日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「不可逆」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:冬、悪、残念】


 辻村にはある時、絶交を突きつけてきた友人がいる。
 いや……いる、という表現は厳密ではないだろう。そんな友人がいた、このような言い方
をするべきなのだろうと考えている。
 快活で、とにかく外を走り回っていた辻村とは対照的に、じっと一人で本を捲っているよ
うな少年だった。子供は遊ぶもの。そう疑問一つ抱かず当たり前と思っていた辻村にとり、
彼という存在は珍しかった。妙に気になった。
 尤も、結果的に言えば、それらは大よそ幼少期故の無知だった。
 あの頃は人は皆それぞれ違った個性があり、好みがあり、全員が一つの輪の中では生きら
れないなどとは考えもしなかった。寧ろこの時期の子供達の方が例外なのである。無知に無
遠慮に、まだまだ角の荒い幼い心を望ましい定型にしようと大雑把に一括りにする──。
 しばしば辻村は、他の“友達”と共に彼を連れ出し、一緒に遊んだ。一人でぽつんと室内
で、木の下に座っているのが“可哀想”と感じたからだ。最初は迷惑そうにしていた彼も、
やがて折れたのか、少しずつ抵抗する素振りをみせなくなった。それを辻村らは改善だと思
い込み、彼を新しい友人として迎えたのだった。
 ……ただ、彼を含めた仲良しこよしは長くは続かなかった。学年が上がり、それぞれが成
長する中で辻村(こども)達は、自分と気の合う面子でグループを作るようになり──或る
いはこの時期特有の一匹狼を気取り──昔ほど大きな括りでつるむ事はなくなっていった。
それは小児から少年へ、少年から青年へと移り変わる過渡期においてごく当たり前の変遷で
あった筈だ。大人になってかつてを振り返る辻村自身、こうした変化は避けられなかったの
だろうと考えている。
 決別は、そんな成長の過程で起こった。もう何年も、いつものように雑談をしていた辻村
が不意に放った一言が、その後の彼との関係を決定付けてしまったのである。

『えー、マジで? ○○だなんてだっせーの』

 その時、辻村は微塵も気付いていなかった。あはは。屈託なく笑った自分のその一言が、
彼の最も触れられたくない──何よりも大事にしていた“核”の部分を嘲笑う行為となった
のだから。
 彼に避けられ始めたのは、ちょうどその前後である。最初は何だか付き合いが悪いな、と
思う程度の。だがやがてそれらは徐々に露骨になり、口さえ利かなくなった。ぼんやりとし
た記憶の中で、じっとこちらを静かに睨んでいる彼の姿が霞んで見える。
 ……しかし辻村は、そこで関係を修復しようとはしなかった。少なくともそこまで必死に
努力しようとした記憶はない。
 それはひとえに、それだけ辻村にとって、彼という存在一人の重みがかつての幼少期に比
べて減ったからなのだろう。彼と疎遠になったがなるがまま、辻村は青春の日々に没頭する
中でそんな出来事すら忘れていった。気の合う友人なら、他にもたくさんいる──何処かで
そういった取捨選択を、無意識の下に行っていたのかもしれない。
 それだけ辻村にとって、彼という人間が占めるウェイトは減っていたのだ。いや、元より
大きい訳でもなかったのだ。


「──ねえ。パパは、悪い人なの?」
 保育園から帰って来た息子に、開口一番そう訊かれ、辻村は思わず目を丸くした。
 目の前にはちょこんと、こちらを見上げたまま純粋に答えを待っている幼い我が子。ぱち
くちと数度目を瞬いてから、辻村はこの我が子と同じ目線に屈んでそっと両肩に手を置いて
やると、聞き返した。
「駿(しゅん)。それ、誰が言ってた? パパを知ってる人なのかい?」
「うーんとね、木のお家のおじちゃん。僕に、パパの名前を訊いてきたの」
 いまいち要領が掴めないが、何となく言いたい事は伝わる。
 要は息子が保育園への行き来をするまでの間に、自分のことを知っている誰かが接触して
きたのだろう。おそらくは息子の姓を聞いて、まさかと確認を取ってきたのだと思われる。
「……その、具体的に何て言ってた?」
「うーんと……。君のお父さんは、他人の心を踏み荒らして何とも思わない罪人、だって」
 十中八九、言葉の意味がよく分かっていないのだろう。息子はけろっとした様子でそう記
憶にあるフレーズを片言で再生し、何が問題? と言わんばかりに小首を傾げていた。
 何だそりゃ。辻村はやや戦慄さえ覚えた。何処の誰かは知らないが、そこまではっきりと
他人を悪く言うとは、よほど自分に恨みを抱えている人間らしい。
「……なあ、駿。そのおじちゃんの家、何処か分かるか? よく知ってる所か?」
「うん。学校に行く途中の道~」
 通園路か。この街には転勤で住むようになったが、そんな知り合いがいるとは、世間は案
外狭いものだ。

 工場のシフトが休みの日を狙って数日後、辻村は息子の送りを妻に代わって貰った。その
行きがけに件の家を指差して貰い、送った帰り道にもう一度その前に立つ。
(ここがそうか……)
 確かに、木造の古めかしい家だ。周囲には苔生すんだ庭木の他、自然のままを大事にされ
たとみられる和風なガーデニングがこの家屋を隠そうとしているかのように見える。
 辻村は独り内心息を呑んだ。自分が知人だと判った上で、その息子にある事ない事を吹聴
していたという人物。
 一体誰だ? 一度その面を拝んで、弱そうならば文句の一つでも言ってやる。
「……」
 ちょうど、そんな時だった。
 ふと辻村の横をサーッと首輪のついた猫が一匹通り過ぎ、この家の庭に入る。そしてまる
でそのタイミングを知っていたかのように縁側の戸が開いたかと思うと、そこから出てきた
のは、老木のように痩せぎすな一人の男性だった。
「永尾?」
 ガツンと記憶の奥底、頭の後ろを金槌で叩かれたような感覚だった。
 半分以上無意識に、衝いたままに出た言葉。辻村はそう自分が期せずして紡いだ言葉で、
やっと目の前の人物がかつての旧友だと理解する。ザッと一旦視線を玄関下の表札に向けて
確認してみたが、はたして同じ姓がそこには書いてある。
「……」
 軒先の男──永尾は、その声に一度こちらを見遣ったような気がしたが、ほんの一瞬の出
来事で確信が持てない。彼はこちらに構う訳でもなく、そのまま屈んでじゃれついてきた猫
に餌の缶詰を与え始める。
「な、なあ。お前、永尾だよな? 俺だよ、辻村だ。小学校の頃一緒だった……。あー、覚
えてないかな? もう二十年以上も前の話だし……」
 何故か必死になってアピールし始めるこちらに構わず、ガツガツと椀によそわれた餌を食
べている猫。
 おそらくは彼の飼い猫なのだろう。茶色と黒のまだら模様、野良か何かか。
 しかし当の永尾は、まるで応答を返す素振りはなかった。この猫が食事している様子をじ
っと眺めたままこちらを見ることさえしない。
「永尾……? あ、いや、人違いならすまない。面影が結構あったもんだから──」
「美味いか、コジロー。偶にはいい奴も食べさせてあげたいんだけどね。どうしてもそうい
うのは値が張ってしまうから」
 不安になった。早とちりじゃないかと思い立って辻村は少し弱腰になったが、次の瞬間彼
がようやく開いた最初の言葉に遮られる。
 明らかにこちらに気付いていてのタイミングだ。だがあくまで永尾は、辻村ではなく目の
前の猫と会話していた。カッカッと残り半分近くになった餌に食らいつくその姿に、痩せた
頬を静かに緩めて話し掛けている。
「な、永──」
「しかし世の中には無礼な人間もいたものだよ。こちらのプライベートに了解もなしに踏み
込んで来て、一方的に用件をぶつけてくる。何も変わりやしない」
 当てつけだと解ったのは、次の二言目・三言目からだった。
 永尾はやはり頑としてこちらと視線を合わそうとしないが、飼い猫に語り掛けている内容
は間違いなく批判だ。辻村は思わず眉を顰めた。久しぶりの再会──とは言ってもずっと疎
遠だったのだが──にも拘わらず、無礼なのはどっちだと思う。
「それに、息子がいると判った時も驚いた。子供達が元気に挨拶してくる中で聞き覚えのあ
る苗字だなと思って訊いてみたらさ、その昔付きまとっていたクラスメートだったんだよ。
世間は狭いね。何も、よりによってこの街に来なくてもいいのに……」
「……」
 少なくとも、歓迎されていないことだけは分かった。
 どうやら通園途中、何度か言葉を交わす内に自分の子だと知ったようだ。それにしたって
酷い言いようではないか。付きまとっていた? よりにもよって? お前、まさかあの頃か
らそんな風に俺のことを……。
「だから、吹き込んだのか。息子に俺のある事ない事を散々」
「彼が僕をどういう目で見ていたのかは知らない。所詮互いの主観の問題だ。今更理解しよ
うとも思わない。ただ少なくとも僕は、彼があまり好きではなかった」
 変わらず徹底してこちらを見ず、飼い猫を見つめて。
 それが辻村にとっては、まるで遅過ぎる判決文の読み上げように感じられた。
「だからってそりゃあないだろう!? 子供は関係ない!」
「自分のバイタリィが、他の人間にも同じようにあると信じて疑わない奴でね……そのせい
で散々連れ回された。僕はもっと本を読みたかったし、一人でいたかったのに」
 戸惑いは、やがて怒りに。辻村は朝の慌しさが退いた頃合をいい事に叫んでいた。しかし
対する永尾は応じない。やはり自分の飼い猫を──食べ終わって見上げるその頭をそっと優
しく撫でている。
「どうやらあの子は、自分の父親の事を何も知らないらしい。だから教えてあげたんだ。彼
が如何に僕を傷つけたか。そのことすら忘れて、のうのうと生きている限り、彼はまたきっ
と同じ過ちを誰かにしでかしている筈だ」
「っ、お前──!」
「さあ。そろそろ中に入ろうか。うん? それは何かって? そうだなあ……」
 辻村は頭に血が上る寸前だった。よりにもよって息子がその報復とやらの毒牙に遭い、ま
だ無垢な心の中に父親への悪評を刷り込まれつつある。卑怯さと、理不尽。辻村は敷地の内
外を区切る門を跨ぎ、彼へと掴みかかろうとした。と、同時にふいっと、永尾はこの飼い猫
を抱き上げると家の中へと踵を返す。
「──彼はあの時、僕に決して許されないことをしたのさ」
 辻村の怒りが、踏み込もうとしていた足が全身が塞き止められた。
 もう見せているのは背中だけだ。抱えられた猫だけが、肩越しにこちらを真ん丸な瞳で見
ている。
 そのまま、永尾は家の中へと消えてしまった。辻村はもってゆく筈の怒声の矛先を失った
まま、ただその場に立ち尽くすしかない。


「頼むから止めてくれ! 息子は関係ないだろう!? 一体俺が何をしたっていうんだ!」
 永尾の嫌がらせは、それからも続いた。通園途中で顔を合わせる機会がある度に、息子は
自分の父親を悪く言われ続け、すっかり弱ってしまった。
 事が深刻になり、何度も辻村は保育園側に対策を求めた。具体的には息子を唆す男が通園
路の途中にいることと、このルートをそもそも外して迂回して欲しいということ。
 だが園側は、辻村の訴えに消極的だった。保護者一人だけの要望でそこまで変える訳には
いかない──特例を作りたくないと。何より辻村自身が、自らの悪評を刷り込まれていると
いう事情であったからこそ、詳しい説明を求めてもこれを渋った影響が大きい。
 結局辻村は、相手方である永尾に直談判するしかなかった。最初こそ非は向こうにあるの
だと強気で止めるよう訴えていたが、あくま頑なに首を縦に振らず──相変わらずこちらを
見て話しさえしない彼の態度に、徐々に懇願するような格好になっていた。

 屈辱だが、菓子折りを持って訪ねもした。友好関係を築き直せればと思った。
 ……しかし、永尾は相変わらず飼い猫と話すばかりで、頑として受け取らない。
 或いは金一封を持参すること数回。とっくに疎遠になった相手に、誠意をみせろとなれば
このぐらいしか思い浮かばない。屈辱だが、それで収まればまだマシだと思った。
 ……しかし、永尾は結局一円たりとも受け取りを拒否した。寧ろ「彼は金で解決しようと
する奴なんだよ」と猫越しに詰られ、怒りを必死に堪えたまま帰らざるを得なかった。
 土下座だってした。日中、通行人もちらほらとあるにも拘わらず、もう恥も何もかなぐり
捨てて懇願した。屈辱だったが、これも全て息子の平穏の為だと言い聞かせて。
 ……しかし、永尾は決して首を縦には振らなかった。こうまでしてもやはりこちらを見る
こともなく、飼い猫を抱えて撫でたり、餌をあげながらも好き放題言い放っては家の中へと
消えてゆく。

「そうなんだ、コジロー。彼は根本的に勘違いをしている。謝りさえすれば済むと思ってい
るんだよ。……君にも話したことがあったろう? 彼は決して許されないことをしたと」
 何度も何度も。何度も、何度も、何度も。
 辻村はシフトの暇さえあれば永尾の家を訪ねた。いや、暇を作ってでも一刻も早くこの悪
夢から解放されたかった。心はとうに擦り切れ、当初の強気はない。ただ絶望が染み付いた
表情(かお)のまま、今回もまた叫ぶばかりである。
 どうして……? とうとう辻村はその門前で、がくりと膝を折ってアスファルトの地面に
手をついた。いつぞやかの土下座と同様だ。しかし今はもう、謝る事で好転するという一種
の希望は潰えてしまっている。どうして……? どうして自分が、駿が、こんな理不尽な目
に遭わなければいけない?
「一体何なんだよ。一体お前をそこまで怒らせたのって、何なんだよ……」
「それにね。僕が許せないのは、何より彼が自分の言動を忘れている、という点なのさ。土
足で他人の領域に踏み込んでおいて、その重大さを解っていない。まぁ今更思い出して悔い
てみせた所で許さないけどね。“駄目”なんだよ。あの日僕に、あの言葉を吐いたその時点
で、絶対に」
「……」
 駄目だ。その一言が辻村の胸奥を極太に突き刺し、酷くズタズタに引き裂いていくような
心地がした。よほど怒っている、根に持っていることは分かった。しかしどう頑張ってみて
も自分の中にその時の記憶はない。そもそも何についての言葉が、彼をここまで頑なにさせ
てしまったのか見当もつかなかった。
「全ては彼のせいさ。彼がこの街に来なければ、何も起こりはしなかった」
 淡々と言い切るその追撃に、嗚咽する。辻村は地面に膝を、手をついたまま泣いていた。
 雪融けなどない。目の前にはただ只管に凍て付いた、もう二度と元には戻せない歳月だけ
が立ち塞がっている。
                                      (了)

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  1. 2017/05/28(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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