日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)せめて優しいエンドマークを

先日、連載の十一章をUPしました。そして例の如く達成感と虚脱感で(゚Д゚)としています。
まぁこれもUP後の恒例行事となりつつある一時的なものだと思うのですが、如何せん悶々と
するばかりで中々慣れてくれません……;こんにちは、長月です。

(なろうさんでの換算で)文字総数も30万字を越えたみたいです。
今まで書いてきた(そして“男坂”状態になっている)長編系が多くて20数万字半ばくらい
だったと記憶していますので、これで自身の限界点も突破している事になるんですよね。
継続は力なりとでも言いましょうか。ここ最近では日々どなたかが訪れているらしく、中に
はブクマをして下さった方もいるようで。改めてこの場を借りて多謝でありますm(_ _)m


ですがまぁ、ここだけ(?)の話──次、十二章で大きな〆なのですよねえ……;
折角「お? 読者さんも着いてきたかな?」と思っていた矢先なのですが。しかも次章以降
のプロットはまだ書いてすらいないという状態。
予定を組んでいたものなのだから、いずれは執筆を消化し切って一息となるのは当たり前と
いえば当たり前なのですが、タイミング的に次で「暫くおさらばです」としてしまっていい
のか、ちょっと迷っている今日この頃でもありまして……。

そんな中で思った、いや今もモヤモヤと思っている事が今回の雑記となります。
一言で題名をつけるとするなら、それは『物語(の作り手として)の良い終え方とは?』と
でも表することができるのでしょうか。
現在のなろうさんでの連載に話を絞っても、現状僕の中にある構想は十三章以降の第二部と
その〆の後に続く展開についての断片的な思考の群れなのです(……というか言っちゃって
いいものなのかな?こういうの(^_^;)
決して僕だけのケースではないと思うのです。
長く一つの物語を書いていると、作者自身もまた「愛着」というか「執着」をその作品世界
に持ってしまう──良い意味でも悪い意味でも“引きずり込まれて”しまいがちではないだ
ろうか、と。
読者に支持され、愉しまれ糧になる。それは書き手としての冥利に尽きるのは勿論です。
ですが、そんな愛着(執心)を盾に作品の何ぞかにしがみつくようになってしまえば、僕ら
は作り手と読み手、双方が哀しい末路を招くことになるのでは……? そう思うのです。
具体的な例では“売れるから話を引き延ばす”という側面や“特定のキャラへの偏愛が互い
の溝を作って諍いの素になってしまう”など──創作物に関しての昨今の様子を思い浮かべ
れば「あぁ。あるよねぇ」と頷いて貰えるものと思います。

実際、それらが商業戦略的には“間違い”とは言えないのでしょう。信者──いえファンが
つくからこそ創作物がヒットして収益となる。故に過熱が実害にならない限りは、基本的に
供給サイドからすれば喜ばしいことなのかもしれません。
でも……僕は、そんな動機での延長が良いとは、どうにも思えないのです。
どうにも美しくないというか、スマートでないというか……。
(まぁ打ち切りという形で終わらされる場合も多いのですが)
物語は一度走り出したら何処かで〆を設けてやらねばならない──僕はそう考えています。
それは単に作者自身が一つの作品世界に束縛されず、もっと色んな世界を創造して多様に表
現したいという創作意欲を可能にする為の下地であるとも言えますが、何よりも(少なくと
も僕個人は)作品への執心が良からぬエゴとなって作品世界を汚す前に良いエンドマークを
付けたいという意識から来ているのだと思うのです。美意識、と表現すると少々大袈裟では
ありますが;

いやいや。エゴの良し悪しなんて関係ない。要は面白いかどうかだよ──。
とある方からそんな言葉も貰いました。担保すべきは(他人が頷ける)芸術性だと。
客観的というか、冷静ではあるのでしょうね。僕の視野の狭さが露呈したというか^p^;
売れるか面白いと思ってくれるか、先ずは第一歩はそこではあるのです。
作品には作者の人となりが少なからず顕れるとは云いますが、そこを目当てにする受け手と
いうのは大抵の場合、第二義的以降でしょう(読んだ事があってこの人に興味有という)。
相手が掴んでくれる前にアレコレ言ったって仕方ない。取りあえずこれだと思って突っ込ん
でみろ……とも。

恐いのでしょうね。自分なりの美意識?の中で創った世界を中途半端なものに、醜いものに
自分達の手でしてしまうことが。
だから何処かでそわそわと終わらせたい気持ちがある。小心者な予防線。
……噴飯物な言い草ではあるのですがね;
少なくとも作品を公開した時点でそれらは半分は受け手側の物であろうとも考えるので。
生みの親の顔を図々しく出すというのはそれだけでスマートではないとも考えらうる訳で。
ぐらぐらと、揺れているのだと思うのです。
新たな物語を作り出し続けてゆくこと、その一環として既存の物語にエンドマークをつけて
それを以って“突き放して”作品世界との距離を取り直す。
一方で、その作品世界の中で自身の思うものを描きたい、深化させたいという欲望も完全に
消える訳もなくて。
そんな、イメージとしては横への空間的広がりか、縦方向への深みの増強か。
果たして僕は自分の物語たちをどんな行方に導いてあげればいいのだろう?
いやもしかして、僕が思考せずともそれら自体が自然と着地点を示してくれるようになれば
物書きとして一人前だとでもいうのだろうか……?

見切り発車とも言えるし、読者を放置した自己満足的な営みと哂われるかもしれない。
それでも僕は思う。いや……願っているのだと思う。
一度この手で紡ぎ始めた世界を半端に断ち切ってしまっては、物語(こ)らは泣くだろう。
せめて物語の世界でだけでも、そこには優しく余韻ある「Fin」の結びを、と──。

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  1. 2011/11/14(月) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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