破りが四十を越えた頃、遂に彼は病床に臥せってし
まう。
『……ありがとう。ストーム、お前は儂の願いを叶えてくれた。まごう事なくお前は儂の後
継者じゃ』
『何を言う。お主の夢はまだ果たされてはいないだろう? 我々の武を、もっと世に知らし
めたいと言っていたではないか』
 フッと微笑(わら)う。しかし五十嵐の身体はもう限界だった。
 それから程なくして、流浪の武道家・五十嵐典三は逝った。齢八十九の大往生だった。
 ストームは一人遺された。実体化したこの身体のみを残して。師であり友である彼の亡骸
は、かつてのライバル達の手で丁重に弔われた。身内は手を挙げなかった。数も少なくその
全てが遠方に離れて久しく、縁はとうに切れていたという。
 ……五十嵐。私はお主の夢見た戦士となれただろうか?
 この身体に宿る力。風の異能。
 強さには自信がある。だがそれは、はたして本当の強さなのだろうか?
 以来、ストームは探し続けた。戦って戦って、その答えを探し求めていた。

「──」
 そっと瞑っていた目を開き、視線は軽く掌へと落ちる。
 守護騎士(ヴァンガード)。間違いなく彼は、これまでとは一線を画す相手になる筈だ。
もうただの人間では証明し切れない。彼を破ることができたなら、自分は一つ大きな区切り
を迎えられるかもしれない。
 ストームは歩き出した。再び、踵を返して歩き出した。
 海沿い、その更に島の奥側へ。後ろ姿が遠くなっていく。
 回り込み湛えたその表情(かお)は、一抹の緊迫と、何より悦びに溢れつつあった。

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  1. 2016/10/18(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔17〕

 差し込む陽の光は日に日に厳しさを増し、当初の穏やかさを何処か遠くへと追いやってし
まった。季節はすっかり夏への助走期間だ。何度か上陸するであろう梅雨時の台風も、一月
もすれば強くなった日差しに圧倒され、涼の一つも残しはしないのだろう。
(……はあ)
 この日、睦月は学園の教室にいた。クラスは今ホームルームの真っ最中だが、その視線は
あさっての窓の外へと向いており、ろくに集中できずにいる。
 理由は明白だった。先日のガンズ・アウターの一件だ。
 ガンズを倒し、小松大臣や海之は無事東京へと帰って行ったが、もう片方の不安材料は解
決していない。学園に攻め込んできた二人──いや、三人のアウター達のその後がようとし
て掴めぬままだったのである。
 酒を飲む度に強くなる酒乱(ジャンキー)のアウター。
 こちらの持ち物を奪う、レンズ甲のアウター。
 そして自分を吹き飛ばした、まだ見ぬ竜巻のアウター。
 二度目・三度目の襲撃はまだない。だがこれからもないとは限らない。睦月は内心不安で
仕方なかった。またいつ学園の皆が──海沙や宙が巻き込まれるかと心配でならなかった。
 先日のガンズはこの三人とは別物だったのか、それとも奴らの仲間だったのか?
 分からないし、確かめても進展に繋がる訳でもないが、うろうろと思考の隅で問いは漂い
続けていた。これまでにない強敵達だ。やはり学園(こっち)に攻め込んできたメンバーな
のだから、敵も精鋭を選んで送り込んできたのだろう。闇雲に相手をすれば苦戦することは
目に見えている。一体一体、確実に倒さなければ。
「はーい。じゃあ皆、グループを作ってー。できれば五・六人単位でお願いねー」
 そんな時だった。はたと担任の豊川先生の間延びした声が聞こえ、クラスの面々がにわか
に立ち上がって動き始めた。
 教壇に立ってにこにこと、この女性教諭は皆の自主性を見守っている。
 一方で睦月は自分の席でぽつんとしていた。何をしたらいいのかよく聞いていなかった。
「……やれやれ。やはり上の空だったか。グループ決めだ。今度臨海学校があるだろう?」
「ああ。あったね、そういえば……」
 だからか、そんな親友(とも)の様子を見て、皆人がこちらに歩いてきた。あさっての方
を見ていたのは傍からもバレていたようで、睦月は少々ばつが悪くなりながらも理解する。
 初等部一年、中等部一年、高等部一年。飛鳥崎学園では進級があるごとに臨海学校という
名のオリエンテーションがある。別に三回もやらなくてもいいのではないかと思うが、それ
ぞれの段階で求められるものが違ってくることもあり、普段とは違った場所で学園生として
のいろはを叩き込む行事となっている。
「場所って何処だっけ?」
「天童島だ。飛鳥崎のずっと南にある」
「ああ、あそこね。確かサーフィンの人がよく来てるっていう……」
「らしいな。去年と同じ場所だ。まぁ予想していた通りだな」
 親友とそんなやり取りを交わしながら、睦月はちらと人垣の向こうにいる海沙や宙の方を
見遣っていた。二人が國子が話しかけ、快く応じられている。同じグループに誘われたのだ
ろう。出会った頃に比べれば、彼女もすっかり二人と打ち解けたように思う。
「……そういえば」
「うん?」
 だが、だからこそ、睦月は心配事がある。言わずもがなアウター達のことだ。
 臨海学校に行くということは、その間自分達が飛鳥崎を離れるということで……。
「大丈夫なの? 臨海学校の間に、この前のアウター達が現れたりしたら……」
「ああ。そのことか」
 なのに、対する皆人は落ち着いていた。尤も彼自身、普段から冷静沈着な人物ではあった
が、それにしてもこの“余裕”のような素振りは何なのだろう。
「百パーセントと訊かれれば確かに今回も今までも保証などないが、その点なら心配ない」
 皆人は言った。グループ決めでかしかましいクラスメート達の中にあって、その答えは不
思議と不敵で、はっきりと聞き取ることができた。
「策は、既に打ってある」

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  1. 2016/09/20(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔16〕

「先生!!」
 二度に渡って黒塗りの車列を襲った何か。一つ目はタイヤを射抜き、もう一つは窓ガラス
から顔を覗かせた男性の頬を、僅か数センチの差で掠めていった。
 彼の乗る車両の前後から、黒服の男達と側近らしき茶スーツの運転手が現れて、彼に駆け
つけ守る。にわかにざわめき立った、一見何の変哲も無い堤防道。睦月も、居合わせつい危
険を叫んでしまった手前、半ば身体が勝手に彼らの方へと踏み出していた。
『おい、どうした? 睦月、何があった?』
「……あ、皆人。うん。今ちょうど前を通り掛かった車が撃たれた? みたいで……」
 司令室(コンソール)に映った現場。香月が小さく「どうして……?」と彼の男性の名前
を呟くのを肩越しに、皆人は睦月に呼び掛けていた。小走りで近付きながら、睦月は自身も
まだいまいち状況を把握し切れていないようで困惑している。
「先生、お怪我は?」
「あ、ああ。何ともないよ。さっきあの子が叫んでくれたお陰だ」
 留まっていては危ないと判断したのだろう。スーツ達により車から降ろされ、ぐるりと周
りを囲まれながら庇われつつ、この男性──文教大臣・小松健臣は言った。ちらと内何人か
がおずおずと近付いて来る睦月を見遣り、睨んだ。怪しんだが、当の健臣の手前、露骨に追
い出しに掛かる訳にもいかない。
「何処から撃たれたか分かるか?」
「いや、さっきから探しているが見当たらない。もっと遠くからじゃないだろうか」
 ……つまりこの人は狙撃されかかったということか。睦月はぐわぐわと揺れる頭の中でそ
う要約した。スーツ達の何人かが健臣の円陣より外れて辺りを探し始めている。睦月もこっ
そりその中に混じり、且つ彼らから少し離れた堤防道に視線を落とし、ややあって一角にそ
っと煙を散らしながら空いている穴を見つける。
『それが、その撃たれた時の弾痕か』
「多分そうだと思う。直前に向こう岸がキラッと光ってさ。それで思わず危ないって、あの
人に叫んだんだ」
 じっと通信の向こうで皆人が画面をズームにしている。睦月もスーツの男達に咎められな
いよう息を殺して屈み、この土道に空いた穴を見る。煙も出ていて真新しい。先程の銃撃に
よるものと見て間違いなさそうだ。
「おじさんは……大丈夫そうだね。無事でよかった」
『ああ』
『マスター、マスター!』
「うん?」
『この穴、アウターと同じエネルギー反応があります。現在進行形でどんどん薄くなってい
ってますけど、間違いありません』
 何だって?!
 だがそうして一先ず胸を撫で下ろしていた時、ふとパンドラが懐の中から小声で呼び掛け
てきた。何かと思ってスーツ達から隠すように取り出し、応じてみれば、まだ考えてもいな
かった可能性を彼女は確信を持って明言する。
『アウターが、彼を? つまり暗殺か?』
『……』
 司令室(コンソール)の皆人達が静かに息を呑む気配がした。加えて声こそないが、その
場に同席している香月もまた、画面の一点を見つめたまま先程からずっと押し黙ってしまっ
ている。
「暗、殺? う、うん。そりゃあ狙撃ってことはそういうことになるんだろうけど……」
 インカムに軽く指先を触れ、睦月は頭に疑問符を浮かべている。やはり彼自身はまだ目の
前の人物の正体に気付いていないらしい。
 すぐに此処から離れるぞ──! スーツの男達が言い合い、またバタバタと動き出そうと
していた。先生。茶スーツの側近が健臣を促し、撃たれずに済んだ後方車両へと案内しよう
とする。睦月はそれをぼうっと眺めていた。眺めて、この一発を撃ち込んできたであろう向
こう岸の町並みに目を凝らす。……勿論、この距離からでは人の姿など視認できる筈もない
のだが。
「……いや、少し待ってくれ。せめて恩人に礼の一つぐらいは言っておかないとな」
 だがそんな当ても付かない視線は、ふと当の健臣(ほんにん)から投げられた言葉で中断
させられた。睦月も気付き、彼と、その取り巻き達の近付いて来る姿に眼がゆく。皆人が、
香月が、司令室(コンソール)の面々も画面越しにこの接触を目撃しようとしていた。

「──」
 微かな、ほんの微かな舌打ち。
 遠く向こう岸のビルの屋上から、長銃型の腕を持つ怪人が人知れずその場を離れて行くの
を、誰一人気付くこともないまま。

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  1. 2016/08/16(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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