日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「過ぎ去り詞」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:墓場、家、時流】


 あんな大きなものが、ほんの一年ほどでこんなにも変わってしまうなんて。

 その日、私は故郷に戻って来ていた。だが“帰るべき場所”はもう無い。寧ろ手放す準備
の為に私達は帰省していたのだから。主がいなくなって久しい生家の鍵を、ゆっくりと挿し
込んで開ける。
 何の変哲もない、裏通りに面する小さな一戸建てだ。
 しかし私達姉弟にとっては、ここが生まれ育った場所であり、人生の原風景とも呼べる場
所だ。年季の入った木目の廊下、長年の雨風を受け続けた天井の染み、何より家全体に漂う
独特の匂い──それは人気の無さからきたのかもしれないが、私にとっては何処か懐かしい
気持ちが勝る。それでも中をざっと見渡した私が抱いた感情の大部分は、嬉しさよりもある
種の哀しさで占められていた。
「……思ってた以上に、痛み始めてるな」
 玄関から台所へ、台所から居間へ。
 私と妻、そして姉夫妻は先ずはざっと家の中を一通り確認してみる事にした。見て回る中
で、つい私はそう言葉に盛らしてしまう。
「お義父さんが亡くなってから、もう大分経つものね……」
 四年前、母が死んだ。以前患って手術していた癌が再発し、もう長くはないと医者に宣告
された最中の出来事だった。
 去年には、父も死んだ。心臓発作だった。馴染みの隣人達から連絡を受け、慌てて駆けつ
けた時はもう、真っ青になり帰らぬ人となっていた。寂しかったのだろう。母が亡くなって
からはたった一人でこの家に残り、引き篭もりがちだったという。
 母が亡くなった時も、彼女を追うようにやがて父が亡くなった時も、話が出なかった訳で
はない。他でもないこの実家の事だ。誰が守りをするのか? 順当に宛がうのなら長男であ
る私だったのだろうが、既に私には妻と子がある。仕事がある。街(むこう)での交友関係
もある。今更それらを捨ててまで、この不便な田舎に戻ろういう気概を終ぞ私は持てないま
まできてしまった。
「ぼやいている場合? ほら、さっさと始めるわよ」
 分かっていた事だ。こんな結果になるのは。
 そんな妻の、何処か他人事な一言に、姉は少々不機嫌そうだった。いや、或いはこの一連
の雑務が降りかかってきた時からずっと、こんな調子だったかもしれない。
 私達は三人姉弟だ。姉と、私と、もう一人少し年の離れた弟がいる。
 姉は私よりも数年早く結婚して市外に嫁いだ。私も学生の頃から街に出て、そのまま就職
して結婚、家庭を築いた。こと弟に至っては、今何処で一体何をしているのかさえ分からな
い状態が続いている。母や父が亡くなった時も、こちらは忙しいだのと何だのと言って結局
帰って来さえしなかった。

『悪い、兄貴。そっちでやっといてくれよ。香典は送るから』
『悪い、親父。金貸してくんねーかな……?』

 末っ子で可愛がられて育った影響だろうか。弟は昔っから自由奔放で、しばしば私達姉兄
を困らせてきた。
 尤も当人にその自覚はないのだろう。お互いもう立派な大人だ。かく言う私も向こうでの
生活があると結局“跡取りの務め”を果たさなかったのだから、どうも強く出られなかった
という事情がある。
 もっと早く戻って来ていれば……。寄り添っていれば……。
 口にするだけならば幾らでもできる。だがいざ母も、父も失ってしまって初めて、私はこ
れまでの疎遠を後悔した。少なくとも母が亡くなり、父が一人ぼっちになってしまった時、
世話をするなり何なりで戻って来さえすれば、あんな寂しい最期を迎えさせることはなかっ
たんじゃないかと思う。
 ──主を失い、置き去りにされた家の中の荷物を皆で手分けして纏める。
 私も姉も、ましてや弟も、此処を維持する余裕などなかった。何より物理的に遠過ぎる。
そこで話し合った結果、私達はこの生家を売りに出す事にした。明日には査定の為に業者が
来る事になっているから、出来るだけ片付けておかないと。
「すみません、お義兄さん。手間を掛けさせてしまって」
「何。気にするな。距離からすりゃあこっちの方がずっと近いんだ。どのみち一度や二度で
どうにかなるモンじゃねえだろう?」
 家の中は、予め姉夫婦が何度かこちらに来て大方を済ませてくれている。私は父の遺品や
細々としたものを詰めたダンボールを手渡しながら、この義兄に改めて詫びた。
 ……いい人だ。歳は私よりも一回りは確実に上なのに、その浅黒い肌とがっしりと筋肉質
な体躯のせいでずっと若々しく元気に見える。同時に、世の中というのは何とも不平等なの
だなと痛感させられる。
 作業する妻や義兄(あに)、姉を横目に見ながら、私は部屋の一角に纏められた荷物をた
めつすがめつ眺める。その中には私達姉弟にとって懐かしいものも少なくない。つい一個一
個手に取って、思い出に浸ってしまう。
 嗚呼、この玩具は弟とよく取り合いになっていたっけ。母はそんな時決まって『お兄ちゃ
んでしょ? 我慢しなさい』と言ってきた。あの時は少し歳が離れただけで我慢を強いられ
る──理不尽極まりない論理だと思っていたが、この歳になって解る。……世の中には我を
張る人間が多過ぎるのだ。そこで一々ぶつかり合っていたら身がもたない。事が進まない。
思えばあれは、より年長──かつて得た者が譲る事で少しでもバランスを取るべきだという
教えでもあったのかもしれない。そんな予行演習を兼ねていたのかもしれない。……そうと
でも捉えなければ、やっていられない。
 埃を被ったこの熊の人形は、姉のものか。ただ昔っから姉は男勝りな所があって、それは
今でも変わらない。確か父にプレゼントされたものだと思うが、寧ろ可愛がって遊んでいた
のは私だったように思う。気が強く仕切りたがり。のんびりしていて、周りに流されること
がままある──あの頃から私達の関係は、変わってしまったようでその実根っこの所はあま
り変わっていないのかもしれない。
 柱に残ったペンの跡。これは姉や弟と、背丈を比べ合った頃のものか。日付も何も無いの
でいつのものかは分からないが、あの頃は三人で競い合うように小さな敷居の上で文字通り
背伸びをしていたっけ。今では寧ろ縮む一方だ。歳を取る毎に、そんな昔の記憶さえ思い出
す機会もめっきり無くなった。
(どれも……古いな……)
 くしゃっと、私は一人静かに顔を顰めていた。
 あの頃はどれも手に余るほど大きく見えたものが、今ではこんなにも小さい。まるで歳月
を経て萎んでしまったかのようだ。いや、物だけじゃない。この家自体もすっかりこじんま
りとしてしまったように感じる。昔は、子供の頃はまだ、此処がとても広く飽きることない
遊び場であるように感じられた。それが歳月を重ねて、外に出ている時間が多くなり、その
度に迎えてくれるこの生家が小さく寂しくなっていたような気がして。
 ……何処かで気付いてはいた筈なんだ。だけども、私はその事になるべく気付かないふり
をしてきた。まだ両親がいる。近所の人がいる。私自身も妻子があって、仕事があって、向
こうは向こうで交友関係が出来上がっている──そうして繰り返し理由をつけて、真っ直ぐ
に向き合おうとせずに生きてきたのだ。

『そもそもあんたが、父さんの面倒を見なかったからじゃない!』

 父が死んだ時、葬儀や一連のゴタゴタが終わるか否かの頃、私はそう苛立つ姉に強く詰ら
れた事がある。
 遺されたものと、この家についての今後だ。弟が「そっちに任せる」と早々に放り投げて
きた呆れと怒りをそのままに、姉の矛先は即ち私に向かった。本来ならば長男である私が先
ずもって両親の世話をし、後を継ぐべきだったのだと。
 ぐうの音も出ない。ただ一方で、私の中には確かに彼女への反発もあった。
 ……そういうのは、姉さんの方が向いてるじゃないか。今までもそうしてきただろう?
 お義兄さんと暮らす今の家が市外の比較的近い場所にあるのもあって、姉はかねてから私
よりもよっぽどまめに父や母に顔を見せに行っていた。その都度世話も焼いていたし、病気
の事も逸早く聞かされ、知っていた。
 それでもあくまで「長男」を立てるのは、自分が嫁いだ身という弁えからか。或いは本当
の面倒事まで全部背負い込むのは御免だという本音からなのか。
 まぁ気持ちは分からなくもない。姉にだって向こうのご両親というものがある。あまりこ
ちらにばかりかまけていたら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。なのに私はそんな姉の気
丈さと堅苦しさに甘えていたのだろう。その節はどうしても否めない。二人とも失って、よ
うやく知った。というより、向き合わされた。美しい過去の思い出を、抱えて暮らすだけな
ど許されない……。
「お義姉さん。これはどちらに?」
「それはこっちへ回して頂戴。受け取るわ」
「おーい、そろそろ車に積んでくぞ。玄関開けてくれ」
 玄関先まで運び、積み上げた幾つもの段ボール箱を、軒先の際にまで寄せたお義兄さんの
貨物車へと載せてゆく。
 がらんと、家の中が一層寂しくなった。大きな調度品は流石に動かせないので、そのまま
売りに出す事にしている。どだい持ち帰っても私や姉の家にはスペースがない。
「……」
 私は、開けっ放しにされたかつての我が家を見上げていた。風が通ってゆく気がする。
 嗚呼そうか──此処は、墓場なんだ。
 私や姉、弟達の、思い出が集められ捨てられた場所。私にそんな心算はなかったが、いつ
しかそれぞれの生計に囚われ始めた頃、此処に在る時は停まったのだと思う。もっと早く気
付いていれば、もっと早くこまめに面倒を見ていれば、こんな別れをせずに済んだかもしれ
ないなと、今更遅過ぎることを思う。
「こんにちは。先日連絡させていただいた弓削と申しますが──」
 そんな時だった。ひょこっと敷地の門から顔を覗かせ、査定の業者が現れた。
 数はそう名乗る壮年の男と、部下らしき若年と中年の計三人。私はハッと我に返って姉達
と共に振り向き、並んで頭を下げると挨拶を交わした。
「お荷物、整理しておられる最中だったのですね」
「ええ。でも、細々としたものはもう大方……」
「お話した通り、家具類はそのままにしてあります」
 了解致しました。あくまで丁寧に業者達は微笑(わら)う。第一印象が肝心だ。こちらも
売れねば困るが、彼らも売らねば無駄な労力となってしまう。
「それでは早速中を視させて貰ってもよろしいでしょうか? お話は、その後ゆっくりと」
 私達はええ、と頷いた。姉が案内する中、彼らは次々に玄関へと上がってゆく。そんな後
ろ姿を眺めていて、私はぎゅっと胸奥がどうしても冷たく締め付けられる感触を否定する事
ができなかった。
「……」
 生家が、寒々しくなったように感じられた。物理的に荷物を運び出したとか、そういう事
もあるのかもしれないが、何だか一段と小さく萎んでしまったようにみえた。
 家が、思い出が売られてゆく。だがそれは元を質せば自身の怠慢が招いた結果でもある。
或いはもうこの時代、こうした別れは何処であっても避けられないのか……。
 じっと生家を仰ぎ見る。
 だが気のせいか、かつての我が家はそんな私には見向きもせずに、ただじっと佇み続けて
いるようにみえた。
                                      (了)

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  1. 2017/12/24(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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