日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「魂籍」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:主人公、地獄、前世】


 首に巻きつけられた輪が一気に絞られ、次の瞬間、彼の意識は永遠に消し飛んだ。

 ……筈だった。なのに、いつまで経っても「ここにいる」感覚が残り続けるものだから、
彼はとうとう閉じていた瞼を開いた。もう二度と開くまいとつい先刻念じた筈のそれを、恐
る恐る、えいやと開いてみる。
「っ──!」
 飛び込んでくるのは、確かな五感。
 有り体に表現するなら、そこは川辺だった。しかしどうにも仄暗い霧が広がり、清々しさ
という観念とはまるで真逆のような寒々しい河原だった。
 そこに、自分はいつの間にか立っている。加えて他にも同じように──薄い白服を纏った
他人びとが誰からともなく並んでいるように見えた。
 そっと視線を落として、自身のそれを確かめてみる。どうやら彼もまた、いつの間にか彼
らと同じ格好になっていたらしい。だが何故? と問う前に、答えは向こうからやって来た
のだった。
『……』
 川の向こうから、数艘の船がこちらに向かってくるのが見えた。そっと、水面を滑るよう
に近付いて来る。薄暗い周囲を、ランタンのような心許ない灯りがぽつ、ぽつと、次第に増
えながら近付いて来た。彼や居合わせた他の人々も、その少なからずが何事かと言わんばか
りに動揺し、身構えてこれを思わず見つめる。
『乗れ』
『……これで全員か?』
『今数える。来れていない者は、また死神(みずさき)が連れて来るだろうが』
『おい、ぼさっとするな。早く乗れ。……お前達がお前達でなくなるぞ』
 木船から降りて来たのは、そんな様々な動物を象った、不気味な仮面をつけた者達。
 全身は灰色のローブで覆われており、本来の姿形は知れない。だが躊躇うこちらに向けて
くる言葉は、まさしく魂の真ん中を貫くように鋭く、冷たかった。彼は同じく戸惑っている
他人びとらに交じりつつ、しかし他に行く当てもないまま一人また一人と木船の群れに乗り
込んでゆく。
 帰りも、船は音もなく水面を滑って行った。仮面の官吏達が掲げるランタンの灯りこそあ
れど、その行く先はやはり心許ない。半ばすし詰めにされた船上で、彼は不安げにこの昼と
も夜とも知れぬ空を見上げる。
 やがて船は、霧を抜けて一軒の巨大な楼閣へと入って行った。あちこちからの水路を一点
に集め、しかし根本に広がる古風な街並みと無数の塀の中に、それらが隠れて見えなくなっ
ている不思議な城である。
 仮面の官吏達に連れられ、彼は他の面々と共にその一角へと延々登って行った。
 そして一行の目の前に現れたのは、幾何学文様を刻んだ冠を被った、壇上の人物。見下ろ
される位置関係と逆光が眩しいせいか、その表情や明確な姿を窺い知ることはできない。
『呂の四五八八〇番から七八八〇番まで、送致完了しました』
『五九三七番と九五番、六一〇二番は合流できていないようです。現在、回収中です』
『ご苦労。下がれ』
 壇上の冠男は淡々と、ただそれだけを言ってこの仮面の官吏達の大半を退出させた。或い
はこんな調子で、他にももっと人を連れて来るのだろうか。一体、何の為に……? しかし
そんな彼の抱いた疑問は、最早意味など持ち得なかった。そもそも、自分はあの時死んだ筈
なのに……。
『では、早速始めよう。最初の者をここへ』
 するとどうだろう。列の先頭に並ばされていた者が先ず一人、この冠男の前に差し出され
ると、次の瞬間この冠男はこの者の身体にずぶずぶと手を挿し込み、そこから長々と繋がっ
た紙を取り出し始めたのだ。
 な、何だ……? よく見ればそれは、ある種の巻物ようでもある。
 仮面の官吏達に左右を抑えられながら、この先頭の者は冠男に、自らから引き出された巻
物を隅から隅まで読まれていた。そうして暫く検めた後、同じように身体の中に押し戻して
こう宣告する。
『罪数は九十二、質は五十五。よって白棟(はくとう)送り三級とする』
 一体、何が起こっている……? 彼は最初、よく分からなかった。だがこの先頭の者を皮
切りに、次から次に前の者達が同じように何かしら“振り分け”られているらしいと把握す
るに、どうやら自分はいよいよ死後の世界に来たらしいと思った。要するにこれが俗に言う
閻魔様なのだろう。生前、想像していたものとは少し──いや、大分違うが、それでもこの
何とも言えぬ威圧感を他にどう説明すれば良いのだろう。
『……ふむ? 罪数は七七、しかし質は……三〇八、か』
「えっ?」
 だが、いざ自分の番になって、彼はそんな思考の捏ね回しをしている暇などなかったのだ
と思い知らされる。いや、思い出させられる。
 壇上の冠男は、逆光の下で彼の身体から引き出した“記録”を検めながら一瞬眉を顰めた
ようだった。その様子を見て、当の彼本人もゆっくりと目を見開き──何故か焦るように顔
を薄暗く引き攣らせ始める。
『尾を引き過ぎたな。お前は黒棟(こくとう)送り一等とする』
 それは明らかに──前の者達の少なからずが連れて行かれた先だった。彼は本能的な恐怖
に身を震わせたが、すぐに仮面の官吏らに取り押さえられ、ずるずると殺風景な部屋の奥へ
奥へと連行される。

『お前の罪数は七七だ。つまり此処を、八巡しなければならない』
 解ったか? やはり個性など微塵も読み取れない仮面の官吏らにそう説明され、彼は目の
前に広がる光景に絶句していた。
 刃である。無数の鉄の剣や槍といった刃が、びっしりと地面に生えている。そこを同じく
ここへ連れて来られたと思しき白服の老若男女達が、激しい痛みに何度も喘ぎながら歩かさ
れている。
 いや、白服という表現は、もう正しくはないのだろう。
 おびただしい刃に足や全身を貫かれ続けて、彼らの身体は真っ赤に染まっていた。大昔は
黒鉄色だったと思われる刃も、繰り返し飛び散った血によって紅く紅く塗り替えられ、結果
見渡す地面は赤い棘山のようにも見える。
 彼は、そんな中へ無情にも放り込まれた。途端に全身を刺す激痛が走る。しかし悲鳴を上
げる間に、その身体は無数の光球となって散りかけ、されど元通りに彼の姿を再構築する。
加えて黒い翼を広げた仮面の官吏達が、定期的に中空を旋回しては、歩を少しでも緩めた者
を容赦なく鞭で打っている。刺されたのか、打たれたのか原因の最早分からない痛みで悲鳴
を上げながら、彼は他の面々と同様、この目の前の広大な棘山を進んでゆくしかない。
「ぜぇ、ぜぇ……! あがっ……!?」
 数歩も進まぬ内に、刃が刺さり、されど上空からは鞭が飛ぶ。
 広過ぎて果てなど一向に見えやしなかった。だが最初、官吏達は、ここを八巡せよと言っ
ていた。気が遠くなる。そう表現するにはあまりにも陳腐で、過酷で、冷静な思考など纏ま
る筈もない。
 嗚呼、そうか。これが、僕に与えられた罰なのだな……。
 故に思考ではなく、半ば直感の中で理解する。
 だが彼は、それ故に内心激しく憤っていた。この理不尽に怒り狂い、今にも──いや、既
におかしくなっていた。
(どうしてまた、こんな苦しみを受けなくちゃならない……?)

 彼には、恋人がいた。大人しくてあまり主張しないが、心優しい善い女性だった。彼は真
剣に彼女を愛していたし、お互いいずれは将来を誓い合おうとさえ何となく思い合って、さ
れど中々言い出せずに頬を赤く染めていたものだ。
 ……なのに、理不尽という名の悲劇は突如として訪れた。ある時を境に、明らかに彼女の
様子がおかしくなったのだ。
 最初は、体調が悪いのかな? ぐらいにしか考えていなかった。元々彼女は丈夫な方では
なかったし、以前から度々そうして臥せることがあったのだ。
 しかしこの時の彼女の落ち込みようは、尋常ではない。そこで彼は意を決して、異変が起
きてから暫くした頃、本人に訊ねてみたのだった。
 ……結果は、絶望という他ない。怒り狂う他ない。
 彼女は、乱暴されたというのだ。かねてから自身の勤める喫茶店に来ていた男に後を尾け
られ、気付いた時には人気のない場所で押し倒されたというのだ。
『ごめんなさい。ごめんなさい……』
 答えた言葉は訥々としていて、断片的だった。だがしかし、この愛する人の屈辱と苦悩を
知るには充分過ぎた。
 そして翌月、彼女は帰らぬ人となった。真面目だったのだろう。
 もう貴方に会わせる顔がないと、自らその終止符を打って。
『──ああ、彼女か。なんだ、死んだのか』
 だから、彼はその憎き相手を探し出した。探し出して、人気のない場所に呼び出した。
 しかし当の本人は、彼女の死を知ってもあっけらかんとしていた。寧ろ「都合がいい」と
さえ言い放ち、哂ってみせたのだった。
『お前が彼氏ねえ……。何だよ、先約済みだったか』
 後で判った事だが、この男は地元の代議士を父に持つ人物だった。自らが犯した罪も、そ
のコネでこれまで何度も揉み消し、自らの欲求のままに暮らしてきたのだという。
 男は既に彼に対し、幾重もの予防線を張っていた。自らに何かあれば父を通じて当局が動
くし、何より当の彼女が亡くなってしまった以上、証拠など無い筈だと。
 ……彼はそこで、いよいよ決心した。こいつは弁護の余地のない畜生だと。
 嵌められるとは解っていた。だがもう心がこの男を許さなかった。
 彼は懐から、予め用意していたナイフを取り出し、激しい怨嗟と罵倒を投げつけながら、
この男に襲い掛かって滅多刺し──。

 自分が犯したことが丸々全て、自らに跳ね返ってきているのだろうと彼は思った。
 二巡、三巡。数え切れないほどに刺し貫かれて、再生して、彼はゆっくりと歩き続けた。
四巡、五巡。白服がもう原型を留めないほどに真っ赤に染まり、擦り切れた。そもそも魂に
衣服など必要なのだろうか? 六巡、七巡。その頃には最早生前の憎しみなど、この痛みに
比べれば軽いものだと引き剥がされて。八巡。その胸の内の願いは男への復讐よりも、男が
同じく何処かでこの地獄にて裁かれていることへの期待ばかりと為っていた。
『──よくぞ永い“償い”に耐え抜いた。お前の魂は、浄化されたぞ。さあ、今度こそ善き
命を目指すがいい』
 左右に仮面の官吏達を従えて、壇上の冠男がそう彼に告げた。
 相変わらず男の背後には逆光が差している。だがもう彼にはそれを眩しく思う感覚も、よ
うやく替えられた白服の清潔さに喜ぶ人間らしさも無かった。ただ目の前に、コゥッと開け
られたスロープのような光の道を、やはりこれといった達成感もなく見つめている。
「……善き、命?」
『ああ。そこへ入ると、お前の魂は次の生を待つ輪廻に乗ることだろう。もうお前を、咎人
として責め立てる者は何処にもおらん』
 何となく、理解はした。だがもう永いことずっと意識がぼうっとしていて、彼は促されて
も中々その一歩を踏み出すことが出来ない。或いはそれが、本当の意味での“自分”の終焉
だと知っているからなのか、恐れがあるのだろう。
「あの……」
『うん?』
「沙耶加に、恋人に、会えますか?」
 だから、最期に彼は言った。仮面の官吏達と冠男に、そう唯一の希望を訊ねたのだった。
『……それは、管轄外だ。お前が次にどんな者として生まれ直すかは分からん。同様に、そ
の女が今どんな者であるかは分からんのだ』
 追おうと思えば追えなくはないが……。だがその呟きは一方で、彼らにそんな気は無いの
だという表明でもあった。
 そう、ですか……。彼は残念そうに呟きながら、しかし相変わらず感情と呼べる気色は見
えず、次の瞬間痺れを切らしたように仮面の官吏の一人に背中を押され、この光のスロープ
の中へと流れていった。あっという間にスピードに乗って滑ってゆき、その姿が見えなくな
るのもそこそこに、これを見せていた観音開きの扉がピシャンと閉じた。
『……それは、私達の仕事ではない。私達の役割はあくまで、魂(エネルギー)の回収と再
処理なのだからな』
                                      (了)

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  1. 2018/06/03(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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