日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)棲み分けるということ

たっぷり時間が空きましたが、腸風邪も治りました。こんにちは、長月です。
やはり無理せず病院に行くべきなんですね。あれだけ腹痛でゴロゴロしていたのに一発点滴
を打って貰うだけで随分と楽になって──医学って凄ぇ(何を今更)

そんな訳で体調は回復しました(豆腐なカラダは相変わらずですが^p^)
プロットもだいぶ書き溜めましたし、先日よりぼちぼちと第Ⅱ部に向けての執筆に取り掛か
っています。進捗状況は小日記(ツイッタ)で随時呟いていますので参照をば。
今年中にもう一回UPできればいいかなぁ? そのくらいのつもりでいます。

……しかし更新ネタに困ってきました。腸風邪だったとはいえ間が空きましたし。
テキストが主のページとはいえ、誰得な文章ばかりではどうなのだろうと常々思う訳です。
何か、もっと色々創作などができればいいのですが。如何せんキャパシティが……orz


創りたい。もっとたくさん、もっと深く良いものを。
時間を見つけて(それでも中々能率的にはなれず)創作する物書きもどき。
だからこそ、僕個人は昨今の創作の形の中でいたたまれない思いをする事があります。
それは──ぶっちゃけて言ってしまえばアニメや漫画原作の安易な「実写化」の傾向です。
僕自身元からドラマはあまり見ない方なのですが、それでも○○が実写化!というような報
道は度々耳にしてきました。
そしてその都度、思ってきたのです。
「どうして物語を一から創ろうとしないのだろうか……」と。

勿論、ただ単純に嫌悪しているつもりはありません。
コストパフォーマンスという面から見ても既存の人気作品を元に──有名看板を借りたもの
にした方が創りだした労力に対する成果(収益・視聴率)は大きい。それは事実なのだと僕
も思います。
(尤もこうした傾向は何もドラマという分野だけに限った事ではないのですが……)
ただ、そんな「金になる」という現実的要素を含めても、やはり僕個人としてはこのような
安易な(ように僕には思える)原作拝借には一抹の不快感を拭えないのです。

一つは、所謂サブカル層と一般層という区分でみた視点からの矛盾です。
皆さんも周知のことかと思うのですが、漫画アニメというのは何かにつけて世の中から指弾
されている定めにあるようです。曰く「現実との区別がつかなくなる」とか「残虐性を増長
させる」とか。そうした偏見めいたバッシングには既に多くの論理的・統計的反論があるの
でここで敢えて僕風情が語ることはしませんが、こうした事実は依然として根強いように思
います(某都知事もそうですよね)
にも関わらず、その一方で「金になる」と踏めば掌を返すように実写化という輸入を平気で
やってのけてしまう。その二面性は矛盾ではないのか? そう思うのです。
もう一つは、創作人としての眼です。
物語をユーザーに供給するのは大変なことです。これは実際に創作に手を付けている人間で
なければ分かって貰えない事でもあるとは思うのですが。
なのに、そうして作者が丹精込めて作り上げた作品を後からひょいっと間借りして──他人
の褌で相撲を取ることは、彼らの費やしたエネルギーへの冒涜に等しいのではないのか?
そう思うのです。創る労力を厭うな。そのエネルギーを舐めるな。そう僕は言いたい。
(二次創作だ!という見方もできなくはないですけどね……)

尤もこうした想いはあくまで第三者の声です。
原作者(ないし権利者)が実写化やその他のメディアミックス等に同意しているのなら別に
構わない筈……なのです。
だがそれでも、ただ拡げればいいという訳にはいかないのがどっこい現実でもあって。
確かに実写化でファン開拓やその裾野が広がれば利も増えるのかもしれませんが、その一方
で作品利権・作品理解に関係したごたごたも増えるように僕は思えてならないのです。
一言で片付けてしまっていいのだとすれば『常識を顧みぬ“信仰”』とでもいうべきもの。
ただでさえ、一つの作品においても人々の愛で方が多種多様です。
そこに安易に新参者を増やしてしまうのは果たしていいものなのかどうか……。
勿論、肥大化や長期化した組織・勢力は腐る──そんな摂理を思えば世代交代という名目で
ファンが入れ替わってゆくのも当然であるのかもしれません。
ですが、やはりそれ以上に不安定要素が増えてしまうのであれば、その手はやはり安易だと
断じてもそう大きく間違ってはいないように思うのです。

しばしば、僕ら日本人は遠くの国の宗教・民族対立を不毛だと哂う事があります。
しかし、僕は違うだろうと思うのです。
対立というものは、この社会の中でも日々起きている。
政治同士、経済同士、集団同士、個人対個人。
確かに前時代的な“信仰”ではないのかもしれません。もっと現実的で利権という名のそれ
なのかもしれません。
しかし、このサブカルチャーの大国にはもっと別の意味での“信仰者”が多く、そして何処
か指弾されながら暮らしているのだと思います。
どんな作品が好きだ、嫌いだ。どのキャラクタが好きだ、嫌いだ。色んな考え方。
媒体は違っていてもそこにはやはり“信じるもの”──信じたい何か、思い入れの強い何か
が存在している事に他ならなくて……。

別に排他的になれと僕は言っている訳ではないのです。人が共存できるのならそれに越した
ことはない。むしろきっといつかはそうなって欲しいとさえ思います。
でも……現実は中々そう簡単にはいかないから。それは文化の面でもきっと同じ。
だからこそ、ただ闇雲に掻き混ぜるよりも、彼らの“信仰”に対しては適度な「棲み分け」
をすべきなのではないかと僕は考えるのです。

否定しない、そして無慮に踏み込み荒さないこと。

物書きは人を描く故に人を諦めたくないと思っていても、それは一種の諦観なり俗な処世術
であるのかもしれませんが。

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  1. 2011/12/09(金) 22:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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