日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-〔11〕

 珍しく礼を以って頭を下げてきたジークに、イセルナら一同は少なからず驚いているよう
だった。しんと、ロビーに沈黙が走る。
「……学院で何か分かったのね?」
 暫しの間を置いて、イセルナが皆を代表して訊ねていた。
 ジークはその言葉にワンテンポ遅れてゆっくりと頭を上げて言う。
「ええ。何か、俺の刀はかなり珍しい──ア、アート……」
「アーティファクト?」
「え、ええ。それッス。何でもそのアーティファクト級の魔導具、らしいんです」
「ほぅ……。やはりただの代物ではなかった訳だ。でも何でそれが休暇願いになるのかな」
 ハロルドの小さな含んだ微笑の問いかけ。
 その隣に立つリンファは眉根を寄せて押し黙っていたが、彼はそんな彼女の様子にもそれ
となく横目の一瞥を寄越している。
「刀を診て貰った魔導師のおっさんからも言われたんです。一度、母さんに──この刀をく
れた本人にこいつらの事をちゃんと問い質してみるべきだって」
 するとジークは、何処か返事を躊躇うように俯き加減の顔をしかめると、
「……それに、もう知らん振りをしたままじゃいられない。俺がこいつらを持ってる所為で
リンさんを怪我させる事になっちまった。サフレやマルタを巻き込んで、シフォンにも危な
い目に遭わせちまった……。もうこれ以上、俺の所為で皆が傷付ける訳にはいかねぇ……」
 悔しさを押し殺すように吐露された、抱え込まれた罪悪感。
 再び、しんと面々は押し黙っていた。
 ずっと気に病んでいたのだ。最初に“結社”の傀儡兵らとの一戦からずっと。
 病室のシフォンに漏らしていた思い。イセルナら四人はあの時の彼の悔しさを思い、安易
な慰みは通用しないだろうと悟っていた。
 リンファとシフォンは特に、アルスから以前聞いた兄弟の過去を思い出す。
 魔獣によって奪われた故郷の同胞らの命。そしてあまつさえ瘴気に中てられ魔獣化してし
まったそんな一人を自らの手で殺さざるを得なかった心の傷(トラウマ)。
 普段は無愛想な言動が目立つが、この眼前の青年は誰よりも“強さ”に拘っているのだ。
 もうあの時のように、力不足から誰かを守れなかった結末を繰り返さない為に。
 だからこそ──その時とは事情が違っているとはいえ──“自分が原因で仲間が傷付く”
ことにきっと誰よりも敏感であり、堪えがたい心地がしているのだろう。
「……なるほど。だから、お前のお袋さんに問い質すために故郷に戻ろうってわけか」
 今度はダンがそんな皆の想いを代表するかのように大きくため息をつき、ガシガシと髪を
掻きながら言った。ちらりとイセルナとブルートを、リンファを、ハロルドを、この場にい
るクランの幹部にして戦友(とも)でもある面々を見遣る。
 コクと。皆の頷きが確認できた。
「……駄目ッスか?」
「別に断わる理由なんざねぇだろうが。俺達としてももう“結社”とはドンパチやっちまっ
てるんだ。むしろ向こうの狙いやら手掛かりが掴めりゃ助かる」
「それじゃあ──」
「だけどな」
 断わられる訳ではない。ジークが僅かにホッとして言葉を続けようとしたが、それをダン
は遮っていた。小さな怪訝と、にやりと威厳のある含み笑いと。両者が視線を交わす。
「一つ条件がある。俺達も連れてけ」
「えっ……?」
 するとジークは隠す事もなく驚いていた。いや戸惑いという表現に近いのだろうか。
 全く……。てめぇの考えてることは分かり切ってんだよ。
 ダンは内心で一笑に付していた。
 大方、自分達を巻き込む訳にはいかないとかのたまうつもりなのだろうが……。
「あのなぁ、お前は俺達が“結社”相手にやられるとか考えてんだろ? その台詞、そっく
りお前に返すっての。これでもお前よりはずっと長く冒険者やってんだ。そう簡単に後れを
取られて堪るかよ」
「そうだね。それにジーク君一人よりも私達が徒党を組んでいた方が“結社”と相対した時
も対処の幅が広がる。合理的に考えても君一人に全てを背負わせる訳にはいかないさ」
「……ジーク、もう私は君の歩みを止める事はしない。ただせめて、その背中を守らせてく
れはないだろうか? 一度逆に守って貰った口で言うのも何だがな……」
「分かってやれ。皆にとりお前は仲間だ。奴らの狙いがその身と剣ならば尚更だろう?」
 ダンの苦笑と憎まれ口を皮切りに、皆の意見は一致していた。
「……みん、な」
 仲間だろう? 水臭いこと言うなよ──。
「ふふっ。そういう事だから。ね? ジーク、私達もついて行っていいでしょう?」
 そんなイセルナ達の気遣いが、温かさを帯びて決心を固めようとしていたジークを包む。
「……。本当にいいのかよ」
「くどいっての。それに、そこの弟君もお前の一人旅は許さないんじゃねぇか?」
「へ?」
 唇を噛んで渋々とするジーク。
 だがダンはそうした反応は織り込み済みだったらしく、今度はついっとそう彼の背後を顎
で示すと言った。
「兄さん……」
 振り返ると、ロビーとの境目の物陰にアルスとエトナがこっそりと隠れるようにしてこち
らを窺っていた。ダンの言葉で兄や一同の視線がこちらを向くと、エトナを伴って、この弟
は緊張と驚きを半々に混ぜたような表情(かお)でふらふらと近付いて来る。
「村に、帰ってくれるの?」
「……あ、あぁ。話、聞いてたんだな」
「うん。その、偶然通り掛っちゃって……」
 もじもじと。だがこの少年の感情は驚きから徐々に喜びにシフトし始めていた。
 バツが悪くジークが言葉を濁しかけるのを遮ってしまうかのように、ややあって彼はバッ
と顔を上げると、
「兄さんが帰ってくれるなら、僕も一緒に行く!」
 ぱあっと明るくなった笑顔で告げる。
「お、おい。勘違いするなよ? これは村に戻るんじゃなくて母さんに刀の事を訊きに」
「同じことだよ! そっか……。やっと兄さんを皆に会わせられるんだ……!」
 少なくともアルスの中では「兄が故郷に戻ってきてくれる」ことへの喜びが大きなウェイ
トを占めているらしい。
 ジークは微妙に解釈がズレているそんな弟に言葉を掛けようとするが、満面の喜色を浮か
べるその様子に水を差すような真似もできず、ただ気まずく頬を掻くことしかできない。
「まぁいいんじゃない? どのみち帰省って事には間違いないんだしさ」
「そりゃあそうなんだが……」
 エトナも苦笑い気味に。傍らの相棒を横目にしながら、ジークとその苦笑を共有する。
「決まりだな」
 そしてダンが仕切り直すように言った。
 イセルナとブルート、リンファにハロルド。この場にいるメンバーらと共にジークを見遣
るとフッと口元に孤を描く。
「そうと決まれば善は急げだ。ハロルド、リン、皆を呼んでくれ。今抱えてる依頼、さっさ
と片付けちまおうぜ!」
 ジークが、アルスとエトナが見遣る中、ブルートバードは再び動き始めた。
 一度乗りかかった船。その行く末を決める舵を、自分達の手で握るべく。


 Tale-11.始まりに還る旅

「──らぁッ!」
 ジークの放った一閃がギチギチと小気味悪い鳴き声で迫ってきたゴブリン達を薙ぎ払って
いた。多くの山野に出没する醜い容貌の小人型の魔獣。彼らはジークら冒険者の一団の向こ
う側で土地を拓いている作業員達を、顔をしかめて睨んでいる。
「まだやるか? 小鬼ども」
 二刀をだらりと下げ、挑発気味な言葉。
 だがゴブリン達にはそれだけで充分だったようだ。ギチギチと呻くような声を漏らし、荒
削りの小剣や棍棒を振り上げて再び向かってくる。
「マルタ、円舞曲(ワルツ)を」
「はい。マスター」
 ぶんと手の中の槍を一回転させながらサフレが言った。
 そんな主の指示に従い、マルタは手にしたハープで音色と歌声を奏で始める。
「~♪ ~♪」
 淡々と、しかし小気味良いテンポの連続。何よりも彼女の歌声は美しい。
 だがゴブリン達の様子は違っていた。わらわらと再び吹き飛ばされた距離を詰めて襲い掛
かろうとしていた最中、突然一様にその場でぐるぐると回転し始めたのだから。
「グ……ギ?」
「ギギギッ!?」
 それがマルタの奏でる、この魔力ある音色の効果だった。
 相手を“強制的に踊らせる”──要するに足止め。ゴブリン達も何が起きたのかいまいち
分かっていないまま、聴覚から半ば強制的に取り入れてしまう妨害の力の成すがままになっ
て戸惑っている。
「一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
 そうして従者が作ってくれた隙を、サフレは余すことなく利用した。
 槍の魔導具にマナを込めると鞭の如くしならせ、ぶんと一振り。
 その一閃にその場で回り続けていたゴブリン達はまとめて捉えられて横薙ぎの槍を浴びせ
られた。幾度目かの小気味悪い悲鳴や呻きの合唱と共に魔獣らは地面を転がり、或いは致命
傷を負って灰が散るように崩れ去っていく。
「前から思ってたけど、お前らいいコンビしてるよな。ホント」
「……まぁな。イセルナさん達の下に身を寄せるまでは二人で冒険者稼業をしていたんだ。
多少なりともコンビネーションが取れていなければそれはそれで困る」
 ひゅうと小さく口笛を吹いて、ジークが言った。
 からかっても何も出ないぞ。槍を静かに引き寄せ直し、サフレはそうとでも言いたげに僅
かに眉根を寄せつつ呟いている。だが一方では褒められたとでも解釈しているのか、マルタ
はほんのりと頬を赤く染めて優しい微笑みを浮かべていた。
「ジーク。君達が帰省する件だが」
 ぶらりと彼に両手に下がった二刀を見遣って、サフレは思い出すように、話題を逸らすよ
うに口を開いていた。
「結局、その剣はどういった魔導具だったんだ?」
「ん? あー……」
 訊かれて、ジークは眉間に皺を寄せた。
 言われないと忘れそうだったが、実はこの愛刀らは魔導具だそうなのだ。
 それは魔導師(プロ)であるマグダレンからも指摘されたこと。随分と年代物の呪文が使
われていて──。
(……ええと。何だっけ?)
 何か驚き専門用語らしいことを喋っていたものの、アポから何日も経ってしまい肝心のそ
の言葉をジークは忘れてしまっていた。
 難しい学問の話は元より頭に入れておける器ではない(と内心で言い訳してみる)。
 何よりもそのすぐ後にシフォンが“結社”に囚われたと分かり、リンさんに続いて自分の
所為で危ない目に遭った仲間が増えてしまった。……ジークの意識はその段階でそれらへの
自責の念で塗り潰されてしまっていたと言っても大袈裟ではなかったのである。
「何か、随分古い、珍しい魔導具だとか言ってたな」
「何かって……。具体的な術式などは聞いていないのか?」
「いんや。つーかそんなのを聞いてたとしても、魔導師でもねぇ俺が覚えてられるかよ」
「……そこで胸を張るな。胸を」
 だからこそ、ただジークの頭の中にあったのは“この愛刀の出自を問い質すこと”一点。
 その為にイセルナらに休暇を願い出、気が重いながらも久方ぶりのサンフェルノへの帰省
を決めたのだ。
「ですけど、久しぶりの帰郷なのですよね? なのにお母様にはどうして連絡を……?」
 ジト目を向けていたサフレに代わり、今度はマルタが訊いていた。
 少し遠慮気味に遠回しに。でもそこに込めたニュアンスはきっと世話好きな彼女の性格が
反映されたもので……。
「……。導話ならアルスがしてたよ、昨夜嬉しそうにな。それに下手に愛刀(こいつ)らの
事を話題に乗せちまったら、何か知ってるかもしれない母さんが警戒しかねねぇし……」
 手の中、腰に下げた愛刀らを俯き加減に一瞥し、ジークは呟いていた。
 しかしそれは外見の後付な言い訳だ。そんな事はジーク自身が一番分かっていた。
 気まずいのだ。
 アルスはともかく、自分は成人の儀を終えてすぐに村を──家族や村の皆から逃げるよう
に──飛び出して行った身なのだから。
 今更……どんな顔をして戻れというのだ。
「ですけど。折角久しぶりの母子(おやこ)の再会ですのに──」
「マルタ。その辺りにしておけ」
 あくまで外見はそうつっけんどんに。
 マルタはそうしたジークの言い様に歯痒さを漏らそうとしていたが、そんな彼女をサフレ
は制していた。お喋りが過ぎるぞ? そんな苦言を彼はこの従者の少女に説き始めている。
 自分への配慮か、それとも別な理由があいつにもあるのか。
 それでもこの話題にストップを掛けてくれたのは正直ありがたいと思った。
 どのみち帰省する旨自体はもうアルス経由で伝わっている。後は淡々と帰省し問い質す。
それだけのことなのだ。
「…………」
 目を瞬き、接する者誰にも優しいお節介を向けてくるこの桃色髪のオートマタ少女とその
主の青年を横目に、ジークは二刀の片方の背で自身の肩をぽんぽんと叩きながら周囲の様子
を確認しがてら眺めた。
 街と街、或いは集落を結ぶ人工の街道。
 その延長工事の警護の任に、今自分達は就いている。
 整備された道以外は、開発の手の及んでいない山野などが接してきている。中にはその奥
地に魔獣らの巣窟──忌避地(ダンジョン)も少なからず含まれているのかもしれない。
 それでも、魔獣を殲滅しなければならない「討伐依頼」よりもこうした「警護依頼」の方
がまだ気が楽である事は否定しようもなかった。討伐は文字通り“ヒトの都合”で魔獣を殺
さなければならないが、こうした依頼はあくまで工事──魔獣らにとっては縄張りを荒らす
行為──を邪魔してくる魔獣を追い払えばそれで済む。……ヒトの都合なのは同じだが。
(仕方ねぇっつっても、やっぱ乱暴なんだろうかねぇ)
 そんな事を思いつつ、ジークはフッと静かに苦笑いを零す。
 何を今更。そういうダーティな“ヒトの正義”を引き受ける為に冒険者(じぶんたち)は
いるのではないか。それだけ、今の自分がグラついているという証なのか。
(いけねぇな。これじゃあ……誰も守れなくなっちまう)
 遠く道を挟んだ向こう側では、他の冒険者らが林野から出てきた有翼の魔獣らを銃や魔導
で撃ち落しているのが見える。
 おっといけない……。
 どうやらぼやっと雑談をしていた間に、工事の前線が大分動いてしまっていたようだ。
 ジークは彼らに追いつくべく駆け出しつつ、サフレとマルタへ肩越しに呼び掛けた。
「おい、痴話喧嘩はその辺にしとけ。工事の連中が進んでる。俺達も場所を移すぞ」

 一方、クランの仲間達は。
「破ッ!」
「ふっ……。甘い甘い、もっと全体に目を配れ!」
 出立に備え、それぞれの時間を過ごしていた。
 何時ものように団員らが抱えた依頼をこなすその合間、ダンとミアの父娘はホームの中庭
で組み稽古を取っていた。
 機敏な動きで鋭い拳や蹴りを放ってくる娘に、ダンは訓練用の模造棍を片手にそれらをか
わしながら、そう指南の声を飛ばす。
『……お父さん。ボクに稽古をつけて』
 言い出したのはミアの方だった。正直言ってダンは内心驚いたものだ。
 普段から感情の起伏が乏しく、あまり自己主張しない娘が自分からそんな事を頼んできた
という驚き。そして娘に頼られたという事に対する父性からの喜び。だからダン自身も手を
抜くことなく、抜くつもりもなく、実戦形式で組み手の相手をしているのだが……。
(やっぱ、例の一件が悔しかったんだろうかね……?)
 廃村での“結社”との対峙。
 目的であるシフォンの救出こそ果たしたが、それと同時に少なからぬ犠牲者を出してしま
ったのもまた事実。
 それを“自分の力が足りなかったから”と責めているのかもしれない。
 分からない気持ちではない。しかし、だが……とダンは思う。
「ぬんっ!」「──ッ!」
 ダンの救い上げるような一撃。
 それをミアは間一髪の所でひゅんとバク転してかわし、着地する。
「……。お前は強いよ、同い年の若造に比べればずっとな。だがな……お前の拳は真っ直ぐ
過ぎるんだ。当たれば強いが、動きが読まれてちゃ当たるものも当たらん」
 どれだけ力があっても“全てを救う”ことなんてできない。
 それは長年冒険者をやってきて何度も災禍──瘴気と魔獣、或いは魔獣化した同胞に見舞
われた人々を目の当たりにし、自身至っている実感でもある。
 幼い頃より、戦う自分の背中を見ていた故の憧れなのか。それとも、もしかしたら「力」
さえあれば自分と妻の仲も取り戻せていたかもしれないという思いなのか。
 しかしそういう動機は……危ないとダンは思う。
 周りが充分に見えてない。真っ直ぐ過ぎるのだと思う。
 それらは、ただそれだけで“自滅”に自らを置く事になりかねない。
 ……自分だって、そうして妻を失う羽目になったのだから。
(血は争えないってか? はんっ。ふざけんなっての……)
 模造棍をブンッと手の中で回しつつ、ダンは内心で哂った。
 親心の身勝手かもしれないが、せめてこの娘には「普通」な幸せを得て欲しかった。
 だがそれでも彼女自身が自分と同じ道を志したのならば、それを無理に妨げるべきではな
いとも思う。
 なにせ心根はとても真っ直ぐな娘なのだ……。表情には出さなくても、そんな多感な心を
無闇に傷付けることはしたくない。
「ミア、もっと相手の隙を作る動きを併せるんだ。ただ攻撃を打ち込めば倒せる相手なんて
のはそう多くねぇぜ? 本命の一撃は、相手を崩した後でいい。その方が確実だしな」
「……うん」
 本当なら、そういうことを膝を詰めて「話したい」のだけど。お互い何とも不器用で。
 だからこの獣人の父娘はこうして拳で語り合うのが精一杯で──。
「あいよ~。いつものね」
「はい。ありがとうございます」
 街のメインストリートでは、レナが建ち並ぶ商店の一角で馴染みの店主とやり取りを交わ
していた。代金を渡し、紙袋に詰められた注文の食材を受け取る。
 義父(ちち)に頼まれての買出し。
 それは普段から任されている手伝いの一つなのだが……。
「ところで。そっちの子は知り合いかい? あまり見かけない顔だけど」
「あ、はい……。大切な、お友達です」
「……」
 今回いつもと違っていた点があるとすれば、それはその傍らにフードを被って半ば人相を
隠したステラが立っていた事であろう。
 店主が小さな怪訝と共に投げ掛けてくる質問に、レナはあくまでそう友人だと答える。
 普段、ホームの宿舎に籠りがちなステラ。だが今日はこうして買出しに出掛けようとして
いた自分に同伴を申し出ていたのだった。
『私もずっと籠ってばかりじゃいられないし……。その、外に出る練習に……』
 レナに断わる理由などある訳がなかった。むしろ友として嬉しくさえ思った。
 だが、今まで魔人(メア)故に外の眼を恐れていた彼女がこうして外界へと打って出よう
とする理由を想うと、レナもまた考えざるを得なかった。
(ショックだったんだろうな……。ステラちゃんも)
 廃村での“結社”との対峙。
 自分を許してくれた──元より特に害を加えられた訳でもないのに許す許さないもないの
だが──仲間が危ない。その思いが籠り切りな彼女を奮い立たせ、結果窮地の皆を救った。
 しかし、それ同時に喪ってしまったものもある。言わずもがな救い切れなかった囚われの
人々、魔獣化してしまった人々だ。
 悔いたのだろう。メア故にある程度なら魔獣を従えることは可能な身。しかしそれは魔獣
と化した人々をその後の迫害から解放できることとイコールではないのだ。
 もしかしたら自分は“ヒトの心を残させた魔獣化”という最も苦痛な最期を彼らに与えて
しまったのではないか? そんな静かな罪悪感ではなかったのか。そうレナは推測する。
「ほぅ。そうかいそうかい。仲良くな」
「勿論です。ね? ステラちゃん?」
「う、うん……」
 だが……それは自分も同じだ。
 買い物袋を片手に、レナはきゅっと締め付けられる想いで胸元を掻き抱いていた。
 自分ができる事は父から学んだ見よう見まねの聖魔導。特に瘴気の浄化術や補助系術式と
いったサポート特化型の力。しかも今まで自分はそれすら内心で疎い、戦いの場に随伴しな
い限りは半ば無意識的に使わないようにすらしてきた節がある。
 でも、果たしてそんな“逃げ”に自分だけ走ってもいいものなのか。
 普段はクランの皆の世話をしていても、自分は名簿上れっきとした冒険者なのだから。
「──ありがとうございました。じゃあそろそろ行きますね。……ステラちゃん、行こ?」
「うん……。し、失礼します……」
「あいよ。毎度あり~」
 そんな内面の思考の中、店主との雑談を切り上げると、レナはそっと未だに震えを収めき
れない友(ステラ)の手を取って踵を返していく。
(……ただ祈るだけじゃ、皆を救えないのなら……)
 ふわっとなびくのは、長い金髪とゆったりとしたローブの裾と。
 そしてその指には文様の刻まれた指輪、魔導具が嵌められていて──。
「はい。確かに受領致しました」
 所変わってギルドの窓口にはイセルナがいた。
 積まれた依頼関係の書類を検め、入力処理を済ませた職員が営業スマイルで言う。ピピッ
と小さな電子音がし、機器から出てきた自身のレギオンカードを受け取ると、彼女は発行さ
れた受領書などを束ねて小脇に抱え、颯爽と窓口から去って行こうとした。
「珍しいな。お前が自ら雑務に来ているなど」
 すると、不意に傍のラウンジから聞き慣れた声がする。
 視線を向けてみると、テーブル席の一角にバラクらサンドゴディマの面々が座していた。
 机上に書類──依頼書が何枚も積んであるのを見るに、おそらく依頼の目星をつけている
最中だったのだろう。
「ただ踏ん反り返っているのは性に合わないもの。皆、頑張ってくれているから」
 言いつつそっと近寄る。
 するとバラクは口角を吊り上げてイセルナの顔を見上げていた。
「そうかよ。……聞いたぜ? 北に遠征するそうじゃねぇか」
「耳聡いわね。そうよ。ジークの件でちょっと、ね」
「……ほう?」
 小声でそっと身を寄せた彼に、イセルナは掻い摘んだ事情を話した。
 ジークの剣──刺客(サフレ)まで放ち“結社”が狙ったものがアーティファクト級の魔
導具であるらしいこと。そしてその出自を質しに、彼がその剣を受け取ったという母の住む
故郷へと赴く事になったこと。
 一時にしても共闘したからという理由もあったが、イセルナは周りの雑音に紛らせるよう
にして語る。
「なるほどな。それで何か分かればいいんだが……。これで小僧のお袋さんが知らぬ存ぜず
じゃあ、お前らの所も骨折れ損ばかりだからなぁ」
「……大丈夫よ。あの子の剣だって作られた物。きっと何処かにそのルーツはあるわ」
 即ちそれはリンファやシフォンの事だろう。
 バラクの反応は相変わらずの皮肉混じりだったが、イセルナは小さく笑うだけで慣れたよ
うに意に介すことはなかった。
「それに……」
 加えて彼女は、
「私達の誰一人、ジークとアルス(あのこたち)を恨んでいる者なんていないもの」
 フッと視線を何処か遠くに向けて、そう愛しさの眼差しで呟いて──。
「ぎゃはっ!?」
 情けない悲鳴を上げて男達がごろごろと地面を転がった。
 その数ざっと十人弱。いや、この間にもぞろぞろと背後の廃墟──彼らのアジトから援軍
よろしく出て来るのが見える。
「くぅ……。場所が割れてたなんて。お前ら、その風体からして守備隊じゃねぇな? 雇わ
れの冒険者か」
 相手はとある郊外に居を構える野盗の一団だった。
 小剣や拳銃など小回りの効く武器を中心に各々武装した、如何にもといったアウトローな
風貌の一団。
「……」
 そんな彼らに相対していたのは、ざらりと太刀を手にしたリンファだった。
 一閃の下に迎え撃たんと飛び掛ってきた彼らを薙ぎ倒し、彼女はゆっくりと彼らの縄張り
へと歩を進めている。
「リ、リンさん」「自分らは……」
「大丈夫だ。皆は軽いフォローだけでいい」
 その後ろには同行してきた数人の団員達。
 だが彼女はあくまで彼らを前線には立たせず、ただ一人として野盗らに立ち向かおうとし
ていた。数では明らかに分が悪い。なのに……野盗らはそんな彼女の威圧感に、只々怯え戸
惑うことしかできないでいる。
「……お前達は“通過点”なんだ。私の快復後の肩慣らしさ」
 ぎらりと。鋼の刀身に静かな闘志を宿したその顔が映り込いていた。
「野盗(おまえら)程度にもたついているようでは話にならない。守らなければならないも
のが、私にはあるのだから……」
 ごくりと。敵も味方も思わず唾を飲む中で、リンファはそうまるで自身が抜き身の太刀で
あるが如くゆっくりと呟く。

「──里帰りだ? まだ入学して三ヶ月目になったばかりじゃねぇか」
 レイハウンド研究室(ラボ)のソファに腰掛けて、ブレアはそう言って眉を顰めた。
 何時ものように本の山の中にちょこんと座る教え子(アルス)と二人──いやエトナも含
めて三人、ゆるゆると指導しされていた中でふと目の前の少年が言ってきたのである。
「はい。今度兄さんが久しぶりに村に帰省する事になりまして。僕もその付き添いに……」
「事務の人の所に届出を出しに行ったらさ、先ずは指導教官にサイン貰ってきてくれって言
うんだもん。だからこの時間まで待ったんだよ?」
 解き終わった問題集を横に置き、アルスとエトナが互いを補足するように答えていた。
 一人は少なからず嬉しそうでもあり不安そうでもあり、もう一人はたらい回しな事務の反
応に少々気を悪くしているようで。
「ふむ……」
 口元に手を当てながら、ブレアはアルスが鞄の中から差し出してきた外出届の書類を受け
取ると、ちらと眼だけを上げて言う。
「そいつは、もしかしなくてもその兄ちゃんの剣──魔導具の件か」
「!? 知って、らしたんですか……?」
「おいおい。俺だってここの教職員だぜ? 教員同士、情報交換の一つや二つ普通にやって
るっての。……と言いたい所だが、実際はバウロのおっさんの方から聞かされたんだよな」
「マグダレン先生に、ですか……?」
 考えてみれば充分過ぎるくらいにあり得る話だ。
 マグダレン先生は魔導工学が専門であり、確か兄の刀を診てくれたと聞いている。その出
自が不明だというのだから、彼自身も気になって他の同僚を当たったという事はあってもお
かしくはないだろう。
 アルスは静かに目を瞬かせつつ、そう内心で納得させていた。
「ああ。おっさん、凄ぇ剣幕でなぁ。『お前の教えている兄弟は一体何者なんだ?』って詰
め寄って来てさ……。その時は俺も初耳だったから知らぬ存ぜずで通したんだが……」
 その間にも対するブレアはふっと肩をすくめて語っていた。
 やれ顔が恐いのに至近距離はキツイだの、やれあんたの専門で分からねぇんなら俺が知る
訳ないじゃんよだの。
「でもびっくりしたぜ。何でもその兄ちゃんの剣、“聖浄器”だそうじゃねぇか」
「えっ? 聖浄器!?」
 だが次の瞬間、ブレアから告げられたその言葉にアルスは思わず驚愕の声を上げていた。
「バ、バカ! そんなデカい声出すなって……! この話、まだ全員が全員知ってる訳じゃ
ねぇんだぞ……」
「す、すみません……」
「……まぁいいや。でも何で知らないんだ? お前、実の弟だろ? 下宿の部屋だって同じ
なんじゃなかったっけ?」
「そうですけど……。でも僕、そんなこと初めて聞きました……」
 ブレアが慌てて身を乗り出して塞いでくる口をもごもごと動かしつつ、アルスは動揺でぐ
らつく眼でこの指導教官を見遣った。
 何故兄さんはそんな大事なことを教えてくれなかったのだろう? もし本当に聖浄器だと
すれば間違いなくアーティファクト級──然るべき機関が預かり、保管すべき代物なのに。
(まさか……)
 しかしややあってアルスは思い至る。そして苦笑を漏らさざるを得なかった。
 おそらくだが、兄に故意はない。……多分忘れているのだ。
 自分たち魔導師にとっては大層な代物だが、門外漢の──そして昔から小難しい勉学は不
得手だった兄にとっては意味不明の単語として記憶されているのだろう。
 それだけならまだ良かった。帰って来てから訊いていれば皆でバックアップできたろう筈
だから。でも実際は、兄が学院に赴いた日の夕暮れにそんなやり取りのインパクトすら凌駕
する出来事が起こっている。言うまでもなく、シフォンさんが“結社”に囚われた一件だ。
 あの時の交戦とその後の混乱は大きなものだった。
 だからこそ兄は責任を感じ、先日ロビーでイセルナさん達に帰省の為の暇を申し出ていた
訳で。でもその時既に、記憶の中には「聖浄器」という専門用語は消えうせていたのだろう
と思われる。
 兄の意識にあったのは、自分の刀が原因で皆が危ない目に遭ったこと、その罪悪感。
 そしてその謂れを母さんが知っているかもしれないという可能性だったのだろう。
 つまり兄は友の一件を挟んだ事で、記憶に急激な篩いが掛けられたとも言えるのである。
(兄さん……。何で忘れちゃうのさ……)
 ぐわわんと慌しく脳裏を掠めていった推測を確信めいた直感に変え、アルスは大きなため
息をついていた。
 少なくとも聖浄器らしい件を話してくれれば、自分も協力する事はできたろうに……。
 “結社”との一件の後感じていた負い目も、自分が一緒に背負ってあげられたのに……。
 そんなアルスの呆れや申し訳なさ、色んな感情が混じった苦笑に気付き、何を思っていた
のかを察してくれたのか、傍らのエトナもまた複雑な表情でこちらを見遣ってくれている。
「……ま、知らなかったなら仕方ねぇわな。俺がこの話をしておいて正解だった訳だ」
 そんな二人のやり取りを横目に映しながら、ブレアはテーブルの上の書類を手にざっと目
を通していた。
 項目がアルスの自筆で埋められていることを確認すると、後ろのデスクに振り向いてペン
立てから一筆を取り出し、サラサラっと指導教官印の欄にサインを走らせる。
「ほれ。これで事務の連中も受理してくれるだろう。そのもやもや、スッキリさせて来い」
 ピッとその書類を差し出し返すと、アルス達にそうにんまりと笑い掛けて。

 出発の日はシフォンの退院の日程に合わせて決められていた。
 その当日、酒場『蒼染の鳥』のドアには「CLOSED」のプレートが下がっていた。
 ハロルドがその木目をサラッとなぞり、そっと踵を返して皆に合流する。
「皆、準備はいいわね?」
「おう。バッチリだ」「ああ。問題ない」
 メンバーはイセルナら創立メンバー五人とミア、レナ、ステラの三人娘。そしてサフレと
マルタ。何よりも当事者であるジークとアルスのレノヴィン兄弟を忘れる訳にはいかない。
 旅支度を整えたイセルナを筆頭に、合計十二人(持ち霊二人を加えれば十四人)。
 そのジークら面子を見送る形で、留守番を任された残りの団員らが店側に立っていた。
「それじゃあ私達が出掛けている間、ホームの事はよろしくね。大丈夫だと思うけど、何か
不測の事態があったらバラクに──サンドゴディマに連絡を飛ばして。彼には助力して貰え
るよう話をつけてあるから」
「ういッス!」「お任せを!」
「大丈夫ですよ団長。俺達でしっかり守ってみせますって」
 次々に自分達のクランに誇りを持って胸を張ってみせる部下達に、イセルナはふっと優し
い微笑みを浮かべてさえいる。
「……」
 だがそんな中にあって、ただ一人ジークだけは少々浮かない顔をしていた。
 腰に下げ、差した六刀。今回の一連の騒動の原因と目されている刀剣の魔導具。それらを
無意識に手で撫でたり握ったりを繰り返しながら、彼は嘆息めいて皆に改めて問う。
「……なぁ皆、本当について来る気なのか?」
「勿論よ。認める代わりにって言ったでしょう? 今回の件は、貴方だけが背負うことじゃ
ない。私達皆で解決すべきことよ?」
「そうだな。せめて共に歩くことくらいは許してくれ。友として、仲間として……ね」
「シフォン……」
 それでも仲間達の答えは随伴のそれで。
 退院し、すっかり元気を取り戻した友(シフォン)の言葉に──見舞いの折、彼自身から
語られた思いを反芻させるようなその言い回しに、ジークは思わず彼の微笑を見返す。
「もう、兄さんったら。……人の厚意は素直に受け取らなくっちゃ駄目なんだよ?」
「そうそう。ジーク一人じゃ危なっかしくて見てらんないもの」
 アルスもエトナも、彼の言葉に追随していた。
 酒場の前を舞台にするように、団員ら同胞らと今回随伴するメンバー達と、ジークと。
「…………」
 皆の眼差しが、笑顔がジークには眩しかった。
 同じ釜の飯を食うといった仲間意識、興味や好奇心、或いは友情、密かな決心諸々。
 元を辿れば自分の所為なのに。なのに皆は自分達の依頼を足早に片付けてまで時間を作っ
てくれた。申し訳なさと嬉しさが、胸の内に同居する。
「……分かったよ」
 だからか、それとも始めから本気で拒絶する意思はなかったのか。
 やがてジークはため息交じりの声を漏らしてみせ、ゆたりと身を翻した。
 眼前に遠く広がっているのは、朝靄にまだ眠っているアウルベルツの街並みとその先に広
がり故郷に繋がっているであろう遠方の大地、おぼろげな稜線群。
「後悔すんなよ? 俺にだって、これから何があるか分かんねぇんだ」
 遠回し。だけどそれは許諾と出発の合図に他ならなくて。
 だからアルス達は、皆はニッと笑い合った。先に足を踏み出していこうとするジークの背
中を一瞥し、ダンがここぞと音頭を取る。
「じゃあ行くとしますか。レノヴィン兄弟の故郷(ふるさと)──サンフェルノへ!」
『応ッ!』
 拳を突き上げ、その期待も不安も一緒くたに抱き込むように。
 肩越しに苦笑するジークとその仲間達の重なる声が、朝ぼらけの街にこだました。


「聞いてませんわ、そんなこと!」
 ユーディ研究室(ラボ)にて、シンシアはそう叫びながら両手でテーブルを叩くと同時に
立ち上がっていた。ガタンと音がし、机上のテキスト類やカップが揺れる。
 ──アルス・レノヴィンが兄と共に故郷に帰省した。
 その報せをルイスから聞かされ、思わず彼女は反射的にそんな反応をしてしまっていたの
だった。
「まぁそうだろうねぇ……。だけど別に、アルス君にはエイルフィードに話さないといけな
いっていう必要とか義務はないと思うんだけど」
 しかし対するルイス自身はあくまで冷静──いや何処となく彼女のそんな反応を楽しんで
いるかのようだった。キンッと上がった声の響きが引いたのを見計らって、彼はそう少しば
かりの弄びな言の葉を加えつつ微笑んでいる。
「ぬぅっ。それは、そうですけれど……」
 だがここで彼の口車に乗って熱くなってしまっては思う壺だ(このゼミで顔を突き合わせ
て以来、嫌というほど経験したためである)。生来の負けん気が抗議の声を上げているのを
無理やり無視すると、シンシアはぐっと堪えるようにして呟き、渋々席に着き直す。
(この前の“結社”との件もそうでしたけど、随分と急な話ですわよね……)
 それでも胸の内のもやもやは打ち消せなかった。むしろトクトクと一層強くなっていくよ
うな気さえする。
 多分、それは「また除け者にされた」という感慨。
 じっと胸元に軽く握った片拳を当てていると、はたとそんなむくれている自分に気付かさ
れて思わずシンシアは眉を顰めた。
(な、何ですのよ……。これじゃあ、まるで私が彼と──)
 そして脳裏に蘇るのは、演習場(アリーナ)でヘトヘトになりながらも自分に全力を賭し
て応え、笑ってみせたあのとても優しい微笑みで。
「……ッ」
 顔が、身体が沸くように熱を持つような気がした。
 ずるい。追いつこうとしても、貴方はそ知らぬ顔で笑い、また何処か自分の預かり知らな
い場所へと赴こうとしている……。
「ヴェ、ヴェルホーク? そ、その。アルス・レノヴィンの帰省先というのは──」
「うん? 何、もしかして追いかけるの? 愛しの彼を?」
「そっ……! そそそ、そんな訳ないでしょう!? いきなり何を仰るのやら……!」
 だからこそもっとルイスから詳しい話を聞いてみようとしたのだが、ルイスは微笑の細目
を僅かに開くとそんなフレーズを浴びせかけてくる。
 ボフッと、身体中が沸騰するような心地だった。気付けば殆ど反射的に否定して怒鳴って
しまっていた。だがそんな彼女の反応を、ルイスはにやにやとほくそ笑んで面白おかしそう
に見遣っている。
(……結構、面白い人だな)
 学年次席とは言っても、本質は同年代の箱入り娘といった所なのだろう。
 ルイスはまた一つ“オモチャ”を確信したようで密かな笑いが止まらない。
(でも。だからこそ彼女には話せないよねぇ……。アルス君とお兄さんの帰省の理由)
 しかしそんな表情も次の瞬間にはなりを潜め、微笑の中、冷静な眼が向けられていた。
 詳細はフィデロからの又聞きであるにせよ、事は重大らしかった。
 何せよお兄さんの持っていたあの六本の剣がこともあろうに“聖浄器”である可能性が高
いという結果が出たのだから。
 フィデロの見立てなら笑って信じなかったろうが、実際はマグダレン先生。こと魔導具に
おいては学院随一の専門家だ。故に十中八九、聞かされた情報は正しいものだと思う。
 フィデロの話では、マグダレン先生はお兄さんにその剣のルーツを調べる──彼にそれら
を託したという母に今一度問い質すべきだと助言したそうだ。だとすれば今回の帰省はその
目的の為だとほぼ確定する訳で……。
(アルス君の才能がアレな分、お兄さんの方も曰く有りってことなのかな……?)
 まだ顔を赤くして何やらもごもご言っているシンシアを見遣りながら、ルイスはそう既に
切り替わった思考の中にずずっと沈んでいく。
「……ヴェルホーク君。あまり彼女を苛め──弄らないように」
「は~い」
 そしてエマも、デスクの上からそんな彼女達ラボ生らのざわめきを窘め、そっとブラック
のコーヒーを淹れたカップに口をつける。

『──それは、本当の話なのですか』
 脳裏に蘇っていたのは、暮れなずみの学院長室。
 エマは急遽呼び出されて同室を訪れ、ミレーユと既に同席していたバウロからその理由と
なる事態を聞かされることとなっていたのだ。
『ええ。マグダレン先生、念の為に確認しますが』
『うむ……。間違いないぞ。少年を帰す前に走査も施させてもらっている。これが、その分
析結果だ』
 バウロの小脇に抱えられた紙の束がテーブルの上に広げられる。
 それは一見すると複雑に多数の曲線が入り乱れたグラフのようだったが、彼女らはこの道
の専門家達。暫くじっとその分析結果に目を通すと、ミレーユもエマも一様に厳しい表情で
眉根を寄せていた。
『認めたくはないですが……。本物の聖浄器、ですね』
『ええ。このストリーム波形とルーンの構造式は間違いなく“魔導開放期”頃の主流様式と
一致する。驚いたわね、まさか一介の冒険者がこのような代物を所有していたなんて……』
『同感ですな。私も何故彼がこのようなアーティファクトを持っているのかを訊ねたのです
が、当人は知らぬ存ぜずでして……。曰く母から託されたものだ、父が昔愛用していたもの
である、と……』
『……レノヴィン君の、ご両親?』
 ミレーユがぴくりと片眉を上げていた。
 その反応に予想はついていたのであろう、バウロは居住いを正して彼女に向き直ると続け
て答える。
『はい。ですので、私は両親に出自を問うてみるべきだと進言した次第です。尤もその両親
ですらルーツを知らないという可能性はありますが……』
『そうね……』
 学院長のデスクの上で、ミレーユは両手を組み、暫くじっと考え込んでいるようだった。
 エマも、バウロも、何か見えない糸に捕らわれたかのようにその場に直立不動の姿勢を取
り、じっと次なる言葉を待っていた。
『……。マグダレン先生、この事は他の誰にも?』
『一応は。ですが一人だけ、彼を仲介してきた私の研究室(ラボ)生のフィスターという者
は少なからずこの事態を知ってしまっています』
『そうですか。それでも、事態の大きさは多少なりとも理解しているでしょう。それとなく
口止めをしておいて下さい』
『承知致した』
 やがて、彼女はスッと椅子に沈んでいた身を起こして二人に指示を与え始めた。
 屈強なバウロすら圧倒する風格で。そこにはにこやかで飄々とした普段の彼女はなりを潜
めてしまっている。
『ユーディ先生』
『はい』
 そしてエマには、また別の指示が下された。
『貴女には、内々に身元の再調査をお願いします。アルス君──いえレノヴィン兄弟の出自
をもう一度洗い直して下さい。取るべき対応は……今の段階で決めてしまうのは些か拙速だ
と判断します』
 ビリビリとこの場に、身体中に緊張が走るのが分かった。
 それでもエマは一度小さく頷くと、
『……承知致しました』
 そう深々と腰を折ってその密命を拝承したのだった。

(……レノヴィン兄弟の里帰り、ですか)
 コトンとデスクの一角に空になったカップを置き、エマは立てていた聞き耳から思案を巡
らせる。
 確かルイス・ヴェルホークはフィデロ・フィスターとは同郷だったと記憶している。おそ
らくは先程のやり取りを聞いた時点で、彼はこの内々の事案について多少なりとも既知の身
となっていると考えてよい。マグダレン先生が一歩遅かったのか、何とも噂に戸口は立てら
れぬとでも言うべきか。
 それでもレノヴィン兄弟自身が帰郷したとなれば、事態は何かしら動き出す公算が高い。
 まだ調査が途中だが……どうやら彼らは少し前に“楽園(エデン)の眼”の一派と交戦し
たという情報も届いている。
(どうやら、ただの里帰りにはなりそうにないようですね……)
 ざわざわと過ぎる暗く黒い不安のような感覚。
 そんな一抹には大き過ぎる胸騒ぎを感じながら、エマは一人静かに嘆息を漏らした。

 アウルベルツ駅から周辺各地に連絡する鉄道網。
 ジーク達はその内の一つ、北域へと向かう特急列車の中にいた。
 庶民にとってまだまだ鉄道は安い移動手段であるとは言えないのだが、それでも車内は多
くの乗客で混雑をみせている。商売人らしき風体の者や自分達と同じく冒険者の類の一団、
或いは旅行と思しき家族連れなど。緩急に揺れるリズムに合わせながら、面々はそれぞれに
旅の一時を過ごしていた。
「本当に、何から何まで……すみません」
 当のジーク達が陣取ったのは、通路の左右に寝台が設けられた車両だった。
 鉄道での旅は数日がかりになる事も、それ故にこうして就寝場所としての設備があるのは
決して珍しい訳ではないのだが……。
「いいのよ、気にしないで。座席で互いが見えるよりも、こっちの方がステラちゃんも少し
は緊張しなくて済むでしょうしね」
 事前に自分達の指定席を予約してくれていたイセルナの意図は、もう少し先の部分に向け
られていたのだった。
 座席がズラリと並ぶ一般の相席よりも、カーテンで間仕切りもでき、他人の視線を和らげ
られるであろう寝台席を。全ては未だ人への怖れを残すステラを、緊張の中での旅路であろ
うジークやアルスを労わっての配慮。
「……本当に、ありがとうございます」
「ふふっ。だから、そんなに畏まらなくたっていいのに」
 だからこそ、ジークは深々とイセルナに対面して頭を下げていた。
 柔和で女性的な微笑を漏らす我らが団長。そんな二人のやり取りを、ステラがこっそりと
寝台の中、カーテンの隙間から覗いているのも気配で確認できる。
「ところで。サンフェルノにはどの位で着くのかしら?」
「……直通な道はないですよ。こいつに乗るのは最寄駅までです。後は乗合馬車と徒歩で村
まで行くつもりです。途中の街道が混んでさえいなければ、日暮れ前までには着きますよ」
「そう。じゃあそれまで貴方もゆっくり休んでおいて? 肝心なのは着いてからよ?」
「……そうッスね。そうさせて貰います」
 軽く彼女からの補足質問に答えると、ジークはそっと踵を返してその場を辞した。
 団長(かのじょ)の言う通りなのだろう。本題は村に着いてからなのだ。
 なのに、自分は既に自身を臨戦という名の緊張の糸で雁字搦めにしてはいないか? だか
らこそ彼女は敢えてゆっくり休め──頭を冷やせと言ったのではないか?
(どうして。何であんた達はそんなに落ち着いてられるんだよ……。そもそもは、俺が)
 通り過ぎ向けられる乗客らの視線。
 ギリッと静かに握り締めた己の両拳。
 ジークは爆ぜそうな内なる感情を堪えつつも、一人車両の中を歩き去っていく。
 一方で、同伴する仲間達は思い思いに旅の一時を過ごしていた。
 ダンとハロルドは向き合って駅弁と麦酒(ビール)缶を開け、少し早めの昼食を。
 レナとマルタは吊革で筋トレをしていたミアや寝台の中でじっとしていたステラを回収す
ると、寝台の中とその足元に持って来た椅子に着き、女子四人の談笑と洒落込んでいて。
 サフレはじっと静かに読書を。
 向かいのシフォンは得物たる弓の手入れに余念がなく。
 リンファは一人、流れてゆく車窓の風景を眺めつつ何やら物思いに耽っている。
「──こんな所にいたんだ?」
 そんな時間がどれだけ流れた頃だっただろうか。
 車内を歩いていたアルスとエトナは、ようやくジークの姿を見つけていた。
 場所は、車両同士の繋ぎに当たるトイレ以外何もない空きスペース。
 ジークはその一角の壁に背を預けて、ぼうっと長方形なガラス窓越しに景色を眺めるよう
に佇んでいたのだった。
「……何だよ。まだ村までは長いぞ? 休んでろよ」
「僕達なら大丈夫。それに、それはこっちの台詞だよ?」
「そそ。何一人でたそがれてんのさ? そんなに村に帰るのが嫌なわけ?」
「……別に」
 二人がそう声を掛けるも、ジークは曖昧な返事ばかりだった。
 だが、何ともないと答える割には明らかに機嫌が悪いようにも見える。
 エトナが「むぅ」と唇を尖らせているのを苦笑して見遣ると、アルスはゆっくりと口を開
いていた。
「……自分の刀が聖浄器だって知って、やっぱり迷ってるの?」
 即答はなかったが、その言葉は効果てきめんだった。
 それまでぼうっと窓の外を向いていた兄が、はたと目を見開いて自分を見遣ってくる。
「ブレア先生から聞いたんだ。先生自身もマグダレン先生から問い詰められたらしいんだけ
どね。……兄さんのことだから、専門用語だし、忘れてたんでしょ?」
「……あ、ああ。そうだ。そっか……セージョーキ、だったな」
 アルスは静かに苦笑していた。
 やっぱり。エトナがジト目になっているが、アルス自身は別段責めるつもりはなかった。
むしろこのフレーズを兄が忘れていて助かったとさえ、今では思っていた。
 もし皆にこの事実が知れていれば、今ほど皆はリラックスした旅を満喫できていなかった
だろうからだ。遅かれ早かれこの事も知れる所となると予想はできていたが、同じだった。
 ──兄さんのように、僕も皆に過大な心配を掛けたくはなかったから。
「兄さんは……抱え込み過ぎなんだよ」
 ぽつりと。アルスは呟いていた。
 静かに兄が眉根を寄せている。何か反論されるか、或いはお前には関係ないと突っ撥ねら
れるか。しかしそれでも退くつもりはない。
「皆も言ってくれてるように、今までの“結社”との一件は兄さんだけの所為じゃないんだ
よ? そんなに負い目で自分を責め続けないで」
「……お前らには、関係ねぇよ」
「ッ! あのねぇ──!」
「エトナ。いいんだ」
 そして案の定、自分をあくまで巻き込むまいと避けようとする兄の応答。そんな彼を叱咤
しようと声を上げるエトナ。だがアルスは彼女を片手で制すると続けた。
「聞こえなかった? 僕は兄さんの“だけ”のせいじゃないって言ったんだよ?」
「……?」
 怒る訳でもない、だが確かな意思。
 今度は、僕の番──。アルスはふぅっと一度大きく深呼吸をしてから言う。
「ねぇ、多分気付いてるよね? 兄さんは今、昔の僕らを重ねてる。自分の所為でマーロウ
おじさん達を守れなかったあの日みたいに。……恐いんだよね? また自分の所為で仲間や
大切な誰かが失われてしまうのが」
 眉根をぎゅっと寄せていたが、ジークは何も言い返さなかった。
 それは図星だからか、或いは向き合う自分の弟があまりにも強い眼をしていたからか。
「でもさ……。それは僕だって同じなんだよ? そもそもあの日、僕が精霊たちの声を聞い
て無理に飛び出して行かなかったら、もっと違った結末があったのかもしれない」
「……。アルス……」
「責任があるのは、僕なんだ。同じなんだよ……。兄さんがそう思ったように、僕も、力が
欲しいと思った。もう同じ思いをしないように、誰も傷付けないように、皆を救うことので
きる力が欲しかった。だから僕は魔導を学んできた。だからアカデミーにも入学したんだ」
 ジークは口を半開きにして黙っていた。
 単にそれは驚きだけではない。普段大人しい性格の弟が抱いていた決意が自分のそれとま
るで瓜二つであり、そして自分の所へ下宿してきた意味も……。
「だから、兄さんだけが背負うなんてさせない。兄さんの苦しみは……僕も一緒に背負う」
「……アルス。まさか、お前が魔導を学んでる理由って──」
 だが、ジークのその言葉は最後まで紡がれることはなかった。
 次の瞬間、列車全体をそれまでにない激しい揺れが襲ったからである。
「な、何だ!?」
「分からない……。でも、これって……急ブレーキ?」
 数十秒の後、やがて揺れは収まった。前後の車両からは乗客達の戸惑いや混乱の声が重な
り合って聞こえてくる。
 だが、それまで続いていた前方への動きが感じられなくなっていた。どうやら列車が突然
止まってしまったらしかった。
「一体何が……?」
 いきなりの事で戸惑いを隠せるわけもなく。
 大きな疑問符と共に、三人はお互いの顔を見合わせていた。


 最初に異変を察知したのは、列車の先頭でその操縦桿を握り、一方は各種計器に目を配っ
て状況の指示を送る運転手の二人組だった。
「え~、次はリムデール。リムデールに停まります。お出口~右側です」
 その副運転手が、車内アナウンスで次の停車駅が近付いている旨を放送している。
 だが、そんないつも通りの運行は次の瞬間、終わりを告げていた。
 拓かれた緩やかな丘陵に延々と敷かれた線路の上に、突如として何者かの人影を認めたか
らである。
「な……っ!?」
 当然ながら、運転手は反射的に急ブレーキをかけていた。
 列車全体がその操作の結果、激しく揺れた。背後の運転室のドアの向こうから乗客達の悲
鳴や転倒と思しき物音が重なって聞こえてくる。
 幸か不幸か、列車はその人影の鼻先数センチの所で停止した。
「ばっ、馬鹿野郎ッ! 何突っ立てんだ、死ぬ気か!」
 運転席の横窓を開いて外に身を乗り出し、運転手の片割れが原因となったその人影に怒号
を飛ばした。
 しかし……様子がおかしい。まるで彼の者の反応がなかったのだ。
 しかも目を凝らしてみれば、その格好はまるで戦場から帰ってきてすぐであるかのような
ズタボロになった神父風。被ったフードも同じく薄汚れ、俯き加減の表情はよく窺えない。
「……お、おい。聞こえてる、か?」
 思わず顔を見合わせる運転手二人。そして次に向けた声色は、不審からくる怯えですっか
り気勢が削ぎ落とされてしまっていて。
「──ク、……ィン」
「あ?」「何だって?」
 代わりに人影から聞こえてきたのは、断片的な、無機質な呟きの声。
 二人は眉根を寄せて、頭に疑問符を浮かべてその声に耳を傾けたのだが──。
「ジーク、レノヴィンッ!!」
 次の瞬間だった。
 くわっと叫ぶように、顔を上げたその神父風の男──“結社”の信徒・ダニエルのその両
眼は、血に染まったような赤だった。
 その刹那、そんな彼の身に変化が起きる。
 突如として身体中からどす黒い靄(オーラ)が、瘴気が迸ったかと思うと、
「ォ、オォォォォォォ……ッ!!」
 その身が巨大な爬虫類の姿をした怪物に変わったのである。
「ひっ……!?」
「ま、魔獣ぅ!?」
 その姿は、一言で表現するなら“ゴツゴツとした巨大イグアナ”だった。
 大型鋼車一台を軽く超える巨体を包むのは、岩肌のようなゴツゴツとした体表。隆々とし
た六本足は踏みしめる地面を、レールをぐにゃりと歪ませている。
 何よりも、その額に位置する肌には、虚ろな目をしたダニエルの顔面が埋もれるようにし
て蠢いてさえいたのだ。
「なっ、何でこんな所に魔獣が……」
「知るかよそんな事……って、来たぁ!?」
 当然ながら、二人は焦っていた。少なくとも一介の鉄道職員が対応できる事態ではない。
 しかしそんな狼狽すらも吹き飛ばすように、次の瞬間、魔獣と化したダニエルが運転席に
向けて突っ込んでくる。
 正面の大型窓は一瞬にして粉砕された。
 情けない悲鳴を上げてその場から我先にと逃げ出す運転手二人。
 そこにはスイッチをオンにしたままの車内アナウンスと、突っ込まれた衝撃で再びフルス
ロットルに入ってしまった操縦桿が残されて──。
「おいおい……。こいつあ……」
 だからこそ、ダンやハロルドらを始めとしたこの列車に居合わせていた者達は、放置され
る形でだだ漏れてくるアナウンスから何が起きているのかを断片的にながら知り得ていた。
「魔獣、ですか。それにあの叫びは」
「ああ。だがそれよりも今は客どもの避難誘導だ。ハロルド、お前は何が起きてるか見てき
てくれないか? 魔獣相手なら、お前の結界も効く筈だ」
「なら、僕も行きます」「わ、私もご一緒します!」
「……はい。では護衛を宜しく頼みます」
 急停止した列車が、再び動き始めていた。
 一度無理やりレールの上を通るように大きく列車が揺れ、こうしている間にもどんどん加
速しているらしい事が体感として伝わってくる。運転手がすたこらと逃げてしまっている事
も聞こえてきたので、誰かが操縦桿まで行かなければ、全員がクラッシュに巻き込まれてし
まう末路は確実であろう。
 すぐさま同行を申し出たサフレとマルタを伴い、ハロルドは混乱で人々の叫びがこだます
る中を駆け出してゆく。
「ったく。よりによってこんな形で逆襲とはな……」
 非常事態だから仕方ないとはいえ、乗客らの我先にという逃げ惑いっぷりにダンは内心辟
易したい気分だった。
 走り出してしまった以上、ここは密室に近い状態にある。どうすれば彼らを救えるか。
「……。ちょいと荒療治だが、他に方法はねぇわな」
 論理的思考というよりも、長年の冒険者としての勘で以ってざっとプランを描き、ダンは
踵を返して仲間達と、そして乗り合わせた他の冒険者(どうぎょうしゃ)らを集め始める。
『ジー、ク……レノ、ヴィンッ!!』
 アナウンスから断続的に聞こえてくる、ダニエルのそんな狂気の叫びを耳にしながら。
「──あの、野郎ぉッ!」
 その声は当のジーク達にも届いていた。
 少々くぐもってるが、間違いない。あの時の似非神父の声だ。
 また、俺の周りの人間を巻き込もうってのか……! ジークはギリリと拳を握り締めた。
「に、兄さん落ち着いて!」
 今にも声のした方、列車最前部の運転席へと駆け出そうとする兄を、一方でアルスは必死
に引き止めようとしていた。
「これは罠だよ! 状況ははっきりしないけど、兄さんを誘い出す気なんだ!」
「そんな事は分かってる! 放せ、アルス! このまま黙ってられるか!」
 だがそれでも兄は一人駆け出そうとするベクトルを止める事はしなかった。
 無理もなかったのかもしれない。
 いくら普段は気丈に振る舞っていても、度重なる“自分の所為で起こる厄災”の連鎖。
 一見相変わらずのぶっきらぼうに見えても、兄のその精神はじわじわと嬲られ続けていた
筈なのだから。
「で、でも……!」
「だからって飛び込んでどうするのさ! カッとなったままじゃ、死ぬよ!?」
 列車が揺れている、動いている。いや……ドスンと大きな音と衝撃が頭上から響いてくる
のが伝わってきた。魔獣(ダニエル)が移動を始めたのか。
「俺はどうでもいい! このままじゃ、列車ごとあの野郎にぶっ潰されるだろうが!」
 落ち着け。そう止めようとする弟とその持ち霊の手を、ジークは振り払っていた。
「兄さん!」「ジーク!」
 腰に差した六刀──アーティファクト級の魔導具たる“聖浄器”達。
 その得物を激しく揺らして、制止しようとする二人を引き離して、それでも負い目の青年
は全力疾走でその場から飛び出していってしまう。

 逃げ惑う乗客の人ごみを掻い潜り、ジークは途中で自分の姿を認めて合流してくれたリン
ファと共に列車の最前部へと駆けつけていた。
「ジーク君、それにリンファも」
「た、大変なんですっ。魔獣が……」
 するとそこには、逃げ出してしまった運転手の代わりに既にハロルド達の姿があった。
 三人は操縦桿を握り、計器の数値を読み、期せずして走る密室と化したこの列車の制御を
代行してくれていたのだ。
「ああ、分かってる。……上か?」
 マルタが振り向きおたおたと声を漏らしている様に頷いて、ジークは天井を見上げた。
 既に運転席は魔獣が突っ込んできた際の衝撃で粉砕されており、半ば野晒し状態になって
いた。加えて天井は乱暴にぶち破られており、金属の天井プレートには大きな風穴が空いて
しまっている。
「はい。どうやらここを伝って屋根の方の上っていったみたいなんです」
「一応ハロルドさんがすぐに周囲を結界で覆って奴の動きを鈍らせてはいるが……運転もし
ながらでは長くはもたないだろうな」
「列車の方は私達が何とかします。二人とも、すみませんが──」
「分かってます。元からそのつもりなんで。リンさん、行きましょう」
「ああ。ハロルド、そっちは頼んだぞ」
 最低限の応急処置は施され始めているようだった。
 だが、肝心の元凶である屋根の上の魔獣を退けない事にはそれも根本的な解決にはならな
いだろう。ジークとリンファはハロルド達に運転制御を任せると、風穴をよじ登り屋根の上
へと上がっていく。
「──……」
 そこには、巨大なイグアナのような魔獣がいた。
 二人が加速の風に煽られつつも屋根の上に立つと、背を向けていたその巨体はのそりと鈍
重な動きで振り返り、額に埋もれている男性の──ダニエルの虚ろな顔を対面させる。
「ジー、ク……。ジーク、レノ、ヴィン……ッ!」
 それでもヒトならざる身となった彼から紡がれるのは、怨嗟のような掠れ声だった。
「やっぱ、あの時の似非神父か……」
「よもや魔獣化してまで襲ってくるとはな。気をつけろ、ジーク。あれは確かバシリスクと
いう種だと記憶している。しかし本来はもっと乾燥した環境に多い筈なんだが……」
「それは今は置いときましょうよ。少なくとも、現にこうして襲ってきてるんだ」
 言って、ジークは二刀を抜き放った。リンファも続いて太刀を抜く。
 のしりと小さく身じろぐダニエル──もとい魔獣・バシリスク。
 真っ先に動いたのはジークだった。ぐっと両脚に力を込め、屋根を蹴って駆け出す。その
動きにバシリスクも応じていた。二刀を引っ下げて突っ込んでくる彼に向けて、大きく口を
広げ始める。
「……ッ!? ジーク、避けろ! いなすな!」
 だがその動きを見て、リンファは何かを思い出したように叫んでいた。
 その声に、ジークは反射的に駆けていた運動ベクトルを横へと逸らす。リンファも言って
飛び退くようにその場を離れる。
 するとどうだろう、バシリスクの口から収束した灰色の光は光線となって放たれ、先程ま
で二人のいた空間を薙いだのである。
「……こいつは」
 加えて、そのヒットした部分、屋根の一部は急激に熱を帯びつつ“石化”し始めていて。
「……思い出せてよかった。石化の光線だ。まともに触れれば動けなくなる。掠ったとして
も、おそらくはこんな感じになる。奴の突進で粉微塵にされるのがオチだな」
「な、なんつー厄介な……」
 ジークは二刀を握ったまま息を呑んだ。
 彼女の咄嗟の判断がなければ、今頃自分は石像にされていただろう。これでは下手に近付
くことも難しい。
(どうする? ただでさえ、ここは足場が悪いってのに……)
 奥歯を噛み締めて、ジークは熱している自分を諫めつつ思案した。
 状況は決して良くはない。足場もさることながら、この下には未だ数千人単位の乗客が逃
げ惑ってもいるのだから。
(でも……。俺達がやるっきゃねぇんだ)
 ジークはもう一度刀を握り直し、リンファの方を見遣った。対する彼女も同じ事を考えて
いたらしく、コクリと頷いてくれるのが見える。
 石化光線は確かに厄介だ。
 だが大きくかわせれば、相手は間違いなく隙ができる。そこを一気に叩けば……。
 再び大きく口を開くバシリスク。ぐぐっと両脚に力を込めて散開する姿勢を取る二人。
「──お願い、征天使(ジャスティス)!」
 だが次の瞬間だった。
 飛び出そうとした二人の前に巨大な影が庇ってくれるように降り立ち、放たれた石化光線
をその盾から生じた障壁で掻き消したのである。
「な、なんだぁ……?」
 目を丸くしてジークがその巨躯を見上げる。
 それは、巨大な“天使”に見えた。
 六枚の白い翼を持った、鎧に身を包み剣と盾を携えた天使。
 ジークとリンファがその想定外の援軍(?)にぼうっとしていると、天使が次の行動に移
ろうとしていた。掲げた盾をそっと引き、今度は手にした剣を振り上げる。
 一閃。大上段からの斬撃が、バシリスクへと叩き込まれていた。
 敵意を察知して当のバシリスクも身をよじろうとしていたが、その身は鈍重の類。天使か
らの攻撃をかわし切ることは叶わず、左の肩──前足付け根部分を中心に深々とした裂傷を
刻まれる。
 そして上がった、バシリスクの絶叫。赤黒い大量の血飛沫。
 鈍重な筈の魔獣の巨体も、流石に額のダニエルの顔を苦悶に変えてのた打ち回った。
「ジークさん、リンファさん、大丈夫ですか!?」
 聞き慣れた、それでいて緊張した声色がする。
 二人が振り向くとそこには、風穴からよじ登ってくるレナの姿があった。
 慣れないアスレチックな場面を、同伴してきたステラの差し伸べる手に支えられて何とか
通過して、彼女らは一層目を丸くしたジーク達の傍らへと駆け寄ってくる。
「レナ、ステラ……。お前らどうして」
「もしかして、この巨体は……?」
「そうだよ。召喚型の魔導具・征天使(ジャスティス)。レナのとっておき」
「……そっか。ありがとよ、コイツは心強ぇや」
 言われ、恥ずかしそうに指先の指輪──この巨大な天使の本体を撫でているレナの代わり
にステラが答えていた。
 思わぬ援軍だ。それにしても、レナが自分から戦いに来てくれるなんて……。
 ニッと笑い返してやりながらもジークは思った。
「目には目を歯には歯を、デカブツにはデカブツだな」
 二刀を構え、のた打っているバシリスクに警戒の視線を向けままの“征天使”と横並びに
なる。
 レナとステラを背後に控えさせて、再び構えるジークとリンファ、そして征天使。
 対するバシリスクも、肩口から血を流しつつも魔獣の再生能力で持ち直しながら再び向き
直り、再度攻撃をしようとしてくるのが見えた。
「──前ばかりじゃないのよ?」
 だが今度は背後からの邪魔が入った。
 口を大きく開こうとしたバシリスクを、強烈な冷気の波が圧し倒していた。ギシッと列車
の屋根がその衝撃で凹む。
「団長!」「イセルナ」
 ジーク達の持ち上げた視線の先、バシリスクの背後の中空に、イセルナがいた。
 持ち霊・ブルートと合体し、冷気の翼を纏った飛翔形態。始めから全力全開で加勢してく
れている団長の姿。
「遅れてごめんなさいね。今、ダン達が皆を後ろの車両に誘導しているわ」
「避難が完了した後、ここと後続車両とを切り離す。それまで時間を稼ぐんだ!」
「分かった! 任せとけ!」
 そして中空から叫ばれた作戦、仲間達のフォローの全容を知り、ジークは頷いて叫び返し
ていた。少なくとも乗客をこの場から逃せられれば、後は存分にぶちのめせる。
「……来るぞ!」
 正眼に太刀を構えたリンファの叫びが合図だった。
 三度バシリスクから放たれた石化光線。それを征天使の障壁で掻き消すと、ジークとリン
ファはその発射後の隙を突いてぐんと屋根を駆けてゆく。
 懐に飛び込んで来た二人に、バシリスクは雄叫びと共にその巨体を振るってきた。
 振り降ろされる強靭な脚や尾。そのひどく重い一撃を一つ一つ、撹乱しつつ避けながら、
二人は錬氣を込めた斬撃をぶつけては飛び退いていく。
「じっとしてなさい!」
「盟約の下、我に示せ──悪魔の擲槍(デモンズジャベリン)!」
 そんな二人を、イセルナとステラが援護した。
 中空からは冷気の翼の羽ばたきから放たれる無数の氷の刃を。頭上の紫色の魔法陣からは
血色の文様に彩られた槍状の闇を。バシリスクは身体を、そして最大の武器である口を、彼
女達の魔導によって塞がれる格好となる。
「グ、オォォォォッ!!」
 だがバシリスクもやられっ放しでいる筈はなかった。
 身体中に刺さった氷や血色の槍を激しくもがきながら振り払い、引き千切ってゆくと、同
時にまた口の中に石化光線のエネルギーを収束させ始める。
「なっ、至近距離で!?」
「くっ……! 退け、退くんだ!」
 こうなると、ジークとリンファも肉薄し続ける訳にはいかなかった。灰色の光が強くなっ
ていくのを瞳に移しながら、急いで散開し、大きく距離を取り直そうとする。
「──いや、その必要はないよ」
 だが、また変化があった。
 ポツリと呟くような声が聞こえたかと思ったその刹那、マナを纏った一条の輝きが寸分の
狂いもなくバシリスクの顔面──ダニエルの右目に命中したのだ。
 堪らずバシリスクは痛みに咆哮し、その所為で石化光線はあさっての方向の空へ消える。
「車両の方はダンとミアちゃん達に任せてきた。僕らも加勢するよ」
「大丈夫!? 兄さん、皆!」
「ああ……。大丈夫だ!」「すまない、助かった」
 背後、イセルナの眼下の屋根から蓋を開けて姿を見せていたのは、弓を放った姿勢のまま
のシフォンとその傍らに張り付いて風圧にふらついているアルスだった。
 ジーク、そしてリンファが答えると二人はフッと安堵したように笑った。そしてアルスが
自分達で挟み撃ちにしている魔獣をじっと見て、叫ぶ。
「皆、先ずは背びれを壊して! バシリスクの光線のエネルギーは背びれから取り込んでい
るんだ!」
「本当か? 分かった! ……ん? でもアルス、何でお前そんなこと──」
「何をぶつぶつ言っている、来るぞ!」
 アルスからの作戦指南。ジークは反射的にそれを信じ受け取ったが、同時に何故そんな事
を弟が知っているのかという疑問が思考を過ぎった。
 しかし既にバシリスクは動き出しており、リンファがぼやく暇すら与えない。
「盟約の下、我に示せ──大地の加護(ガイアディフェンド)!」
 先ずは薙ぎ払われた尾を飛び退いてかわし、アルスが完成させた詠唱がジーク達の身体の
表面に土色のオーラを付与する。
 振り上げた脚、吐き出す石化光線。
 だがそれをジーク達がかわし、或いは掠ってしまう度に、まるでそのダメージを受け止め
るように薄らと土色の壁のようなものが見え、石化も痛手も防いでくれていた。
 どうやらアルスの掛けてくれたこれらは、防御系の術式であるらしい。
「兄さん、早く背びれを!」
「ああ、分かってる!」
 巨体からの迎撃、それを押さえ込もうと飛んで来るイセルナやステラ、シフォンからの援
護射撃。その雨あられの中を掻い潜って、ジークはリンファと併走し、再度バシリスクの懐
へと切り込んでいく。
「トナン流錬氣剣──」「おぉ──」
 両側を挟んで二人が跳んだ。
 どっしりと構えた横撫での太刀と、振り上げた大上段の二刀。錬氣を宿した一撃を、
「鬼刃(きじん)!!」「らぁッ!!」
 二人はすれ違いざまにかの魔獣の背びれへと放って斬り結ぶ。
 バシリスクは悲鳴にも似た断末魔の声を上げた。二人の渾身の一閃に、ゴツゴツと生えて
いた背びれが縦に横に斬り捨てられ、走り続ける列車の遠景の中へと吸い込まれて消える。
「おっと……」
「はわっ。だ、大丈夫ですか?」
「ああ。フォローすまない」
「お、おぅ……。悪ぃ」
 そして跳躍した余り屋根の外へ飛び出しかけた二人を、イセルナとレナの征天使がしっか
りと受け止めてフォローしてくれる。
 イセルナに手を取られてぶら下がったリンファが、征天使の掌に乗っかったジークが、そ
れぞれに苦笑を漏らして礼を述べていた。
「お~い! あんたらだな? 乗客の誘導が完了した、衝撃に備えてくれ!」
 するとドタドタと運転席に駆けてきた人影があった。
 風貌はジークらと同じく冒険者。どうやらダンらと共に避難誘導をしてくれていた一人で
あるらしい。
 彼は運転席の風穴からこちらを見上げると、そう準備完了の報せを持って来てくれる。
「分かりましたー! そちらも手筈通りお願いしま~す!」
 一番風穴に近いレナが眼下の彼に返答をした。ハロルドやサフレ、マルタと共に彼は大き
く頷く。するとまた数歩車両の方へと駆け出し、後続の仲間達に手旗の合図を送った。
「よぉし……。それじゃあ、切り離すぞ!」
 車両を切り離すその境目の位置にスタンバイしていたダンが、その合図を見て振り向いて
叫んだ。ミアや誘導に協力してくれた冒険者らと共に、車両同士を結んでいる連結器の隙間
へぐぐっと蹴りを込め始める。
「う~……っ」
「にぎぎ……!」「ぐぬぬ……!」
「どう、りゃぁぁぁッ!!」
 やがて大人(ミアも一応は成人だ)達が一斉に加えた力が、ぐらりと連結を緩め始めた。
 こうなると後は力を込め続けるのみで、車両は遂にバシリスクが乗っている車両と残りの
乗客達がまとめて避難した後続車両に分断される。ダンらが振り落とされないようにサッと
飛び乗り直す中で、切り離された後続車両が乗客達の不安げな眼差しと共にどんどん遠退い
ていく。
「切り離し成功だ! 速度を上げろ!」
「……了解!」
 運転席へダンが叫び、ハロルドがぐっと操縦桿をフルスロットルに前倒しして自分達の残
る車両を加速させた。ぐんぐんと速度は上がり、動力を持たない遠くレールの上の後続車両
との距離はますます離れ、その姿が豆粒以下に小さくなる。
 そんな変化をバックミラー越しに確認し、ハロルドが風穴の先のジーク達に叫んだ。
「作戦成功です! バシリスクを外へ弾き飛ばして下さい。こちらもすぐ追いつきます!」
「う……ういッス!」
 飛翔態のイセルナやレナの征天使に庇って貰いながら、ジーク達は衝撃に備えて屋根にし
がみついていた。
 これで乗客という憂いは排除できた。後はもっと別な場所に似非神父を隔離して──。
「吹き飛ばして、征天使(ジャスティス)!」
「え? ちょ、待っ」
 すると次の瞬間、レナの呼び声と共に征天使が急に加速して、背びれを失ってうめいてい
たバシリスクを突進と共に列車から弾き飛ばしたのである。
 先刻から征天使当人(?)に抱えられていたジークも、当然その爆発的な加速の風圧に晒
される格好となり、ぐわんぐわんと脳味噌を揺さ振られる格好になった。
「……レ、レナ。お前って、結構大胆なんだな……」
「え? あぁっ!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 冷気の翼を纏う伴霊族(ルソナ)の女戦士と、巨大な天使を従えた有翼の少女。
 彼女達に運ばれるようにしてジーク達は列車から離れ、地面に降り立った。
 衝撃がよほど凄かったのだろう。バシリスクは大きな転がりの軌跡を長々と地面に残し、
ピクピクと悶えているようにも見える。
「あはは……」
「ぼさっとしないで。皆、とどめを刺すわよ!」
 そしてジーク達はよろめいて立ち上がろうとするバシリスクに向き合った。
 咆哮。そこに最早かつてダニエルという一人の人間だった面影はない。ステラが無言で眉
間に皺を寄せる中、面々は一斉に地面を蹴る。
 アルスの助言の通り、バシリスクはもう光線を吐けなくなっていた。
 だとすれば、後は巨体の薙ぎ払いを封じればいい。
 アルスとシフォン、ステラの援護射撃を受けて、ジーク達は最後の抵抗をみせるこの狂信
の徒の成れの果てを追い詰めていく。
「おぉぉぉぉ!!」
 そして──ジークが駆け抜けざまにその腹を深々と斬り裂いたのが決め手となった。
 辺りに響いた断末魔。
 ブバッと血飛沫が上がり、ジークの背後でどうっとバシリスクの巨体が地面に倒れ込む。
 そうしていると、ようやく停車させた車両からハロルド達が合流してきた。
「やりましたか?」
「ええ……。何とか」
 流石に疲労して、ジークは肩で息をしながら振り返っていた。
 しかし、そんな彼の横を通り過ぎてバシリスクの方を見ようとしたダンは「む?」と眉根
を寄せて呟く。
「……この野郎、まだ息があるぞ」
 確かに、よく見てみるとバシリスクは再生が追いつかないほどの大量出血に見舞われなが
らも、まだ辛うじて虫の息を残していた。
 その言葉を聞いて小走りに集まってくる仲間達。
 暫しじっとダンは黙っていたが、そのまま戦斧を取り出して振り上げ……。
「待って下さい」
 だが、その手をジークは止めていた。
 視線を向けてきたダンに、彼は真剣な──自身に何かを課すかのような眼で言う。
「俺が殺(や)ります。けじめをつけなきゃいけないのは……俺なんです」
「……分かった」
 斧を下げて、ダンが一歩下がった。
 代わって、バシリスクのすぐ傍らに立ったジークは。
「これで……ようやくお終いだ。似非神父」
 そう呟くと、正眼から振り上げた刀にありったけのマナを込め、その太くゴツゴツとした
魔獣の首へと刃を一気に振り下ろして──。

 かくして、突然の襲撃事件は解決をみた。
 しかし何の了承もなく車両を切り離され運行を乱されたとして、鉄道当局やまるで頼られ
なかった所管の守備隊の担当者らにはこってりと絞られる羽目になってしまった。
 ──理不尽な。こっちは必死の思いで倒したのに。
 ジーク、そして仲間達は少なからずそんな事を思ったものの、言った所で理解される保証
など何処にもない。所詮は“保身”や“不変”にしか関心がないのだ。ジークは説教されな
がらそう結論付けて適当に話を聞き流す事にしていた。
 故に、当局から解放され、再びサンフェルノへの旅路に戻った頃には予定は大きく狂って
しまっていた。急いでダイヤを確認し、村の最寄の駅に着いたのは日も暮れてしまった後。
 仕方ないにしてもずんと身体に纏わりついた疲労感を供に、ジーク達は薄暗くなった林道
の中を歩く結果となっていた。
「……すみません。俺の所為でまたこんな……」
「いいのよ。仕方ないじゃない。“電車が事故で遅れた”のだもの」
「そうだよ? だから兄さんが悪いんじゃないんだよ。ね?」
「……。分かったよ。そういう事にしとく」
 旅荷を背負いぼやくジークに、弟からは、仲間達からはあくまで許してくれる言葉が返っ
てくる。少々トーンを落としジークは不承不承よろしくやり取りを収めこそしたが、やはり
自責の念が消えるようなことはなかった。
(やっぱり、俺が村になんて……)
 ぶり返してくる帰省の躊躇い。遅れる旨は道中で連絡を入れたが、果たしてこれで如何ほ
どの迷惑を重ねたことになるのか。
「──あ、来た来た。お~い!」
 だがそうしていると、その時はやって来た。
 ふと目に飛び込んでくる、夜を照らす集落の灯り。こちらに手を振ってずらりと待ち構え
ている多くの人影。
「皆……。母さん、先生……!」
 アルスがぱあっと心なし明るい顔になって先んじて駆け出していた。ジーク達も顔をちら
と見合わせると、同じくやや歩む速度を上げる。
「……」
 待ってくれていた。遅くなると言ったのに。
 村の、故郷・サンフェルノ村の入口の前で、村の皆が灯りを焚いて待ってくれていた。
「おぅ! 随分と掛かったな!」
「ブルートバードの皆さんですね? どうも。ジークとアルスがお世話になってます」
 見間違う訳がなかった。皆の顔。歳月は経っているとはいえ、記憶にあるそれと、彼らは
綺麗に次々と一致していく。
「──お帰りなさい」
 ハッとなって、ジークが、そしてアルスが視線を向けた。
 村の皆のやや中央拠りな位置。そこに立っていたのは、簡素な白エプロンを纏った、一人
の柔和な顔立ちな黒髪黒瞳の女性で……。
「母さん……」
 兄弟は躊躇いと嬉色と、互いに別な感情を漏らして母──シノブ・レノヴィンを見遣る。
 だが彼女はそんな“不安”も何もかも、全てを包み込んで癒してくれるかのよう。
 歓迎の意。彼女はそんな村の仲間達と共にフッと小首を傾けて微笑むと、
「お帰りなさい。……久しぶりね。ジーク、アルス」
 そう静かに優しく、息子達を迎えてくれたのだった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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