日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)弱さと罪と、生きる上手さと

寒い……。手がかじかむ……(((xДx)))

新年担当の一月が容赦なく終了し、二月になりました。まだ雑記はいいやと後回し後回しに
してきたせいで、気が付けばまるっと二週間。ここの所とんと冷えてばかりの毎日ですが、
如何お過ごしでしょうか? こちらも、刺すような気温に手先が荒れ気味の長月です。
……ぼちぼちいい加減、緩んでくれないかなあ。普段手仕事なので、手先・指先がかじかん
でしまうと支障が出るものでねえ。水を使うのも億劫になる……。

さて、先日ユー録の九十二章をUPしました。章題的に前回と合わせて前後編な構成ですね。
ただまぁ、相変わらず「もう少し続くんじゃよ」とまだまだ物語自体は続く訳ですが。遅筆
で申し訳ない。第Ⅶ部もちょうど全体から数えて折り返しです。気長に生温かくお付き合い
くださればとm(_ _)m

実を言うと、今回の執筆は(も)かなり難儀しました。多分前々日まで三題でスケジュール
を詰めていたのと、お気に入りのネット番組で夜更かししてしまったのがコンディションに
響いたのかとφ(=_=;) 要するにガス欠だったんでしょうね。ギリギリまでリソースを割いて
いて、余力が思ったほど持ち越せていなかった。その所為で中々文章が起こせないわ、集中
力が続かないわ。一度言い回しで躓くと、時間ばかりが過ぎてゆく……。
折角の土日間はひーこらいっておりました。日曜の夜くらいからやっとノり始めたものの、
その頃にはもう進捗は終盤で、例の如くエンジンが掛かるのが遅いまま……。何だかんだと
言って何とか書き切りはしましたが、結局久しぶりに三日に及んでしまった次第。
(尤も、今回は全体シーン数が多めで分量も嵩んだという面がありますが。25000字程)
先月のUPと比べると、少し遅くなってしまいました。如何せんもう若くない、丈夫ではない
と言えばぐうの音も出ないのですが、もっとほぼ日な執筆・更新頻度ができれば理想的なの
ですけども……。

やはりというか、先月後半ようなハイな状態は長くは続きませんでしたね……。
創りたい(創らなきゃ)という頭自体は年がら年中あるのですが、体調にも山あり谷あり。
今に始まった事じゃなく、分かっちゃあいるけど、やっぱ波があると辛いです。ドーンと上
から下へと落ちてきた時のままならなさはどうにもならない。無力感やら焦りやら。また揺
り戻って回復してくるのをじっと待つ他ない。本当、難儀な身体になっちまったもんだ。

……新しい企画、発進できるんだろうかなあ。

確か今年こそはと、こちらでも文言を割いたと記憶していますが、どうも準備の書き起こし
ばかりがゴロゴロ転がっているような気がします。言い換えれば「えいや」の一歩で動かせ
なくはないのでしょうけど、体力的に不安がぶり返しますね。

本当、難儀な(ry


『彼(彼女)にも事情があったんだ。許してやれ』

何かしら罪を犯してしまった人を責める声に、しばしば向けられる言説(ことば)です。
罪を憎んで、人を憎まず──そう言ってしまえば詮無いのですが、生憎現実はそうあっさり
と括れるものではない。片付くものではない。寧ろ生粋の“悪人”は、いつの時代も世の中
には一定数潜んでいるものなんじゃないか? といった位には。

まだ学生の頃、この手の問題について、自分はある種の強硬的な考えを持っていました。
「背景に何があろうが罪は罪」「犯罪に手を染めたのなら、その行為は粛々と罰するべき」
……まぁ、良くも悪くも若かったんでしょうね。あの頃はまだ、世の中に対する色んな疑問
や鬱憤を法律という手段でもって解決できる・回答を出せるのではと信じていましたから。
犯罪者の個々の背景なんて知らない──それとこれとは別問題と強弁して、当時担当だった
教授に『法に心を求めるのはそんなに悪いことですか?』と叱られたことも、今となっては
いい思い出です。その後、法律というツールの限界──そもそも立法過程で政治家や官僚、
各種利害関係者の“私情”が絡んでいる時点で、当時僕が求めていたような“完璧な答え”
になどなる筈はない。加えて複雑な理論と将来のビジョンの見えなさに心が折れ、数年後に
は他ならぬ自身が鬱で寝込んでしまうような“弱者”の仲間入りを果たしたのですから、何
とも皮肉なものです。折れた心に何の対策もしなかった因果応報と言ってもいい。

あれからもう十年以上。大半を臥せったまま過ごし、紆余曲折を経て自分は福祉系のお仕事
に関わっています(尤も普段やっている事自体は職人的な手仕事なので、支援とかそういう
側な風にこうしてものを語ろうという姿勢は、やはり高慢なのかもしれませんが)
自身も含め、様々な理由で世の中の「普通」に馴染めなかった人達。
今の作業場に通うようになって三年、個々のコンディションの上下と人の出入りを傍目に見
つめながら、僕はぼうっと考えてきました。自身の心が折れた過去を慰め、何とか変わろう
としてきた中で、どうもここ最近またかつての思想が舞い戻って来ているような感触を覚え
るのです。

……つまり痛んだ人々=弱者も、100%“無辜の民”ではないんだという眼差し。

ざっくり言ってしまうと、いわゆるメンヘラや問題児と呼ばれる人達の「事情」を、僕自身
が内心、真っ直ぐ綺麗な眼差しで見られなくなりつつあるというか。その人が過去にどんな
失敗や苦しみを味わい、結果様々な問題(不適応な反応)を起こすようになったとしても、
それはそれで起こした被害の免罪符にするべきではない……ということ。その背負い込んだ
過去の傷を治し、降ろさせる手助けは必要ではあっても、何でもかんでも「仕方ないなあ」
では済ませられないというか。僕自身、迷惑を掛けるような真似をする他人がその「事情」
でもって甘やかされうるのを、許せない時があるというか。……ほぼ間違いなく同族嫌悪の
類なんでしょうけどねえ。ただ少なくとも、彼・彼女が「事情」を盾にだるだると被害者面
をして恥じないなんて素振りをみせるならば、その点において彼・彼女はレベルが低いと言
わざるを得ない。

弱いのは分かっている。こう知った風に語っている僕自身も、いわゆる「普通」の勤め人に
なる勇気がつかなくて逃げ続け、転がり落ちた人間ではあるから。
ただその弱さというものも、一つではないのだと思うのです。段階(時間経過)を踏んだ上
での分類というか、本人の自覚の有無や周りとの兼ね合いによる性質の変化。
最初は自覚も無いし、周りも気付いていない。そこから自覚症状が出て一般生活に支障が出
るほどになり、レールから脱落する。そこまでは割と世の中の人々もイメージしようと思え
ばできるんだと思われます。しかしそれから後──延々鬱々と臥せっている人と、ある程度
動けるようになったけど、レールに戻れずにいる人、或いは戻ることを諦めたり割り切って
しまったような人といった区別を、はたして外側の人々は理解しているのだろうか?

僕自身、その一人になって作業場に繋がって、ようやくそうした個々の違いと難しさを目の
当たりにすることができました。『そういう(がむしゃらに働かずに暮らす)のって、ある
意味未来に生きてるんだと思う』──少し前に再会・食事をした旧友は言っていましたが、
まだ僕はそうした“ミニマムな理想”が世の中に受け入れられるとは思えません。とかく単
純に貧富の差が激しくなる一方で、社会の構成員を制度的に分断して再構築するような余力
が今この国にあるとは思えませんし、何より労働に対する馬車馬信仰の根強さと「こっちは
必死に稼いでるのに、ずるいぞ!」が割と大手を振るってコンセンサスを得られてしまう現
状では、そんな複層的で柔軟な生き方への理解は難しいとみるからです。
……少々脱線してしまいました。話を戻すに、未だこの社会では、いわゆる“弱者”も不断
の努力をしなければならない。時に自称・支援者(活動家)達に庇護され、闘争の道具に利
用されるといったケースを除き、僕らはいつ「努力が足りない」「怠けている」との批判を
受けるか分からない・受けても仕方ない部分がある。その為にも──彼らの言う「普通」に
乗り直すかどうかは別として──少しずつでも前に進んでゆく姿を見せておかなければなら
ない。尤もそれを「感動の物語」などと取り上げられ、ポルノ的に消費されるのは、正直腹
持ちならないのですけども……。

弱さには、幾つもの面があると思うのです。身体的であれ、精神的であれ。前者は物理的な
制約という目に見えやすいモデルケースが存在しますが、後者は中々それが難しい。一見す
ればただの迷惑行為・他ならぬ犯罪に抵触する行為も、その「事情」を調べてゆけば、他に
現出させる手段がなかった(知らなかった)というパターンも少なからずある。心理学的な
ことを言うとSOSのサイン、という奴なのでしょうか。ですが、やはり大抵の外野は当人
の事細かな内情など知っている筈もありませんし──知ったとしてもそれらは往々にして、
メディアが針小棒大に煽り伝えるゴシップなガワであって、基本的にもたらされた「実害」
に対して義憤(いかり)を向けて話の肴にするに過ぎません。少なくとも理解してくれる訳
ではない。法律というものの原型も、そんな人間の情動を後押しする。行為を予め決まった
ルールで捌きこそすれど、こと犯罪となれば、その本質は更生(クレンズ)などではなくて
排除(パージ)だ。時折「禊は済ませた」と言って元鞘に戻るケースはあるが、それは大抵
元から“強い”人間に限られる(政治家や有名人、金持ちのような権力者)

「弱さは罪なのか?」──僕が考える限り、それは「限りなくイエス」と答えざるを得ない
のではないかと思います。弱肉強食、持てる諸々の力が少なければ、現実どうしても同じ土
俵で戦う強者が多くを食ってしまうし、そこに上がらなくとも自身の弱さ(病的な部分)を
改めようともせず害を撒き散らすのであれば、その人はやはり罪深いと言わざるを得ない。

絶対に“上手く生きろ”とまでは言わない(僕だって下手クソだから)

ただせめて、日々己をアップデートしようという気概だけは、失わずにいたいなと思う。


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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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