日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔33〕

 暗がりに潜む地下のサーバー室に、珍しい客がやって来た。灰色フードの青年と老紳士風
の男──ヘッジホックとトーテムである。
 カツンカツンと響いた足音の後、開いたゲート。
 その横顔、特にヘッジホックのそれは、真っ直ぐに張り詰めたかのような険しさを湛えて
いる。
「……何だおめえ。どうやって入った?」
 これにすかさず動いたのは、正面の円卓の面々だ。
 二人を睨み付けるチンピラ風の男(グリード)と、傍らの肥満の大男(グラトニー)に、
神父風の男(ラース)。ゴスロリ服の少女(スロース)、黒スーツの青年(ラスト)及び、
エンヴィーこと勇──不在の白鳥(プライド)を除いた“蝕卓(ファミリー)”幹部七席。
 気配ですぐに同胞だとは分かった。だがここは自分達蝕卓(ファミリー)の拠点だ。専用
のIDを使わない限り、ここへやって来るのは基本的に不可能な筈だが……。
「──」
 するとそんな思考を読んでか、トーテムがついっと指を一つ立てた。円卓の上に置いてあ
ったカップが、右へ左へとひとりでに滑って止まる。彼の念動力の能力だ。ラースが眼鏡の
奥から、ラストが流し目の端で視線を投げていた。どうやら扉のロックも、こうして物理的
に解除したらしい。
「やあやあ。おかえり。ヘッジホック、トーテム。君達から“里帰り”してくれるなんて、
泣かせてくれるじゃないか」
 ラース達の剣呑に反応して、暗がりのあちこちから現れていた無数のサーヴァント達。
 しかしその一方で、白衣の男(シン)だけは上機嫌だった。いつものように飄々としてい
るとも言えたが、両腕を、纏う白衣を大きく広げると仰々しく出迎える。
『……』
 だが肝心の、対するヘッジホックの表情は険しいまま微動だにしなかった。傍らのトーテ
ムも、彼ほどではないが、言葉なく白い目を向けている。
「……用件を聞こうか」
「ああ。折り入って、あんたに頼みがある」
 ラース以下七席達が、無言のまま眉を顰めた。それでもシンが自分達の前面に出て話して
いることから、実際に割って入ってまでこれを遮ろうとはしない。
「一つ、約束をして欲しい。僕が守護騎士(ヴァンガード)を倒せたら、僕の仲間達を自由
にさせてやってくれ。あんたらが僕達に手を出さないのなら、僕達もあんたらに手を出さな
いと誓う」
 ヘッジホックは言った。それは自らが、彼の者に対する刺客にならんとする宣言だった。
 全ては亡き友の──バイオの願いの為。やり方はいささか乱暴ではあったが、自分達の未
来を勝ち取ろうとして半ばに散ったその遺志を、彼は受け継ごうとしたのだ。
 ヘッジ……。傍らのトーテムが、実際にそう漏らしたかのように、きゅっと静かに唇を結
んでこの横顔を見ている。
「はあっ!?」
「おい、待て。何を勝手な事を……」
 当然ながら、この一方的な提案に幹部達は反発を隠さない。
 特に血の気の多いグリードや、獲物を奪われる格好となる勇は黙っていない。そうでなく
とも“身勝手”と映るのだ。そう安易に「独立」など許す訳にはいかない。
 詰まる所……敵討ちだとしても。
「ああ、いいよ」
『シン!?』
 だが当のシンは、そんな申し出をあっさりと受け入れた。ラース達を始め、周りの幹部達
が驚いたようにこちらを見遣ってくる。ガタッとにわかに席から立ち上がろうとする勇らを
制しながら、やはり彼は飄々としていた。
「まぁ、いいじゃないか。やらせてみるくらい。亡き仲間(とも)の弔いの為に……泣かせ
るじゃあないか」
 片手で目元を拭うようにして、だけども表情は変わらず底知れぬ笑みを。
 ラース達は押し黙っていた。蝕卓(ファミリー)の頂点、自分達を生み出した張本人がそ
う認めるのなら、これを覆すほどの権限は持ち合わせていない。
 勇が明らかに不服なまま席に座り直し、ラースが眼鏡のブリッジを、スロースがやれやれ
と嘆息をついている。そんな面々のやり取りをじっと見ていたヘッジホックが、改めて確認
するように問うた。
「……本当にいいんだな? 僕達を、自由にしてくれるんだな?」
「ああ。約束しよう。その間、こちらも邪魔はしないでおくよ」
 一見朗らかにシンが言う。ヘッジホックは、トーテムはこれを数拍じっと見つめていた。
 ゆっくりとその返事を咀嚼するように、全身に染み込ませるように、彼らは一旦目を瞑り
ながら深く息を吐き出した。安堵したのだろうか。「必ずだぞ?」念を押すように、確約を
取りつけるように、去り際にもう一度こちらを見据えてから踵を返す。
「……」
 その一瞬、トーテムが迷うように彼とシン達とを見比べていた。さりとてそれも数拍の事
で、すぐに彼の後を追って歩き出す。

 カツカツと、靴音が遠ざかって行った。
 少しだけ明かりの差した暗がりの中で、シンと七席達は不気味に佇んでいる。


 Episode-33.Faith/その遺志を継ぐ者

 随分長かったような期末試験も終わり、学園は夏休みに入った。学生としてはこの上なく
解放された一時になる筈である。
 だが睦月達は、必ずしもそうではなかった。アウター対策チームの一員として、目下の懸
案が未だ横たわっている。即ち由良の行方と、バイオ残党の動きだ。
 悠長にしている暇はなかった。戦いに専念できるようにする為、その他の用事はさっさと
片付けてしまう必要がある。

『……』
 あんぐりと、口を大きく開けて。
 その日睦月達は使いの者に送迎され、皆人の自宅──三条邸にやって来ていた。以前から
交友関係のある睦月は初めてではないが、仁や海沙、宙などはその豪邸ぶりに思わず呆気に
取られている。随分と戸口まで長い道のりを先頭に行きながら、皆人がそんな友人達に肩越
しの怪訝を向ける。
「どうした? さっさと入れ」
「あ、ああ。でもよう……」
「三条君のお家、おっきいんだなあって」
「知ってた筈なんだけどねえ。流石は天下の三条電機……」
「……気にするな。これを維持しているのは親父や祖父さんだ。今更畏まられても困る」
「あはは……」
 皆の困惑ぶりに、当の本人はあまりいい気分ではなかったようだ。
 尤も、一見すれば相変わらずの淡々とした表情だったが。それなりに長く、濃い付き合い
をしてきた睦月だからこそ分かる。「ほら、行こう?」皆を促して、玄関の前で待ってくれ
ている執事に挨拶をすると、その床の木目からして高級そうな室内へと上がってゆく。
 屋敷の中は、隅々まで掃除が行き届いていた。日頃から専門の使用人が配置されているお
陰だろう。和風とモダンが混じった廊下を行き、アクセントに点々と飾られている絵画や壷
にその都度目を遣りながら、一行は客間の一つへと通される。
「やあ。待ってたよ」
「どうせなら私達が拾って来た方がよかった気もするけど……。宿題、持って来た?」
 そこで待っていたのは、萬波と香月だった。本来なら普段司令室(コンソール)に詰めて
いる筈の、対策チームの頭脳である。彼女達への応対は、先に國子が担っていた。
「うん……」
 鞄の中から、睦月達はそれぞれに各教科の問題集やプリントなどを取り出す。
 他でもない。今日は夏休みの宿題を、早々に片付ける為にこうして集まったのだ。
 加えてここには、香月と萬波という理系のプロがいる。というよりも、その為にわざわざ
参加して貰ったというのが正しいのだが。
 では、早速始めようか──。思い思いにテーブルに座り、睦月達は広げたそれぞれの宿題
に向かい始めた。暫くの間、カリカリとペンを走らせる音だけが室内に響く。萬波と香月は
理系を、仁は歴史を。海沙は国語と英語、國子は古典を。それぞれの得意分野で互いを補い
合いながら、数日の間に集中して終わらせてしまおうというのが今回の作戦だった。
『ひーん……!』
 尤も、元から座学の苦手な宙や仁は、それでも苦戦していたようだったが。
 睦月も最初は、黙々と空欄だった回答を埋め続けていた。分からない所は母や、得意な仲
間に訊く。訊いて、一生懸命頭の中で咀嚼──理解しようとするが、それでも一方でこうし
て「日常」を送る自分に違和感を抱いている自分も、また存在しているように思う。
「……いいのかなあ? 僕達が抜けてて」
「心配ない。それは出発前にも言っただろう」
 ぽつりと呟いた睦月に、皆人がちらっとこちらを見て言った。されどその視線はすぐに手
元の頁に戻り、ペンを走らせながら続けられる。
「由良刑事の──筧刑事の件は、冴島隊長が引き続き護衛(マーク)してくれている。例の
残党についても、出現反応があればすぐに司令室(コンソール)から連絡を寄越すよう指示
してある。負担を掛けたくないというのなら、一日でも早く終わらせろ」
「……うん。そう、だね」
 苦笑い。あまりの正論に、睦月は何も言えずにただ気持口を噤む。カリカリと、皆のペン
が走る音とお互いにあーだこーだと教え合うやり取り、或いは時折出されていた飲み物を口
にする氷の音がするくらいだ。この屋敷が街の喧騒から切り離された環境にある、というの
も要因の一つなのだろうが、未だもってアウター達との戦いが現在進行中とは思えないよう
な静けさだ。
『ひーん……』
 尤もこの初日の数時間で、宙と仁は既に根を上げ始めていたが。

 事件は、その帰りに起こった。この日の勉強会が終了し、三条家の者の案内で帰りの車に
向かおうと外に出た時、屋敷の外壁に背を預けて彼が待ち構えていたのだった。
「……よう」
 勇だった。相変わらず死んだような瞳をし、じっと腕組みをしたまま正門を潜ろうとした
一行を睥睨する。
「くっ!?」
「お前──ッ!」
 突然の事に、睦月達は咄嗟に身構えていた。國子や仁、宙などは懐からリアナイザを取り
出し、今にも戦おうとする。
 ここには対策チームではない、屋敷の使用人達もいるのだ。とうに身元が割れているのは
解っているにしても、彼らに手を出させる訳にはいかない。
「止めとけ。今日は戦いに来た訳じゃない」
 だが当の勇は、そんな風に言い放ってきたのである。事実こちらの動きにも応じず、両腕
を組んだまま、例の黒いリアナイザを取り出してすらいない。
 そんな表の騒ぎに、巡回中の警備員達が一斉に駆けつけて来た。腰の警棒や拳銃を取り出
して構えようとするが、他でもない國子がザッとこれを手で制する。
「……彼は、案件Xです」
 その一言に、警備員達が目に見えてたじろいだ。詳しくは分からないが、三条家に出入り
する者達の符牒なのだろう。対策チーム、越境種(アウター)──具体的な固有名詞までは
知らされずとも、関与を禁止する対象といった所か。
 ゆっくりと後退してゆく彼らを見て、勇は少し向けていた眼光を緩めたようだ。というよ
りも、元から見ているのは一同──睦月のみのようにも見える。
「蝕卓(ファミリー)が、お前にヘッジホックを宛がった。そいつがケリを着けるまで、俺
達も動くことを禁止された」
「えっ……?」
 何処か吐き捨てるような、不機嫌な声色だった。真っ直ぐに睨まれて、睦月は思わず声を
漏らしてしまう。思わぬ所からの情報提供に、見開いた目が丸くなった。
 ヘッジホック──確か、灰色フードの。バイオ残党の片割れか。
「さっさと奴を倒せ。負けたら……承知しねぇぞ?」
 ギロリ。まるでやる方ない怒りを綯い交ぜにして内に秘め、ぶつけてくるように。
 唖然とする睦月達、場に駆けつけた警備員達。
 そんな面々の様子を、ふんと不機嫌に鼻で哂って踵を返すと、彼はそのまま一人、ズボン
のポケットに両手を突っ込みながら歩き去ってゆく……。


「瀬古勇が、か……」
 司令室(コンソール)で事の詳細を聞いた皆人は、集まった一同の前で暫し思案顔をして
いた。ふむ、と口元に手を当てて、次の言葉を待つ睦月達に見つめられている。
(本人の宣言通り、怪我人は一人もなし。それでいて睦月を焚き付けるような言動……)
 報告を受けた時は驚いたが、冷静に考えてみればそれほど不思議な事ではない。こと瀬古
勇という人物は、睦月──守護騎士(ヴァンガード)に対して並々ならぬ対抗心と執念を抱
いている。弟の復讐を邪魔されたあいつを、自らの力で倒し、越えるのだという誓約。その
為ならば、たとえ蝕卓(そしき)の方針に反する事も厭わない。今回のそれは、その範囲内
ギリギリの干渉だったのだろう。
「……だが、こちらにとっては好都合だ。これで懸案の片方を正面から叩ける」
 ついっと顔を上げ、皆人は言った。他の職員や隊士達も少なからず同じような思考をして
いたのだろう。誰からともなく、コクリと力強い首肯が返ってくる。
「うん。龍咆騎士(ヴァハムート)……だっけ? 何で僕への刺客が瀬古さんじゃなくて、
ヘッジホックになったのかは分からないけど」
「大方弔い戦という理屈なのだろうが……。少なくともこれで、瀬古勇との交戦という現状
ではリスクの高い戦いを、本人の話が事実ならば避けられる。何より件のアウターが向こう
から出て来てくれるんだ。この機会を活かさない手はない」
 睦月の疑問に、尤もと頷きながら、皆人は制御卓に着く職員達に目配せをした。彼らはそ
れを受け、正面のスクリーン群にとある映像を映し出す。以前、バイオ一派と資材置き場で
交戦した際のログだ。
 仁のグレートデュークの大盾にぶつかる無数の鋭い棘、金属質なハリネズミを彷彿とさせ
るヘッジホックの怪人態。
 その交戦の映像データを見せながら、皆人は続ける。
「厄介なのはこの棘だ。どうやらある程度自在に伸ばせる上、貫通力も高い。両手には同じ
くこの棘を流用した拳鍔(ナックルダスター)も装備している。攻撃それ自体は比較的ワン
パターンだが、攻守に優れた能力だと言えるだろう」
「ああ。実際デュークの盾でもギリギリだったぜ? もう少し戦いが長引いてたら、突き崩
されちまう所だった」
 応えて、そう思い出すように苦々しく肩を窄めて。
 仁も正直な所を話した。あの場で実際にヘッジホックとかち合っていたのは、他ならぬ彼
だったのだから。
「デュークの装甲でもああだったんだ。並大抵の防御力じゃあ、すぐに蜂の巣にされちまう
だろうよ」
 その言葉に、國子や宙、海沙以下場の面々がコクッと神妙そうに頷いた。どうやら今回の
攻略の鍵は、そんなヘッジホックの棘にどう対処するかにあるようだ。
 あーでもない、こーでもない。
 それから暫くの間、皆人以下対策チーム一同は、この目下襲ってくるであろうアウターの
傾向と対策を話し合った。映像ログから弾き出したデータを元に、どれくらいの耐久力でも
ってすれば防げるのか? 或いは回避に徹すれば活路が開けるのか? 少なくとも一度はぶ
つかった事のある相手だ。準備は、可能な限り整えておきたい。
「……防御力、か」
『? マスター?』
 そんな活発で真剣な議論の中、ぽつりと睦月が呟いた。
 ちょこんと、デバイスの画面の中で、パンドラがそうこちらはこちらで思案顔をし始めた
主の横顔を、疑問符を浮かべて見上げている。

「──ああ、すまねえ。ついでにもう一つ、訊いてもいいか?」
 それは、睦月達が勇と遭遇してから三日ほど経った頃の事だった。
 路地裏の一角で由良の痕跡を発見して以降、筧は足の捜査に出歩きながら街の人々に聞き
込みを続けていた。署で担当する事件と併せて、由良の写真を見せながら訊ねる。
「最近、この男を見かけなかったか? 由良というんだが……」
「うーん……。見覚え、ある?」
「いんや。見た事ないなあ」
「……そうか」
 手間を取らせてすまなかった。
 互いに顔を見合わせ、首を横に振るこの男性二人組を辞し、筧は懐に由良の写真をしまい
ながら歩き出した。この二人も何だったんだろう? といった様子で、やがて街の雑踏の中
へと消えてゆく。
 あれ以来、もう何百人と当たってきた。
 しかし未だに手掛かりらしい情報はない。あいつが行きそうな場所にも大方足を運んだ筈
だが、目撃者はいなかった。
 ……やはり由良は、そう遠くには行っていないのだろうか? だとすれば、あの夜あの路
地裏で事件に巻き込まれた後、そのまま──。
「で? お前は一体いつまでついて来る気だ?」
 だが筧は、そんな湧き出てくる嫌なイメージを振り払うように、はたと足を止めて背後に
向かって呼び掛けた。場所はさっきまでいた大通りから横道に入り、はたっと人気の途絶え
た裏路地である。
「貴方が諦めてくれるか、事が解決するまで、ですかね」
 そんな背後の物陰からスッと現れたのは、冴島だった。他にも部下達が尾けて来ている筈
だが、姿は見せない。代表して応じてきたといった所だろう。
 冴島は相変わらず、一見微笑を湛えながら紳士然としていた。尤もやっている事は、集団
で現職の刑事を尾行しているという限りなくブラックなものだが。
「それに、また貴方が襲われても困りますので」
「……そういう事にしといてやる」
 ふん。不機嫌そうに、筧は肩越しに向けていた視線を正面に戻した。顰めっ面をし、口の
中で苛立ちを少しでも発散させるように小さく舌打ちを繰り返している。
 相手は、お互いに由良の背後にいる敵の正体を知る者達──頼んでもいないのに、こちら
を守ろうとしている者達だ。
 一応、相互に利益はある。筧としても、徒に彼らを排除しても不都合だと思っていた。何
よりも実際、あの時あの唇の化け物を追い払ったのは彼らなのだ。越境種(アウター)だの
リアナイザだの、常識ではあり得ないような力を使って。
「……」
 あれ以来、あの化け物が自分を襲ってくる事はなかった。諦めたのか? それともこいつ
らが尾いているのを警戒して、手を出せないでいるのか……。
「なあ。兄ちゃんよ」
 故に筧は、そんなどん詰まりの疑問から一度方向転換してみることにした。背中を向けた
まま、静かに目を見開いた冴島に向けて訊ねる。
「お前らはあの化け物──アウターってのと戦ってるって言ってたよな?」
「ええ」
「いつからだ? お前達は何を、どれだけ知ってる?」
 返事は暫くなかった。ホイホイと答えられないのか、或いはその気がないのか。冴島は筧
から向けられた問いに数拍黙っていた。ひそひそと、物陰に隠れていた他の部下達と何やら
相談している気配がする。
「……僕がチーム内で研究に関わり始めたのは、三年以上前の事です」
 つまりその間に、守護騎士(ヴァンガード)は生まれたということか。最初大よその真実
を聞かされた時は驚いたが、今となってはこうして冷静に時系列を整理することもできるよ
うになっている。
「もう一つ訊きたい。うちの署にスパイはいるのか? これまでの隠蔽工作は、内通者なし
じゃあ不可能だ」
 冴島は今度は驚いているようだった。声には出さなかったが、息を詰まらせたのが街を通
り過ぎてゆく風で分かる。結局今度は答えてくれなかった。だがそうやって沈黙を貫こうと
している時点で、実質肯定しているようなものである。
「……なら取引をしよう。そっちが答えるなら一つ、俺からも教えといてやる」
 だからこそ、筧はここで餌を撒くことにした。十中八九彼らが、今一番知りたがっている
であろう情報の一つだ。
「例の血文字の件だ」
 喰い付いてきた。最初と同じく、いやそれ以上に驚いて部下達とひそひそと相談し、如何
答えるのが最適かと考えている。だが幸いか、不幸だったのか、この冴島という男は目の前
の異端の刑事に対し、なるべく誠実であろうと努めたようだ。
「……ええ。いますよ。ですが僕達だけではなく、敵側もそちらに入り込んでいる可能性が
ありますが」
「……何だと?」
 今度は、筧が思わず振り返る番だった。それとなく、だが確実に意図して投げ込まれた発
言に、口元をへの字に曲げて目を見開いている。
 まさか……。いや、寧ろいないと決めてかかる方が不自然なのか。なるほど。敢えて自分
にその事を伝えてきたのは、身の安全を警告する意味合いもあるのだろう。
 ふふふ。筧は半ば無意識の内に、口角を少し歪めていた。こいつも馬鹿じゃねえか……。
自分で言った手前、向こうからの情報も取れたことだし、約束は守ることにする。
「由良の血だ。あれはあの場所で、由良が残したモンだ」
「……それは、確かなんですね?」
「ああ。知り合いの鑑識に調べて貰った。少なくともあの血は、由良の私物と同じDNAを
持っている」
 確認も即答されて、冴島らは少し押し黙ってしまったようだ。こちらが肩越しに見ている
のを分かっていながら、暫く口元に手を当てて思案顔をしている。ここまでしつこく尾いて
来て、確かめようとした情報だったろうに。
 だがこれで、彼が事件に巻き込まれたのは確実だ。
 いや、あれから何日も経っている。既にあいつはもう……。
「……」
 今日まで何度も反復し、いやまだだと自分に言い聞かせてきた言葉を喉の奥に押し込む。
 すると冴島は、ゆっくりと顔を上げて訊ねてきた。もう先程までのような、何処かこちら
を出し抜こうとするような底意地の悪さは感じられない。
「では、あのASLの意味は……?」
「さてな」
「心当たりはないんですか?」
「あったら、とっくに飛んで行ってる」
 即座に跳ね返すように答えて。やれやれと肩を竦めて。
 筧は改めてこの目の前の男──男達に警戒することにした。由良の行方を捜すという利害
では一致しているが、そもそもこいつらは自分と由良に、二度も妨害工作をしようとした連
中なのだ。変な馴れ合いはしてはならない。

『貴方のそのプライドが、彼を殺したんですよ』

 奴らの司令官だと名乗ったあの少年の、挑発的な言葉が蘇る。
 曰く、最初の接触の時点で自分達と手を組んでいれば、こんな事態にはならなかったと。
あくまで淡々と理詰めで迫ってくるような物言いだが、そもそもはあいつらが裏で弄くり回
していたのが元凶だ。“力”を手に入れて勘違いしているような輩に、この街の平和は任せ
られない。
「……仕方ねえ。あんまし頼ると、付け上がらせちまうんだが……」
 心の中でふるふると頭を振り、筧は盛大に嘆息をついた。再び正面に向き直り、その先へ
広がる次の大通りに向かって歩き出す。
「一体どちらへ?」
 すると当然ながら、冴島達もその後ろをついて来る。元々バレているようなものだが、尾
行という体はもう諦めたようだ。
「さらっとついて来んじゃねえよ。お前らには関係ねえ」
 横目にじろっと睨み返し、それでも筧はスーツのポケットに手を突っ込んだまま歩を止め
ようとはしない。次第に大通りの方から、行き交う人々や街の雑音が聞こえてきた。
「ちょっと知り合いの──情報屋(プロ)の所に行くだけだ」

 時を前後して、人気のない原っぱ。その一角の木陰で、睦月は一人仰向けになって寝転が
っていた。
 かつて此処は近隣の住民達が集まる憩いの場だったが、三六五日常に新陳代謝を繰り返す
集積都市という環境にあって、その開発の波に取り残された場所の一つでもある。今では訪
れる者も殆どなく、辺りには背の低い枯れ草とか細い木が点々と広がっているだけだ。
「……」
 気付けばすっかり自己主張するようになった夏の日差しが、木陰の影と熱の暖め合い・冷
まし合いを続けている。
 睦月はここ数日ずっと、この無関係の人々を巻き込まないであろう場所で、ヘッジホック
が現れるのを待っていた。要するに囮役である。こうして連日姿を見せていれば、奴もいず
れ嗅ぎ付けてくるだろうと踏んでの作戦なのだが……。
「ねえ、皆人」
『? 何だ』
 一人仰向けのまま、長い沈黙の後、睦月はそうインカム越しに司令室(コンソール)でこ
ちら様子をモニタリングしている皆人に訊ねる。
「アウターって、一体何なんだろう?」
 それは、彼にとってはずっと頭の隅にあった根本的な疑問。
『……人間に欲望に便乗して、実体を得ようとする電脳の怪物、だろう?』
「あ、うん。そうなんだけど……。そうじゃなくて……」
 通信の向こうにいる皆人は、数拍言葉を選ぶように、間を置いてから答えた。だがそれは
ある種の辞書的な回答だ。睦月はそんな友の、立場と自分の“我が儘”を理解しておきなが
ら、それでも訊いてしまう己にフッと苦笑いを零さずにはいられなかった。
「僕は言いたいのは、アウター達は“何故”実体を欲しがるんだろう? って話だよ。確か
に召喚主に呼び出されないとこっちに出て来れないのは不便なんだろうけどさ……。それっ
て、自分の意思なのかな? それとも、誰か別の……?」
『……アウターも、元を正せばプログラムだ。だからそういった風に“作った人間”が確実
に存在する』
「作った、人間……」
 それでも通信の向こうの友は、あくまで冷静だった。睦月は若干心許ない木漏れ日に目を
細めながら、そっと眉を顰める。
 アウターを作った人間。確かミラージュ──カガミンが以前話してくれた情報では、シン
と呼ばれる人物がその生みの親だとか。彼は今もプライドら“蝕卓(ファミリー)”の幹部
達を率い、この飛鳥崎で暗躍している……。
『確かに奴らの“目的”に関しては、未だ判然としない部分が多い。ただ、これまでの戦い
からして、一体でも多く進化を──実体化させたいようには見えるな』
「うん……」
 客観的事実は、まさしく。少なくとも現在自分達が把握できている事実となれば、その辺
りまでである。
 しかし一方で睦月は、内心そんなアウター達にある種の「哀れ」を感じていた。感じさせ
られるケースがままあった。
 その存在理由も曖昧なまま、この世に生み出されて怪物となり、いずれは召喚主を殺さね
ばならないなんて。たとえ「そうプログラムされているから」といって……。
「……でも、人と分かり合える個体もいた。それは皆人も一緒に見てきたでしょ?」
 それは半ば、睦月の希望的観測でもあった。友の言うように、ただプログラムされた通り
に召喚した人間を使い潰すのではなく、彼らと共に歩もうとした者達がいる。人と何ら変わ
らぬ“心”を持つようになった個体もいる。
 タウロス、ストーム、黒斗にミラージュ──必ずしも自分達にとって完全な“敵”とは言
い切れない者達を、これまで何度か見てきた。出会ってきた。それでも自分達は、対策チー
ムとして倒さなければならない。じっくりと話せばもっと何かが解るかもしれないと思った
相手であっても、斃してこなければならなかった。
『……』
 だが対する通信の向こうの皆人は、重い沈黙を寄越している。少なくとも睦月のそんな呟
きには否定的だった。頭ごなしに否定するでもなく、激怒するでもなく、ただ淡々と論理的
に説き伏せる。
『俺にはあくまで“そういう立場”であったとしか思えんがな。銀仮面──プライドの言葉
を借りれば、所詮は学習しただけに過ぎないんじゃないか? 奴らはプログラムの塊。善悪
という俺達の主観より、アウターとして暴れる“害”なのか、パンドラのような“益”とな
るのか、肝心なのはそこだろう?』
「それは……。そうだけど……」
 モニターの向こうの友を、皆人はじっと見ていた。木陰に寝転がっている姿は、遠巻きに
は先程から何ら変わらないが、その内面は常に迷いと踏ん切りの間を行き来しているのだと
知っている。
 尤も皆人自身は、コンシェルひいてはアウターを、人を援ける道具(ツール)として見る
ように努めてきたつもりだった。自分達人間が、不確実な心というものを持ってしまう存在
だからこそ、そこを越えてスマートにサポートする相棒が必要だと考えている。
『大体、お前も時々“敵”認定してるだろうが』
「うっ……。そ、それは、放っておいたら被害の方が大きくって、避けられないから……」
 だがそんな自身の基本的なスタンスを、皆人は特段この友に押し付けようとは思わない。
代わりにそう別の突っ込みを入れ、彼がぐうっと言葉を詰まらせるのを聞いている。
「それが僕の──守護騎士(ヴァンード)の役目だし……」
『それでいい』
 もじもじと言葉を選んでいる、迷っている睦月。だが皆人はその発言を引き出しただけで
今この場では充分だと思った。
 既に他のメンバーは、全員持ち場に就いている。
 海沙と宙、ビブリオとカノンはこの原っぱを見下ろせるビルの屋上で狙撃の態勢を整えて
いるし、仁とデュークは彼女達の護衛役として、その盾と槍をギチリと構えている。國子以
下隊士達は“暗がり”の中に潜み、戦いが始まる時を待っている。
『……どうやら、お喋りはここまでのようだ』
 ちょうど、そんな時だった。ふと司令室(コンソール)側で状況を監視していた皆人が、
そうインカム越しに促す。睦月もハッと顔を上げ、身体を起こした。見れば原っぱの向こう
から、真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来る人影がある。
「──」
 ヘッジホックだった。
 ギロリとこちらを睨みつけながら、灰色フードの青年がその姿を現した。


「なあ、シン。何であんな約束をしたんだ?」
 秘密の地下サーバー室、“蝕卓(ファミリー)”のアジトは、相変わらず薄暗い。
 ただ今に限っては、少し光源が増えている。現地に遣ったサーヴァント達の眼を通して、
リアルタイムの映像が面々の前に映し出されているからだ。
 画面は、ちょうど守護騎士(ヴァンガード)とヘッジホックが相対した所だ。円卓や壁際
に座ったり背を預けたりしている面々。その中で、グリードが両手をズボンのポケットに突
っ込んだまま、頭上の中二階で両手を組んでいる彼に向かって声を投げる。
「あいつが、本当に勝てるとでも思ったのか?」
「まさか。でも──」
 ふふっと笑って、シンはそう何でもないといった風に答えた。中二階の小テーブルに腰を
下したまま、組んだ両手を崩す訳でもなく、グリード以下場の六人を見下ろしてくる。
「今のヘッジホックには、強い執着──願いがある。それは本来、人間側が持っていたもの
だろう? 弔いでも何でも、名目は何でもいい。それを、我が物とし始めたという点に、僕
は可能性を感じたのさ」
 ニッと口角を吊り上げている。彼がどうにも不気味な──狂気の類に属する人間だという
ことは前々から解ってはいたが、それでもこういった時の彼は味方ながらに末恐ろしいもの
だと、ラース以下面々は半ば諦めのような境地で見上げている。
 ふふふ……。シンは嗤っていた。まるでそうなることを、期待するかのように。
「もしかしたらあの子は、進化の“更なる先”に辿り着くかもしれない。それは僕達がずっ
と、待ち望んできたことだろう?」
 ラース達六人が、明確に首肯などはしないながらも、じっとこの喜色を浮かべる彼の姿を
見遣っている。言葉と理由に、目を細めていた。
『──』
 言ってシンは、振り向いた。背後の巨大サーバーの側面に取り付けられたディスプレイ内
で、デジタル記号の羅列で構成された女性の顔が、フッと優しく微笑んでいる……。

 人気のない原っぱで、睦月とヘッジホックは相対していた。
 片や待ち伏せていた者と、片や弔い戦の為。ゆっくりと懐からEXリアナイザを取り出し
て持ち上げ、或いは全身にデジタル記号の光を纏い始める。
 二人は今まさに、互いに激突しようとしていた。
『……』
 そんな様子を、遠く離れた旧市街のビルの屋上から、海沙と宙、仁は待ち構えるように見
ていた。ビブリオが二人の位置座標を追い、カノンが狙撃用の長銃を構えている。デューク
は盾と突撃槍(ランス)を左右の手に装備したまま、その後ろで待機中だ。
「来たな。ここまでは予定通りだ」
 仁が言う。自身の調律リアナイザを片手に、遠く眼下の原っぱに立つ仲間(とも)の姿に
目を細めている。海沙がそっと胸元に手を組み、唇を結んでいた。普段はおちゃらけている
宙も、この時ばかりは真剣そのものである。
「また遠くから、儂らを愚弄する気かね?」
 だがその時だった。ストンと、何処からともなく三人の背後へ着地してくる足音と気配が
した。振り返れば、そこには老紳士風の男──トーテムが杖を握って立っている。
「同じ手は食わんよ。ヘッジの邪魔は、させん」
 デジタル記号の光に包まれ、その人影が幾つもの顔型彫刻が積み重なった姿へと変わる。
トーテムの怪人態だ。
「ああ。だろうな」
 にも拘らず、向き直った仁は、海沙や宙は、まるで動じた素振りがない。
 まるで予めこうなる事が分かっていたような。いや、この動きを待っていたかのような。
「だから、お前はこっちを狙ってくると思った」
「何……?」
 次の瞬間だった。仁が、デュークを操り、その大盾を前面に掲げて突進させる。即ちトー
テムの視界が、一時的にこの盾に遮られることになる。
 織り込み済みか……。半ば反射的にそう身構え、トーテムは正面に手をかざした。相手は
至近距離だが、自分の念動力を使えば、これくらいの塊など容易に吹き飛ばせる。
「──」
 しかしである。彼がそう念動力を放とうとした直後、デュークがぐるりと半身を返して盾
を除けたのだった。代わりに目の前に現れたのは、この至近距離から銃口を向けている宙の
コンシェル、Mr.カノン。
「!? しまっ……!」
 避けようもなかった。引き金がひかれ、トーテムの腹に渾身の一発が撃ち込まれる。衝撃
を受けて、大きく仰け反りそうになった。
 ……だがおかしい。まるでダメージを感じない。
 実際にして僅か数秒の攻防。トーテムはぐっとふらついた足を踏ん張り、慌てて自身の身
体を、下半身を見た。
 そこにぶちまけられ、纏わり付いていたのは、足元のコンクリート床と一体化するように
垂れた大量の粘着質……。
「これは……?」
「粘着弾だよ。睦月のスパイダー・コンシェルをコピーした、捕縛用のな」
 仁のニヤリと作った笑み。そこでトーテムはようやく、事の重大さに気付いたのだった。
 腹から下を中心に盛大に浴びたねばねばは、彼の分離・浮遊する身体をまるで接着剤のよ
うに絡み付けている。
 トーテムは思わず顔を顰めた。嵌められた。始めからこの者達は自分と戦うつもりはなか
ったのだ。引き付けはしたものの、それはあくまでフェイク。本当の目的は、自分をこの場
から逃がさないため……。
「──っ! ヘッジ!」
 まさか。トーテムは刹那、頭の中で弾き出された答えに戦慄し、原っぱの方に振り返る。

「──がっ、はっ……?!」
 怪人態に変身する直前、ヘッジホックは刺されていた。突如として四方八方から現れ、襲
い掛かってきた國子達によって、一斉に刃を突き立てられていたのだ。
 睦月の目の前で、ヘッジホック──灰色フードの青年の姿をした人間態は、バチバチッと
デジタル記号の奔流を漏らしながら痙攣していた。
 何も睦月は、策もなくこの原っぱで一人寝ていた訳ではない。ずっと彼の周りには、朧丸
のステルス能力や、カメレオン・コンシェルの能力を搭載した隊士達のコンシェルが身を潜
めて控えていたのだ。彼が睦月を見つけ、姿を現すその瞬間を。
「お、のれ……。おのれぇ……!!」
 人間で言えば血であろうデジタル記号の粒子を、その無数の傷口から噴き出させながら、
ヘッジホックは叫んだ。身体を左右に捩りながら両腕を振るい、國子ら奇襲部隊を払い除け
ようとする。
「卑怯者め……。それでも人間かぁ!!」
 正面に立つ睦月が、きゅっと静かに唇を結んでいる。だが通信越しの皆人は、そんな彼の
叫びにもあくまで非情だった。
『誰もサシでお前とやるとは言っていない筈だがな……。今だ、睦月。やれ!』
 インカム越しの指示、目の前で進む作戦に、睦月は黙したままEXリアナイザの後部から
ホログラム画面を呼び出し、纏うべきサポートコンシェルを選択した。カテゴリは金属系、
シルバー。防御力に特化したコンシェル達だ。
『TRACE』『READY』
『COMPOSE THE IRON』
 銃口から放たれ、降って来た光球から現れたのは、普段の白亜ではなく濃い鈍色で統一さ
れたパワードスーツ姿。重量を伴うのか、その踏み締める歩みはズシンとやや重い。
「いい加減にっ、しろォ!!」
 直後、怒りに任せて本来の姿、金属質なハリネズミの異形となったヘッジホックが、無数
の棘を生やして國子達を弾き飛ばした。キッと振り返り、こちらを見据えるや否や、両拳に
同じく棘付きの拳鍔(ダスター)を装備し、襲い掛かってくる。
「守護騎士(ヴァンガード)ぉぉぉ!!」
「っ……!」
 初撃の一発。だがヘッジホックからのそれは、防御に特化させた睦月の腕を貫くことはな
かった。ギィン! と高い金属音を響かせながら、互いの表情は、その面貌の下は必死その
ものになっている。
『ARMS』
『HARD THE DIAMOND』
 身体を手前に捻ってこの攻撃を受け流しながら、睦月は続いてEXリアナイザからホログ
ラム画面を操作した。宝石のように半透明な、硬い鎚(ハンマー)をお返しとばかりに思い
っ切りその土手っ腹に叩き込む。
 鈍く、しかしつんざくような衝撃音が、辺りに鳴り響いた。鋭く堅固な棘に覆われたヘッ
ジホックの装甲が、その攻撃の硬さに押し負けて大きく部分的にへしゃげ折れる。
 ぐあっ……?! 想定外の威力だったのだろう。ヘッジホックは一度大きく仰け反った。
しかし彼も睦月達の取ってきた作戦に怒り、闘争心を刺激されているのか、すぐに反撃に移
ってくる。
 全身が棘の武器であるという利点を活かし、続けざまに怒涛の攻撃を打つ。その度に睦月
の鎚は、硬い装甲はこの貫通力を凌ぎ切り、打ち返した。三発、四発、五発。殴打の応酬は
互いに一歩も譲らず続き、全体で見れば睦月が少し押しているようにも見えた。
「ぬううッ!!」
 だが戦況が変わったのは、ヘッジホックが一旦大きく距離を取り直した直後である。正面
からの打ち合いでは、硬さという強さでは劣勢だと感じた彼が、今度はその全身の棘を次々
に射出するという戦法を採り始めたのだった。
「ぐっ……!? うおおおおっ!!」
 防御力を高める為に重量が増し、機動力を犠牲にしていたことが、ここに来て裏目に出始
めた。ヘッジホックから放たれる棘の弾の雨霰に、睦月は満足に避けられず一方的に攻撃を
受けてしまう。
『睦月!』
「やべえぞ。押し返され始めた……」
 おおおおおッ!! それでもヘッジホックの追撃は止まない。遠距離からの攻撃が有効だ
と見抜いた彼は、続いてこの出来た隙を見計らって睦月の懐に飛び込み、その拳をワンツー
と打ち込んだ。よろめき、しかし反撃しようとするが、もうスピード勝負に持ち込まれた戦
いの主導権はヘッジホックに握られている。大振りの鎚(ハンマー)を大きく飛び退いてか
わされ、再び遠距離から棘乱射が襲う。
「……許さない。バイオを殺しただけでなく、僕との戦いも侮辱して……!」
 遠近を交互に入れ替えながらの、激しい攻め。
 ヘッジホックは目まぐるしく動き回って攻撃を加えながら、そう憎々しげに睦月へ向かっ
て叫んでいた。パワードスーツの面貌の下で、睦月はダメージに耐えながら意識の端でその
言葉を聞いている。
 気のせいだろうか? ヘッジホックのパワーとスピードが、段々と上がってゆくように感
じられた。司令室(コンソール)側でも、異変を感じ取った皆人が職員達に彼の分析を急が
せている。一体何が……? 想定外の出来事だった。だが少なくとも、このままでは睦月が
危ない。それだけは分かる。
「っ、くうッ!」
『LION』『TIGER』『CHEETAH』
『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』
『TRACE』
『ACTIVATED』
 当の睦月も、このまま防御主体では拙いと踏んだのか、纏う装甲を交換した。
 赤の強化換装。ケルベロスフォーム。素早さと近接格闘に対応する為には、この形態しか
思い付かない。
 うおおおおおおおッ!! 弾け飛ぶ炎の中から跳び出し、睦月はヘッジホックと目にも留
まらぬ乱打の撃ち合いに突入した。棘付きの拳鍔(ダスター)と炎を纏った鉤爪手甲。両者
の拳が、何度も激しくぶつかり合う。
「どうして……どうしてなんだ? 何で“蝕卓(ファミリー)”からの刺客になんてなった
んだ? 本当なのか? 奴らの言う事を聞いたって、いいように利用されるだけ──」
「五月蝿い! お前が言うか!? バイオを……僕達のリーダーを殺しておいて!」
 睦月は、出来れば止めようとしていた。ミラージュのように、蝕卓(ファミリー)に関わ
ってしまえばろくな末路がない。ただでさえその存在理由もはっきりとしないまま生み出さ
れ、身に宿るプログラムのままに凶行に走ってゆく彼らを、もし話が通じるのならば止めさ
せたいと思った。まだ自分に、自分一人に害が向いている内に、止めなければならないと思
った。
 だがこの目の前の、ヘッジホックは、聞く耳を持たなかったようだ。やはりと言うべきか
自分達を率いていたと思しきバイオを斃された恨みを抱き、自分に剥き出しの敵意を向けて
襲い掛かって来ている。
「バイオは……バイオは、僕達の自由を勝ち取ろうとした。仲間を救おうとした」
 そして昂る感情は、彼の内心をも惜しげもなく吐き出させたのだろう。相手がその憎き仇
敵であることも手伝って、攻撃の速度と威力に比例してゆく。
「負けは負けだ。でも僕は、だからこそ、あいつの遺志を受け継ぐと決めたんだ!」
 中空から全身を捻りつつの、棘の乱射。その後の重力に任せての一撃。
 睦月は大きく押されながらズザザッと後退った。地面を抉り、ケルベロスの炎が負けじと
辺りに渦巻く。
「約束したんだ……。お前を倒せば、僕達は自由になれる!」
「えっ?」
 故に、その一瞬の硬直が致命的で。
 がら空きになった両腕の隙間を、返すヘッジホックのもう片方の拳が突き進んだ。ぐんと
抉るように叩き込まれたそれは、睦月の身体を大きく後方へと吹き飛ばす。
『睦月!』
「むー君!」「睦月ぃ!」
 インカム越しや遠巻きから、仲間達の声が聞こえる。怒声に近いような、叱咤するような
声にも聞こえた。
「……」
 だが当の睦月本人は、動けない。枯れ草の地面に転がり込み、よろよろと身体を起こしな
がらも、迫って来るヘッジホックの姿と先程の言葉に、大きく肩で息をする。ぐらぐらと、
瞳を揺らして固まる。

「ええッ、旦那の相棒さんが!?」
「しーっ! 声が大きい!」
 時を前後して、飛鳥崎市中のとある雑居ビル。
 かつて自身が捕まえ、今は出所して探偵業を営む元詐欺師・杉浦の下を、筧は再び訪ねて
いた。深刻な表情(かお)をして何事かと訊いたその事情に驚き、思わず声を上げた彼の口
を、筧は慌てて眉を顰めて塞ぐ。
 街を行き交う一般市民に訊ね歩いても、有力な情報は得られなかった。
 となると、あの血文字を見つけた場所から考えても、由良はもっと秘密裏に──それも街
の裏側をよく知っている者によって連れ去られてしまった可能性が高い。蛇の道は蛇、とは
よく言ったものだが、ここはもう背に腹は代えられぬと彼の事務所の扉を叩いたのだった。
「……由良さん、でしたっけ。その方、何か狙われるようなことしてたんスかね?」
「多分な。俺達は職業柄、その手に奴らに恨みを買うことなんざしょっちゅうだし、何より
あいつは少し前から、俺と手分けしてとあるヤマを追ってた」
 ようやく解放されてぽりぽりと頬を掻き、杉浦は言った。その問いに筧は今更だなと言わ
んばかりに小さく息を吐いたが、さりとて自分にも心当たりがない訳ではない。
「ヤマ……。以前こっちに頼んできた、瀬古勇の件ですかい?」
「ああ。厳密に言うと瀬古本人というか、その後ろだな。玄武台(ブダイ)襲撃の後から今
まで、あいつが身を隠し続けられてる理由ってのを、俺達は追ってたんだ」
 ちらっと横目にこの自称・私立探偵を見遣りつつ、筧は言う。大よそ向こうの訊ねてくる
内容は当たっているが、何も当局(こちら)側の一から十までを教えてやる義理はない。
「どうもあいつは、自分なりに何か掴んでたらしい。大方確証が取れてなかったのか、俺に
頼りっきりなのを脱したかったのか、結局話してはくれなかったがな。今思えば、あの晩、
無理にでも聞き出しときゃあよかった」
「……」
 曰く、何か自分以上に危険な敵に、首を突っ込んだのかもしれない。杉浦がぱちくりと目
を瞬いて見てきているにも拘らず、筧はそう何処かあさっての方向を見て呟いていた。それ
はきっと、間違いなく彼を救えなかった後悔なのだろう。
「相棒さんが消えたのは、その晩の?」
「ああ。俺と一緒に飲んだ後になる筈だ。それから翌朝までの間に、あいつは忽然と姿を消
しちまった。飲み屋からあいつの家までのルートに、一ヶ所血痕が残ってたから、ほぼ間違
いねえだろう」
 ふむ……。杉浦は口元に手を当ててじっと考え込んでいた。尤も普段から三枚目のキャラ
である彼がそんなポーズを取っても、いまいち締まらないというのが正直な印象だったが。
「もしかして、前に言ってた、内部からの妨害って奴ですかねえ?」
「かもしれんな。もし原因が瀬古絡みなら、署で由良の扱いが後回しになっている理由も、
一応説明はつく」
「そうっスか。でもだとすると、もう兄(あん)ちゃんは……」
「……」
 昼間、あの冴島という男が吐いた情報が蘇る。
 署内には奴ら側の内通者がいるとのことだったが、同時に奴らの敵側も、同じように息の
掛かった者を忍び込ませている可能性があるという。
 真っ正直に信じると、面と向かって言うつもりはなかった。だがもし本当に“敵”が当局
内に潜んでいるのなら、これ以上組織の人間として由良の行方を捜すのは限界なのかもしれ
ない。だからこそ思い切って、外部の人間である彼に頼むことにしたのだ。
 この飛鳥崎に潜む悪。水面下で散発する不可解事件の正体。由良を襲った犯人。
 もしそれらが全て、奴らの言う越境種(アウター)と呼ばれる化け物に繋がっているのだ
としたら──。
「頼む。協力してくれ。せめて、あいつの安否だけでも俺はこの目で確かめたいんだ」
 小さく、筧はそう杉浦に向かって頭を下げた。それは切実な願いで、いち上司としての責
任でもあった。
「……断れる訳ないじゃないッスか。協力しますよ。他でもない、兵(ひょう)さんの頼み
ですからね」
 頭を下げ気味にしたまま、筧は「……すまん」と小さく呟いていた。
「──」
 ニコニコ。快く引き受けたように見える杉浦。
 だが次の瞬間その表情に、音もなく不気味な気配が陰が差す。

『ついて来んな。そんな大人数で、面識のない人間を入れる訳にはいかねえんだよ』
 その頃、街の一角に乱立する雑居ビル群を見上げて。
 冴島ら筧監視班は、そう念入りに追い払われた、筧の入って行った方向を見上げてどうし
たものかと途方に暮れていた。用事が済めば出てくるのだろうが、如何せんこのまま逃げら
れてしまう可能性も否定できない。自身がアウターから狙われている点は理解している筈だ
し、本人も会いに行くのは旧知の探偵だとは言っていたが……。
「……本当に、大丈夫なんですかね?」
「一人にしちゃあ拙かったんじゃあ。やっぱり、こっそり尾けてでも……」
「尾けてもバレるだろう? 少なくとも筧さん自身はプロなんだから。それに情報屋といい
この立地といい、正規の協力者とは思えないからね。僕達を連れて行って警戒されてしまっ
ては、お互いに得られる情報(もの)も得られなくなる恐れがある」
 心配だけどね。部下達の不安を宥めるように、冴島は苦笑していた。口ではそう言うが、
彼も筧をこのまま放っておいていいとは思わない。ただこちらが無理を通して、ヘソを曲げ
られてしまっても都合が悪いだけだ。
 どうやら彼は、思った以上に人脈があるらしい。
 今後の事を考えると、改めて彼の交友関係を洗っておいた方が良さそうだ。
『──ッ!?』
 だが、異変はそんな時に起こったのだ。次の瞬間、冴島達の肌感覚に、調律リアナイザの
ホログラム画面に一斉に警報(アラーム)の表示が現れる。
「これは……アウターの反応?」
「かなり強力です! 数二、距離、五十メートル!」
 面々の表情が、にわかに緊張を帯びた。ズンと圧し掛かってくるような威圧感に、思わず
顔を引き攣らせて振り返る。
『……』
 怪物達がいた。鎧のようにゴツゴツとした黒サイのアウターに、両肩や身体のあちこちか
らキノコが生えた、深海色のクラゲのアウター。
 冴島達は、リアナイザを握ったまま身構えた。真っ直ぐこちらに歩いて来るこの二体に、
ごくりと息を呑みながら、向かい合わざるを得ずに。

スポンサーサイト



  1. 2018/04/24(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)雑感という名の逃げ道 | ホーム | (企画)週刊三題「先に脱ぐこと」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/984-75e12728
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (194)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (111)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (49)
【企画処】 (472)
週刊三題 (462)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (403)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month