日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔91〕

「三大刻(ディクロ)の方角に狼煙を発見! 霧の妖精國(ニブルヘイム)です!」
 マギリらが燃した赤いそれは、はたして進軍中のアルヴ遠征軍にも知られる所となった。
双眼鏡で周囲を警戒していたエルフ兵の一声に、指揮官を始めとした面々の表情が輪をかけ
て引き締まる。
「ハザワール殿の情報通りだな……。よし、では全軍前進! 目印を見失うなよ?」
 古界(パンゲア)の原生林を、暴力の為の群れが往く。
 木々に覆われた緑を散らすように、革鎧を着込んだエルフ兵達の影がちらつき始めた。や
がてそれらは重なる靴音を響かせ、数を増やし、只一つの標的へと迫ってゆく。
「……来たか」
 そんな動きを、当のハルト達が見落とす筈もない。
 彼らニブルの面々は、既に迎撃態勢──里全体を包む五重の防御結界を敷いてこれを眺め
ていた。ハルトやカイト、サラ、戦える者を除いた里の者達は、一足先にその奥に掘った地
下壕の中へと避難している。タニアやクリス・クララ、クレアの弟妹達も、そんな暗がりの
中皆に交じって身を寄せ合い、じっと息を殺している。
 森の切れ目、ニブル領のすぐ手前にまで遠征軍の姿が迫って来ていた。木々の隙間を埋め
尽くすようにずらりと、兵達は、およそ自分達の前方三方向から合流しようとしている。や
はりと言うべきか、初手からこちらを包囲するつもりのようだ。皆の先頭に立つハルトが、
ぎゅっと静かに唇を結んでいる。その傍らで妻(サラ)が、弟(カイト)が、それぞれに心
配そうな目で見上げ、寄り添ってくる。パキパキと拳を鳴らしている。
「聞け、造反者どもよ! 我々は光の妖精國(アルヴヘイム)評議会より派遣された、遠征
軍である!」
 そうしていると、アルヴ側から一個の小隊が出てきた。こちらからの攻撃を警戒してか槍
先同士を頭上で交差させ、左右に弓兵が並んでいる。その中央で、壮年のエルフ兵が文書を
広げると朗々と読み上げ始めた。
「既に調べはついている。先日、我らが領土に侵入を試みようとし、尚且つ我らが同胞達に
危害を加えた罪は重く、決して許されるものではない。お前達が犯行を主導し、あくまで実
行犯らを匿うのであれば──我々にも相応の報復措置を取る用意がある!」
 これはパフォーマンスだ。ハルト達は思った。どだい向こうは、今回の一件を攻撃の口実
にしたがっている。それでも正当性も何もなしに攻め入るのは“野蛮”だと考えているのだ
ろう。周辺勢力からの非難を警戒したのだろう。
 だからこうして、わざわざ隙を見せてまでも自分達に大義があるとのアピールを先ず取っ
ている。もし今この間にこちらが先制攻撃を加えようものなら、内心嬉々として更なる口実
とするに違いない。元よりハルトら面々にそのつもりは無いし、予め暴走しないようにと彼
から何度も念を押して制されている。
「好き勝手に言いやがって。全部仕組んでるのはてめぇらじゃねえか」
「……」
 実質的な宣戦布告。実弟の小声の不満に、ハルトやサラは唇を結んだまま押し黙るしかな
かった。確証はない。だがジーク達が能力者の罠に嵌められたのも、マギリらの裏切り──
狼煙で此処の位置を知られたのも、十中八九アルヴ側の策だろう。本人達は気付いていない
のかもしれないが、彼らの中に“結社”と繋がっている者達がいる。それが話し合いの中で
確認し合った自分達の仮説だ。ちらっとやや空を仰ぎ、ハルトは目の前の軍勢よりも、数刻
前に送り出した盟友の子らの身を案じていた。
(……大丈夫だろうか? 彼らがここまで来たという事は、何とか鉢合わせだけは避けられ
たようだけど……)
 互いに入れ違いになるように、南へ。
 作戦上、どうしても最短距離を迂回するルートを取らざるを得ないが、彼らにはアゼルの
聖浄器を手に入れて貰わなければならない。件の遠隔操作の術者もだ。自分達の役目は、あ
くまでそれらが果たされるまでの時間を稼ぐこと。目の前の彼らに弁明、衝突を回避できる
のならばそれに越した事はないが、無理だろう。ただでさえこれまで目の敵にされてきたの
に、加えて内部に“結社”が混じっている以上聞く耳はない。揉み消されるだろうし、事実
ジークがアルヴ兵を斬ってしまった失態は取り消せないのだから。
 何より──。
「これが最後の警告である! 里長ハルト・ユーティリア及び、お前達が匿っている犯人、
ジーク・レノヴィンを差し出せ! さもなくば、我ら全軍の総力を以ってお前達とこの地を
壊滅させよう!」
 ガチリ。文書を読み上げる壮年エルフの最後の一フレーズに合わせて、周囲の全ての兵達
が一斉にそれぞれの武器を掲げた。持ち上げて、その切っ先を真っ直ぐにこちらへと向けて
くる。森の切れ目、木々の隙間を埋め尽くす軍勢の奥で、指揮官がじっと腕組みをして睨み
を利かせていた。
『っ……』
 アリバイ作り。戦闘開始。
 拗れ続けた末の敵軍と相対し、ハルト以下ニルブの面々は一様に険しい表情を浮かべた。


 Tale-91.光と霧の衝突(前編)

 器界(マルクトゥム)に向けて霊海に潜り始めたルフグラン号──ダン達南回りチームと
団員達は、突如として激しい揺れに襲われた。船内が赤色のアラームに染まる中、操縦桿を
握っていたレジーナらが叫ぶ。
「攻撃よ! 船が攻撃を受けてる! これは……魔獣の群れ!?」
 船外表面からの映像には、後方上空から群れをなして迫って来る、飛行系魔獣達の姿があ
った。口から吐き出す炎や光弾、或いは体当たりで執拗にルフグラン号を狙い、これを叩き
落とそうとしている。
「何でこんな所に……。いくら魔獣でも、こんな濃い魔力(マナ)の中に居ちゃあ長くはも
たねぇだろうが」
 だがそんな疑問も、次の瞬間には解決していた。
 使徒達である。慌てて操縦席の映像を囲んで覗き込んだダン達の目には、この魔獣達の背
に乗ったヘルゼルとリュウゼン、アヴリル、三人に率いられた“結社”の軍勢の姿があった
からだ。
 その全身は、よく見ると薄緑のオーラで覆われている。おそらくは防護用の魔導だろう。
そんなこちらの様子に気付いたのか、映像の向こうで彼らはニヤリを笑った。ヘルゼルは背
の翼を中心に、ボコボコと大きく怪鳥の姿に変身し、アヴリルはさらりと解いた腕の包帯か
ら、大量の蟲型魔獣らを生み出す。
『──』
 リュウゼンは、着流しに風圧を受けながら、掌に魔導の光球を出現させた。やがてそこか
ら溢れた無数の文様(ルーン)付きの魔流(ストリーム)は、彼らとルフグラン号を含む周
囲を瞬く間に包み、ぐにゃりと歪んだ空間を作り出す。
「だわっ!?」
「何かされたぞ。これは……?」
「多分、空間結界ね。私達を逃さないつもりだわ」
 魔獣達の攻撃に引き続き揺れる船内。
 グノーシュが正面の大窓から変貌した空中を眺めていた。眉を顰め、リュカがしまったと
いう風な表情で答えている。
「レジーナさん、エリウッドさん、避けて! このままじゃ撃ち落されちゃう!」
「わ、分かってるわよ!」
「“俺”達もそうしたいのは山々なんだがな……さっきの光に包まれてから、どうも辺りの
空間が繋がっているような気がしてならない。一向に距離が広がらないんだよ」
 ステラが、わたわたとマルタが、操縦席の後ろからけしかけている。だが当のレジーナ達
はその回避に必死だし、桿を握って人の変わっているエリウッドも、異変に気付くのにはそ
う時間は掛からなかった。
「拙いですね。このままじゃあ落とされる」
「ああ。かわしてもかわしても、結界に閉じ込められてるんならキリがねぇよ」
 想定していない訳ではなかった。この船を手に入れてから、奴らがその飛行中を狙ってく
ることはとうに可能性の中に挙げ続けていた。
 このルフグラン号は自分達の母船──新しい空飛ぶ拠点であり、物資も団員達の命も全て
が集中している。もし敵が狙うなら、これを一網打尽にしない手はない。空中戦ならば撃墜
すればほぼ確実に殺せる。少なくとも大打撃を与える事ができる……。
「俺達も出るぞ。あいつらをぶちのめさないとジリ貧だ。サフレ、ステラ。聖浄器を持って
る三人で迎撃する。あと、先生さんも来てくれ。あんまり気は進まないと思うが……竜の姿
になって俺達を乗せて欲しい。生身じゃあ機動力はゼロだからな」
「は、はい」
「うん。分かった」
「……そうね。それが一番無難な選択だと思う」
 皆、準備を! アラーム鳴り続ける船内で、ダン達は状況打破のため動き出した。後方の
ハッチに移って防護服を身に纏い、リュカは白い翼を出現させてバサリと己の全身を包んで
からの変身。巨大な白竜となって三人を乗せる。技師組の面々が周囲の遮断壁を下げ終えた
のを確認して、三人の立つ足場を船の側面へとスライドさせる。
『今、戦場(フィールド)はループした球体のようになっていると思われる。君達は俺達に
対して左右にスライドするよう立ち回ってくれ! それで最低限、奴らが守りを抜けて回り
込んでくることも、船体に攻撃が直撃することも防げる筈だ!』
 通信越しに、エリウッドがそう叫んで指示してくれる。船底や背の部分から、普段は格納
してある砲門が幾つも展開され、ヘルゼルら魔獣の群れを狙う。これで殲滅できるとまでは
思わないが、無いよりはマシだろう。
「いいか? 狙うのはリュウゼンだ。無理して全滅させなくていい。先ずは奴の制御をぶっ
壊して、この空間から脱出することを考えろ!」
 白竜のリュカが羽ばたき、一気にヘルゼル達へと向かって加速した。これに彼らも負けじ
と応戦する。魔獣達の炎弾や光弾、蟲型魔獣らの群れが襲ってくる。
「邪魔、だ!」
「リュカさんに、怪我はさせないよッ!」
 サフレが風霊槍(コウア)を、ステラが秘葬典(ムスペル)を振るった。横薙ぎに振り抜
かれた一閃はその特性から空間ごと空気を、魔獣達を激しく弾き飛ばして粉砕し、ステラの
動きと連動して牙を剥く巨大な黒狼が噛み千切って消滅させる。
「駄目駄目。奴らと直接ぶつかっても無駄に数を減らすだけよ~? 先ずは飛行艇の方を狙
いなさい?」
「落とせば俺達の勝ちだ。散開して回り込め! 聖浄器を持っていようと、仲間を庇いなが
らでは全力は出せない!」
 ぞぞぞぞと、魔獣達が幾つかの群れ、流れになってこちらの守りを抜けてこようとする。
 ちっ。相手も考える事は同じか……。ダンが舌打ちをしながら、鎧戦斧(ヴァシリコフ)
を握り締めた。グンッと手首のスナップで組み替えたのは、鎖の多節棍に繋がれた刃。中距
離モードだ。白竜のリュカを通り過ぎようとするこの魔獣を群れを、切り裂こうとし──。
「ぐっ!?」
 だが次の瞬間、これに黒の怪鳥と化したヘルゼルが突っ込んできた。咄嗟にオーラで防御
したが、その衝撃を殺し切るまでには至らない。「ダンさん!」吹き飛んだ彼を、サフレと
ステラが慌てて回収した。一繋ぎの槍(パイルドランス)を鞭のように使って絡め取り、黒
狼が引き離すようにヘルゼルに反撃して牙が虚空を噛む。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった。……にしても何だ? あいつのは幻なんじゃ……?」
 ふん。しかしヘルゼルは、そんな四人を見下ろしながら鼻で笑っていた。駆け寄った二人
に構わずダンが再び鎧戦斧(ヴァシリコフ)を構える。
 あいつの得意技は幻術だ。見た目に騙されずにぶち込めば倒せる。なのにあの感触は間違
いなく本物だった。或いは俺が一瞬ビビっちまったとでもいうのか……?
「ネタが割れた技をいつまでも使うと思うか? 少なくともこの姿は本物さ。魔人(メア)
の、魔獣の力を普段よりも多く引き出して、な」
 その間も、飛行系魔獣達とアヴリルの蟲達による攻撃は続いていた。圧倒的な数で押して
くる相手側に、やはりルフグラン号の砲撃のみでは対処し切れない。三発四発と、次第に被
弾して船内に衝撃が走り、出力最大で張った障壁(シールド)にもザザッとモザイクのよう
な揺れが生じる。
『障壁装置(シールド)破損率二十八パーセント! 左翼前方と後方、三ヶ所が薄くなり始
めています!』
『魔流(ストリーム)循環をタイプB2に変更! 装甲本体だけは絶対に守れ!』
『ダンさん、リュカさん、急いでー! このままじゃもたないよーっ!!』
 通信の向こうから、技師組と団員達、レジーナの悲鳴が聞こえた。しまったとダン達が船
へと視線を向ける。向けて、四本に分かれて散開する魔獣達の黒い筋の根本──アヴリルと
その奥に立つリュウゼンの姿を見据える。
『皆、しっかり捉まって。一気に決めましょう』
「ああ……。そうするしかなさそうだ」
「はい!」
「オッケー。いくよ、秘葬典(ムスペル)!」
 ダンがサフレが、ステラがそれぞれの聖浄器を構えた。母船へのダメージに今振り向いて
いる場合ではない。一刻も早く相手の本丸を途絶えさせなければならない。
 鎖に繋がった斧刃がオーラを纏いながら回転し、空間を突き飛ばす槍が周囲の空気を急速
に引き込んで捻じ曲げる。銀髪の少女の掲げる腕に呼応して巨大な黒狼が吼え、竜族本来の
姿を解放したリュカが大きく息を吸い込む。
「っ!?」
『させるかッ!!』
 当然、アヴリルとヘルゼルはこれを防ごうと動いた。竜族(ドラグネス)は古今東西最強
と謳われた種族。その力を“結社”の魔人(メア)とはいえ、侮ってはいない。
 だが……咄嗟に動いたその一瞬の判断こそが勝敗を分けたのだ。最大の戦力である二人が
そうリュカを狙って迫った、突進と特大蟲の放出が襲い掛かった次の瞬間、これを渾身の力
で叩き落したものがあったのだ。そう……ダン達三人の聖浄器である。
「ぐあっ!? まさか──」
 特に直撃を喰らったヘルゼルは理解していた。始めからリュウゼンへの直接攻撃は、彼女
に任せるつもりだったのだ。竜族(ドラグネス)のブレスは魔獣すらも一撃で屠る。ならば
自分達は、その発射までの隙を守ればいい。
 左肩に深く刃が突き刺さり、空気ごと押し出された突きが胴をへしゃげ、更にもう片方の
半身に巨大な黒狼が噛み付いている。
 ヘルゼルは思わず激しい悲鳴を上げた。聖浄器──魔獣・魔人(メア)に対し絶大な威力
を発揮するそれが、容赦なく彼の身体を壊してゆく。
「っ! ヘルゼ──」
 一瞬の事だった。視界の端でその一部始終を捉えたアヴリルだったが、次の瞬間にはこち
らへ真っ直ぐに飛んでくる白い巨大な閃光──リュカのブレス攻撃を避けるので精一杯であ
った。リュウゼンと共に、傷口から放っていた特大蟲や乗り物の飛行系魔獣を捨て、辛うじ
てその射線上から逃れる。逃れる事こそできたが、吹き荒ぶ風圧で、掌に展開していた光球
がぐしゃりと割れて崩れしまったのだ。
「今だ! 逃げるぞ!」
 そうして即座に叫ぶダン。
 リュウゼンが張っていた空間結界(ループ)は、視界一杯の目の前で一斉に崩壊していっ
た。その隙を、好転を見て、白竜のリュカに乗った三人とルフグラン号が大きく旋回して背
を向ける。一気に加速してゆく。
 ヘルゼルが、アヴリルやリュウゼン達が空中に投げ出されていた。まだ大量に残っている
飛行系や蟲型の魔獣達。だがそれらを元より、全て相手にしている余裕もつもりもない。
 かくしてダン達は、空域を脱した。彼ら黒い筋の軍勢から大きく距離を取り、再び霊海の
中へと消えて行ったのである。

 霧の妖精國(ニブルヘイム)を脱したジーク達は、地図を片手に古界(パンゲア)の森の
中を南下していた。北上して来ているであろう、アルヴの遠征軍と鉢合わせしないように、
そのルートこそ慎重な迂回路を取ってはいたが。
「……隠れ里、か。着けば分かるんだろうけど、どんな感じの所なんだ?」
 地図には予め、出発前に“守人”達の住むその目的地の位置を記してある。一見すれば変
わらず平穏な森の中を歩きながら、ジークはついっと同行するミシェルやテオ達に問い掛け
ていた。先の戦い──マギリらの裏切りがまだ尾を引いているのか、彼女らの表情はまだ若
干暗く沈んだままになっている。
「どんな、と言われてもね……。普通の村よ? 少なくともニブルやアルヴのように大きな
所じゃない。まぁ、広くし過ぎても人目につき易くなってしまうという理由もあったんだろ
うけど」
 それでもちゃんと答えてくれる分、少しは踏ん切りがついたのだろうか。でなければこれ
まで必死に守ってきた自分達の隠れ里に、こうもすんなり案内してくれる筈もない。……尤
もそれは、ジーク達がそうしなければならないよう状況を作ってきた面もあるのだが。
「強いて言えば“神樹”かな」
「……神樹?」
「神樹アゼル──名前で分かると思うけど、他ならぬ“弓姫”アゼルにまつわる樹よ。元は
彼女の死後、その遺骨と聖浄器を収めた墓だったとされているわ。何でも埋葬したその年か
ら、みるみる内に巨木が生えてきたそうよ? 里の語り部達は、封印された聖浄器が自らを
守る為に生み出したんだと言っているけど……」
 するとテオが言葉を引き継ぎ、再びミシェルが補足を加える。
 曰くそれは、隠れ里の奥にあるシンボル的な存在なのだそうだ。自分達“守人”は代々、
この神樹とその下に眠るものらを守ってきたのだという。
「大木を丸々一本生やす聖浄器か……。相変わらずデタラメな力だな……」
「文献で読んだ事がある。確か、アゼルの聖浄器は大地を操る事ができたんだそうだ。その
一つだろう。主亡き後も効力を発揮し続けるとはな……忠義者というか何というか」
 こと古巣が故に、アーティファクトには詳しいリカルドが言う。ジーク達は「ほう?」と
そんな話を聞きながら、まだ見ぬ今回の目標についてイメージした。聖都でレナに憑依した
聖教典(エルヴィレーナ)も然り、どうも聖浄器とは一癖も二癖もある代物ばかりが揃って
いるらしい。十二聖ゆかりのという点もあるかもしれないが、やはり先人の魂を核にした魔
導具という成り立ちが強く影響しているのだろう。
「そう言えば、向こうではゴタゴタ続きで聞けなかったけど……。貴女達はアゼルの聖浄器
がどんな物なのか、詳しく聞いていたりはするのかしら?」
「うん? ええ。流石に実物を拝んだ事はないけれど。──『深緑弓エバーグリス』。翡翠
色に輝く弓だと伝えられているわ」
「弓、か……。まぁ弓姫(アゼル)の使った物だもんな」
「となると、持つのはおじさんだね?」
「はは。気が早いなあ。先ずは無事に回収できるかどうかだろう?」
 束の間の、ゆったりとした道中。
 いつ敵が襲って来ても大丈夫なように気配だけは探っているが、一行の歩みは現状平和で
あった。ようやく目的の聖浄器の真名も判り、ある種の安堵が一つ加わる。クレアが傍らで
微笑みかけるのを見て、シフォンが苦笑いを零していた。ふふ……。ある程度まとまった列
を維持しながら、ジーク達は手入れも疎らな道を歩いてゆく。
「……」
 だがその一方で、当のミシェルの表情は浮かなかった。テオら残った“守人”達もそうだ
が、彼女らの旅はジーク達のそれとは違う。帰郷であり、これまで守ってきた秘匿の崩壊で
あり、何より自分達の中から裏切り者が出たという事実を里の皆に伝えなければならない。
「私達は、先祖代々“神樹”を守ってきた。そこにはご先祖様の友の魂と、彼女が生涯持ち
続けた深緑弓(エバーグリス)が眠っているから……」
 でも……。ミシェルがそう呟き、そっと胸元から取り出したのは、紐に繋げられ首から下
がった琥珀色の小珠だった。一目見て、ジーク達にはすぐに分かる。志士の鍵だ。やはり彼
女が──“守人”達が持っていたのだ。
「でも、そうしたものを受け継いできたことが、マギリのように今を生きる子孫達を苦しめ
ることになるのなら……。私達は、もっと早く手放すべきだったのかもしれない」
「ミシェルさん……」
 志士の鍵、自身が代々受け継いできたものの証を手に、彼女は呟いている。
 それははたして後悔の弁だった。いや、揺れているのだ。“守人”としての誇りと、仲間
がずっと苦しんでいたのだという現実との間で、これまでの生き方に彼女自身迷いが生じて
いるのだろう。ジーク達は、ことレナは居た堪れない様子で、横目を遣ってこの姿を見つめ
ていた。決して口には出さないが、こうなってしまった遠因には自分達の存在が少なからず
あるのだから。
「ミシェル……」
「隊長……」
「……はっきり言って、まだ分からないわ。深緑弓(エバーグリス)を“結社”に盗られて
しまうことも、貴方達に取られてしまうことも、あまり変わらない気がする。だから最初、
私は貴方達を拒んでた。でももう、こうなったらいっそ──」
 言いかけて、ミシェルはふるふると自らの首を横に振った。益体のない思考にだけは陥ら
ないように、何とか自身の気持を下支えしているかのようだった。
「ところで貴方達、霧の妖精國(ニブルヘイム)を見捨てたの? あの時は夫人達の厚意に
押し切られたけど、本気を出した光の妖精國(アルヴヘイム)を追い返せるとは到底思えな
いわ。彼らは負ける。私達はつい先日会ったばかりの仲でしかないけど……貴方達は違うん
でしょ? 確かに例の遠隔操作の色持ちを見つけなきゃ、残って一緒に戦った所でどのみち
どん詰まりだったけどさ……」
 だからか、内面を見つめないように話題を切り替えるように、ミシェルはそうコホンとい
つもの冷淡さを取り繕いながら訊ねてきた。手には志士の鍵を握ったままだ。
 ジーク達は最初きょとんとしていたが、何故か苦笑(わら)っていた。まるで心の余裕を
得たかのように、いつの間にかその点については落ち着き、互いに顔を見合わせてから彼女
らを見返してくる。
「ああ。それなら心配要らねぇよ」
「強力な助っ人を、呼んでおいたからね」


 読み上げ(さいごつうちょう)が止み、辺りに一旦静寂が横たわった。森の端に揃い踏み
したアルヴの遠征軍と、ハルトら防御結界の中に立て篭もったニブルの面々とが暫しの間睨
み合いを続ける。
 ……だが、それも十数拍の間だった。こちらから応答がないと判断するや否や、軍勢の奥
で指揮官らしきエルフ将校が部下達に「やれ!」と合図する。攻撃が始まる。元より向こう
はそのつもりで来ているのだ。
「……。デミスとシュタイナーは?」
「戻って来ていません。こんな事になっていますし、おそらくは……」
 そんな様子を見つめながら、ハルトは言った。傍らやや後ろに控えていたミハエルが絞り
出すように、苦々しく答える。……そうか。ハルト達は多くを語らなかったが、それが即ち
現実を突きつけていた。先刻弁明の為に出て行った使者達は、今もまだ戻らない。
(二人とも、すまない……。やはり、むざむざ命を散らせるような真似など……)
 相手側は話し合いに応じる気など微塵も無いらしい。
 皆の為にと志願してくれたとはいえ、ハルトは自身の判断を悔やんだ。ぎゅっと歯を噛み
締めて、湧き上がる怒りと悲しみを堪える。
「戦うしか、ないのか」
 アルヴ側の歩兵達が槍を引っ下げ、一斉に段差を駆け下り始めていた。その後方では弓兵
らがアーチ状に横並びになり、やや中空を狙うようにして矢を番えている。魔導師隊の詠唱
も始まっている。幾つもの数と色の魔法陣が、防御結界の中からも遠目に確認できる。
「来るぞ! 全員、衝撃に備えろ!」
 ハルトが顔を上げた。カイトが叫んだ。遠征軍からの攻撃、その第一波が振り注いだのは
ちょうどこの直後のことだった。
 放物線を描き、雨霰と防御結界に叩き付けられる矢。それらを押し退けて次々と爆ぜる、
種々の攻撃魔導。結界の内側にいるからこそ、自分達に直接ダメージはないが、怒涛の勢い
で襲ってくる衝撃に結界全体が揺れている。想像以上だ。悠長に受け続けていれば、この守
りも万全とは言えない。
「結界の密度の維持を! 歩兵達に貼り付かせるな!」
 続いて槍や剣を引っ下げたアルヴ兵達が突撃してくる。ハルトらニブル側の面々は、弓や
魔導を番えて唱え、結界の内側から狙撃を加え始めた。射出時に最低限の穴を空け、そこか
らオーラを纏わせた矢や炎弾、雷光などが飛んでゆく。
「ぎゃっ?!」
「ぐあッ!」
「いいぞ。この調子で撃ち落せば──」
「深追いはするな! あくまで耐え凌ぐことを考えろ! 奴らに攻撃を諦めさせるんだ!」
 数で劣るのは勿論、立地上不利を強いられている事は間違いない。
 ぽつぽつと、それでも確実に敵を撃破してゆくさまに少しずつ自信をつけてゆく仲間達へ
と、ハルトは叫んだ。出過ぎてはいけない。あくまで目的は防衛だ。一度結界の外に出てま
で戦おうとすれば、たちまち敵の数と兵力に呑まれてしまうだろう。
 頼みの綱は、この里全体に張った五重の防御結界だ。これらはずっと後方、最後一枚の内
側に集まる術師らによって随時補強・維持されている。
 彼らを指揮しているのは、ハルトの妻サラだ。その周囲には、星型の物体が幾つも浮かん
でいる。現出型《星》の色装──魔力(マナ)を蓄積する性質を持つ、彼女の能力だ。これ
により術師らは魔力(マナ)を安定して補給することができるし、前線で迎撃をする面々も
ガス欠の心配なく断続的に魔導を、オーラを込めた攻撃を放つことができる。いざとなれば
この星型自体が魔力を光線として放出する浮遊砲台となる。尤も、そこまでしなければなら
なくなる時は、かなり追い詰められた状況である筈だが……。
「一発一発に力を込めろよ! 義姉(ねえ)さんからの魔力(マナ)、無駄にするんじゃね
えぞ!」
 敵から放たれた矢じりを回収し、そのオーラが消える前に《岩》で固めて指弾として撃ち
返す。カイトは慣れた手つきで、そう迫って来る歩兵らを次々に吹き飛ばしながら、仲間達
に叫んでいた。消耗を考えればなるべく魔力(マナ)は節約した方がいい。だが相手の兵力
と篭城戦という今の状況を合わせると、向こうにはより短期間で相応の被害を被って貰うの
が最善だ。攻めあぐねて負傷者ばかり出るとなれば、連中も一旦兵を退かざるを得ない──
そう考えると信じたい。
「魔導師隊は僕が押さえる。とにかく貼り付いてくる兵達を! 結界が破られれば、僕らに
勝ち目はない!」
 加えてハルトは自身の《灰》を結界の天井から巻き上げ、敵の奥深く──森の中に陣取る
魔導師隊に浴びせかけた。彼らの詠唱が、魔導の発動が阻害される。剣戟か魔導かと訊かれ
れば、防御結界によりダメージを与えられるのは後者だ。故にそれを何とか撃たせまいとす
るハルトの判断は戦略的には妥当と言える。
「……中々、思ったよりも粘るな」
 そんなニブル側の抗戦を、指揮官は遠巻きに見つめていた。こちらにも《灰》が降り掛か
ってきて咽る。魔導師隊や予備兵力の者達が必死に手頃な葉っぱで散らしている。ハルト・
ユーティリアの色装については事前に聞いている。やはりそう来るか。しかし……。
「総員、無駄撃ちはするな! こちらが消耗するのも奴らの作戦の内だ! 隊伍を維持し、
一点を集中して攻撃を加えろ! 奴らが撃ってくる直前を狙え! 結界の中に閉じ篭ってい
る以上、必ず射出口を空ける必要がある。そこに叩き込むんだ!」
 この指揮官は既に目敏く見極めていた。ハルト達の防衛戦、その弱点を。五重の防御結界
を真正面から破壊しようとすれば手間が掛かるし、双方被害が広がる一方だ。故に先ずは中
にいる面々を一人一人確実に落としてゆく。結界を砕くのはその後でいい。
「ぐっ!?」
「ぎゃあッ!」
 はたしてその指示が、拮抗しつつあった戦況を覆し始めた。指揮官からの一声に体勢を整
え直したアルヴ兵達は、防御結界から空く小さな射出口を狙って矢を放ち、魔導を撃ち、或
いは切っ先を刺し込んでゆく。ニブル側の面々が一人、また一人とその反撃を喰らって倒れ
ていった。致命傷こそ免れたが、ダメージは小さくない。こちら側の迎撃が一つ、また一つ
少なくなってゆく。その隙を突いて、歩兵達が一斉に槍を突き立てて結界の破壊を試みよう
とする。
「ちっ……! 気付かれたか」
「負傷者は奥へ! すぐに手当てを! 動ける者は前面で歩兵達を追い払うんだ!」
 一枚、二枚。防御結界が破られてしまった。そこに取り残された仲間達と、ハルトやカイ
ト、ミハエルらは共に残って迫ってくるアルヴ兵らと切り結ぶ。剣や拳、弓矢が飛び交って
乱戦を呈し始めるも、如何せん数で劣るニブル側には不利で、戦況は徐々に押され始めてし
まっていた。三枚目の結界が、横一列に並んで突き出された槍に何度も何度も抉られる。
「くそっ、このままじゃあ……!」
 一対多数の中で、面々の顔や四肢にも幾つもの赤い筋が出来る。防壁が破られ、押されて
ゆくのに合わせ、ハルト達の脳裏に敗北のイメージが過ぎり始めた……その時だった。
「──避けろ、ハルト!」
 突如として後方から聞こえた叫び声。殆ど反射的に弾かれるように左右に飛び退き、直後
その空間を“赤い雷光”が唸りを上げながら飛んでゆく。
『ぎゃあああああああッ!!』
 すぐ目の前で、アルヴ兵達が爆風に吹き飛ばされるのを見た。黒焦げになって白目を剥い
て、ごろごろと彼らが地面に転がってゆく。ハルトやカイト、ミハエルやサラ、ニブル前線
の面々が唖然とする。
「……まさか」
 だが彼らは──ことハルトとサラは、その姿を認めて目を見開いたのである。現れたその
者達を見て、酷く安堵と懐かしい感情に駆られたのである。
「よう。無事か?」
「大丈夫? 怪我はない?」
「良かった。何とか間に合ったみたいだね」
 片手を伸ばし、指先を弾いた格好のまま笑うセド。サジとユイ、護衛役の二人を連れた現
トナン皇・シノと、その夫コーダス。銀槍を小脇に挟んだフォンテイム侯サウル。
 友らであった。
 コーダス・レノヴィンを中心とする盟友連合。かつてハルトとサラが地上で出会い、苦楽
を共にした、かつての仲間達だったのである。

「どうして此処に……?」
 突如として現れた援軍は、ハルトらがよく知る者達だった。
 コーダスにシノ、セドにサウルと、サジ・ユイの護衛役親子。他に兵を引き連れてきた訳
ではなかったが、それはひとえに“軍”を動かす事の拙さを、彼らが既に事情を知って理解
しているという証明に他ならない。
「頼まれたんだよ。あいつらにさ」
 だがハルトらのそんな疑問は、程なくして解けた。セド達がサッと見せてきた手首には、
見覚えのある腕輪型の魔導具が嵌められている。転送リングだ。ジーク達が母船ルフグラン
号と各地に敷設した『陣』同士を行き来する為の、空間転移用の装備である。
「二年前、あの子達の船が造られ始めた頃、私達の下にも技師さんや魔導師さん達が訪ねて
来てね? この魔導具を作りたいから検査させてくれてって言われたの」
「いつでも会えるように、また何かあったら、すぐに助けに行けるようにってね」
「遅くなってすまない。情報収集と、留守間の指示に手間取った。如何せん天上(こちら)
の情報は、地上には届き難いものでな」
 備えは、既に為されていたのである。いつか大事が起こった時の為に、皇国(トナン)や
打金の街(エイルヴァロ)、輝凪の街(フォンテイム)のコーダス達の分も、転送リングは
作られていたのだ。
 曰く、ジーク達がニブルを出発前に自分達に助けを求めてきたのだと。敵の罠に嵌ってし
まった現状を話し、自分達に代わりにハルト達を守って欲しいと。そこで面々は転送リング
を使ってルフグラン号を経由し、遥々此処までやって来たのだという。
「皆……。すまない……」
「おいおい。大丈夫なのか? 仮にも一国一城の領主様達がこの件に首突っ込んじゃあ、騒
ぎは余計に大きく──」
「だから兵は連れて来ていない。まぁこの二人だけは、シノが心配だと言って、ついて来る
って聞かなかったんだけど」
 声色がしんみりとするハルト。だがそれに割って入り慌てるカイトに、他ならぬコーダス
が言い放った。付け加えられ、当のサジとユイがばつが悪そうにシノの左右に控えている。
「確かハルトの弟……だったな? 分かってる。だが俺達は、国としてじゃあなく“ダチ”
として此処に来たつもりだ。立場だ何だといって自分を抑えて遠慮して、その結果どんな思
いを味わうか──あんたらも覚えがない訳じゃないだろう?」
 故に、スッと目を細めたセドの一言に、カイト達は押し黙らざるを得なかった。
 かつて故国を逃れたシノを守ろうとして、全てを果たせなかったコーダス達。
 かつてその仲間の一人として戦い、且つ既存の妖精族(エルフ)の秩序に馴染めず、和解
すら叶わなかった自分達。
 結果論かもしれない。だが我を引っ込めて、我を押し出す者達に辛酸を舐めさせられるの
ならば、もっと自分の心に正直に生きるべきだった……。
「それに、ダチを助けるのに理由なんて要らねぇだろ?」
「再会を喜ぶのは後だ。先ずはこちらに貼り付いてくる兵達を何とかしよう。結界を開けて
下さい。サウルさん、後ろをお願いします」
「ああ。任せておけ」
 ニッと肩越しに振り向いて笑うセドに、コーダスが静かに微笑(わら)って腰の剣を抜い
た。ゆっくりと結界の前面へ向かいながらニブルの面々やサウルに声を掛け、彼と一緒に外
へと単身出てゆく。最初の爆風──セドの“灼雷”で吹き飛ばされたアルヴ兵達が、一体何
が起こったのだと戸惑いの様子で身構えている。
「コーダス? まさか、コーダス・レノヴィンか。ハルト・ユーティリア達を、開拓派に引
き摺り込んだ張本人……」
 そんな事態の変化を、指揮官もまた見ていた。顔こそ知らなかったが、その名前だけなら
聞いたことがある。かつてその身一つで王女を守り抜いた、腕利きの剣士──。
「人聞きが悪いなあ。ハルトやサラが開明派なのは出会う前からだと思うんだけど」
「っ、ぼさっとするな! 相手はたったの六人だ。増えた所で何も変わりやしない!」
「のこのこと出て来やがって……。撃て、撃ち殺せ!!」
 おい。待て──! 指揮官が慌てて止めようとしたものの、数拍遅かった。たった二人で
対峙してきたのを侮辱と取ったアルヴ兵達が、一斉に矢を射かけ、魔導を放った。それらは
綺麗な放物線を描き、真っ直ぐにコーダス目がけて襲い掛かる。
「──!」
 しかし。はたしてその反撃は一切通用しなかった。雨霰と飛んできた矢を、魔導の弾を、
コーダスは目にも留まらぬ速さで次々と叩き切ったではないか。よく目を凝らさなければ見
えない《空》の力場に攻撃が到達してゆく度、その瞬間、彼の剣閃は踊るように閃き、的確
に一切の無駄なく無力化させてゆく。
「き、切った……?」
「偶然じゃあ、ないよな?」
「見切った? あの数の攻撃を、全部?」
 驚愕し、そして戦慄するアルヴ兵達。コーダスは残心からキッと顔を上げて彼らを睨み返
した。ひいっ!? と、小さな悲鳴が方々から上がる。
「銀律錬装(アルゲン・アルモル)──鎖龍(ドラグチェイン)!」
 そして次の瞬間には、それまでコーダスの後ろで飛び火した攻撃を、水銀の壁で防いでく
れていたサウルが、幾つもの龍型に変えたそれを放った。なっ──!? 驚き、咄嗟に弾か
れるようにして逃げ出す兵達。だがそんな抵抗虚しく、彼らは次々に水銀の龍の餌食となっ
た。流動するその身体に囚われ、締め上げられ、瞬く間に身動きを封じられてしまう。
「よーし。じゃあ、俺達も反撃開始だ! 行くぜ!」
『応っ!』
 セドが叫び、その射線上の結界に穴が空けられた。再び“灼雷”が飛び、今度はより後方
に展開する遠征軍をごっそり狙い撃つ。
『ぎゃああああーッ!!』
「回避、回避ー! 散開しろ! 狙われるぞ!」
「……ユイ。ナイフを」
「はい。……ですが、御身自ら振るわずとも」
「そうもいかないわよ。コーダスも頑張ってるし。ハルト君達を助ける為だもの」
 言って、ユイから小さめの折り畳みナイフを受け取ると、シノはおもむろに自分の指先に
刃を当てた。じゅくっと痛みが走り、血が出る。だがそれに応じて彼女が練り始めたオーラ
はにわかに激しさを増した。ゆっくりと手を遠征軍の側にかざし、詠唱を始める。
「盟約の下、我に示せ──群生の樹手(ファル・ジュロム)!」
 混乱する兵達の足元に、無数の巨大な植物の触手が突き出てきた。宙に投げ出された彼ら
は抗う術もなく、これらに絡み付かれ捕らわれる。或いは力任せに振り回され、叩き付けら
れ、白目を剥いて気を失った。
「魄魔導か!」
「で、でもこの術って、こんなデカかったっけ……?」
「……ふふっ」
 戸惑うアルヴ兵達。そう、これこそがシノの能力だったのである。
 強化型《架》の色装。自らが傷付けば傷付くほど、オーラ量が増大する。攻撃力が増す。
尤もその特性故に、今や女皇であるが故に、中々夫や周りが使わせてはくれないのだが。
「今だ! 今の内に攻撃を! 兵力を分断して叩くんだ!」
 おおッ! 振り返ったコーダスの指示に、カイトやニブルの面々、サジとユイも加わって
結界を飛び出してゆく。先行した彼らの攻撃によって統率の乱れたアルヴ兵達には、連携し
てこれを迎え撃つ余裕が失われていた。次々と、反撃に転じたこちら側に一隊また一隊と撃
破され、更に散り散りになってゆく。
「ま、拙い……。防御! 魔導隊、障壁を──」
「させるかああッ!」
「まさか、妖精族(エルフ)を相手に振るう事になるとは思いませんでしたが……。受けな
さい、我が《風》を!」
 慌てて魔導師達の後ろに隠れようとした兵らを、サジの《砕》を乗せた一撃が突く。障壁
ごと無効化して砕かれた槍の衝撃は、彼らをまとめて吹き飛ばした。ユイも負けじとこの二
年の間でようやく体得した自身の特性──変化型《風》の色装が起こす渦巻く斬撃でもって
大人数を一気に一閃。白目を剥いてボロボロになった彼らを遠く森の中へと吹き飛ばす。
「ユイ。あまり不必要な殺生はするなよ?」
「分かってます。陛下の安全を確保する為の、最低限の加減ですから」
 上官にして父親、サジのやや窘めてくる一言に、当の本人は何処となく不機嫌な顔を貼り
付けたまま太刀の刃を翻している。
 怒涛の反撃だった。数では圧倒的に上回っている筈のアルヴ軍が、為す術もなく押されて
いる。相手の残り三重の結果を破って里を制圧する──そんな余裕はなかった。尤も裏を返
せば、そんな余力を持ち直されてしまえば、今度こそハルトらニルブ側の敗北は決定的であ
ったのだが。
「くそぅ……。退却! 総員、一時退却だっ!!」
 そうして遂に、指揮官は混乱する部下達にそう指示を飛ばした。このままでは全滅する可
能性もある。ここは一旦退いて、体勢を立て直すべきだと判断したのだ。ぐったりと白目を
剥いたり、木々に突き刺さっていたり。兵らはめいめいに仲間達を回収し、大慌てでこの森
の端、ニブルを臨む一帯から姿を消してゆく。
「……やった、のか?」
 場に残ったのは、激戦の傷跡とボロボロになったニブルの面々。反撃に転じた皆を率いた
カイトでさえも、この逆転劇をまだ何処か信じられないといった様子で立ち尽くしている。
「上手くいったみたいだな」
 ハルトが、サラがセド達を見る。この友らはニッと笑い、親指を立てて健闘を讃えてくれ
ていた。ようやく大きなため息が、安堵の息がハルト達の口から漏れ出る。

 どうやら助かったらしい。
 少なくとも、今日この場で滅ぼされるという運命からは。


 時を前後して、光の妖精國(アルヴヘイム)。
 その巨大な集落群内の一室で、彼らは寝かされていた。艶のある石造りの室内には複数の
ベッドがあり、魔力(マナ)で動く壁掛けの照明が二つ三つと灯っている。
「……暇だね」
「そうだな。やる事ねぇもんなあ」
 若いエルフの二人組である。背が高くて厳つい方と、小柄で大人しそうな方。名をジダン
とミッツ。ジーク達がアルヴへの侵入を試みていたあの日、遠隔操作の罠に嵌って斬ってし
まった当人達だ。
 二人は退屈していた。正直、怪我はほぼ治っている。故に命にも別状はないのだが、上か
ら暫く安静にしているようにとこの部屋を宛がわれた。室内には時計も置かれておらず、た
だ漫然と過ぎて去ってゆく時間を貪るしかない。
「……おかしいよなあ。俺達は確かにあの時、女傑族(アマゾネス)の男に斬られた筈なん
だが……」
 ジダンが衣の襟を引っ張り、自身の胸元を見る。傷は少々盛り上がった肉を残してほぼ完
全な形で塞がっていた。
 確かにあの時、自分達は斬られた筈だ。叩き付けられた衝撃も覚えているし、自らから飛
び散った血飛沫も脳裏に焼き付いている。
「話を聞く限り、医療班の皆が塞いでくれたって感じじゃないもんね。だとしてもこの治り
の速さは不自然だよ。まるでそれ用の魔導か何かを使ったみたいな……」
 結局あの時何があったのかは、二人は詳しくは覚えていない。斬られた瞬間のダメージで
意識が遠退き、気付いた時には里の医務棟に担ぎ込まれた後だったからだ。
「他の隊の人達が応急処置をしてくれたのかな?」
「そんな術の使える奴、俺達の中にいたか? 大体それなら、俺達がここに閉じ込められて
るのはどうしてなんだよ? もう大丈夫だってことぐらい伝わっててもいい筈だろ?」
 ジダンが眉間に皺を寄せ、ミッツも思わず押し黙ってしまった。嫌な沈黙が室内に横たわ
る。閉じ込められている──つい口に衝いて出てしまったが、現在自分達が置かれている状
況は間違いなく保護ではなくそちら側に近いのだと感じる。
「……皆、どうしてるのかな? あの後評議会で霧の妖精國(ニブルヘイム)が手を引いて
たって分かったんでしょ? 戦争に、なるんだよね」
「ああ」
「嫌だな。それってつまり、僕達のせいってことになるじゃない」
「そんな気負うなよ。大体最初に手を出してきたのは向こうだろ? 俺達は被害者なんだ。
里にわざわざ喧嘩売るような奴らの肩を持つ事なんてねえさ」
 気持ちは解らないでもない。だがジダンは、敢えてそう突き放すように答えた。尤もそれ
は彼の為というよりは、自分の為でもある。そう自らに言い聞かせることで、圧し掛かる現
実から少しでも逃れようとしていたのだ。
 ……大体、独立なんてするから。
 やっぱり外界に毒された連中ってのはよく分からない。頭数だけで考えても、一旦目を付
けられてしまえば、潰されるのは目に見えているだろうに。
「……でもさ? 何だか色々と都合が良過ぎない? こんな事したら口実にされるだなんて
分かり切ってるじゃん。長老達は前々から霧の妖精國(ニブルヘイム)を嫌ってたし。別の
隊の話だと、犯人の連れが僕達の手当てをしてたっていうし……。本当に斬るつもりなら、
自分達で治すようなことはしないと思うんだけど……」
 うーん。ジダンはベッドに仰向けになったまま、小さく唸っていた。
 分かってる。確かに妙だ。だがそこを掘り返してどうなるというのだ? 下手をしたら犯
人を庇い立てしているとの疑いだって掛けられかねない。事実斬られた──それだけで充分
じゃないのか。
「それにさ……。僕、聞いてはいたんだよ。意識が飛びかける寸前だったんだけど、あの人
誰かに向かって『逃げろ!』って……。身体の自由が何とかって。もしかして……あの人達
は騙されただけなんじゃないかな? だとすれば、慌てて僕らを治してくれたことも説明が
つく。大体、いきなり軍を動かすだなんてやり過ぎだよ。野蛮だよ。妖精族(エルフ)らし
くもない……」
「しーっ!! ばっか。あんまり言うな。何処で聞かれてるか分かったもんじゃねえぞ。た
だでさえ俺達は今、こんな状況なんだぞ? 他人の心配をする前に自分の心配をしろ」
「う、うん……」
 そしてミッツの吐き出す推測(ことば)に、彼は思わず口元に指を当てて、黙るようにと
窘めた。馬鹿野郎が。言っていい事と駄目な事くらい弁えろ。
「だがまあ。今回の動きは早過ぎるかもな。どちらにせよ、このまま事態が長引いたら俺達
ずっと寝かされたままだぜ? 暇で暇でしょうがねえよ」
 だがジダンは、次の瞬間にはそう大きく嘆息をついて一拍。ちらとこの相棒を見遣りなが
ら肩を竦めていた。あくまでスマートに。なるべく自分達に要らぬ角が立たないように。
「トレイ行こうぜ? こんだけ寝てても、出るモンは出るんだよな」
 かくして、ジダンとミッツは脱出を試みることにした。廊下の向こうで見張りをしている
兵に用を足してくるとだけ言って許可を取り、窓から一旦外に出て事実上軟禁されていた区
画から逃走する。無駄に広い敷地と屋敷だ。巡回の兵に見つからないように、こっそり物陰
を利用しながら進み、とにかく長老達に会おうとする。会って話をし、せめてもう自分達は
大丈夫だからと伝えよう。伝えて、もうこんな大事にしないでくれと訴えよう。
「何だかんだ言って、ジダンも結構やるじゃない」
「……うっせーな。お前ほど陰謀論者じゃねえよ。ただこの退屈な状態を何とかして欲しい
だけだ。このままじゃあ背中とシーツがくっ付いちまうよ」
 それはニブルを庇うというよりは、戦いによって同胞らを傷付けてしまうのが申し訳ない
といった理由からだった。ミッツほど馬鹿正直ではなくとも、切欠を自分達が作ってしまっ
たという負い目自体はジダンにもある。
「そうだね。ちゃんと長老達に話を聞こう。こんな戦いは早く止めるべきだ」
「……。止めといた方がいいと思うがなあ」
 どうにも意識がズレてはいるものの、この二人の若いエルフは、人気の少ない屋敷の中を
揃いテクテクと歩いてゆく。

「──じゃあ、ジーク達によろしく」
「はい。そちらもお元気で」
 災難より去ったルフグラン号の船内。ダン達南回りチームと団員達は、転移装置でそれぞ
れの国へ戻るコーダス達を見送っていた。別れ際に息子らを案じ、答える声に微笑んで、彼
らは転移の光に包まれて消えてゆく。
「……ふう」
 やがてその姿が見えなくなって、ダンは深く一息をついた。ちらりと横目に見た仲間達も
総じて同じような反応だ。やれやれと肩を竦めて苦笑いを零す。その感情は安堵の念という
に他ならない。事情を聞いて、彼らがハロルドの言っていた“策”なのだとすぐに理解した
ものの、タイミングがちょうど霊海の戦域から脱した後で本当に良かった。
「それで社長。機体の方はどうだい?」
「うーん、それがねえ。さっき皆でざっと観てきたんだけど、結構あちこちやられるっぽく
てさあ……。安全に飛ばす為には暫く時間が掛かりそうなのよ」
 そしてダン達は振り向き、部屋の出入口に来ていたレジーナらを見遣った。今度は別の意
味で肩を竦めて苦笑(わら)って。彼女やエリウッド、作業着姿の技師組が数名、そう困っ
た様子で答える。その後ろの廊下ではばたばたと他の技師達が動き回っていた。既にめいめ
いに指示を受け、船の修理に向けた準備を進めている。予備の資材をカートに乗せて、それ
ぞれの持ち場へ運んでいるのだ。
 ──霊海でのヘルゼルらとの戦いで、ルフグラン号は少なからぬ損傷を負った。
 幸い墜落するような致命的なダメージこそなかったものの、障壁装置(シールド)や砲門
など、身を守る為の装備や装甲があちこち壊れてしまっている。今後も奴らの妨害がある事
を考えると、これらを放置したまま飛ぶ訳にはいかない。万全の状態を維持しておく必要が
ある。
「そうか……」
 ヘルゼルらの妨害を振り切り、今ルフグラン号は器界(マルクトゥム)の一角に降り立っ
ている。地理的には北方の圏内であるらしい。窓の外にはごつごつとした険しい赤土の山々
が連なり、同色の荒れた大地が延々と広がっている。
 地底層三界の一つにして、豊富な資源に恵まれた鉱山の世界。
 それ故に、この世界は昔から一攫千金を狙う荒くれ者達が集まり、宿現族(イマジン)の
各閥(ファミリー)を中心として毎日のように縄張り争いが繰り広げられている。こと昨今
は地上からの資本も投入され、その欲望のぶつかり合いは激しさを増しているのだとか。
「仕方ねえな。じゃあ社長達は修理に専念してくれ。その間、俺達はテュバルの情報収集で
もして来るよ。どうせ留まらざるを得ないんなら、出来る事はやっとかないとな」
「それもそうね……。任せといて。時間と資材さえくれれば完璧に仕上げてみせるから」
「一応イセルナさん達やアルス君達の側にも、状況は話しておいた方がいいだろうね。転送
リングで戻って来たら、またごろっと風景が変わってたとなると驚くだろうし」
 まぁな……。ダンは頷いたが、エリウッドの言うそれは何も見た目だけの話ではないのだ
ろうとも見当がついていた。治安などの問題もある。こと荒くれ者ばかりの世界となれば、
一国の王子であるジークやアルス、ないしその学友達を安易に外に出す事もできない。事前
に説明して用心して貰うに越した事はないだろう。
「じゃあ、行くか」
「おう。クロム、道案内頼んだぜ? 俺達の中じゃあ、唯一土地鑑があるんだろう?」
「一括りに器界(マルクトゥム)と言っても広いんだがな……。善処する」

 暫く着陸した場所に留まらざるを──足止めされるを得ないダン達は、船を一旦レジーナ
らに任せ、町に出てみる事にした。ともかく今いる場所と、当座の目標であるテュバルの足
跡を調べなければならない。幸い船が停まった丘から半刻もしない内に、最寄の町は見つか
った。早速行き交う人々に聞き込みを始めようとしたダン達だったが……奇しくも町は今そ
のような状態ではなかったのである。
「見たか? あれ」
「ああ。凄かったよなあ。空から大陸(りく)が落ちてくるなんて……」
「一体何がどうなってんだ? 執政館からはまだ何も発表はないのか?」
 空から島が落ちてきた。
 曰く、先日突如として上空から巨大な島──陸地が降って来たのだという。この町だけで
はない。おそらくは器界(マルクトゥム)全域でその光景が目撃されている筈だとも。
 場所はここからずっと南、東方の端辺り。何の前触れもなく霊海の空をぶち抜き、巨大な
島が赤土の荒野に突き刺さったというのだ。話を聞く余裕はなかった。皆、この何の前触れ
もない大事件にばかり関心が向き、怒り、或いは不安に駆られて平素以上に苛々していたの
である。
「まさか、これって……」
「ああ。ワーテル島、だな」
 ダン達は端末を持っている住民に映像を見せて貰い、そう互いに目を瞬きながら顔を見合
わせると呟いた。
 間違いなかった。少し前、統務院と保守同盟(リストン)の決戦の舞台となった島だ。地
理的にも、東方南端という点で一致する。確か報道では、突如各地に現れた“結社”の乱入
もあり、保守同盟(リストン)側──痕の魔人ことヘイトは敗走したと聞いていたが……。
「おーい、万魔連合(グリモワール)から声明が出たぞー! 何でも地上でやってたドンパ
チの片割れだそうだー!」
「地上の……? そうか。でも連合が動いてくれるんなら少しはマシになるかな」
「まったく、余計な面倒を持ち込みやがって。これだから地上の連中は……」
『……』
 映像では、元ワーテル島の上空には灰色の雲が渦巻いていた。何よりも無数のどす黒い触
手が柱のように天を目指して蠢き、さながら地獄の釜を覗いているかのようだった。
 ダン達は、この映像を見せて貰っていた民家の外・表通りで、そう皆に状況の進展を伝え
て回る住民らしき男の姿を見遣っていた。良くも悪くも普段から諍いにいるからなのか、彼
らはそれを聞くと一先ずホッとし、次の瞬間にはめいめいに好き勝手に愚痴っている。まさ
かその地上の人間達が近くにいるなど思いもせず、荒々しくもしぶとい生存力で今日もこの
日という今を生き抜いている。
「……まさか、島ごと降って来てるなんてなあ」
「ど、どうなっちゃうんでしょう? あの戦いも、こちらも……」

 霊海の下、地底に逃げていったワーテル島を巡っては、統務院と“結社”で大きくその対
応に差がついてしまっていた。粛清対象たるヘイトを逃しはしないと重鎧の男と使徒達はす
ぐさまこれを追って霊海の中へと姿を消したが、ヒュウガら討伐軍は──その上司たる通信
越しの王達は、総じて躊躇していた。このまま逃げ切られても、獲物を横取りされても都合
が悪いが、肝心の相手の逃げた先が拙過ぎる。
『──どっ、どうするんだ!? お、追うべきなのか?』
『いや、地底は万魔連合(グリモワール)の管轄内だ。我々統務院が事前の通告もなしに突
入すれば、間違いなく外交問題になる』
『しかしそんな暇は……。事後報告では駄目なのか?』
『難しいですね。これまでの歴史的経緯、ああして島ごとあちらに落ちたという状況も合わ
せれば、向こうの態度が軟化するとは考え難いですし……』
『くそっ! ヘイトの奴め!』
『最後の最後まで余計な足掻きを……!』
「……」
 通信越しに聞こえてくる、王と議員達の焦りと嘆き。
 内心ヒュウガらは、内心呆れながら暫し現場(そのば)に控えていた。いつでも突入でき
るように、部下達と共に合図が出るのを待っていた。

「──ワーテル島が、霊海に?」
 黒皮の異形達が現れ、そして取り込まれて消えていった地上の各地。焼き払われ抉り取ら
れたような大地と都市の中で、人々は危機が去ったという安堵感に浸る間もなく、怪我人の
搬送と手当てに奔走していた。疲弊と徒労が重なり、内心苛立ちの中でこの混乱が鎮まるの
を待っていた。
 この際、各地で大いに助力を発揮したのがクリシェンヌ教団である。多くの神官──聖魔
導の使い手を保有する彼らによって、人々の治療は順調に進みつつあった。その総本山、聖
都クロスティアのエイテル教皇は、リザや枢機卿以下部下達から災いの中心地であったワー
テル島に起きた異変について報告を受け、思わず眉間に皺を寄せていた。その間も次々に、
各地の教団支部からの連絡がひっきりなしに鳴っている。
(拠点ごと敗走したという訳ですか。それでも尚、争いを拡げようと……?)

 古界(パンゲア)の原生林。ジーク達北周りチームとミシェル・テオら“守人”達は、整
備もろくに成されていない獣道を進んでいた。世界樹(ユグドラシィル)の外周をなぞるよ
うに大きく迂回し、遠征軍と鉢合わせにならないように隠れ里目指して南下する。
「──? あれは……」
 その途中、ジークはふと遠くで上がる火の手に気付いた。ずっと背後、地図上では北東の
方角に位置する辺りだ。シフォンらエルフ組が慣れたように木々の枝から枝へと飛び移って
いる。レナやクレアはちょこんとオズの肩に乗り、そう振り向いたジークの方を怪訝な様子
で見遣っている。
(あれは……ニブルか? 父さん達が、上手くやってくれてるといいけど……)

 そしてそれは、本人達の意図しない所で起こってしまった。光の妖精國(アルヴヘイム)
内の屋敷、だだっ広い緑の室内庭園。
 ジダンとミッツは、物陰に身を隠しながら出口を求めて彷徨っていた。如何せん里自体が
広く、このような場所に来た事もなかったため、すっかり道に迷ってしまっていたのだ。
「──そうか。彼らは既に里を出た後か」
 ハザワール氏だった。二人はその途中、ふと声を聞いて立ち止まり、恐る恐る気持ち窓越
しに室内を覗く。長老達が重用する、胴着羽織姿の竜族(ドラグネス)である。
(何をしてるんだろう?)
(さあ? 誰かと……話してる?)
 互いに頭に疑問符を浮かべ、顔を見合わせて、ジダンとミッツはそそっと少し屈んでいる
位置をずらして中を覗いてみた。ハザワール氏の向かいにいるであろう、その会話の相手が
誰であるのかを確かめる為に。
「はい。どうやら彼らも、こちらの狙いに気付き始めたようです。一刻も早く、攻略を進め
るべきかと」
「そうだね。予定よりも早めに私達も動く必要がありそうだ」
 黒衣の一団であった。彼の前に跪いて喋っているのは、影士族(シーカー)の女率いる密
偵達らしかった。しかし妙だ……二人は怪しむ。里の皆(じぶんたち)も知らない彼の手下
の存在、黒衣の兵士。確かに聞こえた“こちらの狙い”……。
『──』
 ウラハ達だった。
 光の妖精國(アルヴヘイム)の長老達が、食客として抱えている男・ハザワール。はたし
てそんな彼の前に部下として恭しく頭を下げていたのは、以前古都(ケルン・アーク)にて
ジーク達を襲った黒衣の一団──“結社”に属する信徒達だったのである。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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