日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ツール」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:玩具、携帯、過去】


「もう、また弄り回して!」
 その日も少年は、母親にどやされていた。夜も更けてきた頃、ノックも無しに部屋のドア
が乱暴に開けられ、苛立ちを隠そうともしない表情(かお)で大声が飛ぶ。
 彼はベッドの上に寝転がり、延々スマホを触っていた。
 それは彼女から叱られても改まらない。改めようともしない。ただちらっと一瞥こそ返し
たが、意識はとうに画面の中のゲームに向かっている。ああ、またか……。少年にとっては
その程度のこと。しかし煩わしい“雑音”には違いなかった。
「もうお母さん寝るからね! あんたもいい加減、板弄るの止めて寝なさい! 明日も学校
でしょ!?」
 風呂上りの寝間着姿。決して色気などない、歳を取って小太りになった姿。
 へいへい。少年は殆どポーズだけの相槌を打つだけだった。その間も画面をタップする指
捌きは変わらない。ちっ、余計なダメージ喰らっちまったじゃねえか。話は殆ど右から左へ
と流れてゆくだけだ。勝手に寝ればいいのに。
「……まったく」
 バタン。母親は暫くこちらを睨んでいたが、結局今夜も根負けしたように踵を返し、来た
時と同じように荒っぽくドアを閉めるとのしのしと階段を降りていってしまう。
「よし。今日のノルマクリアー。……もう一周二周素材集めするか」

 或いは日中の交差点で。
 日を追うごとに強くなってゆく日差しへの疲れも相まって、スーツ姿のサラリーマン男性
はついあからさまに舌打ちをしていた。横断歩道ですれ違う途中、歩きスマホをしている女
子高生が肩をぶつけてきたのだ。
 軽くよろめき、ムッと振り向いた時にはもう大分人ごみの中に消えようとしていた。対す
る彼女はといえば、こちらに気付く様子もない。延々と画面に目を落としてタップし続けて
いるようだ。ただ器用に──いや、周りが面倒臭がって避けてくれているから、正面衝突が
起こっていないというだけの話だ。
(ったく、移動中くらいはしまっとけよ……)
 見れば彼女と連れらしき他の女子高生数名も、同じように画面に目を落としながら歩いて
いる。会話はないのだろうか。スマホと睨めっこしているのなら、つるむ必要があるのだろ
うか?

(嗚呼、気分が悪いのう。どいつもこいつも……)
 或いはそこそこ混んでいる電車の中で。
 囲碁仲間の家へと向かう道中、この老人は内心酷く面白くなかった。車内のあちこちで、
乗客達はスマホと睨めっこしており、互いに言葉を交わす気配すらない。もっと言えば互い
に狭く堅いテリトリーを張り、そこに干渉することさえ許さない空気すらある。
 老人は、嘆きの思いを沸々と胸の中に溜め込むしかなかった。いつからこの国はこんな者
達で溢れかえってしまったのだろう。
 ……いや、別にマナーの悪さというのは今に始まった事ではない。昔から女どもは公共の
場で化粧をするわ、飯を食うわ、男も男でぎゃあぎゃあと周りの迷惑を顧みずに他愛のない
雑談をしてげらげらと笑っている。
 それに比べれば、まだこういう図の方が大人しいと言えば大人しいのか?
 いや、それでも見ていて不快なのは変わらない。何故その暇を、読書に当てない? 新聞
を読まない? もっと有効に使える筈だ。若いのはもっと稼がねばならん。今の内に苦労し
ておかないと世の中を渡ってゆけない。スマホ? だったか。そんな卦体(けたい)な板の
何が面白いのか。いい歳にもなって、ゲームなどけしからん。

「おい、食事中くらい止さないか」
 或いはごく平凡な家庭の食卓で。
 父は斜め向かいに座る、今年中学生になったばかりの息子を、そう眉間に皺を寄せて窘め
ていた。息子はむきゅもきゅと、ゆっくりおかずを咀嚼しながらその一方でずっとスマホを
弄っている。むぐ? 責めの声に彼は顔を上げたが、いまいちその意図が分かっていないよ
うだった。
「食事中くらい弄るの止めろと言っている」
「え~……。すぐに食べ終わるしぃ」
「だったら少しぐらい弄らなくてもいいだろう?」
 口調はまだ控え目だったが、本心が嫌だというのは明らかだった。こちらを見て、口の中
のおかずをごくんと呑み込んで答えながらも、その片手は尚も画面を触っている。
「言う通りにしないか!」
 イラっとして、彼は次の瞬間、力ずくでこの息子の手からスマホを取り上げる。あっと、
我が子の表情(かお)が驚きと絶望に転がってゆくさまが見て取れた。「返してよ!」こち
らがそうしたように、彼もまた身を乗り出して取り返そうとする。
「食事中は禁止だ! お前、まさか授業中も弄ってたりしないだろうな?」
「……皆やってるし」
「そんなことは聞いていない! まったく。やはり持たせるのは早過ぎたか……」
「ま、まあ、お父さん。今はそれよりも──」
「それよりも、何だ? 大体、お前が甘やかすから、こいつは……!」
 そうして、父の怒りは収まる所を知らなくなった。喧嘩になる父子を見かね、母が仲裁に
入ろうとするが、彼は聞く耳を持たない。寧ろその怒りの矛先を彼女にも向け、日頃の教育
方針にも文句を言い始めたのである。

『自分達が子供の頃は、こんな物はなかった』
『作り物の偽物にばかり構って、生身の他人と関わろうとしないからだ。そんなんだから、
最近の若い奴らは貧弱なんだよ』
『大体、子供は外で遊ぶもんだ。揉んで揉まれて、そこで学べることもたくさんある』

 ……好き勝手言いやがって。そもそもスマホもPCも、ゲームも、作って与えてきたのは
お前ら大人じゃないか。
 自分達が遊び相手になれないからって、金を稼ぐのに忙しいからって。その代わりになる
ものを与えてきたのはそっちじゃないのか。どれだけ昔のことを語られても、今の子供達は
その事実を知らない。その時代を生きられない以上、経験できない。知識と経験は似ている
ようで全然違うものなんだ。その経験を、お前達の言うような“豊かさ”を奪っていったの
は、他でもないお前達自身じゃないか。
 形が変わっただけだ。空想の中で出てきた代物を再現した玩具から、画面の中だけで完結
するゲームへと。幼い頃に夢中にさせておいて、その癖「大人」になったら卒業するのが当
たり前だと思っている。幼い頃の憧れのままに、抱いて生きることすらお前達は哂う。
 生身の人間? 外で遊んで揉まれろ?
 それだって全部、お前らが奪ってきたんじゃないか。やれ事故があったら困るから遊具を
撤去しろ。やれ五月蝿いし、窓ガラスを割られたら迷惑だから、ボールの持ち込みも禁止。
川遊びも自己責任。全部回り込んで回り込んで、片っ端からできなくしきたじゃないか。
 ……そりゃあ“逃げ”たくもなるよ。何をやっても文句を言われるし、いざ社会に出てみ
れば、対人関係なんてギスギスしたものが当たり前。皆目減りしてゆくパイの取り分を確保
するのに汲々で、誰かを慮ってあげられる余裕なんてない──それでも優しくあろうとする
人ほどに馬鹿をみて、一人また一人と脱落してゆく。それをまた、周りは自己責任だの不適
合者だのと言っては哂う。爪弾きにする。
 辛いんだ。辛くて堪らないんだ。
 “あの頃は良かった”んじゃない。懐かしむことができない人間は、その頃から淘汰され
て消えていったんだ。お前達みたいに饒舌になることを諦めたんだ。
 確かに、手段はあの頃とは違うかもしれない。だけど、今の僕達にはゲームがある。仮想
空間、もう一つの緩い現実がある。そこも振る舞いを間違えれば、要らぬ深入りすれば同じ
失敗を繰り返すけど、それでも遥かにマシなんだ。攻略法も、どうすればどんなリターンが
あるかもちゃんと分かっているから、自分にとって無理のない立ち回りができる。まぁその
中でもガチ勢も──力押しをしてでも伸し上がりたいって人達も、いなくはないけど。
 貧弱なんじゃない。貧弱であることを選ぶしかないんだ。
 僕らはそんなに、パワフルじゃない。皆が皆、無数の生傷を作りながら生き長らえ続ける
なんてできない。「閉じる」ことが次善の策なんだ。お互いにゲームの中に逃げて、必要な
時以外の現実(リアル)では関わらない。パイを取り合う消耗戦を、現実を止められないの
なら、僕達はこちらからゆっくりと離脱してゆくしかない。
 だから──取り上げないでくれよ。
 あんた達にとってはただの玩具、理解できない板切れかもしれないけど、僕達にとっては
お守りみたいなものなんだ。オアシスなんだ。
 話も聞かず、ただ自分が不快だと言って取り上げるなんて──許されないんだから。

 ***

『次のニュースです。本日未明、○○市の公営住宅で、この部屋に住む××さん夫妻が殺害
されているのを隣人が発見しました。付き添われ出頭した夫妻の長男は「スマホを取り上げ
られて、カッとなって殺した」と供述しているとのことです』
 その夜、九時のニュースをこの中年夫婦は観ていた。
 自分達とは違う、何処か遠い場所での出来事。だからこそ二人はさほど事の深刻さを考え
ようともせず、ただ耳と目に入るその情報を消費していた。リビングでのんびり茶を飲み、
横に寝転がったままの格好で「ほう?」と口角を吊り上げている。
「馬鹿なことをするもんだなあ」
「本当にねえ。スマホを取られたからって……どれだけ子供なのよ」
 ねー? 二人はどちらからともなく言い合って哂い、げらげらと声を上げていた。その間
もニュースは淡々と次から次へと流れてゆき、人の命でさえもただ捌かれてゆく。
「……」
 故に二人は知らなかった。この時後ろ、リビングから戸を一枚隔てた台所で、自分達の息
子がこちらを横目にして立っていたことを。スマホを片手に、飲み干したコップの茶をトン
とテーブルの上に置き、静かにギラついた眼を向けていたことを。
「ん? どうした、冬馬──」
 二人がそう、気配に気付いて振り返った瞬間だった。
 視界一杯に映ったのは、我が子が何かを思いっきり振り上げ、下ろしてくるさま。それが
金属バットだと気付いた時には、恐怖しかなかった。殆ど反射的に転がって身をかわし、直
後激しい衝撃が舞う。
 テレビが壊されていた。真正面からこの息子は金属バットを振り下ろし、画面ごとこの四
角い機械を滅茶苦茶に壊していたのだった。千切れた部品が痛々しく露出し、バチッと切断
された電気が散っている。
「──だよ」
「えっ?」
「五月蝿ぇんだよ。毎日毎日、ゲラゲラと……」
 間一髪、父はその直撃を免れていた。いや、元から息子の方も彼に当てるつもりではなか
ったらしい。一方で母も呆然としている。ぶつぶつと呟き我が子のその言葉に、ようやく何
があったのかを理解し始める程度だ。
 “雑音”でしかなかった。彼にとっては、旧時代の産物たるテレビには何の価値も見出せ
なかった。品性のない作られた笑いと、それに釣られる目の前の人間。何よりもそんな音を
映像を、こちらの都合などお構いなしに押し付けてくる傲慢さ。
 スマホがよかった。好きな音楽を聴くのも、映画を観るのも、小説を読むのも、これ一つ
で事足りる。邪魔にならないようにイヤホンを着けての使用が常だったが、それでもテレビ
からの“雑音”は日頃彼の神経を逆撫でし続ける。
「あ、あんた。何て──」
「ざっけんなあああッ!!」
 しかし、ここで彼女が思いもせぬ反撃があった。おろおろしながら息子の怒りを窘めよう
とした母を遮るように、父が怒号を放ちながら立ち上がったのだ。
 凄まじい激情である。彼は鬼の形相になって息子から金属バットを奪い取ると、そのまま
その一撃を他でもない我が子に叩き込んだのである。ガッ?! 驚いた息子が弾かれて向き
直った瞬間、床に崩れ落ちる。それでも尚、父は止まらなかった。十発二十発三十発と延々
とバッドを振り下ろし、繰り返し繰り返し息子を打ちつけた。途中、あり得ない角度で腕が
曲がったり、鈍い音と共に鮮血が部屋中に飛び散ったが、彼は一向に構わない。
「ざけんな! ざけんな! 観れねぇじゃねえか! これじゃ観れねぇじゃねえか! 俺の
楽しみを! よくも、よくも、よくもッ!!」
 殴り続けて、やがて息子は何も言わなくなった。ただ鈍い肉の音がするだけだった。
 また別の意味で、母が呆然としている。へたっとその場に座り込んでいる。目の前で我が
子が、夫に文字通り血だまりへと沈められている。
「はあ、はあ、はあ、はあッ……!」
 肩で激しく息をついて、ようやく彼は振り下ろす手を止めた。ガランと金属バットが床を
転がり、或いは赤い飛沫をべっとりを付けて跡を残した。
『──』
 血塗れでうつ伏せになって、息子は沈黙している。
 だが、相手の大事なものを取り上げた代償は、これでもまだ足りないのかもしれない。
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2017/07/24(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「雨領醒々」 | ホーム | (雑記)焼べた果ても知らないで>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/892-1990678f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (194)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (111)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (49)
【企画処】 (473)
週刊三題 (463)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (403)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month