日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)不連続性の辛み

健康 # とは

ついこの前、一月も折り返しましたねと言ってたような気がするのに、どっこい現実は既に
二月も折り返しを迎えている……。やばいな。まだ十ヶ月あると言えば多そうに聞こえなく
もないが、この調子だと新しい企画が連載(更新コンテンツ)に乗る前にまた年が終わって
しまうんじゃあ……?φ(=_=;)

まだなのか、もうなのか。一週間ぶりの雑記です。もう若い頃みたく、一日単位の頭で生活
してちゃあ駄目ですね、こりゃあ。下手すると一週間で文字通り1サイクルぐらいの心構え
で臨んでいないと時間だけがモリモリ過ぎていってしまう……。タイムイズマネー、手持ち
のリソースは有限で待ったなし。まぁその辺を考え過ぎても(気が重くなるばかりで)余計
に動けなくなる可能性大なのですが。こういうの、ジャネーの法則って云うらしいですよ?
以前にも此処でちょろっと出したような気もしますが。

皆さんは、最近如何お過ごしですか? 地域によってはひっきりなしにドカ雪に見舞われ、
日常生活もままならぬなんて方もおられると思います。命あっての物種です。現代なら健康
と言い換えてもいい。無茶ってものは効かなくなるものなのです。ええ、本当に。

というのも、先日の連休中、自分は死んでおりまして(´・ω・`)
寝ても寝ても寝足りない。起きていても長くはもたず、すぐに疲労感に襲われる。かといっ
て粘ろうとしても、そもそも身体は動かないわてんで頭は回らないわ……。
(たっぷり時間差な)この前の執筆モードの反動だったんでしょうかねえ? 或いは単純に
平日のお仕事の疲れが書き終わった安堵と合わさってどっと出たのか。幸い三日目の朝には
回復し、休み明けからのお仕事には支障は出ずに済みましたが……物凄い時間を無駄にして
しまった感が。連休の2/3を身体のメンテに費やすって何なのよ? まぁ仮に1/3なりもっと
短い間に回復できて作業に臨めても、それはそれで「形にはならなかった」云々とぶつくさ
嘆いているでしょうし、結局“どのみち”に収まりそうではありますが……。

まぁいいや──自らの精神衛生の為にも、割と必須になってきたように昨今感じる心構え。
いわゆるスルースキル的なもの。
勿論、場合によっては放ったらかしにしてはならぬ事象だって立ちはだかりますが、少なく
とも目の前のもの・世の中のもの全部が全部に自分が関わらなくっちゃいけないなんて道理
はない訳で。有限な自身のリソースを、何に配分すべきか──したいのか? という絶え間
ない自問でもある筈で……。
まぁこう言い回すと堅苦しいですが、多分「普通」に生きている人達にしてみれば、こんな
取捨選択(守備範囲外だと限りなく感度をぺいっと0にしてシャットアウトする技能)自体
造作もないんでしょう。これといって意識せずに出来ているんでしょう。

ずるいなあ。でも(そう思考する自分達側も)面倒臭いなあ。

まぁいいや──ただでさえそうやって、内心のぶれが小さくないのだし。


今に始まった事ではないけれど、やっぱりコンディションの浮き沈みはしんどい。

というより、それらに付随する自身の機嫌の変動が許せないのですよ。そりゃあ誰にだって
多少その日その時の気分ってのはあるんだろうけど、こう自分で解っているのにその不機嫌
を止められない・苛々する(こと僕個人の場合は思うように創れない状況に対して)さまが
情けなく思うのです。まだまだだなあというか、レベルが低いというか……。加えてそうい
った症状は基本的に時間経過で治まってくるものだし、いざ一つ二つ書き上げてUPし終えて
しまえば、喉元を過ぎたる何とやらで。そうなればやれやれと安堵はすれど、心の何処かで
妙に消化不良な気持が残る。下手すれば、そこからまたコンディションに影響しかねない。
尚も二転三転する危険性がある……。

まぁいいや──人間そんなモンだ、そうやって寄せては返すを繰り返すモンだ。そう言って
しまえばそれまで(事実)なのですけどね。

だけどもやはり……安定した状態は維持したいのですよ。ただでさえ体力的な方がちょっと
油断するだけでボドボドになってしまう分(だからこそ精神的な方も引っ張られているので
しょうが)こちらの意識の側で踏み止まれる・捌きうる方は自助努力で何とかならないか?
と常々願っているのでありまして……。俗な風に言えば、即ちそれが自身のライフワーク、
創作活動の進捗そのものに関わってくるから。欲深い・業深いと解っちゃあいるけれど、も
っと色んなものを創りたいし、色んなことに思考を拡げてゆきたいので。なまじ長年臥せっ
ていた分、もうアウトドアに東奔西走するなんて生活は難しいでしょうからね……。

寒さの厳しい季節柄もあるのでしょうが、だからかここ暫くの作業場も、中々どうしてコン
ディションを維持できずに休みがちな人達(同僚)が少なからず。尤も福祉施設の類で、皆
何かしらの痛みを抱えている面々である分、いわゆる健常者と一緒くたに語ろうとすること
自体がそもそも無茶ではあるかもしれませんが……。
ただそうやって、誰かがしばしば体調を悪くして長く出れ来れなかったり、はたと辛そうに
なるのを傍目で見ていると、大丈夫かな? 何がそうさせるのかな? と僕個人は大なり小
なり気持の片隅に引っ掛かりを覚えます。何よりもそんな人達の中にあって、自分が比較的
「軽症」であるという事実──そこからくる、ある種の後ろめたさについても。

マシならそれに越した事はないじゃないか──全くもってその通り。
だけども、人間可笑しなもので、飛び抜けてしまうことが怖いって心理がある。全体という
中の振れ幅として捉える限り、自分を含めたその皆の中での差異になるのが怖い。ざっくり
言えば“悪目立ち”だけはしたくない。大丈夫だとは思うけど──いや、他人と上手く折り
合えなかった人達だからこそ──その点を見て僕を快く思っていないかもしれない。実際に
この三年の中で、その実“仲良しこよし”は何処であれ難しいのだと悟った。そりゃあ無理
に八方美人になる必要はないんだけど、それでも波風立たない=“尖った”部分がない方が
いい。つまり振れ幅が大きくない方がいい。尤も本当に「飛び抜けて」いる=ハイレベルな
人達というのは、そもそもそういった人達のコミュニティというか、カースト上位層にのみ
暮らすよう自然とシフトするものだから、これらは間違いなく僕らメンヘラ云々の属性群、
同じ表現を使うならば下層に暮らす人間限定のバイアスなのだろうけども……。

……ポジティブ教徒、という嘲笑的な意味ではなく、現実少なからぬ「幸福」とは割とそこ
ら中に存在しているのであって、結局は受け取る側がそれを信じない──不幸だという自己
評価の壁でもって弾いているだけなのだという話があります。
その話を聞いて、なるほどそうかもしれないと僕は思っています。自分の頷いた部分=症状
がはたして本当にその弾いている「壁」に相当するかは確かめる必要がありますが、確かに
僕自身、久しく“不幸・不運である自分に慣れてしまっている”感はあるんですよね……。
というより“自分は不幸でなければならない”というか。この辺りはいわゆる自己責任論に
繋がってくるのですが、僕個人はかつて社会に出る為の準備や心得的な諸々を、ある種確信
犯的に避けていたとの記憶があるのです。怖くて逃げていた──だからそのどん詰まりにあ
ったのは病気になることだったし、同年代の他人に比べてキャリアなり自活力なりが圧倒的
に足りない・皆無であるのも自業自得だと。しばしば“支援”してくれる側の人達は、それ
がその時の僕にとって必要だったんだとは言ってくれるけど……はたしてそれが全ての答え
なんだろうか? と。少なくとも半々ではなかったか? と。

僕は考える。だけどもそれは、今や基本的に気分が沈んでいる時か、こうして意識的に思考
を深く沈めようとしている時でないと書き起こせなくなっています。それはつまり、平常時
に「考え」なくても生きていられる──当初に比べ治癒した証なのでしょうが、一方で自分
のこれまでの「考え」が、実は酷く薄っぺらいもの(浅知恵)でしかなかったとの証明でも
ある訳です。……それは、どうなんだろう? それが現実なんだと、また再三自身のレベル
の低さに精々歯噛みしていればいいのか、或いは多少なりとも何処かで肥やしになれば万々
歳くらいの「まぁいいや」精神に向かえばいいのか……。少なくとも、僕はどうやら“知っ
ている人”たるべし的な拘り(囚われ)があるようなので、どちらにしてもその辺りの自尊
心を一度解体しなければならぬようです。まぁ、多分そう言ってるだけで、その当のレベル
の低い自尊心が邪魔をしてくるのはほぼ確定なんですけども……。

思考を沈めようとします。気分が落ち込むのではなくて、知的な──自分のレベルを高める
一助になってくれるだろうと信じてきたセカイへの没入の為に。
だけど、それも段々限界が来ているのかもしれないなあと、ここ最近(の昼間のお仕事やら
何やらの忙殺・体力気力的な余力から)感じてなりません。そもそも僕の見立て、見識自体
があさっての方向だった可能性も少なくなくて、その営みですらまた気持のコンディション
に波風が立つ。振れ幅がしんどいのに、同時にその振れ幅(曰く深い所)へ往こうとする。
何より益体無く感じてきてしまうのは、こうやって都度都度何とかして巡らせ思考も、誰か
や自分への憂いも、気持(コンディション)の平穏の中に消えてしまうということ。自分が
その脳味噌の中で積み上げた眼差しや、或いは物語セカイは──結局無駄というラベルが付
いてしまうのだろうか……?

せめて。せめて──今この瞬間の思惟を書き残す。
もしかしなくても誰も見やしないのだろうけど、中々自ら見返す事もしないのだろうけど。

何の為に書いているのだろう? その意味を見失いそうになる時、多分この先も僕はこれら
を「記録」する為に、と答えておくのだろう。言い聞かせるのだろう。こんな中途半端で、
レベルも低い、吐瀉物みたいな駄文を書き残して……その時々の次へ進む。気付けばそうで
もしないといられない性分になってしまって長いものだから。

……だけど、きっとこれも、一日寝たら忘れる。一週間もすれば思考からすら消える。
もしかしなくても、今自分が一番辛いのは、何を言おうとして筆を執ったのかその動機は、
此処にあるんじゃなかろうか? やはり漠然としていた。だけども確実に、失われゆくのは
自分自身──その時生きていた己が知力。

僕は一人だけど、昨日の僕は今日の僕じゃない。今日の僕は、明日の僕じゃない。
そういう意味じゃあ、振れ幅が在り続けるんだと思う。自らを救えないんだと思う。

時間と共に断絶を繰り返して、置き去りにされる自分と感情と記憶、意味。
イメージするのは、そうやってお互いに近距離だけどもブツ切れになったまま、仄暗い中で
ゆっくりと輪っかを造っていくようなさま?

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  1. 2018/02/14(水) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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