日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔94〕

 旧ワーテル島、黒瘴気のドームの外縁。
 災いの最前線で、ウルら万魔連合(グリモワール)の面々は、彼らが到着するのを待って
いた。ようやく連絡を寄越してきた統務院側の名代──ヒュウガ達討伐軍である。
「やあどうも。お待たせしました」
 正式に許可を取ってからの、地上からここ器界(マルクトゥム)へ。
 しかし対するウルは、降りた飛行艇からこちらへ歩いて来るヒュウガ達の姿を見つつ、寧
ろ眉間の皺を深くしていた。腹の底に抱えた不快感を隠そうともせずに、淡々と応える。
「ああ、まったくだ」
 ただそれだけ。されど皮肉を多分に含んだ一言。
 ヒュウガ達統務院側、討伐軍と、ウル達の間に何とも言えぬ沈黙──緊張感が横たわって
いた。会談の場とした急ごしらえの掘っ立て小屋の下で、両者は暫し睨み合う。
 厄介事を持ち込んできたのはそっちだろうに……。
 尤もそんな本音は、露骨には口にしない。今日は話し合いに来たのだ。統務院側と、この
状況をどう打破するのか? その対策を話し合う為に。
『……すまなかった、首領(ドン)・ラポーネ。まさか島ごと逃げ出すとは予想だにしなか
ったものでな』
「ふん。済んだ事を言っても仕方ないさ。それにあんたらに振り回されるのは、別に今に始
まったことじゃない」
 数拍の様子見の間にも、周りは動いていた。両陣営の技師達は背後で通信機材を準備し、
向こうでは今もウル以下各門閥(ファミリー)の兵達が、少しでも黒瘴気を押さえ込もうと
悪戦苦闘を続けている。
 ホログラム画面の通信越しに、ハウゼンが皆を代表して口を開いた。ウルもそう売り言葉
な風に返すが、実質ただの挨拶のようなものである。
『そう言って貰えると助かる。……では早速だが、我々統務院は、貴公らと正式にこの一件
に関して共同戦線を張りたい。こうなった責任はこちら側にある』
「当然だ。申し出、受け入れよう。特例として彼らの進入を許可する」
 予め磨り合わせていたように。ウルとハウゼン、両陣営の長達は合意を交わした。ファル
ケンやウォルター、ロゼ、ミザリーにセキエイ、リリザベートなど双方の残る四盟主・四魔
長らも通信越しにコクリと頷き、この合意の場に立ち会う。
 それはひとえに、表面上の利害が一致したが故の決着だった。
 万魔連合(グリモワール)側としては、ヘイトらをこちらに落として来たのは彼ら地上の
面々だし、何とかしろ。責任を取れと投げ返すのが筋だ。だがそれでは、軍事的干渉を是認
する格好になる。ことかつての武力衝突を知っている世代からの、独立志向の強い者達から
の反発はどだい避けられないが、その為にもあくまで「こちらが上」という態度を保ち続け
る必要があった。
 一方の統務院側としては、このまま保守同盟(リストン)もといヘイト討伐を地底の者達
に丸投げしたくはなかった。元より自分達が始めた戦争だ、得る筈だった利益はどうなる?
何より万魔連合(グリモワール)と事を荒立てる心算は毛頭なかった。“結社”にヘイト、
加えて彼らと三方面で戦争をするような真似だけは避けたかった。こちらが折れた云々も、
地上向けの報道を絞れば何とでもなる。
「……まったく。あやつも面倒な事を持ち込んでくれたものだ」
「ええ。ですが奴が梃子に用いた魔導具は、魔銀(ミスリル)を主に使っているそうです。
器界(ここ)でしか採れない筈の、ね」
 咥えた葉巻から一度大きく煙を吐きながら、ウルはそう遠回しに当て擦って言った。する
とその場に対するヒュウガも、にっこりと微笑みながらも一つ事実を持ち出して返す。
 一瞬、場の空気が一層緊張したような気がした。だがお互い、それ以上相手に矛を向ける
ことはしない。今はそれ所ではない。
 向こうの、黒瘴気のドームを見上げる。
 まるで生き物のように蠢くそれは、今も尚器界(マルクトゥム)全土に伸ばした触手から
大地のエネルギーを吸い続けていた。
「正義の剣(カリバー)の。あれは一種の変換器のような物なんだろう? 詳しいカラクリ
は分からんが、あれは不自然なエネルギーの塊だ」
「ええ。人や物、呑み込んだものを片っ端から取り込んで力として蓄えているようですね。
ハーケン王子もその犠牲となりました。こちらにも、ある程度情報は伝わっていると思いま
すが」
「ああ……」
 ヒュウガが軍服を揺らし、グレンとライナ、部下達を引き連れて数歩黒瘴気のドームの方
へと近付いて行った。その中心、分厚く阻まれた先を指差して続ける。
「あれを破壊するには、反魔導(アンチスペル)が効果的です。どれだけ巨大であっても、
所詮は変質した魔力(マナ)──瘴気の塊ですから。ヘイトの居る中枢に辿り着く為には、
どちらにしてもこの塊を片っ端から剥がすか、抉り進むかしかないでしょうね」
「なるほどな……言われてみればそうだ。こちらも至急、使える魔導師達を掻き集めるとし
よう。そちらの頭数はどうだ?」
「一個大隊といった所でしょうか。ここまで膨れ上がられると、正直足りませんがね」
 すぐにウルが指示を出し、部下達が動く。通信越しのミザリー達も、同じく魔導師集めに
掛かったようだ。ヒュウガが合図して連れて来た反魔導(アンチスペル)隊を呼び、地上の
時と同様、攻撃態勢を整えさせる。
 撃てーッ!! そして、統務院・万魔連合(グリモワール)両軍共同による突入作戦が始
まった。時間は経てば経つほどこちらに不利になる。随時召集を掛けた魔導師・兵士らを投
入しながら、一行は黒瘴気のドームをこじ開けていった。
 やはりというべきか、想定はしていたが、内部は侵入者を阻むように多層の迷路構造にな
っているようだ。加えて内壁からはボトボトと瘴気を材料にした異形達が止めどなく生み落
とされ、こちらの攻略に抵抗する。部隊は前衛と後衛、攻撃用兵力と風穴を維持・拡張する
反魔導(アンチスペル)隊に分かれざるを得なかった。
「キリがないな……。一度触手を潰して供給を断つか?」
「数が足りません。それよりは先ず、ドームの中心にいるヘイトを討った方が早い」
 うむ……。それぞれの部下達の指揮を執り、ウルとヒュウガが攻略の様子をじっと見つめ
ていた。互いに合流し、兵力と対策を共有したことで破壊効率自体は確実に上がっている。
だが如何せん相手の瘴気塊はじわじわと肥大化することを止めず、徹底して篭城戦の構えを
崩さないようだ。
『首領(ドン)、そっちにうちの戦士達を送った。使ってくれ!』
『魔導師隊、追加だよー』
『こちらも転送を開始したわ。最寄の塔から半刻ほどね。一旦私達は周りの触手を叩いた方
がいいかしら? 余剰兵力になるかどうかは、そっちで判断して?』
 セキエイやリリザベート、ミザリーといった他の四魔長らの下からも、援軍が時間を置い
て到着してくる。彼女の言葉通り、ウルらはその一部を外壁・触手達を断つ方へと振り分け
ることにした。本来が生きている限り時間稼ぎにしかならないが、弱らせればその分、攻略
も進み易くなる。
「……むっ?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。直後、はたっと辺り一面に何かの波長が拡がってゆくの
をウル達は感じた。
 力場だ。
 そう数拍置いて理解し、一同は思わず空を仰いで──。


 Tale-94.失いながら、君は進む

 時は隠れ里での戦いが激しさを増す前後、ジークとジダン、ミッツが期せずしてアルヴの
遠征軍とかち合った後に遡る。
 ニブルでの敗走と説得──告げられた真実にショックを受けた彼ら遠征軍を見送り、三人
は暫し森の中で横並びに佇んでいた。これで大丈夫だろうか? 少なくとも指揮官エルフの
話では、一旦補給の為に退却する最中なのだという。アルヴの里に戻るようだった。
 だがもし、こちらの目撃情報がハザワール氏とやらに伝わってしまえば、ここも安全とは
言えなくなるだろう。ジダンとミッツも、必死に指揮官達を止めようとしてくれたのだが、
にわかには信じられなかったのか、頑なにその要請には応じなかった。
 一緒に戻れば、間違いなく自分達は殺される……。
 結局二人は、最初に話していた通り、引き続きこちらに同行するらしい。
「……参ったな」
 ポリポリと後ろ髪を掻きながら、ジークは思わず静かにごちた。
 予定では先ず、ニブルに転移してから遠征軍を説得し、安全にしてから再びルフグラン号
に戻り、地図にマークした隠れ里へととんぼ返りする筈だった。一応説得自体は、結果的に
成功したようだが、早速順番が狂ってしまっている。
 出発前──転送される直前の揺れとこんな森の中に飛ばされたトラブル。
 少なくとも船に何かあったのは間違いない。だが確かめようにも、自分には連絡手段がな
いのだ。精霊伝令は言わずもがな、携行端末はそれぞれ団長とリュカ姉、アルスの側のリン
さん達ぐらいしか持っていない。
「? どうした?」
「急ぎましょう。いつハザワール氏が、次の追っ手を出してくるか分かりません」
 頭に疑問符を浮かべ、ジダンとミッツは先を促すように歩き始めていた。森の民たる二人
には、大よその方角は見当がついているようだ。
「ああ……」
 少なくとも一度はニブルへ向かう必要があるだろう。ジークは二人について歩き出した。
遠征軍が本当にあのまま撤退してくれるかどうかは分からない。状況を打破する為にも、先
ずはハルトさん達と会って、船の面々と連絡を取って貰う必要があるだろう……。
「おーい!」
 ちょうど、そんな時だった。
 上空、茂る木の葉が隠す森の遙か頭上から、銀細工の龍(アルゲン・アルモル)に乗った
コーダスとセド、サウルにミハエルがこちらに手を振りながら降りて来たのは。

「──ルフグラン号の皆と、ダン君達から話を聞いてね。追撃に出ていたその足でジーク君
を捜すことにしたんだ」
「まさかアルヴ側の関係者と一緒だとは思わなかったけどね。僕達が追い返した彼らとも会
ったと聞いた時は、正直冷や汗を掻いたけれど」
 神樹アゼルと、ハザワールら“結社”の面々の前で。
 突如として割り込むように空間転移してきたジーク達は、彼らや仲間達に問われるがまま
にざっと事の経緯を話していた。サウルが、コーダスがそうめいめいに真面目と苦笑いでも
って一旦言葉を切る。
 はたしてこの巡り合わせは幸運か?
 遠征軍を撤退させることに成功し、向こうにその大義を疑わせることもできた。ジーク達
に掛けられた《呪》も解除できたとなれば……後は、この隠れ里の防衛のみである。
「だから、これがあった事を思い出したんです」
 そしてこれを継いだミハエルが、そっと掌を開いて見せたのは、壊れてしまった古びた指
輪型の魔導具だった。遠征軍との交戦が始まる前、マギリの所持品から回収され、彼が預か
ったまま忘れていた転移系の魔導具だ。粗悪な作りのため、一度使えば壊れてしまうだろう
と見立てたそれを、ジーク達と合流した際に使ったのだ。
 今しかないと思った。一旦ニブルに戻るにも、ルフグラン号から再転移するにも、時間が
掛かってしまう。何より満足に転送できるかも怪しかった。
 ミハエルからの提案に、ジーク達に迷っている暇はなかった。振り落とされないよう互い
に掴まり合って一纏めになり、そのままこちらへと転移して来た。全てはアルヴとニブルの
争いを止めてくれるまでの間、必死で“結社”を止めてくれていた仲間達の為に……。
「……」
「ちっ!」
 ハザワールや神樹に大矛を振り下そうとしていたクライヴ、敵側の四人が少なからず険し
い表情でこちらを見ていた。ことハザワールは、羽織胴着を風に靡かせ、静かな殺気を放っ
ている。
「あ、あぁ……」
「ハザワール氏?!」
 成り行きで一緒にここまで来ることになってしまったジダンとミッツが、その姿を認めて
指差し、顔を引き攣らせていた。疑惑が確信に変わった瞬間だった。ジーク達がそんな二人
を守るように前に出、改めてめいめいに武器を抜いて構える。
「……仕方ないな」
 ふう、と静かに息をつき、ハザワールは言った。ばざりと羽織りを翻し、名乗る。
「改めて自己紹介するとしよう。私の名はティラウド・T(ティリス)・ハザワール。神竜
王朝最後の王、マクラウドの兄だ。今は“楽園(エデン)の眼”を率いる一人でもある」
「神竜……王朝?」
「やっぱりそうか。聞いた事のある姓だと思えば、ど真ん中の王族かよ」
「で、でも。神竜王朝って凄く昔ですよね? いくら何でも……」
「ああ。王朝の成立は今から七千年ほど前。マクラウド帝の時代ということは、少なくとも
四千五百年以上ほど昔の話になる。竜族(ドラグネス)とはいえ、本来ならとうに寿命が来
ている筈だ」
「だが、我らは既に、そんな“常識”が通じない者と相対している。魔人(メア)でもヒト
でもない、第三の存在──」
「……シゼル、ライルフェルド」
 ブルートの言葉にギリッと、ジークは思わず唇を結んだ。
 以前聖都(クロスティア)で自分達を騙し、教団もろとも甚大な被害をもたらしながら、
聖教典(エルヴィレーナ)を奪い合った人物。そんな彼女と、彼は同じだというのか。
「……。ふっ」
 当のハザワール、もといティラウドは明確には答えなかった。だが直後僅かに持ち上げた
口元の弧は、事実上の肯定である。
 再び羽織胴着をはためかせ、彼は轟とオーラを練った。巨大な壁のような高質量の塊が彼
の全身から沸き立ち、その姿形をたちまち見上げるほどの《龍》へと変えさせる。
「彼女と同じ程度とは思わないことだ。……聖都での黒星、挽回させて貰おう」
 はあッ!! 構えた左拳を突き出して叫ぶと、ティラウドの《龍》が大きく吼えて牙を剥
きながらジーク達に襲い掛かってきた。地面をガリガリと削り、巨大なオーラの塊が意思を
持つかのように迫ってくる。
「くっ……!」
 咄嗟にジーク達は、これを左右に散開しながら避けた。銀細工の龍(ドラグーン)で包み
込むように、サウルがジダンとミッツを戦いの間合いから引き離す。
 ジーク達は終始、ティラウドに対して防戦を強いられた。巨大な《龍》のオーラはそれだ
けで強力な破壊力を持ち、加えて彼の操作一つで変幻自在に軌道を変えて襲い掛かる。
 ハロルドにミハエル、クレアを庇ったシフォンなど、仲間達が次々にその強打に吹き飛ば
されていった。紅梅と蒼桜の《爆》でも、激しい火花と圧力で、受け流すことすらままなら
ない。イセルナが蒼鎧態になり、再び氷霊剣(ハクア)をギリッと握り締める。
「凍て付けッ!!」
 蒼い大量の冷気を纏う一閃。迫り来る《龍》は、一瞬にして氷漬けになったかに見えた。
 しかし次の瞬間、このオーラの塊はミシミシッと、自らの勢いのままにこの氷を突き破っ
て来たのである。ジークが咄嗟に、彼女に体当たりするようにして突き飛ばし、入れ替わる
ようにレナが聖教典(エルヴィレーナ)を開く。
「光よ!」
 辺りに溢れた金色の光が、無数の雨のように降り注いだ。それは後方にいるクライヴら、
神樹を切り倒そうとした使徒三人にも及んでこれを慌てて回避させたが、肝心の《龍》本体
は攻撃を受けて弾けるや否や、今度はそのまま幾つにも分裂して再び牙を剥いたのである。
「っ──?!」
「レナ!」
「くっ……。おおおおおッ!!」
 今度はジークも追いつけず、代わりに養父(ちち)であるハロルドが半ば弾かれるように
彼女の前に割って入り、渾身の障壁を張った。だがそんな必死の抵抗も虚しく、複数体にな
った《龍》達はこれを易々と粉砕。二人をもろとも激しい衝撃と土埃のままに吹き飛ばして
しまう。
『──』
 その実、瞬く間。
 ティラウドの操る巨大なオーラの《龍》に、ジーク達は完膚なきまでに倒されていた。分
裂していた《龍》を再び一個の巨大なそれに集め直して、ゆっくりとティラウドはオーラを
練ったままこちらへ近付いて来る。
「同じ程度とは思わないことだと言った筈だよ? 彼女は学者だが、私は武人だ。こと戦闘
において、私を甘く見ない方がいい。これでも古参の部類だからね」
 ぐ、あ……。ジーク達は方々に散らばって倒れ、ボロボロになりながらこれを見ていた。
乾いた地面の味が不味い。痛みと土埃で、咽そうになる。
 氷霊剣(ハクア)も聖教典(エルヴィレーナ)も、聖浄器だ。魔人(メア)や魔獣など、
魔に属する者達には大きな効果を発揮するが、この男はその対象ではない。
 一体、何者なんだ……? 地面にうつ伏せて倒れ込み、息を荒げて垂れてくる出血に片目
を瞑ろうとも、答えなど出ない。
「どっ……せいッ!!」
 その間にも、後方ではクライヴ達が神樹を今度こそ切り倒そうと攻勢を強めていた。再生
能力を持つことを踏まえ、先ずは《膨》で巨大化させた大矛を振りかざし、即座にサロメが
焔の魔導を付与、フェルトが《粘》のオーラで切り口を塞ぎながら、抵抗する神樹という化
けの皮を着実に剥いでゆく。
 再生を妨げられた神樹は徐々にその姿を維持できなくなり、その下には、かのアゼルの墓
と思しき石室が露わになった。
「嫌あああああッ!! もう止めて!! もうそれ以上、それ以上壊したら……!!」
「……可笑しなことを言う。他人から奪っておいて、あまつさえこんな所に隠して独り占め
していたんだ。悪いのは君達だよ」
 鍵、いただくよ……? コキッと拳を鳴らし、ティラウドはぐったりと倒れ伏したジーク
達を通り過ぎ、ミシェルの下へ向かおうとした。泣き叫ぶ彼女と、その傍らで彼女を必死で
止めていたテオらが、意を決して武器を構えようとする。「ま、待つんだ……」コーダスや
セド、サウル達が、肩で息をしながら何とかそれぞれの得物を杖に立ち上がろうとする。
「……仕方ねえな」
 だが、その時だった。それまで仰向けだった身体を、一旦項垂れるような格好まで転がし
てから、ぜぇぜぇと息を整えつつ、ジークはぽつりと呟く。
「しんどいから、あんまし連発はしたくなかったんだが……」
 両膝をついた状態から片足ずつ、ゆっくりと立ち上がる。ティラウドやフェルト、仲間達
がこれを見ていた。視線を遣ったり倒れ込んだままこれを見ていた。二刀を地面に転がした
まま、腰から脇差の六華を一本引き抜き、その切っ先を真っ直ぐ前に向けて命じる。
「──否(いな)め、白菊」
 はたして、次の瞬間だった。
 彼を中心に、一同を巻き込むように、白い閃光が辺り一面を覆い隠した。


 一方その頃、光の妖精國(アルヴヘイム)。
 旧迎賓館、室内庭園の一角で、長老達五人が血塗れで倒れているのが発見された。彼らが
戻って来ないことを怪訝に思った他のエルフ兵らによって急ぎ搬送されたが、その時には既
に、全員が事切れた状態だったという。
 里のエルフ達は大いに驚愕し、混乱した。情報はたちまち里中に広まり、エルフ達は自ら
が重んじてきた“秩序”もそこそこに揺れに揺れる。
 一体誰が? 里にまた侵入者が現れたのか?
 もうニブルとの戦争どころではない。トップを一度に失った彼らの指揮系統は、瞬く間に
崩れていった。加えて同館に保護していたジダンとミッツ、更にハザワール氏の姿もいつの
間にか消え失せていたことも、その混乱に拍車を掛けた。
「まさか、あの二人が……?」
「いや、どう考えても無理だろ。長老達にはいつも腕利きの戦士達が付いてた。一端の兵士
じゃあ返り討ちに遭ってる」
「じゃ、じゃあ……。ハザワール氏?」
「ばっ──! 縁起でもないことを言うな!」
 方々から湧いてくるのは憶測ばかり。残された里のエルフ達は、散在する可能性とまだ見
ぬ犯人に怯え、或いはがむしゃらに犯人の捜索に動き回るしかなかったのである。そもそも
里のエルフ達の大半はさして好戦的ではなく、今回の戦いもトップである五長老以下面々に
従うしかないという状況だったのだ。
「……何という事だ」
「とにかく、遠征軍に連絡を──」
 いわゆる繰り上がり式に、その補佐世代のエルフ達がこの緊急事態を収めようとしたが、
その他のエルフ達はここぞとばかりに彼らへ不満をぶつけ出した。曰く戦争まですることは
なかったのだと、戦争を仕掛けようとしなかったら、こんなことになならなかった──これ
までの“平和”だって続いていた筈だと。確かにニブルはかつてこの里、勢力圏から離脱を
したものの、特に害を加えてきた訳ではなかった。なのに……。
「──これは一体、何があったんだ……?」
 そんな混乱の最中である。先日ニブル討伐の為に出撃していた遠征軍が、ふらりとこの里
へと戻って来たのだった。
 里の者達、特に若い世代はこれに驚き、よく帰って来てくれたと酷く安堵した。彼らの帰
還が即ち自体の沈静化に向かう訳ではなかったが、一つ懸案が萎むことが、どれだけ面々の
心理を和らげたことか。
 遠征軍は皆、まるで敗走してきたかのようにボロボロだった。出発前、充分に積み込んで
いた筈の補給物資も殆ど見当たらず、本来なら酷く指弾されていただろう。
 だがてっきり失敗を咎められると思いきや、帰って来てみれば、今度は里自体が別の意味
で騒がしい。指揮官のエルフ以下遠征軍の面々は、一先ず戦支度を脱いで一息をつきながら
この様子のおかしい里の様子を眺めていた。恐る恐る、何があったのかを訊ねてみる。
「殺されたんだよ。長老達が、何者かに」
「……何だって?」
 緊迫と不安の中で、顔見知りの者達から語られた事実。
 その内容に、この指揮官だったエルフは思わず目を見開いた。めいめいに座り、周りで炊
き出しを受けていた今回の部下達も総じて同じような反応だった。
「それは、本当なのか? 何処で? 一体誰に?」
「昔迎賓館だった所だ。ほら、例のレノヴィンが斬った若いのが保護されてたあそこだよ。
そこの中庭で、長老達が死んでた。俺は直接見てはないんだが、酷いもんだったらしい。血
塗れで見つかった時にはもう事切れてたんだってよ。その若いのも、何でかハザワール氏も
いなくなっちまってるし、里の皆はあの二人か、別の侵入者じゃないかって……」
「……」
 里の仲間達の多くは、まだハザワール氏が犯人である可能性を考えてはいないようだ。
 当然だろう。彼らはかつて人々に請われ、神竜王朝を建てた一族──自分達天上に暮らす
者達の憧れだ。歴史に名を残す家名も然る事ながら、畏れられ避けられながら、最後の最後
まで善政を敷き続けたその姿に今も惜しむ声は少なくない。翻せば、天上の古老達が地上の
人間達──開拓に邁進する者達を忌み嫌う理由は、そこから来ている。
 例の二人、ジダンとミッツが犯人とするのも無理があるだろう。実際本人達から全てを聞
かされた自分には分かる。彼ら自身の戦闘能力からしても、それは明らかだ。第一メリット
がない。また後者、別の侵入者がアルヴ側の者で、こちら側の頭を取ることで戦いを止めさ
せようとしたと仮定しても、その実状況が悪化する事くらい、考えれば解るだろう。
 何より……。ハザワール氏が姿を消した、その情報だ。
 もしそれが事実なら、全ての辻褄が合う。逃げ出したジダンとミッツ、そしてレノヴィン
が語っていた、今回の引き金になった一件も全て。ハザワール氏が始めから“結社”と繋が
っていたとしたら。裏で糸を引いていたのだとしたら……。
「……何てことだ」
 この指揮官だったエルフは、愕然と引き攣った表情(かお)でガクリと項垂れた。
 では私達は、本当に──?

「へばってる暇はねぇぞ! じゃんじゃん資材を揚げてきてくれー!」
「うーん、損傷が大きいな。この部分はパーツごと替えた方が良さそうだ……」
 器界(マルクトゥム)北方、とある街を見下ろす丘にて。
 レジーナら技師組は、急ピッチで損傷したルフグラン号の修理を続けていた。どしりと腰
を下ろした船体表面にぐるりと足場を建て、ローラー作戦よろしく張り付くように面々がそ
れぞれの痛み具合を確認、手早く必要な処置を施してゆく。
「右側面A区画、一通り視終わりやした」
「オッケー、ご苦労様。残りもその調子で。あと手が空いたら、内装側に加わるよう伝えて
くれる? 障壁装置(シールド)も大事だけど、転送機構(リンカー)の方も早く調整し直
しておかないと」
「ういッス」
 そんな彼女らの働きぶりを、街での聞き込みから戻って来たダン達南回りチームが眺めて
いた。修理の真っ最中ということで、船内にはまだ入れない。レジーナも進捗報告に来る技
師達にそう指示しながら、その優先順位を内部──トラブルのあった転送装置に向けている
ようだった。先刻の導話で、コーダス達が捜しに行ってくれたとはいえ、このまま設備が使
えないままでは皆の行き来に支障が出ると判断したのだろう。
「悪かったな。大変な時に」
「仕方ないッスよ。元々霊海の中でドンパチやった時に、ダメージは受けてた訳ですし」
「ダンさん達が次の目的地を見つけてくれなかったら、皆もっと心許なかった筈ですよ?」
「……ま、そう言ってくれると助かるんだがよ」
 門外漢とはいえ、技師達の補佐に回っている一部の団員達からもそう言われて。
 屋外に出した丸テーブルと椅子に着き、腰掛けながら、ダン達は何となく手持ち無沙汰に
修理が終わるのを待っていた。自分達も手伝おうかとは申し出たが、こういう時の為に乗り
込んでいるのだと、レジーナやエリウッドはやんわりと断ってきた。間違いなく遠慮という
か、技術者としての自負なのだろうが、それでも実際彼ら技師組だけでは人手が足りなさそ
うなのに何だか申し訳ない。
「まぁまぁ。今は少し休んでてくださいな」
「ダンさん達はダンさん達で、仕事(ききこみ)をして来たんでしょう? 人手が足りなく
なってきたら、また呼びますから」
「……無茶すんなよ? ったく、気を遣い過ぎなんだよ……」
 資材を運ぶとか、そういう単純な力仕事なら多い方がいいだろうに。
 ダンの呟きに、同じく座っているリュカやマルタが苦笑いを零していた。団員達も全員が
全員、技師組の手伝いをしている訳ではないが、動いていないと落ち着かないというのは確
かに感覚が麻痺しているのかもしれないなあと思いはする。
「もっと壁とか、安全な場所に落ち着けてたら、少しは休めてたのかもしれんがなあ」
「それも含めて、だろ? とにかく満足に飛べるくらいには直しとかねぇと」
 茶を口にして一服しつつ、グノーシュが一言。
 そんな眼前の様子をぼうっと見ていたステラが、ふいっと皆に向かって訊ねてきた。
「……ねえ。さっきも言ってたけど、何でヘルゼル達は、あの時私達を追って来なかったん
だろう?」
「ん? ああ、まだ霊海に潜ってた時の」
「確かに。あそこで襲ってきたということは、ボク達を潰そうとしていたってことだから」
「そうだね。そもそも修理を急いでいるのだって、いつ追撃が来るか分からなかったからと
いう理由だった訳だし……」
 ミアがサフレが、場にいた仲間達がそうめいめいに空を見上げる。相変わらず地底の空は
淡い灰を一面に塗りたくったような色をしている。少なくとも改めて見つめる限り、そこか
らヘルゼル達が追って来るといった様子はない。尤もそれとは別に、とんでもないものが降
っては来たが……。
 警戒するに越した事はない。だが実際、奴らは追撃を諦めたようだった。
 だからこそ、自分達は先刻までああやって、街へ聞き込みに出ることもできたのだが。
「……おそらくは、ワーテル島への加勢だろう。ヘイト討伐に統務院だけでなく、“結社”
の軍勢も加わった。力の供給を断つにせよ攻め込むにせよ、頭数が要る」
 するとそう明確な回答(こたえ)を出してきたのは、それまでじっと黙っていたクロムだ
った。テーブルの上で両手を組み、じっと木目の一点を見つめたまま語る。
「なるほど」
「明確な俺達(てき)よりも、裏切り者、か……」
 だがそんなリュカの瞬きする得心の一方で、ダンは小さく舌打ちをしながら呟いていた。
そう言葉にされて、他の仲間達も思わず眉根を寄せる。要するに舐められているのだ。行く
先々でその計画を邪魔し、幾度も戦ってきた自分達よりも、組織を裏切って独自の力をつけ
て暴れ回る、元同胞の始末を優先したのだから。
『……』
 クロムを除く、ダンら場の仲間達。
 その内心にはむくむくと、或る一つの違和感が生まれていた。
 奴らは一体全体“誰”と戦っている──?
「だ、ダンさーん!」
「グノーシュ隊長ー!」
 ちょうど、そんな時だったのだ。難しい表情(かお)をして押し黙ってしまったダン達の
下へ、ルフグラン号の中から数名の団員が慌てた様子で駆けて来たのだった。
「? どうした?」
「はあ、はあ……。あの、映像器見ましたか?」
「? いんや。何だ、また事件でも起きたのか?」
「ええ。今さっき、速報が流れたんですけど……」
「わ、ワーテル島が……消えました」


 力場が拡がってゆくのに従って、ほぼ同時。ウルやヒュウガ、万魔連合(グリモワール)
と正義の剣(カリバー)もとい討伐軍連合の面々は、突如として辺りを包んだ光に呑み込ま
れた。
「──っ」
 思わず手で庇を作り、身を守ったヒュウガ達。
 だが次の瞬間、おずっとその手を解いた目の前に広がっていた光景は、それまでのものと
は明らかに変わっていたのである。
 辺りを取り囲む黒瘴気のドームはそのままだが、その内装とでも言うべき姿形は、殺風景
な石廊群へと変わっていた。
 ウルやヒュウガ、グレン、ライナ兄妹も思わず目を見開いている。
 この風景には……見覚えがある。
 間違いなかった。二年前、大都消失事件の時と同じ、使徒リュウゼンが使っていた、あの
強力な空間結界の内部そのものだった。
「……何てこった」
 確か天地創造といったか。十中八九、先に突入して行った“結社”達の仕業だろう。
 その表情自体には相変わらず飄々とした微笑を貼り付けながらも、ヒュウガは片掌で顔を
覆いながら、小さく呟いていた。ボトボトと、黒瘴気の壁から滴って生まれ、襲い掛かって
くる異形達を、グレンやライナが大剣の爆破や鉄骨の一撃で粉砕している。
「ヒュウ兄。これってアレよね? また巻き込まれたんじゃない?」
「どうせなら、このグチュグチュも切り取って欲しかったがなあ」
「た、大変だ……。おい、外との連絡は……?」
「だっ、駄目です! 通じません!」
「っ、やはりか。拙い、分断されたぞ!」
「ここに居る部隊の確認を急げ! 可能ならば他方面の者達と合流する!」
 場に居合わせ、巻き込まれた各門閥(ファミリー)の指揮官達が、慌てて部下らに現状の
把握を命じる。黒瘴気の壁だけでなく、新たに空間そのものを石廊群で造り替えられ、分断
されてしまったのだ。おそらくこちらへのそれは、結社(かれら)の意図した所ではないの
だろうが、不測の事態であることには変わりない。
「これで文字通り、後には退けなくなったか」
「ええ。此処を出るにはヘイトと、或いは“結社”達両方を倒すしかないでしょうね」
 ウルがふむ、と口元に手を当てて呟き、ヒュウガも長剣を一閃させて側面から飛び掛って
くる異形を斬り捨てながら、じっと冷静にこの二度目の迷宮を見上げている。
 こちらに残った部下達の多くが、突然の事に混乱しているようだ。おそらくは投入してい
た他の部隊の面々も、この結界内の何処かへ押し遣られている。このまま一刻も早く中枢に
いるであろうヘイトを討ちに行くか、それとも彼らの捜索と合流を優先するか……。
 どちらにしろ、今回彼は──ジーク・レノヴィンはいない。
「だが、これは策としては正解だろうな」
 すると、ついっと見上げていた視線をこちらに戻し、ウルが言う。
 それはすぐ横にいたヒュウガに対してというよりは、この場に押し遣られて混乱している
部下達全員に向けた言葉であるようだった。
「これが二年前と同じ結界であるのなら、今ワーテル島は外部と丸々隔離されていることに
なる。よく視てみろ。力の供給が止まっているだろう? 十中八九、結社(やつら)の狙い
はそれだろうて。無尽蔵に膨れ上がるヘイトのそれを断ち、一気に叩くつもりだ」
 各門閥(ファミリー)の指揮官達が、場の戦士達がじっと心なし目を見開いて彼の言葉に
聞き入っていた。しんと混乱が、ざわめきが治まったようだ。
 よく観てみれば、確かに黒瘴気の蠢きが少し弱くなっているような気がする。相変わらず
ボトボトと生まれ落ちてくる異形達も、気付けば最初の頃より動きが鈍っているように感じ
られた。
 つまりこのまま時間さえ経てば、ヘイトの化けの皮も、文字通りごっそり剥がれてゆくと
考えられる。結社(やつら)に手柄を取られるのは癪だが、少なくともこれで外側の被害は
大きく抑えられる筈だ。
「……うーん。そうなると、ますます解んねぇなあ」
 だがガシガシと、グレンが自身の髪を掻き乱しながら呟く。
「結社(あいつら)は本当に、人助けを……?」
 半ば縋るような、困惑したように遣られた横目だった。
 ヒュウガやライナ、ウルに、場の面々。
 故に彼らは皆一様に、渋い表情(かお)をして押し黙ってしまう。

 ゆっくりと仲間達が、ティラウド達が目を開いた時、そこに立っていたジークは今までと
は明らかに違う姿へと変貌していた。
 首元に巻かれた白いマフラーのような衣、前髪に侵食する白いメッシュと、脇差を握った
左腕を覆って一体化する、白く半透明な結晶の籠手。
 六華の一つ、白菊の解放形態だった。見た目は辛うじてジークなのに、白に変わったその
瞳からは、全く別人のような気だるさを感じさせる。
「これは……」
 何より、辺り一帯に起きていたのは、変化。
 掻き消されていたのだ。ティラウドの《龍》やクライヴ、フェルトが武器や指先に纏わせ
ていたオーラ、イセルナの精霊融合に氷霊剣(ハクア)、聖教典(エルヴィレーナ)。それ
ら力の全てが、まるで固く栓をされたかのように湧いて来ないのだ。
 大量の粒子となって消えてゆく自身の《龍》に、ティラウドは静かに目を見張っていた。
イセルナら仲間達も、自らに起きた変化にそれぞれ戸惑い、ジークのその姿と何度も視線を
往復させている。
「まさか、反魔導(アンチスペル)……?」
「ああ。こいつのは癖が強くてな。敵味方関係なく封じ込めちまう」
 ちらっとこちらに視線を寄越しさえせず、ジークは言った。一歩二歩、状況を理解して構
えようとするティラウドに向かって進み──瞬間、消え失せるように地面を蹴る。
「っ!?」
 反射的に防御したその腕に、白菊の刃がめり込んだ。ギチギチと激しく押し合い圧し合い
を始めながら、ジークは彼を押さえ込むように組み付きつつ叫ぶ。
「早く聖浄器を! 奴らに渡したくはねぇんだろ!?」
 ハッと弾かれて、ミシェルやテオが走り出した。彼の意図を理解して、直後急いで起き上
がり、もう一度得物を構えたイセルナ達に援護され、彼女ら残された“守人”達は今まさに
切り倒されようとしていた神樹の下へと向かう。
「させるかよ!」
 そんな彼女達に、向き直ったクライヴら使徒三人が立ちはだかる。
 だが白菊が放った広範囲の反魔導(アンチスペル)の力場は、彼らのオーラも例外なく奪
っていた。大矛を巨大化させることもできない、粘性のオーラを操ることも、攻撃の魔導を
撃つことさえできない。今彼らは、敵味方関係なく、その身体能力のみで戦うことを余儀な
くされている。
「ぐうっ……!」
 ティラウドが、ジークの刃をもろに受け止めざるを得なかったのもそのためだ。深く食い
込んだ白い脇差の刃は、その防御した腕を切り落とさんが勢いで震えている。ビュク、ビュ
クッと、その振動の度に彼の血が噴き出している。
「皆、ミシェルさん達を守って! 人数で押さえ込むわよ!」
 了解! イセルナ以下仲間達は、クライヴとフェルト、そしてサロメを二人一組になって
押さえ込もうとした。大矛を盾にクライヴはイセルナとブルート、フェルトは投剣を振るっ
て抵抗する前にハロルドとリカルドに。老人であるサロメは、そのまま「えいっ!」とレナ
やクレア、シフォンに押し倒されながら。
「は、離せ!」
「ちっ! 畜生ォ! もうちょっとで……!」
 そして次の瞬間だった。そんな魔導や錬氣を封じられた中で、唯一の例外であるオズが、
その機械の剛腕を振り下ろしたのだ。仲間達が寸前に飛び退き、すれ違う目で合図し、彼ら
三人にこの物理的一撃が叩き込まれる。
「がぁッ──?!」
 そんな使徒と、イセルナ達の援護の横を抜け、ミシェルらは神樹から掘り起こされかけて
いた“弓姫”アゼルの墓、石室の中へと飛び込んだ。正面の扉には緻密なレリーフが彫り込
まれており、その中央には小さな丸いくぼみ──彼女が持っている宝珠と同じくらいの大き
さの空間が空いていた。そこへ向かうように少し上へ、枝葉を思わせる溝が走っている。
「……」
 長い歳月の間、自分達が守ってきたそんな封印を前にし、一瞬ミシェルは哀しそうに眉を
顰めた。だが悠長にしてはいられない。すぐに彼女は首から下げていた宝珠を、志士の鍵を
このくぼみに嵌め、次いで手持ちのナイフで自身の指先から垂らした血をこの溝へと染み込
ませる。
(……ごめんなさい。ご先祖様)
 はたして封印は開かれた。石室の奥には棺を見守るように安置された、木製と思しき長弓
が飾られている。
「今だ、シフォン! 使え!」
 そして、自らの身体を張ってティラウドを押さえていたジークに叫びに、シフォンが弾か
れるように走り出す。
 斃されたオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)の残骸の山を跳び越えながら、石室か
らこちらを見上げるミシェル達と合流する。同時にジークがティラウドの腕に食い込ませて
いた刃を抜きながら飛び退き、周囲に展開していた反魔導(アンチスペル)の力場と白菊の
完全解放を解除する。
「──っ!」
 シフォンがこの木製弓を手に取り、自身の矢を番えながら構えた。再び身体に戻ってきた
オーラを全力で練り込み、彼の周囲に翠色の光が溢れ出す。
 深緑弓エバーグリス。
 かつて十二聖の一人“弓姫”アゼルが使っていた聖浄器だ。
 狙いを向けるは、オズに殴りつけられ血を吐き出していたクライヴ達と、その射線の先で
片腕を押さえているティラウド。番えた矢が、翠色のオーラに包まれながら瞬く間に植物の
蔓に巻きつかれ、強化された状態で放たれる。
 クライヴ達を通り越し、矢は真っ直ぐにティラウドの下へ飛んだ。それを見て彼は眉間に
皺を寄せて一旦かわすように跳び、体内に戻ってきたオーラを練って再び《龍》をその場に
作り上げる。
「!?」
 だが、その次の瞬間だった。彼にこそ当たらなかったものの、放たれた矢はそのすぐ目の
前の地面に着弾し、猛烈な速さでそこから大量の樹木を生やし始めたのだ。
 他でもない。これこそが深緑弓(エバーグリス)の能力。大地に作用し、その成長を爆発
的に促して操る力。
 中空にいたティラウドは、このまるで無数の触手のような樹木の乱舞に、一方的に呑まれ
る他なかった。果敢にも《龍》がこれを食い破らんと襲い掛かるが、その広がり続ける巨大
さは彼のそれをも瞬く間に凌駕する。更にそうして引き千切られても、すぐさま再生する。
 神樹を守っていた、深緑弓(エバーグリス)自身の能力だ。それが今度は、明確な害意を
持ったままティラウド達に襲い掛かる。
「ぐわっ!? な、何じゃこりゃあ!?」
「神樹の比じゃない……。呑まれる……ッ!」
「くう、小癪な! 木の一本や二本、燃やし──がはっ?!」
 はたしてそれは、眠りを妨げられた深緑弓(エバーグリス)の怒りだったのだろうか。
 辺り一面に拡がってゆく樹木の乱舞に、クライヴ達もまた巻き込まれていた。彼らもこの
反撃に息を巻いて立ち向かおうとするが、相手は聖浄器。魔人(メア)である彼らにとって
その攻撃は一つ一つが大ダメージになりうる。加えて防御の満足でない状態から、先程オズ
に食らった分もあって、思うように身体が言う事を聞いてくれない面もある。
「……すげえ」
 イセルナ以下仲間達は、そんな一部始終を唖然とした様子で見つめていた。リカルドがそ
うぼそっと、感嘆や興奮の混じった声で呟く。
「……してやられたな」
 ティラウドが、自身の《龍》とオーラを纏った徒手拳闘で樹木の触手を切り払いながら、
険しい表情でごちている。
 ジークに深く斬られた片腕が、メキメキと音を立てて治り始めていた。その頭上を、盛り
上がるように、樹木の触手が渦巻いて出来た足場に乗ったシフォンが見下ろす。
 シフォンは再び矢を番え、両頬に侵食と思しき血管を幾つも浮き立たせながらも、これを
討とうとしていた。ジークやイセルナ達も、それぞれの得物や聖浄器を手に駆けつけ、彼ら
を追い詰めようとしている。
「やれやれ」
 するとティラウドは、大きくため息をついた。羽織胴着はすっかりあちこちが破けてしま
っていたが、その静かな佇まいは、最初の時とさほど変わってはいない。
「シゼルの時もそうだった。そうやって、お前達はどこまでも足掻く──」
『……』
 嘆息。だがジーク達は聞く耳を持たずといった様子で、じりじりっとその間合いを詰めて
いく。今更何だ。隠れ里を、彼女達の心を、こんなにも弄んでおいて……。
「サロメ、クライヴ、フェルト!」
 彼の呼び掛けに、半ばボロボロになっていたクライヴ達はハッと顔を上げる。上げて、こ
んな目に自分達を遭わせた、ジーク達を鬼の形相で睨み付ける。
「一旦退こう。目的の物が奪われてしまった。このままでは、こんな森の中では、彼らに地
の利がある」
 えっ? 信じられないという風に目を見開くクライヴ達。
 しかし実際、彼の言うように周囲を深い森に囲まれている隠れ里一帯が、既にゴゴゴゴと
蠢き始めていた。深緑弓(エバーグリス)の力だ。ただ矢から放たれた植物の素だけでは足
りないと言わんばかりに、今度は周囲の木々さえも操ろうとしている。
 クライヴ達は──特に自らの色装を破られたサロメと、闘争心を燃やし続けるクライヴの
二人は言葉にならない怒りを抱えていた。フェルトがじっと押し黙って二人に横目を遣る。
それでもティラウドには、自分達よりも上位の存在の命令には、逆らえない。
「とりあえず、預けておくよ。だがいずれ解る。君達のやっている事は間違っていると」
 そうして彼らは、次の瞬間バチバチッと黒い靄と奔流に包まれ、姿を消した。逃げるよう
に空間転移してしまったのである。
『……』
 暫くの間、ジーク達はその場に立ち尽くした。ミシェルら、辛うじて生き残った“守人”
達も同じく、誰も動けないでいる。
 何とか……守り切った?
 だが目の前にはもう、敵味方双方の大量の亡骸や、切り倒され捻じれ尽くした無数の木々
が散らばっていた。見るも乱雑で、無惨な光景が広がっていた──。


 深緑弓(エバーグリス)防衛から数日。ジーク達が、魔導師系の団員達に急ごしらえの治
療を受けていた間に、エルフ界隈の情勢は大きく変わっていた。
 光の妖精國(アルヴヘイム)にて、長老達が殺害されたのである。
 ようやく里に戻る事ができたジダンとミッツ、そして彼らを取り巻く現状により、犯行は
行方を眩ませたままのティラウド──“結社”によるものだと判明。全ては仕組まれていた
のだと彼らは知り、アルヴとニブルの間で繰り広げれていた戦争は終結をみた。当時の判断
を下したトップが文字通りいなくなった以上、もう大義も何もない。理由としていたジダン
とミッツの当人達すら、そんな事は望んではいなかったのだから。
 この一件によってアルヴ──古界(パンゲア)中のエルフ達は混乱したが、それでも亡き
長老達の葬儀はとり急いで行われた。ハルトやイセルナ、コーダス達がニブル側の代表とし
て弔問に訪れたのだが、臨時の長老となった繰り上がりの元幹部達の態度は、総じて冷たい
ものだった。
『……お前達か。よく顔を出せたものだな』
『礼は言わんぞ? 用が済んだら、さっさと帰れ』
 まだ里の中が混乱し、気持ちの整理がついていなかったのも大きいのだろう。彼らはその
殆どがムスッとした表情でこちらを横目に睨み、そう静かに吐き捨てた。
 ハルト達は、何も言えなかった。失ったものの多さと大きさは、嫌でも目に付く。
 一連の事件はようやく“解決”をみた。しかしその実、もたらされたものは片方の壊滅と
いう結果でしかない。相容れぬ者同士は、結局どちらかが消えて無くなるまで争い、憎み続
けるしかないのだろうか……。

「随分と遅かったじゃない」
 一方その頃、ジークとレナ、シフォンとクレアは“守人”達の隠れ里を訪れていた。今や
半壊して無惨な姿になった神樹の前に、無数の簡易な墓標が並んでいる。
 その前に、一人ミシェルが屈み込んでいた。じっと静かに祈りながら、背後からやって来
たジーク達の足音にそう感情の褪せた声を向ける。
「あん時、皆ボロボロにやられてただろ? クランの船(アジト)で、ここ何日か治療漬け
だったんだよ。団長やハルトさん達はアルヴだ。向こうの葬式に出てる」
「……そう」
 俺の場合は、緑柳と白菊の解放を使った分、消耗もあったしな──。
 だがジークはそんな突っ込んだ事情は話さない。目の前の彼女達の有り様を目の当たりに
して、口にする事さえもできなかった。
 ちらりとやや距離を置いたまま、ざっとこの里と広場一帯を見渡してみる。
 戦いの爪痕は今も殆ど変わらずに残っている。森はぐちゃぐちゃになり、破壊された家屋
もほぼ手付かずだ。それでも先日より片付いたと思えるのは、ここに転がっていた“守人”
達の亡骸が弔われたからだろう。
「……他の皆さんは?」
「片付け中よ。何せやることが多過ぎるもの。それに多分、私に気を遣ってくれているんで
しょうね。テオ達だって同じでしょうに」
『……』
 レナの恐る恐るといった問いに、ミシェルはそうフッと哂った。哀しい横顔だった。訊い
ておいて居た堪れず、彼女がぎゅっとこちらの袖を握っている。ジークはそんな傍らの彼女
をそのままにしてあげていた。……涙が出る内はいい。それだけお前は、優しいんだと。
 ジーク達はミシェルに、大まかにその後の経過を訊いた。途中で集落跡の向こうから、ち
らっとテオら生き残った“守人”達が顔を覗かせ、小さく会釈していた。彼らを含め、今回
の襲撃で生き延びた者はごく僅かだ。直接襲撃に遭った者の中には、五体満足では済まなか
った者も多い。
 先日やっと、亡くなった同胞達の弔いが一通り終わった所なのだという。
 事実上の隠れ里壊滅。ミシェルは直接口にこそしなかったが、目の前に広がる荒涼さは、
そんな彼女の口よりも饒舌であるように感じられる。
「その……。すまなかった」
「謝られたって、誰も帰っては来ないわよ」
 ぴしゃり。思わず口篭りながら漏らしたジークに、ミシェルの言葉は辛辣だった。こちら
に振り返ることもないまま、ずっと背を向け、墓標を見つめながら訥々と呟く。
「まあ、深緑弓(エバーグリス)が悪党の手に渡らずに済んだのは、まだ良かったのかもし
れないけれど」
 突き放すような、まるで他人事のような言い方だった。
 だがジーク達はその厳しい表情を緩めない。シフォンもクレアも、じっと唇を結んだまま
押し黙っている。そんな言い方をする理由が解り過ぎて、下手に慰めることさえできない。
シフォンの背に担がれている木製弓──深緑弓(エバーグリス)が静かに里を過ぎる風を浴
びている。
「……あれからずっと考えてるの。私達は、一体何の為にこの墓を、彼女の弓を護り続けて
きたんだろう? って。お祖父ちゃんは『戦友(とも)の魂を解放してくれる者が現れる、
その日まで』って話してたけど……。こんな結末の為に、同じ妖精族(エルフ)からも見捨
てられて、闘い続けて……。今なら、マギリの言っていたことも分かるような気がする」
「……ミシェル」
「ううっ」
「ミシェルさん……」
 はたしてそれは、後悔だったのか。
 ジーク達はその独白に、何ら建設的な答えを返すことができなかったし、持ち合わせても
いなかった。クレアとレナは既に泣き出しそうになっていたし、シフォンはじっとその言葉
の意味を咀嚼するように、俯き加減に思案顔をしている。
「……そういや、そのマギリ達はどうしたんだ?」
「まだ決めてない。ニブルから連れて帰っては来たけど、今あいつらをどうこうしようって
気持ちが湧いてこないのよ。首を刎ねるの? 裏切り者だから? 一緒じゃない。許せない
のは許せないけど、私達にもっと死ねっていうの?」
「っ──」
 思わずジークが唇を噛む。ミシェルも、段々と感情が昂ってきたようだ。
「帰って」
 ぽつりと、しかし確かに彼女はそう言った。ジークやシフォンは眉間に皺を寄せて、レナ
やクレアはくしゃっと一層泣き出しかけている。
「深緑弓(エバーグリス)は、持って行っていい。元を辿れば、それが全ての元凶だから。
もし同じように持っている所為で狙われている人達がいるのなら、その力で解放してあげて
欲しいの」
「……俺は」
「帰って。暫く……一人にさせて」
 にべもなかった。何とか“弁明”しようとしたジークを、彼女は再び背を向けたままで突
き放した。ギリッと歯を噛み締める。遠巻きにテオ達が、心配そうにこちらの様子を見つめ
ていた。その視線が、彼女のそんな意思を促してくるかのようで、ジーク達は結局、謝罪も
弔いもままならないまま踵を返し、後ろ髪を引かれながらも立ち去るしかない。

「──皆さんは、先日の異変を憶えておられるでしょうか? ここ器界(マルクトゥム)に
地上の島が落ちて来たのは、自然現象でも何でもない、悪意を持った者達の逃走劇でした」
 時を前後して、器界(マルクトゥム)南南東沖。
 マスコミ各社は、自前の飛行艇を飛ばしながら灰色の空を飛び、現在進行形で続いている
その災いを中継していた。旧ワーテル島。膨大な黒瘴気を抱え、同界中に文字通りその食指
を伸ばしていたあの異常な光景を、彼らはこの日も撮ろうとしていた……筈だった。
「ご覧ください。……ありません。あの大きな島の欠片が、忽然と消えています!」
 だが、連日世の人々を騒がせていたその島は、この日突如として消え失せていたのだ。ま
るでごっそりと削ぎ取られたかのように、不自然なまでに巨大な円を描いて記憶の中と眼前
の光景を違えている。
 災いが去った? いやまるで、二年前の大都消失(あのとき)のような……。
 合流したリュウゼンの、ヘイト討伐に乱入した“結社”による再びの計。空中から向けら
れる映像機のレンズと、世界中の映像器を通して伝えられる、異変の次なる段階。

 その得体の知れない不気味さは、人々の不安を刺激するには、充分だった。

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  1. 2018/04/10(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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