日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔106〕

 神都パルティノー。其処は街と呼ぶには違和感のある、創世の民・神格種(ヘヴンズ)達
の本拠地兼巨大研究施設だ。この世界の文明とは明らかに異質──無機質を突き詰めた塔状
建造物群の内外は、立ち入った人間(もの)に重暗い“畏れ”を抱かせるに充分ではあった
だろう。
「……ん?」
「あ、ルキさん」
 そんな継ぎ目も見えない研究棟(ラボ)の一角で、居合わせた神々(どうりょうたち)は
彼の姿を認めて振り返った。
 淡い金髪にトーガ風の衣装、引っ掛けた上衣。
 一見して端正な顔立ちと形容して差し支えない青年だった。ただ平常に張り付けたその表
情は、何処となくダウナーなそれを感じさせる。
「よう。見回りご苦労さん」
 遊戯と寓意の神・ルキ。こちらを向いてきた面々と同じく、創世の民の一人である。加え
て彼らからの眼差しと、手に何気なくぶら下げた高レベルのカードキー。それだけでこの人
物が、神都(パルティノー)内でも相当の地位に在ると分かる。
「話は聞いたぜ? 全く、所長(チーフ)はどういうつもりなんだか……」
 自分を一目置いて、若干緊張する神々(どうりょうたち)。
 されど当の彼──ルキ本人はごく気さくに、何時もの気だるげを引き摺りながら近付き、
話し掛けてくる。
「ああ、そっちも情報が行ったんだね?」
「何でも下界の人間が迷い込んで来たらしい。例の、レノヴィン兄弟の片割れだ」
「弟の方だそうだよ。それと、その持ち霊」
「ああ。二人をとっ捕まえた本人達から聞いた。所長(チーフ)に絞られた後で、随分ぐっ
たりしてたけどな」
 曰く、所長(チーフ)ことゼクセムが、件の迷い人らを箱庭(フラスコ)の下へと連れて
行ったとのこと。あそこは自分達にとって最重要のプロジェクトだ。いくら彼が施設内を自
由に行き来できる“権限”を持つからといって、安易に外部の者を入れてしまっては示しが
つかないではないか。せめて事前に、自分達にも知らせておくぐらいはしてくれてもいいだ
ろうに。
「そもそも何故彼が? 常人では、神界(ここ)には近付く事さえ出来ない筈だ。それに彼
の仲間──クラン・ブルートバードは、先日“結社”との戦いに敗北したんだろう? 悠長
に異界観光などしている場合ではないと思うんだが」
 そう言われても……。尤も居合わせた神々(どうりょうたち)もまた、その詳しい経緯に
ついては分からないことだらけのようだった。互いに顔を見合わせて、知らないと小さく首
を横に振る。
 王(ゼクセム)の手前、反抗も出来なかったのか。当人を含めた上層部の判断? それと
も彼らがアイリス転生体の友であり、例の暗号──自分達の正体を知っていること、下界で
はヒトの国のいち皇子である点からも、下手に扱えば後々面倒になると考えたからか?
「……仕方ないな」
 故にルキは大きく嘆息をつきつつ、されど追従するしかなかった。
 何せ自分達は“チーム”なのだから。もう後には戻れない身となって久しい以上、要らぬ
軋轢で神都(ここ)を追い出されては命に関わる。
 俺も様子を見に行って来るよ。ルキは言い、場の面々に深部へと続くゲートを開けて貰っ
た。自身の持つカードキーも使い、あくまで合法的に件の箱庭(フラスコ)へと向かう。
「そう言えば……。アルス・レノヴィンの所持品は、今何処に?」
「? ああ。えっと、確か……」
「B2隔離区だよ。例の凝縮品──兄貴の聖浄器を何故か持ってたらしくてな」
「へえ……。そっか、ありがとう」
 一人扉の向こうへと去って行くルキ。
 その間際、彼からそんな質問をされたが、場の神々(どうりょうたち)は特に疑問も持た
ずに答えた。既に己の持ち場に戻り、保守・点検作業を再開している者達さえいる。
『──』
 より深部へ。こちらに背を向け、通路奥へと消えてゆくその表情(かお)に、不穏な影が
差していたことにも気付かないまま。

続きを読む
  1. 2019/07/09(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔105〕

 死神総長アララギが現出させた、漆黒の大鎌。
 振り被られるその刃と殺気を前に、ジーク達は絶体絶命のピンチを迎えていた。直感、本
能が、大音量で警報を鳴らしている。
 捕らわれの身から仰ぐアララギの姿は、まさしく禍々しさの象徴としての死神(それ)だ
った。両手で得物を握り締め、冷たく鋭い眼光でこちらを見下ろしている。
 やばい。
 この鎌だけは、本当にやばい──。
「止めなさい!!」
 だが、ちょうどその時だったのだ。他に立ち入る者も望めないと思われた場に、これを止
めんとする人物が現れたのだ。
 黒法衣の部下達──数名の閻魔らを引き連れたヒミコである。扉を挟んだ背後の廊下側で
は、騒ぎに居合わせた楼内の官吏などがこちらを覗こうとしている。
「閻魔長……?」
「どうして、此処に……?」
 事態をイマイチ呑み込めなかったジークよりも早く、マーロウやヨウが動揺をみせて呟い
ていた。他の面々の反応からも、彼女もまた高位の存在らしいと判る。
 振り下ろされた大鎌の刃は、ジークの鼻先寸前で止まっていた。肩越しに視線を遣ったア
ララギないしキリシマ達は、同じくめいめいに硬直している。
「え、閻魔長。これは──」
「一体何をしているのです? 死神総長ともあろう貴方が、こんな所で」
「……例の侵入者の目的が、この魂だ。事実こやつは楼内からの脱出を試みていた」
 咄嗟に繕おうとする、キリシマやヒバリ。
 しかしそんな部下達のフォローを、対するアララギは暗に制しながら答えると、ヒミコら
閻魔衆による“介入”にじっと眉を顰めていた。尤も普段から仏頂面なため、一見すればそ
の微細な変化を見極められる者は限られてはいたが。
「この者達もだ。あろうことか、こやつの脱走に手を貸そうとしていた。当人共々、処分し
ようとしていただけのこと。楼内の治安維持は、死神衆(われわれ)の管轄の筈だ」
 ギョッとする閻魔達。だがあくまで、部下の不始末に得物を振るおうとするアララギに対
して、唯一ヒミコは毅然としていた。立場的に対等であることも背景に、彼女は厳しい面持
ちを崩さない。
「いいえ。私が申し上げているのは、貴方が“独断”で事を済ませようとしている、その点
に関してです。秩序を守ろうとするのであれば、楼民達にも一通りの経緯を知らせるべきで
はないのですか? もっとクリアなプロセスを踏むべきです」
 それに……。加えて彼女は、一旦静かに深呼吸をすると、キッと再び目を見開いた。体格
は他の面々に比べてずっと小柄なのに、その瞳にはこれらを圧倒する意志の強さがあった。
「生前どれだけの事を成した人物でも、魂は等しく取り扱われなければなりません。それが
此処魂魄楼──冥界(アビス)ひいてはこの世界の秩序(ルール)です」
 あくまでも毅然と、目の前で起ころうとしていた“内々”を咎める意図で。
 ヒバリやヤマダ、部下の死神達は、明らかに面白くないといった表情(かお)をしたよう
に見えた。後者に至っては密かに舌打ちすらしている。一方でアララギはといえば、じっと
彼女を肩越しに見つめたまま、反論すらせずに黙していた。
「……」
 いや、生来の寡黙さか。
 少なくともここで下手に食い下がっても、事態が拗れるのは避けられないと考えたのか。
「彼の──魂の移送は、既に済んでいるのです。後は私達の仕事です」
 かくしてジークの身柄は、アララギ以下死神衆から彼女ら閻魔衆へと引き継がれることに
なった。ヒバリ達は渋々といった様子だったが、相手の論理武装と当のアララギが抵抗を得
策としなかった以上、従う他ない。助かったのか……? ジーク達は一先ず安堵の息をつこ
うとしたが、ヒミコはその毅然とした態度をこちらにも向けてくる。
「マーロウ隊長、でしたか。貴方達もですよ。この一件、流石に不問とする訳にはいかない
でしょう」
「うっ……」
「ですよねー」
 内々に片付けないというだけで、基本彼女も“罪人”を処断するというスタンスに違いは
ないようだ。マーロウ達の表情が思わず曇る。ジークも、自分の為に巻き込んでしまった負
い目から何とか擁護しようとしたが、他でもないマーロウ本人からやんわりと止められる。
ポンと軽く肩を叩き、連行されてゆく間際、苦笑しながら小さく首を横に振っていた。

 追加で駆け付けて来た閻魔達とも併せ、二手に分けられて連行。この半ば物置状態の室内
から出て行くジーク達。
『──』
 その去り際、終始黙したまま肩越しにこちらを見つめていたアララギの眼が、異様なまで
に静かな殺気を孕んでいるように感じたのは……気のせいか。

続きを読む
  1. 2019/06/11(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔104〕

 魂魄楼北棟。同中枢、中層域にて。
 死者の裁定を担う閻魔達は、基本的にこのフロア一帯の大半を占める各法廷を、主だった
職場としている。
 その数──およそ数百。
 現世にて死神達が回収してきた魂もとい幽冥種(ホロゥ)達を、楼内へ入る前に予め専用
の装置で測った、生前の罪業(ログ)を元にして裁定は行われる。その魂が黒く穢れていれ
ばいるほど、浄化のプロセス──収監される“煉獄”の階層は深くなるという仕組みだ。
 故に一連のサイクルにおいて、閻魔個々人の意思が介在する場面は少ない。
 人ではなく、あくまで先例(ほう)による秩序が、長らく維持されてきたのである。
「判決を言い渡します。留置番号七八六〇五、貴方を煉獄第四層へと送致します。浄化完了
までの推定日数は、三万飛んで二十二日です」
 特に閻魔総長ヒミコが裁定長を務める大法廷は、生前大きな事件を起こした魂を専門に取
り扱う。
 しかしそんな個々の背景に、彼女は一切動じない。
 蒼褪めた人魂、白装束、或いは生前の姿形を保ったままの罪人に、彼女は高い壇上の席か
らそう淡々と裁定の結果を告げる。閻魔達の長といえど、基本的な仕事は変わらない。ただ
彼らの魂の記録(ログ)と、継承されてきた基準とを照らし合わせ、手の掛かる一人分とし
て浄化プロセスに送ってゆくだけだ。
 連れて行きなさい。威圧するように睨み返すその眼を努めて淡々と見下ろし、彼女は控え
ていた獄吏達に命じた。鎖で繋がれた封印錠を引っ張り、彼らによってこの罪人は大法廷を
後にする。去り際、罪人の言葉にならない恨み節が響いたが、彼女を含めた閻魔達はちらり
と横目こそやれどその表情を変えることはない。
「……もう大丈夫ですよ。貴女達を陥れた者は、これから永い贖いの時を過ごすことになる
でしょう。貴女達も安心して次なる生に備えなさい。次に出会う時は、あの者の魂はすっか
り真っ新な別物になっている筈です」
 それでも綻ばせる時があるとすれば、その被害を受けた魂達へ語りかける時だ。
 壇上からなれど、ヒミコはそうフッと優しい微笑みを向けて彼女らに言った。先ほどまで
の大法廷を傍聴していた一家が、そんな言葉に思わず感涙に顔を歪める。
「……ありがとう、ございます」
「これでやっと、私達も……」
 他の閻魔らが黙して見守っている中、ヒミコは続ける。あの罪人の魂とは違い、貴女達は
まだ善良なそれだとも。今後それぞれに裁定を受け、浄化のプロセスを経て貰わなければな
らないが、希望さえすれば楼内で暮らすことも出来ると。
 彼女達は、ボロリと泣き崩れていた。自身の死が命を奪われたことによるものだとは解っ
ていても、周りの他の魂達を目の当たりにする中で、全く“罪”を持っていないとは思えな
かったからだ。
「いいのですよ。普通のことです。悔い改め、浄化(ほう)に身を委ねてくれる……それだ
けで十分なのですから」
 悪しき魂にはより多くを。善良なる魂には慈しみを。
 ありがとう、ございます……! 半ば嗚咽し、涙の止まらない彼女らを、今度は別の獄吏
達がそっと優しく促して連れ去ってゆく。

「──んんっ」
 そうした、裁定と裁定の合間。自身の執務室に戻ったヒミコは、束の間の休憩を取ってい
た。ぐぐっと小柄な身体を伸ばし、大きく深呼吸を。室内には数名の部下達が、次の裁定に
向けて準備を整えている。
(資料……彼らの生きた記録……)
 室内に所狭しと収納された、生前の罪業(ログ)と個人情報。
 ヒミコ自身、いち閻魔となってから延々と繰り返してきた日常であり、仕事だ。過去現在
未来と膨大に上るそれを、一個一個検める暇は正直無い。
 では、元々の自分は……? それでも時折こうして自問(と)えど、既にその確固たる記
憶は忘却の彼方だ。現世と冥界(ここ)では、時の流れというものは微妙に違う。
「失礼します」
 ちょうど、そんな時だった。入口の扉をノックし、別の閻魔の一人がヒミコ達の控える執
務室の中へと入って来る。部下達がおもむろに視線を遣る中、何やら資料を抱えたこの女性
閻魔は、ヒミコの前まで進み出ると胸元のそれを差し出してくる。
「総長。頼まれていた資料をお持ちしました」
「ありがとう、ご苦労様」
 失礼します。そうして無事用件──資料を届け終えた彼女は、折り目正しく一礼をすると
部屋を出てゆく。他の部下達がその一部始終を一瞥し、されどすぐにめいめいの職務に戻っ
てゆく中で、ヒミコはこの手渡された資料をぱらぱらと捲って目を通し始めた。先日、アラ
ラギ総長以下死神衆が話していた、この冥界(アビス)へと侵入してきたという者達の来歴
についてである。
 ──ジーク・レノヴィン。顕界(ミドガルド)北方、陽穏の村(サンフェルノ)出身。
 十五の成人直後から故郷を出、梟響の街(アウルベルツ)にて冒険者を始める。程なくし
てクラン・ブルートバードに拾われ、めきめきと頭角を現す。
 当初は本人らも知らなかったことだが、母シノは女傑族(アマゾネス)の国・トナン皇国
より亡命した元王女であると判明。二年半ほど前に同国で起こった内乱により玉座に復帰。
彼らと結社“楽園(エデン)の眼”との確執はこの前後から本格的なものとなる。
 同西方フォーザリア鉱山、同央域大都バベルロートにおける統務院総会(サミット)及び
監獄島ギルニロックにおける攻防を経て、クランの仲間達と共に対“結社”特務軍に任命さ
れ、志士十二聖ゆかりの武具・聖浄器回収の旅を続けていた。その果てに古界(パンゲア)
北方・竜王峰にて戦死。現在に至る。
「……随分と、破天荒な青年だったようですね」
 ざっと内容に一通り目を通した後、ヒミコはそうぽつりと呟いていた。他の部下達も何人
か、差し出されたこれを回し読み、同じく呆気に取られたかのように目を瞬いている。
 彼が亡くなったという話は、かねてより聞き及んでいた。又聞きが主ではあるものの、仕
事柄、現世の情勢は多少なりとも頭には入れている。そもそも裁定は対象者の罪業(ログ)
と先例(ガイドライン)に基づくため、私情を挟むべきではないし、余地もないのだが。
 最初はアララギ以下、死神衆が動いていた。
 だがこと侵入者──この楼内の秩序にも関わること故、彼女も彼女で部下達に情報を集め
させていたのだった。
 報告によると、件の侵入者達は、クラン・ブルートバードの面々。現在死神衆から選出さ
れた討伐部隊が楼外遠方にてその確保に当たっているという。
(まさか……。彼を蘇らせようと……?)
 故にヒミコはその可能性に思い当たり、思わず静かに頭(かぶり)を振った。
 あり得ない。前例がない。そもそもこの世界における、生と死のルールに真っ向から歯向
かう行いではないか。それでも何となく複雑な心境だったのは、彼女自身、先のアララギ達
の迅速さに一抹の怪訝を抱いていたからに他ならない。
「……次の裁定まで、まだ時間がありましたよね?」
「? ええ……」
 だからこそ、ヒミコは一旦ぐっと密かに唇を結ぶと、場の部下達にそう確認するように訊
ねた。懐中時計を取り出し、室内に掛けられている予定表と合わせ、彼女らは若干疑問符を
浮かべたままに頷く。
「分かりました。では、行きましょう」
 するとヒミコは、部屋の外に向かって歩き出した。次の裁定に向けて準備を進めていた部
下達が「えっ?」と驚く一方で、予めその心積もりを聞き及んでいた何人かがスッと彼女に
同伴する。少しスケジュールに空きがあるとはいえ、一体何処へ……?
「ジーク・レノヴィンの所、ですよ。件の侵入者と縁があるとすれば、アララギ達も黙って
はいないでしょうから」
 生前どれだけの大事件に関わろうとも、皆同じ魂だ。その存在自体に貴賤はなく、生前の
それが故に、不平等に取り扱うべきではない。
 戸惑う閻魔に、慌ててついて来る閻魔。
 幾人かの部下を引き連れて、同総長ヒミコは自ら動き出した。

続きを読む
  1. 2019/05/15(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔103〕

 北北東の遥か空──“虚穴(うろあな)”の一つに、突如として異変が起こった。
 周囲の空気をも震わせる激しい地鳴り。魂魄楼の人々は、身分の上下を問わず不安に駆ら
れていた。誰からともなくざわつき、じっと黒灰の空を見上げている。
「な、何だ!?」
「地震……? そんな馬鹿な……」
 特にその中枢部──北棟の一角に詰める閻魔達は、突然の事に大わらわになっていた。
「ここは世界の底部ですよ? 一体何が……?」
「た、棚を押さえろお! 資料を守れっ!」
 単調で変化に乏しいとはいえ、これまで冥界(せかい)そのものを揺るがすような事件な
ど皆無だったのだ。
 ある者はビクッと反射的に怯え、ある者はこのような揺れがあること自体を信じられず、
またある者は室内をぐるりと取り囲む、大量の書物に押し潰されはしないかと慌てる。
「落ち着きなさい。……そもそも、棚は全部固定してあるでしょう?」
 だがそんな面々の中にあって、特に冷静だった人物がいた。部下達と同じく黒の法衣に身
を包み、振り向く際に首元の襟飾りへふわりと、そのハーフアップの黒髪を擦れさせる。
 ──閻魔総長ヒミコ。
 死者の国・魂魄楼を取り仕切る二大総長の片割れにして、魂達の裁定を担う閻魔衆の頂点
に立つ妙齢の女性である。
 そ、そうでした……。
 彼女の一声で、サアッと静かになる部下の閻魔達。黒の法衣に身を包んだ彼らは、一旦息
を呑んだものの、次の瞬間には通常業務に戻っていた。室内にぐるりと収められた膨大な資
料は、これまで歴代の閻魔衆が裁定してきた魂達の記録であり、これから裁定するべき新た
な死者個々人の情報も加えられてゆく。
 基本的に閻魔達は、その任務の性質上デスクワーカーだ。故に理論には強いが、突発的な
事態には弱く、往々にして“秩序”というものに対して保守的である者が多い。
「……それにしても、一体何だったのでしょう?」
「揺れの感じからして、北東の辺り……まさか、鬼ヶ領の“虚穴(うろあな)”?」
「現世で、何か起こったのでしょうか?」
 改めて先の出来事を振り返り、今度は冷静に推測を立ててみる。
 楼内でも中枢域に在るため、直接外を覗ける窓はなかったものの、ヒミコ達は行き着いた
その可能性に身を固くしていた。
 場に居合わせた閻魔達が、また少しざわつき始めていた。戸惑いを多分に含んでお互いの
顔を見返し、そのまさかに蒼褪める。
 一体何が起きたのか? 少なくとも一大事ではないか。
 こんな時に、死神衆は一体何をしている──?
「失礼する」
 ちょうど、そんな時だったのである。ヒミコ達が詰める部屋の扉を、そう淡々とした声色
と共にノックする者がいた。閻魔達も聞き覚えがあるその声に、半ば弾かれたように駆けて
行って、迎え入れる。
「閻魔長殿。ご報告申し上げる」
 そこに立っていたのは、一人の死神だった。
 されどその身に纏う黒装束も、風格も、只者ではない。背後に何人か死神の部下達を引き
連れ、彼は至って冷静に第一声を口にし始めた。
 ──死神総長アララギ。
 ヒミコと同じく、魂魄楼を取り仕切る二大総長の片割れにして、魂達の先導を担う死神衆
の頂点に君臨する人物だ。何処か柔らかく物静かな印象のヒミコとは対照的に、くすりとも
笑わない、強面をそのまま人型にしたような男だ。
 死神達が着る、揃いの黒衣の上から、隊長格であることを示す白い羽織を引っ掛けた姿。
 その背中には上側だけが黒く塗られた四方の文様、それらに囲まれた『一』の文字。肩に
は、他隊士らのそれよりも一回り大きくて豪華な、羽織と同じ文字・文様を刻んだ隊章──
即ち彼が、北棟一番隊隊長、死神達全てを統べる者だとの情報が読み取れる。
 思いもよらず、よりにもよって死神総長自らが。
 一行を迎えた閻魔達は、思わず緊張して身構えていた。その中でも名指しされたヒミコだ
けは、逸早くその意味と事態の深刻さを理解して、ぎゅっと唇を結んでいる。
「緊急事態が起きた。魔界(パンデモニム)北西部──鬼ヶ領内の“虚穴(うろあな)”を
通り、冥界(こちら)側に侵入者が現れた」
『──?!』
 故にアララギが放ったその内容に、一同は数拍、頭が理解を拒んで真っ白になった。
 ヒミコを含めて、場に居合わせた閻魔達がおずおずと、互いに顔を見合わせている。この
冥界(アビス)に“侵入者”? にわかには信じられないが、本当だとしたら前代未聞だ。
 現世の人間がこの死者の国を行き来することは、暗黙の了解──世界のタブーなのに。
 そもそも大半の人間は“虚穴(うろあな)”の存在はおろか、正確な位置さえ知らない筈
だが……。
「本当、なのですか? その者達とは一体……?」
「目下調査中だ。現在楼内の出入口を封鎖、部隊を派遣して確保に向かわせている。先刻の
地鳴りは、彼らが“虚穴(うろあな)”に干渉した影響と思われる。まだそう遠くへは行っ
ていない筈だ。この魂魄楼には、決して近付けさせはしない」
 心配は要らない。
 背丈の差からくいっと見上げる格好のヒミコに、アララギはやはり淡々と事務的な声色で
答えた。既に死神総長として、部下らに魂魄楼全域に厳戒態勢を敷かせ、且つ件の侵入者が
こちらに辿り着く前に捕らえるよう、指示も送ったらしい。
「さ、流石はアララギ総長! 仕事が早い!」
「な……ならば、もう安心ですね」
「ええ。ただ封鎖の措置を取るということで、当面魂の回収が遅れるでしょう」
「その点は事前に、把握しておいて貰いたい」
「う、うむ。分かった」
「仕方がないだろうな……。なるべく早く、通常の体制に戻れればいいのだが……」
 それを聞いて、閻魔達は酷く安堵していた。ホッと胸を撫で下ろし、アララギ以下死神衆
の迅速な対応を讃えつつ、彼らから半ば事後報告的になされる先導の遅延にも大きな苦言を
呈することはなかった。
 理由は単純だ。あくまでそれらは死神衆の仕事であり、自分達の領分ではないからだ。
 寧ろ楼内に送られてくる魂達が、一時的とはいえ抑えられれば、裁定の為の忙しさもその
間は多少なりともマシになる。いつも通りではないが、積極的な意味で自分達の“秩序”を
乱すものではない。
 そんな目まぐるしい打算に自覚的なのか無自覚なのか、閻魔達はようやく落ち着きを取り
戻していた。襲われていた不安から逃れることができた。わざわざ報せに来てくれたアララ
ギ以下死神衆の面々に礼を言い、楼内にいる他の関係者達にも伝えるべく動き始める。
「……」
 しかしそんな中で、唯一ヒミコだけは尚も神妙な面持ちを崩さなかった。部下達にご苦労
と労われ、部屋を辞してゆくアララギらの横顔を眺めつつ、自身の中に芽生えた一抹の違和
感に期せずして戸惑っていたからだ。
(確かに昔から、彼は有能だけど……それにしたって対応が早過ぎる)
 考え過ぎ、かしらね?
 尤もこの時の彼女には、その理由など皆目見当もつかなかったのだが。

続きを読む
  1. 2019/04/16(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔102〕

 突然のアクシデントから、一体どれだけの時間が経ったのだろう?
 いや、実際はそれほど経ってはいない筈だ。あまり悠長にしていれば、ジークの魂が自分
達の手の届かない場所へと往ってしまう。
「くっ……!」
 半ば無理やり霞まされた意識を奮い立たせるように、イセルナやダン以下クラン・ブルー
トバードの仲間達は、身体を起こした。或いは両脚を踏ん張り、失意の勢いのまま崩れ落ち
そうになる己を守った。
 船内を見渡してみても、あの異常な揺れはすっかり止んでいる。赤と鈍(にび)色に染ま
ったセカイも、気付けば嘘のように元通りになっていた。どうやらルフグラン号自体の大破
だけは免れたらしい。
「皆、大丈夫か? 怪我はないか?」
「……ええ、何とか。それよりもレジーナさん、エリウッドさん。至急現在地と被害状況の
確認を」
「は、はいっ!」
 ゆっくりと頭を振って、体勢を立て直すダンやグノーシュ、リカルド達。蒼い光を静かに
纏ったまま呼び掛けるブルート。
 そんな中イセルナは、すぐさま団長としての思考と次に取るべき指示を面々に飛ばした。
す、すぐに! 弾かれたようにレジーナ以下技師組や団員達が、まだ少しふらつく足取りの
ままで動き出す。
「畜生……。一体あれは何だったんだ??」
「分からん。たくさんの手が、気色悪い小人みたいな奴らが視えたが……」
「声も聞こえました。凄く……哀しそうな……」
「うん……。私も、頭の中がグチャグチャになりそうだったよ……」
 ダン達は混乱している。ことレナやステラ、リュカなど魔導の使い手に至っては、余計に
あの異変に感じてしまう所があったらしい。単純な不快感だけではない、胸を締め付けられ
るような錯覚が、彼女らの表情を複雑なものにしている。
「あ、アルス様は一体何処に? え、エトナさんも巻き込まれちゃいましたし……」
「落ち着け、イヨ。まだ外がどうなっているか分からない。下手に飛び出して、私達も消し
飛んでしまったらどうする?」
 何よりも──深刻な事態はアルスだ。異変の最中、彼と彼を助けようと飛びついたエトナ
だけが、結局あの小人達によって引き摺り込まれてしまった。侍従として気が気でない友人
に、リンファも内心酷く焦っている筈ながら、そう今にも走り出しそうなその肩を軽く掴ん
で押し留めている。
 その間に、ブリッジに他の団員達が慌てた様子で駆けつけてきた。船内別室で寝かされて
いた、負傷中のクロムを看ていた面子だ。互いに事の経緯を伝え合い、彼らもアルスとエト
ナが攫われてしまったことに動揺する。「外は大丈夫みたいだよ! ……凄い陰気だけど」
そうしていると、レジーナらが再びブリッジに顔を覗かせてきた。不時着という形ではあっ
たが、どうやら船は何とか冥界(アビス)に辿り着いたらしい。報せを聞いて他の団員達が
数名、確認の為にタラップへと向かってゆく。
「……とりあえず、全滅だけは避けられたかな?」
「ああ。しかし参ったな。俺達が無事でも、アルスとエトナがいないんじゃ、あいつに申し
訳が立たねえよ」
「助け出そうにも、何処に連れて行かれたのかも分からない……」
「完全に不意を突かれた格好だったからな……。何者かは分からないが、あの小人達の周り
には大量の魔流(ストリーム)が視えた。ということは、彼らも魂……?」
「ま、まさか。ゆ……幽霊!?」
「あながち間違ってはいないだろうな。“虚穴(うろあな)”は、この世とあの世を結んで
いる穴だ。だとすれば、その只中を進んでいた我々に、そのような存在達が干渉してきたと
しても不思議ではない」
 小走りで駆け出す彼らの背中を見送りつつ、呟くシフォンの表情は暗い。どうやら目的地
には降り立てたようだが、まさか仲間を──アルスとエトナを放っておいて進む訳にはいか
ない。ミアやサフレ、マルタ、ブルートなどが口々にごちている。ジーク救出に前のめりに
なっていたとはいえ、もう少し慎重であるべきだったか。尤も今更悔いた所で、状況は一切
好転しないのだが。
「……聖浄器、かもしれないね」
 ちょうどそんな時だった。未だ困惑する仲間達の中で、ハロルドがそう、それまで沈黙し
いていた口を開いた。ダンやイセルナ、場の面々が誰からともなく視線を向ける。
「あの小人達に掴まれていたのは、全員聖浄器を持っていたメンバーだったろう? 聖浄器
は、強い魔力を持つ魂を核にして作られている。クロムも、魔流(ストリーム)とは未だ生
まれぬ魂達の集合体だと言っていた。だとすれば、あの小人達が聖浄器に殺到していた理由
も説明がつく。特に、アルス君は六華を──ジーク君の聖浄器を抱えていたしね」
 あ……。じっと口元に手を遣り、そう淡々と順序立てるハロルドの言葉に、仲間達は軽く
衝撃を受けたように目を見開いた。
 それならば辻褄が合う。自分達よりも多くの聖浄器を持っていたからこそ、アルスだけは
あの小人達の引力を振り払えなかった……。
「マスターヲ想ウオ気持チガ、完全ニ裏目ニ出テシマッタトイウコトデスカ……?」
「何てことだ。では六華を別な形で保管していれば、こんな事にはならなかったのか?」
「可能性は高いだろうね。でも今は、もう起こってしまったことだ。それよりも先ず、私達
は、二人をどうやって助け出すかを考えるべきだよ」
 流石にリンファも自身の配慮不足を痛感したのか、ぎゅっと唇を結んでいた。しかしそれ
でもハロルドは、彼女を含めた場の仲間達全員に向け、そう促す。要するに自分達に課せら
れた条件が増えたのだ。ジークやアルス、エトナの救出も、基本的には時間との戦いだと考
えておいた方がいい。
「……参ったな」
 大体何で、引き摺り込む必要がある? その言い方じゃあまるで、奴らが“道連れ”を望
んでいるみたいじゃないか……。ダンは思わずごちたが、今はそんな感傷に時間を割いてい
る場合ではない。イセルナ以下他の仲間達も、互いに顔を見合わせつつ、次にどう動くべき
かの思案を始めている。
(手分け……するしかねえか)
 ガシガシと、やや乱雑に髪を掻きながら、ダンもそう内心苦悩する他ない。

続きを読む
  1. 2019/03/12(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ 次のページ

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (194)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (111)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (49)
【企画処】 (472)
週刊三題 (462)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (403)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month