日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:京極夏彦『姑獲鳥の夏』

書名:姑獲鳥の夏
著者:京極夏彦
出版:講談社文庫(1994年)
分類:一般文藝/ミステリー・伝奇

この世には、不思議なことなど何もない。

古本屋兼神主の友と、自称「一般人」の私。
過去と現在が絡み付き、狂気の沙汰がやって来る──。


物凄くお久しぶりです。前回は半年でしたが、今回はまるっと一年以上空いてしまっていた
んですね……。読書自体は記事以外のものも二つ三つ読んでいたのですが、それでもまぁ、
中々積ん読に手が伸びなかったのは事実。(更新ネタの為にも)今度こそ次からは積極的に
インプットの作業にも時間を──固定ルーティンを挟みたく思います。

さて、今回は京極夏彦氏『姑獲鳥の夏』の読書感想です。姑獲鳥と書いて「うぶめ」と読む
みたいですね。僕もルビが振ってなければ間違いなく読めませんよ……。詳しくはめいめい
に調べて貰えればいいと思いますが、ざっくり言うと妊婦の妖怪、とのこと。
同作は京極氏が講談社に持ち込み、自身のデビューに繋がった作品です。歴戦の読み手の方
ならご存知でしょうが、同氏の「百鬼夜行」シリーズ第一弾。2005年には映画化もされてい
ます(というか、自分の手に取る基準が“何か聞いたことがある”である場合が多いので、
必然とこうして読書感想に上る作品も、ある種の有名所ばかりになっている気がしますね。
どうせなら此方でも色々な書籍を掘り出したいものですが……)
物語の概要は、次の通りです。

舞台となるのは戦後、復興期の日本。
しがない文士(今風に言うとフリーライター的な立ち位置?)として暮らす男性・関口は、
ある時奇妙な噂話を耳にし、学生時代からの友人である京極堂(本名は中善寺だが、作中で
は屋号であるこの名をあだ名として呼ばれることが多い)の下を訪ねる。彼は街外れで古本
店と神主──祓い屋を営む博覧強記の男だった。関口は取材の為、件の噂──久遠時医院に
まつわる奇怪な情報を話して聞かせ、この彼に見解を求める。
『二十箇月もの間、子供を身篭ったままの妻』
『対して夫は、密室からの謎の失踪』
加えて久遠寺一族も、尾ひれはひれが付いているとはいえ、何かと黒い噂が絶えない。
しかし、対する京極堂は『この世には不思議なことなど何もないのだよ』と言い切った上で
長々と“ロジカルに怪奇を理解する方法”を説く。
後日ひょんなことから訪ねた探偵・榎木津と共に、その久遠寺の関係者から事件の「調査」
を依頼されてしまった関口は、京極堂の妹で雑誌記者の敦子や、同じく旧知の仲である刑事
・木場などを巻き込みながら、消えた夫の行方、妊婦の謎、久遠寺家の闇、そして自身の閉
ざされた過去にも迫ってゆく事になる──といった内容。

冒頭部にも記載してありますように、本作は伝奇系のミステリーに分類されると思います。
ですが今日びこのジャンル──ひいてはライト層の小説にありがちな“ファンタジー要素と
しての妖怪”は一切登場せず、一貫して本格派な、民俗学的アプローチとある種の「理論」
に基づいた理解でもって物語は進んでゆきます。最初、事件本丸へと突っ込まずに京極堂と
関口が延々と議論するシーンばかりが続いて、随分まどろっこしいなと思ったのですが、他
ならぬこれが物語全体の導入だったと気付かされたのでした。
“独自の世界観”を組み込む際、その描写とはつい「説明的」になり過ぎるものなのですが、
逆に長々とやり取りの中に落としこむことでそのメタさを和らげ、かつ物語全体の屋台骨に
してしまう──なるほど、こうしたやり方もあるのかと最後まで読み終えた後、思いました。
ただ如何せん、京極氏の作品(というか本格派の伝奇物?)全般に言えることなのですが、
語彙がちょいちょい古風なんですよねえ……。時代設定がそうなのだから仕方ないにせよ、
その軽い“鈍器”レベルの活字量と合わせて、文章を読む(物語を追う)という行為に慣れ
ていない人が手にするにはかなり難易度は高いと思われます。予めその点だけはご注意を。
かくいう僕自身も、随時意味をググりながら読んでましたし……。

……さて、物語について深く話そうすれば、即ちネタバレになってしまいそうなのですが、
物語は基本的に語り部である関口の視点から綴られてゆきます。というのも、この関口自身
が今回の事件──久遠寺家を取り巻く闇の一端に関係しているからなんですね。しかし彼は
最初、そのことを覚えてすらいない。記憶の奥底に固く封じ込め、長らく忘れ去っていたの
です。その大きな理由、自覚からの覚醒という一連の流れについては手に取った貴方に任せ
ることとしますが、此処にもまた、先述の“京極堂メソッド”といいますか、いわゆる怪異
と呼ばれるものに対する彼の理論が深く関係──証明されています。

曰く、人間が知覚している世界とは、あくまで脳が処理して出力しているものに過ぎないと
いうこと。心と体、個の内側と外側では、脳という仲立ち的存在こそあれ、全く別の法則が
適用されるというのです。
すなわち体=外側はいわゆる物理的な、科学法則の世界。心=内側は“仮想現実”の世界。
加えてこれらは完全に分断されているかというとそういう訳でもなく、ただ単に後者を理解
するのに僕らの常識──科学法則が馴染まないというだけ。怪異の正体というのは大よそ、
この後者で“見えて”いる世界が、現実(だと思っている)の科学法則で噛み合わない場合
に起こる──観測される、と。

……うーん。こうして改めて自分の文章に起こしてみていますが、正直作中の内容ときちん
と合致しているか自信がありません。はたして本当に自分は理解していたのか分からない。
ですがとにかく、内と外、心と体を“片方”の理論のみで語ることの非合理さ?についての
京極堂の一連の講釈は、僕個人にとっては「おお……」と目を見張るものでした。尤も自分
は門外漢なので、実際の学問的にこうした解説が正しいのか、それとも作者=京極氏が綿密
に練ったいちロジックなのかは定かではありませんが、少なくとも(僕という)読者をこの
物語の世界観=怪異の正体、心と体、脳にまつわるロジックという土台に乗せるという意図
においては、間違いなく巧みであり成功していると考えます。

人間は“知覚”しなければ、何一つ世界を見ることはできない。
たとえ心の奥底に封印しても、体は覚えている。人間は“その身全てが記憶”なのだから。

肝心?の事件の真相──怪異のカラクリは結論から言うとシンプルなものですが、それらを
長々を引っ張っておいても一つの物語として成立、纏め上げる事に成功したのが、この小説
なのだと思います。それはひとえに作者の緻密なロジックからくる世界観、それらをみっち
りと描き切る技量があってこそです。事実、僕は中盤から貪るように読んでましたから。

流石は御大といった所でしょうか。こりゃあ有名になる筈だ。まぁ僕のような凡人が、今更
こうやって言及する必要も、そもそも無いのですけれど。
みっちりで濃密な活字の一時。読書らしい読書が久しぶりという個人的なタイミングもあり
ますが、脳汁が出ました(頭が一杯になって、空っぽに抜けて、また戻ってくる快感的な?)
ご馳走様でした。

<長月的評価>
文章:★★★★☆(個人的には好物。でも語彙の古さや分量は間違いなく人を選ぶので星-1)
技巧:★★★★★(綿密なロジックとそれを下敷きにした世界観。長いにだって意味はある)
物語:★★★★☆(全体的にすこぶる愉しませて貰いましたが、欲を言うならもっと展開に
         幅が欲しかったかなあ?)

追記:今回に始まった事じゃないけど、他人様の作品を語るのにどうも言葉が足りなくって
   いけない。大方、読み込みが甘い(中々繰り返し通し読む機会を持てない)のと基礎
   の知力が足りない所為なんだろうけど……。語る資格があるのかな……?(´・ω・`)


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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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