日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)百罰の今と、関わる覚悟

満開だった桜色が葉桜に取って代わり、気が付けばそんな濃緑の風景もすっかり目に慣れた
なあと思っていた今日この頃。今度はとんと、時にバケツをひっくり返したような雨模様。

カッカと晴れる日もありますが、ここの所、そんな灰色空の比率が増えてきているような気
がします( ・ω・)ノ|もう毎度毎度、使い古した言い回しですが……本当に時の流れが、季節
の移ろいが早いの何の。花粉に鼻がやられる事もいつの間にかなくなったし、そろそろ次は
梅雨のシーズンかなあ?

そんなこんなで暦も替わり、五月になりました(=今年の1/3が終わったという事実……)
世間では先日まで、いわゆる大型連休──GWだった訳ですが、皆さんは如何お過ごしだっ
たでしょうか。自分は……ほぼシフトを入れてましたねえ。「来れたらでいいよー」的な体
ではあったのですが、下手にだるだる休むと却って生活リズムが崩れそうで……。結局丸々
お休みだったのは、金・土・日の三日間でした。そしてその間に、当初の予定通り今月前半
の執筆モードをばφ(・_・;)

という訳で、先日ユー録の九十五章をUPしました。現行第Ⅶ部も今回から残り1/3、終盤に
突入してゆきます。月1更新なペースをこのまま維持できたとすれば、同部が終了する頃に
は暦も夏後半──九月の頭に入っていると計算なるでしょうか。

……はー、疲れた;苦しい。

今に始まった事ではないですが、どうも「さぁ書くぞ(書かなきゃ)」と気負うと、却って
実感の上で空回りするようなケースが増えている気がします。コレジャナイというよりは、
コレデイイノカの増。それでも一日二日と根気強く粘り、ネガになる気持を宥めている内に
筆はノってきて、最後には(まぁ書き切ったし)結果オーライというパターンに収まっては
くれているのですが……。ただそれも、いつまでも続くという保証は無い。そうやって不安
がる事こそがネガ思考なんだろうなあとは思いつつも、そんな博打というか、運要素に頼っ
てばかりいるのも如何なものか。どうにか安定して執筆に臨めるようになれればベストなの
ですが、多分その辺りの不確定さも含めて“創作”だと言い聞かせるしかないか……とも。
ただ書き終えた後の達成感よりも、安堵の感情の方が強いってのはなあ。それって傍から見
れば、まさしく「苦行」なのでは? そう呼んでも差し支えないのでは……?
(それでも止められない辺り、すっかり中毒というか、因果なライフワークというか)

四苦八苦している分、自分は少しはいい文章を書けるようになったのでしょうか? 面白い
物語を描けるようになったのでしょうか?

でもまぁ多分、そんな個人的な労力と事実としての結果は、必ずしも正比例などしないもの
なのでしょうがねえ……。


(言うて自分も、嫌いを拗らせた結果、偏りを持ってはいるんでしょうけども)

世代的にテレビっ子でPCやスマホの類もてんで駄目という両親から、しばしば「あれって
どうなの?」と寧ろ質問をぶち込まれるケースというのも増えてきました。時事問題です。
なまじ僕がネット民であることを知っているが故に、テレビには出ていない情報を得ている
筈だという頭があるのでしょうね。

……僕だって知らない事はごまんとあるのよ? 知っている事だけ(某物語風に)

というよりも、そっちが期待するニュースを必ずしも僕が追っている保証なんて、実際には
何処にも無くって。寧ろ最近は、あれこれ“問題”が取り上げられ過ぎて厭気が差し、ブラ
ウザの設定の時点からパッとニューストピックが目に入らないようにさえしている。

森友が振るわなかったら加計に矛先を変え、それさえ二の轍ならば、今度は個々人の粗探し
をして何とか時の為政者を引き摺り下ろそうとする醜い総力戦。或いはそんなさまを舐めて
掛かっているのか、対する当人達も何処か脇が甘い。ポコポコと攻撃材料を提供してしまっ
て、益々もっと肝心な議論なり何なりが置き去りにされる。
元々潜在的に“そういう人間”に事欠かないのか、或いはそういう火付け=流行りに乗じて
メディアが片っ端から取り上げようとするからなのか、いわゆる不祥事(と一絡げに呼ぶ事
は個人的に違和感があるが)は地方を含めあちこちに波及する。そういう首長やら議員やら
を選んだ自分達にも非があるのだろうけど……。
他にも、僕の好きじゃない芸能界(テレビに出るような人達)のスキャンダルというのも、
一度火が付くと連日馬鹿の一つ覚えのように繰り返し表示される。メンバー? 容疑者じゃ
ないのか。まぁ不起訴になったそうだから、その呼び方も今では違うのだろうけど。

……嗚呼、煩わしい。何につけ僕が思うのはとにかくその一点。或いは件の“問題”という
ものそれ自体に対する疑義と、事の本質・本丸を嬉々として取り囲んで火をくべ、石を投げ
付けているような人々への辟易。

その事件の(被害・加害の)当事者なり家族なり、或いは近しい友人でもない限り、殆どの
“問題”というのは間違いなく“他人事”なんですよ。ただ今日び張り巡らされたメディア
の情報収集能力でもって僕らにそれが知らされているだけであって、その事件なり何なりを
処断する義務を負うのはもっと別の専門家、職業の人達で。それをただ耳にした、目にした
だけで不必要な“義憤(いかり)”を──正義感を発揮して、やらかす事と言えば事態に首
を突っ込んで混ぜっ返す以外の何物でもない。当事者達からすれば本当、いい迷惑だ。なの
にそんな冷めた目をしようものなら、大挙して『何故怒らないのか!?』とこっちに矛先を
向けてくる連中が少なからずいるものだから、比較的冷静な──“外野の領分”を弁えてい
る人達はだんまりを決め込んでゆく。結果、そうして事の本丸に火をくべ、石を投げ付け、
肝心で可及的速やかに行われるべき処断を邪魔する輩ばかりが目立つようになる……。

一体、何の為の警察? 何の為の権力? 何の為の専門家?

何が罪なのか、その罪に対してどんな報いを受けさせるのかは、既に法律という社会の共通
ルールとして定められているのです。なのにその手続きを越えて──それらが遂行されるの
を待たずして、どうして本来無関係な貴方達が、当事者達を地獄に突き落とす権限などを持
ち合わせているというのです? 確かに(その不法行為・倫理違反が事実ならば)彼らに非
はあるのでしょうが、それと貴方達が“義憤”などという得てして野蛮な結末しか生まない
行動を取っていい(取るべき)理由とは全くの別問題の筈です。寧ろ、よほど慎重に運用し
ない限り、後者は事の本丸に無関係な僕達の大半が振るってはいけないとさえ考える。刑罰
が違反者を排斥(パージ)し、秩序という全体を浄化(クレンズ)する為のものとして大鉈
を振るわれていたのは古来の話です。今はそれを、原則権力に預け、私刑をぶつけ合う連鎖
を防ぐ──法治国家の中に生きている筈ではないのですか?

(もう何度も引き合いに出していますが)僕は職業柄、様々な形で“痛んだ”人達と接点を
持つことが多いです。その中にはただ白か黒か、被害ばかりを受けて沈み込んでしまったよ
うな人もいれば、一方で普段の言動に「加害」の気質を孕んだ人も少なからず存在します。
ではそのような人達を、僕達はただ“問題”を起こしたからと、額面通りに排斥(パージ)
して回って良いのでしょうか? 当事者でもなく外野で、一部分に対する義憤(いかり)で
もって他人を処断することは……本当に正しい行いなのでしょうか?

僕は、違うと考えています。少なくとも当事者と呼べるほど近しい利害関係者──実害を被
った誰かでなければ、その義憤(いかり)を振るう資格はないと考えます。というよりも、
義憤(いかり)という衝動でもってその私刑の出発点とした限り、得るものよりも失うもの
の方が結果圧倒的に多くなる筈──間違いだと思うのです。だって、非難されるべきことを
あいつがしたから……。確かに李下に冠を正さず、疑われるような(不信を招くような)言
動はめいめい日頃より慎むべきではありますが、反面そうした疑義=“問題”を、今日びは
寧ろ、既存メディアの方が積極的に作ろうとしているきらいが否めませんしねえ……。

はっきり言って、反○○ありき、指弾ばかりを目的とするジャーナリズムだの正義(此処で
は大義と呼んだ方が厳密だろうか)を、僕は健全なそれとは認めません。そんなもので跋扈
するような状態が変わらないようならば、いっそ一度全部滅んでしまえばいいとさえ思う。
……まぁそれは流石に極論(真面目にきちんと向き合っている人達まで巻き込むのは如何な
ものか)とは思いますが、何か他人に、問題に当事者に関わろうとするのなら、そんな手前
勝手な高揚感だけでやって来ないで欲しい。厳しい言い方かもしれないけど、そういった在
りよう(の進入)を許せば、結果的に貴方も貴方に手を差し伸べられた相手も痛い目に遭う
ことになる。それこそ、一度“痛んで”閉じ篭ってしまったような人達にとっては、二度と
立ち直れない傷になるかもしれない(その点で僕はまだ、比較的恵まれていたんだ……)

義憤(いかり)はきっと、何よりの悪だ。他の何よりも、深い罪へとなりうる。
関わり合いになろうというのなら、相応の“覚悟”を決めて来てくれ。間違っても当事者ら
を混ぜっ返すだけのような真似は止してくれ。あれは悪人だ、あれは無辜の民だ、そう言っ
て自分以外の誰かを切り分け切り捨てる強さよりも、ただその人に寄り添い続ける強さこそ
を持って欲しい。自益の高揚を捨てて、指弾を捨てて、激しい変革を捨てて。ゆっくりじっ
くりと染み入るように、誰か一人でも辛うじて救えた時こそ、僕らはようやく他人を介した
悦びを得る。本当の強さとは、武力や闘争といった動的なものではなく、誰かに何かに寄り
添い続ける覚悟といった静的なものだと僕は思う。僕自身も、まだまだ其処には至れない。

叶うなら、この拙文が、法治国家に住まう蛮族達へと届きますように。


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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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