日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ヘヴンリー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:白、楽園、希薄】


「やあ。目が覚めたみたいですね」
 彼が意識を取り戻した時、目の前には見知らぬ風景が広がっていました。
 やけに整然とした景色です。順路を思われる道には、白と灰色のタイルが交互に規則正し
く敷かれ、その外周を囲む草むらも綺麗に刈り揃えられています。
 彼は、自分がそんな広々とした地面の一角、四本の柱とこの石畳で飾られた場所の中央に
仰向けになっていることに気付きます。
「おはようございます。気分はどうですか? T‐010356」
「……?」
 故に、その言葉が自分を指していると理解するのには、数秒の間を要しました。
 目の前には、彼を取り囲むように数人の男女が立っています。年齢も顔立ちもバラバラで
したが、皆同じ白い貫頭衣を着ており、同じようににこにこと微笑(わら)っています。
 ふと視線を胸元へ。
 すると他ならぬ自分も、彼らと同じ服装をしていることに気付きました。
 ぱちくりと自身の身体を触り、両手を見つめて、右へ左へ視線を彷徨わせて。
 彼らは微笑(わら)いながら言いました。とても落ち着いた、一切の邪気を感じさせない
口調です。
「ええ、分かっていますよ。ここは何処か、でしょう?」
「此処は選ばれた魂が行き着く場所──俗世で言う所の天国です」
「貴方は、亡くなられました」
「ですが哀しむことはありません。貴方は此処へ辿り着いたのだから」
 差し出された手を取って、彼は立ち上がりました。立ち上がって、改めて此処が普通の場
所ではないのだと痛感します。
 空の上のようでした。見渡せば、辺りは自分達の立っている地面を含めて幾つもの浮島で
構成されており、そこに点々と家屋が並んでいるのが見えます。道なりに整備された石畳も
草むらも全くの一緒です。ここからでは遠目ではっきりとは見えませんが、他にも自分達と
同じような格好をした人々がぽつぽつと歩いているようです。
「……? あ、はい。私達が誰か、ですね?」
「私達は案内役です。この腕章がその印です。案内役は四十九日ごとに住民達から順番に選
ばれます。貴方のように、新たに行き着いた魂を案内する役目を担います」
「とりあえず、歩きながら話しましょう。大丈夫です。そう難しくはありませんから」
 とても流れるような動作。
 彼は、この案内人達に従って、ゆっくりと歩き始めました。
 カツカツと、白と灰色のタイルの上を歩いてゆきます。さわさわと、時折吹く風が周りの
草むらを揺らしていました。
 ……天国。自分は死んでしまったのか。
 静かに眉根を寄せ、記憶を辿ろうとします。しかしすぐに彼は、襲ってきた鈍痛に阻まれ
て何も思い出すことができませんでした。不安が過ぎります。自分は、此処に来る前何をし
ていたのだろう? どんな最期だったのだろう?
 T‐010356──本当の名前は何だったのだろう……?
「ここは、文字通り天国です。もう貴方は、何も煩うことはありません」
「衣服には既に身を包んでいますね? 此処にいる住民達は、皆同じこの穢れなき白の衣を
纏っています」
「食事は、あそこに生えている木の実を採ってください。実を割ると、完全な栄養で構成さ
れた果実が入っています。また搾ればたっぷりとミルクが出るので、水分補給もこれ一つで
賄えます」
「住居は、住民一人一人に個室が用意されます。外の木々の下で、皆と食べるのもよし。家
の中に持ち込んで独りで食べるのもよし。全ては貴方の自由です」
「基本的に貴方も私達も、此処では労働の義務もありません。尤もこのように、案内役など
の役目が時折回ってくることはありますが……」
 緩やかにカーブする浮島の道を、彼は案内役達と共に進んでゆきました。
 彼らが指差す方向には、確かに木の実がたくさん生った樹々が確認できます。どうやら各
浮島につき、一ヶ所は広場らしき空間があり、そこにまとめて植えられているようです。
 広場に入り、案内役の一人が試しにと木の実を一つ採って寄越してくれました。両手で掴
んで力を込めてみると、思った以上にあっさりと実は二つに割れ、片方にみっちりと果実が
詰まっています。少し千切って食べてみました。……ほんのりと甘くて美味しい。どうやら
もう片方の空っぽの実は、皿代わりにできるようです。実を搾ってミルクを注ぎ、飲んでみ
ました。先ほどまで飲まず食わずだったからか、瞬く間に渇いた喉が潤ってゆきます。
 やあ──。広場には、既に何人かの住民(せんきゃく)達が座り込み、思い思いに時間を
過ごしていました。やはりにこにこと微笑(わら)っています。そんな彼らを見て、彼は暫
くぱちくちと目を瞬いていました。
「では、これが鍵です。管理役の宿直室に行けばまた再発行して貰えますが、なるべく失く
さないようにしてくださいね?」
 そして受け取ったのは、一枚のカードらしき物でした。T‐010356と、最初案内役
達が自分を呼んだのと同じ番号が刻まれています。不思議な素材です。陶器のように軽いか
と思えば、見た目の材質は金属のそれに近くみえました。ためつすがめつ表裏を眺めて、彼
は衣のポケットにしまいます。
「それでは、私達はこれで」
「どうぞ此処での暮らしを、堪能して下さいね」
 カードキーを使って同じ番号の看板が下がった部屋を開けると、中は思った以上に殺風景
でした。寝床と机、後は木の実を保存しておくと思われる籠が幾つかあるだけで、他には何
もありません。トイレや風呂は共同。途中でそれらしき違った建物がありました。
「……」
 もしゃり。手に持ったままだった木の実を齧ります。彼はただ押し黙り、されどその甘味
を暫く何度か貪っていました。
 確かに──此処は“完全”なのかもしれない。
 着る物もある。住む所もある。食べ物にだって困らない。最初は自分でも目を疑ったが、
あの樹は採った傍からまた新しく実が生えてくるのだ。確かにこれなら、自分は飢えを知ら
ずに生きてゆける。いや、ここは天国なのだから、もう死んでいるのだろうけど。

「──他の? さあ。考えた事もないや」

 ですが彼は案内されていた途中から、ずっと気付いていたのです。この“完全”な世界に
存在する、決定的な不足を。
 同じなのでした。此処には他でもなく、選べる、というものがない。
 服も皆同じ白い貫頭衣。一応男女によって多少そのデザインに差はありますが、基本的に
全て一緒の意匠です。
 家も全く同じ。風呂場やトイレなどの共同施設などを除き、自分達が住む住居はどこも全
く同じ間取りなのです。最初はこんなものか、一人住まいならこれでも必要最低限のものは
揃っているのだろうと思っていましたが、此処での暮らしが進むにつれ、他の住人達の家の
中も全く同じだと知りました。
 何よりも食事でした。確かに広場の木の実は程よく甘くて美味しいのですが、それでも何
日も延々と続くと飽きてきます。“他にはないのか?”そう思わず訊ねたものの、周りの皆
はまるで異質なものを見るかのように首を傾げるばかり。
「……」
 彼は、少しずつ怖くなってゆきました。
 確かに此処は満たされている。着る物も住む場所も保障され、飢える心配もない。ですが
決定的に欠けているのです。此処の住民達は、変化のない日々に疑問さえ持たない……。

「──何が不満なの? これ以上の環境なんてないと思うんだけど」

 まるで異質なものを見るかのように。
 彼は、次第に訊ねることさえも怖くなってゆきました。
 衣も食も住も、全くの同じである──徹底的に画一的であるこの世界で、自分だけが取り
残されているのではないかと。

「──それは不浄の観念です。“違い”は物事に優劣を生み出します。それはやがて秩序を
乱すものとなり、人は争うでしょう。此処は、そんなしがらみから一切解き放たれた世界な
のですよ」

 怖くて堪りませんでした。最初に自分を導いてくれた案内人、その一番年長者らしき男性
に打ち明けた時には、その疑問は確信に変わりました。相変わらずにこにこと微笑(わら)
っていましたが、目が笑っていなかったのです。間違いなく彼を、異質なものとして咎める
眼差しがそこには宿っていたのでした。
 ……嗚呼、何てことだ。彼は後悔しました。此処は天国なんかじゃない。在る意味で地獄
でさえあるのだと。独り静かに頭を抱えて瞳を揺るがせます。その日も浮島から見える空は
雲一つない晴天でした。言い換えれば、全くの変化をみせない空(くう)そのものです。
 ……T‐010356。そう呼ばれた時から、脳裏にちらついていた違和感。
 自分は、何者なんだ? 何よりどうして他の皆は、そんな根本的で大前提な疑問すら抱か
ずに暮らしている?
 だからこそ、その理由に気付いた時には戦慄したのです。
 いや……抱かないんじゃない。抱けないんだ。全く同じ服も、全く同じ家も、全く同じ食
料も、全てはこの為なんじゃないか? 自分達は何処からか運ばれてきて、此処から出る術
もない。出ようとさえ思わないほど満たされた環境を与えられる。それはある意味では幸せ
と呼べるかもしれないが、思考する人間にとっては地獄だ。──溶けてゆくんだ。色んな思
いも価値観も、生前の記憶も本当の名前も全て、満たされた世界の中で消えてゆく。彼も言
っていたじゃないか。“違い”は秩序を乱し、争いを生むと。だから、そこから一切解き放
たれる為には、他ならぬ自分達が人間としての個を捨てるしかない……。
「う──あアァァァァッ!?」
 だから、狂いました。全てを悟った彼は、その現実を受け止めることができずに自ら壊れ
るしかなかったのです。
 思い思いに過ごす住民達が、はたと一斉に彼を見ました。そんなさまを除き、辺りは全く
変わることのない景色です。白と灰色の規則正しい石畳。刈り揃えられた草むら……。
「アぁあぁぁぁぁぁーッ!!」
 跳びました。彼は次の瞬間、地面のない宙へ向かって飛び降りました。
 彼の姿は即座に消し飛びます。瞬く間に、真っ青な空(くう)の中に消えて見えなくなっ
てしまいます。
「……脱落したね」
「ええ。脱落しましたね」
「つまり、彼は誤った存在だった訳だ。不浄に負けてしまったんだ」
「良くないね。実に良くない」
「ええ。彼は結局、そこまでの人物だったのでしょう」
                                      (了)

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  1. 2018/01/14(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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