日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「悪人商機」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:流れ、屍、罠】


「はあっ、はあっ……!」
 気が付けばすっかり日が落ちてしまっていた。いつの間にか濃くなり始めた闇色が、辺り
を等しく染め上げている。
 空は星一つない灰がかった黒。そんな今にも泣き出そうな気配の中、木俣が見下ろす目の
前には一人の男が倒れていた。男は古びたコンクリの地面の上で仰向けになったまま、変な
方向に首を曲げて目を見開いており、まるで微動だにしない。
 よく見れば、その後頭部の下には白線と、車止めの石がある。暗くてはっきりとは分から
ないが、何かドロリとしたものが小さな溜まりを作って垂れているようだ。
 死因は明らかだった。事実気またはこれ、激しく呼吸を乱して震えていた。動揺──少な
くともただ単純に、動き回って息が切れたというだけではない。
「畜生……。やっちまった……」
 引き攣った顔に貼り付けた両の眼はあらん限り見開かれ、やがて木俣は一人そう両手で頭
を抱えて吐き捨てる。何か言葉にしなければ、それこそ本当に狂ってしまいそうだった。
 今夜彼と会っていたのは、頼もうとしていたからだ。
 支払いをもう少し待って欲しい──そう彼に何とか訴えようとしたのが、当の本人はまる
で取り付く島もなく、こちらの説得に応じようとはしなかった。いいから返せ。頼む、もう
少し待ってくれ──言い合いはやがて取っ組み合いになり、木俣は精神的にも物理的にも、
目の前の彼に追い詰められていた。感情がどんどんと悲鳴と熱を上げて加速し、視界がぐる
ぐると繰り返し振動する。
 ……そして気が付いた時には、彼が倒れて動かなくなっていた。取っ組み合いの最中に押
し倒された男は、そのまま据えてあった車止めの石に後頭部を打ち付けて死んだのだ。
 どうして? どうして?
 木俣は目の前の状況を、まだ真正面から受け入れられないでいる。ただ自分は、支払いを
もう少し待って貰おうとしただけなのに。暴力を振るおうなんてつもりはなかったのに。
 なのに彼は死んだ。打ち所が悪くて死んでしまった。
 辺りの明かりは殆ど無くなっている筈なのに、そんな彼の倒れた姿が、見開かれたままの
白い眼がどうしてこんなにもはっきりと見えているのだろう。
(ど、どうする? 一体どうすればいい?)
 怯えながら、周囲をキョロキョロと見渡す。しかし夜闇と、人気の少ない資材だらけの駐
車スペースという場所が場所だけに、辺りには誰もいないように見えた。
(わ、悪くない。俺は悪くない……)
 故に、木俣は逃げ出した。今ならまだ誰も見ていないと思い、微動だにしなくなった男を
置き去りにして、彼はその場から慌てて駆け出して行った。
「……」
 故にそんな一部始終を、暗がりの物陰から見ていたとある男の存在に、その時は終ぞ気付
けないままで。

「──あんた、この前の金曜、人を殺したろ?」
 即ち受難の日々は、この時から始まったのだ。説得──取っ組み合いの末に彼を死なせて
しまった現場から逃げたした数日後、怯えながら過ごしていた木俣の前に、そう見知らぬ男
が現れて声を掛けてきたのだった。
「直前には、言い争ってもいたっけ。払えとか、待ってくれとか……金絡みか」
「……!?」
 何故それを。木俣はつい衝いて出そうになったその口を、慌てて押し留めた。だがそんな
目に見えた動揺と反応は、実質肯定しているに等しい。
 この深い切れ込みを入れた、刈り上げ頭の男はにぃっと嗤った。黒いスーツこそ着て身な
りはそこそこ整えてあるが、その前を開けて着崩したアレンジと何よりこちらに向けてくる
眼差し・雰囲気は、まさに邪悪と言う他ない。
 男はぐるりぐるりと、二・三度木俣を値踏みするように繰り返し回り込みながら眺めてく
ると、直後ずいっと顔をすぐ傍にまで近付けてきて言った。有無を言わせぬ口調だった。
「実は俺、見てたんだよなあ。ちょうど家に帰る途中でさあ……。例の奴(やっこ)さん、
新聞にも載ってたよなあ。警察も捜してるみたいなんだよなあ。これって俺、目撃者って事
になるのかなあ? やっぱ、話しに行かなきゃ駄目かなあ……?」
「っ、それは──!」
「分かってるよお。だから、今日はあんたと取引しに来たんだ。奴さんに払う筈だった金、
俺にくれよ。そうしたら警察には黙っておいてやる。安いもんだろう? 捕まって、牢屋暮
らしになるよりかはさ?」
「……」
 ポンポンとこちらの肩にスマホを軽く叩き付けながら、男は言う。
 木俣はこれをじっと見ていた。この手帳サイズの機械の中に、あの夜の全てが撮られてし
まっているのなら──。
「……分かった」
 頷くしかなかった。木俣はぎゅっと奥歯を噛み締め、恐怖と怒りに震えながら、この男の
持ちかけてきた“取引”に応じるしかなかった。

 最初は、数万円ほどであった。
 黒藤(こくとう)と名乗った男は「ちょっと入用があってなあ」「今月厳しくてなあ」等
と言い、折につけては金をせびってくるようになった。そもそもどうやって、自分の居場所
を調べたのだろう……? 木俣は疑問だったが、彼の要求を断れる筈もなかった。もし彼に
あの夜の事を警察に持って行かれれば、何もかも失ってしまう。
 だが、そんな黒藤の無心は、一度や二度で終わる筈もなく。
 彼から要求された額は、あっという間に本来払うべきだった者に対するそれを超えてしま
っていた。加えて一回に言ってくる額自体も、少しずつ増えてゆく。それでも木俣は、暫く
の間ずるずると、彼との“取引”に応じざるを得なかった。半ばアクシンデトのようだった
とはいえ、犯してしまった過ちと、握られた弱み。それらをひた隠す為、木俣は黒藤からの
要求に応えざるを得なかった。口止め料を、払い続けるしかなかった。
「──おいおい。自分が何を言ってるのか解ってるのか?」
 しかしそんな生活も、やがて限界が来る。ただでさえ厳しい──だからこそあの男から、
危ないと分かっていても金を借りて凌いでいたのに、実質的には元と同じだ。寧ろ支払いの
頻度自体は上がってさえいる。
 木俣は、ある日の夜中、黒藤を呼び出した。人気のない公園でもうこれ以上払える余力が
無いと伝えると、案の定彼は関係ないと言わんばかりに不機嫌になって言う。
「お前が金を渡しさえすれば、あの夜の事はチクらないって約束だろうがよ。今更になって
良心が咎めたってのか? 被害者面してんじゃねえよ、人殺しが」
「……」
 やはりと言うべきか、この男の性質は邪悪そのものだ。金づるがいなくなる──反抗しよ
うとしてきた途端、露骨に攻撃的になる。
 木俣はぎゅっと、返事もなく唇を結んでいた。突っ込んでいた上着のポケットから両手を
抜き、握り締めて構えたのは……鋭いナイフ。
「お前っ……!」
 今更になって。確かにそうかもしれない。だが木俣は追い詰められていた。
 顔を顰めて身構える黒藤。その体勢が出来上がるよりも前に、木俣はこの切っ先を握った
まま彼に突撃する。
「がっ──?!」
 ズブッと、嫌に鈍い感触が手に伝わった。肉を裂き、身体の深部を破壊する圧力だ。
 ゆっくりと木俣は黒藤から離れる。ボタボタと、彼の胸元から赤い血が流れて止まらなく
なっていた。心なしか徐々に苦痛と出血に青褪め、ふらつく彼を見つめながら、木俣はその
場に小さく肩で息をしながら立ち尽くす。
「……おま、え。覚え……」
 そのまま、どうっと黒藤は倒れた。
 血塗れのナイフを予め用意しておいたハンカチで拭い、しまってから、木俣は終始緊張し
た面持ちで逃げ出した。

「──貴方ね? うちの人を殺したのは」
 なのに、何故受難の日々は終わらない?
 半月ほどして突如木俣のアパートを訪ねて来たのは、黒藤の妻を名乗る、如何にも気の強
そうな女だった。一体誰です? 問おうとした機先を制され、開口一番こちらにそう言い放
ってきた彼女の言葉に、木俣は望む望まないに拘らず全てを察した。
「話は全部、あの人から聞いてるわ。ここ暫く入ってたお金の出所も、貴方からだって事も
ね。あの人は言ってたわ。『もし俺に何かあったら、そいつを使え。俺の件も含めてたんま
り儲けとけ』って」
「……」
 信じられなかった。よりにもよって、自分の妻に引き継ぎ(はな)しているなんて。
 いやそれ以上に、彼の言葉を真に受けて、本当に強請りに来るこの女の神経の方が信じら
れない。良くも悪くも──というより、最悪の形で似た者夫婦という奴なのか。ただ口封じ
さえすれば終わりなどではなかった。何より自分以外の第三者に譲っているということは、
やはり彼はあの時の写真なり何なりを残していたんじゃないのか……?
「これから宜しくね? 木・俣・君?」
 ふふっ。
 夫・黒藤とはまた別種の、しかし負けず劣らず邪悪な笑みを浮かべて、彼女は言う。

 それからは……地獄のようないたちごっこの連続だった。最初こそ再び脅され始めた彼女
に何とか口止め料を払っていた木俣だったが、このままでは泥沼になると感じ、かつて黒藤
をそうしたように彼女も隙を作って殺害したのだ。
 しかし、それだけでは終わらない。
 今度は黒藤夫妻の息子と名乗る、遊び人風の青年が、同じようにこちらを強請る為に現れ
たのだ。どうやら妻の方も、いずれ自分が口封じに消される可能性を考え、証拠(ネタ)を
身近な家族に託していたらしい。……最悪だ。親子揃って筋金入りの畜生だ。おそらくこの
連鎖は、黒藤がこちらに接触してくる前から仕込んでいた策だったのだろう。たとえ自分が
死んでも、一度見つけた金づるは絶対に逃がさない……。
 解っていた。でも殺るしかなかった。怯え、搾り取られる日々の繰り返しだったから。
 黒藤の息子の後には、黒藤の弟が控えていた。その後には甥で、そのまた後には弟の嫁、
つまりは黒藤の義妹。皆が皆、あの夜の一件をネタに強請ってくる。
 もう木俣に、正常な判断能力などなかった。只々生き延びたくて、捕まりたくなくて、こ
の次々と現れる黒藤の一族に手を掛け続けた。あの日の夜の過ちを、何とか無かったことに
しようと必死だった。

 だがそんな狂気の沙汰が、ずっと続く筈もない。
 やがて木俣は、ある時張り込みを続けていた警察の突入によって遂に逮捕される。
 それはちょうど、黒藤の弟夫妻のアパートに忍び込み、あの夜を記録したデータを探し回
っていた最中の出来事だった──。

 ***

「……正直言って、狂ってるぞ。お前」
「何でもっと最初に出頭しなかった? そうしてりゃあ、こんなややこしい──」
「できなかったんですよ! 自分に、あいつらを道連れにして刑務所に入れって言うんです
か!? 殺すつもりなんてなかったんだ! ただ俺は、あの時もう少し支払いを待って欲し
いって、頼もうとしただけなのに……!」
 取調室で、そう木俣はヒステリックに叫んでいた。机を取り囲む刑事達が、流石に眉間に
深い皺を寄せている。ガンガンッと机を叩き、木俣は泣き喚いていた。被害者感情──保身
ばかりが募り、真っ当な判断力が失われているのは明らかだった。
 されど、お前の罪は──。
 そんな中で、一人のベテラン刑事が、低くドスの利いた声で言う。
「ふざけんな。お前はそいつも含め、もう六人も殺してるんだ。黒藤の義妹も含めりゃあ、
六人と未遂一人だぞ? たとえどんな事情があろうと、お前はもう立派な殺人鬼なんだよ」
 ガンッ! なるべく怒気を正面に出さないように。しかしつい叩き付けた拳は間違いなく
彼への義憤(いかり)に燃えて。
「あァ……。ああーあッ、ああーッ!!」
 丸ごと髪を引き千切ってしまいそうな程に、激しく頭を抱えて。
 椅子に座らされ、刑事達に囲まれ詰られ続けた木俣は、そう再び獣のように吼えた。
                                      (了)

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  1. 2018/05/06(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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