日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔86〕

 先方からの案内役・ミハエルと合流し、世界樹(ユグドラシィル)の上弦から弧を描くよ
うに東進する。
 古都(ケルン・アーク)を出発してから数日。ジーク達北回りチームは古界(パンゲア)
の鬱蒼とした原生林を進んでいた。辺りには薄くぼんやりとだが、霧も出ている。これほど
までに自然が残っているのは、開拓が進む──使い潰される前に先人達が地上へと出て行っ
たからなのだそうだ。整備された道は少ない。ジーク達はミハエルやシフォン、クレアとい
った土地勘のあるメンバーを先頭にして緑の中を進んでいく。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「平気ー? ちゃんとついて来れてるー?」
 樹から樹へと、トントンと軽快に跳んで渡ってゆく妖精族(エルフ)の三人。
 彼らは時々立ち止まり、こちらの進み具合を心配してくれた。三人にははっきりと草むら
の中に道筋が見えているのかもしれないが、ジーク達には辛うじて所々に掻き分けた痕跡を
見つけられる程度だ。
「何とかな。見失わない程度に頼まあ」
「はは。流石は妖精族(エルフ)だ。水を得た魚だな、ありゃ」
 樹上のクレア達に応えながら、がさがさと掻き分け掻き分け。
 リカルドが少し疲れているようだった。苦笑を漏らしながら、トントンと数歩先を跳んで
ゆく彼女達を見上げている。
(以前は、俺も森だの何だのに分け入って魔獣を狩ってたモンなんだが……)
 冒険者という括りでは自分もシフォン達も同じ筈だ。だが、種族的な差があるとはいえ、
今ではすっかり野に繰り出して魔獣討伐──冒険者本来の仕事をやるということが減ってし
まったように思う。それはひとえに自分達兄弟の為、度重なる“結社”との戦いにシフトし
てくれたからなのだが、こうして久しぶりに人気のない場所を分け入っていると、かつてあ
ったいち冒険者としての日々を思い出す。
(また、鍛え直しとかないと……)
 道なき道を、只々黙々と進む。
 ミハエルが先導してくれているから間違いはない筈だが、里に通じる「道」は依然として
見えない。注意深く見れば、何度か掻き分けられた跡は見つかるが、先ず素人には見分けが
つかないと言ってしまって良いだろう。
「なあ、ミハエルさん。もっときちんとした道ってねえのか? ある程度俺達でも覚えてお
いた方が、後々手間も掛けさせずに済むと思うんだが」
「……すみません。うちはまだ出来て間もないので。いずれ整備に人を回す予定ではありま
すが、それまでは私達が案内させていただきます。それに、この方が光の妖精國(むこう)
にはバレにくいですからね」
 一旦太い枝の上で立ち止まり、肩越しに振り向いて苦笑するミハエル。
 だが対するジークは内心、何とも言えぬ心境だった。思わず渋い表情(かお)をして眉間
に皺を寄せている。
 話によると、彼ら開明派のエルフによる新たな里・霧の妖精國(ニブルヘイム)は、これ
まで古老達の強い影響下にあった光の妖精國(アルヴヘイム)から独立して作られたという
経緯があるらしい。
 故に、隠れ里。出来てまだ日が浅いこともあり、なるべく古老達にはその正確な位置を知
られたくないのだという。
 ……そこまでして、分け隔てなければならなかったのか? ジークはギッと胸奥が小さく
も締め付けられる思いだった。他に方法はなかったのだろうか? 他種族の問題とはいえ、
ヒト同士いがみ合う、解り合えないというのは、まさにこの世界の縮図そのもののようでは
ないだろうか……?
「さあ、見えてきましたよ」
 内心悶々としながら進む。すると暫くして、それまで覆い被さるように広がっていた霧が
はたと捌けていった気がした。同時に視界が開ける。ぐるりと丸く切り拓かれた森の端から
見下ろした段々の凹みの先には、木造と石積みが混在する集落群が見える。
「あれが私達の里、霧の妖精國(ニブルヘイム)です」
 ジーク達はミハエルを先頭に、ようやく整備された道を下って行った。道の先は里の正門
らしき三重の見張り台に繋がっており、そこには二組のエルフ夫婦と子供達──里の面々が
手を振りながら一行の到着を出迎えてくれていたのだった。
「クレアー、シフォン君ー」
「お姉ちゃん、叔父さん、こっちこっちー!」
「おう、シフォン。久しぶりだなあ。元気そうで何よりだ!」
「……父さん、母さん」
 クレアの両親、ハルト・ユーティリアとその妻サラ。ハルトの弟で、シフォンの両親でも
あるカイトとその妻タニア。
 里を率いるのは、そんな仲間達の両親らだった。周りには四人の子供──クレアの弟妹ら
が元気に諸手を挙げている。皆、それぞれにクレアやシフォンと似た面立ちをしているよう
に見えた。尤も兄ハルトは線が細く、弟カイトはガタイが良い。どうやら二人の子らの容姿
は、それぞれに濃い方が違うらしい。
 おーい! 里の皆が、笑顔を向けて手を振ってくれている。
 ぱぁっと笑うクレアと、両親との再会に表情を硬くしたシフォン。ジーク達はそんな二人
に微笑みかけ、残る坂道を駆け下りた。


 Tale-86.魂の渦、正しさの在り処

「やあ、よく来たね。待っていたよ。刺客に襲われたとも聞いたから、心配していたんだけ
ども……」
 熱心な出迎えを受けた後、ジーク達は早速霧の妖精國(ニブルヘイム)の中へと足を踏み
入れた。ハルトを先頭に、里の執務室として使っている館へと向かう。
 クレアの父親であり長であるハルトは、かつてジークの父・コーダスらと苦楽を共にした
盟友の一人だ。同じくその一人である妻・サラと共に、今ではこうして新たに旗揚げした里
を懸命に切り盛りしている。
 かねてよりシフォンやクレアから聞いていたためか、こうして会うのは初めての筈なのに
ジーク達は終始穏やかに接することができた。それはひとえに、ハルト達自身が友好的──
妖精族(エルフ)の中でも開明派に位置する者達だからというのもあるのだろう。何より彼
らにとっては、大切な友の息子達なのだ。無碍にしよう筈もない。
「ええ。大丈夫です。多少手こずりましたが、追い払いました」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。地上はどうだった? ぶるーとばーど、楽しかった?」
「お話聞かせて~?」
「ふふふ。もっちろん。家に着いたら好きなだけ聞かせてあげるからね~」
 ハルトからの問いかけに、一行を代表してイセルナが答えていた。その傍らにはサラが微
笑を湛えてつかず離れず歩き、更に二人の間に立つクレアの周りを彼女によく似た弟妹達が
駆け回る。
「可愛い……。クレアちゃん、この子達が?」
「うん。私の弟妹(きょうだい)だよ。こっちが上の弟のクリスと妹のクララ、そっちの大
人しいのが下の妹のシェリー。ママに手を引かれてるのが末っ子のタルトだよ」
 レナがほんわか破顔していた。上はアルスほどの年格好から、下は十歳くらいまで。歩き
ながらクレアが紹介してくれる。双子の弟妹に妹、弟──クレアを含めれば五人姉弟だ。
「子沢山デスネ」
「そうだね。一般的に妖精族(エルフ)を含む古種族は、寿命の長さ故にあまり子供を作る
ことに熱心ではないのだけど……」
「うーん。他の人は分かんない。確かに叔父さんと叔母さんも、前の里の皆も大分歳が離れ
てたけど……。少なくともパパとママは仲良しだよ?」
 オズが茜色のランプ眼を瞬き、ハロルドが「ふむ」と興味深げに観察している。対して当
のクレアはいまいち分かっておらず、小首を傾げていたが、彼らがちらりと向けてくる視線
にハルトは少し頬を赤くしている。……そういう事だ。夫婦睦まじくは良きことかな。
「驚いたよ。まさか二人がこっちにいるなんて」
「ん? ああ、知らせてなかったか。二年くらい前、兄貴からここを作ったって聞いてな。
引っ越してきたんだ。まだ里自体が出来たてでゴタゴタしてるから、落ち着いた頃にそっち
へ手紙でも寄越そうとは思ってたんだが……」
 一方でシフォンは、自身の両親たるカイト・タニア夫妻と再会していた。一見すれば体格
がよく豪胆な雰囲気の彼とは、まるで正反対のようにも見える。ハルトとカイトは、これま
た対照的だが実の兄弟だ。シフォンとクレアは、お互い従兄妹同士に当たる。
 二人の話では、かつてシフォンらが光の妖精國(アルヴヘイム)から半ば追い出される形
になった時、彼らも程なくして里を出たという。
 ギリギリまで居た堪れなさに耐えていたのは、ひとえに息子に余計な心配を掛けたくなか
ったからか。その後二人はアルヴから遠く離れた集落に辿り着き、最近までひっそりと暮ら
していたそうだ。
「まぁ、元気そうで良かった。お前にもちゃんと、大切な仲間が出来たみたいじゃねえか」
「……うん」
 そんな友の横顔を、ジークはじっと横目に眺めていた。父に、母に、優しく労わられて思
わず涙腺が緩んでいるようにみえる。つられてジークもフッと微笑を漏らしていた。あまり
本人は昔のことを詳しく語ってくれず、イセルナ達から出会った当初の断片的な情報しか聞
き及んでいなかったが、少なくともこれまでの旅路が報われたようで嬉しい。カイトさんも
気持ちのよい好漢で、タニアさんも寡黙で楚々とした美人だ。どうやらこの友は、顔立ちは
ともかく、気質の類は母親譲りであるらしい。
「それにしても……色んな奴がいるなあ。天上層(うえ)──それも妖精族(エルフ)の集
落と聞きゃあ、てっきりもっと静かで小さく纏まってる感じかと思ってたんだが」
 ハルト達に案内され、ジーク達は里の只中を歩いている。
 リカルドが頭の後ろに手をやり、何となく眺めているように、辺りの通りにはエルフ以外
の種族の者達も数多く目にすることができた。
 三対や二対の腕を持つのは、蟲人族(インセクト・レイス)や蛛人族(スパイダル)の旅
人だろうか。武器を腰に下げていることから冒険者も混ざっているらしい。ストリートで踊
りを披露している一団は、華樹族(エント)達か。薬箱を背負って売りに来ている、ずんぐ
りむっくりの特徴的な亜人は蛙人族(トードニア)。商売ならば、それ以上にあちこちで露
店を広げている奉人族(サヴァノ)や人族(ヒューネス)らも見逃せない。
「北の方から街道を整備しているんだ。アルヴとの関係もあって、南にはまだ思うように拡
張する訳にはいかないけど、いずれはもっと色んな人達と交流を持ちたいね。今いるのは主
に販路拡大に来ている商人と、その護衛だから」
 里の人々が、ちらちらと時折こちらを見遣っている。
 ハルトはにこにこと優しい笑みを浮かべていた。まるで少年のように、楽しく“夢”を語
っている。それはかつて、彼自身が経験した苦楽からだ。コーダスやシノ、セドにリンファ
にアイナ──今は亡きサウルの妻。かの仲間達との出会いがあったからこそ、ハルトとサラ
は外界に希望を持つことができた。勿論、同様に掻き乱され、壊されてゆくものもあるかも
しれないが、それでもただ漫然と閉じ篭ったままよりは健全だと考える。
「エルフは、もっと世界を知るべきなんだ。その為の里でもある」
「貴方達も古都(ケルン・アーク)を見たでしょう? 閉じたままでは──いずれ滅ぶわ」
「遅いか早いかの差、でしかないのかもしれないけどね。でも僕達は知っている。ヒトの中
には自分と、種族を越えて解り合える者達がいる。皆が少しでもそういった出会いを果たせ
ればいいなあと思ってる。いずれは人族(ヒューネス)も気軽に訪れることができる、そん
な里にしたいね」

 里の執政館とでも言うべき建物は、ユーティリア一家の住居でもあった。
 到着するとハルトらはジーク達を客間へと通し、席へと促す。外の通りに面した窓には、
物珍しげに中を覗き込む里の子供達や野次馬らが集まっている。それらを横目に間仕切りを
下ろし、タニアが紅茶を淹れて来てくれるのを待ち、上座に着いていたハルトが改まった様
子で話し始めた。
「……それにしても、すまなかったね。君達が──シノやコーダスが大変な時に、力になっ
てやれなかった」
「いえ……」
 十中八九、皇国(トナン)内乱や狂化霊装(ヴェルセーク)の件だろう。ソファーに向か
い合って座ったジーク達は小さく首を横に振った。謝られる筋合いはないと思っていたし、
何より今までもこれからも、自分達は周りの人々に助けられて生かされてきたのだと思って
いるから。
「そのお詫びも兼ねて、クレアを名代として送ったんだけどね」
「ま、兄貴は最初、あれこれ理由をつけて渋ってたがなあ。大事な愛娘だもんなあ」
「カっ、カイト……!」
 一旦きりっと居住まいを正していたハルト。しかし次の瞬間にはサラに、カイトに実の所
を明かされ、あたふたと表情を変えた。きっと地の性格はこちらなのだろう。思わずクスッ
と笑いながらも、ジーク達はとてもいい人だなあと思う。
 曰く、現在この里はハルトを首長代行とし、妻のサラや弟のカイトがその補佐役として支
えているのだそうだ。ここまで来る途中の通り、里には各地から多くの人々・種族が集まり
始めている。ただ生まれて日が浅い故、まだまだ課題──こと事実上“造反”したアルヴと
の関係修復などが山積しているのだという。
「皇国(トナン)の一件で飛んで行けなかったのも、ちょうど里の新設でゴタゴタしていて
余力がなかったせいでね……。クレアから連絡を受けて、君達が来るのを楽しみにしていた
んだよ」
 申し訳ない。されどそうフッとハルトは微笑(わら)う。
 これまで名代として行動を共にしていたクレアも、その弟妹達も笑っていた。里の入口で
の出迎えもそうだったが、古都(ケルン・アーク)と違ってこちらでは身バレなどの心配は
しなくてもよさそうだ。
 あれやこれや。最初暫くは、クレアを中心として土産話に花が咲いた。
 だがジーク達もハルト達も、お互いに目的はそこではないと解っている。娘の溢れんばか
りの話をそこそこに、ハルトとサラ、カイトは再び居住まいを正した。「さて、と……」そ
の動作・合図にジーク達もにわかに精神の端に緊張を蓄える。
「そろそろ本題に入ろうか。そちらの経緯はある程度報道や、クレアから聞いている。十二
聖ゆかりの聖浄器、だったね?」
「……はい」
「もう事前に調べてあるかもしれないが、話しておこう。僕ら妖精族(エルフ)ゆかりの十
二聖といえば、他でもない“弓姫”アゼルだ。彼女は帝国時代末期、自ら志願して解放軍に
加わったとされる」
 ごくり。ジーク達は息を呑んでその話に聞き入った。ハルトらもハルトらで、何故かその
話題になると妙に辛そうになる。
「……結論から言おう。戦役後の彼女の行方は、詳しくは分からない」
『えっ?』
「すまない。これは今の僕達の状況にも当て嵌まるんだが──基本的に妖精族(エルフ)は
極力外界との関わりを避けている。拒絶していると言ってもいい。本来なら開明派な考え方
自体、光の妖精國(あそこ)ではタブーなんだ」
 シフォンやクレア、ミハエルを除いた仲間達が殆ど同時に小さな驚きを漏らす。そんな反
応にハルトは静かな苦笑いを崩さなかった。嘆息を漏らすように、あたかも今は違う──距
離を置いているとでも言わんばかりに、軽く両手を組んで見つめている。
「光の妖精國(アルヴヘイム)は、幾つもの自治集落──クニの集まりだ。大昔から彼らは
自らの伝統と土地を守る為に結束し、周囲の部族を取り込みながら少しずつその規模を拡大
してきた。今じゃあすっかり一大勢力さ。もう随分昔から、古老達による支配が強くてね。
かのアゼルも、外界では英雄と持て囃されたが、故郷では人族(ヒト)の戦争に加担した裏
切り者として追放されているんだよ。結局彼女は、その後生涯二度と故郷の地を踏むことは
なかった」
「……そんな」
 明かされる事実に、レナは特にショックを受けていたようだ。“聖女”だと判明し、少な
からぬ混乱の切欠を作ってしまった自分と重ねているのだろう。ジークやハロルド、イセル
ナがちらとそんな彼女を見遣る中、ハルトらは続けていた。開明派として、その追放した者
達の末裔として、気持ちは同じなのだろう。
「これは推測だが、飛び火するのを恐れたんだろうぜ。アゼルを許せば、若い連中を中心に
里を出たがる奴が増える。それじゃあ里としての方針がガバガバだ。まあ、外界を敵視する
云々ってのは、その頃からとうに半分信仰の域になってたんだろうがよ……」
「でも実際、解放軍が勝利しなければ、帝国の食指はこの天上層にも伸びていた筈よ。地底
の方は既にそうなり始めていたから。そっちに関しては“闇卿”エブラハム──ダンさん達
が向かってくれているそうだけど」
「ええ」
 放置しておけば、いずれ明日は我が身となっていた当時の世界情勢。
 ただそんなマクロの事実と、アゼルらが参戦したことの因果関係までは、今となっては分
からない。彼女はおそらく、帝国の進出が故郷を脅かすと憂いて行動したのだろうが、その
結末が他でもない守ろうとした同胞達からの迫害とは何とも救えない。
「だから彼女のその後については、はっきりとした史料が少ないんだ。一説には故郷から遠
く離れた場所で没したとも云うし、彼女から聖浄器を託された“守人(もりびと)”の一族
がいるとも云われている」
「守人の、一族……」
 ジーク達はゆっくりと、互いに顔を見合わせた。
 そうなのだ。必ずしも十二聖全員にきちんとその末裔がいるとは限らない、聖浄器を管理
してくれているとは限らない。ハルヴェートもそうだった。彼の宝剣は子孫とはまるで関係
のない場所に封印され、眠っていた。今後“結社”から狙われることを考えれば、まだそれ
らを守ってくれている誰かがいてくれる方が安心ではある。
「……どちらにせよ、先ずはその守人って奴らに会わなきゃいけねえって事か」
「そうだね。たださっきも言ったように、そもそも彼らの所在すら怪しくはあるんだけど」
「ま、その時はその時だな。いざとなりゃあ、レナちゃんの持ってる“鍵”で封印さえ解け
れば何とかなるだろ」
「ええ。最悪そうするしかないけれど……。でも、それで守人達や天上層(こちら)の人々
が納得してくれるかしら?」
 ぽりぽりと髪を掻き、ジークがごちる。リカルドも義姪(レナ)がヨーハンより預かった
志士の鍵を指して言うが、イセルナやハロルドなどはそこまで楽観的ではない。ただでさえ
天上民の少なからずは開拓派──地上の人間を快く思っていないらしいことから、強硬な出
方をすればより面倒が増えてしまう恐れがある。
「前途多難だな……」
 ともかく、アゼルの聖浄器が在る場所を調べなければならない。その為には先ず、これを
守っているという守人の一族を探し出さなければならない。
 ジークだけに留まらず、思わず一行は頭を抱えた。一筋縄にはいかないことはこれまでの
旅からでも明らかだが、もしこの前提自体が誤りであれば、更に遠回りは確実になる。
「まぁそれも、クレアから回収任務の話を聞いてから考えておいたよ」
 しかし対座するハルトらは、慰めるように気を取り直すように言う。つい陰鬱な表情にな
ってしまうジーク達に、彼ら霧の妖精國(ニブルヘイム)の面々はおもむろに立ち上がり、
サッとその手を差し出すのだった。
「とりあえず、その話は一旦置いておきましょう?」
「せっかく遠い所から来てくれたんだ。今夜はパーッとやろうぜ?」


 その日、統務院の王と議員達は再三の会議を開いていた。
 通信網のホログラム越しに、互いに顔を合わせる。だが彼らは、この日も決して和気藹々
とする為に集まっている訳ではなかった。事実中空の点在する画面に映る彼らは、総じて非
常に厳しい表情(かお)をしている。
「本日はわざわざお時間を割いていただき、ありがとうございます。今回報告させていただ
くのは他でもありません。件の黒い破片について、分析結果が出ました」
 場所は大都(バベルロート)の統務院議事堂。一部の議員を除き、殆どの王が中空のホロ
グラム越しに出席する中、ダグラスは書類を片手にそんな彼らを見上げていた。私情は交え
ず、あくまで淡々と事務的であろうと務める。
 透明な袋に詰められているのは、先のアトス・ヴァルドー同時クーデター未遂において、
ハーケン王子が用いた黒塗りの剣の破片である。事件当時現場に居合わせたクラン・ブルー
トバード団長・イセルナにより、密かに回収されていた物だ。出席した王や議員達の表情が
多かれ少なかれ緊張しているのが分かる。
「結論から申し上げますと──主原料は“魔銀(ミスリル)”です。当院傘下の専門家達に
よると、幾つもの魔導的加工で変質こそしていますが、まず間違いないとの事です」
 ざわっ……! そしてこの報告に、王達はざわめいていた。誰からともなく画面越しに近
場の他の王や議員達を見遣り、見遣られ合う。
『魔銀(ミスリル)か。となると、流通経路は大分限られてくるな』
『ええ。あれは地底層でのみ採れる金属ですからね……。何より肝心の製造技術を持つ勢力
も限られています』
『そこを辿れば、ハーケン王子の背後にいた者が判るかもしれない、という訳か……』
 幸か不幸か、かの災いの元となった剣には、地底層原産の金属が使われていた。この破片
を回収したイセルナの機転は正解だったのである。
 王達も魔銀(ミスリル)と聞き、すぐに知るうる限りの候補を頭の中に思い描く。ざわめ
きは驚きから、めいめいの思案へと変質し始めていた。停滞していた真相解明が、今この瞬
間に大きく一歩を踏み出そうとしている。
『……確かに息子は蝕まれていた。だがあんな凶行に走るには、他に教唆(てびき)した者
が要る。私もこの目で見た。詳しい原理などは分からんが、奴の能力と例の黒塗りの剣が合
わさる事で、他人を支配する力が発揮されていたのやもしれん』
「はい。皆様には“痕(きず)の魔人(メア)”と言った方が分かり易いでしょうか? 少
年の姿をした、精神操作を得意とする元使徒です。彼は二年前、ギルニロックの一件で仲間
割れを起こし、その後行方不明となっていたのですが……」
 一番の当事者である所のハウゼンが、ゆっくりとその重い口を開いた。画面の向こうでは
玉座に深く腰を掛け、以前よりも随分やつれてしまったように見える。努めてそういった部
分には触れず、ダグラスはコクリと頷いて言った。手元の資料も時折捲りながら、この場に
集まった一同に“容疑者”の詳細を伝える。
『総会(サミット)を乗っ取ってきた時にいた一人だな』
『そんな者が、何故今になって……? 今まで何処に隠れていたというんだ?』
『ちょっと待て。今、元使徒と言ったか? そいつはもう“結社”の傘下にいないという事
なのか?』
 その時々で居合わせた経験が違うため、王達の記憶にはバラつきがある。
 だがそんな彼らの中で、はたと一人ダグラスの表現に引っ掛かりを覚えた者がいた。眉間
に皺を寄せ、確認するようにこちらへ訊ねてくる。
『元? クロムではなくか?』
『あれはブルートバードが囲っているでしょう。つまり』
「ヴァルドーとアトス、二国のクーデターは、タイミングこそ同じでも別々のグループによ
る犯行という事に……?」
『……』
 議事堂に出席していた議員の一人が、この別の王の言葉を引き継いで言った。再び皆がざ
わめき出し、中空の画面の一つに浮かぶファルケンの横顔に、静かな影が差す。
『その可能性が、高いでしょうね』
『ヴァルドー側の犯行予定を知り、その隙を狙ったか。或いは……』
 じっと思案顔をする残りの四盟主、サムトリア大統領ロゼッタに、言ってちらりと揺さ振
りを掛けるかのように横目を遣るレスズ議長ウォルター。
 だが結局、それ以上の発言は本人達の口から出ることはなかった。こと政治の世界におい
て、認めるとは即ち負けなのである。こんな時でも、王達はお互いに自分だけが有利になる
よう五感を総動員している。
「……ともかく、この黒剣の製造・流通ルートを辿れば、一連の事件の黒幕が見えてくる事
でしょう。命令さえあれば、引き続き私どもで調査を続けさせていただきますが──」
『ま、待て!』
 そんな時である。政治家達の駆け引きを見守るつもりはないと、早々に話を進めようとし
たダグラスに、慌てて噛み付いた王がいた。口にこそ出さないが、画面のあちこちで殊更に
息を呑む他の王や議員もいる。
 保守同盟(リストン)だった。彼らは互いに素顔こそ知らなかったが、それでもこのまま
話が進めば確実に自分達へと統務院の矛先が向けられるだろうと理解していた。それだけは
避けたい。見上げたダグラスやハウゼン、ファルケン以下他の王達の視線を感じながらも、
このメンバーな王は必死の説得をする。
『わ、我々が関与してもいいのか? ハーケン王子も元グノア卿も、先ずは祖国の法に基づ
いて裁きを受けるべきではないのか? 事実、ファルケン王は同卿を反逆罪で拘束している
ではないか』
『……構わねぇぜ?』
『えっ?』
『構わんと言ってる。あくまでうちで捕まえてるのは、逃がさない為と情報をゲロって貰う
為だからな。統務院本体の調査が本格化するっていうんなら、すぐにでも引き渡す』
『だ、だが……』
『私も同意見だ。身内の起こした不祥事だからこそ、調査の透明性は確保されるべきではな
いかな? それに今回の一件は事実上、統務院への──世界に対する改めての挑戦だ。息子
だからとはいえ庇い立てはせんよ。必要とあらば、開帳する用意がある』
 うっ……。この保守同盟(リストン)メンバーな王が思わず言葉を詰まらせた。他の、口
には出さなかった知られざる同志達も、仕掛けられる攻勢に下手一つ打つことができない。
『それとも……。真相を究明することで、何か不都合でもあるかの?』
『──っ』
 ギロリ。本当に老人かと思うほど圧倒的な眼光だった。口篭った彼らに向かってハウゼン
は、そうあくまで“仮定”の体でもって訊ね返してくる。罠だ……。このリストンの王や議
員達は答えられない。答える訳にはいかない。それは即ち、自白と同義だからだ。
 何てことだ。ハウゼン王(このおとこ)は本気だ。
 実の息子を失ったことで、非情さを増したか?
 或いはもっと単純に、仇探しなのか……?
『ははは。容赦ねぇなあ、爺さん。まぁ実際、このままうやむやにしておく訳にもいかねぇ
だろうしなあ』
『同感だ。しかしどうする? 魔銀(ミスリル)を扱える、それも一国の王子に渡せるほど
のルートと力を持つ勢力となると限られているぞ? もし“身内”に黒幕がいたと判ったら
どうする? 逆に統務院の結束にヒビが入るでのはないか?』
 大抵の王や議員が竦み上がる中、ファルケンは呵々と笑う。継いだ言葉の後半にはウォル
ターも頷き、しかし再び試すようにそんな問いを投げ掛ける。
『はん。今に始まった事かよ。悪に身内もクソもあるか。大体、本気で仲良しこよしだなん
て思ってる奴が、この場の何処にいるってんだよ?』
 政治だぞ?
 普通、面と向かって言えない本音(こと)を、この破天荒な王は平然と言い放つ。
 ウォルターは「ふん」と口髭を触って口角を上げ、リストンの王や議員達は密かに冷や汗
を垂らして震えている。ダグラスはそんな王達の生々しいやり取りを、そっと目を瞑ったま
まなるべく聞かず存ぜずとするように立っていた。「ファルケン王……貴方って人は……」
そんな中でも至って常識的に頭を悩ませていたのは、如何せん真面目に過ぎる四盟主の紅一
点・ロゼッタくらいなものだろう。

 時を前後して、梟響の街(アウルベルツ)。
 兄達が再び聖浄器回収の旅に発ってしまったこの数日、アルスは新居たるルフグラン号と
講義を往復する生活を送っていた。
 昼間、学生の本分を全うし、主に日暮れから夜にかけてリュノーの遺した文献を皆でひた
すら読み解く。
 この日もお互いの講義が終わり次第、アルス達は転送リングでルフグラン号内──アルス
の自室へと集まっていた。奥の部屋に積まれた文献を一冊一冊取り出し、丹念にその内容を
確認してゆく。
 ……だが、解読を始めてからというもの、未だ目ぼしい成果は挙がっていない。
 とにかく断片的なのだ。文献の多くは日記や細々した覚え書きなど、およそ他人に見せる
ことを想定していない物が多い。何より時系列がバラバラで、読み解く側にしてみれば只々
骨が折れるだけという感触である。
 もしかして、求めているような情報は無いのではないか?
 そんな量ばかりの先行きの見えない作業に、アルス達は正直疲れ始めていた。
「……はあ」
 くてん。文献の一つに手を乗っけたまま、思わずアルスが机に突っ伏す。
 衝いて出たため息は、すぐさま部屋に集まった友人達に伝染した(つたわった)。それま
で何とか気力で持ちこたえていたフィデロやキースが、つられるように手を止める。はぁと
同じくため息を吐き出したり、或いはぎゅっと目頭を摘まんで小休止してみたり。
「ちょっと。そんなあからさまな声を出さないでくださる?」
「そんな事言われてもよお……。全然それらしいモン、見つからねぇじゃねえか。アルスだ
って流石に疲れてるぞ?」
「うう……。ごめん。ここ暫くずっとこんな感じだったから……」
「謝る事はないさ。根を詰め過ぎるのも良くない。実際、こうも先行きが見通せない以上、
もう少し集まる頻度を落としてでも休みを取った方がいいかもしれないね」
「そうか? 私は平気だぞ?」
「あのな、ホーさん。空気読めよ。誰も彼もあんたみたいに体力馬鹿じゃねぇっつーの」
 そんな面々をキッと、まだ気の張っているシンシアが諭す。
 だが一度緩んだ緊張感は、そう簡単には戻らない。ルイスがぱたんと手元の古書を閉じな
がらフォローに回ったことで、一旦場は休憩モードに入った。ゲドとキース──シンシアの
護衛コンビはその横でボケとツッコミを繰り広げているが、机に突っ伏した当のアルスはや
はり元気がない。
「大丈夫、アルス?」
「何とかね……。でもルイス君の言うように、ただ総当りしていても埒が明かないかなって
いうのは思うなあ。少なくとも今日まで見てきた分は、兄さん達の助けになりそうな情報は
書いてなかったし……」
「だからと言って、他でもない貴方が弱気になってどうするんですの? わざわざ館の地下
に封印してまで保管してあった物ですもの。そうすぐに見つかるとは思えませんわ。見つか
らないのなら、見つかるまで探すまでですわ」
 それでも、唯一シンシアはいつも通り強気だった。いや、いつも以上に気合いが入ってい
たと言うべきか。
 突っ伏した顔を向け、アルスは苦笑(わら)う。何とも心強い。尤もアルス自身は、彼女
がここまで熱を入れて協力してくれている思慕故(りゆう)を知りもしないのだが……。
「それに、次の定期試験も近いでしょう? そちらも万全でいて貰わないと、ライバルとし
て張り合いがありません」
「あはは……。手厳しいね」
 暦は黄珠節(=十一月)。来月・藍珠節には越年前、冬の定期試験が待っている。ルイス
やフィデロにとっては三回生、飛び級を果たしているアルスとシンシアにとっては四回生の
一大イベントだ。
「ああ、もうそんな時期か……」
「君も懲りないねえ。心配しなくてもアルス君は学問に手を抜かないよ」
「つーかお前、ライバルっつっても負け越してなかったか? 今星どんくらいだっけ」
「うむ。我の記憶が正しければ、アルス殿の十勝二敗であるな」
「ちょっ──カルヴィン!? 何をさらっとバラしてますの!?」
 作業の手を止めて、頭の中でカレンダーを捲りながらアルス達は話していた。フィデロが
相変わらず負けん気の強いシンシアについっと目を遣って問うと、シンシアの頭上に顕現し
ていたカルヴァーキスが腕を組んだまま応じる。
 圧勝。シンシアはカァッと顔を赤くし、この持ち霊(あいぼう)に向かってぶんぶんと腕
を振り上げていた。だが相手は頭上に浮かんでいる上、鷹揚としているため、呵々と笑うだ
けでダメージも何もない。
「ああ、もう! 貴方のせいよ!」
「痛ででっ! 八つ当たりは止めろって! 事実じゃねーか! 大体お前ら、毎回俺達の目
の前で競争してて隠すも何もねえだろ……」
 理不尽な。ぶんぶん振り回した腕が届かないなるや、今度は言い出しっぺのフィデロに。
彼は思わず身を捩って逃げたが、本気で怒っている訳ではない。シンシアも同じだ。顔が赤
いのは怒りというよりも、羞恥による部分が大きい。
「まあそれぐらいしか、皇子と肩を並べられるモンがないですからねえ」
「キースぅ!」
「……へいへい。本当、素直じゃねぇんだから」
 作業による疲弊から一転、室内はにわかに和んでいた。ルイスの言うように連日根を詰め
ては却って効率が悪いのかもしれない。そんな友たちの騒がしくも微笑ましい様子を、アル
スはそっと身体を起こしてから見守っていた。
(焦ることはない、か。でも少しぐらい成果は欲しいよね)
 すぐ頭上で、相棒(エトナ)がやいのやいのと無責任にシンシアを煽っている。それがま
た彼女の羞恥に火を点け、主にフィデロとキースがとばっちりを喰らっている。
 あの時リュカは言った。もしかしたら“結社”や彼らが狙っている“大盟約(コード)”
について、何か新しい事実が判るかもしれない。少なくともあの“賢者”が何の意味もなく
あんな厳重な仕掛けを施す筈はないだろう。
(“大盟約(コード)”、か……)
 大昔の魔導開放以降、今日の魔導の基本・大前提となっている精霊達との契約。呪文や術
式を共通化する為の全てがここから始まった。
 何故結社(やつら)はそれを狙うのだろう? かねてより疑問だったが、どうやらこれは
ただの概念という訳ではなさそうだった。れっきとした形あるモノ。ダン達がウィルホルム
で得た情報によれは、確かに魔導学司(アカデミア)の重鎮達はそう答えたらしい。
「……」
 形あるモノ。謎は寧ろ深まる。
 “大盟約(コード)”とは──何だ?

 奇骨便を確保して、ダン達南回りチームはようやく常夜殿へ向かって走り始めていた。す
っかり日は落ち、月夜の霊海を、頭に大型の金属船(ゴンドラ)を取り付けられた奇骨獣が
滑るように泳ぎ続けている。
『約束だ。一応、送りはするがよ』
『乗り換えやら何やらはそっちでやってくれ。お前さんらの旅全部に責任は持てん』
 出発から数日が経っていた。魔都(ラグナオーツ)で暴走体らを大分伸しておいたお陰な
のか、現状また襲われるという気配ははない。
「……」
 溶かしたような闇に、ほうっと月明かりが差していた。
 ゴンドラ部分の縁に座り、クロムは独りじっと音も立てぬ霊海と奥の宵闇を眺めている。
「よう」
 そんな時だった。彼がどれだけ長い間佇んでいた頃だろう。コトンと背後から足音がした
かと思うと、ダンがこちらに顔を出しに来ていた。手には大きな陶器の酒瓶を下げ、後ろに
はグノーシュとリュカも立っている。
 ちらり。クロムは何とも答えず、ただこの仲間達を振り向いて見上げていた。数拍黙った
ままゆっくり目を瞬いていたが、やがて奥──船内を一瞥してから言う。
「……ステラ達はどうした?」
「ぐっすり眠ってる。疲れたんだろう。地上(うえ)はともかく、地底(こっち)は慣れな
いことも多いだろうからな。無駄に待たせちまった訳だし」
「……そうか」
 言って、どっかりとダンが隣に座る。その逆側にはグノーシュとリュカもだ。どうやら大
人達は夜更かしと決め込んでいるらしい。クロムは一瞬小さく眉根を寄せたが、特に独りで
い続けることに拘るようでもなかった。「どうだ?」酒瓶と、懐から出した四人分の御猪口
を出し出され、彼は一つ受け取る。夜長の晩酌が始まった。ダンに注がれ、グノーシュとも
揃って乾杯し、暫し男達は静かに呑み合う。あまり慣れていないのか、リュカは少し距離を
置きながらマイペースにちびちびとやっている。
「嗚呼、やっぱこいつばかりは止めらんねぇな。ミアには任務(しごと)中だからって、見
つかる度に取り上げられてたからよお」
「事実だろう? 彼女なりの心配じゃないのか」
「そうそう。あれでミアちゃんは中々の気配りさんだからなあ。いい嫁さんになるぜ?」
 早くも二杯三杯と飲み干し、ダンが生き生きとしている。その衝いて出た愚痴にクロムも
グノーシュもしれっと正論をぶちかますが、当のダンは「ぐぬぬ」と押し黙っている。娘の
ことは自分だって解っている──と言いたいが、最後のワンフレーズに思い当たる節があっ
てどうにも素直に歓迎する気にはなれない。
「嫁、か……。何にせよ、この旅やら戦いを全部綺麗に片付けなきゃなあ」
 しみじみと呟き、ダンはまたくいっと猪口の酒を飲み干した。月夜がじっと静かに四人を
照らし、通り過ぎてゆく。グノーシュがつまみに持ってきたスルメに手を伸ばし、リュカが
もう充分といった風にほんのり頬を赤く染め、自分の猪口をコトンと傍に置く。
「ありがとな。お前のお陰で、俺達は自分達の戦っている相手を知ることができた」
 故に、訥々と語り始めてゆくのは、これまでの自分達とこれからの自分達。
 ダンがグノーシュが、そしてリュカがこの二年を振り返りながら、そうクロムに微笑みを
向けていた。当の本人は黙っている。じっと黙って、猪口の酒に映った月を見つめている。
「……礼を言うのは私の方だ。今の私があるのは、ジークが牢獄から救ってくれたからだ。
何よりも彼に諭されたからだ。これは罪滅ぼしだよ。個人の埋め合わせに他人を巻き込み続
けてきた、過去の自分に対しての」
「クロムさん……」
「別にいいと思うがねえ。大都消失の時点で、お前はもう充分過ぎるくらいの人を救ったと
思うんだが」
 リュカが思わず眉を下げていた。グノーシュが猪口を片手に、如何せん堅物過ぎる、今や
仲間となったこの魔人(メア)にそう労いの言葉を掛けようとしている。
「……。ならもう一つ、教えてはくれねえか」
 そんな時である。ふとそれまで気楽に酒を楽しんでいたダンの声色が、表情が変わった。
グノーシュとリュカもちらとこれを見ている。あたかも予めこれを待っていたかのように。
対する当のクロムもじっと彼を見ていた。緩急のついたその雰囲気に、彼自身も思う所があ
ったのだろう。
「魔導学司(アカデミア)に行った時だ。あの時お前は、オーニール議長に訊いてたよな?
“大盟約(コード)”とは何かって。急にあれこれ喋り始めたもんだから、俺達もどうした
もんか決めあぐねてたが、結果的には一定の成果が挙がった。……だがよ。ああいう揺さ振
りは、そもそも訊いたお前がある程度事を把握していないとできねえやりようだ。何よりお
前は元“結社”の一員──連中の内情については他の誰よりも詳しかった筈だ」
「……」
「お前は、何を知ってる? 俺達にまだ、隠してることがあるんじゃねえか?」
 夜の帳それ以上に、はたと場がしんとしたように感じられた。ただ奇骨獣が、霊海を掻き
分けて泳いでゆく音だけが遠巻きに響いている。
「……。お前達には、話しておいた方がいいかもしれないな」
 たっぷりと間を置いて開かれた第一声。それは事実上の肯定だった。
 視線はいつの間にか逸らされ、遠く夜闇に溶ける霊海に向けられている。そうして暫くの
間クロムはまた深く呼吸を整えると、やがてスゥッとダン達に振り向いて言う。
「私は──“大盟約(コード)”の本体を見たことがある」


「それじゃあ、息子達の帰還とジーク君達の訪問に、乾杯!」
『乾杯~っ!』
 隠れ里に夜がやって来る。
 普段は自然の移ろいと共に暗がりに沈む霧の妖精國(ニブルヘイム)だったが、この日ば
かりはいつもと違い、煌々とあちこちの家屋に明かりが灯っている。
 里の集会場を中心に、盛大な宴が開かれていた。そんな中でカイトが皆を代表して音頭を
取り、めいめいの樽コップが打ち合わされる。
 一般に妖精族(エルフ)と言えば保守的で、娯楽の類にもあまり熱心ではないイメージが
ある。だがここに居る者達は総じて開明派であるという点も然る事ながら、珍しく羽目を外
せることを喜んでいたのだろう。自分達を引っ張ってくれるハルトらを慮って口には出さな
いが、この里に移って以来隠れ住むような生活が続いているのは事実で、どうしたってスト
レスはあるのだから。
「ささ、どうぞ。たくさん作りましたので、おかわりも自由にしてくださいね」
「はい……。ありがとうございます」
「んふ~! 久しぶりのママの料理~!」
「もう、お姉ちゃんったら。落ち着いて食べなよ」
「別にご馳走は逃げないぜ?」
「……ふむ。これが妖精族(エルフ)の料理か。素材の味がとても強い」
「そうだね。基本的に僕らは濃い味の習慣がないし、好みじゃないから」
「ジークさん。お肉もう一つ取りましょうか?」
「おう、サンキュ。貰うよ」
 ジーク達を上座に据え、宴は実に騒がしく、陽気に進んだ。サラやタニア、里の女性達が
主に給仕をしているのは、開明派といえども保守的な妖精族(エルフ)だからか。クレアは
久しぶりの故郷の味に舌鼓を打ち、妹や弟が微笑ましく囲っている。ハロルドは元酒場店主
の経験からか、彼らの料理そのものに興味があるようだ。野菜をふんだんに挟んだパンを齧
りながら、シフォンが横でゆるりとこの一時を過ごしている。菜食メインが何処となく物足
りなさそうなのを見て、レナがジークに鶏肉の炒め物を追加でよそってあげていた。
「ほう? お主機人(キジン)か。初めて見るのう」
「わーい、おっきーい! 固ーい!」
「ロボー!」
「ソウデスネ。天上層(コチラ)デハ、私達ハアマリメジャーデハアリマセンノデ……」
 一行の中で唯一、食事を摂れないオズはオズで、好奇心に駆られた里の者達に揉みくちゃ
にされていた。主に幼い少年エルフ達である。老人やガタイのいい大人達が数人、用心の為
についているが、彼が悪い兵器(キジン)でないことはすぐに解る。オズもオズで、自分の
存在が許されていることに安堵しているように見えた。茜色のランプ眼が明滅している。
「……まさか、里を挙げて宴会とはな。これがイレギュラーってことを忘れちまいそうだ」
「うむ。これもひとえに、ジークやシフォン、クレア達を梃子とした縁故であろうよ」
 リカルドとブルート、一般的な妖精族(エルフ)の堅いイメージがひっくり返るままに、
宴は日没の静けさとは対照的だった。集会場の演壇では若い女性達が衣を翻して踊り、青年
達がギターのような素朴な弦楽器を奏でている。飲んで食べ、歌って踊って笑い合った。杯
を酌み交わしては、外界の現在・過去・未来と、自分達以下古種族がもっと皆と手を取り合
える姿を夢見て語らった。
「イセルナ君、ジーク君。ちょっといいかな?」
 そんな宴が繰り返される最中だった。ふと一度離席していたハルトが、一巻きの古い厚紙
を持って戻って来る。ジーク達は頭に疑問符を浮かべて振り返り、彼の周りに集まる。
「食べながらで構わない。昼間の話の続きをしておこうと思ってね。詳しい割り振りは明日
以降に詰めるけれど、作戦会議だ」
 テーブルの上に広げられたのは、広域の地図だった。尤も範囲を重視しているためか、細
かな地理は少々大雑把だ。
 やや中央の、橙の円で囲われた古界(パンゲア)の世界樹(ユグドラシィル)を中心に、
その外周西に古都(ケルン・アーク)、ぐるりと右回りの北東にこの隠れ里の位置がバツ印
をつけられている。
「僕達がいるのはここ。央域東北部。元々のエルフの版図、光の妖精國(アルヴヘイム)は
ここからずっと南西に下った央域南部に在る」
 言いながら羽ペンで手早く印をつけ、覗き込むジーク達に示すハルト。
 地図の通りに理解すれば、この辺りだけでなく古界(パンゲア)の大半は深い森に覆われ
ているらしい。なるほど、地理に明るい者でなければ迷うのは確実だ。
「昼間話したように、今後僕達が目指すべきは“守人”達との接触と、アゼルの没地──聖
浄器が眠っていると思われる地域の特定だ。これに関しては幾つかの伝承と、史料で大よそ
の見当はついている。──この辺りだ」
 加えてハルトが印を入れたのは、央域と南方を分ける境界付近の一帯だった。
 下部に印刷された地名には“万華郷”──華樹族(エント)の楽園とも呼ばれる地方。
「アゼルは南に向かったってことですか?」
「言い伝えではね。ただ見て分かるように、最短ルートで現地に向かおうとすると、どうし
ても途中でアルヴの勢力圏に触れてしまう。迂回して行こうにも、こちらの動きに勘付かれ
る可能性は拭えないしね」
「……それって、やっぱり拙いんですか?」
「ああ。少なくとも安全とは言えねえな。俺達はともかく、アルヴ(むこう)側は俺達を目
の敵にしてるからなあ。加えて大昔の“裏切り者”を探そうとしてるとなりゃあ、邪魔の一
つや二つ、してきてもおかしくはない」
 ぱちくりと瞬いたレナの問いかけに、途中から話し合いの輪に入ってきたカイトが言う。
一見する限り普段通りの飄々としたものだったが、その声色からは少なからず件の問題──
アルヴ側への不信感が透けて見える。
「すまないね。もっと早く回収任務の話を聞いていれば、この里の場所も少しはやり易い立
地にしていたんだが」
「いえ……」
 イセルナやハロルド、レナなどが思わずふるふると首を横に振る。そもそも彼らがアルヴ
から独立してくれていなければ、ここに来ることも、事前に準備を整えることもできなかっ
た筈だ。
「となると、先ずは“守人”達を見つけて協力を得る方が先かな? 彼らさえ味方にできれ
ば、アゼルの消息についてもより確実な情報が手に入る」
「ああ。ただそう上手くいくかどうか。何せ“守人”達は、アゼルに与した事で随分迫害さ
れたとも言われているからね」
「……独立してるからって、味方と見てくれる保証はないって訳か……」
 甥(シフォン)からの確認に、ハルトは頷きつつもあまり楽観的ではなかった。リカルド
はそれをじっと聞きつつ、ぽつりと端的に要約する。
「だから念の為に、先ず二手に分かれて動いてみてはどうだろう? “守人”達を捜すのと
併行して、アゼルについての史料を集めるんだ。実はアルヴには、当時の文献がまだ色々と
残っていてね。独立のゴタゴタでそこまで持ち出せはしなかったけれど、彼女の没地を絞り
込むには有力な手掛かりになる筈だよ」
 故に何処か、小さく繕うように苦笑(わら)って。
 ハルトは一つ、そんな提案をした。

 その後も宴は続いていた。幾つもの歓声が重なり合う。里の設立以来、経験したことのな
かった娯楽を、霧の妖精國(ニブルヘイム)の皆が惜しんでいたからなのかもしれない。
「──ふぅ」
 はたしてそれから、どれほどの時間が経ったのだろう。
 遠くに未だ宴に興じる皆の声や演奏の音色が聞こえてくる中、イセルナは独り家屋の軒下
に深く腰を下ろしていた。……いや、努めて邪魔しないよう静かに漂っているが、ブルート
もいる。程々に酔いが回って火照った身体を冷ましがてら、近くの柱に背を預けて、彼女は
じっと自然の夜風に身を任せていた。
「……」
 ザラリ。すると、暫く何をするでもなく座り込んでいたイセルナは、ふいっと傍らに置い
ていた氷霊剣(ハクア)を手に取る。美麗な白鞘から抜き放った刀身は淡く蒼く、ブゥゥン
と蟲が戦慄くように小刻みな音を立てている。
 じっと、イセルナはその刀身を見つめていた。戦慄く振動はやがて集中する意識の外に遠
退いてゆき、代わりに色彩さえ無かった脳裏に真っ白なイメージを呼び起こす。
『──』
 チリン。小さな鈴の音が一度鳴り、その真っ白な世界の中に一人の女性が立っていた。
 周囲の、イセルナの脳裏に映し出されたイメージの白に溶け込むような、純白の和装姿の
女性。氷のように儚い、しかしじっと嘆くようにこちらを見つめている。
 イセルナは薄く目を瞑ってこれを視ていた。こうして彼女に会えるようになったのはごく
最近の事だ。
(出て来てくれたわね。ありがとう)
『……どうして? どうして戦うの?』
 唇を動かさず、ただ言葉を頭の中だけで編んで手放す。
 しかしイメージの向こうの彼女は、酷く哀しそうだった。酷く冷めていて、こちらを嫌々
といった感じで見つめていた。
 聖浄器との対話。この二年間でジークが試み始め、一連の旅の中で明らかになった、これ
らに宿る“生贄(たましい)”との協調の為の儀式だった。
 ハクアの場合、この純白の女性がそれに当たる。
 強大な退魔の力を生み出す為に捧げられた魂。それこそが聖浄器を聖浄器となす核──。
『何故そこまでして、戦わなければならないの?』
 だがこの氷剣の化身は、当初から一貫してそう語り掛けてくる。こちらが何を言おうと穏
便に話し合おうと、いつもそう哀しげに同じ言葉を繰り返す。
 ……まるで、使われたくないかのような物言いだ。
 生贄として捧げられた無念だろうか? 或いは“忠騎士”レイアを始め、幾人もの持ち主
の生死を見つめてきたからか? それでもイセルナは根気強く語りかけ続けている。繰り返
される哀しみの問いかけにも、自問に自問を重ねて、これから先も歩む足を止めてしまわな
いように。
(団員(かぞく)の為よ。囚われた因縁に決着をつける為。それに、誰かが戦わなければ、
世界は益々結社(かれら)に脅かされる)
『嘘。貴女はただ引っ込みがつかなくなっているだけ。本当はここまで大きな戦いになんて
したくなかった。貴女が望んでいるのは小さな幸せ。とても我が儘で……意地っ張り』
 しかし純白の彼女は一度として、こちらに同意してくれたことはない。いつもまるでこち
らの心の中を見透かしているかのように、冷たく鋭く、静かに糾弾してくるのだ。
(……)
 確かに、結果はどう転んでも変わらないのかもしれない。争いが争いを呼ぶ、その連鎖に
は変わりがないのかもしれない。
 イセルナは数拍黙っていた。望んで“渦中の人”になった訳じゃない。寧ろそういった重
責は、ジークやアルス君にこそより圧し掛かっている筈。確かに自分個人の我が儘で、意地
になっているのかもしれない。だけど大切な団員(かぞく)の幸せを願い、少しでも力にな
ろうと思うのは、そんなに悪いことなの……?
『貴女も解っているんじゃないの? 貴女達はただ、利用されているだけ』
(……そうね。でもだからこそ、他人に任せてはおけないのよ。それに、私はできる事なら
貴女達も救いたいの)
 ダン達が翠風の町(セレナス)──“賢者”リュノーの大書庫で掴んだ真実。それは彼女
たち聖浄器が、魔導開放の条件として造られた抑止力であるということ。強い魔力を持つ、
優れた魂らであるということ。
 何故“結社”が、そんな力を求めるのかは判然としない。だが少なくとも、時代の都合に
よって囚われた彼女ら聖浄器の魂を、またこの時代の権力者達の都合によって振り回すのは
心が痛むというものだ。
『お人好しね。私達に逃げ場なんて無い。それが、この世の“摂理”──』
 イメージはそこで途絶えた。雪のような白い景色が脳裏から掻き消える。イセルナはやれ
やれと嘆息をつき、ゆっくりと目を開いた。中々どうして上手くはいかない。なのにジーク
はこれを六本分もやり切ったのだ。勿論、魂ごとの性格の違いもあるのだろうが……。
「イセルナ、さん?」
 ちょうど、そんな時だった。ふと奥の物陰から、おずおずとこちらを覗いてきている人影
があった。レナだ。抜き身のハクアを見て察してくれたのだろう。片手には小さめのコップ
が握られたままになっている。
「あら、レナちゃん。ごめんなさい。気付かなくて」
「い、いえ。あの……お水、持って来ました」
 そろーっと物陰から姿を現し、レナが言って近付いて来た。酔い覚ましにと気を利かせ、
捜してくれていたのだろう。ありがとう。微笑んでありがたく受け取っておくことにする。
「皆は?」
「楽しんでます。ジークさんはカイトさんと飲み合いっこで、お父さんも色々こっちの料理
について聞いてました」
「そう。暫く慣れない移動だったから、いい気晴らしになったかもね」
「ええ。エルフさんがこんな友好的だなんて思ってもみませんでした」
 うふふ。上品に口元に手を当てて笑うレナ。友好的なエルフならば普段からシフォンとい
うモデルケースがあるのだが、逆に当たり前に過ぎて参考にならないのかもしれない。事実
彼を含め、この里の妖精族(エルフ)や古種族といった者達は思想的にイレギュラーである
のだから。
「……ねえ、レナちゃん」
「? はい」
「レナちゃんは、聖教典(エルヴィレーナ)の声って、聞こえてる?」
 故に、イセルナは暫く水を飲んで黙っていたが、ふと顔を上げて訊ねた。一度傍に置いて
いたハクアを手に取って刀身を一瞥し、これを鞘に収め直しながら言う。
「いえ。ジークさんがやっているみたいに、聖都(クロスティア)の一件の後、自分なりに
試してはみたんですが……」
 ふるふる。しかしレナは首を横に振っていた。イセルナに応じるように懐に手を伸ばし、
封のされた魔導書──聖教典エルヴィレーナを取り出す。
「私には分からないです。呼び掛けてみても、うんともすんとも返ってきませんし。何だか
中が“空っぽ”になっているような気がして……」
「……。もしかして、あの時の覚醒で力を使い果たしてしまったのかしら? クリシェンヌ
と思しき人格も、どうやら書に込められた残留思念だったようだし」
「そう、みたいですね。私はその時のこと、まるで覚えてないんですけど……」
 きゅっと胸元を握り締め、レナは苦笑していた。心苦しいというか、恐ろしい。今でも彼
女は正直、かの“聖女”の生まれ変わりだという実感を持てていないのだ。それでも色装の
波長が完全に一致している点は事実だ。ヨーハンにも、瓜二つだと言われた。
「かといって、聖浄器としての力が失われた訳ではあるまい。今こうしている間も、それか
らはひしひしと眩しい力を感じる。今はただ眠っているだけだ。発揮された力の種類が違う
とは思うがな」
 それまでじっと静かに漂っていたブルートが、青い光を纏いながら言った。レナが目をぱ
ちくりとさせている。胸元に抱えた聖教典(エルヴィレーナ)を見下ろして、また改めて戸
惑っている様子だった。
「ハクアや六華のように、核となっている魂自体が消えた訳じゃないのね?」
「うむ。おそらくは一種の外皮──生前、クリシェンヌが施した術なのだろう。レナという
生まれ変わり(じだい)の出現により完全に引き継がれ、役目を終えたのだと考えられる」
 イセルナに答える形で、尚もブルートは言う。つまり対話はこれからなのだ。
「……正直、自信がないです。それを考えたら、ジークさんって本当に凄いですよね……」
「そうね。アルス君も含めて、あの子達の真っ直ぐさが時々羨ましくもあるわ」
 氷霊剣(ハクア)と聖教典(エルヴィレーナ)。
 現在のそれぞれの主が悩み、嘆く。

「──私にはかつて、愛した人がいた」
 夜は平等に、しかし誰にも同じものではなく更けてゆく。
 奇骨便の縁先で、クロムは語り始めていた。ダンとグノーシュ、リュカがその場に座って
居住まいを正して聞いている。
 ただ真の信仰は何か、道とは何かと問いたかったのに、人々の我欲がそれを妨げ続けた。
何よりもそうした者達による争いが、最愛の人の命を奪った。
 リュカがそっと口元に手を当てている。絶望の末、復讐鬼に堕ちたクロム。自らを追い込
んだ修行の果て、復讐の果てに待っていたのは、自身に向けられた追討の軍勢だった。多勢
に無勢。やがて瀕死の重傷を負って行き倒れた彼の下に現れたのは、他でもない“結社”を
束ねる重鎮達だったのである。
「魔人(メア)に変じた私を見届けた後、彼らは私はとある場所に連れて行った。以前話し
た摂理宮の最深部だ。そこに祀られているものを指して、彼らはこう言ったよ『あれが世界
の歪みだ』と」
 まるでこの世の喧騒からから切り離されたような空中庭園。
 そこに深く突き刺さっていたのは、巨大な柱型の装置だった。
 クロムはそこで目撃した(みた)という。この古びた巨柱に集まってゆく──いや、集め
られていたのは、視界に収まり切らぬほどの膨大な量の魔流(ストリーム)。その一つ一つ
が苦悶の表情を浮かべ、怨嗟と断末魔の悲鳴を上げていた。
「暫く私は呆然としていたが、やがて理解したよ。何故彼らがここに私を連れて来たのか、
一体何を伝えようとしていたのか……」
 目を見開き、何一つ声の出ないダン達。そんな彼らに──現在の仲間達に、クロムは静か
な渋面を貼り付けたまま答えた。
「留める為だ。あれは、魂をこちら側に留める為の──縛り付ける為の装置なのだと」

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  1. 2017/08/07(月) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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