日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「紅野(こうや)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、炎、風】


 それは、気が遠くなるような古の御伽噺。

 その一帯は、古くから赤く固い土質が広がっており、お世辞にも作物を育てるのには向い
ていませんでした。ただその一方で、人々の集落を見下ろす山々は豊富な鉱資源に恵まれて
おり、彼らの多くは農民よりも職人として生計を立てています。
「~♪」
 そんな職人達の町を、一人の女性が歩いています。
 鼻歌混じりに翻すのは、蘇芳色の小紋。袖口は淡い白の波型で染め分けられており、適度
に強弱を作っています。軽く結い上げた髪と瞳は艶やかに黒く、口ずさむ音色に合わせてる
ように揺れ、その瞳の奥は、時折そっと燃え盛る赤を一瞬孕みます。
 彼女の名は、ホラムヌシノヒメ──火と鉄の神・ホムラヌシの娘です。
 そう、彼女は人間ではありませんでした。その小柄な身に尋常ならざる力を宿した神々の
一柱だったのです。というよりも、この地が鉱資源に恵まれているのは、彼女ら一族が古く
からここを棲み家としていたからなのでした。自らの領域と化した山々から人々の暮らしを
見守り、移ろいゆく時を眺めていたのです。
 ……しかし、そんな一族の一人であるヒメは、他の同族達と比べるとちょっぴり変わった
娘でした。彼女はしばしばこうして麓の人里に降りると、人間達と交わり、その営みや息遣
いを間近で見て聞いて、感じることを何よりも楽しみにしていたのです。
 彼女は、無限とも思える時を漫然と過ごす神々(どうほう)よりも、限られた時を懸命に
生きる人間達に強い興味を抱いていました。ただそれ故に、父であるホムラヌシや一族達か
らはあまりいい顔をされなかったのですが……。
「──ふう」
 最初は、ただ単純にか弱くも懸命な彼ら人間という種族への興味・関心から。
 しかしその目的はやがて、彼女自身も自覚するのが遅れるほど、ある一点に向かって収束
してゆきます。
 町の一角に、とある鍛冶場がありました。職人達が多く集まるこの町ではさほど珍しい施
設ではありませんが、彼女の目的となったそれは、いつもそこに居ました。
 そろそろと草履の足音を抑えながら、胸元をそっと掻き抱きながら、彼女は小さく頬を染
めてこの軒先を通る路地を見つめます。ちょうど仕上がったと思われる包丁や鍬の刃を、大
きな籠に入れ、水場に運び出そうとしている青年がいました。
「あ、ヒメさん!」
「……っ。こんにちは、タケルさん」
 里の人間、若き鍛冶師の人間でした。彼は数年ほど前からの付き合いである彼女の姿を認
めると、煤のついた頬をそのままにニカッと笑いました。ねじり鉢巻と耐熱布の前掛けをし
た職人姿は、細くも引き締まった身体によく似合っています。彼女も彼女で、その純粋な眼
差しに笑みが咲くのを抑えられません。
「おう? ああ、ヒメさん。こんにちは」
「迎えに来てくれたのか。ったく、この野郎、いいなあ。まったく……」
「行ってやれよ? 後は俺達がやっておくから。……しっかり楽しめよ?」
 続いてひょこっと中から顔を出してきた兄弟子らに、そうからかわれつつもバシバシと背
中を押されて。
 彼はわたわたと慌てながら片付けを済ませ、遠巻きで待つ彼女の下へ駆けてきました。ま
だ頬に煤が残っています。思い出したように手拭いでこれを拭いながら、ばつが悪そうには
にかんで。お互いにくすくすと、笑いながら、二人揃って歩き出して。
 ……二人がこうして一緒の時を過ごすようになったのは、いつ頃からだったのでしょう?
 少なくとも、最初の内はそうではありませんでした。ただ彼女は正体を隠し、いつものよ
うにこの人里に現れては、限りある生を懸命に生きる人間達を見ていた──そんな中で一際
真っ直ぐに、その内に輝くものを観たと思った瞬間、出会ったのが当時も修行中だった彼の
鍛治に打ち込む姿だったのです。
 ──彼女はその、彼の秘められた原石に。
 ──彼はその、彼女の不思議な美しさに。
 二人は出会ってから間もなく、お互いに惹かれ合ってゆきました。それはあたかも当然で
あったかのような、予め決められていたかのような。
 周りも、年頃の男女が仲を深めてゆく姿は傍目から見ていてもとても心地が良く、不思議
と応援したくなりました。そういった方面では不器用な親方はともかく、兄弟子達はこぞっ
て彼と彼女の仲を茶化しながらも、それとなく後押ししていました。
 穏やかな歳月が流れてゆきます。
 それはきっと、彼女のような存在にとっては瞬きの内にも入らない一瞬であっても。
「……ヒメさん」
「? なぁに、タケルさん?」
 もう幾度目かも分からないほど重ねた逢瀬。赤土の地平線を見渡せる町外れの高台に、二
人は静かに寄り添って座っていました。多くは語りません。ただお互いが傍にいることだけ
が嬉しくて、幸せで、ずっとこの時間が続いて欲しいと密かに願う一時でした。
 彼はある日、妙に真剣な──緊張した様子で口を開き始めました。彼女も何だろうと小首
を傾げて、きょとんとその言葉を待ちます。
「実は俺、ようやく親方に認めて貰えたんだ。今度、正式に暖簾分けする。自分の工房を持
てるようになったんだ。だから……」
「……」
「俺と、一緒にならないか?」

 町にまた一組、新たな夫婦(めおと)が誕生した瞬間でした。彼女は彼からの告白を驚き
と顔を真っ赤にしたはにかみでもって受け入れ、周囲の人々もこれはめでたいと快哉の声を
上げます。
『……正気か、我が娘よ。よりによって人間の男を婿に取るなど』
 しかし対する彼女側──父・ホムラヌシと一族の神々はその報せに、あからさまな渋面を
隠しませんでした。有り体に言えば反対でした。流石にすぐ彼を父達に会わせるのは拙いと
考えた彼女の行動でしたが、筋骨隆々としたその巨体から放たれる眼光は、寧ろ和らぐ所か
険しさを増します。
『本気よ。私、タケルさんと結婚します! もう、何も考えずに時だけが過ぎてゆくなんて
耐えられない!』
『……分かったような口を。人間は我々とは違う。すぐに、その男も老いて死ぬぞ? あっ
という間に別れの時が来るのだぞ?』
『構わない。あの人との思い出さえあれば、生きてゆける』
『人間と交わる以上、お前はもう此処には戻って来れなくなるが……本当にいいのか?』
『……ええ。この先も、タケルさん達に正体は明かすつもりはないから安心して』
 暫くの間、父娘(おやこ)は睨み合っていました。周りの一族達は、侮蔑や心配、それぞ
れの気持ちを抱きながらこれを見守っています。山の地下深くに造られた、彼ら神々の住み
処に言いようのない緊張は走りました。
『そうか。そこまで言うなら好きにするが良い。もう私も、お前の事は娘とは思わん』

 そうして半ば駆け落ちも同然で、彼女は彼の下へと嫁ぎました。最初彼の方は、その事に
不安がっていましたが、そのせいで愛する人との仲が気まずくなってしまうことだけは何と
してでも避けたいとの結論に落ち着きました。
 暖簾分けし、独立した彼の店は、町の外れに位置する小さなものでした。
 それでも、彼と彼女は互いに支え合い、慈しみ合い、毎日一生懸命に働きました。ただで
さえ職人が多いこの町において、同業者として生き残ることは難しく、始めは日用品の修理
などで糊口を凌いでいましたが、やがてその誠実で丁寧な対応と確かな技術が町の外にも聞
こえるようになり、次第に二人の工房は軌道に乗り始めます。
 更に子宝にも恵まれました。日々を懸命に生きる中で慈しみ合い、愛し合う中で生まれた
三人の子は、彼に良い意味での背負うものを与えました。また彼女にとっても、彼との明確
な絆の証であり、その幸せはまさに天井知らずに積み上がってゆくばかりだったのです。

 ……しかし、そんな満ち足りた日々は、長くは続きませんでした。風向きが変わり始めて
いました。歳月が過ぎ、彼の工房が繁盛してゆく中で、次第に町の人々は嫉妬を──その活
躍を訝しみ始めていたのです。
「ちっ、何でタケルの奴ばかり……」
「仕方ねえよ。実際あいつ腕がいいしな」
「嫁さんも可愛らしいもんなあ。今度、三人目が生まれるらしいぜ?」
「あいつもあいつだが、あの嫁さんも嫁さんだよな。まるで歳を取ってる気がしねえ」
 曰く、不自然なほど腕を上げたタケルに。
 曰く、不自然なほど変わらぬ美しさを保つヒメに。
 それは実は、若いながらも火と鉄の神である彼女に肩入れされたことで彼がその加護を知
らず知らずの内に受けていたからのなのですが──人々は知る由もありません。寧ろ実際に
どうかというよりも、感情としての嫉妬、そしていつまでも歳を取らない彼女への恐れが次
第に蓄積していたのでした。……彼女とて、人間と夫婦になることを踏まえ、少しずつその
容姿に手を加えてはいたのですが。
「あいつは、妖(あやかし)を嫁に取っちまったんだ。そうだ、そうに違いない!」
 だからこそ、ある時誰かが言い出した言い掛かりは、瞬く間に町の人々の間に伝染してゆ
きました。その第一声の主こそが、かつてはその仲を後押しし、今はすっかり競争に負けて
落ちぶれてしまった兄弟子の一人だったのですが。
 時は遙か昔。人々は神を敬う一方で、同じくらい恐れてもいました。何か不可思議で得体
の知れない出来事があれば、それは悪しきカミ──悪鬼悪霊の仕業だと考えること自体は、
そう珍しくもなかった時代です。
「タケルを救うんだ! あの女を……殺せぇ!」
 風向きが轟々と変わってゆきます。しかし人々の豹変に当人達が気付いた時には、既に幾
つもの松明の火が夜闇に乗じて迫って来ていた後でした。すっかり夜も更け、子供達を寝か
しつけていた彼と彼女は、異変を感じておもむろに玄関へと忍び寄ります。
「!? 皆、一体どうしたっていうんだ? おい、止めてくれ! っ……! ヒメ、子供達
を連れて逃げろ! 早く!」
 戸口を叩き破り、必死に止めようとしたタケルさえも突き飛ばして手に掛けて、それぞれ
に武器を持った町の人間達が押し寄せて来ました。頭に巻いた鉢巻の隙間に、まるで二本の
角のように蝋燭を差しています。皆が、鬼気迫って異物を見るように彼女とその子供達を見
下ろしています。
「嫌ああああ!! あなた、あなたーッ!!」
「五月蝿い、化け物め!」
「よくも長い間、俺達を騙してくれたな……!」
 仕方ないんだ……。まるでそう自らに言い聞かせるように、彼らは一閃を喰らって血を流
し、動かなくなったタケルを一瞥すると上がり込んで来ます。
 何が起こっているのか分かりませんでした。頭が理解しようとしてくれませんでした。
 それでも、真っ先にハッと我に返り、咄嗟に起きかける子供達を庇ったのは母としての本
能だったのでしょうか。直後、背中に熱い衝撃が伝わります。「おっかあ……?」まだ幼い
子供達は、そして押しかけてきた町の人々も目を瞬いています。
 確かに大上段に斬り付けられた彼女の背中の傷口が、ぱちぱちと炎を纏いながら塞がって
ゆくではありませんか。
「っ! やはり……」
「化け物め。いいか、一斉に攻撃しろ! 再生する暇を与えるな!」

 ……どうして?
 いち神の力を以ってしても、彼女は大切な人達を救い切れませんでした。自らの傷が癒え
るのと、町の人々が寄って集って武器を振り下ろしてくるので手一杯というのもありました
が、結果的に目の前で最愛の夫と、まだ幼い子供達までもが死んでゆくのを助けられなかっ
たのです。
「……」
 ふらふらと、彼女は町の外れまで逃げ延びていました。
 辺りは深い夜闇。そんな中から追って来るのは無数の松明の火。
 彼女自身、まだ彼らに自らの力を振るうことに躊躇いがあったのかもしれません。僅かな
時間、つい十数年前のことと思っていても、向こうはもうあの頃の仲間達じゃない──子供
達も先に生まれた二人が手を掛けられ、胸元に抱いているのも、先ほどからすっかり息を止
めてしまった三人目の赤ん坊一人です。
「どうして……。どうしてこんな事に……」
 目に焼き付いている最愛の人の姿。血の海に沈んだまま動かない、倒れ伏した姿。
 相手は人間だ。いずれ別れが来ることは分かっていた。でもその別れが、こんな突然で理
不尽なものだなんて。自分達はただ、慎ましく生きていただけの筈なのに……。
「こんな、こんな事なら……一緒にならなければよかったの……?」
 ぼろぼろと涙が溢れてきます。溢れてきて止まりません。
 彼女はあっ、あっと少しずつ嗚咽を漏らしていました。胸に抱いた最後の一人も、段々と
冷たくなってゆくのが分かります。自らの力を、炎を点せばまだ“生きた”状態にすること
はできる。でも、それでは何の意味もないことを、愛する彼への冒涜であると、他ならぬ彼
女自身が知っていて──。
「……こんな事なら。こんな、事なら……」
 ああああああああッ!! 次の瞬間でした。尚も迫る人々の、剥き出しの悪意に、彼女は
遂に我を失ったのでした。
 哀しみと怒りのままに吼えた衝撃。それらは一瞬にして巨大な炎熱の光となり、辺り一帯
を尽く焼き尽くしました。彼女を“退治”しようとした人々が消し炭どころか、蒸発して無
くなったのは言うまでもありません。夜の闇だった筈の光景が、昼間のそれであっても本来
あり得ないほどに、眩し過ぎる赤い赤い光に染まっていました。

「──だから言ったのだ。人と交わるなと」
 そうして夜が明けた頃には、全てが終わっていました。かつて豊富な鉱資源を背景に発展
していた人々の集落は、跡形も無く消えていました。……いえ、生き物の気配すら微塵もな
く真っ赤に焼き尽くされています。
 そんな山々の中空に、ホムラヌシら一族が浮かんでいました。その中心に立つ彼は、そう
かつて縁を切った娘の独り慟哭する姿を、遙か遠くから眺めていたのです。
「お前の、為を思って、私は……」
「どう致しますか? ヒメ様を連れ戻すのであれば──」
「いや、あれはもう我々の側には戻れんよ。理由はどうあれ、こうも人を滅ぼしてしまった
者を、神の末席に加え直すことはできん」
 ……行こう。着物を翻し、ホムラヌシは先頭に立って歩いてゆきます。残りの一族達も、
中には戸惑いを残す者もいながら、これといって食い下がって説得するでもなくその場を後
にしてゆきます。

 かくして、この地は滅多に人が足を踏み入れぬ、不毛の地となりました。残るのはずっと
後世になって人間達が建てた慰霊の石碑。長い間風雨に曝され、すっかり朽ちてしまったそ
れが在るのみです。人々が去りました。神々も姿を消しました。ただ辺り一面には、赤く固
い土地が延々と広がっているばかりです。

 死の焼け野原──故に“四乃原(しのはら)”。
 この土地の名には曰く、そんな謂れがあると云います。
                                      (了)

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  1. 2018/04/01(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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