日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅢ〔29〕

 どれだけネオンが眩く点ろうとも、闇はいつもそこに在る。寧ろ光が強ければ強いほど、
それらはより深く執拗に根を張るのかもしれない。
 満たされているが故に、満たされえぬ。
 少なくとも飛鳥崎という街は、そんな数多あるモデルケースの一つと言ってしまってよい
のだろう。
「──どうも、お待たせしました」
 夜の飛鳥崎。街を照らすネオンを遠巻きに、その届かぬ足元を縫うように杉浦が近付いて
来た。心許ない明かりしかないその路地裏の一角へ、妙にヘコヘコしながらするりと身を潜
り込ませてくる。
「用件は? 折り入って報告したい事があると聞いたが」
 そんな彼を一人待っていたのは、丸太のように筋肉質でガタイのよい男だった。
 円谷である。飛鳥崎中央署の警視・白鳥の側近の片割れだ。彼はビル裏の壁にじっと背を
預けたまま、ちらと横目にこの杉浦を見遣ると早速本題に入る。
「ええ。実は先日、うちの事務所に筧兵悟とその連れがやって来ましてね……。自分に瀬古
勇の消息と、例の守護騎士(ヴァンガード)について調べてくれと依頼をしてきたんです」
「瀬古を?」
「どうやら、勘付いてるようで。何かと関連の事件に縁を持っちゃいましたからねえ」
 元から険しい円谷の表情(かお)が、更に厳しさを帯びた。
 それとですね……。彼に向いたまま杉浦は言う。それさえも取っ掛かりに過ぎないという
ように、スッとその瞳が暗い殺気を帯び始める。
「もっと厄介なのは、その連れです。由良──と言っていましたか。実は筧兵悟が帰った後
に、そいつがこっそり依頼をしてきましてね……。三条電機と、そちらの本署との繋がりを
探ってくれ、と」
「……なるほど。お前がわざわざ呼び立ててくる訳だ」
「でしょう? 当人の感じからして、まだ確証は無いようです。ただ何処からか、自分達の
存在を聞きかじった可能性はありますね。そうじゃなきゃあ、先ず自分にそんな頼みをして
きはしないでしょう?」
「……」
 身振り手振り。訴えかける杉浦に、円谷は暫くじっと眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
 確かに、自分達に目を付けられているというのは拙い。彼の相棒たる筧も未だ瀬古勇と、
都市伝説(ヴァンガード)の存在に拘りをみせている。元々から組織の方針に従順ではない
と理解してはいたが、流石にそろそろ目に余ってきたか。
「この事、他には?」
「今夜旦那に話したのが初めてです。直接伝えに行くよりは、お二人のどちらかの耳に入れ
ておく方が、目立たないかと思いまして」
「賢明だな。情報提供感謝する。今夜にでもプライド様に報告しよう。三条電機の方は──
放っておいていい。対抗勢力の存在はとうに把握済みだ。何よりシステムの完成で、瀬古が
エンヴィーの号を得た。今後は奴が対守護騎士(ヴァンガード)の専任となる」
 その意味では、もう価値の半減した情報ではあるのだろう。既に彼らの研究所(ラボ)は
襲撃済みだ。尤も、肝心の目的は果たせなかったが。
「それよりも、問題は二人がそれぞれに嗅ぎ回っているという点だ。もし彼らの疑念が噛み
合ってしまえば、我々にとって非常に面倒なことになる」
「そうですよねえ。お互い、敵の本丸(ふところ)を突いたとしても、大した利益にはなり
ませんし」
「……いつも一言多いのは、お前の悪い癖だぞ」
 ギロリ。杉浦の慎重──否、皮肉に対し、円谷は静かに凄みを利かせてこれを睨んだ。
 あはは……。思わずこの私立探偵は苦笑いを零し、軽く両手を挙げて降参のポースを取っ
ている。そう、面なら割れているのだ。だがそこに踏み込めば相手も同じように行動せざる
を得なくなるだろう。プラマイゼロ、寧ろマイナスなのだ。相手にダメージを与える事こそ
できるが、同時にこちらも失うものが大きい。お互いに、メリットが少ない。
「……そろそろ、あの二人も野放しにはできなくなってきたか」
「ええ。どうします?」
 だからこそ、決断は早かった。問うてくる杉浦に円谷はちらと横目を遣り、命じた。あの
二人は、由良信介は、触れてはいけない領域へと触れた。もう許されない……。
「プライド様を煩わせるでもない。始末しろ。やり方は任せる」
「へへ……。了解」
 言って、円谷はそのまま踵を返していた。杉浦もニタリと口元に弧を描き、影のある不気
味な笑顔を浮かべている。同じように彼もまた、次の瞬間には正面を向いたまま胸元に軽く
手を当て、サッと退くようにして再び街の闇へと消えてゆく。
「“取り繕う”のは──お前の得意技だろう?」
 背を向けたまま、より暗がりの中へと進む円谷。闇はいつもそこに在った。
 一見、繁栄を謳歌しているようにみえる夜の飛鳥崎。だがそこに潜む悪意達は、人々の想
像を遥かに越えて、深く複雑に根を張り続けている。


▼シーズン3『Justice for Vanguard』開始

 Episode-29.Control/睦月、最大の危機

 勇こと龍咆騎士(ヴァハムート)と戦った後の、その日没後。
 睦月達は彼の二人の幼馴染・海沙と宙を連れて、地下の司令室(コンソール)に集まって
いた。見上げる正面の壁に、所狭しと並ぶ無数のモニター画面。室内に整然と設置されてい
る何台もの機材。案内された目の前の光景に、彼女達は暫くの間たっぷりと言葉を失って立
ち尽くしていた。
「これが、むー君達の……」
「嘘でしょ? こんな空間が、飛鳥崎の地下にあるなんて……」
 故に、ようやく絞り出した言葉は驚き。
 睦月達はもう、打ち明けるしかなかった。電脳の怪物・越境種(アウター)と、自分達対
策チームの存在。睦月こと守護騎士(ヴァンガード)と、彼ら“蝕卓(ファミリー)”との
これまでの戦いについて。
 話さなければならない事はたくさんあった。リアナイザを介して現れる彼らと、H&D社
の疑惑。自分達対策チームの活動。睦月は勿論、皆人ら対策チームのスタッフ達も苦渋の表
情を浮かべている。できれば巻き込みたくなかった。それは何より、他ならぬ睦月の強い要
望でもあったから……。
「まさか、睦月が守護騎士(ヴァンガード)だったなんてね。本当、世間は狭いなあ」
 あははと、宙は苦笑(わら)う。その表情(かお)はまだにわかには信じられないといっ
た感情を含んでいたが、一方で海沙は、実際にその一部始終を目撃している。そんな親友が
証言するのだから間違いない。何よりも、目の前に広がっているこの司令室(コンソール)
が動かぬ証拠だ。
「その……。ごめん、今まで黙ってて」
「もっと早く打ち明けるべきだったのかもしれないな。結果的に、お前達を何度も傷つけて
しまった」
 呆然とし、やっと我に返り始めた二人に、睦月は深く頭を下げて謝っていた。皆人も、対
策チームの代表として同じく頭を垂れ、これまでの非情を詫びている。
「本当だよ。心配したんだからね?」
「うん……。でも、理由がちゃんと分かったから。むー君も三条君も、頭を上げて?」
 宙がぷんすかと頬を膨らませる一方で、海沙はただ優しく苦笑いを零すだけだった。この
親友に同調しつつも、彼女自身はより許そうとする方に舵を切っている。
「私達を、巻き込みたくなかったんだよね? だったら負担を掛けちゃってたのは私達の方
だよ。こちらこそ、ごめんなさい」
「海沙……」
「うーん。海沙は甘いなあ。そりゃあ、あたしも納得はしたけどさ……。だって水臭いじゃ
ん? 言ってくれれば、あたし達だって力を貸したのに」
 軽く握った拳をもう片方の掌で受け止め、宙は言った。海沙と横一列に並んで、室内に広
がっている無数の機材を眺めて、ため息のような声を漏らす。
「……本音は?」
「だって面白そうじゃん? リアナイザを使って本当に戦えるなんてさ?」
「遊びじゃないんだがな……」
 はあ。何となく予想はできていたのか、仁へそう答える宙に、皆人はわざとらしく眉間に
皺を寄せて嘆息をつく。尤も言われても仕方ないのだろう。リアナイザ自体、元を質せば先
端技術の詰まった玩具なのだから。
 睦月達も、苦笑いを浮かべていた。だがこれまでの重苦しい空気を少しでも解きほぐして
くれた彼女の一言は、面々にとり救いでもあったろう。直後めいめいから漏れたのは嘆きで
はなく、寧ろ安堵のそれだった。ぽりぽりと少し黙ったまま後ろ髪を掻き、ややあって皆人
が二人を見返して言う。
「……とりあえずお前達の件は、これで一安心だな。だが俺達にはまだ問題が残っている。
筧刑事と、由良刑事のことだ」
 だからこそ、次の瞬間出た名前に、海沙と宙は「うっ……」とばつの悪い表情を隠せなか
った。皆人や香月、対策チームの少なからずが、そんな彼女達を横目に見つめている。
「少なくとも由良さんには、色々喋っちゃったもんねえ」
「うう……」
「ご、ごめんなさい……」
「過ぎてしまった事は仕方ない。お前達が彼に飛びついたのだって、半分は俺達が隠し続け
たせいだ。それよりも、今は早急に彼を探し出して口封じすることに集中するのが先だ」
 何の因果か、二人は以前に守護騎士(ヴァンガード)の真実を求めて彷徨っていた由良と
出会い、様々な情報を流してしまっている。自分達の幼馴染──睦月がブダイの事件に首を
突っ込んでいたこと、パンドラの主であること、その開発元たる三条グループのこと……。
「あたし達みたいに引き込んじゃえば?」
「いや、そう上手くはいかない。何より彼らには一度協力を打診して断られているんだ。そ
の時の記憶はもう本人達には無い筈だが……そうホイホイと“身内”を増やしてもキリがな
いだろう? お前達はともかく、あくまで元々面識のなかった人間となれば、情報が漏れる
リスクはどうしても付きまとう」
 うーん……。皆人の淡々とした返答に、宙は思わず眉根を寄せて唸っていた。傍の海沙も
何処か複雑な表情をしてその場に立ち尽くしている。
 言わんとする事は分からなくもない。さらりと引き合いに出されたが、何気に自分達なら
ば大丈夫と信頼されているのもちょっぴりこそばゆくて。
「だからこそ、これまでリモートで記憶に干渉してきたが……安全性や接触する際のリスク
を考えても、もう限界と言っていい状況なんだ」
「そこで……貴方の出番よ、睦月。ここは一つ、より確実に“忘れさせる”方法を採って後
腐れのないようにしましょう?」
「えっ?」
 するとそんな皆人の遣った横目を合図に、香月が進み出てきた。いつもの白衣を引っ掛け
た姿で軽くウインクをし、自らの息子にそう呼び掛ける。睦月は頭に疑問符を浮かべて皆と
これに振り向いていた。自分に白羽の矢──ということは、守護騎士(ヴァンガード)か。
「守護騎士(ヴァンガード)の強化換装を使うわ。オレンジカテゴリ、コーカサスフォーム
よ。本来は鹵獲能力に特化させたコンシェル達なのだけど、ここにはリモートのオリジナル
が含まれてる。強化換装で接触することで、刑事さん達の記憶をよりピンポイントに隠蔽す
ることができる筈よ。まぁどちらにせよ、本人達に接触して一度ダウンさせてからじゃない
と落ち着いて作業できない点には変わらないのだけど……」
 香月曰く、その為の追加調整は作戦決行日までに終わらせるという。
 睦月達は互いの顔を見合わせた。見合わせて、頷いた。それならばいけるかもしれない。
少なくとも、何度も彼らの脳内にダメージを与えずに済むかもしれない。
「コーカサスフォームか……初めて聞くな。それってどんなのなんだ?」
「ちょうどいい。本番前に一度、変身してみるか。事前に能力の把握をしておくに越した事
はないしな」
「うん。そうだね」
『分かりましたー』
 故に司令室(コンソール)内は、にわかに次の行動に向けて慌しくなった。念の為、試し
にと皆が気持ち大きくスペースを取ってくれる中に陣取って、睦月がパンドラを挿れたEX
リアナイザを構え始める。
『BEETLE』『STAG』『MANTIS』
『SPIDER』『BEE』『SCORPION』『LOCUST』
 ホログラム画面からオレンジカテゴリ──昆虫系のサポートコンシェル達を選択する。
 いつもならここですんなりと認証を通り、睦月の身体は新しい力を宿したパワードスーツ
姿になる筈だったのだが……。
「っ!?」
 弾かれた。
 いつもなら『ACTIVATED』の一言と共に押し当てた掌に吸いつく銃口が、次の瞬間バチッと
強く短い火花を散らして反発したのだった。
 睦月が、周りで見守っていた皆人達がその異変に気付き、目を丸くして身を硬くする。何
が起こったのか分からず、間髪入れずにもう一度押し当てようとした睦月の手が──その刹
那、今度は大きく弾かれた。蓄積しようとしていた大量のエネルギーが、行き場を失って放
出され、睦月の身体をEXリアナイザから引き離して激しく吹き飛ばす。
「睦月!」
「むー君!?」
「おいおい、どうした!?」
「失敗? そんな馬鹿な……」
 そんな彼に、仲間達が慌てて駆け寄って来た。当の睦月も睦月で、一体自分の身に何があ
ったのかを理解できず、ただ呆然と半分床に転がったままの姿勢で手放したEXリアナイザ
を見つめている。
「睦月。大丈夫か?」
「う、うん。僕は平気、だけど……」
「え? えっ? 失敗? でも話だと、睦月は適合者って奴なんでしょ?」
「ああ。その筈なんだよ。僕達も、こんな事は初めてで……」
「佐原君。もしかして」
「ええ。誰か、観測器を持ってきて! 睦月の適合値を!」
 あわわわわ……。ホログラム画面越しに、EXリアナイザの中からパンドラが完全に取り
乱した様子で皆を見渡している。その間にも香月ら研究部門の面々は動き出し、PC内の専
用ソフトや接続式の計器を次々に起動、そのカメラを一斉に睦月へと向ける。サーモグラフ
のような色付きの輪郭と、左右に表示される幾つもの数値曲線が、やがて彼らを驚愕に突き
落とすこととなった。
「出ました! 適合値……九二五!?」
「は? 九百って……。今までの半分以下じゃないか」
「間違いじゃないよな?」
「ええ。今繰り返し計り直してますけど……どれも大体その辺りの値に収まってます」
 ばたばた。計器を操作していた者と、後から覗き込んできた者が激しいやり取りを交わし
ている。動揺が広がっていることは明らかだった。萬波以下、白衣姿の彼ら研究部門の面々
は勿論、皆人や冴島、國子に仁、海沙・宙までもがそこに加わり、信じられないといった様
子で、視線を座り込んだままの睦月と機材の間で行ったり来たりさせている。
『マ、マスター! 一体どうしちゃったんですか!? これじゃあ、まるで……』
「……」
 戸惑っているのは、何も皆人達だけではない。他ならぬ睦月自身もまた、突然自らに降り
掛かってきたトラブルに呆然としていた。
 変身、できない?
 一同に困惑が広がる。香月が、密かに眉間に皺を寄せてこれを見ている。
 バチバチと、まだ少し手が痺れていた。睦月の適合値は、かつてのおよそ三分の一にまで
落ち込んでしまっていたのである。


 それは、飛鳥崎某所でのこと。
 とうに人の手が入らなくなって久しい廃工場に、とある集団が居を構えていた。一見して
統一性のない人間──荒くれ者達の集団だったが、彼らの正体が怪物(アウター)だという
ことは、その存在を知る者でなければ分からないだろう。
「……気に入らねぇな」
 そんな彼らを率いるのは、三人のアウターだ。
 一同を見下ろすように、一段高い機材の上に座っている中央の一人目は、モヒカン頭の如
何にも粗暴そうな男。その左右に控えている残り二人は、灰色のフードを被ったパーカー姿
の青年と、この集団にあっては珍しい礼服姿の老紳士だ。
『……』
 静かに怒気を、苛々を放っているモヒカン男。
 部下達はそんな彼の不機嫌におずおずと震えていた。宥めるべく何か声を掛けようにも、
自ら率先してその役を買って出るほどの勇気はない。
「それって、さっきの“蝕卓(ファミリー)”の?」
「ああ」
 先刻、彼らの下にはある報せが届いていた。自分達アウターを統括する役目を担っている
“蝕卓(ファミリー)”の幹部七人の席、その最後の一つが埋まったというのだ。
「確かエンヴィーといったな。話を聞く限り、異例づくめのようだが」
「異例も異例だろ。何で人間如きがあそこに座れる? あそこは俺達の、全ての存在の頂点
に立つ場所なんだぞ!?」
 ガンッと近くの配管を叩き、その形を拳状に抉る。
「俺こそがあの席に相応しかったんだ! 蝕卓(やつら)は何を考えてる!?」
 あわあわと部下達が震えていた。だがそんな彼らとは対照的に、傍に控えるこの二人の側
近に関しては冷静そのものだ。
「かもね。何でも、プライドの肝煎りだそうだよ? 対守護騎士(ヴァンガード)専門にな
るんだってさ」
「……だからなのだろうな。奴に対し、他の者は手を出すなという触れは。突然過ぎはする
がのう。今までの犠牲は何だったのか……」
 灰色フードの青年はそう肩を竦め、老紳士はそっと眉を顰めながら呟いていた。
 これまでに斃されてきた同胞達の事もある。モヒカン男ほどではないが、彼もまた今回の
通達に思う所があるのだろう。
「守護騎士(ヴァンガード)か……」
 しかし、当のモヒカン男は、この時既に別のことを考え始めていた。一段高い機材の上で
どっかりと胡坐をかき、スッと細めた眼差しで何やら企みを練っている。
「なあ。もし俺が、そいつよりも先に守護騎士(やつ)を倒せば、俺の方が強くて適任って
ことになるよな?」
「うん? まあ……そうなるかのう」
「バイオ。まさか……?」
 嫌な予感がした。そうとでも言わんばかりに老紳士と灰色フードの青年がめいめいに渋い
表情(かお)をしていた。
 付き合いが長いから分かる。こういう時の彼は、無駄に行動力を発揮するのだ。
 部下達が「えっ?」と目を丸くしている。二人はそんな彼らを次の瞬間一瞥し、詫びるよ
うに苦笑(わら)いながらもこれを止めようとした。
 しかし……その時はもう遅かったのだ。思い立ったら即行動。モヒカン男は「よしっ!」
と小さく叫ぶと機材の上から立ち上がり、皆の前を大きく跳躍して着地。そのままこの廃工
場──アジトの外へと駆け出し始める。
「ヘッジ、トーテム、行くぞ! 守護騎士(ヴァンガード)をぶっ倒す!」
「だああ! まるで話を聞いてないーッ!?」
「やれやれ……仕方ないのう。儂らで連れて帰って来るゆえ、すまんが留守を頼む」
 は、はあ。急に始まった勢いに、部下達は呑まれてついて行けなかった。一人先に出て行
ってしまったこのモヒカン男(リーダー)を追うべく、灰色フードの青年が頭を抱えて絶叫
しながら続いて駆け出してゆく。更にその後を老紳士が、この部下達にフォローと留守を言
い残してから、ゆったりと追って出掛けて行く。

「──じゃあ、まだはっきりとした原因は分からねぇんだな?」
「ああ……」
 思わぬアクシンデントに見舞われてから、数日が経った、ある放課後。
 昇降口を出た睦月と皆人、仁はグラウンドを横切りながら学園を後にしようとしていた。
そんな帰り際、つい話題として出ていたのは、他でもない先日の変身失敗の件だ。
 仁が確認するように皆人──対策チームの司令塔に問い、苦渋の返答を貰っていた。そう
した二人のやり取りを、当の睦月は横並びに歩きながらじっと黙って聞いている。
「参ったなあ。だが少なくとも、その適合値? って奴が重要なんだろ? 俺はその辺りは
よく知らねぇんだが、今までは佐原が唯一、その条件を満たしてた」
「そうだ。だからこそ俺達は睦月に頼るしかなかった。前任は冴島隊長だったが、彼でも変
身に成功するには値が足りなかったからな」
 言われてみればそこまでは話してなかったな。皆人はこれまでの事を思い出すように頷く
と、そう淡々と答える。ちらりと一度、こちらを見てきた。仕方なかったとはいえ、結果的
に冴島から守護騎士(ヴァンガード)としての役割を奪ったのだという睦月のかねてよりの
負い目を、何となく察していたからなのだろう。
「……やっぱり、直接の原因は、僕の適合値が下がっちゃったせいなのかな?」
「ああ。間違いないだろうな。だが問題は、それが何故起こったか? だ。そこの部分の原
因がはっきりしなければ、今後も同じような事態が起こりえる」
「だなあ。つーか、そもそも何で適合値ってのは人によって変わるんだろ?」
 さあ……? 睦月の問いと申し訳なさに皆人が応え、仁がより大元の疑問を呈す。
 三人は只々首を傾げるのみだった。こと技術的な部分は、香月や萬波ら研究部門の面々に
任せ切っている。頼るしかない。どちらにせよ自分達は門外漢だ──皆人は、司令官という
立場もあってか、内心もどかしいという様子で呟いた。通り抜けてゆくグラウンドの向こう
では、今日も幾つかの運動部が練習に励んでいる。
「ともかく、俺達は俺達のやれることをしよう。解決策を調べて貰っている間に、なるべく
由良刑事の動きを追う。いつでも、彼の口封じを行えるように」
「……ああ」
「ね、ねえ。そう言えば皆人。海沙と宙の姿が見えなかったんだけど……」
「ああ。二人なら國子と司令室(コンソール)だ。少々野暮用でな」
 仁がきゅっと唇を結び、睦月が努めて苦笑(わら)ってから訊ねていた、その時である。
 にわかに前方が騒がしくなった。何だろうと目を向けてみると、校門から少し出た所で、
何やら見知らぬ三人組が下校中の生徒達を捉まえているではないか。
「……何だろう、この既視感(デジャヴ)」
「奇遇だな。俺もちょうど同じことを思った」
 睦月らの眼差しは紛れもなく警戒へ。密かに身を硬く、進めていた足取りも自然と気付か
れないよう忍び足になる。
「サハラムツキ?」
「さあ? 知らないなあ」
「同じ学園って言われても、人数が多いし……」
 モヒカン頭の男をリーダー格に、灰色フードの青年と礼服の老紳士。
 どう見ても統一感のない不審者達だったが、聞き耳を立てる限り、どうやら彼らは睦月を
捜しているようであった。後者二人はこのモヒカン男を引き留めようと宥めているようにも
見えたが、当の本人はまるで聞く耳を持たない。捉まった生徒達も少なからず身構え、面識
のないその名前に眉根を寄せている。
「佐原って、あの佐原香月の佐原? 確かに息子がいるって聞いた事はあるけど……」
「ああ、いるよ。隣のクラスだったかな? ほら、ちょうどあそこに歩いて来てる──」
『……っ!?』
 故に、面が割れるのは時間の問題だった。異変に気付いて距離を取り直すには、あまりに
も人通りが多過ぎたのである。
 まさか守護騎士(ヴァンガード)だと知る由もない生徒の一人が、そう辺りをキョロキョ
ロと見渡し、こちらに気付いて指を差してきた。その指し示す方向に、思わず引き攣って固
まる当の睦月らに、この奇妙な三人組は狙い澄ましたように揃って視線を向けてきた。
「……おい。これ、拙くないか?」
 仁がじわりと後退りながら呟くも、言わずもがな。
 モヒカン男達はニッと嗤い、或いは嘆息をつくと、真っ直ぐこちらへと歩いて来た。睦月
達はその場から逃げようとした。嫌な予感がする。少なくとも此処では拙い。今周りは、他
の生徒達で溢れている……。
『マスター、マスター!』
 ちょうどそんな時だった。懐のデバイスから、パンドラが睦月達に呼び掛けてきた。慌て
て彼女を取り出して画面を見る。するとこの白亜の電脳少女は向かってくる三人を指差し、
主らに緊急を知らせるべく言い放つ。
『間違いありません。あの人達──アウターです!』

 睦月達は転がり込むように、学園から少し離れた資材置き場に逃げ込んだ。
 下校中の生徒達を巻き込む訳にはいかない。衆目に晒される訳にはいかない。何よりも今
は、満足に戦う事すらできない。
「おいおい……。出くわした途端に逃げの一手かよ?」
 そんな三人を追って、モヒカン男が歩いて来る。見た目と違わず、粗暴な物言いだ。やや
遅れて追いついて来た灰色フードの青年と老紳士も、やれやれといった様子でその足取りを
緩めている。
「臆病モンが。もしかしてお前、大した事ないんじゃねぇだろうな?」
『……』
 こっちの事情も知らないで。
 静かに歯噛みする睦月を庇うように、皆人と仁はこの友の前に出た。サッと懐へと手を伸
ばし、いつでも戦えるように調律リアナイザを握る。逃げる自分達に、最初は怪訝の眼差し
を向けていたモヒカン男だが、そう油断してくれるならまだメリットはあるのだろうか。
「面は割れてんだ。守護騎士(ヴァンガード)、お前を倒す! お前を一番に倒せば、俺は
俺の強さを証明できる。俺こそが、幹部になれる!」
「? 何を──」
 戸惑いながら言いかける睦月。だが男はお構い無しに次の瞬間、デジタル記号の光に包ま
れてその本性を現した。
 全身黒鉄色の、筋骨隆々としたスキンヘッド。
 特に、拳が無骨な鉄球となっている右腕から胸元にかけてが、異様に発達している。左の
手首には輪状のシリンダーが嵌められており、帯状の弾倉──もとい釘倉が袈裟懸けにその
後部へと繋がっている。
「はあ……。悪く思うなよ?」
「こやつは一度言い出したら聞かないからのう」
 加えて残る二人、灰色フードの青年と老紳士もアウターとしての姿に変身した。
 青年は、両腕と背中が繋がった装甲を持つ、灰色──ハリネズミを思わせるアウターに。
老紳士は、幾つもの顔型彫刻が積み上がった──トーテムポールを思わせるアウターに。
 モヒカン男、黒鉄色のアウターが叫び勇んで襲い掛かるのを追って、彼らも地面を蹴って
迫って来る。
「貫け、クルーエル・ブルー!」
「デューク、佐原を守れ!」
 同時に、皆人と仁も調律リアナイザの銃口を向けて引き金をひいた。メタリックブルーの
鎧姿と白い重騎士のコンシェル。二人は変身できない睦月を守らんと、この突発的な戦いに
応じざるを得ない。
「むっ?」
 クルーエル・ブルーが突き出した短剣は、加速をつけて老紳士──トーテムへを狙った。
 だが相手は、この特性を見極めた瞬間、何と身体を分離させて易々とこれを回避。かざし
た掌から衝撃波のようなものを放って反撃を加えたのである。
「はあああッ!!」
「ぐうっ!?」
 一方で灰色フードの青年──ヘッジホックは両手足から無数の棘を生やし、大盾をかざし
たグレートデュークの下へと。助走をつけた体当たりがデュークと仁を襲った。ぶち当たっ
た衝撃だけではない。勢いのままに叩き付けられた無数の棘が、堅固である筈のデュークの
盾へと食い込みかける。
「皆人! 大江君!」
 睦月は逃げながら、思わず叫んだ。その間にもモヒカン男──暴力的(バイオレンス)な
アウターの鉄球拳が、かわした傍の資材をぶち抜き、甲高い金属音と土埃を撒き散らす。
「おいおい。逃げんじゃねえよ。お前も、戦え!」
「っ……」
 人間態の時よりも一層凶暴さを増したバイオレンスの後方で、皆人と仁が戦っている。初
撃をかわされたクルーエル・ブルーは、自在に分離して浮遊するトーテムの波状攻撃に押さ
れ、デュークは棘つきの半円型拳鍔(ダスター)を取り出して殴りかかってくるヘッジホッ
クと激しいインファイトを強いられていた。
 受け身がてら地面を転がり、睦月は顰めた表情のままEXリアナイザを取り出した。口元
に不敵な弧を描きながらバイオレンスが近付いて来る。どうすればいい? この状況を、満
足に戦えない今の自分に、何が出来る……?
『SUMMON』
『STRONG THE BEAR』
『PURGE THE GOLD』
『RUSH THE DAISY』
 故に睦月は換装ではなく、召喚を選んだ。せめて二人を援護しなければと、ホログラム画
面からサポートコンシェル達を呼び出したのだった。
 両腕に盾を備えるゴールド・コンシェルは、ヘッジホックの棘を防いで弾き返す。
 連射性能に優れたデイジー・コンシェルは、分離するトーテムの本体を狙い撃つ為。
 そして腕力に特化したベア・コンシェルは、自分に代わってこの凶悪な刺客を食い止め、
押し返す為に。
「二人とも、逃げて!」
『このまま戦うのは不利です。一旦戻って体勢を整えましょう!』
「そりゃあ、そうしたいのは山々なんだがなあ……」
「逃がしてくれそうには、ないぞッ!」
 サポートコンシェル達を加えた更なる混戦。
 だが戦力を追加投入した所で、状況はようやく拮抗が関の山だった。睦月やパンドラは何
とかこの場を脱すタイミングを窺おうとするが、この三人──とりわけバイオレンスはそん
な思惑をすんなり通してくれそうにはない。ゴールド・コンシェルは棘の打撃を受けるのに
精一杯で、デイジー・コンシェルが放つ光弾の連射も、更に一個一個に分離するトーテムに
は思うほど当たらない。皆人と仁、クルーエル・ブルーとデュークも、そんなこの二体を引
きつけるので手一杯で、睦月を守りに行く余裕がない。
「オラオラァ、どうした!? 何でてめぇは変身しない!?」
 更にバイオレンスの腕力は、ベアのそれを上回っていた。最初は数度拳を打ち合ったが、
次の瞬間には力負けしたベアがぐらりと押し返され、その隙を突いた左腕のネイルガンの餌
食となる。激しく火花を散らし、庇っていた睦月の前に転がり込む。
「……っ!」
 バイオレンスが再び迫ろうとしていた。突発的な開戦のせいで、終始こちらは押されっ放
しである。皆人と仁が慌ててこちらを見遣った。だがヘッジホックとトーテムの攻撃に、自
身のコンシェルを宛がって防御するので精一杯だ。
「何で変身しない? まさか俺じゃあ、戦うまでもねぇと……?」
 そんな睦月達を見ていて、いよいよバイオレンスが勘付き始めた。しかしその解釈はやや
あさっての方向で、彼自身はそれを自らへの侮辱と理解したらしい。
 じり、じり。辺りの資材に足元を掬われそうになりながらも、睦月は少しずつ後退る。
 バイオレンスは眉間に皺を寄せ、怪訝の気色を浮かべていた。持ち上げた右手の鉄球拳を
振るおうにも、疑問が引っ掛かって留まっているかのような。
「バイオ」
 分離した身体を一旦元に戻しながら、トーテムが言った。バイオも「ん?」とやや不機嫌
を漂わせた眼でこれを肩越しに遣り、彼の言葉に耳を傾ける。
「もしかしてだが、そやつは変身しないのではなく、できないのではないか? 理由までは
分からんが、何かトラブルが起きている最中なのやもしれん」
「マジか。それじゃあ、俺がここでぶちのめしても……」
 目的を果たせない。
 言葉を切って、バイオレンスは口元を歪めると露骨に舌打ちをした。道理で様子がおかし
いと思った。守護騎士(ヴァンガード)が変身できないのなら、そんな状態で倒したとして
も、実力の証明にはならない……。
「ざけんな!」
 ガンッ。だがバイオレンスは次の瞬間、そのスキンヘッドに血管を浮き上がらせ、激しく
怒った。振り回した鉄球拳が近くに立てかけてあった資材を粉砕し、甲高い金属音と土埃が
舞う。そんな怒声に、睦月だけでなく皆人や仁、ヘッジホックとトーテム達までもが驚いた
ように目を丸くしていた。剥き出しの凶暴性が、彼の闘争心に火を点ける。
「じゃあ何の為にここまで来たんだよ!? 今更退けねえぞ! ちんたらしてたら一番には
なれねえし、蝕卓(れんちゅう)に嗅ぎ付かれちまう!」
 ガシガシと髪──の無い黒鉄色のスキンヘッドを掻き毟り、バイオレンスは怒鳴った。そ
う暫く悶々としていたが、やがて吹っ切れたように彼は深い嘆息を吐き出す。
「……もういいや。万全の相手じゃねぇのは不満だが、ここで潰す。何よりこのままじゃあ
俺の気持ちが収まらねえ!」
 なっ!? 睦月が、皆人や仁が再び驚愕して顔を引き攣らせる。
 振りかぶられたバイオレスの鉄球拳。地面を蹴り、助走をつけてこの変身もままならない
守護騎士(ヴァンガード)こと睦月を狙って拳を撃ち込み──。
「げばっ?!」
 ちょうどその時だった。睦月に襲い掛かるバイオレンスを、何処からともなく飛んできた
銃撃が防いだのだった。
 当の睦月が、皆人達が慌ててその方向を見遣る。……勇だった。バスターモードにした黒
のリアナイザの銃口を真っ直ぐにこちらへ向け、硝煙を燻らせながらじっとこちらを睨みつ
けている。
「……そいつは俺の獲物だ。殺すぞ?」
 こいつ、本当に人間か……? その文字通りの射殺すような眼光に、ヘッジホックとトー
テムが思わず引き攣った。妨害を受けた当のバイオレンスも、焦げた胸元を押さえつつ呼吸
を整え、この思わぬ乱入者の姿を見つめている。
「変、身」
『EXTENSION』
 入力するコードは『666』。勇はその場で黒いリアナイザを水平に掲げ、自らの掌に銃
口を押し当てた。同時に黒いバブルボールのような光球が彼を包み、その身を黒いパワード
スーツ姿へと変える。
 龍咆騎士(ヴァハムート)ことエンヴィー。
 人間ながら“蝕卓(ファミリー)”の末席に加わったこの黒い戦士は、変身が完了するや
否や、バイオレンス達へと襲い掛かった。当の本人達も、にわかに現れた彼に大いに掻き乱
され、あっという間に形勢逆転。怒涛の勢いで押し返されてゆく。
「……どうなってんだ? 仲間割れ?」
「分からん。だが、どうやら奴の拘りに救われたようだ」
 皆人と仁がそれぞれのコンシェル達と共に、睦月の下へと合流する。仁は目の前で起こっ
た急展開に戸惑っていたが、皆人はこれを絶好のチャンスと捉えたらしい。
「──」
 ちらり。銃床をツーノックして武装をダスターに換えながら、バイオレンス達を纏めて叩
き飛ばしつつ、肩越しに眼差しを。
 その眼は、やはりギラついたように深く暗く濁っていた。真っ直ぐに睦月を──変身でき
なくなった己が標的を睨み、まるで見下すような眼差しを送ってくる。
「今の内だ。行くぞ」
 そして睦月達三人は、皆人の促しと共に駆け出し、辛くもこの場を後にする。


(……逃げたか。妥当な判断だな)
 睦月達が離脱してゆくのを肩越しに確認してから、勇はじっと前を見据えていた。
 目の前には三体のアウター。黒鉄色のスキンヘッドと、灰色のハリネズミと、だるま落と
しのように身体が分離するトリッキーな奴。
 龍咆騎士(ヴァハムート)姿の勇は、突然乱入され、手痛く殴り飛ばされて体勢を崩して
いる彼らを見つめていた。余計な事をしやがって……。奴を倒すのは、俺だ。
「蝕卓(ファミリー)から通達があった筈だ。これからは俺が奴と戦う。邪魔立ては誰であ
ろうと許さない」
 くっ……! 黒鉄色のアウター・バイオレンスが強く歯噛みして睨み返していた。一方で
残るヘッジホックとトーテムは、それみたことかと言わんばかりに困惑した表情(かお)を
しており、互いに顔を見合わせて何やら思案でもしていると思われる。
 だが勇にとっては、そんな事はどうでもよかった。
 こいつらは──触れを破った。何より俺の獲物を。俺が倒さなければならない相手を。
『BURST MODE』
 粛清する。次の瞬間、勇は銃床を三度ノックし、霞む速さで彼らの前から姿を消した。
 いや、消したのではない。それほどの高速移動で懐に飛び込んだのだ。
 目にも留まらぬ早業だった。バイオレンス達は認識する暇もなく、防御する暇もなく、腹
や顔面にダスターの拳をもろに受け、吹き飛ばされた。中空で錐揉みになりながら資材の山
に激突し、甲高い金属音と大量の土埃を立てる。
「がっ……げほっ……!」
「み、見えなかった」
「……畜、生。何で、人間、如きに……」
 三人はめいめいに地面に転がっていた。もろに受けたダメージで、すぐに起き上がる事す
らできない。
 勇は装甲のクールタイムを挟みながら、再びゆっくり彼らに近付いて行った。
 こいつらは要らない。違反を犯したのだから、ここで殺ってしまってもいいだろう──。
「っ……!」
 だがその直後である。近付いて来る勇とはあさっての方向に、トーテムがザッとその掌を
かざしていた。眉間に皺を寄せてその方向──ちょうど遥か頭上の方を見る。
 複数の鉄骨達だった。資材置き場の上層に積まれ、吊るされていた鉄骨を、トーテムがそ
の念動力で引き摺り下ろし、勇に向かって叩き付けようとしたのだ。
 勇は、サッと物怖じせずに数歩後ろへ跳ぶ。激しい音と土埃を立てながら、目の前で鉄骨
達が次々と地面に落下した。暫くその場に立っている。立って止むのを待つと──もうそこ
にはバイオレンス達の姿はなかったのである。
「……逃げたか」
 理解して、しかしさほど関心もなく勇はそっと踵を返した。
 鉄骨が散乱して酷い有り様になったその場を、彼は散歩でもするかのように立ち去る。

「よう、エンヴィー。首尾はどうだった?」
 その足で蝕卓(ファミリー)のアジトに戻り、変身を解除した勇はグリードを始めとした
他の幹部達に迎えられた。
「逃げられた。頭の回る奴が一人交じっていたようでな」
「へへえ? 失敗したんだ? それって偉そうに言えること?」
 継ぎ接ぎだらけのパペットを抱いたスロースが、くすくすと一見上品に口元に手を当てて
笑っている。勇はちらと一瞥したが、特に反論するでもなかった。末席に加わってから、こ
いつらの風当たりはずっとこんな調子だ。勝手に勝ち誇っていればいい。感情は殺した。今
まで散々守護騎士(やつ)にしてやられてきた癖に、よくも偉そうに言える。
 場の面々を見る。どうやら今日もプライドは欠席しているようだ。尤もそれはいつもの事
だからあまり気にしない。必要とあらばその都度連絡は入れている。他の奴らとは違って、
あの人は自分にとって恩人でもあるのだから。
「やれやれ。命令違反の子が出たと聞いたから、仕方なくオッケーしたというのに……。イ
サム君、まだ君の鎧(ヴァハムート)はチューニング中なんだよ? 次の戦いに備えている
んだからさ? あまりホイホイと飛び出さないでくれよ?」
 そして奥からシンが、白衣を引っ掛けながら飄々と笑って出てくる。ポンポンと勇の肩を
軽く叩くと、再び黒いリアナイザを回収して、無数の配線が伸びた機材の下へ。それを流し
目で見遣りながら、勇はぽつっと思い出したように切り出す。
「ああ。その事なんだがな……」
 勇は皆に語って聞かせた。どうやら今、守護騎士(やつ)は変身できないらしい。
 何か技術的なトラブルか、本人が実は負傷しているかどちらかだろう。彼らと例の三人組
のやり取りを聞いていただけで、詳しい理由までは分からないが、あの状況で他でもない奴
自身が変身しようとしなかった事実は、どう考えても不自然だ。
「へえ……。それ本当かよ?」
「それはチャンスだな。奴を始末する絶好の──分かってる。そう睨むな」
 元は市中に潜ませているサーヴァント達から、通達に背いて動いているアウター達がいる
と聞いて飛び出したのだが……思わぬ情報が手に入った。グリードが少なからず驚いたよう
に目を丸くし、ラースもつい思案をして口に出し、故に勇に思いっ切り睨まれたが、アジト
内はにわかに何処か浮付いた心地に包まれた。
「……原因は分からないのか」
「知らねえよ。寧ろこっちが教えて欲しいくらいだ。……全く腑抜けてる。一体何をやって
るんだか」
 ぶつぶつ。暫く沈黙を続けていたラストからの問いに、勇は少し苛立ちながら答えた。あ
のスキンヘッドと同類に扱われたくはないが、張り合いがない。一体何の為に、自分は奴と
の戦い専任になったというのか。
「ふぅむ? そうなると、暫く再戦(リベンジ)はお預けだねえ。まぁこちらとしては、そ
の分しっかりチューニングの時間が取れるというものだけど」
「……」
 シンが軽く顎を摘まみ、そんな事を呟いていた。既に奥の機材の中に交じって幾つかの操
作用ホログラムを出し、作業を始めている。勇はむすっと、無言ではあるがその一言に神経
を逆撫でされる心地を抑えられなかった。
「ともかく、改めて皆に通達を出しておくよ。守護騎士(ヴァンガード)を倒すのはイサム
君の仕事。君達は今まで通りよく育ち、よく進化することに集中しなさいとね?」

 それは筧がいつものように、朝中央署へ出勤して来た時のことだった。
 相変わらずあちこちで忙しない一課のオフィスに入ると、部長がこちらの姿を認めて声を
掛けてくる。
「あ。おい筧、こっち来い!」
「……? 何です?」
 どうやら彼は機嫌が悪いようだった。しかし筧には心当たりが──普段の自分がアレ過ぎ
て確定できず、若干頭に疑問符を浮かべて近付いてゆく。
「今朝、由良からメールが来た。お前ら、昨夜飲んでたらしいな?」
 部長が見せてきたのは、彼のデバイスだった。画面には幾つかのメッセージのやり取りの
中に、由良から届いた一文がある。時刻は今日の明朝だ。

『すみません。二日酔いが酷くて動けないので休ませてください。ご迷惑をお掛けします』

「他の奴にも確認を取った。別に勤務外まで拘束しようって訳じゃあないが……次の日に響
くのは関心せんな。お前はあいつの上司──相方だろう? もう子供じゃないんだ。呑まれ
ない程度の加減くらいちゃんと教えてやれ」
 口調はまだ抑え気味だったが、それでも言外に苛立ちを含んでいるのは分かった。
 筧は眉間に皺を寄せてこの文面を見つめている。あいつが、二日酔い? 少なくとも自分
の方にはそんな連絡はなかった。気を回して心配させまいとでも考えたのか? ねちねちと
注意してくる部長に、筧はただ「はあ」「ええ、すみません」と静かに平謝りしておくしか
ない。
「まぁ、息抜きぐらいは構わんがな……。全く、なっとらん。ただでさえ私達は年中繁忙期
みたいな仕事なんだぞ? 人手が減るとそれだけ捜査に支障が出る。そのせいで捕れる筈の
ホシを捕れなかったどうするんだ?」
「……ええ」
 ぶつぶつと。部長はやがて一しきり説教を垂れると、ふんすと踵を返して自分の席に戻っ
て行った。周りの同僚達が、同情やらほくそ笑みやら、様々な眼差しを向けてはこちらから
の一瞥にサッと視線を逸らしている。
(妙だな……)
 ちょっとしたイベントが終わり、室内が再び忙しなさに包まれてゆく。此処は飛鳥崎の治
安を守る心臓部だ。此処が忙しいということは、それだけ街に事件が溢れているということ
である。平穏とは対極の、誰かが苦しみ涙する瞬間が在るということである。
(あいつが? 昨夜のあれで?)
 しかし当の筧は、まだ怪訝を貼り付けていた。その場に立ち尽くしたまま、じっと眉間に
皺を寄せて黙り込んでいる……。

『さあ、飲んだ飲んだ。今夜は俺が奢ってやるからよ』
 確かに昨夜は仕事終わりに、由良を誘って飲みに行った。二人でしばしば立ち寄る、馴染
みの小さな居酒屋だ。この夜筧は気分転換も兼ねて、この相棒から色々と聞き出そうと思っ
ていたのだ。注がれたグラスを見つめ、由良は困ったように苦笑(わら)っている。
『……いいんですか? まだこの前のヤマだって途中なのに』
『いいんだよ。偶には息抜きも必要だ。ずっと気を張ってちゃあ、いずれ俺達の方が先に参
っちまう』
 促されて、仕方なくといった様子で少しずつ喉に通してゆく由良。それを筧は横目で確認
しながら、自分もまた手に取ったグラスをくいっと煽った。
 ……何だが、思い詰めている感じだったからだ。ここ暫く、どうもこの相棒は自分に無茶
をし過ぎているように見える。
 だからこそ、慰めてやらなければと思った。あわよくばその原因を解きほぐし、要らぬ肩
の荷の一つや二つは代わってやるぐらいの気持ちでいた。
『なあ、由良』
『? はい』
『お前が最近疲れてそうにしてるのは……例の、一人で調べてるヤマか?』
 グラスを握った手に静かに力が篭もっている。由良はその問いに答える事はなかった。た
だフッと小さく苦笑(わら)い、こちらを見つめてくる筧に困ったような横顔を見せてくる
だけだ。
『確かに万世通りの騒ぎは、おかしな点が多過ぎる。あれだけじゃない。爆弾魔(ボマー)
の事件から始まって玄武台(ブダイ)と瀬古勇、あちこちで起きてる不可解な事件……。上
は表向きテロだ何だと誤魔化してるが、間違いなくこの街には“何か”がある』
『……』
 話して欲しかった。慰めて、勇気付けてやりたかった。
 だが筧は知らない。由良が他でもない守護騎士(ヴァンガード)の正体について悩んでい
たことを。メディカルセンターの駐車場で彼と、羊頭の怪物が“共闘”しているさまを目撃
してしまったことを。
『無理は、しなくていいんだぞ? 確かに手分けして情報を集めた方がいいのかもしれん。
だがヤマがヤマだ。もしかしなくても、真相って奴には芋づる式にこの街の闇が繋がってい
る可能性もある。突っ込み過ぎるな。引き際を見極めるのも刑事(デカ)の技量だぞ? 相
談なら、いつでも乗ってやるんだからさ?』
『……はい』
 言える訳がなかった。話してしまって、また繰り返されたらどうしようと思った。
 自分達は一度、この一連の真実について“都合の悪い”何者かに妨害を受けたことがあっ
た。あの時はまだ五体満足でいられたものの、次があるとは限らない。今度こそ、文字通り
口封じに消されてしまうかもしれない。……それだけは避けたい。この人だけは、失う訳に
はいかない……。
 由良は黙っていた。多くを語らなかった。元より筧に関わらせる心算などなかった。
 守護騎士(ヴァンガード)が自分達の「敵」かもしれない。その可能性がある──現実と
して目撃してしまった以上、彼に迫らせるのは危険だ。もしかしたら、かつて自分達を妨害
してきた者達も、同じ勢力の人間かもしれないのに。不信があった。焦りがあった。少なく
とも“確証”を得られるまでは、この人に話すべきではない……。
『……』
 結局その後も、二人は互いに胸の内を伝え切れることなく、静かに夜更けまで飲み続ける
こととなった。ゆったりとした時間が流れる。それは一見穏やかな晩酌で、師弟としてのさ
さやかな一時だったのだが、同時に漂っていたのは、そんな微妙に噛み合わない齟齬ばかり
だったのであった。

(──妙だな。俺は、あいつを潰すほど飲ませてはいない筈なんだが……)
 うーんと密かに唸りつつ、筧は自身のデスクに鞄を置く。寧ろ飲んでいた量自体は自分の
方が多かった筈だ。……由良が以前よりも飲めなくなった? あいつとはそこそこ長い付き
合いで、酒のキャパなども把握している。こと昨夜はあいつを気遣いながらの晩酌だったの
だから、そんな無茶をさせていればすぐに気付けたと思うのだが……。
 余計なお世話だったのかな? 疲れ身へ余計な圧を掛けてしまったのだろうか。
 既に一晩が明けて時遅しだが、筧は内心自身のお節介を後悔した。また後で連絡を入れて
みよう。そう決めつつ、ポケットの中に突っ込んであったデバイスを手の中で弄る。白鳥辺
りに知られたら、またねちねち突かれそうだ。そろそろお互いに追っているヤマにも、情報
を突き合わせる頃合が来ているのかもしれない。
(今日は杉浦に、結果を聞きに行く予定だったんだがなあ……)
 仕方ない。周りの様子を見て、今日は一人で会いに行こう。


 そして、時は遡る。
 バイオレンスらの強襲を、思わぬ助けが入ったことで逃れた睦月達は、間一髪の所で地下
の秘密基地──司令室(コンソール)へと戻って来ることができた。
「あ、むー君」
「皆っちに大江っちも……って、どうしたの? そんなに慌てて」
 中には既に海沙と宙、じっと壁際に背を預けて佇んでいる國子がいた。こちらの到着に気
付いて振り向いた幼馴染二人は、香月のデスクを囲んで何かを待つようにして立っている。
その一方で当の香月本人はと言えば、一瞬ちらっと一瞥こそ寄越せど、集中しているのか二
人のデバイスを自身のPCに繋ぎ、猛烈な勢いでキーボードを叩き続けている。
「……スタッフを集めてくれ。面倒な状況になった」
 皆人の一言で、対策チーム全員での緊急会議が招集された。議題は他でもない、先刻睦月
達が戦う羽目になったアウター三人組の件である。睦月と仁も、身振り手振りを加えてその
一部始終を皆に話した。
 モヒカン男と灰色フードの青年、礼服姿の老紳士。どれもその本性は強力で、一筋縄には
攻略できなさそうだ。何より彼らは明らかに睦月が守護騎士(ヴァンガード)であると知っ
た上で現れ、攻撃してきた。幸い「俺の獲物」だと勇が乱入してきたことで、何とかその場
を脱することができたのだが……。
「……拙いですね」
「ああ。よりによって、こんな時に」
 ぽつりと國子が、表情を変えずに言う。皆人は面々の中心に立ちながら、思わず嘆息をつ
いて頭を抱えていた。ただでさえ懸案に懸案が重なり、加えて睦月が変身できないトラブル
まで起きた最中だというのに、また新たな敵が現れたのだから。
「……ごめん」
「むー君が謝る事じゃないよお」
「そそ。悪いのはその空気を読まない三人組でしょ? だけど、明らかに──」
「正体がバレてるって事だよなあ。ま、瀬古が敵側についちまった時点で、多かれ少なかれ
避けられなかったんだろうがよ」
 睦月は責任を感じていた。自分にしか出来ない役目なのに。皆を守る力なのに。
 それでも海沙や宙といった幼馴染、友人たる仁などは、殊更に彼を責めようとはしなかっ
た。寧ろ論点をそこからずらそうとすらしている。矢継ぎ早な変化で失念しがちだったが、
蝕卓(ファミリー)との戦いは新しいステージに移っていると言っていい。
「そうだな。それに、その点に関しては以前ほど心配しなくても良いだろう。先の戦いを切
欠に、天ヶ洲と青野も正式なメンバーとなった。瀬古勇も、あの言動からするに睦月を倒す
事に強い拘りを見せているようだ。奴の手に入れた力も明らかに守護騎士(ヴァンガード)
を意識した作りになっている。もしかしたら、奴は既に組織の中で対俺達の尖兵になったの
かもしれない」
 当の睦月は勿論、面々が目を瞬く。
 あの皆人が自分から楽観論を語るなんて。確かに状況証拠を積み上げるに、その可能性は
低くはないと思われるが、実際問題として厄介な敵が増えたことには変わりない筈だ。
「今最大の問題は──守護騎士(ヴァンガード)の換装システムに異常が出ているという点
だ。睦月という最大戦力を投入できないことは勿論、この事によって筧・由良両刑事の口封
じにも大幅な遅れが出てしまっている」
「あー……。まぁ、そうだよなあ」
「私達リアナイザ隊がいるとはいえ、決定力の低下は否めませんからね……」
「残念ながらね。せめてその間の空白を、何とか埋められればいいんだけど……」
 國子の言葉に、冴島が静かな自嘲(わら)いを浮かべながら言った。
 彼は元守護騎士(ヴァンガード)の装着予定者だ。今回のトラブルにも、人一倍思う所が
あるのだろう。「僕が代われたら……」そう誰にともなく呟くが、即座に「無理無理。あん
た適合値足りないじゃん」とパンドラに手厳しく一蹴される。彼のかつての値は七百弱。低
下してしまった睦月のそれにさえも届かない。
「だからこそ、二人に協力して貰おうって話になったのよ」
 するとギチッと作業椅子を回して、PCの前の香月が皆に向き直った。作業は一旦中断し
たらしい。海沙と宙のデバイスは相変わらず繋がれたままで、画面にも無数の数列が表示さ
れているが、彼女は皆人から発言を受け継ぐように、この作業途中のそれを皆に見せながら
指し示す。
「もしかしてと思ってたけど、まさか……海沙と宙に?」
 当惑したのは睦月だ。その問いにコクンと、本人達が恥ずかしげに、或いはふんすと胸を
張りながら肯定している。
「海沙のビブリオと、あたしのカノンをチューニングして貰ってたんだ。作業が済めば、あ
たし達も皆みたいに一緒に戦えるようになる筈だよ」
「だ、駄目だよ! 本当に分かってる? 遊びじゃないんだよ? 相手はコンシェル──実
体化した化け物なんだ。下手したら怪我だけじゃ済まない。もしかしたら……」
「分かってるよ。でも、それをずっとむー君は一人で引き受けてきたんでしょ? 陰山さん
や冴島さん達も一緒だったとしても、その先頭に立っていたのは間違いないんだから」
「それは……そうだけど……」
「水臭いなあ。この前も言ったでしょ? 事情は聞いた。だったら、あたし達も力の一つや
二つ、貸してあげるって」
「お気持ちはお察しします。ですが対策チームの存在を知った今、お二人にも力添えをいた
だけるのはこちらとでも心強いのです。香月博士によると、お二人のコンシェルもそれぞれ
特化した性能を宿していると。……大切に思っているのは、私達とて同じなのですよ」
「……」
 睦月は結局、反論し切ることができなかった。彼女達の善意を、その意思を曲げてまで安
全という鳥籠の中に閉じ込めておくことはできなかった。
 にこりと微笑(わら)い、不敵に笑い。
 海沙と宙は生き生きとしていた。長らく疑問であった、この幼馴染の少年達の行動の謎に
ようやく行き当たり、彼の力になれると分かったからだ。巻き込みたくないと、良かれと思
って隠され続けたのは解っている。だからこそ、共に戦いたい。もう彼一人にそんな過酷の
全てを背負わせて堪るかという思いがそこには在った。
「……素直に受け取っておきなさい? 貴方を戦いに巻き込んだ、張本人が言える台詞じゃ
ないかもしれないけど」
 ぽつり。何処となく優しくも複雑な様子で、香月が言った。母さん……。睦月も睦月で、
そんな母の一言にきゅっと唇を結んでいる。
「それにね? 変身が失敗するようになった原因が判ったの」
 故に次の瞬間、ざわっと睦月達一同が目を見開いた。萬波以下研究部門の面々と、冴島だ
けがその中で表情を努めて変えずに佇んでいる。
「これはまだ、仮説の域を出ないのだけど……」

(──ふう。久しぶりに飲んじゃったなあ)
 夜の飛鳥崎。ネオンの光が何となく遠巻きばかりを照らしているような路地の一角で、由
良は一人、ふらふらとほろ酔い気分のままに歩いていた。
 つい先刻まで、筧に誘われて飲んでいた由良。場所はよく彼と入る行きつけの店で、特段
変わったメニュー構成でもなかったのだが、持ち上がった話題が話題だけに、妙に気持ちが
ざわついたままだ。その分、普段以上に酔いへと逃げたのかもしれない。
 彼は勘付いていた。自分が万世通りの事件──ひいてはこの街で散発する不可解な事件の
調査において、ある種の行き詰まりを感じていることを。或いは暴かれつつある真実への不
安から思い詰めて、以前のような気力を失くしつつあることを。
(兵(ひょう)さんに迷惑を掛けちまったなあ……。刑事(デカ)失格だ……)
 何とかあの席ではだんまりを決めて誤魔化したが、それも長くは続くまい。どうやら取り
急ぎその“真実”とやらに辿り着かなければならないようだ。
 ──飛鳥崎に蔓延る不可解な事件。
 それらの謎を解く鍵こそが、巷でまことしやかに語られる怪人の都市伝説であり、彼らと
戦いを繰り広げているという守護騎士(ヴァンガード)である。
 だが、少なくとも由良自身は、そんな巷の定説を信じ切れずにいた。なまじあの現場を見
てしまったがために、素直に彼を“ヒーロー”として認められずにいたのだ。
 自分は……目撃した。メディカルセンター奥の駐車場で、羊頭の怪人とあたかも共闘して
いた守護騎士(ヴァンガード)の姿を。
 兵さんは彼を、一種の期待をもって見ている。勿論そこには一人の刑事(デカ)として、
大人として、素人が無茶をするなという苦言こそ含まれてはいたが。
 ……その点では、自分は彼と同じなのだ。だがそれとは別に、守護騎士(ヴァンガード)
が本当に自分達街の人間の「味方」なのかという疑問に囚われる。もしかしたら、彼も怪人
達も、その力の根っこは同じなのではないか? だとすれば、結局はその本人の匙加減次第
であり、いつ「敵」になってもおかしくない……。
 明日杉浦から、内々に頼んでおいた調査結果が出る。
 それさえ受け取れば、判るのだろうか? この、あの日以来自分の中でループしている疑
念が、少しは進展するのだろうか? 問題は兵さんだ。依頼した時はあの人の退出を狙って
話せたものの、今度はどうやって別個に結果を受け取るか。向こうも一応プロだ。内々の依
頼だということは理解して、黙ってくれていると思うのだが……。
「──」
 ちょうど、そんな時である。
 守護騎士(ヴァンガード)に起きたトラブル。それは結果的に悲劇を許してしまった。
 酔いの残る足で路地を抜けようとする由良の行く手に、はたと一人の人影が立ち塞がって
きた。誰だ……? 最初由良は目を細めて確認しようとするが、ちょうど月明かりが辺りを
照らしたことによって、その正体は数拍と経たずに知れた。
「杉浦さん?」
 筧の昔馴染だという、元詐欺師の私立探偵・杉浦だった。あの時と同じへらへらと人懐っ
こい笑みを浮かべながら、着崩したスーツ姿の彼は「どうも」と、軽く帽子を摘まみながら
会釈してくる。由良は止めかけていた歩を進めて近付いた。思わぬ所で出会ったものだ。
「どうしたんです? こんな所に──夜に。そちらに伺うのは明日の筈でしょう? まぁ、
もう日付的には今日なんですけど」
「……」
 なのに杉浦は答えなかった。ただ静かに笑みを浮かべたまま、傍まで寄ってきたこの由良
を見て佇んでいる。
「ご心配なく。もう、その必要はありませんから」
「へっ? それってどういう──」
 次の瞬間だった。ぽつりと呟いた杉浦の姿が、豹変する。
 あまりに突然の事で、突拍子もない事で、逃げられなかった。由良は目の前で、彼がデジ
タル記号の光に包まれていくのを、只々愕然としながら見つめるしかない。
『──』
 はたしてそこに立っていたのは、怪物だった。
 越境種(アウター)。寸胴の肉柱のような身体に巨大な唇を貼り付けた、世にも醜くおぞ
ましい怪人だったのである。

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  1. 2017/12/19(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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