日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ネガおじさん」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雪、憂鬱、屋敷】


 とある町の一角に、その男性は暮らしていました。
 彼は、知る人ぞ知る──特に子供達から、通称「ネガおじさん」と呼ばれています。
 ボサボサの黒髪と、微妙にズレている黒縁の丸眼鏡。着古したワイシャツとズボンの上下
に身を包み、一方で首から下げているカメラは対照的にいつも綺麗に磨かれています。
 歳は三十代後半──いえ、四十代と言っても通用する容姿かもしれません。或いは実はも
っと若いのかもしれませんし、誰も彼の本当の年齢を知りませんでした。

 おじさんは、しばしば町中に現れては日々そこにある風景をカメラに撮っています。十中
八九、写真が趣味なのでしょう。その見た目と普段の挙動からは怪しさしかありませんが。
 レンズを向けるのは、人や物、何でもござれ。
 彼が子供達にある種の人気を博しているのは、その登下校時に目撃されることがあるから
です。皆、初々しいランドセル姿で列を作り、通学路を歩いている姿を、彼はじっと遠巻き
からファインダー越しに見つめています。
「あっ、ネガおじさんだ!」
「おじさーん!」
「今日もお仕事行かないのー?」
 子供達は無邪気です。そして残酷です。
 満面の笑み、そしてある種の親愛の情でもって振られる手。
 しかし……おじさんがおじさんたる由縁(ゆえん)はその反応にあります。
「──ヤだねえ。きゃんきゃんと五月蝿いったらありゃしない……」
 陰気な容姿と合致するかのように、口を衝いて出る呟きはことごとくネガティブ。
 道向かいの子供達が、その反応をみて「きゃー!」と喜んでいました。彼がいつも自分達
を撮ってくれる癖に、態度は裏腹なのをもうよく知っているからです。知っていて、そのお
決まりの台詞が出るのを楽しんでいるのです。
「おい、止めろ。手を振るんじゃない」
「関わっちゃ駄目よ。さ、早く行きましょうね?」
 しかし、付き添いの大人達は違います。
 まるで異物を見るような目で彼を遠巻きに一瞥すると、無邪気に手を振る子供達を半ば無
理やりに列に押し込んでその場を立ち去ってゆきます。

 おじさんは、カメラを片手に町のあちこちに現れていました。時には近隣の山や公園など
にも足を運んでいたといいます。
「ヤだねえ。どいつもこいつも、馬鹿みたいに陽気に浮かされてやがる……」
 春には麗(うらら)な花咲き誇る道端の木々を。
「ヤだねえ。こうも暑いと気が滅入る……」
 夏には年々強く差し込む日差しの下、負けじと咲く向日葵や川辺で遊ぶ子供達を。
「ヤだねえ。綺麗綺麗とは言うが、どうせ一瞬さ。虚しいモンだよ」
 秋は穏やかに舞い落ちる紅葉を。そこに潜む冷え込みと、冬の足音を。
「ヤだねえ。寒いし……こんなに雪が。こう真っ白いのも眩しくって叶わんよ」
 冬になれば目の前に広がる銀世界にシャッターを切り、ぼやきと共に白い息を吐き。
 町の人々はしばしば目撃して(みて)いました。ですがどの瞬間も、どの季節も、大半の
者達は無関心──触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに目を逸らし、足早にその場を通り過
ぎてゆきます。
 彼はそれでも尚、独りパチリパチリと写真を撮り続けていました。
 まるでそれが自身のライフワークかのように、その為だけに今この場所に存在しているか
のように。何より……本人の口から、その理由や普段の暮らしさら語られる事もなく。
「──ちょっといいかね?」
 ですがある時、彼は通り掛かった警察官に職務質問されました。向けられる視線は怪訝。
かねてよりこの警官も噂は聞いていたのでしょう。或いは住民の誰かが、何とかしてくれと
通報したのかもしれません。
「ここで何をしているんです? 失礼ですがそのカメラ、検めさせて貰えませんか?」
 警官はやや高圧的な態度で、端っから不審者として彼に接しているようでした。指差され
た、自分の首から下がっているそれに、彼は一瞬眉根を寄せて躊躇います。ですが結局抵抗
らしい抵抗はなく、紐を首から外すとついっと差し出してきました。警官は受け取り、早速
撮られた写真をチェックします。
(さて。これで例えば、幼児ばかり撮っていたら、口実になるが……)
 しかし内心そう企んでいた警官の眼は、カメラの裏面に映し出されたその画像に釘付けに
なっていました。犯罪の臭い──そんなものは微塵もなかったのです。フォーカスを当てら
れ、瑞々しい輝きに満ちた子供達の笑顔、色彩をより濃く抽出したように切り取られた四季
折々の風景。まるでそれぞれが一枚の絵画のような、素人でも思わず目を奪われるような美
しい写真の数々が、そこには収まっていたのです。
「……。これは、全部貴方が?」
「ええ」
 警官は思わず手元のカメラと、この目の前の冴えない男を何度も見比べていました。ネガ
おじさんこと当の本人も、何処となく面倒臭そうにぽりぽりとその黒髪を掻いています。
「……失礼しました。良い趣味をお持ちで」
「どうも」
 カメラが返されます。まさかこの場で、町の大人達が「気味が悪い」それだけの理由で彼
を排除しようとしていたなどと打ち明けられる筈もなく。
 彼は極々シンプルに、素っ気なくこの相棒を受け取っていました。再び紐を首に通して下
げると、軽い会釈一つもせずにくるっと踵を返して歩いてゆきます。
「……ヤだねえ。人は見た目が九割って云うけどさあ」
 誰にともなく紡がれていたぼやき。
 しかしこの警官は、ただ苦々しく唇を結んだまま、暫くその場を動く事ができません。

 大きな変化が訪れたのは、それから何年かの歳月が経った頃でした。
 はてさて誰が初めに言い出したのか、実しやかにこの「ネガおじさん」の撮る写真が絶品
であるとの噂が町の内外に広まっていたのです。大半の──かねてより良くない風体と挙動
から悪い印象しか持っていなかった大人達は話半分で信じていませんでしたが、期せずして
その白黒がある時つけられることになります。
「──素晴らしい! 誰です? この写真を撮ったのは誰です?」
 偶然にもとある著名な写真家が、町内から募ったフォトコンテストの作品の中から、ある
一枚の写真に目を留めて絶賛したのでした。
 その主とは、他ならぬ「ネガおじさん」でした。彼はもう何年も前から、特に自分だと名
乗り出るでもなく、こうした小さなイベントに出展を続けていたそうです。周囲の人々も大
層驚きましたが、それ以上に驚愕──困惑していたのは当人でしょう。この写真家が市長に
掛け合って撮影者を探し回り、遂に彼へ辿り着いた時には、とても感動した様子でその映像
美を褒めちぎっていたといいます。
「いやあ、素晴らしい! こんな色彩鮮やかで、優しい眼差しに溢れた写真は久しぶりに見
ましたよ」
 フォトコンテストに出展されていたのは、一人の少女の写真。自らの背丈を軽く越える向
日葵に囲まれ、その一本を手にし、太陽のようにはにかんでいる姿を捉えたものです。
「どうです? プロになりませんか? 貴方ならきっと稀代の写真家になれる」
「……」
 この著名な写真家は、そう熱心に彼を口説きに訪れました。最初は言葉少なく、乗り気で
はなかった彼も、この奇妙な来客と徐々に親交を結んでゆく中で首を縦に振らざるを得なく
なり、やがて世間に名の知れた写真家コンビとなってゆきます。
「……ヤだねえ。面倒臭い事になってきた……」

 しかしながら、その後の「ネガおじさん」こと黒木幹生は写真家として大成功を収める事
となります。個展が開かれれば連日ファンが訪れ、大盛況。カレンダーや出版物にも取り入
れられ、知る人ぞ知る撮り手へと成長してゆきました。
 尤も当の本人は相変わらずマイペースでしたが。仕事のプロデュースはあの時の写真家、
盟友・赤崎が一手に担いました。彼の才能に、相棒は惚れ込んで懸命に守り立てました。そ
のせいでしばしば黒木本人から疎まれ、衝突することもありましたが、最初に彼を見出した
赤崎の言葉通り、彼の性根は決して悪ではなかったのです。
 緩く気ままに。金の為だけに撮らない。
 やがて赤崎も彼のマイペース──信条への理解を深め、成熟と成功の歳月が過ぎてゆきま
した。その間に、黒木は自宅を大きく改装して「やっぱり金持ちなんだな」とか「関心ない
振りしておいてしっかり使ってるじゃん」などと世の人々に嫉妬されましたが、その実は単
に、自分の撮った写真(こども)達を飾っておくのに手狭になってきたからだということは
あまり知られていません。
「ヤだねえ。勝手に期待して、勝手に妬んで……。だから嫌だったんだけどなあ」

 更に歳月は流れます。長らく盟友であった赤崎が先に逝き、仕事としての写真家が滞るよ
うになった黒木は、ある時病に倒れます。
 齢七十半ば。いつ何かあっても決しておかしくはない年齢ではありました。しかし期せず
して一財産を築いた彼に下には、連日親類・縁者を語る人々が見舞いに訪れました。黒木自
身、その多くには覚えがない──赤崎に任せっきりだったので──“他人”に他なりません
でしたが、そんな本音に彼らは頓着しません。臥せって過ごす余生に、彼らは如何にも痛み
悲しむようにして寄り添います。
「先生、お気を確かに!」
「まだ早いです……早過ぎます。まだまだ教えて欲しいことは、沢山あるのに……」
「アカグロプロの経営はどうするんです? せめて誰が後任を務めるか、その判断を……」
「……」
 ぼうっと意識が遠く、薄くなってゆきます。
 彼の脳裏に在ったのは、尚も写真のことでした。これまで撮ってきた無数の被写体達のそ
の後、未来についてでした。
 あの時撮った子は、今何歳になっているんだっけ? 結婚はしたのかねえ? それとも自
分のように、不器用なまま生涯独り身を貫くことにでもなったのか。嗚呼、気になる。心配
だねえ。写真に切り取った姿は、笑顔は色褪せないで永遠でも、こうして実際は歳を取って
しまうんだ。これで良かったのかなあ? 後悔はなかったかなあ? 結局、ザキさんに流さ
れるがままに生きてきたけど……。
「……ヤだなあ」
「っ、先生!?」
「先生!」
 今際。彼のベッドの周りには何人もの人間が集まっていました。
 盟友(とも)が立てた事務所の関係者、何が良かったのか弟子にしてくれと飛び入りでや
って来て一緒に仕事をしてきた若いの。金に五月蝿い経理のおばさんや、盟友(とも)の妻
や子までもが集まっています。
 いつもの台詞。おそらくこれが最後だろう──彼らは全神経を集中させていました。
 ある者はこんな別れ方なんてしたくない。ある者は事務所の未来を憂い、またある者は大
黒柱の二人亡き後の実権について、早くも頭の中で算盤を弾いて。
「ヤだなあ。最期の最期まで、きゃんきゃんと……」
『──』
 呆気に取られて。蹴られたように取り残されて。
 結局、彼らは何一つ確かな“遺言”など与えて貰えはしませんでした。
 目の前でスウッと息を引き取ってゆくのは、あの時から何一つ変わらず、ただ静かにファ
インダー越しの風景を愛し続けた「ネガおじさん」その人だったのです。
                                      (了)

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  1. 2017/10/08(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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