日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「忌伝子」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:告白、裏切り、恐怖】


「す、好きですっ! 付き合ってくださいっ!」
 思い返せば、そもそもの切欠は十年以上も前。
 響子はその日、かねてより想いを寄せていた一個上の男子生徒に告白した。呼び出したの
は人気の少ない校舎裏。夏も本番を迎える七月の始め。少し目を見開いて、じっと彼がこち
らを見ていたのが今も印象に残っている。
「うん。いいよ」
 線の細い、正直言って頼りがいのある異性かと言われれば難しい。だけども当時まだ女子
高生だった響子は、その全てを受け止めてしなやかな、柳のような穏やかさに心惹かれてい
たらしい。
 数度目を瞬き、にこっと微笑(わら)って応えてくれた彼。
 響子はその時自身を支配した感情を、生涯忘れることはなかった。忘れ去ってしまうなど
許されなかった。
 成功の喜びと──罪悪感。
 何故なら、あの日あのタイミングで意を決したのには、理由があったから。

『えっ……? メグ、保科先輩が好きなの?』
『うん。好きっていうか、何かいいなあって感じ?』
 数日前、不意に知ってしまったからだった。中学以来の親友・恵美が、自分と同じ異性に
狙いを定めようとしていたこと。照れ臭そうに、その時は決してはっきりと「好き」だとは
断言はしなかったけれど。
『だってほら、他の男みたいにギラギラしてないじゃん? 爽やか系のイケメンっていうか
さあ。人伝に聞く限り、今フリーみたいだし』
『そう、なんだ』
『いわゆる草食系ってやつ? あんまり浮いた話も聞かないんだよねえ。でも女の子達の間
じゃあ優しくって評判もいいし、お父さんが学者さんなんだって』
『へえ……』
 学校の帰りに寄ったファミレスで、そんな恋バナを。
 いつもの日常の筈だった。少なくとも目の前の親友にとってはその心算で、もしかしたら
そこま本気で狙っていなかったのかもしれない。
 だが響子は──内心気が気ではなかった。自分だって、先輩には以前から密かに想いを寄
せていたのだから。切欠は校内で何度か紳士的に接されたり、委員会で一緒だったりする程
度のありふれたものだったけど。それでも、響子にとっては大切な気持ちだった。恋をして
いるのだと自覚いて(きづいて)いても、じっとその胸奥に秘め続けた。
 ……だけど、恵美が同じくマークしているのだと知って、響子は焦った。内気な自分とは
違って、この親友はバイタリティに溢れ、これまでも何人かの男子との交際歴がある。外見
だって自分よりずっと美人だ。ファッションやメイクの探求に余念がなく、まさに今という
若さを満喫しているように思える。
『そろそろ夏休みだしさあ。私達も本気でいい男捕まえなきゃ。来年になったら受験だ就職
だで、今みたいに遊べないだろうしねえ』
『う、うん。そうだね……』
 ぐるぐると思考が巡っていた。今まで体験した事のない猛烈な処理速度で打算と感情が自
分の中で起伏を繰り返し、弾き出された「答え」にGOサインを出すか、出さぬべきかで激
しく揺れ動いている。
(来年になったら、今みたいにはいかなくなる……)
 響子はそう内心で、親友の口にしたフレーズを何度も咀嚼し直していた。
 突如、目の前にどんと置かれたタイムリミット。ライバルの出現──他ならぬ親友。
 何よりも先輩は自分達よりも一個上だ。来年になれば、もう一緒の学校という環境さえな
くなってしまう。今のままでは、プツリと現状の弱い関係性は立ち消えてしまうだろう。
(私は……私は……)
 テーブルを挟んで、恵美が鼻歌を口ずさみながらちゅーちゅーとジュースを飲んでいた。
 ぎゅっと唇を結んで、響子は自分に言い聞かせた。それがどういう事なのか、十分に解っ
ている。けれど、このまま身を退けば、きっと自分は後悔する……。

「──こ、響子ってば!」
「っ!?」
 遠い日々の思い出だ。なのにどうして今更、こうも鮮明に蘇って来たのだろう?
 今やすっかり聞き慣れた夫の声に、響子の意識は現実に引き戻された。少し肌寒いくらい
になってた晩秋の日没。アパートの部屋に、夫が──保科渉が帰って来ていたのだ。
「あ、ああ。おかえりなさい……」
「ただいま。……大丈夫? 随分と顔色が悪いけど……?」
 あの日から数年、交際を続けた響子と渉は結婚するまでになった。その間に紆余曲折、時
の流れはあったものの、二人の関係は概ね良好だった。というよりも、彼の性質が一貫して
穏やかなものだったという部分が大きい。線が細く、何となく頼りなさげという当時の女子
達の評判とは裏腹に、彼は伴侶として申し分ないほど理解と協力があった。
「大、丈夫。ちょっと気持が沈んでいただけ」
「そう? 無理は禁物だよ? 今は身重なんだから、遠慮なく僕に頼って?」
「うん……。ありがと……」
 仕事から帰って来たスーツ姿の夫は、そう心底ナチュラルに、すぐ間近な距離まで顔を寄
せて心配してくれる。取ってくれた手と、触れ合う体温が心地良い。だけども今の響子には
それ以上に、今し方思い返していた記憶の後味の悪さが勝っていた。

『どうして──私と付き合ってくれたの?』
 ずっと以前、或いは過去何度か、響子はそうおずおずと問うてみた事がある。爽やかな容
姿で、家柄も学者の系列で裕福な部類、もっとモテていてもおかしくない彼であったのに、
何故自分のような地味な女を選んだのか。
『どうしてって……。好きですって言ってくれたのは響子でしょ?』
 なのに、当の彼はいつもきょとんとした風に言う。
 曰く、実際には彼に面と向かって告白してくる異性はそう多くはなかったらしい。あって
もラブレターだったりで“顔が見えない”状態だったそうだ。後何よりも、どうやら当時の
自分達は彼がモテると意識するがあまり、勝手に牽制し合っていたらしい。
『響子とは委員会とかで面識がない訳じゃなかったし、きちんと僕を見て話してくれた。僕
はそれだけで十分だよ。それに……僕はあんまりキャピキャピしている子は苦手でね。響子
みたいな素朴な可愛い子が、新鮮だったのかもしれない』
 あはは。彼は苦笑(わら)う。その度に響子は顔を真っ赤にし、無粋なことを訊いてしま
った自分を苛んだものだ。
 ──夫は偽りなく、私を愛してくれている。
 それ自体は揺るがし難い事実だった。現に結婚から二年、自分達の間には二人の愛の結晶
が宿った。膨らんできたお腹をゆっくりを擦りながら、だけども響子の表情には未だ浮かな
い気配が滲む。

 原因は他でもない、ただ一つだ。
 響子はつい最近、かつての親友・恵美のその後を人伝に聞いたのである。
『死んだ? メグが……?』
『ええ。去年にね』
『それも──私も人伝だからはっきりはしないけど、どうも自殺らしいのよ』
 数年ぶりに再会した当時の友人達。彼女らとのお茶会で突如出たその話に、響子は戦慄を
覚えた。心臓を内側から握り潰されるような思いになった。
 曰く、恵美は自殺した。大量の精神薬を飲んだ末の心臓発作だったらしい。異変に気付い
た隣人の通報を受けて警察がみたものは……足の踏み場もないほどに散らかった部屋と、そ
の一角で冷たく動かなくなっていた彼女の姿だったという。
 私のせいだ……。最初話を聞いて、響子は殆ど反射的にそう思った。
 曰く、恵美は学校を出た後、かなり波乱万丈な男性遍歴を辿ったらしい。仕事も水商売を
転々とし、長続きはしなかった。当時を知る者達の話では、まるで自滅に向かうような生き
方だったという。
 私のせいだ……。響子の胸中には、罪悪感しかなかった。
 もしかしなくても、自分が裏切ったから。親友が彼を好いていると知っていて、取られま
いと先に告白して付き合い始めたから。
 ……実際の所は、今となってはもう判らない。だが間違いなく、あの時を境に自分達の関
係は悪化していった。徐々に疎遠になっていった。仮にそれが、こちら側の後ろめたさゆえ
の一方的なものだったとしても、あの彼女が違和感に気付かない筈がない。あの日、あの帰
り道のファミレスで、彼についての恋バナをしていたのは、お互いをおいて他にいなかった
のだから。
 私が、私が彼女を追い詰めたんだ……。その後の話を聞いた時、響子はほぼ確信に近いも
のを抱いていた。親友に意中の人を盗られた──その絶望。その時に受けた心の傷を引き摺
って、埋め合わせるように次々と異性と付き合っていったのだとすれば、これほどすんなり
と合点のいく説明はない。終ぞ友人達はそのことには気付かなかったが……響子は内心、彼
との結婚までに至る自身の幸せが、一気にひっくり返った気がした。

「──よーし、よーし。おいでー、空(そら)」
 しかし時は残酷だ。彼女達にどんな出来事が降りかかっても、ただ淡々と過ぎてゆく。
 響子は待望の第一子を出産していた。父親似の色白な女の子だ。渉もすっかりメロメロに
なったようで、休日になるとこうして目一杯構ってあげている。
「うー、うー?」
 我が子は、ようやくよちよち歩きが出来るようになったばかり。
 一歳を過ぎてからなので少し遅いかもしれないが、マイペースな父親の子と思えばあまり
焦る必要はないのかもしれない。てくてくと夫の下へ歩いてゆく我が子を眺めながら、響子
は静かに苦笑いしていた。あの日以来、ずっと心の奥底に在る不安も、やがてはこの子の成
長と共に風化してゆくのだろうか。
 よーし、よーし。夫が空を抱き上げていた。今日は家族三人でピクニック。春の麗らかに
身を任せて、穏やかで幸せな一時が過ぎてゆく筈だった。
「おーい、響子。君もおいでよー」
「う、うん。今行く」
 あの頃と変わらない、優しい笑みで手招きしてくれる夫。
 響子は燻る不安をひとまず棚に上げながら、二人の下へ合流して行った。手にはお弁当を
入れたクーラーバッグ。緑地公園の周囲には、他にも何組か家族連れが来ている。皆、考え
ることは同じようだ。穏やかな日差しの下、微風の下、響子はこの夫や娘と共に今は亡き親
友の分まで幸せになろうと心に刻む。
「ぱぱー?」
「うん? どうしたー?」
「うー、しゅきー?」
「うんうん。パパも大好きだよー」
 抱きかかえられた娘。響子とはちょうど背を向けた格好だ。まだ覚えたてのたどたどしい
言葉でそう言ってくれる愛娘に、夫は早くもメロメロのトロトロになっている。
「ままー?」
「うん? なぁに?」
 だから次の瞬間、響子は何の疑いもなくこの我が子に寄り添い、顔を近付けていた。
 笑みを向けて、母親然として。
 しかし直後ゆらりと顔を向けた愛娘(かのじょ)の一言は、響子を文字通り凍り付かせた
のである。
「“──こんどは、まけないよ?”」
                                      (了)

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  1. 2017/10/22(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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