日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「読書家の墓」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:本、森、屋内】


 ある所に、それは大層本好きな男が住んでいました。
 子供の頃から彼は、外で駆け回るよりも、部屋の中で一人頁を捲っているのを好むような
大人しい性格の少年でした。
 物心ついた頃には絵本に強い興味を示し、母親に毎日のように読んでくれとせがんでいま
した。それも読み書きを覚え始めた頃には漫画へと移り、両親が心配するのも構わず、貪る
ように読み漁る日々を過ごしました。更に成長するにつれ、その好みは小説や随筆、新書と
いった文章媒体へと傾倒してゆきます。

 彼は物語が好きでした。ここではない何処かへ、自分を連れて行ってくれるものでした。
 彼は知識を尊びました。そこには凝縮された経験があり、セカイを広くしてくれました。

 ただ……それは彼にとって、同年代の子供達との交わりに価値を見出せなかったことと表
裏一体でもあります。かつての旧友らは皆、口を揃えて彼を付き合いの悪い奴だとか、そも
そも記憶にないと答えるほどです。
 故に彼の少年期は、一見すると孤独そのものでした。
 いつも教室の片隅で微動だにせず、黙々と小説の頁を捲っている。話し掛けられれば応じ
こそしましたが、その表情も声音も酷く無愛想で、感情を表に出さなかったため、周囲が離
れてゆくのは時間の問題でした。
 言うなれば、典型的な不適応です。本来──大多数の現実であれば、彼はそう遠くない将
来において、社会のレールから弾き出される運命でした。
 しかしこの時期、彼にとってそんな運命を変える出会いがありました。
 学校の先生です。国語の教師でもあり、文学をこよなく愛していたこの人物は、ある時彼
の広げていた小説を目にし、思わず声を掛けていました。「お前もその作品、好きなのか」
とても嬉しそうな表情(かお)でした。いつものように無愛想に目を瞬いていた彼も、程な
くしてこの教師が自分と同じセカイを愛する人間だと知ると、次第にその重い口を開くよう
になっていきました。
 ……教師は驚きました。彼は大人顔負けの知力と知識、何よりも文学に対する熱い思いを
持っていたのです。それまで寡黙で目立たなかった彼の、自分と「好き」を語り合う時にみ
せる目の輝きと言ったら。
 教師は同じく知っていました。彼がその偏重した拘りが故に、周囲から孤立してしまって
いることを。
 本来ならば、彼を「普通」の枠に嵌め直すことがいち教員としての職責であった筈です。
 ですがこの教師はそうはしませんでした。これほどの熱意を秘めた子を、他でもない自分
が摘んでしまうのは酷く惜しいと思いました。何よりも仮にその熱意、個性を今この場で削
り直し、高校・大学へと「出荷」したとしても、そう遠くない将来、きっとこの子は自らの
歪みに苦しむことになる……。
「本当に、本が好きなんだな」
 教師は確認するように言います。コクリと、彼は頷きました。
 座っている机の上には、やはり今日も文庫本の小説が開けられています。放課後の夕陽が
静かに差し込む中で、後の恩師は思い切って言ったのでした。
「だったらいっそ、専門家になってみないか?」

 この一言が切欠でした。
 それまで暗く見通しの利かない我が道を往っていた彼は、一条の光が差し込んできたよう
に思いました。或いはそれ以外に、縋りつくものを見つけられなかったからなのかもしれま
せん。持って生まれた性質を押し殺して生きることはやはり困難だったのです。
 それからというもの、彼は懸命に夢に向かって努力を続けました。
 知識の源泉である書籍を読み漁ることは勿論、恩師を介して出会った同好の士らとの語ら
いと共に。
 少年から青年への過渡期。彼はようやく他人との関わりにも意味を見出すことができるよ
うになっていきました。……いえ、彼自身とうに気付いてはいたのでしょう。書籍を書き、
作ったのも他ならぬ人間だということを。ただその現実をもって、当時周囲にいた無邪気で
無法な同年代の子供達を、イコールで結ぶことができなかったというだけで……。同好の士
との語らいの日々は、彼のセカイをより一層広げる結果を生みました。尤も以降も、人付き
合いが苦手という性質は変らなかったのですが。
 かくして彼は、大学を出た後、古今東西の文学研究者としての道を歩み始めます。
 元より聡い人物でした。何よりそれまでに積み上げてきた膨大な書の知識は、時代時代が
孕む世相をつぶさに見抜かせました。
 その生涯で読み漁った本は、実に十数万冊。ある意味不器用なほどに寡黙で、ある意味激
しい情熱の如きその旺盛な知識欲は、老いても尚旧来の文学の枠に留まらず、様々なジャン
ルへと食指を伸ばさせ続けました。
 ある者は、知る人ぞ知る賢人と讃えます。
 ある者は、稀代の偏屈者と評します。
 それはどちらも正解で、間違いでした。当の彼自身はあくまで本を読み続けられる環境を
求めただけであって、その名を界隈に広く轟かせた論文も、始まりはただ誰に読ませるとも
なく書き溜めていた評論を集めたものでした。
 彼は終生、とある大学に教授として籍を置き、学生達に文学の魅力を教え続けました。
 それはひとえに、若き日の、同好の士らと出会えた際にみた“光”をずっと忘れなかった
からなのかもしれません。

 文学部という所属上、決して儲かりはしませんでした。かつての時代はとうに過ぎ去り、
今はより実務的でキャリアアップに直結するような学部が好まれます。
 ですが、彼自身は長らくそれで満足でした。確かに新規のゼミ生がゼロという年も少なく
はありませんでしたが、ただ只管に書に塗れて他人びとに思いを馳せる、その営みさえあれ
ば生きてゆけました。
「──本当、教授の部屋って凄い数の本ですよねえ」
 それは、ある穏やかな昼下がりの事です。彼の詰める研究室に、一人のゼミ生が訪ねて来
ていました。数日前に彼から借りた、今や絶版の古典を返却する為です。
 今時珍しい、しかし同じく大の本好きである青年でした。こんな埃の被ったゼミに入って
どうするんだいと訊ねても、ただ苦笑(わら)って「分かりません。でも、本に関わる仕事
がしたいですねえ」と肩を竦めるだけです。
「ここにあるのは仕事に使うことの多い、一部の物だけだよ。家にはもっと……何倍かな。
とにかくもっと沢山置いてある」
「へえ……。流石は教授。伊達に本を置く為だけに家を建てたってことだけはありますね」
 白髭と皺くちゃの顔を緩ませて、彼は苦笑(わら)います。
 ですがこのゼミ生は、真っ直ぐに無邪気に感心していました。目を輝かせ、そんな何処の
誰が吹聴して回ったのかも知らない話を持ち出してきて言います。
 建てたと言っても小屋程度の離れなんだが……。彼は困惑していましたが、さりとて弁明
するほどの意味も薄いと、教え子が話すままにしていました。白髪だらけになって久しい顎
髭をゆっくりと、繰り返し擦りながら呟きます。
「だがのう。実を言うと困っておるんだ。私ももう歳だ。いつ満足に活字を追えなくなって
しまうかも分からん。いい加減、後始末も考えなければならないのだが」
「教授……」
「誰かに譲ろうにも、如何せん数が多過ぎるでな。少しずつ、研究者繋がりで引き取ってく
れる伝手を探してはおるが、間に合わんだろう。かといって誰彼ともなく渡してしまうのは
しのびない……」
「大学に寄贈するというのは?」
「勿論、それも含めて交渉しておる。だが大学側も、抱えられる量には限りがあるだろう?
ただでさえ他の学部、学問の資料だってある。文学部(わたしたち)だけに融通を通して貰
えるとは思っていないよ」
「うーん。じゃあ、電子化すれば……」
「ああ。だが私は旧いタイプの人間だからな、その手の事はよく分からん。それに、年寄り
の杞憂かもしれんが、一旦電子化されてしまえば、その原書は全くの無意味になってしまう
んじゃないかと心配するんだよ」
 ゼミ生は、自分の迂闊な発言を内心で悔いました。そうです。この人は自分が知る他の誰
よりも本を──紙の本を愛してきた人なのです。その分身であり、我が子でもあるような蔵
書達を、整理し手放さなければならないと考えること自体、彼にとっては酷く苦しい営みで
ある筈なのです。
「……もし叶うのなら、全て土に還してやりたい。私達ヒトの知性の為とはいえ、あれらは
全て自然にある木を切り出してきたものだろう? ならば役目を終えたなら、きちんと返し
て差し上げるのが筋というものだ。まぁそんな事を言い始めたら、誰も本どころが道具一つ
存分に使えなくなってしまうが」
 教授……。ゼミ生はただ一人、この寂れた研究室で静かに目を丸くしていました。それほ
ど敬愛する恩師の表情(かお)はもの侘しく、はたと途切れそうな弱さが視えたからです。
彼は後悔していました。尤も、研究者(このみち)以外に採り得た道を、終ぞ想像できませ
んでしたが。
 どれだけ無数の書を読破しようと、研究者として祝福されようと、結局他人びとが彼に求
めていたのはその知識でした。その莫大な知識であり、往々にして彼自身が目的な訳ではな
かったのです。成功と共についてきた地位も然り──書に塗れた人生の果てに彼が見たもの
は、はたして多感な頃にみたヒトへの眼差しと似通っていたのです。
「もし良かったら、君も何冊か受け取ってくれんか。こんな老いぼれが持っているよりは、
君のような未来に繋いでくれる持ち主の方が本達も喜ぶだろう」
 スッと、目を細めてとてもとても穏やかな表情(かお)。
 彼が老衰──その生涯を静かに閉じたのは、そんなやり取りから半年ほど後の事です。

 知る人ぞ知る賢人たる彼の死は、多くの関係者にショックを与えました。そしてその葬儀
には、彼の死を悼む多くの人々が弔問へひっきりなしに訪れる一大ニュースとなりました。
「……」
 ですが一方で、この仰々しい葬列に人知れず舌打ちをしていた人物がいます。他ならぬ彼
の息子でした。彼は根っからの研究者であった父親とは違い、遠くの街で事業を立ち上げて
は鳴かず飛ばずを繰り返す、しがない商売人でした。
 彼は父の葬儀とその人波が止むのをじっと待ち、待ち侘びて、妻と共に自宅へ戻って来ま
した。がらんとし、喪主を務めた妻──彼の母もまだ傷心から立ち直れない中、彼はどかど
かとかつて暮らした生家を探し回ります。
「ぼ、ぼっちゃん。どうか、どうか。旦那様のお部屋だけは……」
「五月蝿い、退かないか! もう親父は死んだんだ。俺がどうしようと勝手だろう!?」
 長くこの家に仕えてきた家政婦が止めようとしましたが、構いはしませんでした。目指す
は彼の、父の書庫です。
 狙っていたのはそこに収められている筈の、大量の蔵書でした。生前、自らの死期を悟っ
て幾分か寄贈などをして処分が進められていたようですが、それでも増築した件の離れには
未だ大量の書物が眠っています。彼はそこに目を付けていました。
 自分には特に価値のない物だが、これだけの量、まとめて売ればそこそこの金にはなる。
昔から親父は狂っていた。自分たち子供にかけるよりも何倍もの金を、長年この埃を被った
古本の為につぎ込んできたんだ。そろそろ自分達に還元した所で、バチなんて当たらない。
金が必要なんだ。あんたみたいに、遊んで暮らせるような身分じゃないんだ──。
「なっ……!?」
 しかし彼の目論見は、予想だにしなかった結末で崩れることになります。
 家政婦の制止を振り切って離れに入った瞬間、彼は目の当たりにしました。遺された大量
の蔵書を保存する為だけに作られ、壁中に中央にと並べられた本棚。そこにびっしりと収め
られていた当の蔵書から、無数の木々が生え始めていたのです。
「何で、こんな……?」
 蔵書を痛めぬよう、離れは日頃から厚めのカーテンが閉め切ってありました。日当たりも
避けた立地にされています。
 にも拘わらず、彼と家政婦が扉を開けたその時には、書庫内は縦横無尽に生えた木々によ
って占拠されていました。
 あわわわわ……。入口で腰を抜かすこの老家政婦を助けるでもなく、彼は表情(かお)を
歪めつつ中へ踏み行って行きました。まるでちょっとした森の中です。進路を妨げる木々を
力ずくで圧し折り、除けていこうとしますが、既にびっしりと蔵書に根を張ったそれらは妙
に弾力が強くて思い通りにはなりません。
「くそっ、くそっ! 一体どうなってんだよ!? 本から木が……? 俺は悪夢(ゆめ)で
も見てるってのか……?」
 一応体面もあり、義母の様子を見てきたのでしょう。遅れて離れに入ってきた彼の妻が、
目の前に広がる光景に青褪め、扉枠にふらふらと寄かかりました。その傍で、やはり呆然と
して座り込む老家政婦。そんな二人を背に、それでも尚彼は木の生い茂る書庫を突き進もう
とします。
「あんの糞親父! 死んでまで、俺の邪魔を……ッ!」
 自然に還る書物達。
 それはかつて、彼の父が夢想した、最後の願いにも似ていました。
                                      (了)

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  1. 2017/06/18(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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