日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「言霊ポリティクス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:息、禁止、目的】


 その国は、徹底的に“悪意”を摘む為の仕組みを整えていました。

 前提として、先ず全ての国民は生まれてから三年を目途に、特殊な端末をその身に取り付
けることが義務付けられています。ちょうど首の後ろ──最も効果的に全身の神経へアクセ
スできる位置に、画鋲のような小さな専用端末を刺し込んで固定するのです。
 この端末は、政府が管理下に置く専用プログラム・通称「ユートピア」と常時やり取りを
しています。「ユートピア」はある時代、混迷を極める社会を憂いた有志達があらゆる力を
尽くして開発した、自己学習型の統率プログラムです。
 このプログラムは、予め設定されたNGワードを検出し、その発言者に遠隔操作による罰
を与えるという機能を持っています。
『理解に苦しむね。あんた、人間じゃ──』
『ふざんけな! ぶっ殺(ころ)──』
 対象となるのは、総じて他人を侮辱し、或いは直接害する意図を持った言動。
 そのような発言ないし直接的な暴力を振るおうものなら、即座に「ユートピア」が当人に
取り付けられた端末を通じて、その身に瞬間的な激痛を送ります。汚い言葉は放たれ切る前
に防がれ、誰かを傷付ける為の行動は、その実行に移る前に食い止める事ができるのです。

 かつての有志──開発者達は、他人の苦痛を省みない野放図な言動が、この社会を蝕んで
いると本気で考えていました。
 科学技術が発達し、インフラという意味ではすっかり豊かになった国内。
 しかしその一方で、人と人との諍いは絶える事がありませんでした。寧ろ物質的に満たさ
れ、個々の幸福・快感を追及しようとする向きが、醜い闘争──他人を蹴落としてまで勝利
を得ようとする向きを顕著にさせたのではないか? その個人的欲求に資さない他人を、組
織論や“先進的”概念でもって、踏み躙り続けてきたのではないか……?
 勿論、この仕組みを導入するに当たっては、当初より強い反発がありました。
 曰く「人体に異物を接続するという、倫理的な問題」
 曰く「ユートピア・システムを介した、言論や精神の自由への侵害という問題」
 それでも、開発者達と、そのシステムを採用した時の政府はこの普及を強く推進する方針
を変えませんでした。元よりリベラルな(このような)反論が出てくる事は想定済みだった
のです。ですがそんな自由──悪しきも含んだ野放図を放置することで、結果として人々が
被る“平穏(ちつじょ)”へのマイナス面に、彼らは重きを置いたのでした。

 加えてこの「ユートピア」は、行政の様々なサービスを紐付けする事が可能です。
 端末を通じての全国民の把握は潜在的・顕在化した病を逸早く発見し、或いは逃亡した犯
罪者を何処までも追い掛ける事を可能にしました。自動的に本人確認ができる事で、税制な
どでの細々とした事務負担も大幅削減を達成。更に財布なしでもその場で決済を行えるシス
テムなど、便利な機能が続々と追加されていったのです。
 いわゆる言論人は、それでも「政府による統制」を懸念し続けました。言論も身体も、経
済的なインフラも全て握られた生活に何の自由があるのか──。しかし世の大半の人々は、
そんな口煩い言葉よりも、目の前の利便性を選びました。事実「ユートピア」に加入してい
なければ、被るデメリットの方が遥かに大きかったのです。何よりも──皮肉な事に、その
諸刃の剣を訴える彼ら自身が、それまでの時代において幾つもの“諍い”を招いてきたこと
が災いしました。
 お前達のご高説は、もううんざりだ。
 まるでそう静かな怒りで一瞥し、そっぽを向くように。
 精神の自由よりも、精神の安寧を。もし際限なく自分達が思い、発言して行動に移せる事
がこれまでの閉塞感や行き辛さの原因を作ってきたのなら、多少それが制限されてしまって
も仕方ない──ある種の諦めと揺り戻しが、時の世論を味方につけたのです。
 かくしてこの国において「ユートピア」は不動の地位を確立しました。それはひとえに、
誰もが“悪は、自分以外の誰か”との漠然とした感覚を共有していたからに他なりません。

 しかし、それと“悪意”の撲滅が達成されたかは、別の話です。
 政府による「ユートピア」推進を見限って、いわゆる言論人や反抗的な性質を持つ人々は
一人また一人と国を去ってゆきました。思想的にも、経済的にも、彼らの居場所は磨り減っ
てゆく一方だったからです。
 全てが良い方向に向かう筈でした。およそ国民の全てが端末を取り付け終わり、他人びと
を損う言動を積極的に制限する社会──世を掻き乱す源泉が除かれれば、いずれこの社会は
浄化(クレンズ)される筈でした。
『あ~、むかつくわー。むか──』
『ざけんなよあの糞上司! 頭湧いて──』
『はあはあ。可愛いよ、可愛いよおお! ○○たん、萌──』
 にも拘わらず、懲罰信号が発信される件数は、あまり減少はしませんでした。
 寧ろ実力行使──暴力に分類される方に至っては、増えていく始末でした。言葉として発
散されれば、その場に居合わせた他人びとが不快を被る。かといって発散することを許さな
ければ、蓄積した鬱憤はより直接的な脅威となって何かしらにぶつけられる──。
 思ったほどの効果が現れない度に、政府は「ユートピア」の設定を強化してゆきました。
 NGワードを増やし、より文脈に沿った柔軟性のある解読に。懲罰信号の強度を一段階ま
た一段階と強め、或いは違反の度に罰金を科す制度も導入。
 それでも、他人を踏み躙る目論見を抱く者達は後を絶ちませんでした。
 一つは私利私欲の為に他人をこき使う者。一つはある時爆発した感情を、通り魔といった
凶悪な犯罪に換えてぶつける者……。
 そこで政府は、いよいよ最終手段に打って出ました。「ユートピア」の懲罰信号を、最も
強力で効果的なものへとアップグレードしたのです。
 痛みを与えるのではありません。NGワード、野放図な言動を思い描けば即座に、端末を
通じて当人の思考回路自体を一時的にブロックするという物理的手段。痛みによる抑止力に
期待するのではなく、より直接的に遮断するという選択。
 そしてこの最終手段の導入により、遂にこれまで増加し続けていた“違反言動”は一転し
て減少に転じました。一人また一人と、誰も社会の平穏を掻き乱さなくなったのです。国内
はとても静かになりました。犯罪──害意ある思想も、行動も全てが事前に感知され、未然
に防がれます。それには実に百年近い歳月を要しましたが、彼らはある種究極の「答え」に
行き着いたのでした。

 “自分らしく生きようとすることが、何かを損わせる”
 “好き勝手に思い、考え、行動するからいけないんだ──”

 ***

「なるほどお。今の形になるまでに色んな苦労があったんですねえ」
 今日私は、この国を訪れていました。
 目的は他でもない、謎多きこの国への取材。元々他国との交流にさえ制限を掛けているこ
の国の姿を、うちの出版社で特集する為です。複雑な手続きを幾つもこなしてようやく得ら
れた入国許可、この機会を逃す手はありません。がっつりとみっちりと、成果を詰め込んで
帰るつもりでした。
「はい。全ては先人達の努力の賜物です」
「ではこちらへ。次の場所へご案内します」
 入国時から私を案内してくれていたのは、お揃いの制服──作業着のような格好をした男
の方達でした。
 背丈や年齢などは差がありますが、三人ほど。ですが最初に顔合わせをした瞬間から、私
はどうにもむずむずする違和感を覚えていました。
 ……同じなのです。彼らは皆、格好も然る事ながら“同じ微笑”を浮かべているのです。
 線目の、一見して人畜無害なような表情。
 だけどずっとそんな彼らの姿を見続けている内に、私は段々と不安になってきました。も
しかして私は、来てはいけない関わってはいけない場所に足を踏み入れてしまったのではな
いかと。
 三人は一見紳士的に促し、先を歩いてゆきます。
 最初に街に入った時から感じていたことですが、ここは……静か過ぎます。
 良く言えば、静かで平和。悪く言えば、画一的過ぎて味気ない。
 正直な所、私の本音は後者に程近いものでした。それは街のあちこちを案内──取材の為
に紹介されるにつれて増していって。
 人通りは疎らでした。今日は偶々そうなのか(別に休日ではなかった筈なのですが)或い
は元々この国はこんなものなのか。
 ゴミ一つない四角四面に整えられた街並み。時折遠巻きに見える人達は皆、この案内人達
と同じ作業着を着ています。仕事──なのでしょうか。彼らはめいめいに、まるで命令通り
に動くロボットのように、黙々と表情一つ変えずに荷物の搬入出などを行っています。
「……あのう。皆さんは、今のこの国に何か要望みたいなものはないんですか?」
 だから、つい訊ねていました。半分はその方が──批判的な意見を拾える方がジャーナリ
ストとしてはネタに困らずに済むという部分があったのですが。
『……』
 ですが、案内役の彼らは、一瞬申し合わせたかのようにきょとんとした表情でこちらに振
り向いてきたでした。
 微笑(わら)っている筈なのに、一切の無言。まるで私の方がおかしいような──断罪さ
れるかのような威圧感が、直感を駆け抜けていきました。
「仰っている意味が、よく分かりませんが」
「それは、どういう意図での発言でしょう?」
「えっ……。え、えっと……。その、ここはこうした方がいいという意見があれば、もっと
この国も良くなるんじゃないかなあと……」
「なるほど。建設的という意味ですか」
「ですが、それは私達のなすべき事ではありません」
「改善点は、常にユートピア・システムよって提供されます」
 はあ。私は呆気に取られていました。
 一瞬、彼らが“愚痴(ネガティブ)一つ許さない”と睨みを利かせてきた事への驚きでは
ありません。それはそれで強い違和感を覚えましたが、何よりも彼らの「ユートピア」への
強い信頼──いえ、自らが動くのを放棄したことへの薄ら寒さ、その思考停止ぶりにです。
 彼らは、まるで壊れたテープのようでした。
 この国に来た時から抱いていた違和感の正体を理解したような気がします。彼らは人間で
ありながら、人間であることを棄ててしまった人々なのです。尤も「ユートピア」が完成を
みてから既に一世紀。この国の人々は、繰り返された世代交代の中で、端末を取り付けられ
管理されることに何の疑問も持たなくなっているのでしょう。システムの側が優位に立って
久しい国なのでしょう。
「どうしましたか、お嬢さん?」
「顔色が悪いようですが」
「……いえ」
 三人の、いえ、この国に住む全ての人々の首筋に植わった端末。
 私は正直な気持ちで応じる事ができませんでした。口に出してしまう訳にはいきませんで
した。もし、私がこの国に生まれていたら、今この感情さえブロックされていたでしょう。
そしていずれは、何一つ考えることも出来なく──しようとも思わなくなる筈です。
「……これだから、外のにんげ」
「!?」
「ああ、気にしなくて大丈夫ですよ」
「フリーズです。既にお話ししたように、このようにして違反者に対し、実行されます」
 感情の、吐息一つさえも殺し続けて。
 この、ポジティブ思考しか許されない箱庭(セカイ)で。
                                      (了)

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  1. 2017/11/19(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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