日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「聖女について」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天使、悪魔、増える】


 かつての十年戦争において、彼女は知る人ぞ知る“英雄”である。だがその一方で、彼女
の祖国と当時敵対した側──公国の元兵士達からの評価は、まるで正反対だった。

 彼女の名は、ウィッカ・ローレンス。若くして医学を志し、当時最先端の技術と経験を修
めた先駆者的存在である。
 全ての命を守りたい……。ただ根っこにあったのは、そんな強くも純粋な願い。
 だが奇しくも、時代は共和国と公国の戦争が勃発した最中。彼女の思い描いた姿とは裏腹
なまでに、その眼に映る世界は人が人を殺める──命を奪う光景に溢れていた。
 それはまだ若く、志半ば彼女にとって如何ほどの失意だったろう。
 いち医療関係者として、程なくして彼女は祖国・共和国軍の野戦病院に配属された。そこ
で目の当たりにしたのは、充満する死の気配と無数の苦悶。何より急ごしらえで建てられた
が為に不十分な設備。
『ショックを受けている暇はなかったわ。その間にも、目の前で人が死んでゆくから』
 後に、戦争を生き抜いた彼女は語ったという。抱いていた夢と現実との差に打ちのめされ
ながらも、彼女を突き動かしたのはその内なる猛烈な使命感だった。彼らを救う──その為
に彼女は、文字通り心血を注いでこれら前線医療の改革に取り組んだ。
 何よりも先ず手をつけたのは、当時まだ劣悪だった医療設備。
 仲間達と共に、彼女は軍上層部、ひいては政府高官に予算を割くよう働きかけた。最初こ
そ渋っていた彼らだったが、彼女の鬼気迫る説得に反論すらできなかったという。
『貴方がたはこの戦争に勝ちたいのですか? 負けたいのですか?』
『兵士とは人間です。戦って、何も傷付かない者などいない』
『今貴方がたが、一人の兵の命を見捨てれば、それだけ戦況は不利になる。十の力で勝ち残
れる所を、九や八の力で押さえなければならない。彼らは痛む一方です。命が消えゆく一方
です。それで本当に、公国の大軍に勝てるとお思いですか?』
『敵兵を殺すことは、あくまで手段に過ぎない筈です。仕掛けられた戦いに勝ち、凌ぎ、こ
の国に暮らす全ての人々の命を守る──その覚悟がなく、何が宰相か!?』
 末席ながらも、彼女は貴族の生まれでもあった。ただ庶出ということで、それまで政治的
な表舞台に関わることがなかったというだけで。
 彼女の熱意は、北の公国からの侵攻にあえぎ、しきりに愛国心を煽らされていた国民らの
心を期せずして鷲掴みにした。王と有力貴族らの集まりである政府よりも、半分貴族なだけ
かの彼女の方がよっぽど自分達のことを考えてくれている──仲間の一人が広めた彼女の訴
えが人々の知る所となると、そんな大きなうねりが生まれた。愛国や博愛といった主語ばか
り大きい綺麗事などではなく、個々が憂い願う、戦地に赴いた大切な人への想いがその訴え
に力を与えていったのだ。
 かくして粘り強い交渉は功を奏し、戦線各地の野戦病院はみるみる内に充実した。勿論、
彼女達の献身的な治療と看護も甲斐もあったのは事実だが、以降共和国側の致命的な脱落者
は劇的に減ったと記録されている。

『大丈夫です。貴方が頑張れば、もっと多くの人達を救うことになる筈です』
『エレノアさん、ですね。分かりました。こちらで調べておきましょう。それまで……どう
かご無事でいてくださいね?』
『そうですか……辛かったですね。でも大丈夫です。せめてここにいる間くらいは、安心し
て休んでいてください。その為に私達はいるのですから』

 加えて彼女とその仲間達の功績は、兵士達の精神的なケアにも力点を置いたことにあるの
だろう。共和国内の各野戦病院を飛び回るようになった彼女らは、その先々で心身共に傷付
いた兵士達のケアに尽力した。時には大切な人の身を案じる前線の彼らに代わり、その無事
を政府ルートを通じて確認するなどという仕事も請け負った。
 まさに天使だ──戦中戦後、元兵士達の残したメモや手記などにはしばしば彼女達をそう
呼んだ一節が残されている。国民の義務として、大切な人々を守る為として戦場に駆り出さ
れた彼らにとって、こうした一連の心遣いがどれだけ安心を力を与えたか。
 事実、彼女らの活動が本格化するに時を同じくして、戦況は徐々に盛り返し始めていた。
数と戦いの経験で勝る公国軍を、祖国・共和国の兵士らは一致団結して追い返すことに成功
したのだった。

『一体、何が起こっているのか分からない』
『あいつらは不死身か? 倒しても倒しても、次から次に出て来やがる……』

 故に一方で、戦慄したのは公国兵だろう。
 代替わりした野心溢れる若き大公(前大公子)の命により、かねてより目障りだった全盛
期の頃の領土奪還を目論んで起こした戦争だったが、ある時急にその情勢が変わり始めたの
だから。
 兵力でも、武装でも、公国軍は勝っている筈だった。大公という絶対権力の下に率いられ
訓練された兵達は堅固で、まるで一個の黒い波のようであったが、それでもそれらを成すの
は個々の人間なのである。
 彼らは終ぞ理解できなかった。どれだけ数の力で攻めようとも、幾度となく勃発する競り
合いに勝ち続けても、相手の兵力が一向に衰える気配を見せなくなったのである。
 こと同じ地区で戦い続けた者同士ならば、その中で敵にも顔見知りが出てこよう。驚愕し
たのはそんな彼らが、暫くするとまた戦線に復帰してきたということだ。それも以前より遙
かに勇猛果敢で、且つ様々な策略を巡らせて。
 ──命を守る。
 その為に必要なことは、悪意ある外敵に屈しないことだが、必ずしも殲滅する必要はない
のだと共和国兵は学び始めていた。彼らにも友がおり、家族がおり、愛する人がいる。厳密
な意味では、彼らの命も平等であってこそ、彼女──ウィッカ・ローレンスの意思を遂行す
ることができよう。
 故にその実、戦争も後半になると、共和国兵の少なからずが“国”の為ではなく“彼女”
の為に戦っていたと言ってもいい。前線の司令官までもがやがて感化され、如何に相手の戦
意を磨耗させるかに作戦の主軸が移っていった。事実共和国は公国よりも兵の数で劣ってい
たのだから、有効な戦法であった。
 深追いはしない。だが境界を越えてくれば手痛い罠が待ち構えている。
 負傷した兵は速やかに野戦病院へ。あそこにいけば、彼女達が──この国の“天使”達が
自分達の体と心に安寧を与えてくれる。その恩に報いる為にも、また愛する人達の待つ故郷
に戻る為にも、負けられない。この戦線を崩す訳にはいかない……。そうして、剣よりも銃
よりも堅固な力が、彼らの中に育っていった。或いはある種の高揚(ハイ)であったのかも
しれない。
 公国軍は、徐々に各戦線で押され始めていった。
 共和国兵(かれら)にとっては“天使”だったが、公国兵(かれら)にとってはまさしく
姿なき“悪魔”に映っていたことだろう。何せ公国側からすれば分からない。ある時を境に
急に元気になり始めた敵兵達。しかも一丁前に、勇猛果敢で強かになって戻って来る。
 それはまるで、自らに嵌っていた重い枷を取り払われたかのような。生への執着と安堵が
彼らを身軽にし、事実数で勝るこちらを押し返していったのだから。
 加えて、当の公国側にも動きがあった。長引く戦いに対し、溜まりに溜まった国民の不満
が遂に爆発したからだ。
 彼女達は、共和国兵らはこの時を待っていた──当然の帰結だったのかもしれない。だが
少なくとも歴史はその後、若き大公の暗殺という幕引きを辿る。非戦派、非主流派が主流派
へとすげ替わり、両国の間で終戦協定が結ばれた。加えて以降、両国は長い歳月をかけて同
盟関係を結ぶことになる……。

 かつての戦争から、もう随分と時が流れた。当時の兵士達はその殆どが高齢となり、中に
は先に逝ってしまった者達も少なくない。
 昨今、先の戦争とは何だったのかというアプローチが積極的に行われるようになり、かの
ウィッカ・ローレンスとその仲間達を再評価しようという声が高まっている。
 ただ、現状はまだ前途多難だ。元より彼女の存在を知っていたのは当時前線で戦っていた
兵士達が中心だったし、こと旧公国領の出身者達からは異論が根強い。そもそも共和国内で
さえも、彼女達や先の戦争を肯定するような真似を、前時代的と忌み嫌う勢力が依然として
存在する。彼女もまた人々を──兵士達を戦いへと扇動した加害者、悪人であったと捉える
向きも、未だ根強く残っている。

 もう随分と時が流れた。
 かつて知る人ぞ知る“天使”あり“悪魔”でもあった彼女は、今雲の上でどう思っている
のだろう? 戦争が終わり、命が守られたと安堵しているのだろうか? 或いは今もまだ、
自分達の存在を巡って争う人々を見て、嘆いているのだろうか?
                                      (了)

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  1. 2017/09/18(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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