日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「鋭敏の話」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:トイレ、記憶、最悪】


 僕の方が異端(おか)しいなんて事くらい、とうに解っていた。
 だからこそ、救いが無いんだろうなと思う。大体、こうやって“他人事”のように話して
いる時点で、現実から逃げている訳だから。

 僕は──騒がしいのが苦手だ。嫌悪していると言ってもいい。
 知性の欠片もなくぶちまけられる笑い声、或いは自分だけが面白いと思っているに過ぎな
いただの騒音。その場の「空気」という名の同調圧力に流され、上っ面だけの言葉を重ね塗
ね合う事に汲々とさせられる光景。それは全て、僕の目の前にある平穏を害するものだ。
 見るのも、ましてや耳に入れる事さえ疎ましい。
 彼らにとっては些細なやり取りでも、僕には刺激が強過ぎる。僕に向けられたものではな
いと解っていても、この脳味噌が一から十までをイメージの中に再生し、そこに仕込まれた
感情の生々しさを伝えてくる。
 ずっと、勘弁して欲しいと思っていた。嫌で嫌で仕方なかった。
 何故彼らは、こんな頭の割れるような騒がしさの中にいて平気なのだろう? いつだって
耳を塞いで退散しながら、僕は苦痛で苦痛で仕方なかった。
 なのに……あいつらはいつも、そんな僕を不思議そうな眼で見遣る。まるで、僕の方が異
常だと言わんばかりに。
 幼い頃の僕は、そんな眼差しを向けられる度に、この世の全てから否定されたかのような
心地になったものだ。眩暈のように揺らぐ視界の向こうで、彼らが怪訝な表情(かお)でこ
ちらを見ている。
 だけど、彼らのある意味“真っ直ぐ”な視線はこの時期特有のもので、程なくして散って
いった。実際には五年ほど、体感的にはそれこそ永遠のような──歳月を経て、成長してゆ
くにしたがって、彼らは僕から目を逸らすようになった。関わってはいけないと言い含めら
れるようになったのだろう。誰も、好き好んで僕に近付かないようになった。

 尤も、それは僕にとっても好都合ではあった。その事実は明らかに僕が除け者に──いよ
いよ異端者として扱われるようになったことを意味したが、どのみち彼らの騒がしさに煩わ
されるのであれば、まだ普段彼らとしっかり距離を取れている方がマシとさえ思えた。
 学校に上がり、学年が上がり。
 最初こそ周りの大人達は(良くない意味で)僕をマークし、何とかクラスメート達と打ち
解けさせようとしていた。表面的には落ち着きのない子、協調性のない子──皆の輪に加わ
らずに逃げてばかりいる僕を教室に縛り付けようとしていたが、やがて一人また一人と諦め
ていった。私の手には負えない──その代わりに色んな言い訳(りゆう)を捏ね回して。
 正直僕個人は、そこまで先生達に意地悪をしてきたつもりは無かった。
 ただ結果的には理解されず、また僕の側も折れようという考えが中々出てこなかったもの
だから、大抵の場合どうも腹の底では嫌われていたらしい。しばしば子供が自分に対して従
順であることは、彼らの自尊心を担保する大きな支柱になっていると後に学んだ。
 そうか、やっぱり解り合えないんだな……。
 子供心ながらに、いつしか僕は悟っていたように思う。
 まだ最初の頃のように、騒がしくされる度に癇癪を起こすのではなく、ならばと僕はまず
自分の方から感情を「閉じる」事にした。戦うのではなく、そっと離れることで自衛を徹底
すると決めたからだ。
 ……それ以降、僕は学校生活の大半をトイレの中で過ごしている。
 元々閉鎖空間のようなものである校舎の中で、周りの騒がしさから逃れられる──個室が
ある場所というのは限られているからだ。
 或いは保健室、という選択肢もあったのかもしれない。
 だけど、それは馬鹿馬鹿しくも、僕の自尊心が許さなかった。保健室登校だなんて事実が
周りに知られたら最後、自分は落第者のレッテルを貼られる。貼られ続ける。
 それはひとえに──勉強自体は嫌いじゃなかったからだ。騒がしい周りの声から離れて、
じっと活字と向き合う。知識を溜め込んで、己の思考を深める……。その営みにはとても興
味があった。トイレの個室に篭もるようになったのも、そういった時間の使い方を、人目を
気にせずできる場所になり得たからというのが大きい。
 鞄ごと参考書やノートを持ち込んで、僕は毎日独学でこの青春を生きていた。
 適度な薄暗さと、人気のないしんとした冷たい空気。
 他人は辛気臭いだとか汚いだとか言うけれど、僕にとっては平穏の象徴だったんだ──。

「ふい~……」
「よっす。こっちに居たんだな」
「ああ、ちょっと疲れちまってよ」
 なのに、しばしばこの“聖域”に踏み込んで来る奴らはいる。
 用を足しに誰か他人が入って来た時ばかりは、僕も緊張を強いられた。個室の中で、じっ
と奴らが立ち去るのを待つしかない。
 ここが普段静かだから、余計にそう感じるのかもしれない。
 小便器を前に気だるげに喋る声、水音、他人という気配。その全てがじりじりと針を刺し
てくるかのように鋭く思えた。じっと息を殺す。個室なのに、個室じゃない。こんな時ばか
りは、どのみち此処が閉鎖的な空間であると──逃げ場なんて無いのだと突きつけられてい
るようで、思考に浸る余裕なんてなかった。
 ……ちょうど、そんな時だった。こちらが必死にやり過ごそうとしているのに、奴らは何
を思ったか、ふとこちらに視線を遣った──声を投げてきたのである。
「なあ」
「うん?」
「前から思ってたんだけどよ。そこの個室って、いつも閉まってるよな」
「うーん、そうだっけ? 気のせいじゃね?」
「いや、昨日も一昨日も、ずっと赤い印が下りてたぜ? おかしいなーって、頭の隅に残っ
てたんだよ」
 まさか。僕は息を殺したまま目を見開いていた。
 赤い印──確かにこの個室は、使っている間中鍵を締めている。それが使う際のマナーと
いうものだし、何よりここに居る間の時間を邪魔されたくない。
 なのにこいつらは、ふとそんな僕のスペースを気にし始めていた。足し終わって手を洗う
水音がする。てくてく、と一度遠退いてはまた少しこちらに戻ってくる足音がして、じわじ
わと心臓が握り潰されそうだ。
「誰だろ? つーか、本当に入ってんのかな?」
「止めとけよ。男のクソ見るとか何の得になるんだよ」
 そうだ。さっさと消えろ、消えろ……。僕は睨み付けるように願った。
 なのに……何でこの手の馬鹿どもは、こっちの思いを欠片も理解しようとしないのか。
「思い出した」
「? 何が」
「ほら、聞いた事ねえ? B組の半分ドロップアウトしてるって奴」
「ああ……確か“ベンキ”だっけか」
 樹(いつき)だよ! 叫びそうになったが、必死で唇を噛み締めて抑えた。
 一言聞いただけで、それが自分への蔑称であると解った。尤も今に始まった習慣ではない
し、陰口の十や二十はあるだろうとは思っていたが……。
「おーい、ベンキー!」
「いるのかー? 返事くらいしろよー!」
 最悪の事態が起きた。扉の向こうにいる二人は、中に居るのが僕だと判ると、途端にその
悪辣な本性を発揮してきたのだ。
 臆面もなく投げつけてくる蔑称と、からかうように騒ぎ立てる声。
 ギリッ。僕は歯を噛み締めていた。物理的にではない。精神が、平穏が土足で踏み荒らさ
れた、その瞬間に対する猛烈な不快感が怒りに変わっていたのだ。
 必死に耐えていた。応じたら負けだ。騒がしいのが苦手で、心を乱されるからこそ、背を
向けてでも距離を取ろうとしてきたのに、何でそんな浅薄に近寄って来れるんだ……?
「ちっ。だんまりか」
「噂通りトイレに引き篭もってるみたいだな。だったら……」
 するどどうだろう。内一人が何やら動き出した。扉を、開ける音? ガチャガチャと軽く
ぶつかるこの音はバケツか? 今度は水音。蛇口を開けて水を入れている……?
「そう、らッ!」
 次の瞬間だった。怪訝に聞き耳を立てていた僕の頭上から、大量の水が降ってきた。
 ……冷たい。それでいて何となくぬめっとしているような気がして、お世辞にも清潔だと
は思えなかった。
 この野郎……! バケツの水を放り込んで来やがった……!
「あはははははは! やるなあ、お前!」
「ひーひーっ! おーい、ベンキー、生きてるかー?」
 当然ながら、僕はずぶ濡れになる。制服も参考書も、大切なノートも、全部この悪意に満
ちた一注ぎで台無しになってしまった。
 扉の向こうでは奴らが馬鹿みたいに笑い転げている。……下品だ。知性の欠片もない、こ
の世で最も忌むべき人間達だ。
「うーん。返事ねえな」
「はん。ビビって動けなくなったんだろ? ベンキだからな。クソを水で流して貰えて本望
なんじゃねえの?」
「ははははは! 上手い事言ったつもりかよ?」
 ゲラゲラと、やはり品もなく笑う二人分の声。僕は暫く呆然としていた。
 突然悪意を向けられたからじゃない。皆に見下されている相手になら、何をしてもいいと
本気で考えるような、実行してしまうような短絡さに怒っていたからじゃない。
「──」
 踏み躙られたからだ。
 此処ならまだ、静かだと思っていたのに。
「……うん?」
「あ? どうし──げぶっ?!」
 扉を開けていた。立ち上がってゆらりと身を滑らせ、やりたい放題やって立ち去ろうとす
るこの下衆どもの背後に回っていた。二人が気付いてこちらに振り返るその直前、僕は殆ど
本能のままに振り下ろす。水を含んで余計に重くなった参考書の角を、思いっきり内一人の
顔面に向かって。
「ちょ、おま──があッ!?」
 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。汚物と呼んだその地べたに倒れ込ませて、馬乗り
になりながら何度も何度も叩き付ける。こっちは水でずぶ濡れだが、目の前のこいつらは打
ち付ける度に段々赤く濡れてゆく。
「らぁッ、らぁッ、らぁッ、らぁッ!!」
 何故だ? 何故だ? 何故だ?
 此処ならまだ、静かだと信じていたのに。
                                      (了)

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  1. 2017/11/12(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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