日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔92〕

 光の妖精國(アルヴヘイム)の一角に、古びた屋敷がある。かつて此処は、幾つもの客室
を備えた迎賓館として使われていた。
 しかし、度重なる人々の地上への流出と、神竜王朝の失敗を見てきた里のエルフ達は、次
第にその態度を硬化させてゆくことになる。かつては緩やかに開かれていた門戸も固く閉ざ
され、今では殆ど使われることもなくなってしまった。
「──そうか。彼らは既に里を出た後か」
 そんな、普段ならもう人気もない筈の屋敷内で、胴着羽織の男──ハザワールは静かに呟
いていた。だだっ広い、年季の入った室内庭園の緑に紛れながら、彼は一見して細目の微笑
を湛えている。
「はい。どうやら彼らも、こちらの狙いに気付き始めたようです。一刻も早く、攻略を進め
るべきかと」
 そう彼の前に跪くのは、影士族(シーカー)の女を筆頭とした部隊の面々だ。
 ウラハ達である。以前古都(ケルン・アーク)にてジーク達と交戦した“結社”の信徒達
だった。
 彼は、彼女達から報告を受けていた。深緑弓(エバーグリス)回収の邪魔をさせぬよう、
部下らを使ってアルヴ・ニブル双方の争いの中に陥れた、その後の経過。即ち時間稼ぎがど
の程度功を奏したかの確認。
 しかし、偵察から戻って来た彼女達からの報告によれば、レノヴィン達は両軍がぶつかる
よりも早くニブルを出発したらしい。加えてこちらから派兵された討伐軍が、ニブル側より
現れたコーダス・レノヴィン達によって退けられたという。
「そうだね。予定よりも早めに私達も動く必要がありそうだ」
 マギリは抑え切れなかったか。まぁそれほど期待はしていなかったが。
 ふむ……と、そっと口元に手を当て、ハザワールは小さく頷いた。レノヴィン達がニブル
を離脱してしまった以上、彼らが“守人”達の里に辿り着くのは時間の問題だ。時間稼ぎも
ここまでのようだ。向こうも、予想外の援軍を出してきたようだが……。そこは今の自分達
にはさして重要ではない。
「クライヴ達に伝令を。急ぎ神樹を攻略せよと」
「はっ」
 ウラハ達が改めて、頭を低くしながら跪いていた。胴着羽織が彼の細かな所作に応じて揺
れている。彼女らが立ち上がり、動き出そうとしていた。長らく普段人気のなかったこの屋
敷は、謀略を進めるには好都合な場所の筈だった。
『……』
 しかし、そんな彼らの一部始終を目撃してしまった者達がいた。ジダンとミッツである。
彼らは軟禁部屋から脱出し、不幸にもこの室内庭園を覗ける外廊下の小窓から彼らのやり取
りをしっかりと見聞きしてしまったのである。
 二人は目を瞬いて、暫し固まっていた。どちらからともなく、おずおずと互いの顔を見合
わせて、この窓の向こうに映った現実に衝撃を受けている。
 これは……どういう事だ?
 ハザワール氏に跪く、黒ずくめの怪しい面々。彼の部下にしては不穏過ぎる。
 もしかして“結社”なのか? だとしたら自分達は、ハザワール氏は──。
「……それにしても」
 そんな時だ。ふと庭園内のハザワールが、スゥッと横目を遣ってこちらを見てきた。
 気付かれていたのだ。ウラハ達もその視線に、気配を認めて倣い、腰の忍者刀にそっと手
を伸ばし始める。
「余計なネズミがいたようだ」
 ひいっ──!? ジダンとミッツは、瞬間弾かれたようにその場から駆け出した。
 や、やばい。見つかった……! 微笑や覆面に隠れてよくは見えなかったが、彼らから放
たれた殺気は間違いなく本物だった。
「ハザワール殿!」
 しかし幸か不幸か、その直後に現れた一団が二人の命運を左右した。里の長老達である。
彼らは幾人かの供の兵を連れながら、こちらに近付いて来ていた。掻き消えるように跳躍し
たウラハ達とは、ちょうど入れ替わりになるような形で。
 ハザワールは羽織りを翻し、この邪魔者(らいきゃく)に向き直った。そんな彼の内心も
正体も知らずに、長老達は酷く焦ったような表情を浮かべている。
「ここにおられましたか」
「大変です! 今し方、連絡兵より報告が!」
「遠征軍が退却させられたと……。レノヴィンです! あの憎き、コーダス達が!」
「……」
 どうやら彼らの方にも、ニブルでの一戦についての情報が届いたらしい。ハザワールは表
向きこそ態度には出さなかったが、静かに「そうですか」と小さく眉間に皺を寄せて、これ
に応じてみせた──いや、半ば寄せざるを得なかった。
 邪魔を。このタイミングで……。
 直前、指示するまでもなくウラハ達が動いたが、これでは自分もすぐには動けない。つい
みせてしまった顰めっ面はレノヴィン達にではなく、この老人達へのそれである。
「ひいっ……ひいっ!」
 かくして、運命の悪戯は数拍の隙を生む。
 ジダンとミッツは、酷く引き攣った表情(かお)を貼り付けたまま、一目散にその場から
屋敷から逃げ出したのだった。


 Tale-92.光と霧の衝突(後編)

「おーい、こっちにも薬を寄越してくれー!」
「包帯が足りないわ。誰か、保管庫から新しく持って来てくれる?」
「動けて手の空いている奴は外の見張りを! いつまた連中が戻って来るか分からんぞ!」
 時は少し遡り、霧の妖精國(ニブルヘイム)。
 アルヴの遠征軍を辛うじて退けたコーダス達は、早速里の復旧作業と皆の手当てに奔走し
ていた。医術の心得があるシノや、サラ・タニアなどを中心に、だだっ広くあちこちで少な
からぬ里のエルフ達が処置を受けている。動ける者・手当てを済ませ余力のある者は、引き
続き周囲の警戒に当たった。
「……ありがとう。助かった。もし皆が来てくれなければどうなっていた事か……」
「それにしても、ジーク達も粋な事をしてくれやがって。呼んでたなら呼んでるって、言っ
てくれりゃあよかったのによお」
「あはは。すまない」
「俺達の方から止めたんだよ。お前らが全力で防御を固めてくれなきゃあ、アルヴの奴らが
怪しむかもしれねえだろ? それに、ぶっちゃけさっきのも結果オーライだったしな」
 一方でハルトやカイト、コーダスら男性陣は、そんな里の面々を眺めながら片隅に集まっ
て話をしていた。友のとの再会──それもあるが、何よりも話題は今この瞬間における作戦
会議だ。
「……それにしても、これからどうしますか? 今回はコーダス殿やセオドア殿のおかげで
難を逃れましたが、アルヴ側もこの一戦だけで諦めるとは思えません」
「そうだな。あくまでこれは時間稼ぎ。私達が大分兵力を削りはしたが、数の上でも地理的
にも、守勢のままである事には変わりない」
「向こうは補充しに戻れるからなあ。その間時間ができるとは言っても、やっぱ連中に兵そ
のものを撤収させないことには、どうにも……」
 ミハエルが至極真面目な表情で問い、サウルがコクと小さく頷いた。カイトもガシガシと
後ろ髪を掻き、好転したようで好転していない現状に頭を悩ませる。
「かと言って、攻めに転じるのは難しいだろうね。兵力差もそうだけど、深追いすれば戦い
は泥沼化するだろう。付け入る口実を与えてしまったのはこちら側だとはいえ、元々必要の
ない戦いだ。ジーク君達の為にも、早々に解決したい」
『……』
 ハルトのそんな呟きと思いに、場にいた他のエルフ達も、気付けばじっとこちらに視線を
向けて耳を傾けていた。コーダスやセド、サウルがそんな友を黙して見ている。手当てを続
けていたシノやサラ、タニアも、そうした思いに関しては同じだ。
 解ってる──。
 すると、まるで予めそんな意思を汲んでいたかのように、コーダスが立ち上がった。続い
てセドとサウル、今回息子達の頼みで駆けつけたかつての盟友達が、ちらと互いの顔を見合
わせてこれに倣う。
「大丈夫。その為に、僕達はここへ来たんだから」
「ここの皆には手を煩わせねえ。俺達だけで行く。シノは任せたぜ? まぁ言わなくたって
近衛の二人がいるがな。ちょっくら、逃げた連中を追ってくらあ」
「あ、ああ……」
 ぱちくりと、ハルトがカイトと顔を見合わせて目を瞬いている。
 元より、君達を蔑ろにするつもりなんてないが──。
 しかし、追うとはどういう事だろう? 今し方、深追いは得るものが皆無だという話をし
た所なのに。
「ならば、私も同行しましょう。土地鑑のある者がいた方がよろしいかと」
「お? いいのか? じゃあ頼む。ハルト、借りていっていいよな?」
「ああ。しかし、たった四人でどうするつもりだ? 数を減らしたとはいえ、相手はまだ大
軍の域だぞ……?」
 ニッと、セドが悪戯っぽく微笑(わら)った。皆が何だろう? と見守る中、コーダス・
サウルと共に彼は肩越しに振り向きながら言う。
「昔っから、兵隊を潰す方法なんざ決まってるだろ?」

 サウルの銀律錬装(アルゲン・アルモル)──飛龍(ドラグーン)形態に乗り込み、コー
ダスとセド、サウル及びミハエルの四人は広大な森の上空を飛行していた。一見生い茂る緑
に全てが隠され、人一人見つける事も難しくみえるが、現地人のミハエルの案内のおかげで
アルヴ側の逃走ルートは大よそ見当がついている。
 セドも、火の球に羽の生えたマスコット的な使い魔達を動員し、退却した遠征軍の行方を
捜している。時間は一刻も経っていない。相手の持ち込んだ物量を考えれば、まだアルヴに
帰還を果たしてまではいない筈だ。
『……』
 コーダス達は暫く、この古界(パンゲア)の原生林を見ていた。地上では滅多にお目に掛
かれない大自然である。一見すると、そこは豊かな緑、ゆっくりとした時間が流れる平穏の
象徴だ。しかしその内実は決して穏やかなものではなかった。
 アルヴとニブル、少なくともこの地の妖精族(エルフ)達は、その思想でもって長年深い
溝を作ってきた両者。そのことを知ると、この森の深さはそんな“閉じた”さまの具現であ
るようにも思える。結局、それらをこじ開けるのは闘争しかないというのだろうか? 皮肉
にも、その一翼を他ならぬ自分達が担うことになってしまうとは……。
「お? 見つけたみたいだな」
 だが、そんな誰も口に出さない黄昏も束の間、辺りに散開させていたセドの使い魔達が戻
って来た。どうやら遠征軍の居場所を見つけたらしい。早速飛龍(ドラグーン)──銀の流
体で作られた巨体をうねり、旋回させ、その場所へと降下してゆく。
「──くそっ! 兵達の手当てはまだか、武器の補充は!?」
「ま、まだです。こちらの損害もかなり大きく。まだ合流できていない兵も……」
「ぬううっ……!」
 森の中にある臨時のキャンプ。指揮官率いる遠征軍は、突然の敵の援軍によって一時退却
を余儀なくされていた。兵らの消耗や被害も大きく、彼の焦りとは裏腹にまだすぐには出撃
できそうにもない。
(くそっ、こんな筈では。ユーティリアめ、小癪な真似を……)
 そこへそのど真ん中へ、コーダス達は突如として舞い降りてきた。四人を乗せてきた銀の
飛龍が大きく流体に戻ってサウルの手元に戻り、腕輪に変わる。「なっ──!?」アルヴ側
の兵達は驚愕しつつも、半ば弾かれるように武器を取っていた。矢を番え、剣を抜き放ち、
この闖入者“二人”を取り囲む。
「お、お前ら、さっきの……!」
「まさか、俺達を追ってきたのか……?」
「待ってくれ。敵意は無い。僕達は謝りに来たんだ。息子の──ジークの起こした不手際に
ついてね」
 コーダスと、その横に並んだサウル。にわかに殺気立った彼らに対し、コーダスはあくま
で話し合いをしようと臨んだ。両手を軽く挙げて丸腰の状態を示し、戸惑う面々に向かって
頭を下げ、語り始める。
「ジークは確かに、君達の同胞を斬ってしまった。だがあれは本人の意思じゃない。今回の
騒動を影から仕組んだ“結社”の策略なんだよ。おかしいとは思わなかったかい? そんな
事をしても、あの子達にメリットなんて一つもないだろう? この戦いは、始めから奴らに
仕組まれたものなんだ。無駄に傷付け合うことはない。兵を、退いて欲しい」
『……』
 しかし、一度凝り固まった意識はそう簡単には解きほぐせないのだろう。アルヴ兵達は怪
訝な表情こそ浮かべつつも、誰一人として武器を下すことはなかった。寧ろチッと、指揮官
らしき人物が面々の前に出てきて、カチャカチャと腰に下げた剣を鳴らす。
「そんな事をいきなり言われて、はいそうですかと信じる馬鹿が何処にいる? 先程の一戦
で、我が軍に多大な損害を与えたのは他ならぬお前達ではないか」
「それは……そうだけど」
「そもそも、我々は評議会より、交渉には一切応じるなと厳命されている。大体、その話が
仮に事実だとしても、我らが里に侵入しようとしたことに変わりはないではないか」
『……』
 やはりというべきか、相手は聞く耳を持たなかったようだ。どうやら予め対策されている
らしい。つまりは、向こうの中枢に敵が入り込んでいるということ。逆にこの指揮官に更な
る批判を浴びせられて、コーダスとサウルはきゅっと唇を結ぶしかない。
「まあ、のこのことよくこの古界(パンゲア)までやって来たものだ。我々の問題に首を突
っ込むことが、どういうことか解っているのか? その懇願は、トナン皇国国皇としての態
度か?」
「……いや、一人の父親としてだよ」
 ふん。指揮官は、あくまで“受け流す”コーダスを鼻で哂っていた。一歩二歩と自らこの
二人に近付き、剣が届く間合いを詰めようとする。
(たった二人とはいえ、こちらは兵が疲弊している。今この陣中で戦えば、被害が更に増す
ことは必至。だとすれば、ここは私が……)
 そっと腰の柄を握り、じりじりと相手の様子を窺う。もう自らが人柱にならざるを得ない
のか? せめてこの状況を、里に伝えなければ……。
「仕方ないな。セド!」
 だが、次の瞬間だった。あくまで戦おうとする彼らの反応に、コーダスはそう深く嘆息を
つきながら声に出していた。
 それが、合図だったのである。直後、指揮官達の後ろで大きな爆発が起こった。慌てて振
り向くと森の奥、陣の一角から激しい火の手が上がっている。バチ、バチッとその虚空に垣
間見えるのは、赤い電流のような光。
 セドだった。ミハエルを連れたセドが、コーダスとサウルからはまた別方向の木々の中か
ら現れたのだった。
「な、何が──」
「たっ、大変です! 司令!」
「ゆ、輸送隊が……食糧がやられました!」
「何っ?!」
 そして慌てて報告に駆けつけて来るアルヴ兵。指揮官はその言葉に思わず目をひん剥く。
めらめらと、陣の奥に隠れていた筈の補給部隊の荷車が、次々に燃えている。
「よう。見ての通り、お前らのまんまはこれで消し炭だ。これでお互いジリ貧ってことさ。
それとも何か? 本当の本当に、どっちかが潰れるまで殺り合うか?」
 パチンと鳴らした指先から、赤い“灼雷”の電流が奔っている。
 セドが──わざと悪役っぽく、邪悪な笑みをみせて言った。ひっ……!? その殺気を帯
びた眼に、アルヴ兵の少なからずが悲鳴を漏らして後退る。兵站が尽きれば、どんな軍隊で
も戦い続けることはできない。ただでさえ今は、先刻この者達に手酷い損害を食らったばか
りだというのに。
「ぐぅっ……! 退け、退けぇ! 妖精國(アルヴ)まで走れぇ!!」
 瞬く間に絶望してゆく兵達の姿を見て、遂に指揮官も叫んだ。泥水に漬かされたような苦
渋と苦悶の表情を浮かべ、そのプライドをズタズタにされながら敗走する。叫び、飛んだそ
の合図が出るや否や、兵達は文字通り蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出して行った
のだった。
「……何とか、上手くいきましたね」
「ああ。まったく、セドもえげつない事をするよ」
「しゃーねえだろ? まともに戦ってたら間違いなく落とされるぞ? 次は」
「コーダスの謝罪もろくに届かなかったしな。やはり、アルヴの中枢に敵が紛れ込んでいる
とみてまず間違いなさそうだ」
 すっかりもぬけの殻になった陣跡を、四人は燻る火を消しながらざっと確認して回った。
コーダスやミハエルは作戦の酷さに若干引いているが、実際これ以上の戦いを回避する方法
は限られていただろう。何よりまた次、そのまた次の派兵があっても、同じように兵站を奪
われる徒労を考えて、向こうも安易に手出しをできなくなる筈だ。
(……後は任せたよ? ジーク、イセルナさん)
 これで暫くは時間を稼げるだろう。
 尚も鬱蒼とした木々を、遠い空を仰いで、コーダスはそう心の中で祈った。


 アトス連邦朝王都、クリスヴェイル。
 他国の王や議員達と共に通信越しで、保守同盟(リストン)討伐の一部始終を見守ってい
た最中、その報せは入ってきた。セドやコーダス、シノにサウルといった有志達が、遥か天
上層・古界(パンゲア)に現れ、ニブルに迫るアルヴ軍を撃退したというのだ。
「それは……本当か?」
「フォンテイン侯に加え、トナン皇まで? 一体何を……?」
「エイルフィードめ。出席していないと思えば、そういう事か」
「何をやっているのだ? 今は一致団結して戦わねばならぬというのに……」
 臣下達の多くが、ここぞと言わんばかりに今日不在なセドへの不満を漏らし始めた。中に
は日頃抱える彼への気に入らなさを、隠しもせずにぶちまける者達もいる。
「口を慎め。今は他国と通信で繋がっているのだぞ? あれはあれで必要な戦いだ。情報に
よれば、どうやら向こうの一件、またしても“結社”が絡んでおるらしい。奇しくもジーク
皇子らが“弓姫”アゼルの聖浄器回収に動いている最中……。もし奴らが手を回していたと
すれば、彼らが両陣営の争いに巻き込まれたのも説明がつく。大方、手の込んだ時間稼ぎで
あろうよ。私達の知っている皇子が、意味もなく民を斬ったりなどすまい?」
「……陛下?」
「まさか、この事をご存知で……?」
 そう眉間に皺を寄せながらも、朗々淡々と制してくる玉座上のハウゼン。
 臣下達は思わず恐縮し、されど驚き目を丸くしていた。コク、と当の本人もあっさりとそ
れを認める。場の面々が戸惑うようにざわついていた。画面の向こうの他国の王や議員達の
一部がちらりと目を遣ったようだが、幸いしっかりと聞こえてはいなかったらしい。
「数日前にな。フォンティン侯についても、内々にウォルター議長に届いている筈だ。お前
達も知っておろうが、霧の妖精國(ニブルヘイム)はエイルフィードの旧友が中心となって
興した妖精族(エルフ)の里だ。友の危機と聞いて、居ても立ってもおられなかったのであ
ろうよ」
 まったく、二年前の内乱以降、すっかり“正直”になってしまったな……? 嘆くかのよ
うで、実際ハウゼンの口元には寧ろ小さな笑みさえ浮かんでいる。
『……』
 一方で臣下達は、戸惑いながらもめいめいに思考を巡らせていた。
 王が直々に許可したのならば、自分達も強くは言えない。だが今このタイミング、この時
期に勝手な行動を取られては、国として貴族として示しがつかない。
「し、しかし陛下。妖精族(エルフ)の内紛に、国として干渉するのは……」
「そうです。エイルフィード伯だけならともかく、トナン皇まで巻き込んでいるのですよ?
流石に、一国の王が国を空けるなど……」
「事前に話は通してきた。それでも不満か? あやつも特務軍への兵力拠出自体はきっちり
と果たしている。先程も言ったが、何も敵は一つではないのだ」
 尤も、立場を利用して部下を黙らせるのは、ハウゼンとて本意ではないらしかった。
 あくまで淡々と、順を追って彼は説き伏せる。臣下達が、色々と規格外であるセドを快く
思っていないことは重々承知している。しかし、だからこそ、彼には彼にしかできないこと
をやって貰いたいとハウゼンは思っていた。
 陛下……。臣下達が、理知と私情の間で揺れている。解っているからこそ、ハウゼンもあ
まり一方に肩入れ過ぎては、足元がぐらつく可能性があるとも知っていた。
「確かに傍目には、エイルフィードが周りを率先して動かしたと取られうるかもしれんな。
だが皇国(トナン)の判断は、皇国(トナン)の政府と民が決めること。私達が口出ししよ
うものなら、それこそ内政干渉ではないか? 彼女とてあの国の王だ。友からの誘いであっ
たとしても、何の考えもなしに乗ってはおらぬだろうて」
 それに……。ハウゼンは引き合いに出したシノを信じていたし、何よりこの二年であの国
に起こった変化の数々を知っている。フッと思い出すように、細めたその眼は何処か遠くを
見ていて優しかった。
「今や、あの国は大きく変わった。かつての王政から共和制へ──“皇民会議”が立ち上が
って以降、トナンの政(まつりごと)は彼女に頼り切らずとも回るようになっている。多少
の不在ぐらいではものともせんよ」
「……」
「それは、そうですが……」
 二年前の内乱終結後、シノは夢を語っていた。民を置き去りにした政治から脱却し、真に
民の為の政治を実現するため、この国を皆で治める──共和制への移行を。
 それらは、この二年の間に“皇民会議”という形でもって徐々に実を結びつつある。今は
まだ貴族側と共に半々だが、国中から選ばれた代表・議員達がその席の多くを占めている。
ハウゼンの言う通り、よほど重大な事項でない限りは、彼ら会議の面々によって大半の政務
が捌かれてゆくことだろう。
「……本当に、実現してしまわれたのだよなあ」
「ああ。てっきりあの頃は、血筋だけの素人だと思っていたが……」
 ぶつぶつと、小声で臣下達が囁き合っている。内政干渉の一言が自分達に跳ねっ返ったの
だろう。王がそこまで問題ないと言うのなら、自分達は大人しく従っていればいい。そこま
で肩を持つならば、彼に火の粉の前に立って貰おう──。
「……」
 ようやく引き下がった臣下達に、かくしてハウゼンはこの報告に関わる話を閉じた。勿論
そこには不承不承──セドへの不満や嫉妬といった感情が渦巻いているであろうことくらい
理解している。それでも彼は、その全てが一つの線で繋がっていると確信していた。
 そっと目を閉じる。古界(パンゲア)に向かったセドと、シノ・コーダス、及びフォンテ
イン侯サウル。皇不在でも心配はない。先日故国に戻ってきたというあの男が密かに留守を
預かっている限り、並みの賊では敵う筈などないのだから。
『──どっ、どうするんだ!? お、追うべきなのか?』
『いや、地底は万魔連合(グリモワール)の管轄内だ。我々統務院が事前の通告もなしに突
入すれば、間違いなく外交問題になる』
 一方で通信画面の向こうでは、ワーテル島の戦いが急展開を迎えていた。“結社”の軍勢
が乱入してきたことで劣勢に追い遣られた“痕の魔人(メア)”ことヘイトが、島と共に霊
海の中へと逃げてしまったのだ。通信越しの王、議員達の狼狽が聞こえる。確かにこのまま
追えば、武力をもって地底に侵入したことになる。現地の反発は避けられない。
『面倒っちいな……。おい、急いで四魔長に繋げ! もたもたしてたら向こうにも被害が出
ちまうぞ!』
 舌打ちをし、ファルケンが玉座の部下や他の王・議員達に指示を飛ばしていた。わたわた
と走り回る官吏達の足音がする。ああ、そうだ。現状そう急ぎ根回しを済ませる他に次善の
対処はないだろう。どのみち、厄介事を持ち込んできたと詰られるのは確定だが……。
(しかし“結社”の介入は予想外だったな。それほど、奴らにとっても彼の台頭は不都合だ
ったということか)
 だが、ハウゼンは内心疑問が尽きない。密かに眉根を寄せている。
 ならば、こちらが潰すまで待っていれば良いのに。漁夫の利ならば充分に取れた筈……。

『お前の望みは、我らが大命と共存しない。もうこれ以上、お前達のような第三勢力の存在
を許す訳にはいかぬ』

(……何故だ?)
 あの時“教主”の発した言葉が妙にハウゼンの耳に残っていた。何とも言えぬ、違和感の
ようなものが、尚も現在進行形で思考の中に渦巻いている。

「はあっ、はあっ……!」
 目撃して(みて)はいけないものを目撃して(みて)しまい、ジダンとミッツは無我夢中
で屋敷から、光の妖精國(アルヴヘイム)から逃げ出した。
 着の身着のまま、里の外壁から堀へと転がり込み、もたつく足で森の奥へ奥へと。
 それでも尚連中に追い付かれていないのは、ひとえに土地鑑がよりこちらにあることと、
只々運が良かっただけだと言わざるを得ない。
「ぜぇ、ぜぇ。ジ、ジダン……ちょっと、待って……。限界……」
 一体どれだけ走ったのだろう。そうして息が千切れるギリギリまで走り続けた二人は、や
がてミッツの方が限界を迎えて足を止めた。酷く荒い呼吸を、何度も肩を全身を上下させな
がら立て直す。
 ジダンは汗だくになってこの相棒を見ていた。見渡す森の中は、見知っている筈なのに、
まるで違う場所のように感じる。はたしてどれだけ遠くに逃げられただろう? 此処はどの
辺りだろう? いくら森の守り手──妖精族(エルフ)といえど、普段森に入る時は相応の
装備を整えて臨むものだ。磁石も持っていない以上、昇った陽の位置で大よその方角を知る
くらいしか出来そうにない。
「大丈夫か?」
「う、うん。何とか、落ち着いた……」
「急ぐぞ。いつ連中が追い付いてくるか分かったもんじゃねえ」
「それはそうだけど……。此処、どの辺だろう?」
「さあな。何処か目印になるような場所に出てみないとはっきりとはしねえよ」
 すっかり気弱になってしまった相棒の背をパンパンと叩き、ジダンは言った。相手が相手
なのだ。もし捕まってしまえば、確実に殺される。
「ったく、とんだ厄介事に巻き込まれちまったモンだぜ。あの時、お前と見張りの当番でさ
えなけりゃなあ……」
「そんな事言われても……。僕だって何が起こってるのか、まだよく分かんないし……」
 嘆き合う、不安がる。ジダンは吐き捨てておいてばつが悪く、ミッツも今現在進行形の現
実をまだ受け止め切れていない。
 相手への文句は、すぐに口に出せなくなった。ここで喧嘩していても仕方がない。起きて
しまったことはもう取り消せない。
「ハザワール氏は……“結社”と繋がってたんだね」
「ああ。あの黒ずくめの連中、間違いねえだろ。あんな所でコソコソ話してたし、もし奴ら
の言ってた内容が本当なら……」
 ぎゅっと唇を結び、ジダンは一度そこで言葉を切った。深く眉間に皺を寄せ、これまでの
ことを思い返している。
 ……考えてみれば、怪しい点ばかりだったんだ。何で竜族(ドラグネス)のお偉いさんが
急にふらりと現れたのか。長老達はその家名に中てられ、すっかり歓迎しているが、そもそ
もあいつらがアルヴとニブルの対立に──レノヴィン達とのあれこれに首を突っ込む理由が
ないのだ。だがそれも、奴らが“結社”の一員であるのなら全て辻褄が合う。
「ジダン?」
 唇を小さく掻きながらそうぶつぶつ呟き始めた相棒に、ミッツが疑問符を浮かべる。
 荒くなっていた呼吸は、すっかり落ち着いたようだ。ようやく冷静になり、改めて辺りの
景色を見渡したり、追っ手の気配を探ったりもしている。
「……ニブルへ行こう」
「えっ?」
 だから、次の瞬間彼の言った言葉にミッツは目を丸くした。少なくとも冗談で言っている
様子はない。振り向いた彼の眼は、至極真剣──必死そのものだった。
「そりゃあ、これからどうしよう? っては思ってたけど……。それって、向こうに寝返る
ことにならない?」
「なる、だろうな。少なくとも里の皆にはそう映る。だけどよお、ハザワールの正体を見ち
まって気付かれた以上、里にいたら間違いなく殺されるぜ? だったらいっその事、向こう
に事情を話して匿って貰った方が安全だ。どっちにしろ、今の里は明らかにおかしいだろ」
「……そう、だね。もしかしなくても、長老達や皆は騙されているんだと思う。元を辿れば
僕達のせいとはいえ、今回の戦いはいくら何でもいきなり過ぎる……」
 ごくりと息を呑んで、ミッツもゆっくりと小さく、コクリと頷いた。
 両者の戦いを止めたいという思いは自分も同じだ。もしそれが、ハザワールや“結社”と
いった第三者によって仕組まれたものだとすれば……。
「ニブルへ行こう。遠征軍の皆を見つけて全部話そう。上手くいけば、この戦いを止められ
るかもしれない」
「俺はそこまで言ってねえんだが……。まぁ、少なくともハザワールが“結社”と噛んでる
ことは間違いねえからな」
 頷き合って、二人は走り出した。森の切れ間から覗く陽の位置を頼りに、一路遠征軍が向
かった、大よそ北北東にあるという霧の妖精國(ニブルヘイム)を目指す。
 ……止めなければ。
 こんな、仕組まれた戦いなど。

 ジーク達が辿り着いた時には、既にそこは文字通りの地獄絵図だった。
 古界(パンゲア)の原生林を抜け、辿り着いた“守人”達の里。しかしそこはもう壊滅と
言ってしまっていいほどの惨状を晒していた。木々は燃え、それらに隠れるように建てられ
た家屋は破壊され、土敷きの通りには傷付き倒れた里の住人達が点々と転がっている。
「こいつは……酷ぇ」
「っ──! 皆、皆ぁ!」
 愕然とするジーク達の横を、ミシェルやテオらが走り抜けて行った。通りや崩壊した家の
中でぐったりとしている同胞達を抱き起こし、必死になって声を掛ける。殆どの者は時既に
遅く息絶えていたが、そんな中にも辛うじてまだ意識のある者がいる。
「ミ、ミシェル、様……」
「おい、大丈夫か!? どうしたんだ? 一体私達のいない間に、何があったんだ!?」
「……すみ、ません。留守を、守れず……」
「“結社”です。黒ずくめの兵達と、魔人(メア)どもが、この里を……」
 だがそうした彼らも長くはもたず、やがて彼女らに抱かれたまま意識を手放した。ガクリ
と預けられた体重がやけに軽く感じられる。震える手でミシェルが、テオがこの者達の呼吸
を確認した。……ふるふる。テオら仲間達が黙って首を横に振り、ミシェルがくぐもった声
で慟哭を上げる。
「くそっ! 遅かったのか……?」
「どうやら、そのようだね」
「酷い……酷過ぎます!」
「エバーグリスヲ手ニ入レル為ニ、里ゴト根コソギトイッタ所デショウカ」
「おそらくはね。少なくとも志士の鍵は、ミシェルさんが持っている訳だし」
 あああああ! 絞りだすような嘆きの声に、ジーク達は暫くその場に立ち尽くすしかなか
った。激しい怒りや秘めた怒り、哀しみと尚も冷静でいようとする心が皆の中で混在する。
どうやらこれまでの推測は間違っていなかったようだ。“結社”は始めから、この隠れ里を
攻略する為に自分達を罠に嵌めた……。
「皆……」
「くそっ、くそぅ! そこまでして、そこまでしてあの弓が欲しいかッ!?」
 そんな時だった。沈痛な面持ちでその場に座り込むテオらとは対照的に、ミシェルだけは
その激情のままに地面を蹴っていた。同胞らの命を奪った“結社”への怒り、それを防げな
かった自身への怒りに身を焦がし、一人「あああああッ!!」と叫びながら通りの向こうへ
と駆け出してゆく。
「お、おい!」
「隊長!」
「拙いな。今彼女を突っ走らせれば……」
「追うわよ! 奴らも、まだこの里の中にいる!」
 慌ててジーク達は彼女の後を追った。点々と倒れ伏した住人達の亡骸を横目に、今は努め
て凝視しないようにし、通りの奥へと進む。犠牲者の中には革防具を身に着け、壊れた剣や
弓を傍に落としている者達もいた。ミシェルらと同じ“守人”の戦士達だったのだろう。
「──いたっ!」
 そうして通りの突き当たり、円形に拓かれた森の中の広場に差し掛かった時、それは一行
の前に姿を現した。
 天を衝くような巨大な樹である。まるで広場の主であるかのように、隠れ里全体を見下ろ
すかのようにそれは鎮座していた。樹齢何百年とも知れぬ巨木が、幾重にもその幹をうねら
せ絡ませながら、巨大な一本の樹となってそそり立っている。
「まさか……これが、神樹アゼル?」
「はい。そうです。俺達の先祖が代々守ってきた、かの“弓姫”アゼルの墓──この隠れ里
の象徴とも言える存在です」
 息を切らし、眉間に皺を寄せながら答えるテオ。その理由は彼の、ジーク達の向けた視線
の先にあった。
 “結社”達である。今や見慣れた黒衣のオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)といっ
た軍勢を、三人の使徒らしき魔人(メア)が率いてしきりにこの神樹を攻撃していたのだ。
 巨大に膨れた幹のあちこちには、刃物で斬り付けられた溝が刻まれ、その表面には焼け焦
げても尚、急速に再生を繰り返したと思しき痕跡が点在している。
「どっ……せいッ!!」
 轟と、幹に叩き付けられる巨大な何か。舞い上がる土埃だけは激しく、この場に駆けつけ
たジーク達を思わず手で庇を作りながら踏ん張らせる。
 ミシミシ。神樹はその度にまるで悲鳴を上げているかのようだった。周りにはこれを守ろ
うとして力尽きたらしき“守人”の戦士達が大量に倒れており、そんな懸命の抵抗を踏み躙
るように、武器を火のついた松明を振るう軍勢がある。
「ちっくしょう……キリがねえな。何だこりゃ」
「おそらくは、この下に埋まっている深緑弓(エバーグリス)の力じゃろう。自らの危険を
察知して、この樹に魔力を与え続けておるとみえる」
「じゃあ、もう一度皆で火を点ける?」
「止めとけ。さっきもやったろーが。並みの火力じゃあ、再生に間に合わなかったろ?」
 一人は、大矛を担いだ竜族(ドラグネス)の戦士だった。
 一人はもさもさの白髭を弄っている古仰族(ドゥルイド)の老魔導師で、もう一人はそう
この神樹を見上げている褐色肌の女妖精族(エルフ)だった。
 十中八九、この軍勢を率いているリーダー格だろう。彼らを中心に、黒衣のオートマタ兵
や狂化霊装(ヴェルセーク)達がどうしたものかといった様子で空を仰いでいる。どうやら
これだけ寄って集って切り倒そうと攻撃を加えても、当の神樹はその聖浄器から受ける再生
能力によって必死に耐え続けていたらしい。
「っ、お前達──!」
「貴様かあ! 貴様らが、皆を!」
 状況を理解したジークの怒りと、ミシェルのそれが、ほぼぴったりと重なった。それまで
あーだこーだと神樹に挑んでいたこの“結社”達──三人の使徒達が、ふいっとこちらの到
着に気付いて、肩越しに振り返る。
「あら。来ちゃったのね」
「ふぅむ? どうやらマギリはしくじったらしいのう」
「……ふん。悪いが、神樹(こいつ)は俺達の先約だ」


 痛めつけられる神樹の前で、ジーク達と使徒らは対峙した。
 状況は時既に遅し、最悪に近い。急いで彼らを倒さなければ、この里は本当に全て滅んで
しまうだろう。神樹もろとも、深緑弓(エバーグリス)も奪われてしまうだろう。
「へっ。思ったより早かったな」
「そうだの。おそらくは、儂らの計画に気付いたのじゃろう」
 立ちはだかるのは、三人の魔人(メア)。ツンツンの銀髪に袖なし鎧を着、大矛を担いだ
竜族(ドラグネス)と、皺だらけで白髭もじゃもじゃの老魔導師。妖精族(エルフ)には珍
しい、褐色の肌をした女だ。
 ずらりと並んだ、彼らと黒衣のオートマタ兵、狂化霊装(ヴェルセーク)達。
 やはりニブルとアルヴをぶつける時間稼ぎは奴らの仕業だったようだ。ぎりっと歯を噛み
締めるジーク達に、大矛の竜族(ドラグネス)が言う。
「一応初めまして……だよな? 結局ニブルは見捨ててきたのか? あいつらにけしかけた
喧嘩に巻き込まれずにここまで来たってことは、そういうことなんじゃねえの?」
「そんな訳ねえだろ! ハルトさん達なら大丈夫だ。お前らをぶっ倒したら、すぐにでも戻
って守るさ」
「貴様らが……貴様らが……! よくも、よくもッ!」
「た、隊長。落ち着いて!」
「無理もないがな……。だが、マギリを引き抜いたことも含め、おそらく俺達では手も足も
出ないぞ。今は神樹を取り戻す事だけを考えろ」
 戦力としては、ミシェルらは正直当てにはならないだろう。ジーク達は誰から言うでもな
くそう互いに目配せをし、めいめいに獲物を抜いた。オートマタ兵達も鉤爪手甲や槍などを
構えて臨戦態勢に入る。
「ふん。ま、どっちにしても好都合だ。里中をひっぺ返しても“鍵”が出て来なかったから
なあ。お前らが持ってるんだろ?」
 言われて、ミシェルが怒りの表情のまま、その服の下に隠している志士の鍵を胸元ごと握
り締めた。やっちまえ! 男の合図で、オートマタ兵と狂化霊装(ヴェルセーク)達が一行
に向かって襲い掛かる。
「皆、ミシェルさん達を後ろに! 火力のある攻撃で先ずは数を減らすわよ!」
『了解!』
 イセルナの指示に弾かれて、対するジーク達も地面を蹴った。出し惜しみはしない。始め
から飛翔態を纏ったイセルナの目にも留まらぬ剣閃を始め、オズが射出してぶん殴るチェイ
ンドアーム、リカルドの銃弾と蹴りによる体捌きに、ハロルドが放つ光鎖の魔導。
 おおおおおっ! ジークの《爆》が、狂化霊装(ヴェルセーク)の右半身を斬り裂いた。
すかさず中に核として囚われた人々を、ハロルドの光鎖が絡み取って回収する。シフォンや
クレア、レナが弓や魔導の援護射撃で残る雑兵達を食い止めていた。全身にオーラを滾らせ
て、ジークは真っ直ぐに敵を薙ぎ倒しながら、この竜族(ドラグネス)の男に挑みかかる。
「はん、上等だ。ヴァハロとやり合ったその力、見せて貰おうじゃねえか!」
 何故それを……? 寸前、眉根を寄せたが、次の瞬間には両者の大矛と太刀が激しくぶつ
かり合っていた。オーラ同士が火花となって辺りに飛び散る。
「クライヴ!」
「こいつは俺が引き受ける! フェルト、サロメ、お前らはあの“守人”をやれ! 鍵さえ
手に入りゃあ、後は何とでもなる!」
 この男──使徒クライヴに、女妖精族(エルフ)のフェルトと老魔導師サロメが叫んだ。
だがその間にも彼とジークは激しく剣戟を交わし、跳び回り、どんどん樹上や壊れた家屋の
上に移ってゆく。
「俺がお前を倒せば、あいつより俺が上だって証明になる!」
 どうやら同じ竜族(ドラグネス)として、彼をライバル視しているらしい。
 しかしジークにとってはそんな事はどうでもよかった。少なくとも、この場で今一番ヤバ
いと感じたのがこの男なのだから。横薙ぎの一閃を、クライヴは大きく跳躍して中空へと跳
んだ。躊躇している暇はない。その間に誰かが傷付き、死ぬのなら……。
「どっ……せいッ!!」
「っ!?」
 だが次の瞬間、クライヴの放ってきた攻撃にジークは思わず目を見張った。空中で大上段
に矛を振りかぶり、込めたオーラがこの得物を瞬く間に巨大にさせたのだから。
 咄嗟の判断で方向転換し、大きく跳んでこの長大に過ぎる一撃をかわす。ただでさえボロ
ボロに壊され、焼かれた家屋が木々が文字通り叩き潰され、大量の土埃が舞った。仲間達と
共にジークは、この巨大な攻撃に唖然としている。
「それが……お前の能力か」
「おうよ。強化型《膨》の色装。俺の握ったものは全て、巨大化する!」
 神樹を叩き切ろうとしていたあの轟音の正体は、これだったのだ。二発目三発目と、ぶん
ぶんと有り余る勢いを利用し、クライヴが巨大化した大矛を振り下ろしてくる。地上にいた
オートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)──味方であろうが関係ない。クライヴはただ狙
いを定めた先にいるジークだけを見つめて、狂喜に笑いながらその《膨》得物を何度も叩き
付けてくる。
「くそっ! なんつー滅茶苦茶な……」
 しかしその時だったのだ。追い討ちをかけるように隠れ里ごと周囲を破壊して追ってくる
クライヴに悪態をつき、大振りの隙を狙って飛び込んだのがいけなかった。彼はジークのそ
の動きを読み、ぐるんと矛の持ち手を回転させたのだった。結果、避けていた刃先ではなく
柄先の方が半ば死角からジークに迫り──。
「征天使(ジャスティス)!」
 それを、レナが咄嗟に割って入って防いだ。自身の巨大な鎧天使の使い魔を召喚し、この
長大な攻撃を受け止める。
「ちっ……!」「レナ!」
「私も加勢します! このままじゃあ、神樹さんも壊れちゃう!」
 そんな、豪快過ぎるジーク達の戦いを視界の端に映しながら、シフォンが機敏な動きで家
屋や木々の間を跳び回っていた。地上ではイセルナ達がオートマタ兵ら雑兵を引きつけてく
れている。ミシェルらを守ってくれている。
 ならば……自分はこっちの使徒を何とかしよう。
 フェルトだった。自分と同じく足場を飛び回って追い縋ってくる、褐色エルフの女だ。
「何であんな奴らに肩入れするのさ? 知ってるよ。あんたもあいつらに追い出されたクチ
なんだろう?」
 侮れない速さと鋭さで飛んでくる投剣。
 それらを、ほんの数拍の所でかわし続けながら、シフォンも魔力(マナ)の矢を撃っては
応戦していた。お互いに飛び道具使いのようだ。同じ妖精族(エルフ)出身の機敏さもあっ
て、中々有効な一撃が入らない。シフォンは応えず、只々再度その弓を引き絞る。
「解らないねえ。あんな石頭な奴ら、潰し合ってればいいのに」
 一度に複数、弧を描きながら襲ってくるシフォンの矢。
 だがフェルトはそれを、敢えて正面から待ち受けた。両手からオーラを練り、左右に押し
広げるように壁を作る。
「──!」
 矢が、彼女の目の前で止まったのだった。いや……正確には彼女が伸ばしたオーラの膜に
絡め取られて、完全に勢いを失ってしまっている。
「粘着性のあるオーラ……。付与型か」
「そう。これが私の《粘》の色装。解ったでしょう? 貴方の矢は、私には効かない」
「……」
 ならば。一瞬眉音を寄せたシフォンだったが、次の瞬間には自身のオーラを練って、足元
に靄状のそれを拡散させた。彼の《虹》の色装である。あっという間に広がった靄の力場は
フェルトを囲み、無数のシフォンの姿が矢を番えて彼女を狙う。
「情報は聞いてるわよ。幻術の類なんでしょう? でも……」
 しかしフェルトはフッと笑うと、指先から《粘》のオーラを放った。狙ってくるシフォン
の、本物か偽物か一見すれば分からない攻撃に対して、あるものを引っ張り出して盾にして
きたのだった。
「っ!?」
 それは、辺りに倒れていた“守人”達の死体。
 フェルトは自身のその能力で、彼らを身代りにしてこの全方位からの攻撃を防いでみせた
のだった。思わずシフォンが歯を食い縛り、躊躇う。それが本物の矢と、偽物の矢のヒット
する・しないさまを明確に示した。「そっちね……」ついっとフェルトは振り返り、再び指
先から《粘》のオーラを飛ばす。
「!? しまっ──」
 それはそのまま、シフォンの肩にくっついて彼を高く空中へ。あたかも一本釣りのように
木の枝を支点にして放り投げられた彼は、そのまま激しく地面に叩き付けられる。
「おじさん!」
 その破壊力は激しく砕けた地面と、口から「がっ……!?」と血を吐き出すシフォンの苦
悶の表情からも明らかだった。オートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)からミシェル達を
守っていたイセルナら、その中にいたクレアも、上空を舞って地面に叩き付けられた彼の姿
を目の当たりにして思わず叫ぶ。
「くっ……。誰か、シフォンのフォローに回れる者はいない?」
「そうしたいのは山々なんですけどね……。この状況じゃあ、頭数がっ」
「同感だ。こいつらを片付けておかなければ、後ろの守りが薄くなる」
 イセルナ達も、確実に雑兵らの数を減らしていたが、如何せんミシェルらを守りながらの
戦いでは守勢に回らざるを得なかった。新たな使徒と新しい能力、クライヴの《膨》が放つ
大矛やフェルトの《粘》のオーラが、こちらにも周囲の瓦礫やら撃ち損じた投剣を放り込ん
できてそれ所ではない。助けに行こうとすれば、オートマタ兵達と他ならぬ死体の盾が割り
込んできて、こちらを分断しようとする向こうの思惑から中々抜け出せないでいる。
「へっ。ちょこまかと鬱陶しい……。ま、流石にそう簡単にはくたばらねえか」
 更にもう向かい片方のクライヴとジークも、同じパワー型の攻撃が故に中々相手を崩すに
は至っていないようだ。
「ええい、何をしておる? こういう時こそ効果的に戦わんか!」
 だがしかし、そんな状況を動かしたのは残る一人、サロメだった。
 皺くちゃの肌に伸びた白髭を扱きながら、この老魔導師はバッと懐から複数の藁人形を取
り出す。そこにはジーク、シフォン、クレアにハロルドといった名前を書いた紙切れが貼り
付けられ、その藁の身の中にも何やら髪の毛や皮膚片らしきものが詰められている。
 む……? ジーク達が一斉にその異様な道具を見遣った。これら藁人形とそれを握り締め
るサロメを中心に、禍々しく黒いオーラが練り込まれ、高まってゆく。
「お主ら、光の妖精國(アルヴヘイム)での暴走、憶えておるか? 儂がおる限り、お主ら
は我々には勝てん!」
 ふひゃひゃひゃひゃ! サロメはそう高らかに宣言して、笑った。両手の指の間に四人の
名前の書かれた──古都(ケルン・アーク)の戦いでサンプル採取に成功した藁人形達を挟
んで、再びその能力を発動しようとする。
「さあ、我が傀儡(くぐつ)どもよ! 守人から“鍵”を奪え!」
 だが……それが状況を動かしたのだった。《呪》の色装。対象の名前とその一部で作った
人形を使い、どんな相手でも思いのままに操れる筈の操作型能力。
 しかし次の瞬間、ジークやシフォン、クレアにハロルド、彼が掌握したとばかり思ってい
た四人の身体から、どす黒いオーラが何かに弾かれるようにして消し飛んだのだ。代わりに
ぽろりと零れ落ちたのは、いつの間にか面々に刺さっていた小さなピン……。
「なっ!? 何が……」
「残念だったな。てめぇの能力はもう対策済みだ。ありがとよ。この時を待ってたんだ」
「操作型且つこちらに姿も悟らせないほどの遠距離性能──加えて古都(ケルン・アーク)
における一見不必要な襲撃……。悪いが君の手品の種は大よそ見当がついていた。後は彼女
に頼んで、相反する術式を刻んでおいて貰うだけだ」
 ジーク達四人だけでなく、そうやれやれと語る残りのハロルドらも。
 他でもない。ジーク達はニブルを出発する前、クレアに反魔導(アンチスペル)のピンを
打って貰っていたのだ。ハロルドの見立てで幾つかの操作型能力を想定し、それらを打ち消
せる術式を書き込んだものを。
 せいっ! 驚いて目を見開いていたクライヴやフェルト、何より当のサロメに向かって、
ジークは蒼桜の飛ぶ斬撃を放った。「ぎゃっ!?」彼の手に持っていた藁人形が、その一撃
を受けて燃え、あっという間に消し炭になる。
「あんな目に遭ったんだ。二度も引っ掛かって堪るかよ」
 ぺい、ぺいっとそれぞれ服の下に刺してあったピンを捨て、ジーク達は再び武器を構えて
戦闘態勢を取った。始めからそのつもりだったのだ。少なくとも敵は隠れ里を狙っている。
その内の誰か──信徒か使徒かは分からないが、能力の持ち主はそこにいる。ならば彼が再
び、能力を使って自分達を捕らえてくる瞬間に備えようと。その時こそが、この“呪い”を
解くチャンスになる筈だと。
「お……おのれ! おのれぇぇぇ!!」
 サロメが、そのか細い老体を震わせて絶叫していた。完全に作戦が裏目に出てしまった彼
を、クライヴとフェルトがそれぞれジト目を遣って、無言で非難している。
「……団長、ハロルドさん」
「ええ。分かってる」
「行っておいで。ハルトさん達を頼む」
 するとどうだろう。次の瞬間、サロメの《呪》から解放されるや否や、ジークは一人転送
リングでこの場から離脱してしまったのである。
 ぽかんと、クライヴ達から数拍呆気に取られていた。さっきの短いやり取りから、再び彼
がニブルへと向かったらしいことは分かったが……。
「……ほう? 随分と余裕をこいてくれるじゃねえか」
 故に、次の瞬間クライヴがみせたのは、狂喜と殺気。
「まさか、レノヴィンなしで俺達に勝てるとでも?」
 イセルナ達は応えなかった。ただギチッとそれぞれに得物を握り締め、この邪悪な者達を
討ち払うべく向かい合う。

 ルフグラン号の修理が終わるまでは、どのみち長距離を移動することは難しい。
 ワーテル島落下のニュースの余韻が醒めやらぬ中、ダン達南回りチームは改めて人々への
聞き込みを行うことにした。手分けをして“巨侠”テュバルの足跡を追う為、手掛かりを探
すことにする。
「──テュバルぅ? 一体いつの時代の話だよ?」
「あんたらも変な奴だな。今は皆、それ所じゃねえって」
 グノーシュとサフレ、マルタ。
 三人は早速最寄の街に繰り出すと、通りを行き交う人々や方々の一角でたむろしている者
達などに声を掛けて回った。
 だが、やはり先日の一件のせいでタイミングが悪いのか、それらしい成果は挙がらない。
住民達は事件の影響で総じてピリピリしており、中にはこちらが地上の人間だと知ると、露
骨に態度を悪くする者も少なくなかった。
「──知らないねえ。自分も、器界(マルクトゥム)に来たのは先々代の頃だし……」
「冷やかしなら帰ってくんな。元々此処は、昔っから人の出入りが激しいからね」
 クロムとステラ。
 二人は主に、商店街を中心に聞き込みを行っていた。通りや路地に面する店舗一つ一つに
顔を出し、なるべく穏便に事を運ぼうとする。
 だが、芳しくないのは彼らも同じだった。鉱脈で一攫千金を狙う荒くれ者達の土地。この
街もそんな評判の例には漏れず、何処か荒々しくてきな臭い。自然、そういった者達を相手
に商売する人々も曲者揃いになるという訳だ。
「うーん。上手くいかないねえ」
「ああ。だが、地道にやるしかないさ。簡単に見つかるようならば、とっくに聖浄器は賊の
手に渡っている」
「そりゃあ……そうなんだけど……」
 ぶつぶつ。また一つ空振りだった店を後にして、二人は通りに戻る。埃っぽい土色の街並
みは活気こそあるが、やはり全体的にギスギスしているように思える。それだけ、自分達が
普段暮らしている地上の治安がまだマシだということなのか。相変わらず淡々と、真っ直ぐ
に前を向いて歩いているクロムの横を、ステラは若干小走りになってついて来ている。
「そういえばクロムって、こっちに居た事があるんだってね? ダンさんが言ってたけど」
「……昔の話だ。まだ私が組織に入るよりも前、僧侶だった頃に一時赴任していた」
「ふぅん?」
「愛した人と出会い、そして失った場所だ」
 故にステラは、思わず目を丸くしていた。そうクロムがあっさり淡々と言うものだから、
うっかり聞き逃しそうになった。
「えっ? えっ……? あんた、そんなことが……」
「昔の話だ。今更どうしようもない。それよりも」
 なのについっと、当のクロムはそれ以上多くを語ろうとする事はなく、逆にステラの方を
ちらっと見下ろして訊ねる。
「お前は、ジークが好きなのか?」
「……。はあっ?!」
 ぼんっと顔を真っ赤にして。ステラは今度は思わず声を上げた。行き交う周りの者達が怪
訝や不快に眉を顰め、じろっとこちらを睨んでくる。
「な、何でいきなりそんなこと……。っていうか、この状況で言う? 普通……?」
「いつもは他の者がいる。皆の前で訊かれたいか?」
「んな訳ないじゃん! ……もう、何なのよお」
「それで? 好きなのか?」
「うっ、だから何で……。そ、そりゃあ、好きだけど……。でも、レナがいるし……」
 顔を赤くしたまま、面と向かえずぶつぶつと呟いているステラ。
 しかしクロムは、訊ねておいてそれを見遣ることさえしていなかった。淡々と、前を向い
たまま変わらず歩を進めて、されど全くの澱みなく言う。
「……私達魔人(メア)は、半永久の時を生きる。想っているなら伝えろ。悔いだけは残す
べきではない」
 ダンとミア、リュカ。
 残る三人は街の一角にある酒場へとやって来ていた。「情報収集の定番といったら、此処
しかねえだろ」ダンはニッと笑って言ったが、きっと半分くらいは酒目当てだ。きっとそう
に違いない。ミアもリュカも、やれやれと白い眼で見たり、肩を竦めている。
「──テュバル? ああ、大昔の英雄だっけ?」
「行方を探してるのか。へへ、つーことは、あんたらも財宝目当てだな?」
 器界(マルクトゥム)ゆかりの偉人、十二聖の一人というだけあって、名前なら聞いた事
があるという者は多かった。しかし、彼らの中で有力な情報を持っている者はいない。そも
そも昼間っからこんな場所で飲んだくれている者達に、期待しろという方が難しいのだが。
「ほう……? お主ら、あの男を追っとるのか」
 そんな時だった。妙に勘違いされて歓迎されたり、訊いてもいない冒険話を聞かされたり
している最中、一人の老人がダン達の前に進み出てきた。羽織姿の小柄な鬼族(オーグ)だ
った。随分と歳を取っているのか、顔や手は皺くちゃで、元々体格に恵まれた種族ながらも
すっかり腰が曲がってしまっている。
「? ああ。爺さん、知ってるのか?」
「あー……。おい、あんたら」
「その爺さん──ヨーキ爺は大分ボケてるんだ。話半分くらいで聞いとかないと、振り回さ
れるだけだぜ?」
「やかましい! まだそこまで耄碌(もうろく)しとらんわ! ……ほほっ。すまんのう。
最近の者は、年寄を敬うということを知らん……」
 はあ。ダン達は生返事をし、この話しかけてきた老人・ヨーキの言葉を待った。彼と同じ
くここの常連なのか、周りの客達がほろ酔いに任せてそう口々に忠告してくれる。尤も当の
本人はくわっと反論するほど元気そうで、こちらに向き直ると妙に上機嫌に話し始める。
「“巨侠”テュバル……忘れもせんわい。まだ器界(ここ)の開拓が本格化して間もなかっ
た頃、ここはそれはそれは荒くれだらけの争いの絶えん土地でなあ。それを、あの男はその
腕っ節一つで治めて回ってみせた。ほんに、強かった。帝国(ゴルガニア)を倒して終わり
ではなく、その後の人々のことまで心配してくれた……。儂ら世代の者にとってはまさしく
ヒーローじゃよ。儂自身、直接会うたことはないが、彼が部下達と何処そこに来ると聞いた
時には、人ごみを懸命に押し退けて見に行ったものじゃ。子供心ながら、あれほど興奮した
ことはあるまい」
 そう語る彼の目は、本当に嬉しそうだった。
 在りし日々の思い出。幼い頃目に焼き付けた英雄の姿。曰く、そんな彼について調べてい
ると聞き、つい嬉しくなってダン達に声を掛けてきたそうだ。周りの他の常連達も、普段と
は違う生き生きとしたその姿に、少なからず呆気に取られている。
「もし彼の足跡を辿りたいのなら、開拓史記念館を訪ねるといい。ここからずっと南、東方
の北端にある“硬色の町(ボナロ)”という町じゃ。開拓黎明期の史料が色々と展示されて
おる場所じゃから、彼ゆかりの品も中にはあろう」
「おお、そっか……。ありがとよ、爺さん」
 だから、そんな話を聞くダン達も何だか嬉しくて。
 うんうんと頷いて振り向いたダンに、ミアとリュカもコクリと頷き返した。他に当てがあ
る訳でもない。そういった場所があるのなら、行ってみる価値は充分にあるだろう。
「決まりだな」
 ……ありがとう。ありがとうございます。ミアとリュカもこのヨーキ老人に礼を言い、三
人は酒場を後にしようとした。
 早速グノ達に連絡しよう。
 ルフグラン号の修理を待って、今度は一路南へ──。
「ッ!?」
「きゃあっ!?」
 だが、ちょうど次の瞬間だったのだ。酒場内にいたダン達やヨーキ、他の常連らは突如と
して襲ってきた大きな揺れに、思わずバランスを崩してよろめいた。咄嗟にミアがリュカの
手を取って引き、ヨーキも近くのテーブルに掴まりながら辺りを見渡している。
「な……何だあ?」
「地震か?」
「おい、外は? 外の奴らは無事なのか!?」
「あ、ああ。今見て──」
「たっ……大変だあ! 皆、外っ、外が……!」
 血相を変えて窓の外を指差した客の前を通り過ぎ、ダン達三人は逸早く弾かれたように外
へと飛び出した。他の常連達の一部も、つられるように続いて出てくる。
「おいおい……! 一体、何がどうなってやがる……!?」
 そこに広がっていたのは、新たなる異変。見上げた褐色の空を食らうが如く、無数の巨大
などす黒い触手が、まるで鋭い棘のように次々と放射状に伸びてきて地上へと刺さってゆく
ではないか。
 ダン達はその中心地──触手達が伸びてくる方向を見た。
 遥か南。先日ワーテル島が落ちてきた方角だ。そこから無数の──黒い瘴気の触手達が、
刃のように鋭く尖って、次々と器界(マルクトゥム)全域に根を張ろうとし始めている。
「はははははははは!!」
 ヘイトだった。ヒュウガら討伐軍と“結社”の猛攻に遭い、この地底層へと一旦退却して
来た彼が、迫る追撃を討ち破る為に残った操精器を梃子にし、今度は器界(マルクトゥム)
の人々を巻き込んで力を取り戻そうとしていたのだった。
「まだだ……まだ負けていない……。僕にはまだ、奥の手がある……!」
 狂気に包まれた笑い。ボコボコと自らを包み、修復する黒瘴気の流動する塊の中で、彼は
持てる魔力をフル稼働させていた。
 ここで終わる訳にはいかない。やっとここまで、力を集めてきたのに……。
 そんなヘイトの──“痕の魔人(メア)”の傍にそれは在った。透明の、翠色の溶液を満
たした大きなカプセルが設置されている。その中には、一本の装飾短剣が浮かんでいた。

 “自在鑓ブリュンナク”。
 それはかつて、志士十二聖の一人“千面”イグリットが使った聖浄器で──。


 一人ルフグラン号に戻って来たジークは、すぐに船内の様子に違和感を覚えた。
 転移陣のある施設棟を出て、船内各所を繋ぐ連絡路を真っ直ぐ船首方面に向かう。暫くす
るとその一角に、団員や技師達、アルスとエトナの姿が見えた。何やら話し込んでいたよう
だったがこちらに気付いたらしく、小さく目を見開くと近付いてくる。
「あ、ジーク」
「兄さん……?」
「お、おい。何でお前一人なんだよ? 団長達はどうした?」
「まあ、色々あってな……。それより、レジーナさん達を呼んでくれ。急いで転移装置を使
いてぇんだ」
 どうやら違和感の正体は、皆が慌しく動き回っているかららしかった。アルス達から話を
聞くと、先日魔界(パンデモニム)から器界(マルクトゥム)──現在地へ降下する霊海の
中で“結社”の軍勢に襲われたのだという。幸い、ダン達の持つ聖浄器とエリウッドの操縦
で難は逃れたものの、元通り飛行するにはあちこち修理が必要なのだそうだ。
「いやあ、一時はどうなる事かと思ったよ。落とされたら間違いなくあの世行きだからな」
「コーダスさん達を送ったのが、その後でよかったぜ。よく分かんなかったけど、ハロルド
さんの作戦なんだろ?」
「ああ。詳しい事は戻ってきた時にまた聞きゃあいい。今はまだ、状況がグラついてて全部
片付いた訳でもねえし」
「……兄さん、本当に大丈夫なの? 僕達も力を貸した方がいい?」
「心配すんな。今は父さん達がニブルを守ってくれてる。お前はお前にしかできない仕事を
しろ。お前こそ大丈夫なのか? 暫く見ない内に何だかやつれてねえか?」
「あははは……。うん、それなら平気」
「そそ。寧ろ捗り過ぎてハイになってるって感じだから」
「……?」
 技師組の一人が携行端末を取り出し、操縦室にいるレジーナに連絡を飛ばす。
 その間に、ジークは団員やアルス、エトナ達と軽く情報交換をしていた。状況が状況だけ
に、あまり悠長にはしていられない。だがそう苦笑(わら)う弟の顔は、妙に疲れているよ
うで生き生きとしている。
『もしもーし? 聞こえる、ジーク君? どうしたの? 一人で戻って来るなんて』
「ああ、レジーナさん。詳しい話は後です。急いで俺をニブルまで飛ばして貰えませんか?
船が攻撃されたって話ですけど、俺がこうして戻って来れてるってことは、装置自体は生き
てるんスよね?」
『うん。いざという時に困るからねー。いの一番に直させたんだよ』
 端末の画面越しにこちらに手を振ってくるレジーナのアップ。後ろには同じく、操縦室に
詰めるエリウッドや他の技師達の姿もちらちらと見える。
「お願いします。やっと“呪い”が解けたんです。早くあの戦いを止めないと」
 オッケー。画面の向こうで、一旦レジーナがサムズアップをしてみせた。振り向いて後ろ
の面々に指示し、再び「ちょっと待っててね」との一言。
 まだ目まぐるしい、向こうでの状況を詳しくは聞いていないのだろう。アルスやエトナが
頭に疑問符を浮かべて突っ立っていた。あの戦い……? 例のアルヴとニブルの内紛のこと
だろうか? そんな二人に、ジークは落ち着いたらまた話すとだけ言ってレジーナを待つ。
 そうしていると、彼女から指示を受けたらしい別の技師らが数人、連絡路の向こうから走
ってきた。合流して再び設備棟へと舞い戻り、ジークは転移陣の上に立つ。なりゆきのまま
に、アルス達も転送準備を行う面々の中に混ざっていたが、やはり事情が呑み込めていない
ようで所在なさげだ。
「き、気を付けてね?」
「コーダスやシノ達によろしく」
「ああ。……レジーナさん、いつもでオッケーです」
『了解。それじゃあ、起動するよ?』
 ニブルへの座標を計算して、転移陣を囲む各種機材が動き出す。魔導のエネルギーを溜め
込み、ゴゥンゴゥンと鳴る室内。いつも通りならば、程なくしてジークの身体が藍色の光に
包まれて転送が完了する筈だったのだが──。
「うわっ!?」
「な、何?」
「地震? また敵襲か!?」
「やべえぞ……。今の状態で攻撃されたら、避けようがねえ!」
 次の瞬間、突如として船内が激しい揺れに襲われた。アルスやエトナ、場の団員や技師達
が慌てて近くの物にしがみ付いて踏ん張るが、衝撃は断続的に響いている。
「おい、どうしたんだ? 何があった!?」
『わ、分からねえ。だが外の様子が変だ。でっかい黒いのが、あちこちに降って来て突き刺
さってる!』
 通信越しに、船内の仲間達と連絡を取る。
 彼らの応答によれば、またしても異変が周囲を襲っているらしい。どうやら直撃──この
船自体を狙っている訳ではなさそうだが、このままでは……。
『っ! いけない。こんな状態で転送したら──』
 はたして、そんなレジーナの叫びと焦りは現実になったのである。
 次の瞬間、周囲──器界(マルクトゥム)全域を襲うヘイトの黒触手の雨がもたらした衝
撃は、転移の座標計算を狂わせた。ジークもこの揺れに驚き、皆に叫んで手を伸ばそうとし
たものの、そのまま藍色の転移の光に包まれて姿を消してしまったのである。

「……っ。あがっ……!」
 それから一体、どれだけ時間が経ったのだろう。
 ジークは軋む全身の痛みに叩き起こされて、一度手放した意識を取り戻した。半ば弾かれ
るように顔を歪め、その場から身を起こす。まだ後遺症でじんじんと痛みが残る中、ジーク
はゆっくりと息を整えながら、辺りを仰ぎ見渡した。
「ここ、何処だ? ニブルじゃ、ねえよな……?」
 気が付いた場所は、見知らぬ鬱蒼とした森の中。少なくとも密かに切り拓かれたハルト達
の集落ではない。
 そうか。あの時、突然船が揺れて……。
 ジークは思い出してガシガシと髪を掻き毟り、されどじっとしてはいられないと己を中心
とする地面の凹みから立ち上がった。
 どうやら、転移中にトラブルが発生したらしい。
 そうなるとアルス達が心配だが、生憎自分は携行端末を持っていない。イセルナが一緒に
いれば頼めたが、今は別行動の真っ最中だ。もう一度転送リングで戻ろうにも、あんな揺れ
では次また転送できるかどうか怪しい。何より当初の目的から外れてしまう。
(参ったな……)
 漂う大気中の魔力(マナ)の濃さから、どうやら天上層の何処かであることは分かる。
 しかし、こちら側の土地鑑など全くないジークにとって、これは非常に拙い事態だった。
ニブルか何処か大きな街にでも辿り着けば何とかなるのだが、見上げ見渡す限り辺りは一面
の森林。右も左も分かったものじゃない。
「間違いねえ。こっちから聞こえたぞ」
「ま、待ちなって! あいつらだったらどうするのさ?」
 だが、ちょうどそんな時だった。途方に暮れていたジークの耳に、ガサゴソと草木を分け
入る音が聞こえてきた。後ろからだ。足音が二つ、こちらに近付いて来ている。
「だからって、俺達二人だけじゃあどうしようもねえだろうが。今はとにかく、人のいる所
まで行って、助けを求めてだな──あ」
「あっ」
 咄嗟に身構え、腰の剣に手を当てて、ジークはその姿を目に焼き付けた。焼き付けて、思
わずぐらりと瞳を揺らし、唖然とする。草むらの中から出てきた相手方も同様の反応だ。
「……あんた」
「お前ら、まさか……」
 ジダンとミッツだった。
 先日光の妖精國(アルヴヘイム)で、ジークが斬ってしまった二人の若いエルフ兵。現れ
たのは、他ならぬその本人達だったのだから。

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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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