日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「露悪ノ覚エ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悪魔、部屋、屍】


 彼女は、絵を描くのが好きだった。此処ではない何処かを空想するのが好きだった。
 物心ついた頃には、暇さえあれば絵を描いていた。画用紙いっぱいにクレヨンを走らせ、
それでも足りずに延々とフローリングや壁まで及ぶことも珍しくはなかった。
『またあんたは……! 一体、何度やったら分かるの!?』
 その度に、彼女は母に叱られたものだった。描き散らかった部屋の中で、聞き慣れた雷が
落ちる。
 歳を重ねて──成長してゆくにつれ、流石にそのような奇行はなりを潜めていったが、さ
りとて彼女の中での拘り(すき)が消え失せた訳ではない。
 いや寧ろ、それらはずっと心の片隅を占拠して続けていた。彼女を捕らえて離さなかった
し、彼女の人生を大きく狂わせ続けたとも言える。
「──」
 その日も彼女は、独り自室に篭もって絵を描いていた。日の落ちた外の景色を遮るように
カーテンを閉め、黙々と机の上のデスクトップPCと睨めっこしている。
 ペンタブを動かし、彼女は漫画を描いていた。ソフトウェアの作業画面に映るキャンバス
は既に幾つかのコマ割りを施され、そこに一人一人、一つ一つ人物や背景のラフを完成形へ
と仕上げてゆく。
 とかく根気の要る作業だ。よほど好きでもない限りこんな事は続けられない。
 いや……必ずしもそうではないのか。少なくとも彼女の場合は、他にも理由らしきものが
自身にしがみ付いている。その横顔は必死そのものだった。真顔に眉間の皺を加え、もし傍
から見た者がいれば、何故そこまで不機嫌なのに、と思うかもしれない。
 高校を出た後、彼女はアニメーション系の専門学校へ進んだ。落書きから絵へ、一枚の絵
から漫画という媒体へ、漫画から物語という更に大きな括りへと。
 幼い頃から憧れ続けた、漫画家になりなかった。或いはそれに近いような、絵に関わり続
けられる仕事ができればと思っていた。
 だが……そんな娘に、両親は当初より良い反応を示さなかった。幼少期から一人絵に没頭
するさまを“異常”と捉え、頭を悩ませていた母は勿論の事、特に堅物な公務員であった父
は、一貫してそんな彼女の“好き”を理解することはなかった。
『絵ばかり描いていないで、ちゃんと勉強しろ』
『専門学校……? まだそんなことを言っているのか。金にならんぞ。きちんと就職しろ。
ただでさえ今は不景気なんだ。父さんだってこのご時世な──』
 結局、父との仲違いは今でも続いている。反対を押し切り、バイトをしながら学校に通う
道を選んだ時、親子の情は切れたのだと彼女はとうに割り切っている。
 悔いはない筈だった。だって“好き”な絵を描けるのだから。頑張れば、もしかしたら、
夢が叶うかもしれないと何処かで信じていたから。
 ……しかし、現実はそう甘くはない。自宅通いこそ許されたものの、学費稼ぎの為に幾つ
ものバイトを掛け持ちしながらの勉強生活は、彼女からある種純粋な絵への喜びというもの
をじわじわと奪っていったのかもしれない。
 気付けば、焦燥感ばかりが残っていた。ここまで進んだんだから、何か成果を挙げなけれ
ばならない──。結局卒業しても、明確な進路が決まる訳でもなく、彼女はなし崩し的にそ
れまでの生活サイクルを繰り返して今に至る。フリーター、不安定な収入。一応イラストの
仕事が舞い込んでくる時もあるが、実質無名に等しい志望者止まりの一人である。
 それみたことか──面と向かっては未だないが、父も母もそう思っているのだろう。同じ
屋根の下に暮らしていながら、彼女は二人とはまるで違う生活サイクルで生きている。今日
どこの家庭もそんなものだと言えばそうかもしれないが……情けない。そんな現実からまた
逃げるかのように、今日も彼女は黙々とペンタブを走らせる。誰が読んでくれているかなん
て分からない。だけど、そろそろ今週の更新をアップしなきゃ──。
(……はあ)
 まだ半分も済んでいない作業画面を睨みつつ、彼女はふと手を止めた。じんじんと後から
遅れて、掌と手首全体に疲労感がくっ付き、顰め続けていた目が霞む。テーブルの片側に置
いていたコーヒーを一口含んでから、五指を絡ませた両手をコキコキと解しては、ぐぐっと
背伸びをする。
 すっかり冷めてしまっていた。口の中が半端な苦味を伝えてくる。
 疲れた。暗くなっても部屋の明かりはスタンドライトとPCからの発光くらいで、いざ集
中が途切れてしまうとどっと眼への疲労が押し寄せてくる。
(……二時か。まだ、もう少し……)
 そうしてちらりと画面下の時刻を確認し、再び作業に戻ろうとペンタブを走らせ始めた最
中のことだった。
『──おいおい。まだやるのかよ。止めちまえよ、どうせ誰も見ねえぞ』
 声がした。耳元で囁きかけるような、明らかに哂い飛ばすような声色。
 彼女は眉間に皺こそ寄せたが、構わずペンタブを走らせ続けていた。……また出てきやが
ったか。どうせ雑音だと、無視しようと心を構える。
『いいのかあ? 明日もまたシフトあんだろ? また顔が死んでるって、店長に小言ぶつけ
られてもいいのかよお。どうせ趣味みてぇなもんなんだからさあ、仕事を優先しちまえよ。
それが“大人”ってモンだろー?』
「……」
 ここ何年かの間に、気付けばこのような声が聞こえるようになった。
 幻聴、だろう。普段作業している環境に、リアルでもネット越しでも他人はいない。会話
しながら作業できるような器用な性格でもない。
 最初も、こうして無視し続けていたが、やがてこれらは全て自身の心の声であるらしいと
悟った。……そうさ、とっくに解っている。自分は報われなかった。夢は叶わなかった。こ
の先ふいっと運を拾う未来があるのかもしれないが、少なくともそれは努力をしない言い訳
にはならない。そういい聞かせて、仕事以外の時間はほぼ全て、こうして創作の為に注いで
きたのだが……。
『なあ。お前、自分の描いてるそれが本当に面白いと思ってんの? 他人に喜ばれてると思
ってんの? そんな辛気臭い顔してさあ、クソ重い話ばかり書いててさあ、一体誰が得する
訳? 喜ぶ訳? 本当にそういうので、偉いさんに届くとでも思ってんの?』
 解っている。そんな事くらい。自分の作風も、絵柄も、今流行っている手軽さとは相反し
ている。逆らっている。解っていて、それでも止めようとしないし、できない。
『所詮オナニーだっつーの。重くしときゃあそれっぽいって思ってるんだろ? 奴らは解っ
てないって踏ん反り返ってるんだろ? 見苦しいねえ……。そうやってプライドばかり太っ
ちゃってさあ……。我が儘を言っていいのは、売れてからだっつーの』
「……」
 そうだ。自分が絵を描くことを辞められなかった理由は──ただ怖かったからだ。自分の
人生の大半をかけてきたスキルが、道が、認められなくても、そこで手を止めてしまっては
全てが無駄になってしまうと思ったから。
 自分だけの拘りを貫き通す──それは一見素晴らしいが、所詮は結果論だ。結果が出せな
ければ、ただ有象無象の中に埋もれる一個に過ぎない。それを自分達は、色んな論法でもっ
て取り繕う。他人を貶して自分を持ち上げたり、ありもしない可能性で算盤を弾き、現実か
ら目を背ける……。
 藝術なんて、そんなものだ。権威なんてのは大抵後からつけられる。ことアニメや漫画と
いった“サブ”カルチャーはあくまで一般人にとっては“サブ”であって、メインにはなれ
ない。なってはいけないという暗黙のルールのようなものが存在しているとさえ思う。金に
さえなればいいのだ。洪水のように溢れた作品達の中で、自分もまたもがいている……。
『どうせ誰も気に留めてやくれねえよ。相手じゃなく、自分ばっかり見てるそれにどうして
他人がわざわざ時間や心を割いてくれる?』
 解っている。物語のための物語であるべきなのに、ただ語るための物語と化した今。
 ……いつから自分は。こんな漫画ばかり描くようになってしまったのだろう? 専門学校
に進んで、成果と期限というものに揉まれてから? 夢を漠然としたものではなく辿り着く
べき目標として見据えてしまった瞬間から?
 肩に力を入れれば、他人は離れる。かといって楽をした物語もまた、薄っぺらいものだ。
 浅知恵と“駒”による自作自演な狭間を、もう数え切れないくらい何度も行き交う……。
『お前のそれは、無駄なんじゃねえか? そうやってボコボコ描いてはぶん投げて、描いて
はぶん投げてしたのが、俺には死体の山のように見えるがな』
「……っ」
 だから思わず、彼女はペンタブを強く握り締めた。唇を強く結んだ。
 フォルダに放り込んだ、過去作の山。それらははたして、どれだけの人に読まれたのだろ
う? どれだけの人の心に作用し、何を変えたのだろう?
 考えれば考えるほど、自信など持てなくなる。変えてみせる──その意気込みは、往々に
して自らの傲慢にはならないか? 自分が目論むほど、他人は変わらないし、寧ろそんな意
図がない所に限って、色々と突かれるような気がする。
 ウィンドウの外にカーソルを遣って、フォルダの中を見てみた。過去何年もの間の自作が
ずらりと声もなく並び、中には自分でさえどんな内容だったのかも覚えていないタイトルや
サムネイルが在ったりする。
 ……死体。止まってしまった作業の手をそのままに、彼女は暫し思案する。
 肥やしと言えば聞こえはいいが、はたしてこれらは自分を変えただろうか? 一人の作家
として自分を成長させたのだろうか? いや、仮にその役目は果たせたとして、彼らはこの
先どうなるのだろう? 彼らを手に取った人達はどうなるのだろう? まだ“途中”の自分
が描いたものを、込めた心算のものを、読み取って意義はあったのだろうか? 満足だった
のだろうか……?
『そう考えてみりゃあ、業の深い商売だぜ。他人を見下す癖に、その他人がいなきゃあ成立
しねえ。紐解いてみりゃあ作者のオナニーときたもんだ。巧いこと隠してそれっぽく仕上げ
たって、お前らが見て聞いて考えたえげつない現実やら、本音じゃあこれっぽっちも信じて
いない理想論だろう? ……詐欺だよ。ある意味な。藝術ってーのは、そのガワを借りた世
の中への復讐だって言ってた奴もいたなあ。大正解じゃんよ』
「……」
 唇を噛み締めて、震える。
 ペンタブが折れそうだった。腹立たしかった。この声はきっと自分だ。自分だから、投げ
掛けてくるのも全て、自分自身が何処かで感じていることで、見聞きした知識なのだろう。
だからこそ酷く嫌悪感を催した。悪用されていると感じた。斜に構えているその声が嫌で醜
くて仕方なかった。
「ああッ──!!」
 だから、彼女はついガンッとテーブルを叩いていた。しつこく纏わり付いてくる声を払い
除けるように、溜め込んでいた感情をある一点において吐き出していた。
「五月蝿いわよ! 今何時だと思ってるの!?」
 声がした。こちらの心が上書きされるかのような、現実(リアル)の怒声だった。
 一階にいたらしい母の声だった。彼女は少しビクっとなって、その後すぐにそんな自分が
改めて厭になった。
                                      (了)

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  1. 2018/02/01(木) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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