日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔34〕

「うぐっ!?」
 動きを止めたその一瞬が決定打だった。がら空きになった両腕の隙間をヘッジホックの拳
が抉り打ち、睦月は大きく吹き飛ばされた。目の前の遠巻きから、インカム越しから、仲間
達の自分を呼ぶ声が聞こえる。
「……」
 棘付きの拳鍔(ダスター)を両手に提げながら、鬼気迫る様子のヘッジホックがゆっくり
と近付いて来る。
 一方で守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月は、その面貌の下で、ぐらぐらと動揺に瞳を揺
るがせているままだ。
「これで──」
 拳鍔(ダスター)を振り上げ、睦月に止めを刺そうとしたヘッジホック。
 だがそんな時、彼の身体に異変が起こった。不意に全身から血が──デジタル記号の粒子
が再び溢れるように噴き出し、その動きを止める。
 ダメージだ。初手の奇襲で國子達から受けたダメージが、今になり響いてきたのだった。
「かはっ……?!」
『……! よし、効いてる!』
『今だ睦月、反撃しろ!』
 瞳を明滅させ、ぐらりと大きく仰け反るヘッジホック。
 その異変を見て、すかさず指示を飛ばす、皆人以下司令室(コンソール)の面々。
 しかし肝心の睦月は、動かなかった。いや、迷いに囚われて動けなかったのだ。
 すぐ目の前で苦しみ、それでも尚抗おうとするヘッジホックの姿。
 その姿と、直前彼と打ち合いを繰り広げた際の言葉が、睦月の脳裏の中央でハレーション
を起こしている。

『約束したんだ……。お前を倒せば、僕達は自由になれる!』

 確かにヘッジホックは、そう言った。
 ただそれだけの為に、こいつは自分に戦いを挑んできた。
 ……どういう事だ? あの後から今日までに、奴らの間で一体何があった?
 頭の中が混乱している。戦いの意識と、もう一つ過ぎるのはかつての“友”の姿だった。
 これはあくまで推測の域を出ない。だがもしそれが正しければ、今自分が戦っている、倒
そうとしている相手の目的は……。
「ヘッジ!」
 ちょうど、その最中だった。海沙や宙、仁と対峙していたトーテムは、ビルの屋上からこ
の戦いの一部始終を目撃していた。
 自らに浴びせられた粘着弾にもがきながら、この盟友の危機に動こうとする。ぐおおおお
おおッ……!! ミシミシと、自身と足元のコンクリ床とを強力に貼り付けている粘々を、
その念動力の浮遊で少しずつ力ずくで引き剥がしてゆく。
「!? しまっ──」
 そう仁がハッと顔を引き攣らせた時には既に遅かった。一度完全に身動きを封じてやった
と思ったトーテムは、次の瞬間、その足元のコンクリ床ごと脱出して空中へと飛び上がって
行ったのである。仁達が追おうとしても間に合わなかった。海沙のビブリオが、宙のカノン
の銃口が慌ててトーテムに向くが、彼は一切構わずそのままヘッジホックの下へ急行する。
「掴まれ! 一旦退くぞ!」
 足元に粘着弾で貼り付いたままのコンクリ床──瓦礫の塊をぶら下げたままで。
 トーテムは“出血”にふらつくヘッジホックに、そう叫んで手を伸ばした。鬼気迫る表情
のまま、ギロリとこちらを睨み返してきたが、それでも数拍後には促されるがまま、その手
を取って彼と共に大きく再浮遊する。
 國子ら奇襲班はさせじと、このトーテムを叩き落そうとしたが、こちらへ飛んでくる際に
散らばり降ってくる無数の礫(つぶて)がそれを妨げた。
 混乱に、更に上乗せした混戦と、土埃。
 故に気付いた時にはもう、この二人のアウターはまんまと、睦月ら包囲網の中から逃げ出
してしまった後だったのである。
『……ちっ』
 インカム越しの向こうで、皆人が小さく舌打ちをするのが聞こえた。
 しかし当の、現場の睦月は、未だ動揺に身体の自由を押さえられたまま、荒く肩で息をす
る事しかできなかった。


 Episode-34.Faith/その遺志を挫く者

『どうして、反撃しなかった?』
 ヘッジホック達に逃げられ、痛み分けに終わった原っぱ。
 戦いが一旦落ち着き、國子ら仲間達と合流した睦月は、通信越しに司令室(コンソール)
の皆人からそう静かに詰られていた。当の本人は勿論、海沙や仁、隊士達の一部までもが、
その声音に緊張している。普段より一層淡々と、しかし苛立っているように聞こえるのは、
ここ暫く立て続けに片付けては現れてくる懸案達へのストレスが故なのだろう。
『奴が戦法を変えた時、お前もそれに対応できていたじゃないか。あのまま押していれば、
今日この場で倒すことも不可能ではなかったんだぞ?』
 案の定、というべきか、通信の向こうの友は怒っている。
 睦月は思わずきゅっと唇を結んでいた。他の皆と同様、変身はとうに解いてその場に棒立
ちになっている。
「うん……。でも、僕聞いちゃったんだ。僕を倒せば、自分達は自由になれるって……」
 言い訳がましいとは解っていたが、それでも睦月は事の一部始終を話し始めた。
 ヘッジホックとのやり取り自体は、司令室(コンソール)側にもログとして記憶されてい
る筈だが、皆人は最初、じっとその弁明を聞いていた。睦月と共に先刻の戦いの現場にいた
國子達、或いは遠くビルの屋上にいた仁や海沙、宙が、それぞれに眉根を寄せたり目を見開
いたりしてその傍らに並んでいる。
「──あいつが挑んできたのは、その為なんじゃないかな? 僕を倒す事ができたら、その
代わりに蝕卓(ファミリー)から自由になれる。あいつは僕“達”と言ってた。多分他にも
仲間が何人もいるんだと思う。……ダブって見えたんだよ。二見さんやカガミンと。あの二
人も、支配とかアウターの義務とか、そういうものから独立しようとしてた。だから本当に
倒してしまっていいのかな? って」
『……』
 はあ。しかし通信の向こうで、皆人がついたのは大きな嘆息だった。自身の椅子に深く座
り直しながら、正面のモニター群に映し出されている睦月達を眺めつつ言う。
『仮に奴らの動機がそうだとして、本当にその約束が守られると思うか?』
「……。それは……」
『だろう? そんな約束、守られるとは思えん。どうせ蝕卓(ファミリー)にとっては体の
いい方便と言った所だろう。大体、あいつらは一度無関係な人々を巻き込んでいる。そもそ
も進化体である時点で、少なくとも一人、召喚主になった人間が始末されている可能性が高
いんだからな』
「……うん」
 ぐうの音の出なかった。友の、司令官の言う通り、擁護の必要性は無いのだろう。
 睦月はやや俯き加減で、静かに頷くしかなかった。相手が越境種(アウター)──敵であ
る以上、自分達は彼らと戦う義務がある。罪を犯している以上、報いを与えなければ筋が通
らない。分かっていた。分かっていたからこそ、彼ら個々人の事情との間に思わず揺れて、
咄嗟に身体が動かなくなったのだから。
「でもよう。わざわざその為に、瀬古を引っ込めさせるモンかね? あいつは対佐原の為に
連中に引き入れられた訳だろう? 刺客にするとしちゃあ、あいつの方が確実っちゃあ確実
だと思うんだが……」
 その一方で、今度は仁がポリポリと後ろ髪を掻きながら言う。トーテムを逃がしてしまっ
たばつの悪さも手伝ってか、心持ち遠慮がちだ。『ああ』されど当の通信越しの皆人は、あ
まり咎めるような素振りを見せずに答える。
『それはさっきも言ったように、ヘッジホック達に“約束”を信用させる為の一環だった可
能性があるな。或いはもっと別の理由もあったかもしれない』
 司令室(コンソール)の側で、そう皆人は言いながらちらっと背後の職員達を見遣った。
香月や萬波以下、研究部門の面々が、まるでそれを合図とするかのようにデスクのPC画面
を操作し始めていた。カタカタと叩くキーボードに併せて、分割されたヘッジホックのホロ
グラム画像と戦闘時のデータが取り込まれてゆく。分析──睦月との戦いの最中、その能力
が向上していた原因を探り始めている。
『……ともかく、奴らを追うぞ。今ならまだダメージも残って──』
 ちょうど、そんな時だった。司令室(コンソール)内のモニターと計器群から、突如とし
て短く甲高い警告音が鳴り響いた。皆人が、通信の向こうの睦月達が、何事かと振り向き、
思わず顔を上げる。
「? どうした?」
「し、司令! 大変です!」
「冴島隊全員のシグナルが……消失(ロスト)しました」

 現れたのは、大柄な鎧のような黒サイと、身体中にキノコを生やした蒼いクラゲの怪人。
 杉浦のオフィス近くの雑居ビル街の一角で、冴島以下小隊、筧護衛班の面々は、この新た
なアウター達と相対していた。
『……』
 現れた瞬間、近付いて来たその直後から、全身に圧し掛かってきた威圧感。
 何だ、こいつら……? 戸惑うのもそこそこに、冴島達は一斉に臨戦体勢を取っていた。
慌てて取り出した調律リアナイザから、ジークフリートやそれぞれのコンシェル達を召喚し
つつ、構える。
「隊長」
「ああ。気を付けろ。今までの敵とは明らかに違う」
 ちらりと横目を遣るのも惜しいと言わんばかりに、呼び掛けてくる隊士達。
 冴島もその言わんとする所に──違和感に気付いていた。目の前のこの二体のアウターか
ら感じるのは、何も手強そうな雰囲気だけではない。
 即ち外見である。これまでのアウター達は、何かしらのモチーフを元にその姿形、ないし
能力を規定されている場合が多かった。召喚主との契約、望みを梃子に実体を得ようとする
習性上、その姿形は個体差が大きいものの、モチーフに統一されたものだった。
 なのに……この目の前の二体には、そんなこれまでの法則が通用しない。
 黒サイの方は、明らかに人工物な鎧と同化しているし、蒼クラゲの方に至っては、気味の
悪いキノコが両肩を始め、身体のあちこちから生えている。
 それはまるで、複数のモチーフが“合体”したかのような……。
「お前達だな? 随分と嗅ぎ回っているようだが、ここまでだ」
「我々と一緒に来て貰おう」
 だがそんな疑問は、当のアウター達の放った言葉で一旦打ち消しになった。ガチリと黒い
鎧を揺らし、ゆらゆらと両腕から垂れる触手を蠢かせ、彼らは言う。
(……やはり、由良刑事絡みか)
 鎧黒サイのアウターが地面を蹴り、冴島がジークフリートの剣先を払うのと同時に、両者
は一斉にぶつかり始める。
「総員、フォーメーションE! 複数一組での攻撃を崩すな!」
『了解!』
 ジークフリートの流動する身体を、燃え盛る炎に。相手の能力は未知数だが、調律リアナ
イザから表示された警告は間違いなく本物だ。出し惜しみをする必要はない。おぉぉッ!!
蒼クラゲから先行してこちらへ突っ込んでくる鎧黒サイのアウターに、冴島は正面から斬り
つける。
「……」
「なっ──?!」
 だが、その炎を纏った一撃は、この堅固なアウターにはまるで通じていなかったのだ。
 見た目通り、いやそれ以上に頑丈に出来たその身体は、ジークフリートの叩き付けた切っ
先を少しもめり込ませる事を許さず、防ぎ切っていた。
 一閃の余波で飛んだ炎と、驚愕する冴島とリンクする表情。するとこの黒サイのアウター
は、次の瞬間むんずとジークフリートの顔面を鷲掴みにして軽々と持ち上げると、そのまま
手近な壁に向かって投げ付けたのだった。轟と巨大な陥没ができ、彼と同期していた冴島の
身にも、そのダメージは例外なく反映される。
「……かはっ!?」
『隊長!』
 真っ先に切り込む冴島を援護する形で散開、取り囲み波状攻撃を加えるというプランは、
瞬く間に崩れた。地面を蹴る隊士達がこの黒サイのアウターを、後ろからこちらを見ている
蒼クラゲのアウターを睨む。
「マッシュ」
 ちらりと肩越しに目を遣り、鎧黒サイ──A(アーマー)・ライノセスが言った。すると
それを合図に、その後ろで立っていたもう一人の蒼クラゲ、M(マッシュ)・ムーンがその
両肩や全身に生えたキノコを揺らして、無数の胞子をばら撒き始める。
「……? 何だ?」
「気を付けろ! 何か仕掛けて──」
 しかし隊士達がこれに警戒するも、時既に遅かった。言い掛けるもそこそこに、彼らの操
るコンシェルらの動きが、急に大きく鈍り始めたのだ。中には完全に動きを停止し、その場
にがくっと跪いてしまう者もいる。
「けほっ。こ、これは……?」
「しまった! まさか、力を奪われ──」
 そしてその隙を、ムーンは逃がさずに突いた。全身から伸ばした触手をまるで高速で動く
鞭のように振るって伸ばし、弱体化したコンシェルや隊士達を片っ端からまとめて叩きのめ
したのである。
「ぐっ!?」
「ぎゃあッ!!」
 さも紙でも散るかのように、千切っては投げ、千切っては投げ。次々に隊士達はムーンの
攻撃の前に敗れ去った。ゴロゴロと地面を転がり、近くの壁に叩き付けられ、小刻みに震え
ながら立ち上がる事さえままならない。
「ぐっ……。皆……」
 ジークフリートを吹き飛ばされ、自身も口元から血を垂らして片膝をつく冴島。
 強い。悪い予感は的中した。状況はあっという間に薙ぎ払われ、絶体絶命のピンチ。剛の
黒サイと、柔の蒼クラゲ。もし事実、最初見た印象と仮説の通りならば、この異質な強さに
も納得がいく。
「安心しろ。あの刑事も、今頃ライアーが確保している」
 だからこそ、何処か見下すように放ったライノセスの言葉に、冴島達は戦慄した。その名
前は初耳だったが、十中八九彼らの仲間だろう。となると、状況からして、筧が向かったと
いう例の探偵も奴らとグル……?
「くそぉッ!!」
 軋む身体に鞭打ちながら、冴島は再びジークフリートで斬りかかった。しかし尋常ではな
い防御力を持つライノセスにはやはり刃は通らず、直後ムーンの触手攻撃を受け、再び大き
く弾かれた上に捕らわれてしまう。
「往生際の悪い奴だ。たかが人間が、我々に敵うと思ったか?」
 ギチギチと締め上げられ、肺の中の空気が急速に絞りだされるような苦しみを味わう。
 だが冴島は、そんな薄れゆく意識の中でも、自身と仲間達のことを考えていた。部下の隊
士達はコンシェルもろともほぼ全滅。このままでは、彼らも筧の身も守れない……。
「う……おぉぉぉぉぉッ!!」
 最後の力を振り絞って、冴島はジークフリートの身体を流動する風に変えた。彼らを中心
として視界を塞ぐほどの強烈な風が渦巻き、アングラを臭わせる物寂しい辺り一帯の路地が
一斉にざわめく。
「……。無駄だと、言っただろう」
 それでも、ライノセスやムーンは、吹き飛ばされる事もなくその場に立ち続けていて。
 風が止んだ頃にはぐったりと、冴島も触手の捕縛の中で力尽きていて。ジークフリートの
召喚も解除されてしまっていて。
 二人はのしのしと、倒れた冴島ら小隊を掴み上げては運び始めた。ライノセスは軽々と両
手と脇にぶら下げて挟んで、ムーンは無数の触手を器用に使って幾つかに纏めて。
『──』
 だがそんな中、元いた隊士が一人少なくなっている事に、彼らは終ぞ気付かないままで。


「へ、ヘッジさん! 大丈夫ですか!?」
「っていうか、トーテムさんも、何でねばねば……?」
 廃工場のアジトに辿り着き、部下達に迎えられた頃には、ヘッジホックもトーテムも怪人
の姿を保っていられるだけの余力がなくなっていた。そのボロボロになった姿に驚き、心配
する彼らに次々と支えられながら、灰色フードの青年──人間態のヘッジホックは、同じく
老紳士風の姿に戻ったトーテムに肩を貸されてどうっと床に転がり込む。
「と、とにかく手当てだ! 治癒能力のある奴を掻き集めて来い!」
 ばたばたと仲間達が、大慌てで動き出している。帰って来たのか……。ヘッジホックは辛
うじて現在の状況を把握したが、正直まともに喋るのも苦しかった。奇襲で刺し貫かれた身
体の痛みに加え、赤い守護騎士(ヴァンガード)と打ち合った際の熱にもやられている。肩
で大きく息をし、ダメージは存外にこの身に叩き込まれていたのだなと認識する。
「くそっ……失敗した……」
「無茶をするな。あのまま続けていれば、お主の核(コア)がもたなかった。今はゆっくり
と休め。私も、手酷くやられてしまったしな……」
 悔しさで絞り出した声に、トーテムが言う。そう宥める本人も、自らに撃ち込まれた粘着
弾のねばねばが取れずに不快そうだ。脱出時に巻き込んできた、瓦礫の一部が未だに身体や
足元にずるずるとくっ付いて引き摺られている。
「すまんが、湯を汲んで来てくれ。このままの身なりという訳にはいかんでな」
「あ、はい」
「すぐに……」
 周りであくせく動き回る部下達の足音と、息遣いがこだまする。なまじ荒くれの、人間と
は違う存在の集まりだ。いざこんな目に遭った場合の対処法など、予め織り込み済みな訳が
ない。
 暫くの間、ヘッジホックは床に大の字に寝転んでいた。部下達の一部が心配そうに周りに
集まって覗き込んでいる。トーテムも、やれやれと身体中のねばねばを気にしながら、一旦
近くの段差の上に腰掛けた。
「でも、僕は……。このままじゃあ、約束が……」
「……」
 しかし動けぬままとはいえ、ヘッジホックは尚も焦っているようだった。ゆっくりと少し
ずつ呼吸を整え、バチバチッと身体中を奔る電流(バグ)を抑え、自らに課した戦いが未だ
終わっていないことをしきりに口にする。
 今日のこれは、敗北なのか? それとも引き分けなのか?
 ただどちらにしても、このままでは約束の“不履行”とみなされてしまう恐れがある。そ
うなれば一旦静観を採った蝕卓(ファミリー)も黙ってはいないだろう。バイオが文字通り
自らの命を賭して得ようとした自分達の自由が、また遠退いてしまう。
「あいつの……バイオの遺志を継ぐんだ。僕はあいつに代わって、あいつの仇を……」
「……」
 まるで魘されるように、何処か焦点の合っていない目で天井を見つめて呟いているヘッジ
ホック。そんな残された盟友の姿を、トーテムはじっと眉根を寄せて、静かに唇を結んで見
つめていた。周りの部下──仲間達も、同じく心配げな様子だった。トーテムも彼らも、彼
がそこまで亡きバイオの遺志に拘る理由(わけ)を、口にする訳ではないが知っている。

『願イヲ言エ。ドンナ願イデモ叶エヨウ』
 ヘッジホックが最初、まだサーヴァントだった頃に初めて見た世界(リアル)は、期待し
ていたよりもずっと淡白で色褪せていた。
 自らを真造リアナイザから召喚した繰り手(ハンドラー)。その人物は、見るからにダウ
ナーで、この世の全てに絶望し切ったような表情(かお)の少年だった。
 抱え込んだ鬱屈した性質も手伝ってか、小太りの身体に且つ緩慢な動きと感情。自らが引
き金をひいたとはいえ、目の前で“常識”ではあり得ない事が起こっているというのに、そ
の瞳には何ら驚きの色が見えない。
「……なんだ、お前」
 曰くこの少年は、殆ど気紛れに近い形で真造リアナイザの引き金をひいたのだという。
 そもそもリアナイザ──TA(テイムアタック)は、対人主体のゲーム機。日頃から孤独
を選び、孤独に生きてきた彼にとっては、あまり意味の無い物として映っていたらしい。
 ぽつりと呟き、しかし困ってしまったこちらを見て、少年はあからさまに嘆息をついた。
驚きと失望。そんな感慨を抱いたとでも言わんばかりに、彼はさっさと引き金から手を離そ
うとする。
『チョッ……チョット待テ! 離スナ! 叶エテヤルト言ッテイルンダゾ? 何カ願イハナ
イノカ? 一ツヤ二ツハアルダロウ?』
 慌てて引き留めて、問う。だがこの少年の反応は芳しくなかった。ぼうっと暫く、感情の
ない眼でこちらを見つめると、言った。分からないと。
「……分からない。別に、世の中に望むことなんてないし……」
『ハァ?! ソ、ソンナ訳ナイダロウ? ジャア憎イ相手ハイナイカ? 私ノ力ガアレバ、
憎キ敵ヲ始末スル事クライ簡単ニ──』
「復讐なんてしてどうするのさ。そんなの、面倒臭い……」
 はあ。まるっきり気力の欠片もないそんな返答に、ヘッジホックは正直愕然とした。予定
ではもっとこいつの欲望につけ込んで、世界に影響力を残す──実体化を果たす為の方法を
導き出す筈だったのだが……。
(コイツハ、トンダハズレクジダナ。ツイテナイナ……)
 つられてこちらも嘆息してしまった。だが、このまま召喚を止められては埒が明かないの
で、改めて何か契約の糸口になるものはないかと訊いてみる。
「……なら、皆に知らせて来てよ。僕、死ぬからって」
『へッ?』
 結局彼と結んだ契約内容は、いわゆるメッセンジャーだった。自ら命を絶つというこの少
年に代わって、彼を苦しめてきた者達に伝達する。ならばそのまま復讐を任せてくれればい
いのにと思ったが、当の本人は頑なにその方法を厭った。
 ヘッジホックは彼の姿──後の自らの人間態となる姿を借りて、夜な夜なターゲットとな
る人物の前に現れた。それは彼のクラスメートだったり、先輩だったり、或いは身の回りの
大人達だったり。本人のリクエストを不承不承に受け取って、なるべく陰湿で物静かな語り
を心掛けた。はたしてこんな事をして影響力を発揮できるのかと思ったが……実際には当の
ターゲット達には覿面だったらしい。
 要するに都市伝説の類である。不気味な少年が不穏なメッセージを残しては、掻き消える
ように去ってゆくという、多分に尾ひれがついた話となって広がり、当時の人々に一抹の得
体の知れない恐怖を植え付ける事に成功したのだ。
 尤もターゲット達の中には、この少年の生き死になど、歯牙にもかけないという態度の者
達も少なからず存在したのだが……。
「──」
 そうして、何度か暦の移ろいを経験したある日のこと。いつものようにメッセンジャーと
して役目を果たして少年の部屋に帰って来た時、ヘッジホックはそれを目撃した。
 吊っていたのだ。自らを召喚したこの少年が、遂に自ら首を吊って死んでいたのだった。
 遺書などは見当たらなかった。ただ、ほんの数時間前までは何とか細々と生き長らえてい
たこの少年の生の残滓が、ぼんやりと薄暗い室内に漂っているだけ。
 ヘッジホックは暫しこの最期の姿を眺めていたが、やがて動き出した。彼の遺体を吊るさ
れたロープから引き摺り下ろし、真造リアナイザとデバイス共々、自身の体内に取り込む。
幸い実体化は完了していた。結局その殆どが都市伝説のお陰で、彼との契約それ自体があま
り有用に働かなかったのは想定内だったが。
(……。本当、何だったんだろうな)
 そっと胸元を掻き抱く。自らの実体を獲得し、されど彼から受け継いだそれは孤独。尽き
ることを知らない虚無という感情。
 これが、彼を自ら死に向かわせたものの正体なのか? 正直よくは解らなかった。
 ただ少なくとも、後日この少年の死は、思ったほど周囲の人々に影響を与えることはなか
ったらしい。いや、そう長くは、と言うべきか。生前の存在感もあってか、歳月が経つほど
にその記憶は徐々に彼らから忘れ去られていった。所詮こんなものかと思った。
「──」
 それからというもの、ヘッジホックは長らく街を彷徨った。なまじ人間態を獲得してある
せいで、誰も自らが電脳の存在だとは気付かない。
 実体化は果たしたが……その「先」には一体何がある? 自分達はあくまでもその習性、
予めプログラムされた通りに繰り手(ハンドラー)と契約し、その願いと存在を奪う。だが
それはあくまで手段であって、目的は別にある筈だ。なのに誰も、自分にその詳しい内容を
教えてはくれない。彼の死と共に受け継いだ虚しさだけが、延々と胸の奥で反響している。
「よう。随分とシケた面してんじゃねえか」
 ……そんな時だった。バイオ達と出会ったのは。
 行く当ても目的すら無い中で、彼は同じ電脳の同胞らを集め、一つの勢力を作り上げつつ
あった。自分とは違って、その実体化と共に得た「生」を謳歌しているように見えた。
「ふむ? 行き場がない……か」
「だったらさ、俺達と来いよ。一緒に、ビッグになろうぜ?」
 そうして、差し出された手。
 思いもしなかった。考えてもずっと直ぐに否定していた。
 欲しい。だから思わず、その手を取った。皆が笑って迎えてくれた。付き纏い続けるこの
厄介な感覚が、少しだけ和らぐような心地がした……。

「──あいつは、僕にとって恩人なんだ。確かにあいつはいつも無茶ばかりするけど、それ
でも自分なりに皆の事を考えてた。そんなあいつを、奴らは……ッ!!」
「……」
 バイオ一派の一員として、しばしば暴走する彼のストッパーとして。
 だが何よりも、そんな友を殺した守護騎士(やつ)が許せない。その無念を晴らし、不器
用ながらも内心願っていたその志も、果たしてやりたい。
「しかしヘッジ。正直、私達の力では……」
「ああ。分かってる」
 トーテムが心苦しそうに、しかし言わずにはおくまいとそう苦言を呈した。純粋な戦闘能
力で言えば、自分達はバイオよりも格下なのだ。それを破った守護騎士(ヴァンガード)を
倒すには、今のままでは力が足りない。確実性が足りない。
「それでも、やらなきゃいけないんなら……」
 一通り治療を受けた後の、古びたコンクリ壁に背を預けた居住まい。
 半ば自らに言い聞かせるように、ヘッジホックはそっと懐から一枚の黒いチップを取り出
した。蝕卓(ファミリー)への直談判の後、シンが寄越してきた“奥の手”だった──。

「──誰もいねえなあ」
「ええ。最後に反応があったのは、この辺りの筈なんですが……」
 別行動中の冴島達からの連絡が途絶え、國子や仁、海沙や宙らは急ぎ現場へと向かった。
 行き着いたのは、頭上に雑居ビル群を仰ぐ、人気のない路地。
 表通りから大分外れたシャッター街であることも手伝い、辺りは物寂しかった。手入れが
疎かなのか、そのあちこちに細々としたゴミが散らばっている。
「やっぱ、何かトラブルに巻き込まれたと考えた方がよさそうだよねえ」
「うん。理由があるにしても、任務を放り出すような人じゃないし。筧さんの姿だって見え
ないし……」
 言いながら一行は、暫くの間辺りを手分けして捜索することにした。やけにゴミやら何や
らが散らかっているこの路地の中をうろうろしながら、冴島達の足取りが判りそうなものは
ないかと注意を配らせる。
「……副隊長?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。ふと、路地の更に奥の物陰から、聞き覚えのある小声が
聞こえた。國子以下面々が、耳聡くこれに反応し、集まる。よくよく目を凝らしてみれば、
その物陰に傷付いた隊士が一人、息を殺すように潜んでいたのだった。
「!? 貴方──」
「ど、どうしたんですか? その怪我……」
「自分は……大丈夫です。それより、隊長達が……」
 慌てて皆でこの隊士を引っ張り出し、横たえる。本人は気丈にも他の仲間達を気遣おうと
していたが、ボロボロになっていたその姿では説得力はない。海沙が鞄の中から救急セット
を取り出して、とりあえず間に合わせの手当を始めた。その傍らで、同行していた他の隊士
が司令室(コンソール)に連絡。至急、医務班の出動を要請する。
「手酷くやられたな……。一体、何があった?」
「隊長や筧刑事の姿がありませんが、何故貴方だけが?」
「……襲撃です。自分達が、筧刑事を待っている時、見た事もないアウター達が現れて交戦
になりました。隊長のジークフリートでもまるで歯が立たず、そのまま自分達は奴らに全滅
させられて……」
 この生き残った隊士曰く、此処にはそもそも、筧が知人の探偵──情報屋と接触する為に
訪れたのだそうだ。しかしその情報屋は訳ありらしく、いきなり部外者の自分達を大挙して
同行させる訳にはいかないと、筧に一旦人払いさせられたのだという。
 そうして彼が戻って来るまで待機している間に、そのアウター達は現れた。鎧のように頑
丈な黒サイのアウターと、全身からキノコの生えた、蒼いクラゲのアウター。
 まるで複数のモチーフが“合体”したかのような彼らは、その力で自分達を圧倒し、敗北
した冴島達を連れ去ってしまったのだという。加えてその発言から、筧が接触しようとして
いた件の情報屋も、彼らとグルである可能性が高いとのこと。
「……何てこった」
「自分は、隊長が寸前に機転を利かせて逃がしてくれたんです。せめて皆さんにこの事だけ
は伝えねばと、自らを囮にして……」
『冴島君……』
 通信の向こうで、香月が小さく呟いていた。言外にはしなかったが、萬波や他の仲間達も
一様にきゅっと唇を結んでいる。
 この隊士の調律リアナイザとデバイスを回収し、國子達はその襲ってきたという“合体”
アウターの姿を確認した。リアナイザの方は本人同様かなり損傷していたが、デバイスの方
はまだ生きている。データを一旦司令室(コンソール)に送って保存して貰い、再びこちら
に受信し直して、この件の敵を目に焼き付けておく。
「確かに、何か見た事のない感じよね」
「これってもしかして、単純に二倍の力があるとか、そういう事なのかな……?」
『現物のデータを採れていない以上、何とも言えんがね。だが、冴島君とジークフリートが
手も足も出なかったのなら、そう考えれば辻褄は合う』
「……すみません。そちらの任務まで邪魔をして、ご迷惑を……」
「ああ、もう。だから安静にしてろって。傷に響くぞ?」
「急いでそのアウター達を追った方が良さそうですね。隊長達の身が心配です」
 えっ──? そして國子のその呟きに、この手負いの隊士が驚くように目を丸くした。仁
達が介抱しているにも拘らず、上半身を起こして彼女の方を向こうとし、されど未だ残るダ
メージに表情(かお)を顰めながら言う。
「き、危険です! ここは一旦体勢を立て直して……。それに追うにしたって、何処に行っ
たのかも自分には──」
「それなら大丈夫です。こちらの件も、アウター絡みなのでしょう?」
 すると彼女はスッと彼に振り向いて応えた。頭に疑問符を浮かべる彼に、状況からして、
その存在を探る由良や筧を狙うということは、十中八九“蝕卓(ファミリー)”の差し金で
ある筈だと。
「それはそうですが……。そういえば司令は? 睦月さんの姿も見当たりませんが?」
 だからこそ、この隊士はふと言いかけて気付いた。先程から皆人の声も聞こえないし、戦
力の要である睦月の姿も見えない。國子が淡々と、一見殆ど表情を変えずに言う。

『──ッ!?』
「お前ら、まさか……」
 ちょうどその頃、当の二人は全く別の場所に現れていた。痛み分けとなって逃げ帰って来
たヘッジホックやトーテム達、バイオ残党の廃工場のアジト。そこへ皆人と睦月は、隊士達
一個小隊を率いて乗り込んでいた。カツンと、驚き振り返る彼らの視線の先、廃工場の開か
れたシャッターを前に、静かに靴音を慣らして立ち並ぶ。

「心配は要りません。睦月さんなら今、皆人様率いる小隊と合流して、もう片方の追撃に向
かっています」


 自分達のアジトに、現れる筈のない者達が現れて、ヘッジホックとトーテムはそれぞれに
驚愕で目を丸くしていた。背後の仲間達に至っては、もう完全に気が動転してしまって後退
り始めている。
「どうして、ここが……?」
 急ごしらえの雑な手当てを受け、身体中に包帯を巻いていたヘッジホック。湯でねばねば
を取り除こうとしていた途中だったトーテム。思わず衝いて出たその疑問に、フッと皆人が
小さく口元に笑みを浮かべてこちらを指差す。
「発信機だよ。お前に撃たせた粘着弾の中に、予め小型のそれを仕込めるよう改造を頼んで
おいたんだ。実際、こうしてこの隠れ家まで案内してくれただろう?」
 ハッとなって、トーテムはまだ身体に貼り付き残るねばねばを片っ端から触ってみた。す
ると確かに、その中の一箇所に硬い感触があった。発信機と思しき小さな筒状の部品が、ね
ばねばの中に紛れている。
 何てこった……。彼は思わず顔を顰める。この粘着弾はただ自身の分離能力を封じる目的
だけではなかったのだ。小癪にもこの男──以前にも戦った間違いなく守護騎士(やつ)の
仲間は、こちらの想定を遙かに上回る策士であるらしい。
「睦月、お前はヘッジホックを。俺はこいつをやる。他の者達は打ち合わせ通り、二手に分
かれてサポートしろ」
 了解! 自身の調律リアナイザを取り出して、皆人はコンシェル、クルーエル・ブルーを
召喚した。その左右で連れて来た隊士達が半々に分かれ、二人の援護とこのアジト周辺への
人払い工作に動き出す。
 小さく舌打ち。ヘッジホックとトーテムが、それぞれ本調子ではないものの、再び怪人態
へと変身した。背後の気圧されている部下──仲間達に、活を入れるように叫ぶ。
「逃げろ! まごついて一ヶ所にいたら、狙い撃ちにされるぞ!」
 一瞬、彼らは躊躇いをみせた。二人がまた自分達の為に囮になろうとしている事は明白だ
ったからだ。それでも、天敵とも言える対策チームのコンシェル達が襲い掛かってくるさま
を目の当たりにして、彼らは散り散りに後退し始めた。中には果敢にも怪人態に変身し、少
しでもこれを迎え撃とうとする者もいたが、次々に一対多数の展開に持ち込まれて大きく奥
へ奥へと押し込まれる。劣勢に追い遣られる。
 貫け! クルーエル・ブルーの伸びる刃が、トーテムに向かって撃ち込まれた。前回の交
戦では分離能力で容易くかわせていたが、今回はそれもままならない。杖をかざし、念動力
の盾でこれをすんでの所で受け止める。弾き返して、その勢いのまま刃先がアジトの天井を
穿ち、大量の土埃が舞う。
「……奇襲だけに飽き足らず、また卑怯な手を……。それでも、人間かあ!?」
 一方でヘッジホックは怒り収まらぬといった様子で、両手に棘付き拳鍔(ダスター)を握
り締めながら叫んだ。睦月はきゅっと、苦渋のまま唇を結び、しかしもう情に流されてはな
らないと自らを強く戒める。
「……人間さ。そしてお前達の脅威から、人々を守る為に戦っている。お前達は既に、進坊
本町の一件をやらかしてるんだ。これ以上、逃がす訳にはいかない。お前達に手間取ってい
たら、冴島さん達が手遅れになるかもしれない……」
 それは半分、皆人からの受け売りで、睦月が自身に急かせる言葉でもあった。
 最初あった戸惑いを、無理やり“敵意”へと替える。元々相容れぬ、狩る者と狩られる者
という立場なのだ。なまじミラージュや黒斗、二見や淡雪のようなケースを知ってしまった
からこそ、きっと皆人のように割り切ってしまった方が簡潔で楽なのだろう。
「それに卑怯卑怯って言うけど、蝕卓(おまえたち)だって由良刑事を口封じして、今度は
冴島さん達にまで手を掛けようとしてるんじゃないか。自由を手にしようと闘っているにし
ても、蝕卓(ファミリー)の下につく形を選んだのなら……敵にならざるを得ない」
 懐からEXリアナイザを取り出してパンドラ入りのデバイスを挿入し、現れるホログラム
画面から、サポートコンシェル達を選択する。
「それが僕の──守護騎士(ヴァンガード)の役目……!」
 錠前のアイコンをタップして解除。七体のそれらを、銀枠の中へ一括りにしてアクティブ
にし、つうっと指先を滑らせる。
『DIAMOND』『IRON』『GOLD』
『SILVER』『COPPER』『QUARTZ』『MAGNESIUM』
『TRACE』
「……っ」
『ACTIVATED』
『DAEDALUS』
 大きく掲げられた銃口が、睦月の頭上に大きな銀色の光球を射出した。その光は一旦頂点
に撃ち上げられてから七つに分裂して、円陣を組み旋回し、次々に睦月の下へと降り注ぐ。
「──」
 溢れ出た余熱と風圧。
 はたしてそこに現れたのは、全身銀を基調とした新たな守護騎士(ヴァンガード)の姿。
 銀の強化換装・ダイダロスフォーム。金属系のサポートコンシェル達の力を借りた、防御
力に特化した形態だ。左手には分厚い盾を、右手には鎚を装備している。
「うらぁッ!!」
 ヘッジホックの、半ば激情に任せた拳と全身の棘が襲う。
 だがこの強化換装に身を包んだ睦月は、その攻撃を全く受け付けなかった。棘先が全くと
言ってほど通らず、逆に欠ける。思わず目を見開いたヘッジホックに、盾で受け流す動きと
併せた鎚の一撃が振り下ろされた。激しく火花を散らして、その身体が仰け反る。
「ヘッジ!」
 トーテムも、この異変に気付いていた。念動力の見えぬ防壁を重ね、クルーエル・ブルー
の刺突を何とか防いでいた彼だったが、この余所見をしてしまった僅かな隙を、対する皆人
が見逃す筈もない。
『──』
 全身から、メタリックブルーで統一された鎧のあちこちから、蒸気を発して赤くなってゆ
くクルーエル。鎧の各部位をパージしてまで力を溜めてゆく姿に、トーテムはハッと再びこ
ちらを見て目を見開いた。来る……! 更に念動力を込めたが、既に遅かった。
「激情の(テリブル)、紅(レッド)!!」
 直後、先程までとは明らかに段違いの突きが、こちらに向かって撃ち出された。
 ガッ……?! その渾身の一撃は、トーテムの念動力の壁をも貫き砕き、その身に赤熱を
纏ったダメージを刻む込む。
「がはっ!」
 ヘッジホックが再三、殴り飛ばされた。攻撃してもしても、尋常でなく硬くなった睦月の
反撃を受けてしまい、こちらばかりがダメージを受けてしまう。
 手負いのままで、本調子ではないというのも影響しているが……拙い。ヘッジホックはふ
らつきながら、苦痛で表情(かお)を歪めながら思った。打ち負けた全身と拳の棘先が既に
あちこち欠けて、へしゃげている。ガシンガシンと、銀色の重鎧に身を包んだ睦月が、鎚を
引き摺りながら近付いて来る。
「……くっ!」
 全身の棘を逆立て、遠距離からの射出攻撃を試みた。だが前回は通用したこの戦法も、防
御力の増大した睦月にはまるで通用しない。ゆっくりと、ヒットからの仰け反りもしないま
まで、今度は金色に輝かせた盾が、それまで受けたこの攻撃の威力を放出(パージ)して撃
ち返す。
 ごばっ!? 再び反撃をもろに食らい、ヘッジホックは吹き飛ばされた。荒く肩で息をし
ながら起き上がるが、万事休すだった。向こうのトーテムも、隊士達と撤退戦を繰り広げる
仲間達も、明らかに苦戦を強いられている。
「……使うしか、ないのか」
 そうして彼は、スッと件の黒チップを取り出した。敗色は濃厚だった。だが自分がここで
死んでしまっても、守護騎士(やつ)さえ倒す事ができれば……。
「!? あれは──」
「止せ、ヘッジ! それだけは!」
 目敏く皆人が、トーテムがそれを見て驚き、叫んだものの、時既に遅かった。ヘッジホッ
クは意を決するようにこのチップを自身の身体の中に挿し込むと、次の瞬間、咆哮を上げな
がらボコボコと肉を裂き、巨大な怪物となって暴走を始める。
『オ……。ヴォオオオオオオオーッ!!』
 顔や胴体、鉄球のような尻尾に無数の棘を生やした、巨大な多脚のトカゲだった。アジト
であった廃工場の天井を突き破り、その巨体を露わにして、日の暮れ始めた空に向かって吼
える。「ヘッジさん……?」アジトの内外で押し合い圧し合いをしていた、部下のアウター
と隊士達が、めいめいに唖然としてこれを見上げている。
「……ヘッジ。何て無茶を……」
 崩れ落ちる瓦礫を避けながら、トーテムがそう小さくごちた。皆人もクルーエルに担がれ
て退避しながら、睦月や他の隊士達の状況をざっと見渡している。
『マスター、これって』
「うん。法川先輩やトレードの時と同じだ。暴走してる」
 そして当の睦月は、呼び掛けてくるパンドラと共にこれを見上げていた。
 ダイダロスフォームが機動力を犠牲にしている分、こちらがデカくなれば防御も何も関係
ないとでも考えたのだろうか。自答(こたえ)は半分否だ。おそらく、相手は最後の抵抗と
して、あのチップに手を出した……。
「街に出させたら危険だ。ここで、止めるよ」
『はい。皆さん、ここは危険です! 急いで遠くに逃げてください!』
 ぶんっと鎚を払って構える睦月を、サポートするようにパンドラは叫んだ。皆人や隊士達
が頷き、後を託してこの場から撤退を始める。睦月もそんな仲間達の様子を肩越しに確認し
て、腰のホルダーから取り出したEXリアナイザをコールする。
「……チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
 鎚の腹にある端子(コネクタ)にEXリアナイザを挿し、迸り始めるエネルギーと共に、
睦月はこの暴走するヘッジホックを見上げた。向こうもこちらに気付き、大きく口を開けて
くる。おそらくはもう、誰が誰であるかも解らなくなりつつあるのだろう。ぎゅっと面貌の
下で唇を結び、睦月は上下をひっくり返した鎚先を、ガツンと足元に叩き付ける。
 するとどうだろう。突如として、睦月の周りを大量の瓦礫が覆い始めたではないか。
 いや……厳密には全て、鉄骨などの金属の類だ。
 組成(コンポーズ)。万世通りの戦いで叩き込んだあの一撃よりも、更に輪をかけて巨大
な攻撃が始まろうとしていた。集結する無数の鉄塊は、瞬く間に睦月を呑み込んで、大鎚を
携えた鋼の巨人へと生まれ変わる。その姿は、暴走態と化したヘッジホックのそれをも上回
って余りある程のサイズだ。
『──』
 飛鳥崎の一角に、怪獣映画のような、あり得ない光景が生まれた。
 鋼巨人の内部で、睦月はそっと瞑っていた目を開いた。操縦空間と思しき円柱状の足場の
上で、鎚を大上段に構えると、鋼巨人も同じようにその動作を模倣する。
 暴走態ヘッジホック、多脚の大棘トカゲが、この巨体をさもあんぐりと口を開けて見上げ
ていた。ぐんっと振り上げて叩き付けた睦月の動作が、鋼巨人のそれへとリンクする。
「ぐっ……?!」
 刹那、凄まじい衝撃。
 退避していた皆人達は、遠巻きでヘッジホックを文字通り粉砕する鋼巨人──ダイダロス
フォームの必殺技の余波を、もろに受けていた。必死でその風圧に耐え、腕で庇を作って互
いに吹き飛ばされないようにする。同じくトーテムも、別な地点でその圧に押され、身体に
へばり付いていた残りのねばねばを吹き飛ばされながら、後ろ髪を引かれるように顔を顰め
て撤退する。
『……?』
 そして、風圧が消えた頃には、全てがすっかり吹き飛んだ後だった。
 一派のアジトだった廃工場を中心に、綺麗に抉られた巨大な椀状の陥没(クレーター)が
出来、そこに居た筈のヘッジホックの巨体は、綺麗さっぱり消えて無くなっている。
「──」
 そんな無慈悲で、いっそ清々しいまでの破壊の跡に、睦月は立っていた。変身を解除して
片手にEXリアナイザをぶら下げたまま、ぼうっと虚ろな瞳と表情で、暮れなずむ飛鳥崎の
街と空の向こうを見つめている。

「ヘッジホックを倒した事で、懸案の一つは消えた。尤もトーテムや、他の残党達までは倒
し切れなかったが」
 騒ぎを聞きつけた國子や仁、海沙や宙らと合流を果たし、睦月達は司令室(コンソール)
に戻って来た。立て続けに出撃していたのだ。一旦このタイミングで休憩を取りつつ、今後
の方針を皆で話し合う。
「一先ず、優先順位を切り替える。冴島隊長達と筧刑事を、奴らの手から救い出す」
 パックの牛乳をちゅーちゅーと吸いながら、仁がそう語る皆人を見ていた。國子や海沙、
宙達も真面目だったり不安だったり、それぞれの表情で同じく視線を向けている。
「……」
 反面睦月は、強化換装の反動なのか思う所を引き摺っているのか、終始椅子に背を預けて
ぐったりとしていた。そうしている間にも常時駆動している、司令室(コンソール)内の機
器に時折目を配りながら、母・香月もそんな息子を複雑な面持ちで見守っている。
 彼とヘッジホックが大暴れした廃工場跡は、現在大騒ぎになっているが、その辺りの後始
末に関しては、各所にパイプを持つ内通者達に任せておくしかない。
「助けるっつったって……そもそも居場所が分かんねえだろ。そっちで何か、手掛かりでも
見つかったのか?」
 ぱちくりと目を瞬き、仁が訊ねた。尤もだと海沙と宙が頷き、これに追従している。國子
がちらりとそんな仲間達を一瞥し、小さく頷く皆人を見た。そういえばシャッター街に向か
った時にも、國子がそんな風なことを言っていたような気がする……。
「ああ。というよりも、仕込んでおいた。ほぼ俺の独断ではあったがな」
「……?」
 言ってから、皆人はスッと懐から自身の調律リアナイザを取り出すと、見つめる皆の前で
再びクルーエル・ブルーを召喚した。仁が頭に疑問符を浮かべていた。ふいっと睦月が、他
の面々が、皆人の傍らに浮かび上がるその姿を見上げる。
「どちらも、蝕卓(ファミリー)が関与していると判った時点で、対策は考えていたんだ」

「──着いたわよ。さっさと入りなさい」
 時を前後して。手負いのトーテムは逃走の最中、自分の前に現れたスロースに案内され、
飛鳥崎内のとある研究所(ラボ)へと辿り着いていた。廃工場のアジトが吹き飛ばされた風
圧でねばねばは取れたものの、追撃戦の中で受けたダメージと、何より失ったものの大きさ
で、正直何も取り戻せた気がしない。
「トーテムさん!」
「よくぞご無事で……」
「あ、あの……。それで、ヘッジさんは……?」
 研究所(ラボ)内には、既に先に保護されたと思しき部下達が待っていた。目算でしかな
いが、元いた人数よりも減っている気がする。おずおずと訊ねられて、トーテムは静かに首
を横に振った。彼らの表情が、一様に曇ってゆくのが否応にも分かる。
「……すみません、トーテムさん」
「リーダーも、ヘッジさんも、俺達の為に……」
「自分を責めるな。それでは二人が浮かばれん。あやつらはあやつらで、自分が正しいと思
った事をしたまでだろうて」
 言って、しかしトーテムの内心は、彼らに向けてやった慰めとは全く逆だった。自分と同
じく彼らを誘導してきたのだろう。スロースに加え、グリードとグラトニーが中の柱の一角
に背中を預け、或いはニタニタと感情の読めぬ笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「……」
 ギリッと、人間態の皺くちゃの手の中に握り締められていたのは、既に破壊された件の小
型発信機で──。

 皆人の傍らに現れ、浮かび上がったのは、彼のコンシェルことクルーエル・ブルー。
 しかしその姿は、睦月達がこれまで見慣れていたものとは大分違う。メタリックブルーの
鎧姿で統一されていたその全身は、今は熱を帯びたように真っ赤に染まっていた。関節や背
中など、要所から蒸気が立ち上り、本体を包んでいた装甲は随分パージされて身軽になって
いるように見える。
「何も俺は、個人的なリベンジの為に奴の前に出て行ったんじゃない。睦月と一緒に奴らの
アジトに踏み込んだのは、いずれ繋がる“保険”の為だ。ある意味、蝕卓(ファミリー)と
繋がりながら、奴らは俺達に挑戦してきた。ならば一旦奴らを追い詰めれば、その先で縋る
のは、この本丸だろう?」
 仁が、海沙や宙が、或いは睦月が、その姿を目を見開いて見ていた。
 國子は彼の付き人であるため既に知っていたのか、特段表情を動かす様子はない。或いは
この一手について、予め聞かされていたのかもしれない。同じ場所で戦っていた筈の睦月で
はあったが、クルーエルのこんな姿は初めて見る。
「居場所なら追えるさ。奴の傷なら……相棒の刃が覚えてる」
 相変わらずの、眉根が寄った糞真面目な表情。
 だが纏うその雰囲気には、今は狩る側の喜色が混じっているようにも見えた。
                                  -Episode END-

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  1. 2018/05/22(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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