日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「トリガー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:冷酷、花、悪】


 感情なんてものは、いずれ磨耗する。言い換えればそれが生きることなのだと、訳知り顔
に嘯いてみせる人間もいる。何よりそんな思いをするくらいなら、いっそ始めから持たない
方が──もっと早く無くしてしまえば良かったのにと、私はずっと後悔している。
「ど、どうして……!?」
 目の前に、如何にも成金ですといった風貌の女が、尻餅をついてこちらを見上げている。
若さに不相応な宝石類をちりばめ、化粧もけばけばしい程に濃い。私はじっと、そんな答え
る義務のない問いに少し考えながら、彼女の額に銃口を向けていた。
「どうして、ですか。勿論、依頼されたからですが」
「はあ!? 何でよ! この前は私から受けてたじゃない!?」
「貴女からの依頼は完遂した筈ですが。成功報酬も受領しました。貴女を殺すなと、貴女に
依頼された事実はありませんので」
「っ……!」
 女が、まるで仇を見るかのような眼で私を見ていた。ギリッと強く、その赤く引いた唇を
真横に結んで睨み付けている。
 何故彼女がそんな態度を取るのか? その理由なら分かる。だが私には、そんな彼女を理
解しなければならないという義務はない。
 事実を挙げるならただ一つ。彼女が以前、その遺産目的で私に夫の殺害を依頼してきた、
ただその一点のみだろう。

 ──世の中の大多数の人間にとって、いわゆる“正しさ”とは大して重要じゃない。自分
にとって都合が良いか悪いか、快か不快か、ただそれだけだ。なのに私は、そんな世の中に
正義なんてものが在ると、在る筈だと思い込んでいた。今思えば、随分と遠回りで無駄な時
間だった訳だが……。
 大体、馬鹿らしいじゃないか。そんな連中に、一々大上段からそんな“正しい”云々で斬
り掛かろうとしたって、彼らはいつものらりくらりとかわしてゆく。その価値を微塵も解さ
ないようにして哂う。いつもこちらばかりが骨を折って、損をして……。
 大多数の人間にとって、一番の関心事とは“自分の利益”だ。それが正しいかどうかより
も先ず、自分の欲求に適うかどうかなのだ。正義なんてものは後から幾らでも付け足せる。
勝ち取って、よりぶん取った者が、より大声で叫べる物語。そんな不確実さに、大真面目に
取り合っていては馬鹿みたいだと、ある日思い至ってしまったのだ。
 割り切ろう。“正しさ”なんて捨てて。
 彼らが「自分」の為に生きているのだから、こちらも「自分」の為に働こう、そう思う事
の何が悪いというのか。
 私がこの仕事──殺し屋稼業に進んだのも、そんな理由からだ。ビジネスとして割り切る
事ができて且つ、その営みが多かれ少なかれ私の“復讐”も兼ねてくれる。普遍的な正しさ
なんて無い。もう望まない。どちらが正しいかなどという論争にも興味はない。ただ仮に、
そうビジネスとして彼らの依頼に応え続けることで彼らが一人残らずいなくなってしまうの
なら、別にそれでも構わないと思うからだ。
 夜な夜な不良達が、公園に集まって来て五月蝿いとの怒りがあれば、夜闇に乗じて彼らを
一人残らず始末した。店に入る度にクレームをつける、その地域では有名な老人を、帰宅を
待ち構えて撃ち殺したこともあった。時には公金横領の罪で世間から非難を浴びていた役人
を、衆人環視の下で狙撃したりもしたし、某政治家から依頼を受け、敵対勢力に属する同党
の議員を秘密裏に葬ったこともあった。
 どちらの味方でもない。頼まれたのなら始末をする。
 それが私の、ビジネスとしての殺し屋稼業なのだから──。

「あの憎っくき後妻に復讐してくれ。報酬なら、あいつの倍は出す」
 だから私は、睨み返す代わりにそう、今回の依頼主の言葉を伝言代わりに彼女へ伝えた。
これで大方の経緯は察してくれるだろう。私は今回、彼女の亡き主人側の遺族から依頼を受
けたのだ。塗りたくって着飾った彼女の表情が、煮えくり返るような怒りで歪む。
「あいつら……!!」
「随分と余裕じゃないですか。これから死ぬっていうのに」
「ひ、他人のこと言えた口? そっちこそ、まるで死んでるみたいな顔じゃない」
「仕事ですから」
 最後に一言。
 私は内心、酷く冷めた眼に彼女を見ていた。何を今更……そんな風に思ったからだ。
 さて。要らぬお喋りはここまでにしよう。
 私は向けていた銃口を微調整し、揺れ動く彼女を追った。グリップを強く握り締め、後退
りし出すよりも早く引き金をひく。サプレッサーが銃声を消し、手の中でバレルが跳ねる。
「──」
 脳を貫かれ、彼女は仰け反りながら、赤い飛沫を吐き出した。


『もう耐えられない。どうかあの人を、殺してください』
 その日も私は、依頼を遂行する為にとあるアパートの一室を訪れていた。外見自体はごく
普通のありふれたアパートだ。強いて言えば、黒く大きな屋根が各部屋全体を何処か暗くみ
せてしまっている点か。
 三〇五号室。いつもの帽子にコート、黒ずくめの格好で私はその現場の前に立っていた。
ポケットに突っ込んだ手は、いつでも撃てるように銃を握ってある。
 依頼は、この部屋の住人であるご婦人からだ。どうやら夫からの度重なる暴力に困り果て
ているらしい。避難するなり離縁するなりすればいいだろうに……。思ったが、それさえも
ままならぬ状況なのかもしれない。第一、そこまで関わる義務はない。依頼人が彼を悪人と
断ずるのなら、自分はそれを仕事として処理するまでのことだ。
(……さて)
 予め、段取りはつけてある。今この時間は、依頼人とその一人娘は出掛けている筈だ。中
にはパチンコ帰りの夫が一人。彼女からの話では、シフトの無い日は昼間っから飲んだくれ
ているそうだ。いいご身分である。
 そっと受け取っていた合鍵を取り出し、扉を開ける。ノブに手を掛けて、入ったすぐにで
も標的(ターゲット)を始末できるように……。
「──!?」
 だが、私の目の前に映った光景は、予め打ち合わせていたものとは大きく違っていた。
 彼女が、依頼人がいたのだ。筋肉質で大柄な男に、今まさに首を絞められている。小さく
仰け反った顔が白目を剥き、意識が飛んでしまっていることは明白だった。
 男が、こちらの侵入に気付いて目を見開いている。何か激情に駆られていたのだろうか。
丸太のような両手で依頼人を、妻の首を絞める格好のまま、こちらを見て固まっている。
「や、めて……。ママ、離し……て……」
 そんな男の足元で、幼い少女が必死にこれを引き剥がそうとしていた。話にあった一人娘
だろう。背格好からして四・五歳といった所か。小さなツインテールのいたいけな少女だ。
「──」
 はたして、現実にして何秒だったのだろう? 私は殆ど反射的に動いていた。
 この男は、間違いなく標的(ターゲット)。多少服装が違うが、依頼人から送られてきた
写真のそれと酷似している。
 そんな彼によって、依頼人が今まさに殺されようとしている。何よりもその足元で、幼い
少女が半ば泣きじゃくりながらこれに抗おうとしていた。勿論、大の大人の力に適う筈など
なく、その小さな手は何一つ動かせないでいたが。
 気付けば男に向かって、引き金をひいていた。染み付いたように狙いは真っ直ぐその眉間
へと定まり、一瞬にして彼の脳味噌を撃ち抜き、内部からぐちゃぐちゃにする。
 どうっと男が倒れるのと、現実に引き戻されるのはほぼ同時だった。私は目を真ん丸に見
開いたまま、しかし立ち尽くすことが一番の悪手だと直感で悟っていたため、そのまま家の
中に上がり込む。
「ふえ……? パパ……? っ! ママ、ママ!」
 私が真っ直ぐに依頼人の脈を確認しに来たのを見て、彼女も優先順位を決めたようだ。
 そっと首筋に触れて、鼓動を探ってみる。まさかと思ったが、やはり無かった。事切れて
いた。駆けつけるのが遅かったようだ。……どうして? 疑問がややもすれば頭の中を埋め
尽くそうとしたが、がしりと押さえ込んで外へ投げ飛ばした。大方、避難する前に運悪く夫
に見つかってしまったのだろう。
「参ったな……。これじゃあ依頼失敗だ」
 ぶつぶつと呟く。一応標的(ターゲット)である男は、当初の予定通り始末したが、肝心
の依頼人である彼女が先に亡くなってしまったとなれば、報酬は受け取れない。とんだタダ
働きだ。
「……おじちゃん?」
 キョロキョロ。首を絞められ、頭を撃ち抜かれて動かなくなった両親を交互に見遣って、
この少女が不安げにこちらを見上げていた。見知らぬ他人よりも、今目の前に広がっている
光景に対する恐怖が勝っているのだろう。
 どうして私は、この男を撃った?
 依頼が破談となってしまった以上、この家族に関わる理由なんて無いのに。
「……おじちゃんが、華(はな)たちを助けてくれたの?」
「えっ」
「ママを……助けようと、してくれたの?」
 次の瞬間だった。
 目の前で涙ぐむ少女。傍らで動かなくなった依頼人。
 私は咄嗟にこの子の手を取り、部屋を飛び出して──。

 それから先は、転がり落ちるような逃避行だった。事件の発覚から、依頼の失敗から、全
ての指弾から逃れるかのように、私達は街の闇奥深くへと駆けては潜むといった日数を繰り
返した。目に見えない、だけども何か大きなものに追われているようで、気が休まることは
なかった。
 警官が近くを巡回しているだけで、今まで感じたことのない緊張感を味わった。物陰に潜
んで息を殺す。やはり誰かが通報したのだろうか? 警察が動いているのだろうか? 死体
が二つも転がっていれば、寧ろ自然だろう。それにもう一人、現場からいなくなっている者
がいるのだから。
「……」
 あれから、一体何日が経っただろう? 携帯を眺めるにまだ一週間ほどだが、世間的には
既に大事件だ。幼い子供が一人、殺人現場から行方知れずなのだ。当然彼らの──偏見なり
美辞麗句を上塗りした野次馬根性が黙ってはいない。
 所々に雑草が繁茂する路地裏に、私達はいた。ヒビ割れたコンクリ壁に背を預けた私とは
打って変わって、あの少女は何を考えているのか、鼻歌を歌いながらその点々とした草地に
屈み込んで遊んでいる。
 ……何をやっているのだろう? 何故あの子を、連れ出した?
 現場に残られては拙いと考えたのか。或いはもっと別の……。
 いや、少なくともあのまま当局に保護されていれば、いずれ私の顔が割れてしまっていた
だろう。だったらあの時、あの場で口封じを済ませればよかったのだ。だがそれが出来なか
ったのは、ただ直接依頼に関わる以外の殺しは自らの美徳に、ルールに反するという……何
とも間抜けな判断ミスだったからと言わざるを得ない。
 そうだ。始末してしまえばいい。今の内に口を封じておかないと大変な事になる。

『もう耐えられない。どうかあの人を、殺してください』
『……おじちゃんが、華(はな)たちを助けてくれたの?』
『ママを……助けようと、してくれたの?』

 なのに。なのに私は、構えた銃口をあの子に向けられなかった。
 中途半端に持ち上げたまま、あの時の彼女ら母子(おやこ)の言葉を思い出す。
 もしかして彼女は──依頼人は、助けようとしていたんじゃないか? 私という業界人の
力を借りて、自分を、何よりこの子の未来を守ろうとしたのではないだろうか? はっきり
言って、賢明な方法とは呼べないが。
 ……そう考えると、結局私は引き金をひく事ができなかった。
 もし私があの子に手を掛ければ、それは彼女が依頼に込めた意思に反するのではないか?
私個人の事情、ただそれだけの理由による殺人になってしまうのではないか? それは少な
くとも“ビジネス”とは程遠いのではないか……?
「おじちゃ~ん!」
 そうしていると、当のこの子がこちらへ戻って来た。ニコニコと人懐っこく笑い、胸元に
草花の束を抱えて近付いて来る。
 何だかこの数日で、すっかり私に慣れてしまったようだ。
 この警戒心の無さは、日頃の躾が不十分だったのか。腹が減っては逃げるものも逃げられ
ないだろうと、食事代わりに何度か菓子を買ってやったせいなのか。或いはもっと別の理由
が彼女の中であったのか。
 心持ち眉間に皺を寄せる私に、彼女はずいっと差し出してくる。
「これ、あげる」
 それは、さっきの草地の中に咲く小さな黄色い花だった。……名前はよく分からない。特
に普段意識している訳でもないから。
 彼女はそれを幾つか摘んで、私にプレゼントしてきたらしかった。促されるままに、何と
なく押し付けられるような格好で、私はこれを受け取る。
「ふふっ♪」
 笑っていた。こんな見知らぬ男と──人殺しの私と、一緒にいるのに。
「……。ふっ」
 苦笑(わら)っていた。お前は今までどれだけ不幸だったんだ? と。
 感情は磨耗するものだと思っていた。
 罪と報い。私は久しぶりに、この面皮が少しだけ動いたような気がした。
                                      (了)

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  1. 2018/04/08(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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