日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)たった一つの弱みだけで

体力が尽きそうで尽きない、綱渡り状態_(:3 」∠)_

十月も折り返しを過ぎ、更に終盤、季節はどんどん過ぎてゆきます。
どうやら去年と違ったのは、夏の退場のすんなりさだけで、結局今年も秋という合いの時期
は大よそすっ飛ばされそうですね? 晴れ間は一時戻ったものの、総じて長引く秋雨の日々。
少なくとも列島に近づいて来ている台風が一通り通り過ぎて消えない限り、この寒いくらい
の空模様は続きそうです……。

例の如く、こちらはお仕事(作業場)と自宅(創作活動)の往復。
とうに一週間そこいらで劇的に変わるでもない、だけども着実に日数だけは過ぎてゆき積
重なってゆく、そんな生活。

なろうさんの活報やツイッタ(小日記)には書き残しておきましたが、サハラ~のプロット
作成は三十六章まで終了。18エピソード目後編まで進みました。シーズン3全体ではこれで
折り返し(8/14章分)といった所でしょうか。後半も引き続きこさえてゆく心算です。
ただ三ヶ月とみていた休載期間も、年内の再開も、正直怪しいですね。一章分を練り、清書
して書き残すのにざっくり一週間。残り六章分──当稿現在で次(三十七章)の清書に掛か
っているとはいえ──を逆算しても、来月いっぱいギリギリかもう翌月に乗り越すか。他の
執筆モードも週毎・月一に控えている訳で、そう考えると結構カツカツに能率をもっていか
ないと厳しいかなあと見積もるためです。まぁ元より筆は遅いので、手に取ってくださって
いる方達も気長に待って(或いは忘れて)くれているとは思うのですが……φ(=_=;)

とにかく、可処分時間が足りない。もっと欲しい。

尤もお仕事が(物理的に)生活の中心にあるというのは一般的なんでしょうし、実際臥せっ
いた=毎日が日曜日な頃を思い返しても、さほど能率が高かったような記憶はありません。
幸いやろうと思えば創作思案を並行してもできますし、ある種の「溜め」の後に臨んだ方が
一日一日着実に成果は挙がってゆく(まぁ必ずしも毎回どっぷり集中できている訳でもあり
ませんが……)ただその一日一日の進捗の「粒」が小さいような気がして、これでは埒が明
かないと焦る気持ちが寄せては返したりして、欲しがってしまうという事なんでしょうね。

創りたいけど、体力が……。
創りたいけど、気力が……。

「やらない理由」をうだうだ喋ってんじゃねえよ。書けよ(意訳)と地味にキレられたのは、
つい最近の出来事(´・ω・`)


『苛める側も悪いけどさ、苛められる方だって悪いだろ?』

──最近といえば、作業場でふとそんな言葉を耳にしました。
言っている本人は(事実前後の文脈的にも)軽い気持ちだったのかもしれません。ですが遠
巻きにこれを聞いていた僕は、内心少なからずむっとしたものです。

だってそうでしょう? この言葉って要するに“強者の論理”じゃないですか。確かにその
他人(苛める側)と比べて劣っている部分があるのかもしれないけど、だからって身体的に
精神的に蹂躙してという理由にはならない──劣っていることと、蹂躙することの正当性に
イコールの関係は無いじゃないですか。
何よりも……その背後にあるであろう思想が、僕には与し難い。
苛めを肯定する論理。つまり言い換えれば『隙をみせた奴は叩いていい』ということ……。

実際僕自身も、この手の言葉をかつて投げつけられています。小学生の頃です。感情表現が
下手で、しばしば“癇癪”として爆発しがちな、運動音痴の僕は苛めのターゲットにされて
いました。ある時当時の先生も同じ事を言ったのです。『苛められるお前も悪い』と。まだ
子供だった僕は(愚か故に)「そうかな?」とその時は受け止めていたものですが、歳月を
経てまがりながらも色々なものを見てきた僕は、改めて言える。苛めは──120%苛める側が
悪いのだと。その相手を憎むとか憎まないとか、そういう方向性の話ではなくて、純然たる
事実と認識の積み上げとして。

おそらく、当時の先生は「叱咤激励」の心算で言ったのでしょう。そんな奴らに負けるな、
もっと強くなれ──。母も僕に言ったものでした。運動が苦手なら、勉強で見返してやりな
さい。苦手なもので追いつこうとしてなくてもいい──。
ですがこれらの目論見や努力は、結論から言って、僕の人生において功を奏さなかったと言
っていいと考えています。抗えば抗うほど、自分に対する侮蔑は繰り返される一方でしたし、
何より運動を捨てて勉学に励んだ──高校時代前半には学年で上位十名の中に入ったことも
ありましたが、昔からの僕を知る者達からは『○○(僕の名前)の癖に』の一言、一切改め
ようとも思わない、強い怨嗟だけが返ってきました。
……嗚呼、無駄だったんだな。その時、僕の中でプツンと糸が切れたと記憶しています。
かつて自分を苛めた人間にとっては、僕はいつまで経っても“劣等種”で、ちょっと成績を
上げただけの目障りな一齣に過ぎない。あの日から数年、人格を作り替えるほどがむしゃら
になって頑張ったものは、酷く狭いセカイでの物差しでしかなかった。烙印はずっと残る。
諦めた──そう言われると否定はできませんが、以来いわゆるガリ勉だった自分もいなくな
りました。必然的に成績も(元より苦手だった理数系を中心に)下がりました。尤も当時の
知識自体が丸々全部無駄になったかというとそうでもなく、インドアで頭脳労働に特化した
タイプというアイデンティティの方は何だかんだで大人になった現在(いま)も、僕という
人間を形作り続けています。

……負けないように、強くなれ。
あの日欲しかった言葉は、理想とすべき世界は、そうじゃなかった筈なんだ。
K先生。貴方も教師なら『隙をみせないように気を付けろ』じゃなくて『隙を見せたら叩い
ていいなんて考えは間違っている』と、理想論でも言って欲しかった。教育というのはそう
いうものではないんですか? 貴方達大人が、そうやって未来の大人である僕たち子供に教
えて──汚れ軋んだ今の社会を“塗り替える”よう導いてゆくべきだったんじゃないんです
か? それとも結局、僕らはただ既にある社会を“維持する為の駒”であって、学校とはそ
の生産・出荷工場に過ぎないと思っていたのでしょうか? 新しく壊し、組み上げ、より良
いものに塗り替えてゆくよりも、既にある“理不尽(アタリマエ)”に慣れされる予行演習
こそが仕事、本分だとでも「割り切って」おられたのか……。

隙をみせたら叩かれる。それがアタリマエ。だから隙を作るな、みせるな。

この言葉を片手にぐるっと今の社会を見渡してみれば、なるほど学校などの限定的なコミュ
ニティだけでなく、世の中全体に言えることなのか。そういう風潮が固着──人々の常識に
なってしまって久しいのか。

何処の誰とも知らぬ人間に、何処の何の繋がりや義理・義務がある訳でもない人間が、その
粗を見つけては突撃してゆく。いわゆる「炎上」案件は今日びほぼ毎日のようにこの社会の
あちこちで観測されている。寧ろメディアに至ってはそういったものを自ら作り出すことが
一種の仕事のような向きさえある。前向きな形で作られれば、それは“流行”云々と言える
のだろうが、如何せん人の持って生まれた性なのか、そこには金儲けの為とかイデオロギー
の為といった思惑が透けて見える。必死に隠そうとしながらかくも「世の中のアタリマエ」
として流布しようとしている。

……先日、教師からの度を越した言葉の暴力で男子高校生が自殺したという。周囲の教員達
も見てみぬ振りをしていたともいうから、これは最早苛めだ。「いじめ」と平易に平仮名で
表記し、少しでも軽く扱ってしまおうという意図などに微塵も染まってはならない。
人間は(学校や会社組織のような)閉鎖的なコミュニティに閉じ込められるとストレスから
苛めに走るという。動物さえ狭い中に閉じ込めていると共食いをするように、それ自体は遺
伝子のレベルで刻まれている僕らの業なのかもしれない。でも、そこで「理性」を総動員し
てめいめいに踏み止まるのが、人間の人間たる証明ではないのか? そこであっさりと衝動
に屈服して悪びれないのなら、そいつは精神的に動物以下だ。
……確かに僕自身も、苛められている一方で(女子など)仲間外れにする輪に加わっていた
こともあった。同調圧力に靡いたりもした。だが、当時の幼さ故の愚かさならいざ知らず、
今の僕はもう成人だ。資力やキャリアの上ではまだまだ半人前だけども、倫理的に善いこと
と悪いことくらいの分別はつく筈だし、ついて然るべきである。なのに──大人になっても
尚、いや寧ろ大人だからこそ、会社組織などでは今も実質の苛めによって命さえ絶つ人々が
後を絶たない。はたして彼・彼女達は「隙」をみせた「弱者」であったのだろうか? 仮に
そうみなされていたとしても、人一人を時に死にまで追いやる倫理的な根拠など何処に在る
というのだろう? そもそも僕らは、貴方達は、彼・彼女達に比べてそんなに「強い」ので
あろうか……?

隙をみせたら叩かれる。それがアタリマエ。
隙を見つけて叩け。叩いて利用し、のし上がれ。

確かにミクロな世界においては“力こそパワー”が、哀しいかな現実の大前提として動かし
難い定理となってしまっているけれど……。

理想論だとは解っている。だけど、やっぱりそんな世界は哀しいじゃないか。生き辛いじゃ
ないか。そんなパワーゲーム、拒否権もなく要求されるある種のベクトルに適応できなかっ
た人間達は「弱者」だの「敗者」だとの括られ、社会の片隅に半ば放逐される。近代でこそ
彼らも何とかして救おうと立ち上がる人々も少なくなく、政治もその一翼を担う義務がある
と善人面をしているけれど、多分センセイ方の本音はそれが「票」になるからだ。或いはそ
の界隈での実績と○○であるべきという信仰(イデオロギー)があるからだ。少なくとも表
舞台で口角泡を飛ばすような“活動家”達は、弱者の中の強者であって、弱者ではない。ど
だいどんな場所にいても、僕らは闘争するしかないのか──しばしばそんな絶望に、僕は駆
られる。他人を踏みつけて「敵」に殴りかかる彼らと、如何に距離を置くかを考え続ける。

猪口才な。こんな嘆きをみて、他人は思うのかもしれない。

でも人が誰かが「弱い」とか「劣っている」とみなすには、あまりにも短絡的な傾向がない
だろうか? 一面の欠点で、全面の悪と烙印を押す。逆に一面の美点で、全面の善と盲信し
たがる。そんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか? ケースバイケース。もしかした
ら、状況においては化ける能力もあるかもしれない(のだが、生憎いわゆるニッチな適性や
技能ほど、現代社会において「役に立つ」機会に恵まれない訳で。結局そこがネックなんだ
ろうなあ……)

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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