日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「甘ノ川」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天、夜、コーヒーカップ】


「やあ。こっちこっち」
 待ち合わせの場所に着いた時、そうあまりにも優しい笑みを向けられたものだから、真琴
は思わずぷくっと片頬を膨らませていた。
 場所は日没後の商店街。そのアーケードの入口に、泰弘は立っていた。夜になっても雑多
に行き交う人波の中で、彼はにこにことこちらに手を振っている。
 ……恥ずかしい。何そんな目立ってんのよ。
 真琴はカァッと顔を赤くしていた。きゅっと唇を結んで、叫びたい衝動を抑える。
 本当、あんたはいっつもそうなんだから。
 しかし「商店街で落ち合おう」と言ったのは自分だ。彼はその言葉に忠実に従って待って
くれていた。周りの往来が一人二人と視線を遣り始めていたが、真琴はまだ傷の浅い内に合
流すべく横断歩道を渡り切る。
「……お待たせ」
「ううん。僕も少し前に来た所だから。って、何か怒ってる?」
「別に。ちょっと、思ってたのと違っただけ」
 目の前の恋人は頭に疑問符を浮かべていた。相変わらずほんわかしているというか、マイ
ペースというか。だが彼の、今日までの経緯を一通り知っている身としては邪険にできる筈
もない。寧ろここまで回復してくれたことを喜ぶべきなのだろう。
 真琴は普段のキャリアウーマンそのままのスーツ姿、会社からの帰りにそのまま。
 一方で泰弘はジーパンに黒いカジュアルなサンダル、白いシャツといったラフな格好。
 今夜の二人は、いわゆるデートだった。人波から向けられていた眼はもう捌けているよう
だったが、何となく居た堪れなくて、その場から離れて歩き出す。
「ごめんね? 忙しいのに時間取って貰っちゃって」
「何であんたが謝るのよ。この場合、私じゃない? 結局休みも取れなかったんだし」
 アーケードの人波に紛れる。歩きながら、二人はそう言葉を交わし始めていた。にこやか
な表情(かお)をしておいてその実、泰弘はかなりの気遣い屋だ。別に今に始まった事では
ないが、そう訊ねてくる度に、真琴は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 視線を両翼の店や往来からアーチへと向けると、大きな飾りが幾つもぶら下がっている。
今夜は七夕だ。そんなイベントもあってか、往来の中にもちらほら浴衣姿の男女を確認する
事ができる。アーケードの中間地点には大きな竹が設置されていた。既にたくさんの短冊と
折り紙の飾りが夜の微風に揺れている。傍に置かれている台で願い事を書き、自由に結んで
おけるらしい。
「七夕だねえ……」
「呑気なものよね。あんなの、吊るした所でどうなるでもないのに」
 そんな季節限定のモニュメントを遠巻きに眺めながら、二人は途中にあるオープンカフェ
に座った。既に五人六人と客がいる。空いた小円卓に向かい合って着くと、ややあって店員
がお冷を持って注文を取りに来た。「アイスコーヒーで」「僕も同じやつを」まだがっつり
と食べる気分でもなかったため、軽く飲み物だけで済ませる。畏まりました──マニュアル
通りに会釈し、店内に去っていくこの若いウェイトレスを見送ってから、二人はどちらから
ともなく小さなため息をついていた。
「コトちゃんならそう言うだろうなあとは思ってたよ」
「? ああ、短冊ね」
「うん。相変わらずドライというか、現実的というか……」
「事実でしょ。初詣とかもそうだけど、大体決まった時期以外、特に祈ったりもしないのに
願いだけは叶えてくれなんて虫が良過ぎるじゃない」
「かもねえ。でも、少しでも信仰してくれる機会を増やす為に、こういうイベントってのは
あるんだと思うよ?」
「うーん、そうかもしれないけど。何で女の私が冷めてて、男のあんたがそうファンシーな
こと言ってるのかなあ……」
 何の気ないやり取り。二人の時間。
 だが大抵はいつも、真琴が現実主義的で、泰弘が夢見がちだ。普段の仕事が忙しなくて神
経がピリピリしているんだと真琴は自己分析をするけれど、かといって彼のようにすんなり
と、目の前の物事を好意的に解釈するという技はいつまで経っても真似できる気がしない。
それがしばしば、自分の劣っている部分なような気がして、内心凹む。
「まあ、僕は色々あったから。コトちゃんはコトちゃんらしくていいんじゃない?」
 にこにこ。なのに、目の前の彼は微笑(わら)う。
 胸奥で生じ始めていたもやもや、険は次の瞬間は霧散していた。泰弘の向けてくれる笑み
を見ているだけで、そんな事などどうでもよくなってしまう。
「……あんたがそう言えるくらいになってるなら、私も安心かな」
 数拍押し黙って、静かに呟く。その後さっきのウェイトレスが二人分のアイスコーヒーを
持って来た。カランと氷を鳴らして、一口二口。仕事帰りの身体に沁み渡る。まぁこの場所
自体が、既に天井の空調から吹く風で涼しいというのもあるが。
 対する泰弘も、黙っていた。ただ黙したまま、穏やかな笑みを湛えている。
「それで、どう? そっちは上手くいってる?」
「うん。どのレベルまでいったら成功とか、そういうのは今もはっきりしないけど、今の所
は気楽にやらせて貰ってるよ。性に合ってるんだろうね」
「……そのまま、続けてゆくつもりなの?」
「そうだね。最近になってようやく困らない程度にはなってきたし……」
 真琴は気持ち居住まいを正して、本題に入っていた。誘われたのも名目もデートの筈なの
だが、やはり彼女としては元同僚のその後が気になるのだ。
 泰弘はのんびりと、あくまで落ち着いた様子で答えていた。本当に本心なのだろうか?
その笑みだけでは彼の奥底を読むことはできない。読んで、全くの逆──違っていると確定
してしまうのも怖かった。
 ……彼は一度、身体を壊してしまっている。生来気の優しい彼にとって、自分達の勤める
会社はハード過ぎたのだ。最初はそれこそ部屋から一歩も動けないほどに寝込んでしまい、
しばしば自殺さえ考えていたという。
 当時から、彼と交際していた真琴は酷く心配した。病院に付き添ったのも彼女だし、今で
ももっと早く手を差し伸べてあげていられたらと後悔することも少なくない。
 ただ如何せん、職場恋愛というのは面倒なものだ。何かと気を揉まされる。周りに知られ
てあらぬ噂を立てられるのも困るし、彼を贔屓しているのではと疑われ、正当に評価されな
いのだとすれば、これほど鼻持ちならないことはない。さっき、アーケードの入口で他人の
眼を気にしたのも、その中に会社の人間が混じってはいまいかと警戒したためだ。
 だから正直な話、真琴は泰弘が会社を辞めると決めた時、内心ホッとした節がある。少な
くとも片方が去れば、そんな要らぬ疑いや面倒は遠退くだろう。……だからこそ、そんな安
堵を抱いた自分に、彼女は何度苛立ったことか。こんな自分では、この人には相応しくない
のではないか……?
「今月はねー、長い付き合いのできそうなクライアントと知り合えたんだー。要求されるパ
フォーマンスは結構タイトだけど、その分しっかり評価してくれるし、話してても信頼でき
そうな人だよ」
 泰弘は今、自宅療養をしながら在宅のウェブデザイナーをしている。元々そっち方面に詳
しく技術もあったため、賢い選択だと真琴も思っていた。いざ個人でやり始めて軌道に乗る
のは色々苦労もしたらしいが、こうして微笑みながら話してくれると嬉しい。
「そっか。とりあえず大丈夫そうでよかった。でもあんまり無理はしちゃ駄目だからね?」
「はは。分かってるよ~。二回も同じことでコトちゃんを泣かせる訳にはいかないよ」
 コーヒーを飲みながら、途中でサイドメニューを二・三頼んでちびびと。
 デートと言うにはいまいち雰囲気やら何やらが足りないかもしれない。だが普段、男勝り
に仕事の虫のような生活を送っている真琴にとっては、こうした形式の方が楽だった。泰弘
の方もそれは解ってくれていて、こちらの予定を優先した上で飾ることのない一時こそを重
んじてくれる。
「……。もしあんたが望むなら、いつでも部長達に掛け合ってあげるからね?」
 だから、何だか申し訳ない心地もあった。あの時はお互い必死になってこの地獄から抜け
出そうとしていたけど、今では寧ろ彼の方がゆったりとスローライフを送っている。穏やか
な境地に至っている。
 真琴はにこにこと嬉しそうに語っている彼に対し、若干控え目に伝えていた。
 もし叶うのなら、やり直したい。周りの眼なんて跳ね返して、あの頃を取り戻したい。
「……気持ちはありがたいけど、遠慮しておくよ。僕はこのままでいい。それに、それだと
コトちゃんまで会社に居辛くなるじゃないか」
 だが当の泰弘は、決して首を縦には振らなかった。それは退社以来、一貫して返ってくる
答えだった。もう懲り懲りだという思いと、こちらに迷惑は掛けられないという配慮。いや
というほどその意図が分かっているからこそ、真琴も心苦しい。それ以上はごり押せない。
 二人は暫く互いに黙り込んでいた。十中八九、病気の件が話題に出たせいだ。コーヒーに
ちびちびと口をつけ──そう長持ちはせずに空になってしまいながら、二人はどちらからと
もなく所在無い視線をアーチに向けた。
「……願い事、自分にじゃなくても叶うのかなあ。ヒロの新生活が、これからも上手くいき
ますようにって」
「短冊に“世界平和”って書く人もいるんだし、大丈夫じゃないかなあ?」
「あー、いるよねえ。本気なのかは怪しいけど。というか、元々七夕って芸の上達を祈る行
事だから、そんなスケールの大きい願い事ってそもそも通じるのか……」
「え? そうなの?」
「らしいよ? まぁ今じゃあ何でもアリなんだろうけどねえ」
 嗚呼、センチメンタルになってしまう。
 自覚はしつつも、真琴はそうぼやっと向こう側の竹飾りを眺めながら呟いていた。照れ臭
いのか、泰弘の方もぽりぽりと頬を掻き、苦笑(わら)う。真琴も苦笑(わら)った。ふと
頭の隅にある知識を引っ張り出して、あーでもないこーでもないと。
 それだけが慰みだった。こうして一緒の時間を過ごしている時が清涼剤だった。それぞれ
に進む道は途中で違ってしまったけれど、今彼が満ち足りているのなら、あれは必要な病で
あったのだろうか?
「……それにしたって、神様は酷いよ。ヒロを一時はあんなにした。そんな奴にお願いする
なんて、やっぱり嫌だな」
「そうかなあ? 僕はそこまで恨んじゃいないけど」
 ふふっ。むすっと無数の短冊と飾りが下がった竹を眺めながら、真琴は言う。そんな恋人
の優しさ(ことば)に、泰弘は笑う。
「確かに今まで色々あったけれど、それ以前に大切なものと出会わせて貰えたから。その意
味では、僕は神様には感謝してるよ?」
「……」
 にっこり。それはあまりにも優しい笑顔。
 故に真琴は、その意味に気付くまで──ボンッと顔を真っ赤にするまで、数拍を要した。
                                      (了)

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  1. 2017/07/16(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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