日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「雨、のち」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:神様、雨、人間】


 そういえば、初めて出会った時もこんな風に雨が降っていたっけ。

 郊外の山間に広がる森へと僕は足を踏み入れていた。晩春の空気は少しずつ穏やかさから
不快な部類の熱に変わり、深い緑色が周囲を鬱蒼と覆っている。
 僕の趣味は寺社巡り──特に歴史のある古い建物が好きだ。そう答えると大抵の人は微妙
な表情(かお)をするのだけど、好きなんだから仕方ない。実際、この日も僕はこうして街
からわざわざ一人足を運んでいる。
 手付かずと言ってしまっていい森だ。道中、朽ちた小屋や石柱などが見えたことから以前
は人の管理があったのだろうと思われるが、放置されてしまって久しいらしい。
 情報では、この辺りに古い社が在るというのだが……。
「お? あったあった」
 暫く森の中を歩いていると、ようやくお目当てのそれを見つけた。
 雨合羽のバイザーを軽く摘まんで整え直しながら、ざくざくじゅくじゅくとぬかるんだ草
と土の上を一直線に進んでゆく。小さな社だ。木造の、手作り感の強い素朴なものだった。
軽く数十年は経っているだろうか。「ほう? ほう?」と右に左に回り込み、好奇心の赴く
ままその全てを瞼に焼き付ける。
「──」
 そんな時だった。僕は彼女と出会ったんだ。
 森にしとしとと降り続ける雨の中、社の裏手にぼうっと彼女は立っていた。透き通りそう
なほど白い髪と、白い肌、着物姿の女の子だ。……こんな所に? つい自分の物好きを棚に
上げて眉を顰めてしまったが、放ってはおけなかった。傘も差さずに立っていたら、ずぶ濡
れになってしまう。
「どうしたの?」
 だから、僕は思わずそっと近付いて声を掛けたのに、彼女の方はハッとなって振り向くと
大層驚いていたみたいだ。
 まるで、自分以外の者が来る筈がないというような……まぁ実際そうなんだろうけど。
 僕は怖がらせないように、なるべく優しい口調と微笑を浮かべて話しかけてみた。背負っ
ていたリュックを肩からずらし、中に入れてあった折り畳み傘を取り出しながら続ける。
「こんな雨の中、傘も差さずにいたら風邪ひいちゃうよ? せっかくそんな綺麗な着物を着
てるんだから。よければ使って?」
「……私が、視えるの?」
「? 僕は目はいい方だけど……」
 差し出した折り畳み傘。しかし彼女は、数度視線を落として目を瞬きこそしたが、それ以
上に自分以外の人間がやって来たことに戸惑っているようだった。
 見える? そりゃあ見えるだろう。こんな場所で、そんな格好で。こんなにも小さくって
可愛らしい子をどうして見落とすのだろう?
「……そう」
 まさか使い方が分からないのか、結局彼女は受け取りはしたが、そのままゆっくりと社の
軒下へと一人歩いて行った。何となく僕もつられて着いてゆく。というか、すぐそこで雨宿
りできるんだからお節介だったかな……?
「お気持ちはありがたいですが、あまり意味は無いと思いますよ」
 そしてふいっと、軒下に移る間際、肩越しにそう振り向いてきた彼女。肩口ほどのさらさ
らした白髪が、その動きに合わせて円を描くように揺れる。
「私が“出ている”時は──ずっと雨ですので」

 ***

 不思議な人でした。こんな寂れた場所に来るなんて。何より私が視えるなんて。

 話を聞くに、お兄さんは古い寺社を巡るのが趣味だそうです。今日もこの社の話を聞いて
わざわざ街の方から足を運んで来たとか。……やっぱり変人さんです。少なくとも悪い人で
はなさそうだけど。
 それでも、私にとっては凄く久しぶりの参拝者(おきゃくさん)でした。もう長い間、社
は打ち捨てられていたから。私を祀っていた人々も……今は何処にもいない。皆死んでしま
ったし、忘れてしまった。
「私は……この社に祀られていた、雨乞いの神です」
 だからつい打ち明けていました。このわざわざ足を運んで来てくれた、私が視える数少な
いお兄さんと軒下で話している内に、私という存在を思い出して欲しかった。
 流石にすぐに、自分でも突拍子もないことをと後悔しました。
 しかしお兄さんは、私を奇異の眼で見ることはありませんでした。寧ろぱあっと表情を明
らめて、凄く嬉しそう。
「神様!? うわあ、本当にいたんだ……。凄いなあ、凄いなあ」
 何年も寺社巡りをしていてご利益がついたかな……? お兄さんはそんな風にちょっと冗
談めかして苦笑(わら)っていましたが、不思議と不快な感情は抱きませんでした。悪意が
ないのがよく分かったからです。一応神格の一人として、実際のその仮説は間違っていない
筈です。参拝先の何処かでそういった加護を知らぬ内に受けてもいなければ、私の存在を知
覚することさえできなかった筈ですから。
「……そんなに、大層な者じゃないですよ。私も元々は人間だったんです。でもある年、酷
い日照りになって、困った村の人達が雨乞いの為に生贄を捧げました。それが私です。その
お陰なのか偶々なのか、その後雨が戻って来て、やがて彼らは私を神様として祀るようにな
ったんです。もう人間としての私は死んでいましたが、祀られたことで神格を得て生まれ変
わったのでしょう。それ以来ずっと、私は当時の村の人達が建てたこの社に住んでいます。
もう、とっくに彼らは死んでいないですけど……」
 誰かに聞いて欲しかったのかもしれません。諦めていたつもりでも、ずっと寂しかったの
かもしれません。
 お兄さんは、重い口を開いた私の話に暫く聞き入って黙り込んでいましたが、その向けて
くる眼差しは安易な同情ではありませんでした。私の思いをしっかりと、私が思っていた以
上に受け止めてくれて、それでも微笑みを絶やさずに向けてくれる優しい姿……。
「そっか。ずっと、一人ぼっちだったんだね」
 お兄さんはそっと、私の頭を撫でてくれました。思わず顔が赤くなり、恥ずかしくなって
しまいました。子ども扱いしないでください。これでも貴方よりずっと年上です。これでも
一応神なんですから、威厳というものがですね……?
「あはは。ごめんごめん。つい」
 でもその感触は、凄く優しかった。長らく味わっていなかった、人間だった頃の歳相応の
感情。こうして誰かとのんびり話をすることも、同じ時間を共有することも。
「見た目は可愛い女の子だからさあ。ほら、妹というか?」
「……」
 自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かりました。心臓がドクンと跳ね上がって脈打
つのが分かりました。
 妹のような。後半の言葉はあまり耳には入っていませんでした。その後もあれこれとお兄
さんは話をしてくれたけれど、にわかに湧き上がってきた自分自身の感情に、私は振り回さ
れっ放しでした。
 だけど……嫌じゃない。もうずっと、独りなんだと思っていたのに……。
「じゃあさ? また会いに来るよ。約束」
「……はい」
 約束。お互いの小指を絡めて、顔を近付けて。
 私の顔は真っ赤になっていたけれど、とっても温かくて嬉しくて。

 ***

 それからというもの、僕はしばしば彼女に会いに行った。森の中にひっそりと佇む彼女の
社を訪ねた。
 曰く、神格化されて祀られた以上、彼女はあまり自由にあそこからは動けない。だから僕
が代わりに他の寺社巡りは勿論、毎日の色んな出来事を話して聞かせる。具体的にどれだけ
昔の人間だったのかは知らないけれど、少なくとも今の時代のことは殆ど知らないようだ。
どんな話を持って来てみても、彼女は興味深そうに聞いてくれる。
 最初はまだぎこちなく、丁寧な言葉遣いを心掛けている感じの彼女だったけれど、段々と
それも和らいでいった。心を許していってくれた。僕も神様が友達なんて滅多にできる経験
じゃないし、女の子とこうもがっつりと寺社話ができるなんて、今までなかったから。
 雨乞いの神様というだけあって、出会いに行く時はいつも雨降りだったけど。
 少なくとも僕達にとっては好都合だった。軒下で、またいつものようにゆっくりと二人だ
けの時間が過ごせるから。
「──はぁ、はぁッ!!」
 なのに事件は、終わりは突然訪れた。社の在る森一帯が開発によって切り倒されることが
決まってしまったのである。住宅地の拡張の為、だそうだけど、それは即ち彼女の依り代が
失われかねないという事。
 情報を聞き、僕はすぐに森へ急いだ。幾つもの重機の音が聞こえる。その一音一音が胸奥
を抉るようだった。止めろ──彼女は、彼女は大丈夫なのか?
「お、おい君!」
「止まりなさい!」
 工事関係者が既に切り倒されて空き地になった場所にたむろしていたが、構わず駆け抜け
てゆく。僕の姿を見て慌てて取り押さえようとしてくるが、構うものか。彼女の無事を確認
するまではじっとしてなんかいられない。
「はあっ、はあっ……!」
「ここは関係者以外、立入禁止で……!」
 まだ抉り切られてない森の中へ入る。彼らも後ろから息を切らせて走ってくるが、僕の意
識は最初っから前のみだ。見つけて──戦慄した。社の傍にもう他の重機が入っている。す
ぐにでも取り壊してしまいそうに、駆動音を立ててウォームアップしている。
「止め──」
 僕は殆ど反射的に叫んでいたと思う。ちょうど追い付いてきた彼らに飛びつかれ、取り押
さえされ、直後重機が動き出す。社の傍に、白髪と着物のあの子がいた。
『……』
 最後の瞬間。彼女はくるっとこちらに振り向いていた。
 間違いなく僕に向けた、とても優しい笑顔で。ぱくぱくと口にした言葉が「ありがとう」
と言っていたような気がして……。


 開発は、防げなかった。元より僕一人の力でどうなるというものでもなかったのだけど。
 あれ以来、工事は続いている。かつて鬱蒼と広がっていた郊外の森は無惨に切り拓かれて
禿げ山となり、毎日のように重機達が入って建設を続けている。
 僕は街に戻っていた。しがないサラリーマンな日常。趣味だった寺社巡りは今も途絶えて
こそいないが、一時に比べて大分熱量は落ちてしまったように思う。
「──ねえねえ。今度はあれ食べよう?」
 だけど……そんな中でも一つ、変わった事がある。
 僕の傍には、一人の少女がいた。白い肌と髪をした女の子だ。格好は着物──ではなく、
もう今風の洋服を着ているけれど、間違いなく彼女で。
 開発の波と共に、社は壊されてしまった。権利を主張する者も、当時の信仰も失せて久し
かったのだから無理もないのかもしれないけど。
 でも、彼女だけは残っていた。荒らされた森の中に倒れていた。面影は一切変わっていな
かったが、助け起こして目が覚めた時、彼女は一切の記憶を失っていた。それまでの、僕と
語り合った日々も全て。彼女は……神様でさえなくなったのだ。
 どうやら神格の依り所を失って、一人の人間──見た目歳相応の女の子に戻ってしまった
らしい。僕のことはすっかり忘れてしまっていたが、それでもあの頃寄せてくれていた好意
だけは消えずに残り、今も慕ってくれている。
 選択肢など一つしかなかった。僕は彼女を引き取り、一緒に住むことにした。未だに彼女
は好奇心の塊で、尚且つ現在社会の知識なんてまるで無いから、しょっちゅう苦労させられ
るんだけども。
 季節は移って初夏。休日の通りに店を出すアイスクリーム屋、たこ焼きに続き、今度はク
レープの移動販売のワゴン車を指して、彼女は僕の袖を引っ張る。
「……はいはい。本当、よく食べるよなあ」
 僕は苦笑しながら彼女のなすがままにされていた。財布が悲鳴を上げるが、正直そこまで
辛くはない。神様じゃなくなったけれど、彼女はこうして今も生きているのだから。

 元人間で、元神様。
 だけど今はもう、街角から仰ぐ空には雲一つない。
                                      (了)

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  1. 2017/10/15(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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