日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「四祈」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:桜、雪、新しい】


 君がいなくなってしまって、一体どれだけの季節が移り変わっていっただろう。

 僕は──春が嫌いだ。君との出会いを思い出すから。よく出会いと別れの季節なんて云う
けれど、僕にとっては後者であるように感じる。ふわり、ふわりと頭上から舞い散ってくる
桜の花弁達すら、僕は見上げていると哀しくなってしまう。
『うわあ、綺麗~!』
 君は本当に昔っから花が好きだった。季節ごとの、色とりどりの花を分け隔てなく愛し、
本当に楽しそうにその舞い落ちる中で両手を広げて回っていた。
 君と出会ったのも、そんな新しい区切りの季節だった。君はいつも自由奔放で、その笑顔
で周りにいる僕達を穏やかにさせてくれた。
 尤も当時は、危なっかしいとか、放っておけないといった感情(りゆう)で行動を共にし
ていたような気がするけど……。
『あまりはしゃぎ過ぎると転ぶよ。これだけ積もっていると、足を滑らせかねない』
『大丈夫だって~。っていうか、浩(ひろ)君は本当、心配性だよねえ』
『……誰のせいだと思ってるのさ』
『あはははは。まぁ、信頼してる証だと思ってよ』
 記憶の中の君は、そうけらけらと笑う。
 静かに舞い散る満面の桜吹雪。この出会いと別れの季節を告げる、象徴的な光景。
 僕は昔っからそういった情緒云々という概念が苦手で、いつも君の言葉にぎこちない苦笑
いを浮かべていたっけ。僕にとっては目の前で、たくさんの桜の花弁が散っているという事
実だけが全てで、君はその光景の中で踊っている友人に過ぎなかったんだ。
『? だって桜は、日本人の魂じゃない。少しの間だけいっぱい咲いて、散っちゃう。その
儚さが良いんだって、昔から言われてるんだよ?』
『知識としては知ってる。だけど、そう当たり前という風に言われてもなあ……』
『うーん……? 浩君は考え過ぎなんだよー。もっと、自分の気持ちに素直にならなきゃ』
 そうくるくると花弁の中で回る足を止めて、小首を傾げる仕草。ニコッと咲く笑み。
 でも僕は、結局その時も“素直”にはなれなかった。君のように感じたことをそのまま、
遠慮なく口にできるほど純朴ではなかったから。
『……』
 無数に舞い散る桜の花弁達よりも、まるでそれらを“背景”のようにして踊っている君の
方が、ずっと綺麗だなんてこと。

 僕は──夏が嫌いだ。遠慮を知らない日差しの強さと、茹だるような暑さで気が滅入ると
いうのは勿論、この時期になると家族連れやカップルが遊んでいる姿があちこちで目につく
ようになるからだ。
 夏休み、君と付き合い始めた頃を思い出す。あの頃は例の如く、君にぐいぐい引っ張られ
るまま、海に行ったり山に行ったり、色んな場所に遊びに行ったものだ。あの時はそれぞれ
のイベントが、こんなにもかけがえのないものに為るとは思っていなかったけれど、亡くし
た今だからこそ何度も何度も思い返す。“今”を生きている彼ら、彼女らの無邪気に遊ぶ姿
をあの頃の僕達と重ねて、どうしても哀しくなってしまう。
『んー! 潮風が気持ちいいねえ。こんな穴場を見つけてくれて、ありがと♪』
『ひい、ひい……。流石にいきなり登山はきっついよお。おぶってー、浩君……』
 混雑を嫌って、人気の少ない浜辺まで足を運んだあの時。
 暑いとか虫に刺されるとか面倒臭がった僕を、勢いのまま連れて来て目指した山頂。
 瞳を閉じれば思い出す。それでも幸いなのは、今の自分が、効き過ぎるくらいの空調の中
で毎日仕事に追われる、サラリーマンであることか。思い出すような家族連れも、かつての
君とを重ねるようなカップルも、この四角四面なオフィスの中にいる限りは早々お目に掛か
ることはない。仕事に打ち込んでいれば、その間だけは忘れられた。これは雑念だと、美化
された過去なのだと、言い聞かせてやり過ごすことができた。
「……」
 それでも、ずっと胸が塞ぐ思いが続いている事実は否めない。
 一体あれから、どれだけの季節が流れていったか。実際年数にすれば、ほんの数年でしか
ないのだけど、未だに僕の中の空っぽは中々埋まってはくれなかった。こんな思いを抱えて
生きるのなら、いっそ思い出なんて始めから作らない方がよかった。
「おい、どうした? ぼーっとして」
「……いえ。何でもありません」
 カタカタと、それぞれのデスクでキーボードを叩く音がする。時折電話が鳴って、応対す
る同僚達の声が聞こえてくる。今年も外は過去最高の暑さを記録し、茹だる日差しの中で、
人々は涼を求めて街の外へと出掛けてゆくのだろう。……でも僕は、今年もそんな一人には
なれそうにもない。疲労感と、ピリピリとした罪悪感だけが、全身におんぶされている。

 僕は──秋が嫌いだ。この季節は、ちょうど娘が生まれた頃だ。五年前、僕と君との間に
生まれた新しい命。名前を花音(かのん)。どんな名前がいいか、色々話し合ったけれど、
結局は妻の希望を優先した。文字通りお腹を痛めて、産んでくれたんだもの。
『ふふっ、よく寝てる。本当、あなたにそっくりよねえ。この鼻筋とか』
『いや、全体的に君似だと思うけどなあ。この、まるっとした感じが何とも……』
 ようやく退院できて、二人でこの新しい家族を囲む。よく眠り、よく飲む元気な子だ。僕
はそういう意味でも、母親似なんではないかと思っていたのだけど……。
『むー。私、そんな太ってないよー』
『えっ? ああ、ごめん。そういうつもりじゃあ……』
 母親になって、少しは大人びたかなと思っても、こういう所は出会った頃とあまり変わら
ないように感じる。それはそれで、彼女の美徳ではあるのだけど。何だか、手の掛かる子が
二人に増えたような気がして、つい僕も苦笑いを浮かべてしどろもどろになってしまう。
『……ふふふっ。冗談だってば。でも、本当に、あなたもよく笑うようになったよね』
『? そう、かな』
『そうだよお。昔はもっとぶすーっと、何考えてるか分からないくらい、いつも不機嫌な顔
してたじゃない』
 だから思わず、目をぱちくりと瞬く。
 心外だ。僕は当時から、そんな風に思われていたのか……。
『でも、本当はそんな人なんかじゃない。今なら胸を張って言える。あなたは変わったよ』
『咲(さき)……』
 今度は別の意味で、目を瞬いて、見開いて。
 彼女はそっと腕の中の我が子を愛しげに撫でていた。その左手の薬指に、小さく銀色の指
輪が光っていた。
 幸せになる筈だった。これから三人で、慎ましくも幸せな家庭を築けると信じていた。
 だからこの季節が嫌いになった。娘の顔を見る度に、妻のことを思い出す。この子を立派
に育て上げなければという使命感と、そんな張り裂けそうな哀しみが、僕の中で行ったり来
たりする。

 僕は──冬が嫌いだ。忘れる筈もない。それはちょうど、花音が生まれて一年ほどが経っ
たある日の事だった。
 妻が、倒れた。慌てて病院に担ぎ込まれ、検査を受けた結果、その身が病に侵されている
ことが判った。まだ若かった分、その進行も早かった。この突如として起こった現実に、僕
達が追いつくよりも早く、事態はあれよあれよという間に転び続けた。
『……ごめんね? 急にこんなことになっちゃって』
『何で咲が謝るんだよ。それは僕の台詞だ。病気だなんて、気付いてやれなかった……』
 病院のベッドに座って苦笑(わら)う彼女に、僕は思わず唇を結んでいた。入院着に身を
包んだその姿は、活力に溢れていたかつてのそれとは随分変わってしまっているような気が
する。僕の腕の中に抱えられた花音が、母の異変に気付いているのかいないのか、彼女を求
めるようにしきりに手を伸ばしていた。
 窓は閉め切っているのに、部屋の中は何処となく寒かった。それは何も、季節柄という物
理的な理由だけではないのだろう。
 そうして暫くの間、僕達は黙っていた。こうして寄り添うことはできるのに、彼女を蝕む
病を取り除いてあげられない。突然最愛の人を襲った災いに、僕はまるで無力だった。
『……雪、降ってるね』
 気付けば彼女は、窓の外を見ていた。先日からしんしんと降り続けた雪が、辺りを真っ白
に染めている。辛うじて違って認識できるのは、デコボコした本来の景色の名残だけだ。
『綺麗だなあ』
 静かにほっこりとしている彼女の横顔に、僕は何も声を掛けられなかった。一番苦しんで
いる筈の、現在進行形で病に侵されている本人なのに、何故そんなに落ち着き払っていられ
るのだろう?
『雪が融けて、春になったら、また皆で遊びに行きたいね』
『……ああ。行こう。絶対、この子と三人で……』
 だから──言いかけて、僕はまた次の言葉が出なかった。喉の奥にその言葉が引っ掛かっ
たように、口にする事ができなかった。解っていたから。安易に激励したって、彼女はただ
辛さを押し込めて苦笑(わら)うしかできない筈だと。……お互いに安請け合いしたって、
苦しむことになるのは目に見えているから。
『うん』
 妻は微笑(わら)っていた。いや、笑おうと努めていたのだと思う。
 だが約束は果たされなかった。雪融けを待つ前に、春が完全に芽吹くさまを見る事なく、
彼女は二度と会えない場所へと旅立ってしまった。僕と、花音を残して。

「──おはよ~」
「おはようございまーす!」
 君がいなくなってしまって、一体どれだけの季節が移り変わっていっただろう。
 僕は今日も花音の手を引きながら、坂の下にある保育所へと向かう。朝、出勤する前に娘
を預けてゆくのが、いつしか僕の日課になった。
「おはよー」
「おはよう、花音ちゃん」
「うん。おはよー。なっちゃん、あきちゃん」
 園庭には既に、他の子供達が集まりつつあり、花音にも元気に挨拶をしてくれる。普段仲
の良いらしい女の子達と顔を合わすと、ぱあっと表情が明らむ。物心つく前の出来事だった
からというのもあるが、ここまで明るく真っ直ぐな子に育ってくれて、本当に良かった。
「あ。おはようございます~、五代さん。花音ちゃんも」
 そんな僕らを、苺のアップリケが付いたエプロンを着た女性が迎えてくれる。この保育園
に勤める保育士さんの一人だ。周りを、他の子供達が何人か、くっ付いて裾を握っている。
「おはよー、春子センセー」
「おはようございます。……今日も大変そうですね」
「ええ。皆、元気なのはいい事なんですけど……」
 この子達と同様、どうやら花音(むすめ)も懐いているらしいこの彼女。
 そんな接点もあってか、僕はこうして平日送りがてら、彼女と一言二言言葉を交わすのが
もう一つの日課となっていた。最初は昼間の、園内での娘の様子をそれとなく聞きたいと思
って声を掛け始めたのだが……。
「──」
 何となく苦笑気味の、緊張しているような春子先生。
 下に着込んでいるのが首元から見えているが、やはり今のような冬場は冷えるのだろう。
頬も何処となく赤みを帯びている。保育士というのは見た目の朗らかさやイメージとは裏腹
に、かなりハードな体力仕事だというから、疲れが溜まっている可能性もある。
 ……不思議な人だ。妻とは顔立ちなどは全然違うのに、妙に重なる。
 多分、雰囲気が似ているのだろう。そのアクティブさというか、どうにも危なっかしい感
じがするというか。勿論、本人の目の前で口にするのは失礼過ぎるのだが。
「じゃあ、いい子にしてるんだぞ? ちゃんと先生達の言うことを聞いて、迷惑にならない
ようにな?」
「わかってるー。パパも、おしごとがんばってね?」
「……ああ」
 いってらっしゃーい! 花音にぶんぶん手を振られて、僕はそっと踵を返して来た道を戻
り始めた。ちらっと肩越しに見てみれば、春子先生が娘の横にならんでこちらを見ている。
ぺこりと頭を下げて、見送ってくれている。他の子供達もわらわらと、そんな二人に倣って
手を振っていたり、頭を下げる真似をしてみたり。
 ……どうやら娘は、問題なく過ごせているみたいだ。来年には小学校に上がるが、あの子
の物怖じしない性格からして、馴染めないということはないだろう。逆に他の子に迷惑を掛
けて、呼び出しを食らうようなことになりそうな気がするが。
(……咲。僕達は何とか、やっているよ)
 心の中で、そう呼び掛ける。もう会う事のできない妻(ひと)へ、今日も報告する。
 どうか、これからも僕達を見守っていて欲しい。君のように、あの子に上手く愛情を注げ
られないかもしれないけれど。それでも、僕は絶対にあの子を──君が生きた証を立派に育
て上げてみせる。

 また今年も、じんわりと冷え込む朝が続いている。
 雪融けは、もう少し先になりそうだ。君がベッドの上で見たがっていた未来を、僕達二人
は代わりに歩いている。……これでいいのかな? 君のことを忘れるなんて出来ないけど、
そろそろ君のいない、今の生活に慣れてしまうべきなのかな?

 晩冬の朝と、君との記憶と今の日々と。
 どうしても僕だけが、変われずにいる。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2018/05/27(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「ブリッヂ」 | ホーム | (雑記)それはリソースの問題>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/997-b355ab31
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

05 | 2019/06 | 07
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (183)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (105)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (44)
【企画処】 (445)
週刊三題 (435)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (387)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month