日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「イシズエ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:現世、赤色、水】


 用件を済ませてオフィスの外に出ると、途端に容赦ない日差しが殺到する。
 スーツ姿の彼は思わず目を細め、手で庇を作った。ゆっくりと仰いだ空は憎たらしいほど
に真っ青で、雨の気配一つない。
「……暑ぢい」
 彼は、つくづくこの季節と瞬間が嫌いだった。一介のしがないサラリーマンである所の彼
は道中でスーツを脱ぎ捨てる訳にはいかなかったし、毎日何度も何度も繰り返す移動と気温
差の洗礼はこの時期最も酷くなると言ってしまってよい。
「はあ」
 思わず口を衝いて出るのはため息。
 半ば無意識に引っ掛けた指先で首元を緩めつつ、彼はぼうっと道向かいを見遣る。
 アスファルトの路上には、埋もれるほどの人々がごった返し、行き交っていた。そんな群
れ全体が何処かぼやけて見えるのは、連日の熱波のせいか。
 視線を落とせば、道のあちらこちらに水溜りが残っているのが見えた。十中八九用事を済
ませている間ににわか雨でも降ったのだろう。何で今じゃないんだ。思わずむすっと口元を
すぼめたが、この現実(ひざし)は変わらない。それより寧ろ、そんな短時間で消え去って
しまうこの街の渇き具合にこそ辟易する。
 ……自分は何故、ここにいるのだろう?
 仕事だからとか、そんな身も蓋も無い答えじゃなくて、もっと根本的な問い。どうして自
分達はこんな熱を閉じ込めるばかりの──閉じ込めておいて尚、増幅させるような建造物の
中にいるのだろう?
 別に、ここまですし詰めになる事はないじゃないか。もっと互いに距離を取って、のんび
り暮らしていたっていいじゃないか。
 思うけれど、所詮そんな願いは叶わない。自分達は他の誰かから金を巻き上げ続けなけれ
ば生きられないし、自身もまた誰かに巻き上げられる。持ちつ持たれつと言えば確かに聞こ
えはいいかもしれないが、そもそも降りるという選択肢が無いなんてクソゲーだ。ざわざわ
と現在進行形で耳に響く雑踏の音が煩わしい。無数の声、人工の音。どれもがそれぞれのて
んで勝手な思惑で動き回り、翻弄する。何を考えているのか、やらかしてくるのか分かった
もんじゃない。市民は合理的判断? 見当違いも甚だしい。こんな猥雑な群れに、整った方
向性も何もあるものか。
(なぁにが、平和な国だよ)
 二重の意味での苛立ち──そんな大よそ無関係な他者の群れと、他ならぬ自分自身がその
構成員であるという現実。
 彼は歩き出す。人波と、赤から青に配色を変える信号機のシルエットに流されて、点々と
水溜まりの残る横断歩道を渡り出す。
 彼は思っていた。ちょうど世間では今頃に、かつての大戦を繰り返し繰り返し語る年中行
事が行われる。そんな時は決まって、メディアや年寄り達は今この国は恵まれていると言い
放つのだ。
 冗談じゃない。確かに物質的には豊かになったのかもしれないが、お前らは本当にこれが
自分達の目指した理想の世界だと言いたいのか?
 冗談じゃない。今は、今だって、毎日が戦争だ。姿形は変わっても、自分達は日々金を稼
ぐことに文字通り心身を削る。中には途中でぽきりと折れ、崩れ落ち、敗者の烙印を押され
ながら退場していく者達もいる。うちの職場だって、部署や年齢を問わずそういった連中は
年にダース単位くらいは出ている。なのに誰も──自分自身も、そんな現実に正面切って批
判一つできないのだ。
 “戦争”なら、続いている。この国はもうずっと、戦い続けている。
 誰と? 何と? はっきりとは表現できない。だが確かに自分達は日々己のリソースを削
りながら生き、支払って歳月を経て、死ぬ。一体何の為になんだと思う。こうして頼んでも
いないクレーム処理に出向き、神経を磨り減らすことに何の意味があるのか。この前も後輩
が一人辞めていった。転職先の当てすらつけていないという。なのに彼は放り投げることを
選んだ。直接接点があった訳でもなく、人伝で知ったに過ぎないが、この先どうなるのか。
そうやって一人また一人と退場していって、中には孤独に死を選んで──積もり積もって年
間万単位で他人が自ら死んでいる。これもまた、本質的には“戦死”ではないのか……?
(……はあ。帰りたい)
 人波の進みが妙にとろく感じる。ようやく渡り切った所で、彼はもやもやと浮かぶ自身の
思考をぺいっと手放した。
 詮無いことだ。だってしょうがないじゃないか。
 一人考えた所で、何も変わりやしない。嘆いた所で、何も進展などしない。
 ただ過ぎてゆくだけだ。歳月は戦争があったという日々も、人々の傷痕も、その過ぎゆく
ままに押し流す。それが良いとか悪いとか、延々と議論のポーズをしてみせるのは、単にお
互いの慰みでしかないんだと思う。只々、この街の鬱陶しさに一助を加えるだけのことだ。
(──ん?)
 ちょうど、そんな時である。
 横断歩道を渡り終えた後ろをトラックが通り過ぎ、何となく肩越しに振り返った彼の目の
前へと水飛沫が飛んできたのは。

 ***

 あんにゃろう。近くの水溜りを跳ね飛ばしてきやがった。
 そうスーツ姿の彼が理解したのは、その直後のこと。
 思わずムッとし、彼は顔面に直撃したそれを拭おうとした。
 ……だが、手に伝わった感触はどうにも妙だった。明らかにイメージとは違っていた。
 にゅるり。やけに粘り気があった。しかも生温かさすらある。……最悪だな。日差しに炙
られて水さえ茹だったか。そう思い、彼は嘆息をつきながら目を開いたのだが──。
「っ!? 何(なん)──」
 真っ赤だった。次に目を開いた瞬間、そこは見慣れたあの忌々しい街ではなく。
 ひたすら黒い煤けたような空の下、何か粘っこい大量の水溜りが足元一帯辺り一帯に広が
っていた。杓子定規にそびえ立ち、競うように日差しを反射していた筈のビル群が、今は古
ぼけた無数の石積みの塔にすり替わっている。
 血だ。
 半ば反射的に拭った水気の正体がそれだと知覚した時、彼は思わず「ひぃっ!」と腰を抜
かしていた。ばしゃん。再び、先ほど以上に生温かい嫌な感触がシャツやズボンに染み込み
ながら伝染する。彼は慌てて右を左をと見渡していた。何がなんだか分からない。一体ここ
は何処なんだ? 何があったっていうんだ?
『──』
 答えは求めるまでなく、早かった。明確に叩き付けられていた。
 黒く煤けた、赤く広がる地平線と交わる遠く向こう。そこからバリバリバリッとけたたま
しいプロペラ音を立てながら飛行機の一団が飛んでくる。
 爆撃機? 頭の中の記憶とイメージから引っ張り出して端的に形容したのが、それだ。寸
胴でただ無骨にデカいそれらは、彼の視界遠くの頭上を通り過ぎて行ってはバラバラと黒い
点々を落としてゆく。
「っ──!?」
 爆音。遠くの地平線、血だまりが立て続けに吹き飛んでいくのが見えた。じんじんと頭の
奥までそれが視覚と共に響いていって理解する。……戦争だ。これは、いわゆる戦場の映像
なのか。
 ハッと振り返る。今度は逆の方向から、草臥れた軍服を着た一隊が横列を作りながら駆け
抜けてゆくのを見た。手には銃剣、頭にヘルメットと背中にリュック。こちらが何か話し掛
ける間もなく、彼らは通り過ぎて行ってしまった。ぼうっとその小さくなってゆく姿を見送
る。暫くしてまたあの爆ぜる音量が連続し、悲鳴が聞こえた。応じるように散発的な銃声も
響く。まるで夢のようだが……間違いない。ここは、何処か見知らぬ戦場だとでもいうのだ
ろうか。
「……どうなっちまってんだよ」
 夢なら早く醒めてくれ。彼はそう思った。もうすっかり真っ赤に汚れた格好もそこそこに
力なく立ち上がると、爆音のあった方とは逆の方向へと走り出す。
 何処だ? 何処だ? 何処だ? この趣味の悪いイタズラの出口は何処にある?
 なのに視界に映るのは、五感に広がるのは一面の血の海と石積みの塔。加えて走り続けて
いると、その中にさっきの兵士達の仲間らしき者が、点々と仰向けになったりうつ伏せにな
ったりして浮かんでいるではないか。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……!」
 辺りは煤けたように黒くて暗くて、足元は真っ赤なのに、彼の顔はどんどん青褪めてゆく
ようだった。出口などない。果てすら見えない。只々理不尽にも放り込まれたこの場所で、
彼は延々と彷徨い続ける。

 ***

「──っ?!」
 おかしい。急に景色が変わった。明るくなった。
 次の瞬間、軍服の彼は慌てて足を止めていた。血だまり広がる自分達の戦場が、ある時点
で急に様変わりしたのだ。
 何というか……別世界だ。民の建て続けた石塔は消え去り、代わりにそびえるのはあれら
よりも遥かに高い妙にキッチリと四角四面な建物。何より足元が真っ赤な水面ではない。何
処となく黒光りした、蒸し焼きにされているかのような石畳が広がっている。
「ここは、何処だ……? 隊長達は……?」
 彼は何よりも先ず、状況把握に努めた。徹底的に訓練された兵の一人として、今ここで自
分がすべきこと、戦う相手を見極めねばなるまい。
 だがしかし、ここには彼にとって見慣れた敵影などなかった。代わりに在るのは、やはり
見慣れぬ様々な格好をした、大部隊を思わせる人の群れである。
『ねえ。あれ何?』
『え、何? コスプレ?』
『それにしちゃあ、リアル過ぎないか……?』
『ミリタリーって奴ぅ? 気合い入ってるねー』
『つーかあれ、本物の血か……?』
『な、なあ。やばくないか?』
『通報する?』
『誰かがやるっしょ。それよりも写メ写メ──』
 コンクリートジャングルのど真ん中。突如として放り出された軍服の彼を、周りの人々は
やがて徐々に好奇の眼で見始めていた。多くはまだ現実味などなく、通り過ぎ傍観者を貫い
ていたが、中にはあからさまに反応を示し、スマホのレンズを向けている者達もいる。
(くっ! まさか敵陣!? 一体どうやって……?)
 彼も、思わず両手に握っていた銃剣を向けた。ひぃっ!? その挙動に周囲の者達がまた
反応する。純粋な怖さと、好奇心。ただの傍観者である所を止め、官憲らしき制服を身に纏
った人物を探そうとしている者も出始めている。
 一体、自分に何が起こったのだ?
 確かについさっきまで、自分は仲間達と作戦行動中だった筈。それが何故突然、他ならぬ
自分だけがこんな見たこともない敵陣の中に放り出される?
 切っ先を向けていたのは、殆ど動揺と焦りの為だった。一方で本音を言えば、今目の前に
広がる光景に、当の彼自身は寧ろ観察眼ばかりが優勢に立とうとしている。
 ……見れば見るほど不思議な場所だ。自分の知るどの野営地よりも、住居区よりも、ここ
は設備が整えられている。あの四角四面な建物に人がいるのだろうか? いたとして、まだ
これ以上の兵力が温存されているいうことなのか? ……恐ろしい。まさか連中は、こんな
技術力を隠し持っていたとは。早く隊に戻ってこの事を伝えなければ。これまでと同じ戦い
方では、間違いなく自分達は負ける。
(……いや。これを壊してしまうなど惜しい。もしこれらを我が国が再現できれば、民はも
っと豊かになるのではないか?)
 ちらと思って、ハッとなった。もしかして、と思う。
 此処は本当にあの戦場と同じか? まるで夢を見ているようだが、まさか此処はいつかの
未来ではないのか。或いは過去──もう正確に語られることさえあやふやになってしまった
現在の乱世において、かつて在った豊かな日々。
 故に、そう思ってしまったからこそ、彼は武器を下ろしていた。ガチャリと肩に引っ掛け
たベルトに支えを任せたまま、彼は愕然として立ち尽くした。周囲の人ごみらが怪訝な眼差
しを向け始めている。だが構わない。つうっと、傷だらけのヘルメットと前髪に隠れたその
表情からは、一縷の涙が零れている。
 嗚呼、そうか。そうなんだな?
 此処が未来なら希望だ。もし過去であれば、諦めだ。
 無意味ではなかった。只々命を奪い合う日々の果てにこのような世界が訪れるのならば、
自分達の戦いにも意味はあった。或いはもしこれが過去ならば──もう止めよう。自分達は
見当違いの旅を続けていたことになる。どちらにせよ、誰の仕業か神の悪戯か、自分は一つ
の答えを視ることができた……。
『? なあ。あいつ、泣いてないか?』
『うん? あ、ホントだ』
『……何なんだよ、一体……』
『あ、お巡りさ~ん! こっちです、こっち! 変な人がいるんです!』

 ***

「──っ?!」
 もう少し遅ければ、あまりの状況(りふじんさ)に心が壊れてしまっていただろう。
 血の海の中を走り続けた彼は、はたと気付いた次の瞬間、元の場所に戻っていた。
 ハッと目を見開き、踏み出していた足が絡まりそうになる。慌てて身体中をぺたぺたと触
ってみたが、スーツの何処にも血の染みなど無い。多少汗でべたついてこそはいたが。
「……? あれ?」
 目を瞬きながら、表情を硬くしながら、彼は暫く混乱していた。状況に理解がついてゆか
ない。確かに今自分は血だまりの戦場に放り込まれて、それで……。
 ひそひそ。通り掛かる通行人達が、一人二人と自分を怪訝な眼で見遣っていた。その視線
に気付いた彼は、慌てて取り繕う。余計に掻いてしまった汗に風を通すようにして首元の襟
を引っ張り、足元に転がっていた鞄を持ち上げるとその場から歩き出す。
(どうなってんだ? 夢? 昼間になんて……疲れてるのか)

 残暑厳しいコンクリートジャングルのど真ん中。スーツ姿の彼は、やけに鮮烈で鮮血な白
昼夢から醒め、強い違和感を拭えないながらも歩き出す。
 一方でそんな街に放り出されていた軍服の彼も、気付けば元いた場所に戻っていた。嗅ぎ
慣れた血と鉄の臭い、必死に揺さ振って声を掛けてくる仲間達の顔。目を醒ませば血だまり
の中に沈みかけていた。どうやら流れ弾に当たり、意識が吹き飛んでいたらしい。

(一体、何だったんだ……?)
(あれは、夢? しかしあれは──)

 二人は戸惑っていた。決して互いに交わることもなく、互いを知ることもないまま、只々
疑問符だけを残して。
 それは幻影。何処か狭間に在って、願っても触れられる訳ではない。誰かが気まぐれに招
き入れた、一夏の遭遇。
                                      (了)

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  1. 2017/08/20(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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