日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「雨領醒々」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:海、墓標、幻】


 地表の七割が海だと、まだ余裕をもって嘯いていられたのは、一体いつの時代(ころ)ま
での話なのだろう。

 今では九割以上と言ってしまって差し支えない。世界は文字通り沈んでいた。人々はいつ
しか狭まりゆく地表で生きることを諦め、海上に都市を形成して暮らすようになった。
 水かさは、年々上がってゆく。
 故に都市を支える基盤は水底深くに打ち込むのではなく、それ自体を浮かせるように造ら
れた。現在の形になるまでに多くの試行錯誤、犠牲を伴ったが、気まぐれに猛威を振るう自
然によるそれに比べればまだマシだとさえ言えた。
 いつしか、世界からは四季は消え。
 いつしか、世界からは極端しか残らない。
 一時とはいえ猛烈な雨季はその度に都市を水没させ、毎年多くの犠牲者を出す。そうかと
思えばより長い乾季は世界を熱し、やはり毎年少なからぬ者が倒れる。
 それでも人々は、自らが造った水上都市に縋りつくしかなかった。今や本来の“地面”を
知っている者がどれだけいよう。中には──こと若者達はその在りし日々、新天地を求めて
船を駆ったが、多くは帰らぬ人となる場合が殆どだった。豪雨は、いつ何処で起こるか全く
分からない。空に渦巻く雲を見かけたのを最期に、彼らは逃れるのも間に合わず往々にして
これに呑み込まれる。
 いつしか人々は、丁寧な再建さえも諦めた。
 雨季が訪れる度に、豪雨が街を呑み込む度に、沈んだそれをそのままにし、次の雨までに
新しい街をその上に積み上げてゆく。
 勿論、嘆きはあった。犠牲になった同胞らに祈らない訳ではなかった。
 しかし彼は知っている。ただ祈るだけでは、誰も救われないのだと。それよりも現実は、
少しでも早く街をまた一層また一層と積み上げなければならない。さもなくば今度こそ一部
ではなく全てが押し流され、深い水底に沈んでしまうと知っていたからだ。どうしようもな
かったからだ。

「──ぼ、僕と結婚して欲しい。一緒に家族を作ろう」
 そんな水上都市の一角で、彼は意を決して行動に出ていた。
 街の横路地。呼び出したのは、ここ数年交際を続けていた恋人だ。少々どもりながらも、
彼が真っ直ぐに見据えて放った告白は、彼女の瞳を大きく揺るがしていた。
「……ごめんなさい」
 だが、たっぷりと沈黙があって、彼女は言った。とても辛そうな表情(かお)だった。
 まるでこの世の終わりのように彼はふらついていた。頬を引き攣らせてショックを受け、
やがてゆっくりと頭を垂れて「ごめん」と言う。
「あ、ううん。そういう事じゃないの。その……家族を作ろうっていうのが、ちょっと」
「え?」
「だって……そうじゃない? ここじゃあ毎年大雨がやって来て、誰かが死ぬ。だけどここ
を離れようにも他に安全な場所がある訳じゃないし……。そんな中でもし私達の子供が生ま
れても、苦しむだけだと思うの」
 ふいっと気持ち視線を逸らし、しかし頬は薄らと赤く染めている彼女。
 潮風に吹かれて靡く黒髪と、白い肌が対照的で美しいと彼は思った。同時に彼女の言い分
は尤もだと思った。今の自分達でさえ毎日・毎年を生きていくのがやっとなのに、はたして
そんな生活を次の世代にも手渡していいものなのか。
「あなたのこと……好きよ。愛してる。でも、子供のことはもう少し落ち着いてからにしま
しょう?」
「っ、じゃあ……」
「はい。私で良ければ、妻にしてください」
 ほうっと先程よりも頬を赤くして、コクンと小さくお辞儀する彼女。
 彼はゆっくりと額に手を当て、同じく頬を赤くした。拒絶されたと思い込んだ自分の内心
と実質的な成功に、気恥ずかしさが勝ったように感じてならなかったからだ。
『……』
 暫くの間、二人はお互いをまともに見ることもできず、場に立ち尽くしていた。粗雑な造
りの街並みが、緩やかなカーブを描きながら、上へ上へと積み上がっている。額に手を当て
ていた彼は、ややあってそれを何となしに見上げていた。頭の中で、ついさっき彼女が口に
した言葉を反芻する。

『ここじゃあ毎年大雨がやって来て、誰かが死ぬ』
『そんな中でもし私達の子供が生まれても、苦しむだけだと思うの』

 確かにそうだ。未来は常に薄暗くって、見通しが利かない。何もそれは今この時代に限っ
たことではないのかもしれないけれど、少なくとも海に浮かべたこの作り物の地表に生きる
自分達にとってはすぐすこまで迫った危機だ。
 道の上に立っている。何度も水を吸ってひび割れ、気泡も目立つ石畳。
 そんなことがふと、あたかも奇跡であるとさえ思える。今のこの街、階層も、いつ大雨で
使い物にならなくなるか分からないのだから。
「……ずっとね。私は、お墓の上に住んでいるんだって思ってた」
 そんなぼんやりとした思考を、次の瞬間口を開いた彼女が引き戻してくれる。
 彼はその実ハッとなって顔を上げ、彼女を見ていた。頭に小さな疑問符が浮かびつつも、
特に質問を差し挟もうという気も起きない。不思議で間延びした時間。
「この下には、それこそたくさんの街だった場所がある。大雨で沈んでしまった建物もそう
だけど、何よりその時その時に巻き込まれた人達の魂も一緒にそこにあるんだよ?」
「……」
 魂。思わず彼は彼女と同様、その視線を足元──の奥深くへと向けていた。
 イメージする。積み上げられた都市の基盤、更にその下に今も音もなく沈んでいるのはか
つて人々の最前線であった都市の姿。そこには青白い顔をした無数の人々が、ゆっくりとた
ゆたいながら“こちらを見て”いる。
「っ……」
 想像して、怖くなった。嗚呼そうだ。彼女の言う通り、自分達はかつての犠牲者達の上に
生きているんだ。もう直接訴えられることなんてなくても、確実に、この足元奥深くの水底
には、間違いなく彼らが眠っている。
「彼らを忌み嫌うじゃないけど……あそこに私の子供達を加えたくない。産む前からこんな
ことを言っても、我がままでしかないかもしれないけど、その一因になるのが怖いの」
「……。そっか」
 いつ自分達も、あそこに加わるかなんて分からないんだ。
 それを更に自分の子供達に? 増やして残して、その先に一体何があるというのだろう?
 だからか、気が付けば彼は彼女の手を取っていた。
 そっと慈しむように包んで、慰めるように。少しでも共に在れるように。
 彼女が目を瞬いてこちらに顔を上げる。上げて、フッと頬を赤らめていた。互いに顔を見
つめて、言葉なく通じ合う。
 ──大丈夫だよ。
 ほんの気休め程度にしかならないのかもしれないけれど、ここにいる。
 いずれ誰かが、もしかして自分がこの荒ぶる天と海と地に呑まれるかもしれないけれど、
君がいるなら寂しくない。独りじゃないと分かっただけで、救われる。それだけでここに生
まれてきた意味はあったのだと信じたい。……信じなくては、耐えられない。

 ちょうど、そんな時だった。にわかに街全体にけたたましい鐘の音が鳴り響く。
 警報だった。カァンカァンと繰り返し、街の高台から叩かれる緊急を知らせる合図。
 街の人々は一斉に空を見上げた。家の中にいる者は窓を開けていた。総じて、目を見開い
た表情(かお)は絶望。それは彼も彼女も同じだった。この海上の街に、この世界に生きる
彼らにとって、その鐘の音は即ち災いの始まりを告げる音に他ならない。
 暗雲が近付いて来ていた。見上げた空の一角に、黒く渦巻く雲が青空を食い潰すように現
れ、ゆっくりと迫って来ているように見える。風が吹き始めていた。ただでさえ殺風景に諦
められた街並みに虚しさが影を落とし、ぽつぽつと場所によっては少しずつ雨粒が落ち始め
ようとしていた。
「逃げろーッ! 高台へ逃げろーッ!」
「出来るだけ遠くへ、高い所へ! 大水が来るぞー!!」
 人々は慌てて避難を始めていた。家財道具さえもろくに持たず、持ち運ぶには街は猥雑で
狭過ぎる。母が子の手を取り、父が妻子を引き連れて駆け出す。或いは居合わせた友人知人
と共に逃げ始めたものの、家族が気になって後ろ髪を引かれる者達もいる。だがそうして悠
長にすること、引き返そうものなら、それは大よその場合自殺行為だ。
 こんな筈では……。
 ゆっくりと力なく、せめてもと過ごしていた日々でさえ、空は気まぐれに蹂躙する。熱波
に巻き上げられた海水は一所に集まって巨大な渦を成し、やがて八つ当たりのように降り注
ぐだろう。
『……』
 だが、彼と彼女は逃げなかった。その場で空の向こうにある暗く黒い雨雲を見つめ、互い
に隣に立っている。ぽつぽつと降り始める先遣の雨が、段々とはっきりとしてきた。逃げ惑
う人々の声があちこちらから聞こえる。それでも二人は、不思議とそこに混ざろうとは思わ
なかった。先刻まで話していた内容が内容だったからか。いざ暗雲が迫った時、二人の胸奥
に過ぎったのは、生への執着よりも一種の諦め──共に在ることだったのかもしれない。

『──』

 轟々と渦巻き、雨を撒き散らす寸前の黒雲。
 それらを運ぶ薄ら寒くも、嫌な余熱を帯びた風。

 その中に、揉みくちゃにされる無数の青白い人々の姿を見た気がしたのは、やはり錯覚だ
ったのだろうか? こだまする無数の呻き声は、幻聴だったのだろうか?
 ……いや、そんな事はもうどうでもいい。
 二人はどちらからともなく、そっと相手の手を取っていた。ひっそりと手を握り合って、
この迫る災いを、只々真正面からじっと見上げていた。
                                      (了)

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  1. 2017/07/30(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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