日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)言葉のチカラの在りようを

腸風邪になりました\(^o^)/(挨拶)
今日で今年もあと一ヶ月を切りましたね。こんにちは、長月です。
しかしうん。参ったorz 数年来、冬場に腸風邪になることはしばしばあるのですが、今年
も引っ掛かってしまうとは。ちみちみとプロット作りを重ね、そろそろ執筆に移ろうかと
思案していた中での事もあり、結構地味に心身にキてますorz 感覚鈍るだろうなぁ……;
(別に頼まれている訳じゃないですけども)完治次第、創作活動を再開するつもりです。
前回の雑記でも述べましたが、まぁのんびりまったりそう期待せずお付き合い下さればと。
……まぁ、と言いつつしっかり小説ではなく雑記は書いてたりするんですよね;
(※ツイッタでの言及はしましたが、本拠である此処でもお報せすべきだろうと思い)


まぁこれだけでは何なので、腹痛と戦いながら、ここ数日の思案を断片的に。

一応僕が書いている小説は題材的なファンシーさから考えて、おそらくはライトノベルの類
に近いのではないかと思っています(少なくとも一般文藝と誇れる気がしない)
とは言ってみても、自分の文章自体は硬いとの定評(?)がありますけどもね……^p^;

ライトノベル。略してラノベ。
一昔は文字通り若年層が読む為の軽小説というニュアンスが強かったのでしょう。
実際、僕自身も初めて手に取った時は「自分が手にとっていいのかな?」と内心の躊躇いを
否定できなかったほどです(※僕がラノベの存在を知ったのは高校~大学生辺りです)
ですが、昨今ではライトノベルも随分一般に周知されるようになったのかなぁと思います。
レーベル──大方は角川系列になっている現状ですが──も豊富になり、供給されている作
品の数も膨大。月毎に新しい書き手が誕生し、メディアミックスも盛んで。
何もラノベだけに限らないのかもしれませんが、所謂ヲタク的な文化が昔に比べて随分と表
に打って出てきているのかな?と思えますね(とは言ってもリア充との壁は厚いですがorz)

ただ、これらもプラスの面(ヲタク文化の側だからと“隠れ棲む”ことを以前ほどは強いら
れなくなっている? 等々)もあればマイナスの面も出てきていると言わざるを得ないので
しょうか。
謂わば『ラノベの浅薄化』とでも言うべき現状への嘆きが少なからずあること。
いや「ライト」な小説なのだから元々浅い軽いものだろう?という意見もあるでしょう。
ですが──そもそも“ラノベの定義”自体が不毛な議論でもあるため此処で行数を割く事は
しませんが──僕個人は別の浅薄のライト、ではなく若年層・取っ付き易さのライトという
意味でのジャンルだと解釈してします。
ですので、その内容が似たり寄ったりのテンプレ切り貼りだの何だのと質を疑問視し、さも
「昔は良かった」的な論調で蹴してしまうような片付け方は少々乱暴かなと思うのです。
そもそも文章に“正解”などない筈です。
文字量フェチな思索バカ(誰とは言いませんが?)もいれば、もっと手軽に娯楽として楽し
みたいと思う人もいるでしょう。
肝心なのは文面情報の多寡ではなく、如何にその場面の心を文字として描き出せるか。
故に「小説とはかくあるべし」な画一性の強要は、迂遠であっても結局は批判していたもの
と同じようにやはり似たり寄ったりを強いてしまうのではないかと、僕は考えるのです。

とはいえ、現実としてテンプレ化したラノベというものが市場の多くを占めているのは事実
であると思います。実際、一度売れた、受けた「属性」は書き手にも売り手(出版社)にも
少なからぬ利をもたらすのだと思います。なまじ人気作品ともなればそのメディアミックス
による収益は更に膨らむのだと想像できます。
ですが……そこで僕個人、素人ながら一介の物書きとしてこうした『小説=商品=消耗品』
といった構図が大きな顔をする事には少なからず抵抗があります。
勿論、売る側も「商売」なのですから売れるように持っていくのが仕事さと言われてしまえ
ばそれまでなのですが、本当に“それだけ”の価値で小説を──人間の文章を測ってしまう
のは何だか勿体無いというか、もの寂しいというか。
安易な二分化はよくないとはいえ、これも「思索畑」と「娯楽畑」のスタンスの違いなので
しょうか。前者──僕自身を含めた表現の出発点が自己に向かわざるを得ない原点を持つ者
にとっては娯楽の為に崇高さよりも享楽(故に起こる浅薄さ)を演じてみせる後者のタイプ
は少なからぬ違和感を以って映るのではないかと。

でも、だからといって今のラノベ、小説市場の読者・書き手らを『何も考えずに消費するだ
けのけしからん奴ら』と叩くのも違うなぁと思うのです。
自慢……という訳では決してないのですが、実感を以って僕は感じています。
“考え続けることは辛い”ものだと。
そもそも何故人は今も昔も物語を求めるのか?
それは辛苦少なからぬ現実の波の中にあって、一時でも愉しみを憩いを、現実では成し得な
かった「救い」を物語の中に追体験したいからではないのでしょうか。
そしてその救いを取り込み活力とし、再び現実という荒波を直視し(或いはしのぐ為)に戻
ってゆく……。小説とは物語とはそうして人々を支えるツールであると思うのです。
だから決して僕らは手に取った彼らを“叱責”するべきではない。
たとえ自分達なりに想いを馳せて筆を走らせた文章でも、そこに込めた思いを押し付けるべ
きではない。ただ“提示”してみるだけでいい。その後のことは彼らのセカイなのだから。

考えたいならとことん考えればいい。途中で休憩したければすればいい。或いは始めから誰
かに委ねてもっと別の営みに注力してもいい。
僕らはどの立場に足を置くにしても、その他の彼らを責めていいとは思えないのです。
それは、きっと寛容であることと同じ。
そして僕自身、求めてやまない言葉の姿(りせい)でもあって……。

言葉は人を傷つける剣ではなく、人を守り育む盾であって欲しいと思うから。

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  1. 2011/12/01(木) 20:30:00|
  2. 【雑記帳】
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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