日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「忠誠心」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:音、犬、悩み】


 僕達は、ご主人様が大好きだ。
 私(わたくし)も、敬愛しておりますわ。
 わ、私も大好きです。その、とっても優しい方ですし……。

 初めて出会ったのは、ご主人様がまだ学生さんの頃だった。生まれてすぐに捨てられてい
た僕を、ご主人様は雨で汚れるのも構わず抱き上げてくれた。
『大丈夫か? すぐに綺麗にしてやるからな……?』
 あの時の心配そうで、真っ直ぐに覗き込んでくれた瞳を僕は今でも忘れない。
 服は濡れて、胸元や足元が泥だらけになって帰って来たのを問い質すご家族に、自分が責
任を持つと説得して迎え入れてくれて、以来僕は、ご主人様に忠誠を尽くすと決めたんだ。

 私(わたくし)は、順番的には彼の──“ぼたん”の次になります。ご主人様には幼馴染
の女の子がおりました。その子が飼っていたのが私です。ですが、彼女は両親の転勤のため
に私を傍に置いておけなくなってしまい、泣く泣くご主人様に託したのです。
『分かった。大事にするよ。会いに来るまで待ってるから』
 ご主人様は言いました。彼女──元ご主人様は泣きじゃくっていました。
 それが、幼い頃の記憶。結局私達が再会できたのは、もっと後の事になってからでしたけ
れど、それでも彼女はずっと私達のことを覚えてくださっていて、長いお休みになるとご主
人様のお家へ遊びに来てくれます。……その時は、ご主人様も嬉しそうです。

 えっと。私は三番目。先輩に当たる“ぼたん”さんと“もみじ”さんの後、ご主人様が街
に引っ越してきてから迎え入れた者です。
 真面目でご主人様の一番であるぼたんさん。
 ちょっと飄々としているけど、私にも勿論ご主人様にも優しくしてくれるもみじさん。
 そんなとても素敵な家族に迎えられて、私はすごく安心しました。ご主人様の下に来るま
では、それはそれは今日食べるものにも困る生活でしたから……。つなぎを着た人間さん達
に捕まって、サツショブンなる部屋に閉じ込められていた所をご主人様は訪ねて来て、ぐる
りと他の子達を見渡したあと私を指差してきたのです。
 ……本当、良かった。
 でも、逆に言えば、あの時の他の子達がどうなったのかは分からないけど……。

 今私(わたくし)達は、故郷から離れた大きな街の片隅で、ご主人様と暮らしています。
 何でもご主人様は、ぼたんさん・もみじさんと一緒にいられるようにわざわざペット可の
お部屋を選んだそうです。そのお陰で私も二人も、安心して過ごせます。まぁお昼間は、ご
主人様が出掛けているので、寂しくないかと言えば嘘になりますけど……。
 それでも、僕達は待っている。ご主人様の心身を慰め、癒すことが僕ら三人の使命である
と自負している。たっぷりと日が沈んで、多かれ少なかれ疲れた様子で帰ってくるご主人様
を、僕達は玄関先で揃って迎えるんだ。その時、パァッとご主人様の表情(かお)が緩むの
が何物にも代えられない。抱き上げられて、撫でられて。一日で一番の幸せだ。
 あまりご主人様の体力を消耗させては申し訳ないのだけどねえ。
 なのに“さくら”ったら、いの一番に甘えたがるんだもの。それだけ若いって証拠なのか
もしれないけど……妬いちゃうわ?
 うう。すみません。つ、つい、ペットとしての本能が……。

 そんなこんなで、僕達はとても、幸せに暮らしている。
 だけど私(わたくし)達には、今ちょうど悩んでいることがあって──。

 ***

「阿部さん? 本当、いい加減にしてくださる?」
 あの声が聞こえた。僕達にとっても、きっとご主人様にとっても厭な声だ。
 女の声が聞こえている。私(わたくし)達も出て行きたいのだけど、こういう時に限って
ご主人様は中に居ろとおっしゃるのよ。
 丁寧な口調ですけど、端々に険があります。高飛車──というような。遠回しに明らかに
ご主人様を苛める為の言葉遣いです。
「あはは。すみません。いつも言い聞かせてはいるんですが……」
 なのに、ご主人様はいつだって及び腰だ。この女から文句をつけられる度、この優し過ぎ
る人はいつも事を穏便に済ませようとする。やり過ごそうとする。
 ちょっとぐらいガツンと言ってやってもよろしいですのに。確かにちらっと覗いてみる感
じでは、あの女はご主人様に比べて大分羽振りが良さそうですけれど。
 ……何年くらい前からかなあ? この女性(ひと)は、ご主人様と私達の住むお部屋の隣
に引っ越してきました。ご近所さんですね。最初はご主人様や周りの部屋の人達も、それと
なく上手く付き合ってゆこうとしたんですが、どうにも彼女は性格に難があるようで……。
 とにかく些細な事で文句をつけに来るの。いわゆるクレーマーって奴ね。他のご近所さん
にも突っ掛かっているらしいけど、特にご主人様には人一倍。……ええ。言い返さないから
つけ上がるのよ。話では昼間、私達の声が五月蝿いとか、足音が五月蝿いとか……。
 その辺りは僕達も注意している。他でもないご主人様からの命だ。昼間、なるべく僕らは
無駄に走り回らないようにしているし、吠えもしない。そもそも、ご主人様は几帳面な方な
ので、戸締りもきっちりしている。
 なのにご主人様は、ほぼ毎週のようにこの人に訪ねられ、お説教されている。
 今ではすっかり家の日課のようになってしまいました。正直、要らないですけど。
「いつもっていつです? そうやってヘラヘラしているから、犬っころ達も貴方のいう事を
聞かないんじゃなくって? 本当、貴方みたいなのが一番嫌いなのよ。大体、貴方みたいな
適当に生きてるような人間が、世の中を……」
 このアマぁ! ご主人様を侮辱するか!
 ぼ、ぼたんさん落ち着いて! 出て来ちゃ駄目だって言われてるじゃないですかあ!
 そうよ。いい加減分かってきたけど、この女、誰かに難癖をつけなきゃ死んじゃう病気か
何かなんかじゃない? こういう手合いは関わらないのが一番よ。
「はあ。すみません」
 ……だがなあ。そうは言っても、隣人である以上、避けようもないと思うが。
 ですよねえ。多分それはご主人様が一番分かっていると思います。
 いつもみたいに、貼り付けた作り笑いをしているものね。一度ガツンと言ってやればいい
と思うのだけど……。それをしないのが、ご主人様なりの優しさなのかもしれないわね。
「解ればいいのよ! もっと身を弁えなさい。そもそも貴方達は──」
 ぶつぶつ。嗚呼、またいつものパターンに入りましたねえ。
 こうしてこの女は、延々と説教するんだ。いつも通りと言えばいつも通りだがな。ご主人
様も大変だよ。こんな面倒な手合いを、定期的に相手しなければならないんだから。
 プライドばかり高くって、答えありきなタイプね。こういう奴は目の前の理屈じゃなく、
前もって蓄えた鬱憤やら何やらで動いているから、間違っても理解できる・させられると思
っちゃ駄目よ。
 ……。
 ……。
 ちょっ、何よ? 何で二人とも、私(わたくし)の顔をそんな眼で……。
「──ふう」
 あ。あの女、帰ったみたいです。
 やれやれだな。
 流石にご主人様も疲れているわね……。戻って来たらたっぷりと慰めてあげましょ?
「ああ、待っててくれたのか? ごめんな。毎回毎回五月蝿くしちゃって」
 そんな事ないです! ご主人様こそ大丈夫ですか?
 そうだ。謝る事など何もない。僕達を守り、耐え続けている貴方ほど優しい方を僕らは他
に知らない。
 ほらあ、ふかふかの毛よ~? いっぱい撫でてね? あんな女、忘れさせてあげる。
「……ふふ。ありがとな。俺一人じゃあ、とっくに心が折れてるよ」
 嗚呼、何て表情(かお)をなさるの……。
 キュンとしますけど、哀しいです。
 もどかしいな。僕達に何か出来ることはないのだろうか……。

 それから、ご主人様はドアを閉めて暫く横になっていました。私達はもっと遊んで欲しか
ったのですけど、あんな厄介事を始末した後ですから、無理強いはできません。
 テレビが点きっ放しになっていた。画面の向こうでは人間の漫才師達が掛け合いをし、合
いの手の笑い声がこだましているが、正直当のご主人様が笑っているようには見えない。
 疲れてしまったんでしょうね。無理もないわ。本当、どうしたらいいのかしら?
「……ぼたん、もみじ、さくら」
 ん? 何だろう。
 何ですか、ご主人様?
 だ、大丈夫ですか? もうちょっとモフモフ……します?
「あはは。そんなにくっ付かなくても大丈夫だよ。ちょっとね。お前達の為にも、アパート
を変えた方がいいかもしれないなあって思って」
 ご主人様……。
 お気持ちは、嬉しいですけど……。
 何だか、癪ね。まるであの女に負けを認めるみたいな格好じゃない。
「……」
 あ、うとうとし始めました。
 疲れたんだろうな。だが、僕達にこんな話をしてくるという事は。
 本気で考え始めたんでしょうね。私(わたくし)達の──ご主人様自身の為に。
 で、でも。ここみたいに私達が暮らせるような場所って、他にあるんですかね?
 何よりご主人様のお勤めに支障が出るようなことになっては本末転倒だ。僕達はあくまで
ご主人様の厚意に与かっているに過ぎない。ただ、ご主人様の場合、そういった主従の分別
まで跳び越えて僕達に施そうとするからな……。
 ……。ねえ、ぼたん、さくら。
 うん?
 何ですか?
 一つ相談があるのだけれど。要するに私(わたくし)達が、ここから“出向かなければ”
大丈夫なのよね?

 ***

「──もう、五月蝿いわね! まだ懲りてないっていうの!?」
 作戦決行日。私達はご主人様不在のタイミングを計って動き始めました。
 先ずはあの女を刺激する。僕達が部屋の中で走り回れば、その物音で彼女がまた苛々を溜
め込む筈だ。
 そこを見計らって、玄関の鍵とチェーンを外す。ペットだと思って見くびっているけど、
毎日ご主人様が触っているのを見てやり方は把握しているわ。要するに鎖がくっ付いている
小さい出っ張りを空いている片側へとズラしてやればいいのよね。
 背丈が足りない分は僕が協力しよう。三人の中で一番体格がいいのは僕だ。
 ええ。悪いけど、踏み台にさせて貰うわ。よいしょっと……。
 あ、来たみたいですよ? 相変わらず凄い怒鳴り声ですね……。
「阿部さん、阿部さん! いい加減にしてくださる!? 返事をしなさい!」
 乱暴な女だ。そう激しく叩いたら壊れてしまうんじゃないか?
 まぁ平気でしょう。それよりも早く。一旦奥に隠れるわよ。私達が“出て”行かなくとも
向こうから入り込んで来たとなれば、こちらに分がありますもの。
「……留守か。全く、まるで成長していな──ん?」
 気付いたみたいです。ガチャリって音が鳴りました。
 しっ。ここからでも分かるわ。風の流れが変わった。ゆっくりと開けてみているわね。中
は明かりも点いていないし、人間の目には不慣れでしょう。
「空いてる……。全く、無用心な」
 さて。ここから正念場だ。
 入って来て、私達とばったり出くわす。そうすれば私達は存分に“留守を守る”為に動く
ことができます。
 ええ。よしよし……入って来た。足音が聞こえるわ。あのツンとする臭いもする。
 あれは性分なのか、必要だからなのか。改めて普段何をしているか分からん奴だな……。
「……いえ。これはチャンスかもしれない。あの五月蝿い犬っころどもに、目にもの見せて
やるチャンス」
 出たな、性悪の本性め。
 こちらも望むところよ!
 ご主人様を散々苦しめた罰、受けて貰いますっ!

 その後は、この女は面白いぐらいに上手く引っ掛かってくれた。
 ゆっくりと忍び足をして、近くのゴルフクラブ──ご主人様がジョーシとやらに奉仕する
為の道具だそうだ──を手に取って構えた彼女と、僕達は“偶然にも”出くわす。
 女はパニックになった。周りの住民の声があろうに、大きな悲鳴を上げてゴルフクラブを
振り上げようとした。だから僕らも、それを合図に、遂にこの女に復讐の一撃を喰らわせて
やることに成功したのだ。
 伊達にご主人様の下でずっと一緒だった三人ではないです。ぼたんさんが顔面、私ともみ
じさんで両脚を捕らえて押し倒し、死なない程度に噛んだり吠えたり。それでも怪我の一つ
や二つくらいさせて──怖がらせないと意味がないという意見は私達三人全員の一致で、そ
の実結構ノリノリで演技(や)ってたんですけど……。
「──嗚呼。何てこった」
 私(わたくし)達の作戦が大成功し、あの女の鼻っ柱を折ってやった後、騒ぎを聞きつけ
集まってきたご近所さん達を掻き分けて、ご主人様が帰って来ましたわ。
 だが、状況を見たご主人様は、何故か頭を抱えていた。
 曰く『鍵が空いていた』『彼女がそれに気付いて部屋に忍び込んでいた』
「不可抗力、なのか? いや、僕が鍵を掛け忘れた? うーん……?」
 僕達はただ“留守を守った”だけだ。
 少なくともご主人様の命令には逆らっていない。なのに。
「参ったなあ。ぼたん、もみじ、さくら。お前達、とんでもない事をしてくれたぞ?」
 えっ? 何で? 何で?
 どうして、そんな表情(かお)をなさるの……?
                                      (了)

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  1. 2017/08/13(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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