日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「濁春」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:窓、大学、増える】


 春は始まりの季節だとか、花咲き誇る季節だと云うが、小森はそんな一時の華やかさより
もどうせ散ってしまうという事実の方にばかり想像が向かいがちだ。

 有り体に言えばネガティブ。キャンパスの中を何処か浮き足立って歩く学生達の中にあっ
て、彼だけはぽつんとそう既に憂鬱な気分に苛まれていた。
 元より、望んで入った大学ではない。ただセンター試験の成績が芳しくなく、妥協の末に
この遠く離れた地方へとやって来たというだけだ。
 元より、これと言って明確な目標がある訳でもない。ただ何となく進学はしておいた方が
よいだろうという考えと、周囲のそれに流されてきた結果だ。
 一切が見慣れぬ景色、空気に他人。
 繰り返し去来するのは、新しい生活への期待よりも、飛び込んだこの異質な環境に自分が
馴染めるのだろうかという不安ばかりである。
『──』
 しかし、そんな陰気な青年にも“春”は訪れたのだった。学年最初の諸々の手続き、書類
を提出する為に訪れたキャンパス内の教務課で、彼は思いもかけぬ出会いをする事になる。
 窓口の一角に、一人の女性が座っていた。首筋辺りまでで切り揃えられた、艶のある黒髪
が印象的な職員だった。
 持ってきた書類を渡す。「はい、ご苦労様です」にこりと小さな笑みを浮かべてそれを受
け取る彼女。……有り体に言えば一目惚れだった。その瞬間のことを、小森は目に焼き付け
ているようで実際あまり覚えてはいない。それだけ衝撃的で、直後頭が真っ白になったから
だった。「い、いえ」辛うじて搾り出せたのは、そんな言葉になっていたかすら怪しい返事
だけで、その時は恥ずかしさから逃げるように踵を返してしまったのだった。

(……綺麗な人だったなあ)
 以来、小森の脳裏の大部分には、彼女の姿が占めるようになった。
 入学最初の学期が始まり、講義が開かれている間も、彼はぼうっと記憶に焼き付けた彼女
の笑みを再生し続けていた。心ここに在らず。元々大学それ自体に目標を設定して来なかっ
た彼にとって、彼女が居たことがその意味であったと誤解するほどに。
 学期の最初の内は、何かと手続きの類で教務課を訪れる機会が少なくなかった。
 用事を済ませる片手間に、彼女の名札を見る。佐倉──いい名前だ。今の季節にぴったり
じゃないか。日頃の後ろ向きなイメージは何処へやら、以来小森は脳裏で彼女の姿をはらは
らと舞い散る桜の様子と掛け合わせるようになった。
 何処の生まれなんだろう? 何歳くらいなんだろう?
 大学という環境上、遠方からとは考え難い。元々この近辺の人間か、或いは自分と同じよ
うにここへ進学して、その後職員として舞い戻ってきたのか。
 年格好は……流石にはっきりしない。順当に考えて、自分とは一回りほど離れているので
はと思うが、彼女自身が小柄でほわほわとした印象を与えるせいで判断し難いのだ。
 まさか直接訊く訳にもいかないし……。それよりも大事なのは、今彼女に彼氏がいるのか
どうかという点だ。いや、もしかしたら既に結婚している可能性だってある。何度か教務課
を訪ねた時には左手の薬指に指輪は見当たらなかったが、見落としているかもしれないし、
仕事中は外すようにしているのかもしれない。
「……」
 悶々とする。
 学期が始まり、周囲の同級生らも次第に学生生活に慣れ始めていたが、小森は専ら彼女の
ことばかり考えている。
 指定席は構内のメインストリート、そこから少し陰に引っ込んだ、古い講義棟の後ろにぽ
つんと置いてあるベンチだ。普段は点々と植えられた並木の陰になって目立たないが、ここ
はちょうど道向かいに教務課の建物を捉えることができる。そしてちょうどそのガラス張り
の壁面から、窓口に座っている彼女の姿を見ることもできるのだ。
『──』
 嗚呼、今日も元気に働いているなあ。
 小森はほぼ毎日のように講義の合間を縫ってはこの指定席に陣取り、遠巻きに働く彼女の
姿を眺めていた。
 手続きに来た人へ和やかに応対する。ちょっとやきもきする。
 席の内側で同僚らしき他の女性職員と何やら言葉を交わす。はにかむ姿が可愛らしい。
 ……解っている。こんなことをしていたって、彼女には何一つ伝わりはしない事ぐらい。
話しかければいいのだけど。でも何の接点もない──何度かもう、彼女にとっては毎年の繰
り返しである仕事中に顔を合わせた一介の学生の顔など、覚えている筈もない。いきなり話
しかけた所でドン引きされるのは目に見えている。
 こんなにも、想っているのに。
 だけど自分と彼女は他人で、歳も身分も離れ過ぎている。
 気持ち悪い? 時折ちらつく自己嫌悪に、眉根を寄せては蓋をする。ただ見ているだけで
害は無いんだからいいんじゃないか。気味が悪い? 誰とも知らない相手に、好意を向けら
れていることそれ自体が……?

「──ねえねえ。この前の休み、どうだったの?」
 だから本当は解っていた。叶わないって。想うだけで迷惑だし、ひた隠してじっと抱えて
突っ立っているだけでは何も変わりはしないって。
 その日、自分の中で何かと理由をつけ、教務課を訪れていた小森はふと背後からそんな話
し声を聞いた。これまでも何度か耳にして記憶にある、彼女と親しい同僚の声だ。
 この前の……? ざわりと嫌な予感がした。そしてなまじ妄想と挫折の経験値だけは人一
倍な彼は、次の瞬間当の本人から「答え」を告げられたのである。
「う、うん。楽しかったよ……デート」
 ピシリ。危うく誤魔化す為に手に取っていた廊下のパンフレットを落としそうになった。
それでも気付かれる訳にはいかないと、引き続き空しい演技を続けてじっと聞き耳を立て続
ける。
「そっかー。順調そうでよかった」
「松ちゃんのお陰だよ。彼との間、取り持ってくれたから……」
「何言ってるのさー。コクったのは柚姫でしょ? そこから今までは全部、あんたの手柄」
「……」
 そうだ。解っていたんだ。あんなに可愛らしい女性(ひと)なら、彼氏の一人や二人いた
っておかしくはないって。流石に既婚ではなかったみたいだけど……こういう予想だけはや
たらに当たるんだ。始めっから詰んでいたんだ。そりゃそうだよな。こんな陰気で、高校生
に毛の生えた程度の男になんか、靡く訳……。

 かくして小森の恋は、空振りに終わった。いや、そもそも振ってすらいないのだが。
 それから暫く、彼は失恋のショックから何も手がつかなくなってしまった。一見講義には
出て、席に座っている──ぼうっとしているのはそれまでと同じなものの、当の本人の中で
はまさに天国と地獄のような落差であったに違いない。
 彼女を想い、様々な「もし」を思い描きながら遠くで見つめていた日々。
 だがそれすら許されないという現実を知った今、最早そうした時間はことごとく無意味だ
ったと知らされるばかりである。「でも」と心の何処かで引き摺ろうとすればするほど、彼
の自尊心が嘲笑う。気付かれ、誰か他人に哂われるよりも先に、自分で自身を叩きのめして
みせなければ、その矮小な自尊心を維持できなかったのである。

 桜は、散った。
 だがそんな同じキャンパスの中で、その小森すらも知らぬ現実が進行していた。その日も
ぼうっと失意の中に沈んでいた彼の横顔を、同じ講義室の遠巻きからじっと見つめている人
物がいたのである。
『──』
 それは、一人の女性だった。
 年格好は小森と同じくらい。つまりは互いに接点はなけれど同級生。ただ、その服装はど
うにも独特というか……ファンシーの一言である。時折ちらちらと異物を見るような目でこ
れを見遣る受講生はいたが、彼らは総じて関わり合いにはなりたくないと次の瞬間にはそそ
くさと目を逸らす。
(嗚呼、今日も物憂げな表情が素敵。一体何を考えているのかしら……?)
 多少ばかり頬を赤らめて、そう心の中でうっとりと。
 彼女の名は市原。その服装と同様に奇抜な精神と空想を愛し、何よりも現在進行形でこの
小森に恋してしまった──彼以上の曲者である。
                                      (了)

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  1. 2017/11/01(水) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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