日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)マウント・ザ・アラウンド

師走「来ちゃった♥」

もう今年も残り一ヶ月を切ったという事実に驚きを禁じ得ません。ところがどっこい、これ
が現実……圧倒的、現実っ……!(((゚Д゚;)))

こちらでは暫くぶりです、長月です。ざっと十日弱でしょうか。こちらは例の如く、先月末
も(執筆スケジュール的に)忙しなくしておりまして……。

さて先日、ユー録の九十章をUPしました。プロット上の区分としては今回から第Ⅶ部中編へ
と突入します。加えてなろうさんの方では、累計パート数がちょうど600部分に。改めて自分
の書く文章は如何せんもっさりが過ぎるなあと思いつつ、かといって本心では何とか今回も
やり遂げたと安堵したり、束の間ホクホクとしていたり。まぁ硬い・長い・臭いの三拍子は
今に始まった事ではないですし、今日の(ネット)小説界隈を見渡せば、質・量共に格上の
作品なり作家さんというのは沢山おられる訳で
(それでも少なからず、少分量で気楽に読めるという形が一定のニーズを持っているという
事実自体が否定される訳ではないのですけど。かく言う自分もめっきり読めてない……)
先月は寝足りなさを甘く見、コンディション的に痛い目に遭いましたが、今回はその反省を
踏まえてとにかく身体を労わる事を最優先にスケジューリング。そのお陰か否か、先ずは大
きな乱調もなく書き終えられました。とりあえず、一段落ですかね。

……それにしても、自分にとっての執筆(創作)活動とは、すっかり大よそ体力的な限界と
の戦いとイコールになってしまいました。如何にして体調の波を“水平”に保ち続けるか?
元より(創作に限らず)身体が資本の活動だとはいえ、何だか本来使いたいリソースもゴリ
ゴリそっち=自己調整に割かれているような……。最早口癖ですが、勿体無い(´=ω=`)

お陰様で、今のお仕事も三年目を迎え、随分と体力気力を労わりながら日々を過ごすことが
できるようになりました。だからこそ「このまま」であり続けるのは駄目だと思うのです。
払っては湧いてくる諸々の──将来設計的な、意欲の収容限界的な意味での不安。少なくと
も、体力上限がこれ以上増えないのは恐ろしい。何年も臥せって何もしてこなかった反動と
いえば反動なのだろうけど、せっかくやりたい事(とやるべき事)が自分の中で色々湧いて
きてくれている今、それを他ならぬ自身のキャパシティを理由に蓋をしてしまうのは何とも
勿体無いと思うのですよ……。尤ももう自分は若くなく、周りの人達もそうなってゆきます
し、人生の局面的には既に下り坂に差し掛かっているのかもしれませんが……。

惜しむのが遅過ぎたかなあ。丸みを帯びる為に、色んなものに反発し続け過ぎた。

人間だって消耗品で、一度病んで壊れてしまったら、やはり元には戻らないのだろうか。


先日パッと見かけただけの記事ですが、曰くSNSなどで発信される一日の情報量は、江戸
時代の人間の一生分のそれに相当するとかしないとか。もしかしたら目に付くよう多少文言
を盛っていたり、そもそも事実なのかも怪しいのですが、少なくとも「ああ、かもなあ」と
いう印象ならば持ち得ました。今日び、情報が氾濫していますからねえ。ネットが無かった
頃は、遠い場所にいる他人のお昼ご飯なんて知りようも(必要も)なかったですし……。

ミクロ、個人的にはここずっと作業場と自宅の往復で「充分」という気持が強いです。冒頭
ではああそれっぽく陰気な事を言ってみたりもしていますが、根っこは怠け者──保守的な
ので。何だかんだで本心は落ち着いた今の状況を楽しんでいるのだと思います。平穏無事が
一番ですから。それが今後のキャリアや将来への備えなど、未来に横たわっている問題から
「今はまだ」と目を逸らす為の方便として使われているのだとしても。

……ああ、またうだうだと。本筋?に戻しましょう。
もう手垢の付き過ぎた言論ですが、今日の社会に飛び交う情報は多過ぎると思うのですよ。
他人のほったはれた、至極プライベートな動向あれこれは勿論、本来多くの場合、どう足掻
いても僕ら──大半の人間には“外野”にしかなり得ない出来事を、社会はメディアは殊更
に取り上げ過ぎているような気がする。もっと言えば、積極的に「問題にしようとしている」
のではないか? 日々、昨今の世の中を観ていると、そう思えてならないんですよね……。

薄情と言われるのかもしれませんが、本当に何か『問題』があったとしても、本来なら主体
になるべきは他ならぬ当事者たち“のみ”である筈です。話し合いで穏便に解決するならば
それに越した事はないし、事が犯罪に該当するのであれば警察が間に入ればいい。弁護士や
その他専門家が必要に応じて加わればいい。それが彼らの「仕事」なのだから。
……それに比べて、僕らはどうだ? 連日代わる代わる、或いはしつこく繰り返して取り上
げられる『問題』に対して、外野という安全圏からあーだこーだと……。別に居酒屋の戯言
で済んでいれば自由の範疇だったのでしょうが、ネットの発達した現在ではそういった浅慮
で無知な言葉一つとっても簡単に棍棒としてその当事者に振り下ろせる。或いは自称専門家
やら評論家気取りが、頼まれもしないのに周りを取り囲んで、事を余計にややこしくする。
「放っておけよ」それが少なからぬケースで、僕が報道を見ていて感じることです。そう言
うと報道の自由ガーとか知る権利ガーと反論が返ってくるのでしょうが、はたして僕らにそ
こまで、次々と迫り来る情報の濁流を捌き続けられるだけのスキルがあるのでしょうか? 
僕ら──いわゆる一般人の皆さんはその辺りを過信してはいないでしょうか? 何よりも、
今日そういった日々の出来事を『問題』に作り上げているのは、往々にして既存のメディア
側だったりします。もっと静かに見守っておけば、然るべき対処を当事者・関係各所に任せ
ておけばスムーズに収まった筈のものを、騒ぎ立てて悪目立ちさせることで無駄に拗れさせ
てはいないのでしょうか? “満足な豚より不満足なソクラテスの方がよい”などとは云い
ますが、かといって半端にセカイの出来事に対して「高尚な自分」を気取るくらいなら、僕
はまだ“知らぬが仏”でいられるのならそれに越した事はない──少なくとも自分自身の精
神的平穏には資すると思うのですけどね。

大体、世の中で取り上げられる『問題』とは何が問題なのか?

法律違反ならその者に、定められた罰を与えて悔い改めさせたなら(形式上は)もうそこで
お終いの筈で、僕らが率先して私的な「裁判官」になる必要はない訳です。もしやりたいの
なら、そういった法曹の仕事にでも就くか、裁判員に選ばれて存分にその持ち前の正義感や
ら論理やらを振るえばいい。倫理的な問題なら、先ず責めるべきは当事者の周囲にいる関係
者=直接その行いによって害を被った人達が担えばいい。報いという意味ではもうその時点
で大よそ十二分発揮されている筈だ。僕らが率先して遥々足を運び、石を投げつける必要な
どない訳です。そもそも明確な問題がない──“何となく気に食わない”のなら、それこそ
さっさとご退場願おう。少なくとも「順番」はずっと後だ。貴方は僕は○○と思っているか
もしれないが、相手(当事者)は××と思っているかもしれない。その差にきちんと議論を
経て定められた違法性が無いのなら、そのくべたがる火こそ、投げつけたがる石こそ、問題
ではないのか? 一人の人間を、社会的に抹殺してまで得られるその義憤(かいかん)とは、
そんなに大層で必要なものなのか……?

ただでさえ、今日びの世の中はある種、一昔とは別ベクトルで生き難い時代になってしまっ
たのではと思います。もっと言えば、誰かがなし崩し的に決めた「NG」に触れたが最後、
一方的に「非人間」の烙印を押されてしまう世の中──皆で嬉々として“間違った”一人を
糾弾する一方で、その実いつ自分がその標的にされてしまうか不安で怯えている……。
がっつり言ってしまえば、いわゆるリベラル的な近代的人権意識云々。
昔はそんなこと、考えも認知もされなかった概念なのに、気が付けばそれらを高らかに掲げ
る勢力が常に目を光らせ、うっかりその(敢えてこう言う)一方的なコンセンサスを犯した
“時代遅れ”おじさん・おばさんを嬉々として叩く。勿論それは、戦前よりずっと表社会の
枠に想定されず、抑圧され続けてきた苦しみを踏まえての運動──自由の名の下に積み上げ
られ、認知されるようになった結果の産物、獲得した認知・市民権なのでしょうが、個人的
にはそんな勢いのままに「正義で殴り」回っているさまを観ていると、どうにも所詮は彼ら
の「復讐」でしかなかったのかなあ? 主導権を奪い取っただけ&やっている事の暴力性は
繰り返されているじゃないか、と思ってしまいます。失望というか、すんごい不毛感……。

僕自身が割合保守的だから、というのもありますが、普通に考えても世の中の全員が全員、
この「新しいコンセンサス」群にアップデートし切れるとは限らないのではないでしょうか。
IT技術に対するそれも似た例だと思われます。一昔にはPCになんか無くて、でも今では
使えて当たり前。携帯もそう。今やガラケーは存在価値を駆逐されていますし、インフラを
始めとした各種サービスはスマホを使う事を前提にしている。というか、寧ろ近年ではPC
すらスマホに機能を代替されている感がある(昔からのPC民、インターネットおじさんの
一人としては辛い現実です)技術は、時代はどんどん新しいものが現れてはそれまであった
旧のものをパージしてゆく。ついて来ない者を割と無慈悲に置き去りにしてゆく。だけども
往々にして、僕ら人間っていうのは、歳を取るほどそうした変化についてゆけない……。

リベラル的な新しいコンセンサスも、例として挙げた技術革新も。
共にそこには「遅れたものを切り捨てる」という性格が内在しているように思われるのです。
もしこれらをアップデートし損ねて、ついてゆけぬ事に開き直ろうものなら、後者は文字通
り社会的(インフラ)に殺されるし、前者は「正論」の名の下に殴り殺される。そりゃあ未
だにコンサバおじさんないしおばさんの『問題』発言が出てきますわなあ。だってそもそも
対応出来ていないんだもの。知らぬ間に新しいルール?が広まっているんだもの。それがま
だ個人的に驚いただけなら──その経験を踏まえて少しでもアップデートを試みようとすれ
ばいいのだけれど、そんな「失敗」一つを理由に四方八方から棍棒片手に殴られちゃあ……
聖人でも意固地にくらいなりますって(というか、この手の界隈の人って一向にその辺を学
ばない印象が。尤もそういう形での義憤と団結は、右派左派関係ない現象なのですが)
抑圧されてきた=かつての社会の「枠」の角で殴られて辛い目に遭ったのなら、今度は自分
達はもっと上手い事やるべきじゃないんですかねえ? だから変に、保守層の巻き返しとか
食らうんだと思いますよ? 結局お互いに不毛をやっているというか、争いの繰り返しには
変わらない訳で……。

兎にも角にも先ず、相手に「馬乗り」になろうとしない。
兎にも角にも先ず、握ったその拳に込めた「正義」を疑え。

先ず相手をぶん殴ってからじゃなきゃ始まらない議論(はなし)なんて、聞きたくもない。

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  1. 2017/12/06(水) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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