日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「タメライミライ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:指輪、灰色、真】


【お題】指輪、灰色、真

 青い海の見えるチャペルで──というのは流石に妄想が過ぎるかもしれないが、少なくと
も似たようなシチュエーションを引き当てることはできた。
 佳純は、この日人生初めてのウェディングドレス姿に身を包んでいた。真っ白な、スタン
ダードなタイプだ。郊外の林中という海辺とは真逆の立地だが、この教会もイメージの中の
それに負けないくらい、こじんまりとしていながらも、白く清潔感に満たされている。
「……」
 ベールの下でやや伏目がちに。薄くメイクした頬が、自分でも分かるくらいに紅く火照っ
ている。
 佳純の前には、今日ここで伴侶となる恋人・清人が立っていた。進行役の老牧師の前で、
二人は緊張しながら向き合っている。
「っ……、ぅ……」
 彼はやや背丈が高めで、引き締まった体躯。
 だが普段のちょっとナヨっとした感じと、尻尾のように軽く括られただけの後ろ髪が相ま
ってどうにも頼りない。身体はは佳純よりも一回りは大きいのに、同じく真っ白なタキシード
に着られている感が強い。普段の優しい線目の微笑が、今は緊張とそれを繕わんとする苦笑
が入り混じってぎこちなくなっている。
「貴方は、病める時も、健やかなる時も、富める時も貧しき時も、この人を愛し、敬い、慈
しむことを誓いますか?」
「ち、誓います!」
 式は滞りなく進んでいた。老牧師がやがて誓いの言葉を求め、彼が弾かれたように答えて
いる。顔が真っ赤だ。相変わらず人前が苦手というか、免疫が少ないというか……。右手側
の席に着く両方の家族や親戚、友人達も少なからず苦笑いを浮かべている。
 佳純自身もまた、そんな彼の緊張ぶりに小さく頬を緩める一人だった。そっと伏せていた
目を上げてこの愛しい人を見る。タイミングを逃さないようにと、牧師が向けてくる視線に
応えようと口を開こうとする。
「──」
 なのに、出なかった。
 思った直前、喉の奥で言葉がつかえるような感覚に襲われたのだ。
 それは、実際にはほんの一瞬の出来事でしかなかったのかもしれない。だが彼女にとって
は、他の誰よりも激しく動揺し、不安になる瞬間だった。
 私は……迷っている?
 そんな、次の瞬間だった。佳純の目に映るこの世界が、突如としてモノクロになって停止
してしまったのは。

 清人との出会いは、およそ三年前。OLとして働いていた佳純が、仕事中の失敗で上司に
咎められ、その夜行きつけのバーで独り酒を煽っていた時のことだった。
 社会人になってからの、これまでの積み重ねがあったのだろう。その日はいつにも増して
量が多かった。まるで反動のように、哀しい気持ちを掻き消そうとするように。だがいくら
飲んでも、彼女の心が癒されることはなかった。寧ろ虚しさだけが募ってゆく。
「仁科ちゃん……。もうその辺にしておいたら」
 カウンター越しのマスターに、流石に心配された。それでも佳純は答えず、上手く答えら
れず、グラスの中の酒をちびちびと煽り続ける。
 元々そう、やたらに強いという訳でもなかった。結果など目に見えていた。
 程なくして、彼女は遂に酔い潰れてしまった。頭がぼーっとして、視界が揺らぎ狭まる。
身体が熱い。しかし一方でこうして逃げなければ、とも思っていたのだろう。酒の力を借り
てでも頭の中から追い出さないと、本当に壊れてしまいそうなほどに彼女は弱っていた。
「ありゃまあ。おーい、こんな所で寝ちゃったら駄目だよー」
 マスターが困り顔で揺さ振っている。だがもう佳純にまともな意識はない。
「──どうか、したんですか?」
 そんな時に声を掛けてきたのが、清人だった。連れらしき男性二人と、この偶然にも同じ
バーに居合わせていて、その様子を傍目から心配していたのだった。
 事情を聞いた彼は、連れの面々と共に彼女の介抱を申し出たという。その時店内には他に
頼れそうな者がいなかったため、マスターに託されてその夜彼は付きっきりで酔い覚めを援
けてあげていたそうなのだが……。
 しかし当の佳純には、その時の記憶がない。だからしばしば「彼の第一印象は?」と訊か
れると困ってしまう。
 だって酔い潰れて眠っていたのだから。目が覚めた時には自宅アパートのベッドで横にな
っていて、額には温くなった濡れタオル、枕元には酔い覚ましのドリンクや水の入ったペッ
トボトルがそっと置かれていた。肝心の清人はというと……部屋の外で蹲り、こちらも途中
で力尽きたのか寝てしまっていた。佳純は大層驚いたが、物音を聞いて顔を出してきた隣人
に事の一部始終を聞かされた時には、恥ずかしさで爆発しそうになったことを覚えている。
 再びバーを訪ね、清人に改めてお詫びとお礼を言ったのはその数日後の事だった。随分と
迷惑を掛けた筈なのに、当の彼はもう何も気にしていないといった様子で微笑(わら)って
いた。何かされたのでは……? 都会に来て数年、警戒心が先ず頭をもたげたが、マスター
からのお説教もあって彼が本当に“いい人”であったのだ痛感したのだった。

 ──だからか、そんな妙な縁を切欠に交友を持つようになり、やがて交際にまで発展する
までには、そう時間は掛からなかった。
 付き合い始め。佳純は彼の色々なことを知ろうと思った。その一環で「どんな仕事をして
いるんですか?」と訊いたのだが、最初清人はかなり戸惑ったらしい。
「……馴染みがないかもしれないけど。原型師ってのをやってる。モデラーとも言うことも
あるんだけど」
 それまでの佳純には、全く縁のない世界だった。こんな優しそうな人が、そんな特殊な世
界の住人であったことに、先ずは驚きそして興味を持った。半分は流れで、どんなものなの
か見てみたいと申し出ていた。
 原型師とは模型やサンプル品を製作する職人である。古くは食品サンプルや玩具などが主
な対象だったが、サブカル隆盛の今はいわゆるフィギュアを造る人間だと思えばいい。
 紆余曲折あって仕事場を訪ねた時、佳純は正直度肝を抜かれた。何処かで偏見を持って臨
んでいた自身を恥じた。
 確かに造っているものは、漫画やアニメのキャラクター達だ。しかしその制作に対する彼
の情熱を見た時、佳純はこの彼氏への見方を大きく転換させられることになる。
 作業場に所狭しと積まれていたのは、大量の資料。漫画なら原作本だし、アニメなら本編
のブルーレイや既存のグッズなどである。加えて膨大な数のデッサン画とポーズを確かめる
為の木製人形、仕事道具。
「ご、ごめんね? 散らかってて。女の子を上げるのは初めてなものだから……」
 彼は最初、とても恥ずかしがっているようだった。大よそ一般人とはかけ離れた世界であ
るのに加えて、対象がいわゆるオタク的なもの揃いだからだろう。それは裏を返せば、これ
までそういった嘲笑に遭ってきた心の傷の大きさでもある。
「ううん。凄いんだね……。あ、これって造ってる途中の?」
「うん。今受けてる依頼の一つ。工房にいる間だけじゃ間に合わないから、僕の担当してる
分は持ち帰って進めてるんだ」
 それでも訊ねられれば少しずつ饒舌になり、職人としての色々な事を教えてくれた。
 漫画やアニメは自分も観る。だけど今は職業柄、どういう動きを表情をするのか、どんな
意味をもって生み出されたキャラクターなのかということばかりを考えてしまうと。誰かが
魂を込めて創り出した者達なのだから、自分もその覚悟に負けない模型を造らなくっちゃい
けないのだと。
『──』
 語る彼と、実際に作業する彼。
 話し疲れて一旦眠ってしまった佳純が見たのは、襖の向こうで黙々と模型と向き合う、そ
れまで知らなかった彼の仕事人としての横顔だった。
 普段はちょっと優し過ぎて、不器用で、なよっとしていて。
 でも本当はこの仕事に、模型に自分の全てを捧げているから。
 佳純はこの時のことを今も鮮明に覚えている。切欠はお世辞にも素敵な出会いとは言えな
かったけど、不器用でも一生懸命に打ち込んでいる彼の姿に、内心強く励まされた。そして
心惹かれていった。お互い仕事も恋も、経験値がまだまだ少なくて戸惑うことも多かったけ
れど、一つ一つ乗り越えて。
 そうして交際は順調に進んでいき、やがて彼からプロポーズを受け──彼女は「はい」と
その場ではにかみながら即答したのである。

『本当に、いいの?』
 モノクロになって停止した世界で、佳純は声を聞いた。躊躇いだ。何事かと理解する前に
振り返ると、そこには自分と瓜二つの者達が立っている。普段のスーツ姿の自分や、オフで
はだらけた私服姿の自分。或いはもっと小さな──幼い頃の自分。
『本当に、彼でいいの?』
 だからこれは、自分の心そのものなんだと思った。圧縮された時の中で、自分は自身の心
に改めて訊ねられている。このまま成り行きに任せて、彼と結婚までして……本当に大丈夫
なのかと。
『彼、あんまり頼り甲斐のある感じじゃないでしょ?』
『イケメンって訳じゃないしね』
『寧ろぼさーっとしてるよ? お部屋も散らかってるし』
「……そうね。お世辞にも“白馬の王子様”じゃあないかなあ」
 苦笑(わら)った。佳純は自分の姿をした声に、一つずつ答えてゆく。
『確かに年齢的に今が一番ベストかもしれない。でも、初めての結婚っていうのは人生でも
一度っきりなのよ?』
『今ならまだ、間に合うかもしれないよ?』
『それにオタクだよ? オタク。曜子達にも散々哂われたじゃない』
「……うん」
 分かってる。それは彼女──今日この式にも出席してくれた友人達にも最初、半分冗談で
半分本気で言われたことだ。自分は彼女達よりも遊んできた経験が乏しいとはいえ、彼のよ
うなタイプが、他人様に会わせて胸を張れる類の異性ではないということぐらいは重々承知
していた。実際、今でも内心自分達の結婚を哂っている出席者はいるのだろう。……よりに
もよって“はずれクジ”を引いてきた、と。
「でも、いいの。私は彼がいい」
 だから改めて佳純は言った。ウェディングドレス姿のまま、ふっと微笑(わら)って。
 確かに彼は、見た目カッコイイ系じゃない。普段のそれはパッとしないし、就いている仕
事もお世辞には儲かっているとは言えない。加えてその属性が故に、言われない嘲笑を向け
られがちだという現実も否定できない。
 でも……自分は知っている。この人がどこまでも優しくって、そして一途だってことを。
 造り出すキャラクターが何であれ、その仕事には魂が篭もっている。それこそ自身の大部
分を捧げても厭わないほどにその道を追及し、止める事がない。……“何者か”になること
もいつしか諦めてしまった自分には、時々眩し過ぎるくらいだ。
 だからこそ、支えたいと思う。せめて自分だけは、彼の傍にいてあげたいと思う。
 だからあの日、プロポーズを受け入れた。五つも上なのに──相変わらず女の人に免疫が
なくて、顔を真っ赤にしてぎこちなく、真っ直ぐに私を見て。
『……そう。後悔はないのね』
『ならいいんだけど。でもいい? 一番幸せにならなきゃいけないのは貴女なんだからね』
『頑張ってね。私の未来……幸せにしてね?』
 佳純は静かに力強く頷いた。ベールを翻して彼女達が向き直り、同時にモノクロだった世
界がサァッと色彩を取り戻してゆき──。
「誓います」
 真っ直ぐに、でも身長差からちょっと見上げる格好になりながら、彼女は答えた。圧縮さ
れた時間の、本来の姿に合流し、愛する人の返答に重なるように彼女は応じる。彼ははにか
んでいた。彼女も、頬をそっと紅く染めてこれを見つめている。老牧師が満足そうに頷いて
次のステップへと式を進める。
 そっと清人から、佳純の左手薬指に指輪が嵌められた。エンゲージリングだ。如何せん彼
の住む仕事(せかい)が実力主義の気風強く、安定しないために豪奢な物を用意することは
できなかったが、この時この瞬間佳純は世界一美しい宝石だと思った。
「それでは、誓いの口づけを……」
 清人がベールを取り、佳純も応じた。やはり彼は終始緊張しっ放しだったが、それでも男
として、この大舞台は逃せない。ゆっくりと、優しく包み込むように二人は誓いを示した。
 パチパチパチ。出席者達から拍手が漏れた。佳純の父は既にボロボロに泣いて、妻に背中
を擦られているし、清人の両親も酷くホッとしたように破顔している。同じく招待された彼
女の友人達は──惚けた表情をしていたり、改めて先を越されたと理解していたり。
「此処に、お二人の結婚が成立したことを宣言致します。私達の前で交わされた誓約を神が
お固めになってくださり、祝福を満たしてくださいますように……」
 二人は緊張と高揚と、そして安堵に後押しされて微笑んでいた。頬を赤く染めて、互いに
はにかんで見つめ合っている。

 ……ありがとう。こちらこそ、よろしく。
 佳純はこの日、仁科から小暮になった。
                                      (了)

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  1. 2017/12/03(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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