日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「引き算」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:依頼、冷酷、歪み】


 ある所に、一人の男がいた。
 名前は永山厳。名は体を表すの言葉の通り、一見して近寄り難い強面と筋肉質な体躯、何
よりその辣腕で一代にて財を成した豪傑である。

 ただ、彼自身の出自は決して恵まれていた訳ではなかった。寧ろ世間一般には貧乏と言っ
てよい家庭で生まれ育った。時代の要請もあったのだろう。父と母、二人で必死に働いてよ
うやく食い繋げられる程度の日々。その癖、兄弟ばかりは多い。いわゆる貧乏人の子沢山と
いう奴だ。永山は七人いた兄弟の中の三人目──次男坊であった。両親や兄、姉までが学業
を放り出して働き詰めになる姿を見て育ってきた。
 だからこそ、子供の頃から頭の切れる永山は、家族の期待を一心に背負った。
 それは彼自身もまた同じこと。両親は、兄や姉達はその才覚を自分達のせいで無駄にさせ
たくはないと懸命に資金をこさえ、彼を学校にやったが、彼自身が静かに閉じ込め続けてい
た激情──沸々と湧き上がる野望に気付くのはずっと後になってのことである。

(……俺は、稼がなくてはならない)

 故に人生の大半を支配していたのは、そんな強烈なハングリー精神であった。
 永山はしばしば鬼気迫る様子で学業を修め、手に職をつけると、成人を待つのも勿体無い
と言わんばかりに社会に飛び出した。始めはその身につけた工場を市井の会社で振るい、や
がて認められて独立を果たす。のちの「永山精機」の原型である。
 幼少の頃、じっと秘めていた彼の本質的な峻烈さは、この時期にようやく解放された。
 永山は徹底して現場主義の人間、技術屋だった。自身が興した会社を従業員達が回すよう
になっても、彼はしばしば製造現場に赴き、若い後進達を指導する。その教育手法は往々に
してスパルタではあったが、それで逃げ去ってしまうような“軟弱者”は要らないとさえ考
える、それが彼なりの哲学であった。
 ──金を貰うからには、造る製品に妥協はしない。
 それはひとえに、幼い頃から暮らしに窮し、金の重要性を身に染みて痛感していたからで
ある。同時にそれは彼の、金に対する貪欲さにも繋がっていた。
 良い製品を作る。それは結果としてより多くの利益をもたらす。より多くの利益が蓄積さ
れれば、次はもっと良い製品を作れる。そうすればまた多くの金が……。
 永山精機が一代で業界の雄となり得たのは、そんな彼の強烈な執念があったからに他なら
ない。

「社長、また無茶振りしてきたんだって?」
「ああ。開発部が悲鳴上げてるよ。その内、こっちにも皺寄せが来るぜ?」
「全く……勘弁して欲しいモンだよなあ。もうただ高性能だからってバカスカ売れる時代で
もねぇだろうに」

 しかし、永山のそんな思いをつぶさに理解していた者は果たしてどれだけいただろう?
 多くの──特に若く新参な社員達にとって、社長・永山は往々にして“金の亡者”と映っ
ていた。少しでも利益を、その為に少しでも他者に負けない製品を──そんな執念、強烈な
熱量(エネルギー)は、歳月を重ねる毎に徐々に空回りし始めていた。
 そもそも彼がここまで金を儲けようとするのは、かつて苦労をかけた両親や家族達への恩
返しであり、今も尚続く仕送りの為であったのだが。
「……そんな温い奴は要らん。切れ」
 尤も、永山自身にも、非はあった。そんな個人的な理由を私情として決して誰かに話す事
をよしとはせず、あくまで責任者としての立場を貫いたからである。
 彼は信じていた。信じる他なかった。
 怠ければ、負ければ蹴落とされる。その先に待っているのはあの頃のような困窮の日々で
ある。もう二度と、繰り返したくはない。今では自分も家族を持った。妻や子供達だけは、
もうあのような悔しさを味わわせたくない……。
 言うなれば、もう「戻れない」と自分自身で決めて掛かっていたのだろう。どれだけ時代
が変わって昔のように製品が売れなくなっても、軟弱な社員達が増えてきても、永山は彼ら
を切って捨てるしかなかった。生きる世界が違うのなら、せめて早々に切り離してやり直す
機会を用意してやるのが一度は雇った“親”の責任だ──そう自分に言い聞かせて、非情を
貫き通した。
 守りたいものがある。
 守らなければならないものが、幾つも出来てしまった。
 永山自身、そんな矛盾にかねてより自覚して(きづいて)いながらも。

 転機は、そうした晩年のある年に起こった。
 六十に程近くなった永山は、ある日ぐらりと世界が渦巻くような眩暈に襲われた。加えて
直後、身体の奥底からせり上がった違和感──吐血。その日の朝、永山は思わず口にやった
手にびっしりとこびり付いたそれを見て、これまでの全てが否定されたような気がした。
「──ステージⅣです。残念ですが、もう……」
 癌だった。
 学校を出てから数十年、ほぼ休まず働き続けた永山の身体は、もう手遅れなほどボロボロ
になっていたのだ。吐血を目撃した家族によって病院に担ぎ込まれ、医師によって下された
診断は、長くても三年という余命宣告だった。
 ……その時の絶望は、如何ほどのものだったか。
 医師と向かい合って座った永山は、暫く何も答えられなかった。ただ同じく絶望に叩き落
された傍らの妻や使用人らの横で、ぐるぐるとこれまでの人生を振り返る。
 ……ただ俺は、挽回したかっただけだ。
 貧しい家庭に生まれ、満足に暮らすことすらままならなかった幼い日々。
 そんな現状を変えるには、誰かが立ち上がらなければならないと思った。幸い自分にはそ
の為の地頭があった。家族も支えてくれた。自分が投げ出してしまうなんて、あってはなら
ないと言い聞かせてきた。
 でも……はたして本当にこれでよかったのだろうか? 確かに自分は財を成し、親兄弟達
は貧困から脱することができた。しかしその事で、もうかつての交流はとんと少なくなって
しまったように思う。それでもあの頃の貧しさよりは、困窮よりはずっとマシだと捉え、こ
れも時の流れなのだと言い聞かせた。
(俺は、間違っていたのか?)
 今は拭い取った、血を吐いた右掌をじっと見つめる。
 今この身体の中には、ボロボロになった自分自身が必死になって繋がっている。それは皮
肉にもあの頃の自分達と同じように思えた。笑えない冗談だった。あそこから抜け出そうと
必死に頑張ってきたのに、頑張れば自分も周りも幸せに出来ると信じていたのに、結局何も
変えることは出来なかったというのか……?

 ピシリと、何かがひび割れて崩れ落ちた気がした。
 それから暫くして、永山は大きな決断をする。宣告された余命の中で、自分に何が出来る
のか──これまでただ只管に積み上げ続けてきたその財を、処分する為に東奔西走し始めた
のである。
「立花。後のことは、お前に任せる。俺の路線を継承しても、百八十度丸っきり変えてしま
ってもいい。ただ従業員達を……面倒見てやってくれ」
 先ず自身が長らく社長を務めていた「永山精機」を、その初期から支えてきた側近の一人
に譲り渡した。ただ後継者として指名するだけではなく、もう自身のしがらみに囚われる事
がないようにと。
 次いで永山は、自身の病気を公表した。
 もうこの身体は長くはもたない──彼は自らの身をもって、擲った人生の果てがこのよう
なものであると暗に示した。一時代を築いたハングリー精神は、今や錆び付いた熱量過多の
産物であることも。
 それから後は、残された時間全てを使って、これまで付き合いのあった取引先や友人、か
つての恩師達を訊ねて回ることに費やした。
「厳さん。本当に、もう……?」
「ああ」
「早過ぎるよ……。あのガタイがこんなにやつれちまって……」
「……」
 もう自分は長くない、今まで無茶を言って振り回して、すまなかった──。
 全盛期には決して見られることのなかった、何度も何度も頭を下げて回る永山の姿がそこ
には在った。

「会見、見ました。嗚呼、間に合ってよかった」
「大槻……久しぶりだな。元気にしていたか? まさか、こんな形で会うことになるとは思
わなかったが」
 そして、その日はやって来た。この日永山は、とある工場の一角で一人の中年男性との再
会を果たしていた。
 彼の名は大槻。かつて永山の下で働いていた技術者だったが、その経営方針を巡って争い
となり、社を去った人物である。
「自分もです。こちらはまあ、何とかやっていますよ。貴方の会社ほど強くも大きくはない
ですが、従業員達を養うことくらいは苦にならなくなりました」
「そうか……。あの頃は悪かったな。俺も必死だった。成り上がって、家族を楽させてやる
んだとばかり考えていたものだから……」
 がしりと、互いに手を取り合う二人。永山は酷く哀しい苦笑を浮かべて言う。これまでの
行脚でしばしば言われたように、その手はすっかり骨が浮き出るほど痩せこけていた。かつ
ては厳つく隆々とした身体も、今ややつれてまるで別人のようになってしまっている。
「お互い、尖っていたんですよ。貴方の出自などは、後々読みましたし」
「ああ……」
 大槻は微笑(わら)っていた。取り合った手を離す事なく、緩々と尚も揺らしてそう慰め
てくれるように言っている。
 永山はただ「すまない」とばかり呟いていた。彼だけではない。自分はかつて、その方針
に逆らう者達を容赦なく切り捨ててきたというのに……。
「でも、こうして最後に会えてよかった。どうか許してくれ。これまでの事は、どうか水に
流して──」
「嫌です」
「えっ」
 だが、違和感がそれに取って代わったのは、その次の瞬間だった。
 取られ続けていた両手。それがただの惜しむような握手ではなく、がしりと掴んで離さな
い“封じ”であると気付いた時には、全てが遅かった。
 遮られた言葉に、思わず顔を上げた永山。
 対する大槻の笑顔には、不気味な影が差している。
「させないですよ。このまま勝手にくたばるなんて、許すとお思いですか……?」
 今だっ!!
 大槻は叫んだ。するとまるでその合図を待っていたかのように、工場の物陰から次々と男
達が飛び出して来る。避ける暇などなかった。彼らがめいめいに握っていたのは大小様々な
刃物。それらが全て無防備になっていた永山の身体に吸い込まれていった。
 がっ──!? しかもそれだけではない。加えて数人の男が、鉄パイプを力一杯に振り上
げて頭を顔面を殴りつける。大槻は直前で手を離し、身を退いていた。
 ……見覚えがある。彼らは全員、かつて自分が切った者達ではないか?
 そう吐血と出血で赤塗れになり、どうっと両手両膝をついた永山の額に、ヂャキリと冷た
い感触が突きつけられる。
「何、を……」
 一体何処で手に入れたのか、古びた拳銃だった。朦朧とし始めた意識の中で、永山はゆっ
くりと全身を震わせながら顔を上げる。
 至近距離で向けられた銃口を微動だにさせず、大槻はこの部下達と共に永山を取り囲んで
いた。向けられるその視線は、全て強烈なまでの憎しみだ。そうして見下ろし、跪いた格好
の永山に向かって、彼は冷たく言い放つ。
「だってそうでしょう? 今更プラマイゼロにしようだなんて、虫が良過ぎるんじゃないで
すかね?」
                                      (了)

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  1. 2017/10/01(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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