日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「精神の部屋」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:砂時計、空、時流】


 瞼を閉じれば、そこは何時だって目の前に広がっている。
 僕の念じるがままに、求める度に現れてくれる世界。ただそこは“楽園”と呼ぶには如何
せん殺風景で、只々真っ白な石畳の地面が延々と果てしなく続いている。
 多少のでこぼこと、高台代わりになる円柱が点々。
 加えて見上げる中空には無数の砂時計が浮かび、静かに音もなく上から下へ、或いは下か
ら上へと無秩序に流れている。
『──やあ。また来てくれたんだね』
 ゆっくりと目を開くと、待ってくれているのはこの世界の住人達だ。……いや、この世界
の僕と言ってしまってもいいと思う。
 背格好はそれぞれに違う。でも迎えてくれる彼らは、等しく僕と同じ顔形──面影を残し
ていた。今の自分と同じくらいの年代の大人もいれば、幼子もいる。生意気盛りの少年期な
者達も少なくない。
 そんな彼らに共通しているのは、その格好だ。大抵昼間のスーツ姿で迷い込む僕とは違っ
て、皆が同じ褪せたベージュの粗布──貫頭衣って奴を着ている。更にその身体は首と手足
に嵌められた枷から伸びた鎖で囚われており、一言でいうなら囚人という表現が合う。
『待ってたよー。ねぇねぇ、今日はどんなお話をしてくれる?』
『お前も物好きだよなあ。ここで油売ってる暇なんてあるのかよ』
 なのに、総じて彼らは僕に対して好意的だ。
 それは多分、顔形がお互い一緒ということに起因しているのだと思うのだけど──妙にこ
ちらがやって来るのを待っている感じがある。まぁ生意気盛りな連中はほぼ毎回憎まれ口で
先ず突っかかってくるのだけど、その辺りはもう慣れた。
 めいめいに真っ白な石畳、石柱の上に立っていたり、腰掛け脚をぶらぶらさせていたり。
 視線はおおよそ僕ただ一人に向けられる。僕は今日もぼうっと、そんな彼らを見上げて、
ごくりとただ妙に乾く喉へ唾を飲み込んで第一声に難儀する。
「……じゃあ、この前出会った、取引先の人の話でもしようか」
 何故だろう? はたしてどちらから決めたのだろう?
 ここに来ると、僕は決まって日々の──主に仕事の話をする。やれどんな商談をしてきた
とか、これこれこんなトンデモ野郎に出会ってしまったとか。有り体に言ってしまえば愚痴
以外の何物でもない。ただ真面目に、平穏無事にその日その日の仕事を済ませてしまおうと
願い、心掛けているのに、何故こうも世の中には“よく今まで社会で生きてこれたな”なん
ていう人種で溢れ返っているのか。何故そんな連中ばかりと鉢合わせになるのか。そんな連
中ばかりを相手にして、世の中が回っているのか……。
『うーん。よく分かんないけど、酷いねえ』
『やっぱそういう奴は図太いから、無駄に生き残るんだろうかねえ。はあ、出たくねえ』
『はは。そうは言っても、避けられないさ。寧ろ彼が全部担ってくれているんだ。僕らは感
謝しないとね?』
「……」
 解っている。これは「逃げ」なんだって。自分の中で自分を切り分けて、辛くなったら誰
にも邪魔をされないこの世界に逃げ込んでいるだけなんだって。
 何よりも──後ろめたかった。たまに訪れては愚痴(ヘイト)を吐き出して彼らに肩代わ
りさせている。ここはそんな世界、掃き溜めなんだ。なのに置き去りにした僕らはそんな生
まれてきた理由さえ知らず、只々新しい刺激に飢えている。

 幼子の頃、世界はもっと美しく見えた。自分は無敵で、きっとこの先の時間も楽しいこと
がいっぱい待っているんだと信じて疑わなかった。
 少年の頃、成長に合わせてそんな幻想が少しずつ剥がれ始める。それでも根拠のない自信
とプライドはかつての比ではなく、大人達に反発することが一種のステータスのようにさえ
思えた。しばしば仲間達と、そんな“武勇伝”で競い合った頃が懐かしい。
 青年になり、はたして自分はそうした小さな世界から脱皮できただろうか? 振り返って
みれば、あまり胸を張ってイエスとは言えないかもしれない。確かに表面上こそ大人しくは
なったが、それは良くも悪くも達観してしまったからだ。過度に期待することも、絶望する
ことにも意味を見い出せなくなって疲れ、感情を殺すことが一番傷つかない生き方なんだと
思い知るようになった。

 なのに……いざ社会に出てみると、それとは真逆に生きている人間の何と多いことか。
 ある意味で正直だとも言えるし、一面で羨ましくないと言えば嘘になるだろう。だが現実
としてその我で誰かを振り回し、ひいてはこの世の中に暗い感情の淀みを維持している──
社会を真綿で絞め殺す手伝いをしている以上、自分も“素直”になろうとは思わない。それ
はそれで、何か大切なものを手放してまで「一人だけ」が救われようとする高慢さに他なら
ないような気がするから。空気を読む奴が、空気を読まない奴に勝てる訳がない──結局こ
の世の中は奪い合いなんだ。この「いち抜け」さえ許されないゲームの上で、後ろめたさな
ど感じない者だけが、持続的な勝者になれる。
『大丈夫さ。君はよくやっている』
『そんな面倒な相手、見下してりゃいいんだよ』
『よく分かんないけど……。頑張れ!』
 なのに、僕は何て不甲斐ないのだろう。こうして妄想の中で、サンドバッグ達を用意しな
いと心の平穏が保てない。保てなくなるとすぐに逃げて──何でも受け止めてくれる彼らに
全部移し替えてしまうんだ。

 砂時計達が一通り砂を落とし(吸い上げ)終わり、ぐるんと一斉に上下を回転させる。
 それだけ時間が経ったということだ。尤もこちらの世界と、現実の世界のそれがはたして
一致しているのか比例しているのかさえ分からないけど。
 彼らの服装は、多分僕の後ろめたさそのものなのだろう。
 表面上は穏やかで、いつも味方であるように振る舞う。
 だがもし一度その拘束具が解かれれば、その衣の下から何が飛び出してくるかなど分かっ
たものじゃない。もしかしたら、僕の顔をした彼らはそもそも人間ではないかもしれない。
そう想像してぞっとした。彼らが皆、人の皮を被ったどす黒い獣のように思えた。
『? どうしたの?』
『顔色悪いぜ?』
「……何でもない」
 もっと昔は、最初の頃はここまで考えなかった。気付けば僕はこの世界に逃げて来て、彼
らに思いの丈を吐き出すようになった。
 その度に、彼らの人数は増えてきたようにさえ思う。それだけ繰り返し繰り返し肩代わり
させた感情は、十人二十人では利かなくなってきたのだろう。今や目の前にはずらりと、僕
の顔をした“囚人達”が疑いの眼差しなく僕を見ている。
 自覚した時には……もう遅かった。彼らを全部切り捨ててこの世界を永遠に閉じる事も。
 嗚呼、そうだ。ここでも他ならぬ自分を優先させず、後ろめたさなんて抱くから、僕はず
っと我の強い奴らに負け(ふりまわされ)続けるんだ……。

「──ら。おい、三浦!」
 昔はまだ誤魔化せた。だが今は、思いを吐き出した身軽さよりも、自覚して久しい自身の
矮小さへの痛みが勝ってしまう。
 妄想(ゆめ)から醒めたのは、そんなまるで砂が落ち直すように戻ってくる自身の感情よ
りも、現実から浴びせかけられた物理的な声だった。
「う……?」
 揺り起こされるように目を開く。先ず視界いっぱいに広がったのは、嫌味なほど清々しい
青空と、眩しい日の光。まだ頭は身体はぼうっとしていたが、ゆっくりと頭を横に向けると
傍には見知った顔が立っている。会社の、何かと口煩い先輩だ。
「いつまで寝てる。もう昼休みは終わったぞ。さっさと仕事に戻れ」
「……はい。すみません」
 寝起きに、ぐわんぐわんと脳味噌の中を揺さぶられているような気分だった。正直まだ動
きたくなかったが、自分を仁王立ちしながら見下ろしている彼を前にしては、下手に反抗す
ることもままならない。二言目には謝罪の一言が出ていた。我ながら弱いというか、情けな
いとは思うが。
 ふん。先輩は終始不機嫌な──それが地なのだが──表情をしつつ、先に一人踵を返して
屋上から出て行ってしまった。カンカンと階段を降りて行く音が遠退いてゆく。僕は暫く尚
も心と体は半分、妄想の世界(むこうがわ)にいた。別れの一言もなく、スッと消えていっ
て何と思われただろう? やはり都合よく、向こうの僕達は覚えてもいないのだろうか?
益々自分が卑怯な人間だと思い知らされる。屋上に注ぐ日差しが、やはり鬱陶しい。
 うんしょ。日陰(だった筈)の物陰から仰向けの身体を起こし、ようやく起床する。まだ
身体は重い。というより、気が重い。また午後から──毎日の事とはいえ、仕事に身を消耗
させねばならないと考えるだけで、気は進まなかった。尤も他にやる事もないのだけども。
或いは忙し過ぎるから、そういう「余分」を捨ててしまったのか。
(行くか……)
 ポリポリと後髪を掻き、脱いで置いていたスーツの上着を拾いながら立ち上がった。
 屋上から見える景色は相変わらずのコンクリートジャングルで、変わり映え一つありはし
ない。物理的に取り壊しの、建て替わりだのはあるのだろうが、少なくとも自分にはあまり
興味関心がない。酷く壮大で不毛な、積み木遊びみたいなものだ。
 勿論、つい先程までみていた妄想(ゆめ)など何処にもなかった。空を見上げても、砂時
計など浮いていない。極端な青空に、高層ビル達が高慢にも挑んでいる最中だ。
「……」
 上着を肩に引っ掛けたもう片方の手を、ぎゅっと握って見つめる。
 囚人服達の僕達はいない。此処が現実だ。ただ枷も鎖も、普通には見えていないだけかも
しれないけれど。
                                      (了)

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  1. 2017/09/04(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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