日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)盆休み前のご挨拶

暑ぢぃ……(xДx;)

卦体で鈍重な動きを続けていた台風もようやく過ぎ去り、残されのは豪雨と一層厳しい蒸す
ような暑さでした。刺すような、と言ってもいい。何というか、時期的なもの(暦的に暑さ
のピークとされているいや嘘だろ残暑もキツイぞ)も合わさって、もう凶悪としか言いよう
がない状態ですよねえ……。やっぱりおかしいよなあ。自分が子供の頃は、ここまで酷くは
なかったと思うんだけどなあ。

こんにちは。ここの所平日連勤が続き、流石に(精神的に)しんどい長月です
自分の体力作りと社会復帰を兼ね、以前から段階的にシフトを増やしているのですが、少な
くともこの時期においては徒に消耗するだけかもしれませんね。元々インドアな運動音痴が
無理して歩き回るこったないのです。冷房最高です=(_ε¦)
まぁそれでも、以前に比べれば限界を突破するほどのクタクタのヘトヘトになる、みたいな
ケースは減っている気がしますね。少しは効果が出ている筈だと信じたい。

さて、少し日が空いてしまいましたが、先日ユー録の八十六章をUPしました。第Ⅶ部も少し
ずつ物語全体が大きく動き始めてゆきます。クソ暑いですが、引き続き気長にお付き合いの
ほどをm(_ _)m 今回で三回目の更新──なのですが、正直体感的には大分時間が経ったよう
な気でいたんですけども……。やはりプロット作成時と実際の執筆時のタイムラグは、自分
の中におけるネタの鮮度を大きく変えて(乾かして?)しまうなあと痛感します。ややもす
れば手に取ってくれた方にグダグダな描写を与えてしまいかけないですし、何より作業感が
勝りがちなように思える。“生みの苦しみ”と言ってしまえばそうなのでしょうが、どうに
も創ることを純粋に楽しいとするのが難しいなあと、拗らせた自身の求道に難儀します。

──それはさておき、今後の、お盆間の予定についてお知らせをば。

今週(厳密には先の土日)に長編系の執筆モードをやったので、今週~次週はインターバル
期間とさせていただきます。つまりはお盆間は基本休むという訳ですね。作業場もしっかり
お盆休みになるので、執筆用の纏まった時間として見れば絶好の機会なのでしょうが、連荘
でスイッチを入れたままにするのは勘弁してください……しんどいのですよ……。
先々月のあれはやばかった。ので、次の長編系(サハラ~の次章)の執筆・更新は来週末~
週明け辺りになる予定でいます。三題の方は引き続きコンスタントに書いていくのでご心配
なく。久しぶりの纏まった休みで羽を伸ばし、且つ普段以外の──あまり触れていない創作
の作業に充てたいなあなどと考えております。

本当、くっそ暑いですからね。正直、真昼間に書くなんてのが文字通り苦行なレベル。

冷房代が勿体無い? 能率が下がるよりマシでしょ。倒れたら元も子もないでしょ。

……文明の利器にがっつり頼ってるってのは分かってるんだけど、ここまで暑さが暴力的に
なってしまうとなあ(;´A`)


毎年お盆休み前の行事というと、夏の甲子園と祀りのあれこれでしょうか?

いえ、他にもあります。広島と長崎──原爆が投下された二つの日です。かつてこの国は、
無謀な戦いに挑んだ末に敗戦しました。その決定打となったとでもいうべきものが、これら
二度の大虐殺です。……尤も、今回の雑感はその是非を語るものではありません。語る心算
もありません。寧ろ逆というか、語るということの害悪性というか……。

この時期になると、毎年のように先の大戦について様々な意見が叫ばれます。それは平和を
謳いながら、自分達の理想論に与しない者らを誹謗・中傷することに勤しむような輩であっ
たり、或いは「今度は負けないように」的な野望でもって、いわゆる戦後レジームと闘おう
とする輩であったり。
……どちらにせよ闘争しているんですよね。少なくとも六日と九日は、失われた魂らを悼む
べき日であって、手前らの主義主張をする為の場じゃない。いわゆる活動家は言わずもがな
式典でスピーチする公職までもがそれに加担するなんて狂ってる。
勿論、先の大戦なり何なり、色んな意見があること自体は構わないけれど。
だけれど、それを他者に露出するという行為の意味を考えて欲しい。偽善とか自己満足など
といった言葉の意味を辞書で引いて欲しい。右にしろ左にしろ、七十年以上も経っても未だ
その魂をめいめいの主義主張の為に利用し、死後も延々縛り付けているのだから、彼らも本
当に救われないなあと思う。
(或いは唯物論的、アナーキズム的にもう「過去の人間の話」としてすっぱり自分達と切り
離してこの先を生きていった方がまだマシなんじゃないかとさえ思う。如何せんおセンチが
大好きな日本人には向いてない手法だろうけど……)

もう此処での雑記、自分の思考の中ではとうに手垢の付きまくった──固着してループし続
けている思いだけど、闘争の始まりとは大よそ何かを主張することなんですよね。
先述したように、何を思うか重きを置くのかは人それぞれの自由なんだけども、一旦それを
誰かに開帳してしまった時の“リスク”というものを、世の少なからぬ人達はまるで解って
いないよなあと感じてならないのですよ。……コミュ力とか、失敗経験の差なのかなあ?
もしAと言って相手がアンチAだったら? Bだったら? それともAのようでA’という
似て非なるものを尊いと抱えていたら?(ことオタク的には、後者を押しが被るとも云う)

ただ悲観的なのかもしれませんが、一旦そうした対立点を見つけてしまった時の居た堪れな
さと言ったら。何より相手も自分も、互いにその“地雷を踏んだ”に気付いてしまったなら
もうそれまで通りの平穏無事な関係ではいられない訳ですよ。たとえ表面的に波風立てない
よう振る舞えても、以前のように「それ以外」の部分──こっちがあまりよろしく思わない
思想なり好みなりを知ってしまっている。勿論、全員が全員その一点でもって相手を見限っ
たり敵意を向けるようになるとは限らないのですが、多かれ少なかれそういった小さな綻び
こそが、その関係性を静かに殺してゆくターニングポイントであったりするんではないかと
思うのです。

(……ソースが自分の経験則なのは、まだまだ青臭いという証明なんだろうかな……?)

世の中に蔓延するキレイゴトですっかり騙されている・誤魔化されていることだけど、差別
がないとか平等だとか、自由とか友愛とか、その為の標語的なもの──俗に広められている
考え方は、僕ははっきり言って間違っていると思っている。

差別とは「○○も××も同じだ」ではなく、寧ろ「○○と××は違うけれど許しましょう」
ということではないのか? 無理くり全ての属性を等しく一括りにするのではなく、異質が
あると知った上で、それらが存在しているという現実を“放っておく”──“寛容”の精神
ではないのか? その点で言えば、今の世の中なんてのはまるで真逆だ。何か新しい属性の
人々が発見される度に徒党を組み『私達は普通だ!』と熱心に主張しなければならないし、
その『普通』の価値観、行動、秩序その他諸々から逸脱した者に対しては徹底して攻撃する
サイクルが出来上がっている。群がって“炎上”させる構図──さながら“物言い”資源を
食い漁るイナゴのように。……そりゃあ生き難いさ。結局、誰もキレイゴトの実現だなんて
望んじゃいないんだから。もっと正直に言ってごらん? そう。『俺(私)の気に入る世界
じゃなきゃ嫌』だ──。

たとえそれが、一部の活動家達による(権力の)椅子取りゲームでしかないにしても。
現実、僕ら人々の実感としてはそれが悪目立ちする。それが世の中の意思ということになっ
てしまうし、そもそも連中は大抵そうしたいからやっている(代弁者を気取っている)
結局、主張するってことは開帳するってことは、得る以上に誰かを敵に回すって行為なんだ
ろうなと。まぁ基本的に、何をやっても「アンチ」的な──他人のやる事にケチをつける事
を生きがいとしているような人種ってのはある一定数いるもので、その辺りまではこちらが
気に掛けてやる必要はないんだけど、それだってリアルでしばしば実害が及んだりする訳だ
から、平穏無事を何より尊ぶなら関わらない方が吉だよね? と……。少なくとも僕はそう
思ってなりません(というか、根っことして“闘争する人”が厭いってなだけか)

僕は一介の物書きだけども、たとえそれが「物語」として脚色・整形したものであっても、
多かれ少なかれ自分の思考や主張が混ざっている=業の深い営みであると自覚はしている。
少なくともその心算ではいる。

はたして、件のような巷の声を荒げる人達はどうなのだろう?
霊魂などというものが実際にあるのかは分からないし、生憎そういった素質はないので視え
もしないのだけど、己が主義主張の為にいわゆる「英霊」さえもダシに使っても構わないと
踏ん反り返っている連中の説く「正義」に一体どんな有意性があるというのか。自分達が進
める闘争の果てにあるもの、踏み台にしてきたもの、その全てを背負う気概も無いくせに、
群れにまみれて群れを煽って酔っているんじゃねえよと。

……だけども、僕はそんな彼らと「闘おう」とは思わない。闘うべきじゃない。
そうなれば同じ穴の狢だ。どれだけ言葉を繰り返し重ねてみても、闘いから距離を置く人々
には、冷めた目で“その手の連中”と見なされる。所詮、こうしてうだうだ語る僕の厭気で
すら一つの管を巻く雑音に過ぎないのだから。専門家でも何でもない、技能も覚悟も半端な
ままで関わり合いになろうとするのは、誰も幸せにしないどころか寧ろ不幸にもさせうる。

黙ろうじゃないか。雄弁は銀だが、沈黙は更に上等──金だ。
闘わずにいよう。ただでさえ日々争いはあちこちで溢れ、物理的な戦争が終わってもこの国
では毎年三万人もの人間が自ら命を経っている。これを戦争ではないとどうして言えよう?
敵わぬ徒労に明け暮れるよりも、もっと僕ら一人一人がやるべきことはある。
そしてたまに吐き出そう。こうやって誰か、気心の知れた仲間だったり、クロードな何処か
で嘆いてやればいい。

自由とは現実その程度なものだ。その程度でいいんだ。

幸いこの国では、それくらいの事は許されているんだから。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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