日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「傍路」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:暁、墓標、静か】


 厭になって、また後ろを向いた。他人が本来進むべきだと云う道に背を向けてとぼとぼと
歩き始めた。
 今に始まった事じゃない。毎日の生活にとんと疲れてくると、こうやって何度でも逃げて
きた。此処ではない何処かへ──とうの昔に叶う事は無いんだと解っていても、こうして戻
って来てしまう。
 一方で、そんな自分にもまた嫌気が差す。
 独りで、他でもないその自らを鼻で哂った。今更何を気取ってやがる。自己憐憫に浸って
さも自分が清く正しいのだと振る舞おうというのか。大嘘つきめ。手前の醜さと卑怯さは、
他でもない自分自身が一番よく知っている筈だろう?
 肯定する事さえ相応しくないと思った。何度も何度も、繰り返し繰り返し自分自身に突き
立て続けた刃は酷く錆び付いて、傷口はとうに壊れて治る事も忘れてしまったように思う。
 ……そんな心象のせいか、ここに戻って来て先ず目の前に広がるのは、痛々しいほど殺風
景な地平だ。空と大地の境界線すらあやふやで、透明なのかと思うそれはその実音もなく濁
っていて、眺める視界の中にぽつんぽつんと今や見慣れた石や木を点在させる。
 それは碑のようであり、墓だった。もうずっと途方も無く、歳月の流れも狂って久しいこ
の場所で、ただじっと流れゆく寒空に晒されている。
 ゆっくりと歩いた。一つ、また一つと傍らにそれらが──黒く古びた石や木の碑文が背筋
を伸ばして建つ事すらままならずに傾き、鎮座している。すぐ後ろに灰色の靄が薄く、何重
にも重なって見えた。あそこを越えてしまえば、他者の領域である。誰に教えられたでもな
い筈なのに、自分は何故かその事を知っている。だからいっそ、あちらへふらりと歩いてい
ってしまえば二度とあの毎日に戻らずに済むのに、ずっと出来ない。……おそらくは同時に
悟っているからだろう。他の誰かと代わったって、劇的に救われる訳でもないのだから。

『……』
 墓石があった。まだ新しいが、既に黒い影が差し始めている。
 ゆっくりと自分は近付いて行った。これは自分だ──解っているからこそ、慎重にならざ
るを得ない。今回が幾度目だと自分は知っていても、ここの自分はそれを知らない。いつも
顔を合わせる時は初対面だ。解っていて、それだけは安易に口にしてしまわないように気を
付けている。
『うん? 何さ? 今忙しいんだから用件ならさっさと済ませて』
 危うくギラついた眼で、デスクの上の書類と片っ端から格闘している男がいる。
 割と最近の──三年くらい前までの自分だ。墓石の横で、デスク共々青暗く透けた身体を
引き摺って延々と仕事をしている。腕や肩先、全体のあちこちが少しずつ青く燃えて塵にな
ってゆく。この時間の自分がいずれ死ぬ。解っていても、繰り返す。
『……何だよ。用が無いなら近付くんじゃねえよ。何処の部署のモンだ? 気楽なもんだ。
この糞忙しいって時に……』
 ちょうどこの頃、自分は以前勤めていた会社を辞め、小さなイベント会社に入った。
 ほとほと厭気が差していたのだ。物作りを生業としながら、ただ高級ならいいと時代に胡
坐をかき、傲慢に押し売らせて憚らなかった上層部。その癖少しでもノルマが届かなければ
皆の前でこっ酷く説教し、見せしめとする。誰も彼もが、必死になって──時には自腹を切
らされてまで愛着のない数ばかりの商品を売る……。
 これじゃない。こんなものは商売なんかじゃない。
 元々不向きだったんだ。まだデスクワークの方がやりがいがある。金払いはまぁまぁ良く
って、実際それを免罪符に十年近くいた訳だけど、それらは元を辿れば押し売って荒稼ぎし
た分の一部なのだ。他ならぬ自分自身もまた、この稼業に加担していたのだ。
 今よりもぐっと給料は安くなる。それを覚悟の上で、自分はある日辞めた。もっと明確に
他人の役に立っていることを確かめたくて、全く違う種類の会社の門を叩く事にした。
 しかし……待っていたのはかつてと同じくらい、いやそれ以上の忙しさだった。元より小
さな会社で人手が足りず、さりとて請け負ってくる案件を減らせば直接売り上げに響く。結
果的にそれぞれが限界を超えて働き詰めになって、ようやく回っているような環境だった。
この頃の自分はそれでも耐えていたが──そう遠くない内に糸が切れる日は来る。

『一体何をやっているんだ!? また前月より売上げが落ちているじゃないか!』
 更にゆっくりと先を歩いてゆく。厳密には本来の道筋を遡っている訳だが。
 先程よりも黒く、更に天辺から中ほどにかけてひび割れている墓石があった。そのすぐ近
くでは高圧的な上司に詰られ、しかし何度もへらへらと眉を下げて謝っているスーツ姿の男
がいる。
 じぐっと胸が痛んだ。今ではないかつての自分とはいえ、改めて居合わせると正直言って
気持ちが萎える。十年近く、ずるずると在籍し続けた前の会社だ。今のそれも別のベクトル
で恵まれた環境とは言い難いが、少なくともこちらは「何の為に」がより一層怒声に隠れて
見えなかった筈だと振り返る。
 青暗く透けたスーツ姿の身体。へこへこと何度も頭を下げ、その度にじりじりと自身が塵
に還ってゆくさまを当の本人は気付いていない。この殺風景な地平では気付けない。
 あの時自分は、意味を見失っていた。価値を認めて欲しかった。許して欲しかった。
 だからこそ、給料が下がるのを分かっていながら新しい環境に飛び込んだのだが──それ
も結局は逃げだったのだろうと今では分かる。
 意味を求めること。それ自体がそもそも間違っていたのだ。
 価値を認めて貰いたい。それ自体がそもそも思い上がりだったのだ。
 立ち止まって考えてみれば分かる事じゃないか。よほどの金持ち、成功者、或いは人に使
われるのではなく使う立場でない限り、自分たちは皆毎日の生活で必死だ。その中で自分の
いる意味を説き、自分の為す価値を認め、ここに居ていいと許してくれる、そんな暇人で酔
狂な他人などいるものか。皆それぞれが必死で、寧ろ我こそがそうして欲しいと望んでいる
ぐらいだというのに。求める者ばかりで、絶望的に満たされる道理が無い。
 泣きながら生まれて、悩み苦しみ、老いや病、事故で死ぬ。
 さてそう言い切ったのは何処の論者だったろう。しかしそれはきっと間違ってはいないの
だ。自分達は探し求めて、欲し続けて、その本質的な救い切れなさを一向に解消できずに抱
えながら死んでゆく。それが人生だと解るのに、随分と時間が掛かってしまった。

『今遊ばなきゃ、もう一生チャンスはねぇんだぜ? 楽しまなきゃ損だろ』
『そうかもしれない。でもそれは一時のもので、とても虚しいものなんだ。君はまだ分かっ
てくれないかもしれないけど……』
 そう互いに離れていない間隔で、また一つ二つ墓石があった。
 一人は如何にも生意気盛りな中高生の少年で、一人は学生と思しき、しかし随分と覇気に
乏しい青年だった。
 嗚呼。言わずもがな、どちらも自分だ。若さに託けて刹那の娯楽に全てを捧げていた頃の
自分と、それから何年かして、その全てが全てではないと知り、且つその先に待つ茫洋さに
絶望し始めていた頃の自分だ。
 青暗い透明な二人が──というより、前者の方が半ば一方的に話し掛けている。これは結
構珍しい現象かもしれない。ここに戻って来て会うのは、大抵いつもその時間の中に固着さ
れた別個だった。それがこの二人は互いの時間を、乗り越えて対話さえしてみせている。
 ……いや。そっと眉を顰めて考えてみたが、これはきっと、他ならぬ今の自分のせいなの
だろう。この時間の二人が一緒になってしまうほど、自分は長く生き過ぎてきた。即ち、過
去というものが段々その互いの境界線を失うほど薄れ、漠然とした一つになってゆくさま。
 確かにあの頃は一瞬一瞬が全てであったけれど、今や些細な事。寧ろ詳細に思い出して掘
り起こそうとすればするほど、当時の未熟さと無知を思い知って不愉快しか残らない。後者
の学生──おそらく就職活動前後の自分を見れば分かる。そうだったな。あの時から自分は
漠然とした不安を抱えていて、それでも呑まれたら「お終い」だと言い聞かせて必死になっ
て封じ込めたんだ。今の自分も、当時の自分も、若かりし頃の自分には苦笑いと悲観的な反
応しか出ないのは無理からぬことだろう。
『君にはもっと、後悔しないよう備えて貰いたいな。この先自分が、何をしたいのかとか』
『そう言われてもなあ。俺、今週出るゲームで頭いっぱいだし、今したい事以外にしたい事
っつわれても分かんねえよ』
 じりじりと、互いの輪郭が少しずつ塵になって溶けてゆく。
 それでも少年の頃の自分は未来への思考を放棄し、青年の頃の自分は何とかやり直せない
ものかと試みていた。
「……」
 遠巻きに、じっとそんな二人の様子を見ていた。
 悪いがその模索は、とうに通り過ぎた道だ。

 殺風景で天地の境曖昧なこの場所も、いつかは果てというものがあるのだろうか。
 それからも、とぼとぼと歩いた。幾つもの石や木の碑が歳月の流れに晒され、傾いたり黒
ずんだりして置き去りにされている。あれから青暗い自分の姿を見かけることはなかった。
以前来た時はもう少しいたような気がするが……きっと、それだけ自分の中で過去に区別が
付かなくなってきているのだろう。濃縮された、断片的な痛みとエピソードだけが辛うじて
頭の片隅に張りついている。
『おじさん、だあれ?』
 そしてふと、足を止めた。幼い男の子が墓石の傍で、自分を見上げてあどけない視線を向
けてきている。ちょこんと座っていた。やはり青暗い透けた姿だった。数拍目を瞬き、ああ
と納得する。出会わないまま黙々と歩き続けたせいで、随分と遡り過ぎてしまったようだ。
『おじさん、だあれ?』
 繰り返される問い。その瞳にはまるで邪気が無い。ただ純粋に、はたと目の前に現れた男
に興味を示し、相手になってくれることを期待している。
「……ずっと向こうから来たおじさんだよ」
 視線を彼に落とした。淡々と見下ろす格好だ。膝を曲げて同じ目線に立って──そんな慈
悲に溢れた態度は取れなかった。沸々と、それよりもこの子が幼い頃の自分だと理解した途
端込み上げてくるものがあった。
 ふぅん? ゆらゆらと座ったまま身体を揺らし、幼い頃の自分が言う。青暗く透けた身体
はまだ若いからなのか、輪郭がそっと塵に還る一方で内部から再び作り出されているような
印象を受ける。
 暫く、この幼子を見つめていた。ずっとずっと過去の自分。あの頃自分は、一体何を考え
ていて生きていたのだろう? 一体いつから、絶望(げんじつ)を覚えたのだろう?
 何故だ。何故笑っていられる?
 時に殺意さえ沸いた。解っているのか? お前の往くこの先は、地獄だぞ。何度だって心
が折れるんだ。そうだと結末が、道程が決まっているのに、お前はこの先を往こうとしてい
る。往くことが当然なんだと皆に言い含められる。
 ゆっくりと、この幼子に近寄った。思わずぶら下げていた両手を持ち上げようとする。
 いっそここで……。手に掛けてしまえばどんなに楽だろう。始めから無かったことにすれ
ばもう、やり直す事も、そもそもこの先を進んでいってグチャグチャに圧し折れるなんて目
にも遭わずに済むんだから。
『……?』
 なのに、出来なかった。それは此処で青暗い過去の自分を葬っても、また現実に戻れば逃
れようのない日常が再開される、その事実だけではない。
 ふいっと、光が差した。地平から昇る朝日だ。それがちょうどこの幼子の背後から姿を現
し、小さな首を包もうとした両手を諭すように照らしたからだった。
 幼子は、ずっとずっと昔の自分はきょとんとしている。期を逃した。また一瞬噴き出しそ
うになった害意を大きく呑み込んでから、自分はゆっくりと一歩二歩、下がった。馬鹿な事
をと思った。幻覚の中(ここ)で彼を殺しても、自我は消えない。あちら側で死ぬその時ま
で、この体は心は、生きてゆく──。
「……そろそろ帰るよ」
 え? 幼い頃の自分が聞き返してくるのに応えもせず、ゆっくりと踵を返した。背を向け
た後で返したのだから、視線は前へ。他人が本来進むべきだと云う道の方を向く格好。
 灰色の靄と、濁った地平線が少しだけ綺麗に見えた。眩しくて目を細める。ついさっきま
で通ってきた石や木の墓が随分と遠くにある。霞んで見える。もうそれだけで、心が折れて
しまいそうだ。ゆっくりと、一歩また一歩と重い足を運んでゆく。

 背中から、一番無知で無邪気な頃の自分から光が差し込むだなんて、意地が悪い。
 それでもまぁ……行ってみるよ。あっちに戻って、頑張るしかないんだから。逃げたって
あの毎日が消えて無くなる訳じゃないんだから。

 寄り道は済んだ。今回も随分と潜った(ダイブした)ように思う。
 じゃあまたいつか。この心と身体が、再び疲れ切ってしまったその時に。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2017/06/11(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅶ〔84〕 | ホーム | (雑記)心の嵐を捌き続けて>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/876-73d38afb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (150)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (88)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (344)
週刊三題 (334)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (323)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート