日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔114〕

 真っ白な砂の地面と、真っ黒な虚ろの空間。何度も何度もサラサラと朽ちては再生し、朽
ちては再生してゆくイメージ。
『……』
 目を覚ました時、彼女の記憶は失われていた。
 浄化プロセス、個体としてのリセット。さりとてそれは、この冥界(アビス)ではありふ
れた日常に過ぎない。魂を使い回す為のいち工程でしかなかった。深い檻から引き上げられ
た後も、その姿はうら若きとて虚ろな目をしている。
『──素晴らしい。この者には素質がある』
『おそらくは生前、蓄えていた“穢れ”が少なかったのだろう』
『実に清く正しく生き、愛し愛されたのだろう』
 ただ彼女が他と違っていたのは、ひとえに目を付けられたからだった。当時の魂魄楼上層
部、世界の魂(エネルギー)を管理する神々が、彼女を閻魔にすべく働き掛けたのである。
『私が……裁判官に?』
 詰まる所はスカウト、強引な配置転換であったのだろう。
 尤も彼女自身、そんな事を薄々解ってはいた。しかし記憶──己そのものを失い、乏しく
なった今、激しさを増す空虚さを埋められるのならば何でも良かった。……いや、そもそも
一連の引き抜き自体が、そうした者を狙っての事だったのかもしれないが。

 かくして神々に言われるがままに居留、閻魔として道の歩み始めた彼女は、永い時間を掛
けて着実に出世を果たしていった。閻魔と死神、及び冥界(アビス)の存在理由──生と死
にまつわるシステム、世の理と呼ばれるもの。
 尤も既に在る、与えられた「秩序」であろうと、彼女にとってはそれが全てだった。抱い
た空虚さを埋めてゆく日々の中、自らも気付かぬ内に、それらは己の存在意義そのものと化
していたからだ。真面目に務め上げたが故に、総長にまでなった。
「──ヒミコっ!!」
 時は現在。全く変わり映えのしなかった日常が今、大きく壊れようとしている。これまで
疑うことさえも、暇もなかった根本が揺さぶられている。
 キリシマ以下北棟死神隊の面々に捕らわれていた彼女は、その時突入してきたオシヒト機
動長の姿を見、目を丸くしていた。その叫ばれた呼び捨て(ことば)に、一抹の違和感を覚
えていた。
 脳裏の一角にちらついたノイズ。いわゆる既視感(デジャヴ)。
 ただ彼女自身は全くもって判らない。そもそもこれが自分の記憶だとの実感すら無い。
 故に、反射的に抱いた感慨は、安堵でも捕らわれの恐怖でもなく戸惑いだった。しかし現
実に、目の前の彼は必死で自分を助けようとしている。口論(やりとり)も上の空──対す
るキリシマ達を含め、彼らの声が妙に遠くで響いているように感じる。
(……何なの? 私は一体、何者なの?)
 彼女は不意に息苦しくなった。表情(かお)を歪めて、激しい衝動に駆られた。
 もしかして彼は、“私”のことを知っている──?

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  1. 2020/03/10(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔52〕

 時は睦月達が、八代もといキャンサーを倒した後の事。白昼堂々、勇はやや遠巻きの位置
から学園(コクガク)を覗いていた。じっと微動だにせず、物陰から半身を覗かせている。
「……」
 七波由香を巡る攻防は、同じく彼女を狙う別個体らの襲撃により、当初の思惑から大きく
外れてしまった。延びてしまった。
 下調べによると、あの女は一時行方知れずになった後、また保健室登校に戻ったらしい。
 ならば同じ場所を──グラウンドに面したあの一室を狙えば、もう一度始末するチャンス
はある筈だ。
(ただ……)
 とはいえ一方で、気になることもある。同じく下調べをしていた際、市中の“同胞”達か
ら奇妙な噂を聞いていたからだ。何でも『ここ最近、筧の姿が見えなくなった』とか、或い
は『また同胞が一人、また一人と消えていっている』らしいとか。
 少なくとも後者に関しては、今に始まった事じゃない。また守護騎士(ヴァンガード)達
が、手当たり次第に首を突っ込んで狩っているのだろうと思ったが……それにしては奴らの
動きに目立ったものが見られないのは何故か?
 筧兵悟の件も気になる。十中八九、七波由香の方が当人に報せなかったのだろうが、結局
自分が目論んだ策に奴は乗って来なかった。寧ろ後になって知り、彼女と接触して家まで送
ったとみた方が自然だろう。
 何か不穏な動き──。そんな情報もあって、勇は再びの襲撃に対して慎重を期していた。
 大体もって七波由香の転入とその後の動き自体、守護騎士(ヴァンガード)とその仲間達
による“根回し”である。となれば学園(コクガク)内部にも、工作員の類が居てもおかし
くはないだろう。警戒すべき戦力が潜んでいる可能性は否めない。七波由香一人を殺す。そ
の目的自体は、龍咆騎士(ヴァハムート)のアクセルでも使えば強行突破できなくもないだ
ろうが……リスクは大きい。こちらが変身した時点で察知はされるだろうし、今後突きうる
チャンスも減る。となると、やはり在宅時を狙った方がいい。
 ただそれも、自分が七波沙也香を“始末”したことで、一家の住処として殆ど機能しなく
なってしまった。警戒の兵、当局の人員が今も交替で張っているようだが、当の由香本人は
まともに帰って来てすらいないようなのだ。
(……どいつもこいつも)
 俺の邪魔ばかりしやがって。勇は内心ずっと、怒りや焦りが綯い交ぜになったその感情に
苛立ちを覚え続けていた。苛立っている自分自身にも、しばしば害意を向けたくて仕方ない
時があった。
 どうしてだ? お前は何故、俺という“仇”に反撃しようとさえしない? 自ら向かって
来ることすら選ばない? どのみち俺もお前も、今更「普通」の「日常」には戻れない筈だ
ろうが。自分の意思で茨の道を選んだのだろうが。何を呑気に、奴らが設えた安寧の中に閉
じ籠もっていやがる……。
(それにしても。妙に浮付いてるな。何かあったっけか?)
 少なくとも当の標的(ターゲット)、向こうから積極的に動こうという様子は無さそうだ
った。一方で先ほどから覗いている学園(コクガク)の敷地内では、あちこちでトンカンと
工作の音が聞こえる。屋台らしき木組みを運んでいる生徒達の姿が見える。
(……そうか。そう言えばそろそろ、文武祭の時期だったな)
 だからこそ勇も、ややあってその理由に気付き出して。自身も前年と前々年、いち学生と
して玄武台(ブダイ)のそれに関わっていたからだ。祭りの準備をしながら、当時まだ中等
部生だった弟・優との記憶が蘇る。

『へえ、凄いなあ……。話には聞いていたけど、そんなに大きなお祭りなんだ?』
『ああ。玄武台(うち)だけじゃなく、飛鳥崎中の学校が集まるからな。先輩に聞いても随
分盛り上がってたみたいだぜ? まぁうちは基本、スポーツ系の大会になっちまうんだろう
けど……』
 記憶の中の弟は、そうやってニコニコと笑っていた。まだ野球部に入る前、進学先の高校
すら決まっていなかった頃だ。思えばあの時もっと、あいつに合った学校を見つけてやれて
いれば、あんな死に方はしなかったのかもしれない。元々お世辞にも、バリバリの体育会系
という訳ではなかったのだから。
『それでも、だよ。いいなあ。僕も参加したいなあ……』
『はは。お前も進級すれば、クラスでやるだろうさ。それまでのお楽しみだな?』
 只々家から近かったから。選んだ理由は先ずそこからで。
 でも根っこの優しかったあいつには、スポ根という名の閉鎖的なセカイは合わなかった。
奴らの秩序と自らの良心、さぞ辛かっただろう。俺達もあんな最期になるとは考えもしなか
った。あいつの平穏な日々と笑顔を、奴らは平気で奪いやがった。悪いのはさも、そこに小
さくとも疑問を呈した弟の方だと、反省すらしなかった……。

「──」
 要らぬ感傷だな。
 されど勇はすぐに、そんな過去の記憶から意識を現在(いま)に戻すと、再び敷地内の様
子に集中し始めた。だってもう……あの頃には戻れないのだから。殺した者、殺された者。
本当の意味で“取り返しのつかない”ということを、彼は否応なしに知っている。
 かつての平穏だった頃の記憶。同時に自分達を置き去りにしてでも、こうして現在進行形
で前へと進んでゆくばかりな、歳月というものの無慈悲さ。無常さ。
 状況としては、依然として宜しくはない。文武際の準備が本格化すれば、今以上に七波由
香をピンポイントで狙い討つのは難しくなるだろう。
 それでも──勇はやるしかなかった。
 七波由香と筧兵悟、そして守護騎士(ヴァンガード)。彼女らを殺す、これまでのけじめ
をつけるしか、もう残された道は無かったのだから。

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  1. 2020/02/25(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔113〕

 全ての魂はその肉体的死後、冥界(アビス)へと運ばれる。彼らが汚染され、劣化し過ぎ
てしまう前に、再び生のサイクルへと乗せ直す為だ。同界の中枢、魂魄楼に属するエージェ
ント・死神及び閻魔達は、可能な限りこれらの仕組みを担保する使命を帯びている。
 私も──当初はそんな例に漏れなかった。一個の生命として死を迎えた後、こちら側に連
れて来られたことで、初めて世界の真実たるを知った。
 端的に言えば……絶望でしかなかったのだ。私達は所詮、神を自称する(なのる)者らの
“資源”に過ぎない。死した命、私達そのものであり核たる魂は、浄化と呼ばれるプロセス
を経て再び魔流(ストリーム)へと還る。
 即ち生命とは幾度となく再利用(リサイクル)されるものであり、生とは単にその一部、
一過性の現象に過ぎないということだ。加えて当時の魂魄楼上層部が、私を“強い素質”を
持つ魂として、半ば強制的に死神へと転身させた点も大きい。『拒むなら徒に浄化が長引く
ことになる』──刑が延びるぞと、暗にちらつかされて。

 死んでもまだ働かされるのか……。私は大いに辟易した。
 事実生前、私は戦って戦って戦い続けた人生であったと記憶している。尤もこちら側に来
てからの永い歳月の中で、すっかりその仔細はぼやけてしまったが。
 故にそのような押し付けられた役目など、早々に棄ててしまえば良かったのかもしれない
が……裏を返せば他に何もする事が無かったとも言える。本当に己の一切が消失することに
躊躇いがあったのか、結局生来の真面目さで手を抜く事もままならなかった。結果周囲から
は「有能」と認識され、順調に昇進を重ねてきてしまった──永く死神をやらされる羽目に
なってしまった。
 今や私はその最高位、総長の地位にまで登り詰めてしまっている。自身の《滅》の色装、
得物である大鎌も相まって、その象徴的存在と見做されてしまって久しい。

 どうしてそこまで、必死になって働かねばならない?
 あの頃抱いた徒労感は、今も殆ど解消されてはいない。寧ろ歳月を重ねれば重ねるほど、
最早自分では拭い去れないほど頑固にこびり付いてしまった、腫瘍のようでもある。
 私達は知ってしまった。生も死も、全ては魂を再利用(リサイクル)する為の一過程に過
ぎないということを。私達は死んでも生きているし、生きていても、少なからず前世で死ん
でいる。今此処に在ることの意味の、何と希薄なことか。
 何よりも……永い歳月の中、延々と肉体的死を経て送られてくる魂達を処理するという果
ての無さこそが苦痛だった。一人一人は当代、その直前までの生の記憶に縛られているにせ
よ、その事情を全て知った上で呑み込み、気取られぬよう気丈に振る舞い続けることを強い
られるならば、早々に自ら“煉獄”へと身を投げてしまった方が良かった。私が私でなくな
るのなら、徒に魂が使い潰されるのが秩序だと云うのなら、いっそそんな秩序など無くして
しまった方がまだ救いがあるではないか……?

 こと魂魄楼(こちら)へ流入する魂達の絶対量が、ある時を境にして大きく増えた。現世
の歴史ではちょうど、魔導開放と呼ばれた時期と重なる。ただでさえ魔力(マナ)──魂達
を酷使する術を、より多くの人間が行使するようになった。即ち、その代償として瘴気に中
てられる命が増えた。
 全く……余計な事を。
 冥界(アビス)、死神衆としても、以降人員の大幅増を余儀なくされた。私個人の願いと
は裏腹に、救われぬ魂は歳月を経るごとに増えてゆく一方だったのだ。
『──やあ。君がアララギだね? 歴代屈指の総長と誉れ高い』
 彼らが私の前に現れたのは、ちょうどそんな頃だった。個人としてもより強く、加えて楼
内全員のそれを思って疲弊が募る日々の中、二人は私を勧誘しに来たのだった。
 一人は淡い金髪の青年。一見してこの場に現れるのが不自然なほど、若い男だった。
 一人は黒灰の老人。後に古仰族(ドゥルイド)と呼ばれることとなる一派の術師だった。
 曰く、彼らは先の魔導開放の要“大盟約(コード)”を消滅させ、この世界を救おうとし
ていた。その為に私の力を欲し、手を組まないかと交渉しに来たのだった。
 正直な話、私は彼らの目的それ自体にあまり興味はなかった。全ての生命にとってこの世
界そのものが苦痛の苗床であるのなら、そもそも差し伸べるべき対象が違う。
 しかし私は一方で考えた。
 それでもまだ、この延々と続く地獄を、終わらせることが出来るなら──。
『……なら聞かせろ』
『お前達のこと、お前達の知っている、全てを』
 故に私は彼らに対し、逆に“答え”を求めて問うた。同時にその返答次第では、即座にこ
れを斬り捨てて、行動を起こそうとさえ考えたのだ。
『む? それは──』
『ああ、いいだろう。俺達が知っていることなら、何でも』
 一瞬警戒する老魔導師・ハザンと、臆せず寧ろニッと笑ってすらみせる青年・ルキ。
 尤も私は結果的に、彼ら共々“盟約の七人”の一人となった訳だが……。

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  1. 2020/02/11(火) 18:00:00|
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(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔51〕

 最新鋭のAR技術を駆使した育成型対戦ゲーム・テイムアタック。及びその専用ツールで
ある短銃型装置・リアナイザ。
 一時は巷のコアなゲーマー達を夢中にさせたものの、他でもない製造・販売元たるH&D
本社のリチャードCEOにより、事実上の終焉を迎えた。
 だが……そうして“禁制”の品になったからこそ、人々は考える。水面下で尚蠢く者達が
いる。
 中央署の一件を経て、件のツールが電脳生命体なる怪物達の苗床となり得る旨は、広く知
れ渡るようになった。人によってさほど信を置いてはいないにせよ、政府が公式にその存在
を認めた点も大きいのだろう。要するに関わり合いになれば、碌な事にならないと判ってい
るのだ。
 にも拘らず、一方で彼らは考える。もしそんな人外の力を借りられれば、終ぞ果たせなか
った思いも現実のものとなるのではないだろうか? と。
 何としても──たとえ法や倫理を犯してでも叶えたい願い。それは極論、少なからぬ人々
が抱えているとも言える。問題はそういった良識の枷を、一線を越えて行動してしまえるか
否かなのだから。何も彼らを衝き動かす原動力は、「悪意」故の願いとは限らない……。

「だ、誰かいないのか? 来たぞ! 約束通り、例の物を俺に寄越してくれ!」
 水面下での変化。それはアウター及び改造リアナイザの、一層のアングラ化だった。中央
署の一件以降、それでも件のツールを求める者達は、人知れず“窓口”とされる存在と接触
を図っていたのだった。
 昼間でも薄暗い、街の暗部──雑居ビル群の谷間。
 そこへ独り、おずおずと足を運んで来た一人の青年が、未だ見えぬ取引相手へと呼び掛け
て言う。
「──分かってるよ、そんなデカい声出すな。気付かれるだろうが」
 するとどうだろう。次の瞬間暗がりの一角から、何者かの声が返ってきた。青年が思わず
ハッとなって振り向くと、そこには荒くれ風の男と酷い肥満の大男が立っている。良くも悪
くも目を見張る二人分の人影が、気付けば音もなくこちらへと歩いてくる。
「ようゴゾ。あんたは正直者で……幸運だァ」
 言わずもがな、人間態のグリードとグラトニーだった。“蝕卓(ファミリー)”七席にし
て、かねてより改造リアナイザの売人を務めている二人組である。喉まで肉に塗れたグラト
ニーが決め台詞のように、舌っ足らずな口調で言う。
 ほらよ。そして青年へと十分近付くよりも前に、グリードが手にしていた改造リアナイザ
を一つ、彼へと放り投げた。それが自分の求めていた品だと知り、一瞬慌てつつも咄嗟の反
応でキャッチ。両手に包み込んで受け取る。
「こ、これが……苗床のリアイナイザ」
 何より呟くその目には、確かに動揺と一抹の興奮が滲んでいた。
「おうよ。じゃあ確かに渡したぜ? 精々上手くやるこった」
「頑張ってネー」
 禁制の闇取引。だが人々がそれらを求める際、彼らは別段金銭を要求したりはしない。既
に知る者は知っているように、彼らの目的はあくまで苗床の──アウターこと電脳生命体の
増殖にあるからだ。ヒトの欲望、負の感情に付け込み、その個体数を増やす。同胞達の進化
を促す……。
 荒くれ風の男と、肥満の大男。グリードとグラトニーは引き続き言った。
 同じくこれも、予め取り決めた台詞であるかのように。既に青年に対して半ば興味と用件
を失い、ヒラヒラと片手を振って、暗がりの中へと再び踵を返しながら。
「引き金をひけ。そうすりゃあ……お前の願いは叶う」

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  1. 2020/01/28(火) 18:00:00|
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(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔112〕

 時を前後して、摂理宮中枢域。
 苦虫を噛み潰したような様子で戻って来たオディウスとティラウド、及びルキを、魔導の
ホログラム板を背にしたユヴァンとシゼルは迎えていた。二人は神都(パルティノー)での
事の顛末について、彼らから報告を受ける。
「そうか……間に合わなかったか……」
「ま、まさか、御三方でも……」
 曰く、レノヴィン兄弟の片割れ・アルスの“撰出”は防げなかったという。こちらが機先
を制して抹殺を図るよりも早く、その瞬間は訪れてしまった。
「ユヴァン、君の予感は間違っていなかった。彼らは常人(ヒト)の身では届き得ぬ領域を
経て、とうとう私達と同じ高みにまで手を掛けてきたんだ」
「参ったぜ。よりにもよって所長(チーフ)が……。自己犠牲なんてのとは、対極の位置に
居る人だとばかり思ってたのによ」
 特に歯噛みして惜しんでいたのは、他でもないルキだった。
 “結社”の創立に深く関わり、同胞らを敵に回してでも、世界を神々の占有から解き放と
うとした彼だったが──いざ反旗を翻したその途端に、新たな障害が現れた格好だ。
「保身と面子に囚われた最高神、ですか。確かに私も聖都(クロスティア)の一件で、彼が
ヒトの教団よりも自らの威光を取るさまは観ていましたが……」
「それだけあのガキどもが、他人を変えちまう素質を持ってるってことか。業腹だが、認識
を改めねえといけねえな」
 にわかには信じられませんが……。
 シゼルの神妙な面持ちの呟きに、オディウスもぶすっと腕組みをして同意する。
 元々自分達が手を回したこととはいえ、ゼクセムは一度信者らの組織の梯子を外してでも
保身に──乱世による人々の絶望を止めようとした。自分達“神”への不信が拡がることを
恐れた。そんな人物が己の命を擲ってまで、本来いち被造物でしかない少年にその全てを託
したことは大きな意味を持つ。
「一番厄介なのは、所長(チーフ)の第九級管理者権限(レベルナイン)が奴に渡っちまっ
たって点だ。神都(パルティノー)内は勿論、今後俺達に干渉できる度合いが増す可能性は
非常に高い」
 “大命”を果たす際の障害である、ゼクゼム打倒それ自体は叶ったが……結果として新た
な脅威が取って代わって現れてしまった。ユヴァン達は暫し唸るようにして押し黙る。
 よもやあの兄弟が、ここまで迫って来るとは……。どうやら自分達は、あの者らの存在を
過小評価していたらしい。
「……そういや、ハザンはどうした?」
「あ、はい。例の“均し”を指揮しておられます。ただどうしても、本来予定していた戦力
の低下は否めませんが……」
 ややあって、オディウスが辺りをざっと見渡して問う。ユヴァンの傍らに控える秘書よろ
しく、その隣でシゼルが答えた。
 言わずもがな、ジーヴァ達のことだった。先の竜王峰の交戦である種の“痛み分け”──
使徒級こと魔人(メア)達が一部負傷離脱してしまったため、投入できる戦力にはある程度
の制限が出てしまう。
「ハザン殿が直接付いてくれているんだ、問題はないだろう。今回の作戦に関しては、特段
必須のファクターでもないしな」
 それよりも……。そして気を取り直すかのように、ユヴァンは彼女の言葉を引き続きなが
ら言った。オディウスやティラウド、ルキ、場に居る盟友達に向けて、彼は次の指示を出し
た。悠長に感傷に浸っている暇など無い。
「シゼル。ハザン殿にレノヴィン兄弟の抹殺を“第二種大命”に指定するよう、急ぎ伝えて
くれ。じきに奴らは合流するだろう。こちらも末端の隅々にまで、意思を共有させておく必
要がある」
「!! 直ちに……」
 恭しく頭を小さく下げて、シゼルが踵を返そうとした。「じゃあ、俺達も加勢に行くか」
オディウス達も戻って来た足で、再び出撃しようとする。
 状況は決して芳しいものではない。寧ろある意味、最悪のトラブルが起きてしまった。
 しかしながら自分達に、元より撤退の余地などなく──。
「ッ?!」
 だが異変は、ちょうどそんな時に起こった。立ち去る面々の姿を見送ろうとしたユヴァン
が、突如としてその場に片膝を突いて崩れ落ちたのだ。
 右手で顔半分、頭を抱えたその表情は、これまでにないほど苦痛に歪んでいた。盟友達は
思わず弾かれたようにして駆け寄り、口々に叫ぶ。
「……!? ユヴァン!」「ユヴァン様!!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 ティラウドとルキ、シゼル、オディウスの四人に囲まれて支えられて、ユヴァンは暫く激
しい眩暈に襲われていた。すぐに彼らへ応答する事もできない。只々蒼褪めた表情で苦悶の
まま──いや、通り越して強い動揺をみせていた。何かに酷く絶望しているようだった。
「これ、は……。まさか……」
 ようやく、辛うじて絞り出された声。
 はたして彼の全身は小刻みに震え始めていた。そして何故かその頬には、つうっと一筋の
涙が伝ってゆく。

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  1. 2020/01/14(火) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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