日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔28〕

「嘘、だろ……?」
 まさにそんな皆の絶望感を代表するように、仁は呟いた。
 西大場、日没後の雑木林。アウターの気配を察知した睦月達は、そこである意味最悪の形
でもって彼との再会を果たす。
『……』
 瀬古勇だった。玄武台(ブタイ)の事件、タウロスとの戦いの後、行方を眩ませていた今
回の尋ね人である。
 しかし三度対峙した今、彼の姿は変貌していた。新たなアウター・ドラゴンをその闇色の
リアナイザに取り込み、一行の目の前で“変身”してみせたのだから。
 黒を基調に統一された禍々しいパワードスーツ姿。ゆっくりと光った両眼はドラゴンのそ
れと同じ錆鉄色を宿し、まるで守護騎士(ヴァンガード)を反転させたかのような意匠で立
ちはだかっている。

「──ふむ。計算通り、装着は成功みたいだね」
 そんな人知れぬ波乱の一部始終を、彼らは観ていた。
 薄暗い地下のサーバールーム。“蝕卓(ファミリー)”の面々である。
 いつものように集まった面々、円卓に着いた六人とは別に立って、白衣の男(シン)はそ
っと眼鏡のブリッジを押さえながら微笑(わら)った。一同が視線を向ける壁面には、勇ら
の様子を映し出す大きなホログラム画面が展開されている。
「守護騎士(ヴァンガード)に対抗する存在、ドラゴンを宿す者──もし名前をつけるのな
らば、差し詰め“龍咆騎士(ヴァハムート)”とでも呼ぼうか」
 くくく。押し殺すように笑うシンは、そう心底愉快そうに呟く。
 円卓の面々が、静かに瞳を光らせていた。彼の発言を記憶する者、この新たな戦力を警戒
する者。口にこそ出さないが、それぞれの思惑が暗がりの中で交錯する。
 ミラージュに密命が下っていたのは、全てこの為だ。
 彼の能力で守護騎士(ヴァンガード)の詳細な構造を把握。その上でこれらを上回るシス
テムを開発する。
 この白衣の男にはそれができた。勇用にドラゴンをチューニングし、かの天敵に対抗する
為の力として生まれ変わらせたのだった。
「さあ、お手並み拝見といこう。運用試験(テスト)開始だ」
 同時、画面の向こうで龍咆騎士(ヴァハムート)──黒い鎧を纏った勇が咆えた。
 シンの二つと、他の面々六人分、十二の揺らいで軌跡を描いた眼光。
 延々と低く、駆動音を鳴らし続ける暗がりの中、彼の狂気を孕んだ喜色がこだまする。


 Episode-28.Bahamut/黒き竜と少女の想い

「くっ……!」
 まるで獣になってしまったかのように咆哮を放った後、勇は地面を蹴ってこちらに襲い掛
かってきた。守護騎士(ヴァンガード)のパワードスーツに身を包んだ睦月は、その面の下
で強く奥歯を噛み締め、何とかこの現実と向き合おうとする。
 ワンノック、ツーノック。
 駆けて腕を振りかぶってくる寸前、勇は黒いリアナイザの銃床を二度叩いていた。この部
分にはどうやら専用のボタンパーツが付いており、ノックする度に鈍い反応音を立てながら
自動で元の位置に戻る。
『DUSTER MODE』
 握り締め、拳のように振り抜かれるそれ。
 睦月はその銃口下部に、三基の鋭い突起──金属の棘が迫り出すの見た。即ちそれが近接
格闘用のモードだと理解した瞬間、咄嗟に全身を捻ってこれをかわす。夜闇の空気をガスッ
と鈍い衝撃が抉るのを感じた。それでも勇は、こちらから視線を逸らさず、すかさず第二撃
三撃と軸足を変えながら迫って来る。
「睦月!」
「下がって! 今までの相手とは訳が違う!」
 最初数発は何とかかわしたが、直後連続でその殴打を受けてしまう。
 装甲に激しく火花が散った。生身にも少なからず衝撃が伝わる。睦月は慌てて加勢しよう
とする仁達を、咄嗟に遠ざけていた。瀬古勇だから──だけではない。今目の前にいるのは
刺客だ。明らかに、この自分を倒す為だけの。
「ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
 相手の攻撃のリズムに合わせて一拍身を引き、こちらも武装を展開する。
 EXリアナイザを中心にエネルギー球が発生した。相手が拳なら、こちらも拳。三度振る
われる勇のそれに、睦月は正面から反撃を試みる。
「ッ……!?」
「っ、らぁッ!」
 だが、弾かれた。拮抗したの一瞬で、睦月は明らかに押し返されていた。ぐらりと身体が
よろめく。パンドラが、司令室(コンソール)の皆人達が大きく目を見開く。
『押し負けた!?』
『嘘だろ? 基本武装で一番パワーのある攻撃だぞ……?』
 次いで振り下ろされた攻撃を、睦月は半分転がりながら避ける。勇の放った一撃は地面を
抉っていた。パワーでは向こうに分がある。だったら……。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
 今度は射撃モードに切り替えて、距離を取り直しながらの連射攻勢。
 だが勇は両腕でしっかりとガードしながら、大きなダメージを受けなかった。右に左に揺
さ振りを加えながら後退し、今度は銃床のボタンをワンノック。
『BUSTER MODE』
 睦月に応じて、彼もまた基本武装を射撃に切り替えた。濃く暗い紫色のエネルギー弾が睦
月のそれと相殺を始める。
「くっ……!」
 確かに、連射速度ではこちらが勝っていた。
 だがやはり一撃のパワーはあちらが上だ。こちらが三発・四発と撃つ所を、相手は一発で
消し飛ばす。堪らず睦月は後退した。大きく跳んで相手の弾丸をかわし、周囲の木を盾にし
て巻き込みながら、ホログラム画面を呼び出して武装を選択する。
『ARMS』
『PURGE THE GOLD』
 装備したのは、金色の盾。それを前面に掲げ、睦月は勇からの銃撃を凌ぎ始めた。
 一見すれば防戦一方。しかし──。
「ッ!?」
 相手の銃弾、エネルギーを受け止める度にこの盾は輝きを増していたのだ。そしてある程
度それが繰り返された所で、この武装は相手に向けてその蓄えた力を放出(パージ)する。
 勇は、これをすんでの所で察知し、地面を転がりながら避けた。強い光を纏いながら飛ん
でゆく真ん丸な光弾にビリビリと頬先をあぶられながら、やはり一筋縄ではいかないこの戦
いにのめり込む。
『ELEMENT』
『DIFFUSE THE BLOSSOM』
 その隙を狙っていた。睦月はこれと同時に再びホログラム画面を操作し、その銃撃を散弾
式に強化していた。緑と桃色の交じった光球が銃口に膨らみ、破裂する。爆ぜた光は、無数
のエネルギー弾となり、弧を描きながら勇目掛けて一斉に襲い掛かった。
『BURST MODE』
 だがその勇は、更に手札を惜しまなかった。
 銃床のノック。今度は素早く三回。するとどうだろう、彼はそのパワードスーツ全身から
放電と放熱を纏い、目にも留まらぬスピードで加速したではないか。
 襲い掛かる渾身の散弾の隙間を、縫うように駆け抜けてかわす。
 なっ……!? 睦月が驚いたのさえ遅かった。勇は次の瞬間にはもう彼の懐に入り、同じ
く霞むような殴打の連撃を容赦なく叩き込んで吹き飛ばす。
 遠く背後の木を巻き込んで粉砕し、睦月が転がった。仁達も司令室(コンソール)の皆人
達も先程からの目まぐるしい戦いについてゆけない。「……ふう」漆黒のパワードスーツは
およそ三十秒ほどで加速を停止。大量の蒸気を上げて赤くなりがら冷却期間に入る。
『ENHANCE TYRANNO』
 そしてゆっくりと、そんな睦月の方へと近付いていきながら、勇は黒いリアナイザの数字
キーを押す。『5647』諳んじるように入力されたコードが重低の電子音を鳴らし、サッ
と差し出した彼の左腕に巨大なパーツ群を召喚する。
 巨大な鋏型のアームだった。赤褐色のそれは、肉食竜の強靭な顎を思わせる。
 よろよろと起き上がった睦月を、勇はこの巨大な武装でめった打ちにした。激しくパワー
ドスーツに火花が散り、くぐもった悲鳴と共に睦月が再び吹き飛ばされる。それを追って、
彼は更に雑木林の中へと足を踏み入れる。
『GIRAFFE』『DEER』『GOAT』
『SHEEP』『RABBIT』『MOUSE』『SQUIRREL』
『ACTIVATED』
「……っ!」
『ZEBRA』
 だが、対する睦月も一方的なままではいられない。
 片膝をつきながら、睦月は必死の思いでホログラム画面を操作した。纏うはイエローカテ
ゴリ、電撃の力。エネルギー出力──パワーにおいて、他の追随を許さない強化換装──。
「……」
 しかし、素早い渾身の反撃も、勇の前では無力だった。電撃を纏ったその杖先は、次の瞬
間彼がかざした巌のような亀甲型の盾に防がれてしまったのである。
『ENHANCE ANKYLO』
 強化換装の光を見て、予めインプットしておいた情報。
 勇は再び数字キーを『1786』と入力し、右手にそんな盾型の武装を呼び出していた。
バチバチッと、ジィブラフォームの電撃が行き場を失いながら、徐々に霧散して無力化され
てゆく。があっ……!? この巌のような盾が、相手のエネルギー攻撃を散らせてしまうの
だと気付いた時には、睦月はその胴をガシリと鋏型アームで掴まれてしまっていた。
『睦月!』
『マスター!』
「……終わりだ。お前も、この力の前には無力だったようだな」
 ミシミシッ。鋏型のアームが睦月の身体を加圧する。
 苦悶して叫ぶ彼の姿を、勇は勝ち誇るように──いや、何処か虚しそうに見上げていた。
パンドラや皆人達が通信の向こうで叫んでいる。フッと、勇はパワードスーツの下で眉間の
皺を深めている。
「……こんなものか。俺を追い詰め、変えたお前の力など、こんな──」
 だが、そんな時である。もう確実に睦月を捉えたと見えた勇に向かって、更に巨大な影と
質量が迫ったのであった。
 仁である。彼の大型白馬体(チャリオットモード)のデュークが勇に突進し、その鋏型の
アームを叩き壊したのだ。衝撃で、勇は大きく吹き飛ぶ。
「がっ……! げほっ、げほっ!」
「おい、無事か!?」
「……な、何とか。ごめん。危ない所だった」
 気にすんなよ。両膝をつき、両手に地面をついて咽返る睦月を守りながら、仁と元電脳研
メンバーの隊士達は勇を睨んで身構えた。
 先程まで睦月を捕らえていた鋏型アームは半壊し、デジタル記号の光の粒子に還り始めて
いる。勇はゆっくりと片膝の状態から立ち上がり、仁達を見た。パワードスーツ姿で表情も
見えず、ただ錆鉄色の眼がブゥンと光っているだけだが、並々ならぬ殺気であると解るには
充分過ぎた。
「睦月君、皆!」
 更にその最中だった。雑木林の向こうから、こちらに駆けてくる一団がある。
 冴島達だ。皆人ら司令室(コンソール)からの連絡を受けて、葬儀会場より駆けつけてく
れたのだった。もう隠す必要もないだろう。少なくとも相手は、睦月はそうだと分かった上
で仕掛けてきた。玄武台(ブタイ)の一件で、そもそもこちらの顔は割れている。
「ジークフリート!」
 そして冴島は自身のコンシェルを呼び出し、大量の流動する風を生み出した。それらは勇
を除いた場の面々を瞬く間に包み込み、これが霧散した次の瞬間にはその姿を完全に消し去
ってしまったのである。
「……逃げられたか」
 ちっ。小さな舌打ち。
 暫く勇はその場に立ち尽くしていたが、やがて変身を解いて黒いリアナイザをぶら下げる
と、サッと踵を返して夜闇の中へと消えてゆく。

 成果があったと言えばあった訳だが、反面背負い込むものも大きかった。寧ろ頭痛の種に
ついては、以前にも増して多くなってしまった。
「う、うぅん……」
 冴島の機転で何とか窮地を脱することはできたものの、睦月のダメージは甚大だった。暫
くは十分に戦えないだろう。慌てて司令室(コンソール)に担ぎ込まれ、今は集中治療を受
けている。
「──とんでもない奴が現れてしまったな」
 睦月を心配しつつも、司令室(コンソール)に集結した面々は頭を抱える。表情を曇らせ
ている。こと皆人のそれは強かった。ガシガシと髪を掻き、ディスプレイ群に表示させてい
る映像ログを見遣っては嘆息を繰り返す。
 やはりというべきか、瀬古勇は生きていた。新たなアウターを得ていたのだ。
 それだけではない。黒い守護騎士(ヴァンガード)──ドラゴンを着る、睦月と同じ芸当
までやってみせた。
 十中八九“蝕卓(ファミリー)”の差し金だろう。やはり彼は奴らに匿われていたのだ。
 となると、今夜の葬儀は世間の眼を欺く為のフェイク。何よりそんな大掛かりな策を実行
可能にできるほど、奴らの力は飛鳥崎の奥深くにまで浸透している。……正直、まだ何処か
で甘くみていたのかもしれない。その目的は未だはっきりとはしないが、確実にこの街はこ
の国は、アウター達によって蝕まれている。
「睦月君を強く意識した対抗力、といった所かな」
「でしょうね。全く、笑えねえ冗談だぜ。守護騎士(ヴァンガード)に偽モンとは……」
「ですが、これでミラージュが刺客とされた理由がはっきりしましたね」
「ああ。元から戦わせるつもりなんてなかったんだ。この為の、データ採取……」
 冴島と仁、そして國子の呟きに皆人は頷き、改めてディスプレイ群に映し出されたログを
見つめる。西大場の雑木林で、両者が戦っていた時のものだ。細かな機構やコンセプトに違
いはあれど、間違いなくこちらの守護騎士(ヴァンガード)を元に作られていると分かる。
 皆人は後悔していた。やはり彼らを早々に始末しておくべきだった。
 確かに彼らを一時匿うことで、敵の──“蝕卓(ファミリー)”の詳細な情報を得る事は
できた。だが、それらを対価とするには、自分達はあまりにも大きな負債を背負ってしまっ
たのではないか……?
「問題は、これが今回で済まなさそうって所だねえ」
「そうですね。あの口振りからして、瀬古勇は睦月にライバル意識を燃やしていたようです
から」
 萬波と、実母である所の香月も、そうぶつぶつと呟き合っている。
 そうなのだ。十中八九、あの黒い守護騎士(ヴァンガード)は睦月を倒す為の力。何とか
今回は逃げ切れたとはいえ、次も上手くいくとは限らない。

『……やっとだ。俺は、この時を待っていた』

 残した言葉からして、瀬古勇は親友(とも)に復讐を果たす為に“蝕卓(ファミリー)”
との接触を受け入れたと考えられる。一体今日までにどのような過程があったのかは分から
ないが、少なくとも真っ当な歩みではあるまい。
 玄武台(ブダイ)での復讐を阻まれた無念。その責を睦月に転嫁した果ての憎悪。
 徹底的に筋違いで、逆恨みもいい所だが、これが現実だ。瀬古勇は闇に堕ちた。最早自分
達にとっても、ただ単に足跡を辿って安堵する為だけの存在ではなくなったという訳だ。
(……面倒な事になったな)
 敵が一人増えた。
 端的にそう言ってしまえば、至極単純な話ではあるのだけども。
「それだけじゃない。というより、緊急性が高いのはこっちだろう。まさか由良刑事と二人
が接触していたなんてな」
 そして再三の嘆息をつきながらも、皆人は一同に向き直った。
 変えた話題は、今夜起こったもう一つの事件。主に國子らが出くわした、アウターの存在
及び対策チームの秘匿に関わるエマージェンシー。
「はい」
「筧兵悟に関しては、副隊長がリモートを使って記憶を消去しましたが……」
 せめて、この場に睦月が同席していないことが幸いか。
 彼女達は頷き、応えていた。しかしその表情は一様に浮かない。もう応急的な処置程度で
は隠し切れない段階まで来ていることは、誰もが理解している。
「パンドラのこと、司令たち三条電機との繋がり。その他諸々自分達に繋がる情報をゲロっ
てくれましたからねえ。もし彼が、二人の話を上層部に持ち込んだら……」
「終わりですね。ただでさえ警察内部には、蝕卓(れんちゅう)のシンパが潜んでいるかも
しれないっていうのに……」
「ただまぁ、あの二人と会っていた時の感じだと、単独捜査っぽかったですけどねえ。どち
らにしても野放しにはできませんけど」
 ああ。小さく頷き、皆人がそっと口元に手をやっている。
 筧兵悟を忘却させることはできたが、彼ら三人には施せなかった。ファミレス内で昏倒さ
せようものなら、確実に周囲に気付かれる。事を秘密に、大きくしない為のミッションなの
に、目撃者を何倍何十倍にも増やしてしまったら意味がない。
 故に、筧に國子らが追われたのと瀬古勇の出現もあって、結局三人はあのままにしてしま
った。一応改めて人を向かわせたが、もうあの席に彼らはいなかった。それぞれに情報を持
ち帰り、今頃は疑念と不信を募らせているのだろう。
「……皆人様」
「ああ、分かってる。明日にでも動くぞ。記憶を──互いの接点を抹消する。由良信介の連
絡先は勿論、接触した履歴などが残っていれば全てだ。もう、手遅れかもしれんがな」
『……』
 直立不動のまま見つめてくる國子さえ直視できず、皆人は指示する。頭では次に取るべき
行動とターゲットは明確なのに、心は一ミリとて晴れない。原因は明らかだった。口に衝い
て出てしまうほど、この隠蔽工作が最早虚しいものだと知っている。
 それでも、何とか隠し切りたいと願うのは、ひとえに睦月(とも)の為だ。あれはきっと
自分がどんな不利な状況になろうとも、彼女達を巻き込むまいとするだろう。あいつにとっ
て彼女たち幼馴染はその人生の全てだ。母一人子一人で、穴の空いた心を埋めてくれた大切
な人だから。……たとえそれが、当の本人達の意思を踏み躙るものであっても。
「……」
 どうしたものか。皆人は静かに頭を抱えて考える。
 指示はした。だがこのミッションはあまりにもリスキーだ。先日の問い詰めも然り、もう
彼女達が大人しくリモートの餌食になってくれるとも思わない。
 寝ている時? 一人でいる時? 勿論だ。だが当然、二人はもうそういった“隙”ができ
る瞬間を、警戒するようになってしまっているだろう。
(睦月……)
 お前の願いは、何故こうにも“叶わない”?


「一体、どういうつもりです?」
 中二階にサーバー群が並ぶ、地下深い暗がりの中。“蝕卓(ファミリー)”のアジト。
 そんな広間で、神父風の男(ラース)が眼鏡の奥の瞳を鋭くして問うていた。彼が睨みつ
ける正面に立っているのは高級そうなスーツの男──白鳥ことプライドと、その横で不機嫌
そうに腕を組んでいる瀬古勇である。
 先刻、二人が出掛けた後にとんでもない話を聞いた。例の新システムの運用試験がてら、
守護騎士(ヴァンガード)と戦ってきたというのだ。
 ……いや、それはまだいい。問題はとうに、二人があの者の正体も名も全て知っていたと
いう点だ。何故知らせなかった? こちらはそれを明らかにする為に、各地に散った同胞達
を、進化体を四体も呼び寄せたというのに。ストーム、ジャンキー、ガンズにトレード。ど
れも一筋縄ではいかない腕利き達だ。失ったものは大きい。
 有り体に言って、ラースは怒っていた。部下を失った悲しみなどではない。ただ単純に自
身の存在と努力が袖にされたと感じたからだ。確かに蝕卓(ファミリー)に加わった順番は
彼の方がずっと先だが、それでもシンから司令塔の役割を賜っているのは他ならぬ自分なの
だから。
「報告の通りだが? そう怖い顔をするな。イサムの為だ」
 なのに当のプライドはまるで意に介していない様子だった。フッとわざとらしく肩を竦め
て苦笑(わら)ってみせ、横に立つ勇の肩にポンと手を乗せてやっている。
「守護騎士(ヴァンガード)と戦いたがっていたからな」
「知っています。だからと言って勝手な真似は……」
 むっとしながら、小さく頭を振った。彼はプライドが目を付け、シンが“玩具”を与えた
人間だ。大方守護騎士(ヴァンガード)──佐原睦月への復讐に燃えていたのだろうが、そ
れとこれとは話が別だ。個人の復讐よりも、自分達は先ず“彼女”の願いに応えることが最
優先であろうに。
「相手はこれまで多くの同胞達を屠ってきた、厄介な者達です。こちらの損失も日に日に膨
れ上がっている。身元が割れたというのなら、一気に攻め滅ぼして──」
 しかし、その瞬間だった。ラースが少々語気を荒げて言い放とうとしたその時、ガチャリ
と黒いリアナイザの銃口が真っ直ぐに自分に向けられていたのだ。
 勇である。彼は異形(アウター)さえものともしない殺気を帯びた眼で、こちらを狙い定
めて睨みつけている。
「……そんなことをやってみろ。先ずはてめぇからぶっ殺す」
 少し離れて円卓に座っていたチンピラ風の男(グリード)が、反射的に立ち上がろうとし
ていた。反面、肥満の大男(グラトニー)やゴスロリ服の少女(スロース)はにたにたと笑
って菓子を食い続けていたり、何が可笑しいのかくすくすと笑ったりしている。黒スーツの
青年──ラストこと黒斗に至っては、椅子に背を預けたままぴくりとも動かない。
 場に、にわかに緊張が走っていた。明確な二項対立の構図こそなけれど、少なくとも和気
藹々とした性格からは程遠い。ラースと勇、それとやや傍観者を気取るプライドが互いを見
つめ返し合っている。
「人質を取るような真似をして勝っても意味がないんだ。万全の状態で叩きのめしてこそ価
値がある。枷なんてつけないし、つけさせない。奴は……俺が倒す」
 じっと勇は、銃口を向けたまま退かなかった。ラースの応答次第では、本当に今ここで同
士討ちになってしまっても構わないといった眼光で。
 故に、やがて先に折れたのはラースだった。というよりも、彼がキュッと床に靴底を滑ら
す直前で、中二階の暗がりの中からシンが姿を見せたのである。
「そこまでだよ。イサム君も、ラースも止めたまえ。黙っていたことは謝るよ。一応僕も、
彼のチューニングに関わった側だしねえ」
「……でしたら!」
「でも、彼という人間がいなければこの対抗力を得られなかった。皆も知っているとは思う
けど、誰も彼もがこの種の力を纏える訳じゃない。……最初見た時は、世の中にはなんて面
白い発想をする人間がいるんだと思ったけどねえ。守護騎士(ヴァンガード)討伐について
は彼に任せよう。元より、その為にチューニングした力だ」
 言って笑う。だが事実上シンは、プライドと勇の肩を持つ側だった。
 ラースは少なからず顰めっ面を深める。しかしそれは個人的な感情で、実際問題並みの同
胞らをいくらぶつけても、損失は増えるだけなのは明らかだった。
 一度ちらっと勇を見、一歩二歩とその場から下がる。小さく頷いた。犠牲を一人、それも
人間一人が担って済むのなら、それに越したことはない。
「貴方が、そう言うのでしたら……」
 やれやれと、呟く感じに軽く低頭する。
 自分の席にグリードが座り直していた。直りながら横から手を伸ばし、グラトニーの抱え
るスナック菓子を自分も摘まみだす。スロースは「ふふふ。怖い怖い」と口元に手を当てて
嗤い、ラストは終始視線も合わせず、我関せずを貫いている。
 勇は銃口を、黒いリアナイザを下ろした。ふんと隠す気もなく鼻で笑い、やはり不機嫌な
まま一人先に場を後にしてしまう。プライドもその背中を追った。二人はややあって暗がり
の中へと、溶けるようにして消えてしまう。
(全く……)
 内心、いや当然というべきか、ラースは嘆息を止めなかった。
 シン。何故貴方はこうも、協調性のない者達ばかりを重用するのです?

「──んぅ……?」
 知らぬ間にこの意識は乱暴に引き剥がされ、またその目覚めも、自身の生存本能が故に乱
暴だった。
 先ず感じたのは全身のだるさ、そして差し込む光の眩しさ。
 目を覚ました筧は、どうやら自分が見知った場所──自宅にいることを理解した。畳の上
に敷いた布団に放り出してあった身体を、もぞもぞと動かして起き上がる。窓のカーテンか
ら漏れる光が鬱陶しい。朝か。自分は一体……?
「ぐっ!?」
 すると、昨夜の事を思い出そうとした瞬間、頭が痛んだ。まるで脳味噌の奥の一点をピン
先で掻き回され、邪魔されているような、そんな気分。
 結局思い出すことは叶わなかった。その度に痛みは繰り返し、酷くなる。もしかして飲み
過ぎたりしたのか……? 思って、そうじゃないと自身に返答する。この感覚は──以前に
も襲われた経験がある。
 片手でこめかみを押さえ、もう片方の手で枕元の私物を探る。
 脱ぎ散らかしたスーツの上下と使い込んだ旧式のデバイス。財布や警察手帳、シャツの胸
ポケットに入れてあった筈のメモ帳……。
 やはり“当たって”いたか。気のせいかもしれないが、以前よりも破り取られている頁が
増えている気がする。デバイス内に仮移ししてあったメモも、何だかパッと見数が減ってい
るように思われる。
 ……自分の記憶が残っている限りでは、これで二度目だ。どうやら昨夜、自分はまた真実
とやらに近付いていたらしい。そしてそれは、この街の何者からにとっては、知られては不
都合な真実でもある訳だ。
(またしくじっちまったか。次こそは本当、物理的に消されちまうかもなあ……)
 布団の上に立ち、ぐぐっと大きく伸びを。
 筧はそこで一旦考えるのを止めた。思い出そうと集中するとやはり頭が痛むし、記憶が不
確かなら証拠にもならない。誰かに訴えてみた所で、由良くらいしか、まともに取り合って
くれそうな同業者も思い浮かばない。
 悔しいが、また“負け”た。しかしその事実は動かない。
 筧は気を取り直して、いつものように身支度を始めた。一旦洗面所へ向かって顔を洗って
歯を磨き、ざっと髪を梳き直してから替えのワイシャツやズボンに袖を通す。警察手帳や件
のメモも忘れずに。悠長に飯を食おうという気は起こらなかった。まぁ途中で惣菜パンでも
買っておけばいいだろう。
「よう。由良」
「あ……。お、おはようございます」
 半分思考は日常のルーティンに、もう半分はやはり思い出そうとするが、襲ってくる例の
頭痛と密かに闘いながら。
 電車を乗り継ぎ、筧は中央署に出勤した。一課のオフィスには既に由良も来ていて、給湯
室からコーヒーを淹れて戻って来る所だった。見かけて、気安く声を掛けたつもりだったの
だが、当の由良は妙にぎこちなく、目を真ん丸に見開いている。まぁ刑事(デカ)としては
まだまだ肝が小さい所などは、別に今に始まった事ではないが……。
「なあ由良。お前昨日、何してた?」
「えっ? せ、瀬古勇の葬儀の、警戒応援を……」
 しかし筧は、結局そこまで彼を問い詰めるようなことはしなかった。少し抜け落ちた記憶
を照会する程度で、彼の内心を徒に揺さ振りはしない。昨夜“当たり”があったのならば、
こいつもまた何かしら異変に遭っていた可能性もある。自分もそうだと悟られて下手に気を
回されるのも好かないし、何よりオフィスのど真ん中だ。語るべきじゃない。
「そ、それより兵(ひょう)さんも飲みます? ついでに淹れてきますけど」
「ん? ああ。そうだな、頼む」
 その間にも筧は周囲の同僚達に聞き耳を立て、再び給湯室に歩いていく由良を見送りなが
ら、現在の状況を整理しようとした。
 瀬古勇死亡という先日の事件に大きな変化はない。メディアはここぞと言わんばかりに昨
夜の葬儀に集まったが、上層部による事件幕引きのシナリオが変わっている様子はない。
 ……頭痛はしない。ということは、瀬古勇自体が“当たり”ではないのか?
 とん、とんと軽く指先でこめかみを叩く。昨夜自分は一体何を知ったというのだろう?
「新(あたらし)通りでゲバ発生! 規模がデカくて応援要請だとよ!」
「西大場の廃ビル、鑑識が出ないって? 何で? 爆発があったんだろうが」
「……」
 長らく追っていたヤマが梯子を外された。しかしこの街は相変わらず連日事件発生に暇が
なく、次から次へと飛鳥崎各地から連絡が飛んでくる。
 ゆっくり自分のデスクへと歩いてゆき、されど座ることもないまま、筧はじっと暫くそん
な同僚達の忙しないやり取りを聞いていた。
 ……西大場の廃ビル。確かこの前……。
 するとズキリと、頭に痛みが走った。今朝ほどではないが、自らの思考を妨げるように狙
い澄まして襲ってくる。
 こっちは“当たり”か。何があったんだっけ? 瀬古勇のアジトらしいと分かって、皆で
ガサ入れに行ったまでははっきりと覚えているんだが……。
「お待たせしました」
 ちょうどその時、由良が戻って来た。自分の分と、筧の分をご丁寧に淹れたコップを差し
出してくれる。ん……。筧はちらと視線を向けてやるとこれを受け取った。少し熱いくらい
の刺激が、まとまりの付かない脳味噌へいい感じに発破を掛けてくれる。
「由良。お前、今日暇か?」
「? ええ。聞き込みなら昨日してきましたし……」
 言って、由良がハッとなって唇を結ぶのが分かった。筧はそれを確かに見ていたが、特に
追及するでもない。こいつもこいつでコソコソ動き回っているようだが、それよりも今は自
分の成果(きおく)をリカバリーする方が先だ。
「じゃあ、面白い奴に会わせてやる。出掛けるぞ」
 そうして暫くコーヒーを喉に通した後、筧は空のコップをデスクの上に置きっ放しにして
歩き出した。えっ? 由良は不意を突かれ、ぱちくりと目を瞬いて驚いたが、すぐにこれに
倣ってコップを手放し、彼の後へとついてゆく。

 二人──筧が向かった先は、街の中心部から少し外れた、裏町にある小さな貸しオフィス
の一室だった、ずんずんと筧はその中を迷う事なく進み、由良は右も左も、目的地も分から
ないままその後に従う。
「杉浦、いるか?」
 ノックもそこそこに、筧が看板も掛かっていない貸しオフィスの扉を開ける。ひいっ!?
中から妙に驚き、怯えたような声が聞こえた。
「び……びっくりしたあ。か、筧の旦那。来るなら来るって連絡くださいよー」
 そこに居たのは、サングラスに着慣れぬ感じのスーツを着た、どうにも胡散臭い感じの男
だった。どうやら筧とは知り合いのようだが、明らかに彼を警戒して──怯えている。由良
はそのまま中に入ってゆく筧とは違って一応入口の前で立ち止まっていたが、既にやり取り
は、ここに来た目的は始まっていた。
「言ったらお前、逃げるだろうが。大丈夫だ。別に今日はお前をしょっ引きに来た訳じゃあ
ねぇから」
「ああ、当たり前じゃないですかー。俺っちはもう、ご覧の通り日向の道を──」
「兵さん。この方は一体? どうも知り合いみたいですけど……?」
「ああ。紹介しとこう。こいつは杉浦想、詐欺師だ。昔俺が捕まえた奴でな。出所した後は
こうして小さな探偵事務所をやってる」
「元、ですよー! 元つけてください! 第一印象が最悪じゃないですかー。もう足は洗っ
てるんです。ムショでもお勤めはきちんと済ませましたし、今は真っ当なんですよお」
「……どうだか」
 ふん。筧は鼻でこそ笑い、この男・杉浦は涙目になって泣きついていたが、声色からして
本気でそう糾弾するつもりではない。由良も彼とは付き合いが長いからよく分かる。いわゆ
る過去の事件から続く人脈といった所か。ちょっと憧れる。歴戦のベテラン刑事(デカ)と
なれば、こんなアウトサイドな方面からの知り合いも増えるのか。
「それで、今日は何ですか? まさか茶化しに来ただけじゃないでしょうねえ?」
「無論だ。今日はお前に依頼を出したくてな。ちょっくら調べて欲しいことがあるんだ」
 筧が言う。すると杉浦は「ほう?」とサングラスのブリッジを軽く押さえつつ、それまで
の態度を豹変させた。営業モードという奴だろうか。最初、思わず立ち上がっていたデスク
に座り直し、引き出しから幾つかの書類を取り出しながら筧に続きを促してくる。
「いいんですか? 刑事(デカ)が、俺みたいなのに協力させちゃって」
「お前、さっきと言ってること違うぞ……。まぁいい。ちと組織内では色々邪魔が入りそう
な案件でな。その意味で、お前みたいにアングラに詳しい人間の方が身軽なんだよ」
「なるほど……」
 二人が気付けばすっかり商談の体勢になっていた。由良は筧のやや斜め後ろに立ち、この
やり取りを見守る。筧は懐から一枚の写真──瀬古勇の映ったそれを差し出し、冗談も何も
ない真剣な様子で言う。
「情報屋のお前は知らない訳はねぇよな。瀬古勇。こいつの“本当”の消息を調べてくれ。
まだ何処かに隠れている筈だ。上は被疑者死亡ってことで幕を引きたがってるがな」
「……ほう。こりゃあ随分タイムリーででっかいのを持ってきましたねえ。やっぱ裏があり
ましたか。急だったもんで、妙だなあとは思ってたんスよ」
「流石だな。ああそれと、もう一つ頼まれてくれ。こっちは出来る限りでいい。この春先か
らの守護騎士(ヴァンガード)の出没情報を、地図上に落としてくれ。発言の裏が取れれば
大小は問わない」
「了解」
 杉浦は、筧から受け取った勇の写真を一瞥してしまい、その手で備え付けてあったデスク
トップPCのスリープ状態を解除した。ブゥゥンと駆動音が小さなオフィス内に響く。カタ
カタと素早く手馴れたキー捌きで、早くも複数の情報らしき記事がポップアップされ始めて
いる。
「支払いはいつも通りで?」
「ああ。連絡があればそっちに送る。期限はとりあえず一週間。状況に応じて期間と、その
分の報酬は積んでやる」
「へへ……毎度あり。任せてくださいよ」
 キーボードを叩きながら、杉浦はそう踵を返し始める筧にサムズアップした。対する筧も
肩越しに彼を見遣りつつ、フッと小さく笑いながら「頼んだぞ」と言わんばかりに去り際の
一瞥を向けてくる。
「……兵さんとは、長いお付き合いなんですか?」
「んー、まぁね。多分兄(あん)ちゃんよりは長いんじゃないかなあ」
 ちょちょいっと片手で退出を願い、杉浦は作業に没頭し始めている。入って来た時も特に
何かしている訳でもなかったことから、どうやら普段はさほど依頼に恵まれているという訳
でもなさそうだ。
「あの、杉浦さん。俺からも一ついいですか?」
「んー? 何だい? 兄ちゃん、旦那の付き添いじゃあなかったのかい?」
 だからこそ、由良はぐっと一度唇を結ぶと意を決した。半ば巻き込まれた状況──激流に
身を任せた末の一言だった。筧が先に事務所を後にして階段を降りて行ってしまったのを確
認すると、由良は口を開く。
「三条電機と、警察との繋がりがあるかどうか、こっそり調べておいて貰えませんか?」


 作戦は、翌々日には動き始めていた。先ずは二人、海沙と宙に対する分断工作だ。
「よーしっ、これで七連勝~♪」
「ぐう……。もう一回、もう一回だ!」
「ふふん? まぁいいけど。結果は変わらないと思うけどなあ?」
 週を跨ぎつつ過ごした日々。皆人達対策チームの面々はなるべく早く、しかしより確実な
タイミングが来るのを待っていた。
 そしてこの日、放課後の電脳研の部室で、宙は仁やメンバー達と格闘ゲームの対戦に興じ
ていた。彼女が強いのは何もTAだけではない。自らゲーマーと名乗るだけあって、FPS
から格ゲー、レーシングに至るまで、対人要素のあるタイトルは大よそ網羅している。
 部室に据え置いた大型テレビ(創部の際、皆人が提供した)に齧り付いて、宙達は何度も
何度も熱戦を繰り広げている。尤も対戦成績自体は、やはり彼女の圧勝であったが。
「言ってろ。今後こそ止めてやる」
「あ、ちょっとお。だからって隠し(チート)キャラ使うのはどうかと思うんだけどー?」
 キャラ選択画面でコマンドを入力し、通常では現れないキャラクタを仁は選択する。
 宙はむっとして横目を遣り、唇を尖らせていた。出現フラグをオンにするまでやり込んで
おいたのは自分だし、極めるキャラはなるべく少数精鋭の方がいいというのがポリシーだ。
 そんなにホイホイと、勝負の度に変えてしまっては、勝てる一戦も勝てなくなってしまう
んじゃないの……?
 横目を遣った時にそう思いはしたのだが、結局口には出せなかった。この、オタクだけど
気のいい仲間達の“愉しみ”に、水を差すような無粋はもっと良くない。
「ま、いいけど。その選択を後悔させて──」
 そんな、次の瞬間だった。
 再び画面の方に向き直った宙の背後から、他の元電脳研メンバーが調律リアナイザの銃口
を向けて引き金をひいたのだ。
 オォンッ。鋭く弾けるような音と共に、宙はその場に崩れ落ちた。念の為に顔を覗き込ん
で確認するが、間違いなく意識を失っている。……成功か。仁を始めとした、他のメンバー
達が安堵のような、後ろめたさ故の浮かない表情(かお)をして立ち上がる。
『ご苦労。では始めてくれ』
 密かに仕込んでいた小型インカムから、皆人の声が聞こえる。
 既に彼は司令室(コンソール)に到着し、今日の作戦全体の指揮を執っている。仁達は互
いに顔を見合わせて頷き合い、打ち合わせ通りに宙の懐からデバイスを弄って取り上げた。
 画面をタップして、待機画面を解除。すぐに彼女のコンシェルである所のMr.カノンが
ポップしてきたが、即座にデバイス本体の端子に専用の機器──司令室(コンソール)から
預かっていた外部ツールを差し込む。一般には出回っていない玄人向けのツールだ。
 強制シャットダウン。その上で仁は、このデバイスを剥き出しの基幹プログラムのままで
起動し、画面に流れる大量の文字列を確認しながら不都合(ひつよう)な情報だけを抜き取
っていく──削除していく。
 アドレス帳に登録してあった、由良信介のデータと、彼や海沙との通信履歴。他にも財布
に入っていた彼の電話番号のメモまで徹底的に。
「……やっぱ、後ろめたいな」
『仕方ないだろう? またリモートを使っても、こうした物理的なデータが手元に残ってい
れば、状況が元通りになってしまうのは時間の問題だ。寧ろこちらへの疑惑が高まる。大体
天ヶ洲にも、青野にも、あれはもう使うべきじゃない。香月博士もそう言ってたろう?』
「そりゃあそうだがよ……」
 インカム越しに、仁はそうぶつぶつと言葉を濁していた。
 解っているだろうに。そういう事じゃない。自分達の正体がバレるとか、バレないとか、
そういう問題じゃなくて。信頼や仁義の問題だ。まぁここまで拗れてる時点で既に、こんな
拘りなんぞ意味を成さなくなっているかもしれないが……。
「……なあ、三条」
『ん? どうした?』
 故に、仁は口を開いた。削除作業はほぼ完了した。後は、目が覚めた後の宙へのフォロー
だけなのだが……。
「俺の気のせいかもしれねえけどよ。こいつ、撃たれる直前、何だかこっち見て嗤ったよう
な気がするんだよ」

「んー、美味しー♪」
「でしょ? でしょ? これはここ暫くでも上位に食い込むんじゃないかなあ」
 一方その頃、学園の外では。
 この日海沙は、部室には顔を出さず、クラス内外の友人達と道草を食いながら帰宅の途に
就いていた。わいわいと女子の一団というべき騒がしさで、かねてより商店街に来るように
なった話題のクレープ屋で舌鼓を打つ。たっぷりと挟み込まれた生クリームと、ぷるぷる食
感のフルーツ達が絶妙な甘さを生み出している。
 暫くの間、海沙はこの友人らと共に、クレープ屋の前で談笑しながら間食タイムと洒落込
んでいた。商店街の大通りに面していることもあって、店の前には他にも──女性客を中心
に少なからぬ人々が集まっている。
『……』
 そんな彼女を、國子と数名の隊士達が見張っていた。物陰に身を潜め、じっと彼女が一人
になるタイミングを狙っている。
「見た所、不審な様子はありませんね」
「ええ。ですが油断はできません。この前の問い詰め(いっけん)がありますし」
 遠巻きに見ている限りでは、今日も海沙は一介のごく普通の女子高校生だ。國子も年齢的
には同じ括りなのだが、周りの部下達の年上さと本人の只ならぬ佇まいもあって、如何せん
ターゲットたる彼女達とは隔たった世界にいる。
「司令室(コンソール)から連絡が。天ヶ洲さんのデバイス確保に成功。予定通り、由良刑
事に関するデータの抹消を進めているとのことです」
「そうですか。私達も、少し能動的に動かなければいけませんかね……」
 ちょうど、そんな時だった。暫く談笑し、スイーツに舌鼓を打っていた海沙が、はたと友
人達と別れて、一人通りの人波の中へと向かい始めたのだ。
 拙い……。國子達は弾かれたように動き出した。やっと一人になってくれたのはいいが、
人ごみに紛れられては意味がない。事が大きくなる上に、見失う可能性が高まる。
「追いますよ。B班は商店街の出口へ。C班は念の為、入口方面へ。この機を逃す訳にはい
きません」
 了解。彼女の指示で、隊士達が物陰の奥に散る。國子自身も、一隊を率いて小走りで海沙
の背中を追い始めた。しかしどんどんと、その小柄な姿は商店街を行き交う人ごみ中に紛れ
て見え難くなってゆく。
(この手際の良さ。まさか、始めから……?)

 結論から言えば、その疑問はイエスだ。海沙は学園を出る前後から、ビブリオに宙の様子
をモニタリングさせていたのだった。検索と解析に特化した、彼女のコンシェルだからこそ
出来る芸当である。
 取り出してみたデバイスの画面には、宙の熱源を示す赤色の塊が映し出されている。
 しかしその塊は、同じ位置から殆ど動かない。座標からして部室にいるのは間違いないの
だろうが、それにしても、ゲーム中でもこうも微動だにしないのは不自然だ。……まさか?
画面を切り替えて彼女にメッセージを送ってみるが、反応はない。それで確信した。やはり
ソラちゃんはやられてしまった。……ごめん。わざわざ囮になってくれて。
(やっぱり、陰山さんも……)
 部室にいたのは、仁と元電脳研の面々。
 ということは、今尾けてきていたのは、國子だろう。
 これも予めビブリオに命じて警戒させていたからなのだが──他にもすぐ近くに複数の人
がいたらしいのは何だろう? 三条家の人達だろうか。どちらにせよ、あまりこちらにとっ
て好ましくない状況が起こりつつあるのは間違いない。
(……どうして? どうしてそこまで、私達に隠そうとするの……?)
 心の中で問うが、大よそその答えは解っている。
 巻き込みたくないからなのだろう。寧ろ今までこんな事が続いて、見当がつかない方がお
かしい。この春先から色んな事があり過ぎた。あり過ぎて怖いくらいなのに、むー君も三条
君も、陰山さんも大江君も皆、必死にそれを隠そうとしている。
(……そんなに私達って邪魔なの? むー君……?)
 これで暫くは追っ手を撒ける。だが心は哀しかった。それは親友(とも)が自ら時間稼ぎ
を買って出てくれて、それに國子達が容赦なく乗っかってきたという事実に基づく。
 佐原睦月。むー君。自分達にとって、大切な大切な幼馴染。
 でもこの春になってからずっと、彼は辛そうだ。単純に疲れが溜まっているというのもあ
るのだろうが、それ以上にもっと精神的なものが削られているような……そんな印象。
 以前よりもずっと、一人でいるようになった。自分達と、距離を取るようになった。
 どうして? どうしてそんなに一人で背負い込むの? 辛いんなら言って? 手伝える事
なら、何だってしてあげるから。
(むー君、何処に行っちゃったのかな……?)
 手筈通り人ごみに紛れ、そのまま一人裏路地へ。
 引き続きビブリオに警戒を怠らせないようにするが、向こうは焦っている筈だ。急いで場
所を移さないと、またいつかの二の舞になってしまう。
 昨日も今日も、むー君はふらり何処かへ行ってしまった。放課後に声を掛けようと思った
のに、また自分で自分を痛めつけるように、独りになろうとしている。
(むー君が、行きそうな所……)
 人気が少なく、彼が気に入っている場所。
 パッと思いつくのは幾つかあるが、特に挙げるとすれば──。

「……はあ」
 その当の睦月は、一人仰向けに寝転がっていた。
 場所は飛鳥崎の北、住宅地からも少し離れたとある古びた河川敷。
 幼い頃、海沙と宙、三人でよく遊びに来ていた場所だ。しかし時の流れと開発のムーブメ
ントの変遷が、この場所を寂れさせた。今では舗装された道もひび割れや剥がれが目立ち、
斜面にも川辺にも草が生え放題だ。
 先日の戦いの傷がまだ違和感を帯びている。あの日司令室(コンソール)で治療自体は済
んでいるのだが、受けたダメージの方はゆっくりと時間を掛けないと、完全には消えてくれ
ないらしい。
 だが、悠長に過ごしている暇はない。一日でも早く勇を止めなければ。
 香月らは心配したが、睦月は無茶を承知で皆人達に頼み込んだ。どうやら相手は自分を狙
っている。ならばわざわざ探しに行くよりも、こうして一人になっている所を見せつけ待ち
構えればいい。ここ数日、授業が終わればずっとこんな感じだ。海沙や宙、関係のない人達
を巻き込む訳にはいかない。尤もこの「待ち」の作戦は、傷を癒す為の時間稼ぎも兼ねては
いるのだが。
(ちょっと露骨過ぎるかなあ? 一昨日は宙がメールしてきたし……)
 河川敷の古木の陰や橋の下では、冴島以下リアナイザ隊の面々が身を潜めて控えている。
いざその時となれば、加勢やフォローに回る為だ。今もじっと遠巻きにこちらの様子を窺っ
ている。
 しかし一方の睦月は、ぼうっと別の事を考えていた。
 他ならぬ幼馴染達──海沙と宙への侘びだ。作戦の為とはいえ、ここ数日明らかに一人で
佇んでいる時間が増えた自分の態度が、彼女達を心配させているのではないか? ただでさ
えこれまでも、アウターや対策チーム、守護騎士(ヴァンガード)の存在を隠す為に色々と
嘘をついて騙してを繰り返してきたのだから。
(守りたいのに、全部逆だ。僕は、何をやっているんだろう……)
 故に、今までなら鬼気を負ってでも正しい道だと信じて止まなかった。なのに今は、まだ
癒え切らぬダメージの気だるさがそうさせるのか、全く逆の感情が生まれつつある。
「──やっぱり。ここにいた」
「っ!?」
 そんな時である。ザッザッと砂利を踏み締める音が聞こえ、睦月を覗き込むように見知っ
た少女が不意に影を作った。海沙である。睦月が、じっと隠れていた冴島達が思わず目を見
開いている。宙の方が片付いて映像をこちらに切り替えていた司令室(コンソール)の皆人
達も、多かれ少なかれ似たような反応だ。
「海沙……」
 どうして此処に? 驚きで言葉はきちんと出てこず、代わりに名前だけを呼ぶ。
 どうして此処に? 今日の放課後は真宮さん達と、新しく出来たクレープ屋さんに行くっ
て言ってたんじゃあ……?
「行ってきたよ。クレープ屋さん。でもそれよりも、むー君のことが心配だから」
 隣、いいよね?
 まるでこちらの思考を読み取っているかのように、海沙は微笑(わら)った。もさりと草
の生えた緑の斜面に、そっと制服のスカートを抑えながら腰を下ろす。
「懐かしいね。小さい頃はソラちゃんと三人で、よく遊びに来てたよね」
「……」
 彼女については陰山さん達が見張ってくれていた筈だ。まさかその監視の目を振り切った
とでもいうのか。それとも急にこちらに向かい始めたものだから、止める暇がなかったのだ
ろうか。
「でも、すっかりここも変わっちゃったね。草も伸び放題だし、人もいないし……。昔はも
っと華やかな感じの場所だったのになあ」
「……」
 斜面からぼうっと緩やかな川の流れを見つめて、或いは向こう岸に広がる住宅群を見て。
 海沙はそっと懐かしむように呟いていた。大人しくも優しい横顔だ。本当に今彼女の眼に
は、かつて三人で遊び回った頃の自分達が映っているのかもしれない。
「本当、変わっちゃったなあ。あの頃はずっと、こんな毎日がずっと続くんだって信じて疑
わなかった。でも今は……遠ざけてる。私も、ソラちゃんのことも。パンドラちゃんの試験
の為? まだ三条君ん家のお手伝い、終わらないの?」
 だから最初、ふいっと向けられた言葉の先が自分であると、睦月は気付けなかった。ハッ
となって内心で身構え、どう誤魔化そうかと思ったが──邪気のないこの幼馴染の佇まいに
睦月は思わず言葉を失う。
「二人が仲良しなのは私達も知ってる。でもね? むー君一人に危ない橋を渡らせるってい
うのは賛成できないなあ……。本当に偶然、なんだよね?」
「……」
 正視できなかった。おそらく彼女の方も、嘘をつかれているとは気付いているのだろう。
 暫く睦月は黙り続けていた。口篭っていた。物陰の冴島達がヒヤヒヤしている。インカム
越しに聞こえる司令室(コンソール)の皆の息遣いも、ザザザと細かいノイズ混じりに聞こ
えている。
「……ごめんね。喋りたくないなら、無理にとは言わないから。でもまぁ、ソラちゃんはあ
れからずっとプリプリ怒ってるんだけどね」
 あはは。なのに海沙は苦笑(わら)っていた。そうしれっと二人の本当の所を教えてくれ
ていた。睦月は尚も黙している──適切な言葉が見つからない。こうした繊細な気遣いは彼
女だからこそできる芸当だ。それはつまり、彼女自身も今まさにタイミングを図っていると
いうことで……。
「巻き込みたくないから、なんだよね? 私達のことを思ってそうしているんだって、私は
信じてる」
 だから数拍間を置き、一旦大きく深呼吸をした後、彼女の言葉に睦月は強張る。
 あまりにも真っ直ぐだったから。そっと見つめてきた、その表情があまりにも優しくて穏
やかだったから。
「でもね……やっぱり私は、むー君に一人で背負い込んで欲しくないよ。それはソラちゃん
だって同じ。覚えてる? 昔私達が野犬に襲われた時、むー君血塗れになりながら助けてく
れたよね? 私も最近まで忘れてたんだけど、ソラちゃんが話してくれてね……それで解っ
たんだ。むー君の本質は“無茶”なんじゃないかって。大事なものを守る為なら、それこそ
本当に自分を真っ先に犠牲にしちゃう。それで全部解決するって思ってる」
『……』
 睦月は黙っていた。前後して、一度は海沙を見失った國子達が河川敷へと近付いて来る。
 司令室(コンソール)の皆人や香月、萬波ら対策チームの面々も押し黙っていた。総じて
抱いていたのは焦りではなく、諦めの念だった。哀しみ、と言ってしまっても良いのかもし
れない。
「嬉しいよ? それだけ想って貰えるんだもん。でもやっぱり……哀しいよ。むー君がそこ
までしてくれるのに、じゃあ私達は何を与えられているのかな? って……」
「っ、僕は──!」
「いいんだよ。ここに“いていいんだよ”に、見返りなんて要らないんだよ」
 故に、睦月はハッとなって固まっていた。思わず振り向いて叫ぼうとした次の瞬間、海沙
はそう言ったのだ。にっこりと微笑(わら)って、小首を傾げていた。
「むー君と私達って、そんな関係なのかなあ? 私達って、そういうのがなければ一緒にい
ちゃいけない?」
「……そんな、こと……」
「ならいいじゃない。むー君はむー君のままで。一人で全部背負い込んで、傷付かなくたっ
ていいんだよ。そんなに頑張らなくたって大丈夫。私も、ソラちゃんも、お父さんもお母さ
んも、おじさまもおばさまもいる。ずっとそうやって助け合ってきたじゃない。私達は三つ
で一つの家族なんだから」
「……」
「いいんだよ。だから私達も、一緒に背負わせて?」
 気が付けばそっと手を握られていた。とても優しくって、柔らかい手だ。
 同時に睦月は、自分の中で何か堅いものがひび割れ、音を立てて崩れてゆくのを感じた。
 いや……本当はそんなに堅くはなかった。ただ頑なで、頑なであろうとし、そうしなけれ
ば彼女達を守れないと信じていたから。
「──」
 視界が霞んでいた。それが自身の涙だと気付いたのは、数拍遅れた後。
 ぼろぼろと、両眼から溢れ出てくる。ずっと堰き止めて、守り続けなければいけないと思
っていたものが、可笑しなくらい軽く感じられた瞬間だった。
「……ぁ。あアアァァァァッ……!!」
『睦月……』
『俺達の負け、かな』
 司令室(コンソール)の香月や、皆人らもそう静かにごちていた。息子の、親友(とも)
の涙の意味を、これでも理解しているつもりだ。他ならぬ、彼に孤独な戦いを強いてきたの
は、自分達自身なのだから。
 そうだ、睦月。お前は大きな勘違いをしている。
 お前が生きていることに、許しを請う必要なんてない。
 今までお前は大きな不自由なく育った。多くの人々に助けられた。だがそれは等価交換な
打算でも、借りなんかでもなく、只々お前に笑っていて欲しいと願った者達からの、無償の
愛なんだから……。
「……おいおい。何を泣いてやがる?」
『ッ──?!』
 しかしである。そんな、次の瞬間だった。
 海沙に取られた手を、そっと握り返して涙していた睦月。その五感に、仲間達の耳に、空
気など微塵も読まない嘲笑じみた声が入り込む。
「……探したぜ。守護騎士(ヴァンガード)」
 勇だった。
 ゆっくりと堤防の向こう側から歩いて来た、最難の敵だった。


 無遠慮に砂利道を踏み締め、勇が近付いて来る。睦月は零れていた涙をガシガシと拭い、
海沙を庇うように前に立った。司令室(コンソール)の皆人達が、物陰の冴島・國子両隊が
真剣な顔つきになって身構える。
「せ──」
 言いかけて、睦月は慌てて自らの口を塞いだ。
 明かしては拙い。ここには海沙(かのじょ)がいる。表向きにはまだ彼は死んだことにな
っていた筈だ。背中越しからも怯えているのが分かる。余計に煽り立てなければならない理
由もないだろう。
「そろそろこの前のダメージも落ち着いた頃だろうと思ってな。わざわざ待ってくれてると
は話が早い」
「む、むー君。この人って……?」
「今は話してる暇がない。逃げて。早く!」
 尤も当の勇自身は、そんなこちらの心配などまるで考えも、意に介しもしていないようだ
ったが。
 ゆらりと害意──口角を吊り上げながら距離を詰め、彼は堤防道から草の坂へと真っ直ぐ
にこちらに向かってくる。睦月は背後の海沙に、答えるよりも先ず避難させることを優先し
ようとした。しかし海沙当人は戸惑っている。大方睦月(むーくん)を置いてなど、とでも
考えているのだろう。
「……で? そこの女は何だ? お前のツレか?」
 故に勇も、ちらっと怪訝な様子で海沙の方を見た。狂気の中にも一抹の嬉々があった表情
に、じりっと刺すような不機嫌が混じり込む。
 睦月は答えなかった。肩越しにちらりと確認し、震えたまま動けない海沙に困る。
 拙い。このままでは彼女を巻き込んでしまう。避けなければ。それだけは、それだけは絶
対に避けなければ──。
「邪魔だ。失せろ」
 だがそんな睦月の内心の焦りを、他ならぬ勇が吹き飛ばした。
 自分達よりやや上の位置の坂に立ったまま、仕掛けてくる様子もなくただそう言い放って
見下ろしている勇。一瞬目を瞬いたが、どうやら海沙が離れるまで待っている心算らしい。
海沙自身も戸惑っていた。睦月と、彼との間に視線を何度も往復させて、どうしたらいいの
かとおろおろしている。
「え、えっと……」
「失せろ。戦いの邪魔だ。人質(よわみ)を握って勝ったって、何の意味もねえ」
 二度も言わせるな。そう言わんばかりに眉間に皺を寄せて、勇は言った。
 ビクッと海沙が身を硬くする。迷うようにみせた視線に睦月は頷いて、この隙に彼女を逃
がそうと試みる。
「それと──さっきからそこでコソコソ隠れてる奴ら。てめぇらも邪魔だ。余計な真似をし
てみろ。先にてめぇらからぶち殺すぞ」
 バレていた。真っ直ぐに射抜くような視線を投げつけられ、冴島と國子達がゆっくりと物
陰から現れる。「陰山さんと……誰?」海沙が小さく驚き、そして戸惑うが、次の瞬間それ
よりも更に事態を掻き回す者達が現れる。
『──ァァ』
 サーヴァント達だった。わらわらと、まるで勇の一言を合図にするようにして、物陰に隠
れていた冴島や國子、隊士達を追い出すように彼らは伸び放題の草木の中から現れる。
「ひぃっ?! ばっ、化け……!」
「大丈夫。大丈夫だから、陰山さん達の所へ行って? 一緒にできるだけ遠くへ。ここにい
たら巻き込まれる」
 当然、海沙は怯え出した。無理もないだろう。突如として蛇腹パイプを胴に巻いたバケツ
ヘッドの怪人達が大挙してきたのだから。睦月は彼女を庇う体勢のまま、じりじりっと坂を
降りて行った。降りて行って、こちらに小走りで駆けて来る國子らに彼女を託す。
「B班、青野さんの保護を!」
「A班と残りの班は撃退準備! 彼女を守るように二重陣形!」
 そうして、冴島と國子達はすぐに動いてくれた。まだ少なからず混乱している海沙を抱き
抱えるように保護すると、めいめいのコンシェル達を呼び出した隊士らがぐるりとこれを円
状に囲んで身構える。「コ、コンシェル? 本物……?」やはり海沙が驚いていたが、今は
構っている暇はない。彼女が彼らにキャッチされたのを確認して、睦月は頷き、言った。
「僕なら大丈夫です! それより海沙を、できるだけ遠くへ!」
 そんな睦月の叫びに、冴島達は初め戸惑っているようだった。
 だが目の前にいる相手は、今までのアウター達とは明らかに違うし、一線を画している。
言うなれば擬似守護騎士(ヴァンガード)とでもいうべき存在だ。自分達隊士の力では到底
敵う気がしない……。
 いざとなった時、海沙を運ぶ人手も必要だ。冴島らは苦渋の表情を浮かべていたが、やや
あってコクッと頷いた。戸惑う海沙の手を引き、急いでこの場から離れてゆく。一方でサー
ヴァント達も、そんな彼らに襲いかかろうとはしなかった。まるで予めそう命令を受けてい
たかのように、代わりに動いて形作ったのは、睦月と勇を囲む大きな四角のみ。
「いくぜ。守護騎士(ヴァンガード)──いや、佐原睦月」
「……っ!」
 睦月はじりっと河川敷まで後退していた。その位置を埋め直すように、しかし一定の距離
は保ち続けて勇も降りて来る。戦うしかないのか……。迷い、きゅっと唇を結ぶ睦月から目
を離さず、勇は懐から黒いリアナイザとデバイス、ドラゴンが変化したものらしきそれを左
右の手に握り締めて構えた。睦月も、同じEXリアナイザ──白いリアナイザと画面の中で
「ふーっ!」と威嚇しているパンドラの入ったデバイスを構え、これをセットする。
『READY』
「変、身』『EXTENSION』
『TRACE』『READY』
「……変身!」『OPERATE THE PANDORA』
 黒いリアナイザはコードを入力して『666』、白いリアナイザはホログラム画面を操作
して基本の換装を。
 互いに向かい合った睦月と勇は、同時に電脳の力を纏って変身した。
 守護騎士(ヴァンガード)。白亜のパワードスーツに身を包んだ、正義の騎士。
 龍咆騎士(ヴァハムート)。漆黒のパワードスーツに身を包んだ、怨念の戦士。
「……何、あれ。むー君が、鎧になっちゃった……」
 遠く橋の上まで避難した海沙は、そんな二人の光景に唖然としていた。
 白ばんだ空色の輝きと、禍々しい黒い光球。それぞれから弾き出た二人の姿は、およそ彼
女の“常識”からは考えられないもので……。
「……まさか。守護騎士(ヴァンガード)って……」
 冴島も國子も、通信越しにこの一部始終を観ていた司令室(コンソール)の皆人達も、何
も言わない。戦いはもう、始まってしまった。
「いくぞお! 佐原ァ!」
『DUSTER MODE』
「おぉぉぉぉッ! スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
 ツーノック、音声認識。銃口から飛び出た棘の拳鍔とエネルギーの刃が、直後激しくぶつ
かって火花を散らした。遠慮など要らない、遠慮などしない。戦いは始まった。繰り返し吹
き荒ぶ二人の余波に、周りを囲んでいたサーヴァント達が一体また一体と飛ばされてゆく。
「こんな、モンかよっ! まだ傷が残ってんのかあ!?」
「気にするんなら……何で海沙の前に出てきた!? 彼女だけは……彼女達だけは、巻き込
みたくなかったのに!」
『ARMS』
『CUT THE MANTIS』
 初撃の押し合いは、やはり基礎スペックを上回る勇に分があった。だが睦月とてもう出し
惜しみはしない。相手の拳鍔に押し切られたのもそこそこに、飛び退きながらホログラム画
面を操作すると、両腕に二刀の逆刃を装着する。
 一撃一撃が重い勇の──黒い守護騎士(ヴァンガード)の攻撃。
 それを睦月は、マンティス・コンシェルの刃で巧みにいなし、返すもう一方の腕で反撃を
加え始めた。一発二発と火花が散り、或いはすんでの所でかわされる。今度は勇が距離を取
り直す番だった。互いにリアナイザを操作する。互いに武装を呼び出したが、一歩早かった
のは睦月の方だった。
『ELEMENT』
『INCLUDE THE APRICOT』
 緑色の光球が銃口に吸い込まれ、放たれた複数のエネルギー弾は──存外ゆっくりに勇へ
と向かっていった。
 その弾速に、一瞬勇は油断する。身構えてすぐ、充分にかわせると見込んでそのまま、数
字キーのコードを入力しながら駆け抜けようとした。
「っ!?」
 しかしそれが甘かった。ゆっくりと漂うエネルギー弾達は、少し勇の肩などに掠っただけ
で、次から次へと堰を切ったように爆発し始めたのである。
「チッ……! 誘爆弾か」
 睦月が銃口を向け続けている。そう、これは誘爆の性質を持つ属性弾。攻撃ではなく、ば
ら撒いて相手の行動を妨げるのが主な目的だ。
 睦月は走り出していた。同じくEXリアナイザを再び操作し、矢継ぎ早に次の一手を繰り
出す為に。
 ……守らなくっちゃ。自分を許してくれた彼女達を、守る。平穏な日常を、守る。
 そんな日々を壊そうとするのなら、放ってはおけない。そんなお前を、僕は許す訳にはい
かない。
(瀬古さん……。貴方は、僕の敵だ!)
『ARMS』
『BRITTLE THE QUARTZ』
 繰り出した左手に銀色の光球が纏い、手首から上が、頑丈な手甲(ガントレット)に変化
した。そのまま勇の武器──黒いリアナイザを狙う。そんな動きに、対する勇も何か危険な
予感を抱き……。
「調子に、乗るなァ!」
『ENHANCE BRACHIO』
 入力したコードは『7524』。中空に展開したパーツ群は直後彼の左腕に装着され、巨
大な射出機構付きのチェーンハンマーとなって発射される。
 鞭の要領でしなり、ばら撒かれた誘爆弾をごっそりと駆逐したチェーンハンマー。
 更に勢いはそこで終わらず、一転近接に持ち込もうとした睦月を激しく打ち飛ばした。
「ぐっ……! がはっ……!」
「ぜえ、ぜえ。猪口才な手を──ん?」
 強烈な衝撃で地面を転がり、むせた睦月。
 そんな彼を見下ろして舌打ちをしながら、はたと勇は気付いた。
 チェーンハンマーの一部が、石化して脆くなっている。
 なるほど。そういう能力か……。鎖を手繰り寄せながら見下ろし、理解する。もしリアナ
イザの方で殴っていれば、その時点でシステム全体を無力化されていた。
「一々みみっちいんだよ! それでも一度は俺を追い詰めた男か!? 戦え! 戦って、俺
の怒りを鎮めろ!」
 二度目の舌打ち。そして勇は、ハンマー部分を直接握り締めると、両膝をついた睦月に向
かってこれを散々に振り下ろした。
 ガンッ、ガンッ。激しく火花が散る。高重量の打撃が叩き付けられ、睦月が声にもならな
い悲鳴を上げて崩れ落ちようとする。
『睦月!』
「い、嫌あああッ!」
「睦月君!」「睦月さん!」
『逃げて、睦月! 強化換装よ! ブルーカテゴリを! 相手のパワーを抑え込むしかもう
方法がないわ!』
『聞こえるか、睦月!? そのままじゃやられるぞ!』
 仲間達が叫んでいた。インカム越しからも必死の指示が聞こえる。
 視界が霞んでいた。繰り返し振り下ろされ、振り上げられた勇のハンマ……。
「──っ!」
 その、次の瞬間だった。睦月は刹那戦意を取り戻し、その場を転がって勇の攻撃をかわし
ていた。草を地面を大きく抉って、勇がギロリと見つめてくる。大きく息を切らし、肩で呼
吸を整えながら、一旦距離を取り直した睦月は再びEXリアナイザを操作する。
『WOLF』『DOG』『FOX』
『RACCOON』『LYCAON』『JACKAL』『COYOTE』
「……っ」
『ACTIVATED』
『FENRIR』
 ホログラム画面上で、滑るように連続で選択されたコンシェル達。澱みない機械音。
 バチバチッと奔流の抵抗力を掌で押し込み、睦月はその銃口を高く掲げた。同時に頭上へ
と、大きな青色の光球が発射される。その後光球はある高度で七つに分裂し、ぐるぐると円
陣を組みながら、次々に睦月へと降り注ぐ。
「──」
 溢れ出した大量の冷気。
 はたしてそこに現れたのは、全身青を基調としたパワードスーツに姿を変えた、睦月の新
たな姿だった。
 フェンリルフォーム。両肩に毛皮を模したモフを纏い、やや弓なりに湾曲した片手剣と小
盾を装備した、エネルギー制御に特化した強化換装。
「……調子に乗るなよ。お前は、俺に倒されるべき存在だッ!!」
 石化したチェーンハンマーを捨て、新たに大鋏型のアームで殴りかかってくる勇。
 だがそれを、睦月は冷気を纏う剣と盾で、巧みにいなしたのだ。驚いた勇がもう二度三度
と、繰り返し攻め立てる。しかしそのどの一撃も、新たな姿になった睦月には掠り傷一つ与
えられない。逆に受け流されたその接触点から、勇の身体が徐々に凍て付き始めている。
「……凄い」
「どうやら、香月さんの作戦は当たったようだね。パワー偏重の相手に力でぶつかるのでは
なく、逆に利用する。これでもう、彼の力は半分以下になった」
 遠く橋の上からでも、形勢の逆転は見て取れる。海沙はまるで魅了されるようにじっとこ
の幼馴染の戦いを見ていた。フッと、冴島が呟きながら微笑(わら)う。えっ……? 海沙
はされど思わず視線を向けた。
 香月さん? おばさまが?
 じゃあ、むー君のあの姿は、おばさまが作った──?
「決めるよ。パンドラ」
『了解です! 一発、ギンギンに冷えた奴をお見舞いしてやりましょう!』
 動きが鈍ってよろめいた勇を見遣りながら、睦月は言った。ホログラム画面内のパンドラ
もすっかり乗り気で、傘下のサポートコンシェル達に号令を掛けている。
「チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
 片手剣を持ち替え、その柄頭にEXリアナイザを挿入する。刀身全体に加速度的に冷気が
渦巻き始め、辺りを巻き込んだ。もう一度右手へ。ぐるんと回したそれを、今度は逆手にし
て、思いっ切り地面に叩きつけて突き刺す。
「なっ……!?」
 するとどうだろう。突き刺した場所を基点に、地面が急速に凍て付き始めたではないか。
勇はかわすことも叶わず巻き込まれ、下半身は勿論、両腕までも氷漬けにされて一切動けな
くなってしまう。
「……」
 睦月は剣を構えたまま、ゆっくりと腰を落とした。サッ、サーッとスケートの要領で徐々
彼の回りを加速して滑走し始め、やがてその速度は霞んで目では追いつけないほどのものに
なってゆく。
「がっ?! ばっ、がっ、ぐぁッ!!」
 それはまさに剣舞。猛烈な加速がついたまま次々と繰り出される斬撃は、すれ違う度に勇
を散々に痛めつけた。無数の火花が散る。冷気が迸る。ぐわんと大きく揺らいだ、しかし氷
漬けになってろくに動けないその身体に、睦月は最後に渾身の一撃を叩き込む。
「どっ──せいやああああーッ!!」
 極限までエネルギー、青い輝きを込めた一閃。その衝撃に勇の身体は中空へと巻き上げら
れ、大きく地面に叩き付けられていた。
 濛々と冷気が蒸発してゆく。息を切らしながら、何とか立ち上がろうとする。
 だが、もう勝敗は明らかだった。バチバチッと、龍咆騎士(ヴァハムート)の装甲全身か
らエネルギーの漏出が始まっている。勇自身も既にふらふらだった。滑走を止めた睦月が、
じっと剣と盾を構えてその出方を窺っている。
『──ここまでだね』
 ちょうど、そんな時だった。龍咆騎士(ヴァハムート)に繋がった通信に、白衣の男こと
シンからの一言が響いた。パワードスーツの下で、勇が目を見開く。見開いて、チッと激し
く舌打ちをしている。だが対するシンは冷静だった。言葉こそなかったが、周りに座す円卓
の面々も同じだった。黒いリアナイザを介して戦いの一部始終を観ていた彼が、勇にそう明
確な指示を下す。
『退くよ。戻っておいで。中々有意義なデータを採れた。どうやら彼には、まだまだ底知れ
ぬ力があるようだね。僕達もまだまだ、更なるチューニングを必要とするらしい』
「くっ……」
 怪訝にその様子を見つめていた睦月達。すると勇は、惜しみながらも弾かれたように黒い
リアナイザの数字キーを入力した。
『ENHANCE PTERA』
 コードは『0644』、背中に装着されたのは巨大な機械の翼。
 身構えた睦月に、勇は一瞬途轍もない憎悪の眼を向けた。しかし次の瞬間、彼はその機械
の翼を羽ばたかせ、大きく空に舞い上がって河川敷から飛び去ってしまう。
「……助かった、のかな?」
「そのようです。形勢逆転とみて、撤退の指示があったのでしょう」
 橋の上では冴島と國子、隊士達がめいめいに傾げる小首と安堵を浮かべていた。こと海沙
にとってはそれは顕著である。正直目の前で起きた事が色々あり過ぎて混乱しているが、そ
れでも一つはっきりした事がある。
「……。むー君が、守護騎士(ヴァンガード)……」
 司令室(コンソール)の皆人達が、やれやれと静かに嘆息をついていた。
 しかしその表情は、同じく何処か安堵さえしている。それは単に決定的瞬間を目撃された
という点だけではなく、直前まで睦月と交わされていたやり取りが故だったのだろう。
「……リセット」
 たっぷりと、たっぷりと暫くその場に立ち尽くした後、睦月はそっとEXリアナイザを頬
元までやり、変身を解除した。辺りにはまだ点々と凍て付いたままの氷の地面と、激しい戦
いの痕跡が残っている。
 一陣の風が吹いた。さわさわと、その草臥れた制服姿を揺らした。
 そして睦月はゆっくりと、肩越しに振り返り、向こうの──橋の上にいる海沙達の姿を見
つめたのだった。

「──何故退かせた!? 俺はまだ……まだやれていた!」
 地下深く、薄暗い巨大サーバー室。“蝕卓(ファミリー)”のアジト。
 睦月との再戦が予想外の惨敗に終わり、帰還した勇はいの一番にシンへ噛み付いていた。
しかし当のシン本人はというと、何処吹く風で、寧ろ懇切丁寧に説明してくれる。
「指示の通りなんだけどね? あれは完全に形勢逆転だよ? あのまま続けていれば、本当
に君は死んでいた。君には悪いけど、基本スペックをパワーのみに振っていたのが仇になっ
たねえ。これまでの傾向から、高火力の相手には苦戦すると踏んでいたんだが。あのような
形態もあるとは……」
 ぶつぶつ。しかし暗に「実に興味深い」とでも言いたげで、嬉しそうなシン。
 続けていれば死んでいた──その一言に、勇はギリッと唇を噛んだ。返す言葉もない。そ
んな彼の様子を見かねてか、当初反発していたラースやからかい癖のスロースが何か言い出
す前に、白鳥(プライド)がポンと軽く肩を叩いて慰める。
「そう悔やむことはない。お前はよくやった。最初の一戦も、今回の前半も、お前はあいつ
を追い詰めていたではないか。……このシステムはまだ発展途上だ。繰り返しデータを採り
改良を重ねてゆけば、きっとお前は最強の戦士になれる」
「……最強ねえ」
「発展途上のシステムというのなら、向こうもそうじゃないの? プライド。流石に肩を持
ち過ぎじゃない?」
 グリードと、やはり気だるげにスロースが言った。すると案の定、勇がキッと射殺すよう
な眼でにらみ返して来、プライドがその前にそっと立ちながらこの二人を牽制する。
 ラースはこれには加わらなかった。グラトニーは相変わらず菓子を食い散らかすことに熱
心だし、黒斗(ラスト)は軽く目を瞑ったまま我関せずを貫いている。
「こらこら。喧嘩は良くないよ? 互いに発展途上結構。面白いじゃないか。ふふ、技術者
の血が騒ぐねえ。守護騎士(ヴァンガード)の、まだ見ぬ開発者──この国にもこの僕と渡
り合えるだけの才能が、まだ眠っているという訳だ」
 ククク。その中でただ一人愉快そうなシンに、一同が半ば呆れていた。しかしそんな彼こ
そが自分達の生みの親であり、この“蝕卓(ファミリー)”の頂点なのである。
「まぁ、その辺の再チューニングは追々。ともかく、これで彼の装着者としての適性は明ら
かになった訳だ。故に改めて──彼を正式に“七人目”として迎え入れようと思う」
 ラースが、スロースが、グリードがグラトニーがラストが、それぞれスッと顔を上げた。
勇を引き込んだ当人である所のプライドは悠然と立ち、内心「面倒な事になった」と嘆息を
つく司令塔・ラースとは対照的である。
「イサム君。その悔しさをよーく覚えておきたまえ。それはきっとこの先君を大きく飛躍さ
せる力となる。君はこれからも、引き続き対守護騎士(ヴァンガード)要員として活動して
貰うことになる。今は身体を休めておくといい。その門出と言ってはなんだが、今日この場
で“七人目”としての号を与えよう。如何せん、余りものになってしまうがね」
 はははは! そう言って、シンは大きく両手を広げて笑った。
 プライド以下、既に蝕卓(ファミリー)を埋める六人がじっと彼とこの新入りの姿を見つ
めている。ばさりと白衣を翻し、この狂気の科学者は宣言する。
「瀬古勇及びドラゴン。君達を我らが家族(ファミリー)の七人目“嫉妬(エンヴィー)”
に任命する。存分にその力を振るってくれたまえ!」

 夜の深まる飛鳥崎。その夜闇を紛らわすように華やぐネオンの中を、杉浦は歩いていた。
路上で客引きをするホストやホステス達、不良とレッテルを貼られる少年少女達から酔っ払
いまで、様々な住人達の蠢くこの魔なる時の中を、彼は密かな哂いと共に闊歩する。

「……」
 その頃筧は、一人自宅の畳の上に地図を広げていた。杉浦には依頼したが、それまで自身
で何もしないのは落ち着かない。二度に渡って頁を破られたメモ帳や、PCに移しておいた
データを元に、これまで自分たち中央署が把握した不可解事件をリストアップ。地図の上に
バツ印を付けて可視化して時系列を追い、その活動域の境界線を探る。

「これが、むー君達の……」
「嘘でしょ? こんな空間が、飛鳥崎の地下にあるなんて……」
 何よりも睦月達は、打ち明けざるを得なかった。目を覚ました宙に事情を話して何度も謝
り倒し、海沙と共に司令室(コンソール)へと連れて来たのだ。アウター、対策チームと、
守護騎士(ヴァンガード)。話さなければならない事は山ほどあるが、それよりも先ず二人
は、目の前に広がる巨大なスケールに只々圧倒されている。

「ははははは! めでたい、実にめでたい。我が子らよ。これからもよく進化し、増えてく
れたまえ。それが他ならぬ“僕達”の願いなのだから……」
 高らかに哄笑するシン。勇を加え、七人が揃った蝕卓(ファミリー)はそれぞれの円卓の
席から低頭し、恭順の意を示す。シンは大きく両手を広げていた。オォォン……と、背後の
巨大サーバー群が、中央に備え付けられたディスプレイに無数の金の文字列を満たしだす。
『……』
 デジタルの羅列。本来なら、記号以上の意味をもたないもの。
 だが次の瞬間、そこには巨大な女性の顔らしき姿が浮かび上がり、微笑んでいた。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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