日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「魔神彼女」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悪魔、屍、殺戮】


 記憶はもう断片的にしか残っていないが、それらを繋ぎ合わせれば同じ一つの画になる。
 辺り一面に燃え盛る炎と、武器を手に互いに殺し合う者達。響き渡る幾つもの剣戟と、逃
げ惑う人々の悲鳴。
 そうやって、何度も繰り返してきた。いつも私に願いを込めた者は、その願い故に最後に
は破滅を迎えて死ぬ。罪に染まった魂となって天へと昇る。
 私はずっと観てきた。自らが貸し与えた力の結末を。黒く焼け焦げ、やがて灰となり朽ち
てゆくかつて街だった残骸と、惨たらしく死に絶えた人間達。滅ぼし滅ぼされ、或る者達は
歴史の只中で途絶えていったが、一方でまた或る者達は群れとなって大きく旗を掲げ、勝利
に酔いしれていた。
 だがそれは、所詮一時のものだ。与えられた力で次を、更にもっと多くを求めていく彼ら
の行く末は決まっている。自らの魂を罪に染め上げ、且つその警告もかつての理想も忘れ、
遅かれ早かれの破滅へと向かってゆく。
 人々は時に、私を「神」と称して奉った。時に「悪魔」と呼んで忌み嫌った。
 私は、どちらになったつもりもない。ただ呼び出され、求められれば力を貸し与え、その
対価として彼の者の魂を頂く──それだけの存在だ。私が私として形作られた瞬間から定義
された機能だった。
 だから私は「神」ではない。ましてや「悪魔」だのと呼ばれるのは心外だ。
 災いをもたらしているのは、他でもないお前達ではないか。私が拒否することを許されて
いないのをいい事に、自らの都合に合わせて呼び出し、力を得る。定義された機能の範囲内
で窘める──警句を放ったことも両手では収まらない。なのにお前達はその時その時に作り
上げた「正義」の下に己を正当化し、借り受けることに理由をつけた。私は求めていないの
に、朗々と儚い理想を語る。それが結局、片方を生かす為にもう片方を殺すだけ──虐げる
者を取り替えるだけの繰り返しであるとも理解しようとせずに。
 ……だから、とても新鮮だった。彼らの抱いた、誰かを巻き込もうという情熱とはまるで
対極にあるようなその在り方が、とても久方ぶりであるかのように思えたからだ。

 ***

『我が名は変革の化身、レヴィナバラン。召喚に応じ参上した。汝が魂を我に捧げよ。さす
れば全てを変える力を与えよう』
 そこはとある書斎だった。年季が入っているのか、室内は差す光に混ざって埃が舞い、壁
一面に大量の古書が収められている。
 青年は、その床に複雑な円形──魔法陣を描き、彼女を呼び出した。溢れ出る魔力の余波
は室内を掻き回し、書という書が激しく捲れ上がったり転げ落ちたりする。
 神とも、悪魔とも呼ばれた存在がそこには浮かんでいた。魔法陣の中央にふわりと浮かん
で彼を見下ろしているのは、燃えるような赤い髪をなびかせた黒ローブの女だ。背中には六
対の漆黒の翼。額には髪色と同じ宝玉が不穏に輝き、頭部には渦巻く角が一対付いている。
 レヴィナバラン。彼女は自らをそう名乗り、定義された口上を述べた。
 はたしてこの人間はどんな願いを口にするのだろう? 彼女は内心もう辟易とした面持ち
で目の前の青年を見下ろし、憎もうとしていた。どうせ今度も、この世界は滅びる。或いは
そこまでの規模でなかったとしても、破滅する未来に変わりはない。
「……」
 だが青年は、最初ぼうっと彼女を見上げているだけだった。よく見れば瞳に輝きがない。
薄く消えかかった感情の下で、ただぽつっと一言望みを告げる。
「僕を、殺して欲しい」
 彼女は思わず眉を顰めた。力を欲するのでもなく、自ら破滅を選びたいと言ったからだ。
何より戸惑いがあった。他人をどうこうとしようというのではなく、ただ自分一人の内側に
収斂させて終いにしようという、その気質。
『……腑抜けが。此度の契約者は、自害の一つもできぬ臆病者か』
「そう言われれば、反論はできないけど……。でも普通に死ぬんじゃ駄目なんだ。君は願い
と引き換えに魂を食べるんだろう? だったらそれで死ねば、もう二度と僕はこの世界に生
まれ直さずに済むんじゃないかって」
 彼女は、益々怪訝に思った。こいつは誰か、憎い相手を殺したいでもない。復讐したいで
もない。ただ徹底的に消え去りたいと願っている。
『変わった奴だ。理由を、訊いてもいいか?』
「……もう厭なんだ。悪い奴が僕を利用して騙して、得をするのが。でもそれは、僕が弱い
からなんだ。こんな弱い人間がいるから、ああいう奴らが味を占めてのさばるんだ。だから
消えたい。弱い、カモになってしまうような人間が一人でもこの世界からいなくなれば、少
しは廻り回って世の中が良くなると思うから……』
 彼女はゆっくりと目を見開いてた。真紅色の瞳が大きくなる。
 はっきり言って、今までになかったタイプの人間だ。苦難があるにも拘わらず、これと直
接立ち向かうでもなく、自らが退場すればいいと言い放つ。自分の為に世界を変えようなど
とは考えず、世界の為に“何もしない”ことを選んだその在り方。
『ふむ……』
 半ば無意識だったのだろう。彼女は小さく口元に弧を描いていた。少なくとも絶望する事
はなかった。かつての者達と同じような末路、繰り返しではなかったからだ。
 スッと両目に魔力を込める。この青年の魂の姿を視る。はたして彼のそれは、なるほど今
にも消え去ってしまいそうなほど弱く小さかった。
『貴様、名は?』
「……志紀。近野志紀」
『シキか。面白い奴だ。いいだろう。その願い、聞き入れよう。だがお前の魂は、我の糧と
するにはいささか物足りぬ。今すぐにとは言えぬな。数年──その魂を我好みに肥えさせて
からになるが、構わんか?』
 願いがお預けにされると言われてがっかりしたのだろう。青年は目に見えて絶望した表情
になった。だが一方で願い自体は叶えて貰えると知り、ごねるのも拙いと考えたらしい。
「……分かった。でも、なるべく早くして欲しい」
『ああ。では契約成立だ』
 宙に浮かび、胸の前で腕を組んだまま人ならざる彼女は言った。
 赤く、魔力の余波が舞う。全てはこの時から始まった。

 ***

 それからである。かつて神とも悪魔とも呼ばれた彼女と、死にたがりの契約者との奇妙な
共同生活が幕を開けたのは。
 最初は、それこそ本当に彼の魂を肥えさせる為だった。個人的に、彼に興味が湧いたから
というのも大きい。充分なエネルギーとして摂取するには、彼の魂は脆弱過ぎた。なので、
遠回りではあるが、彼を死から遠ざける必要があった。喰らうその寸前まで、生の力に満ち
た贄になって貰わなければ困るからだ。
 ……別に、さっさと小さな食事だけを済ませて再び眠りに入ることもできた。
 なのに何故だろう。わざわざ失われた儀式すら掘り起こし、自身を殺そうとした彼を放っ
ておけなかった。
「シキー、お腹空いた~……」
「はーい。ただいま」
 七年の歳月が経っていた。彼女は彼のアパートに暮らし、今までになかった平穏な人間の
世界を満喫している。初夏の晴れやかな日、昼時に彼女はいつものように料理をせがんだ。
同居人である青年・志紀が苦笑いを零して台所に向かう中、彼女はテーブルの下でぶらぶら
と脚を揺らしている。
「冷やし中華にしようか。もうすっかり暑くなったし……」
「ああ。そうしようそうしよう。具だくさんで頼むぞ!」
 神とも悪魔とも──レヴィナバランこと赤髪の美女は、そう見た目の可愛らしさとは裏腹
な男勝りな口調で笑った。大食らいで、好奇心旺盛な性格をしている。志紀は「はいはい」
とすっかり慣れた様子で冷蔵庫から具材を取り出していた。戸棚から取り出した二人分のガ
ラス鉢が外の青空を反射している。
 魂を肥えさせる。その方法は単純だ。ただ生かしてやればよい。生きて、日々を充実させ
てやればいい。欲望で煮えたぎった魂こそ、自ら突き進んで肥えてゆき、いずれ大いに腹を
満たしてくれる糧となろう。
「はい、おまちどお。レヴィはこっちね」
「やっほーい!」
 だが……実際にはもう、彼女の方がそんな契約を忘れかけていた。言い出しさえしなけれ
ば忘れようとさえしていた。
 満たされていたからだ。かつて自分に歪んだ理想を押し付けてきた者達に比べ、彼は全く
そんなことを望まなかった。振るう力は気弱な彼を守る為に。それさえも彼女にとっては、
今までにない経験だった。
 少しずつ、歳月をかけて彼は生きる力を取り戻していった。物静かで何処か陰気な雰囲気
を宿すのは当初と変わらなかったが、ある程度襲ってくる火の粉を払い、慎ましくも生計を
立てられるようになると以前のような死ばかりを口にすることは減っていった。何よりも手
先が器用で、子供に好かれる心優しい青年だと知ることができた。
「いただきまーす!」
「……ます」
 レヴィと志紀は、二人して食卓を囲む。
 ささやかな幸せだった。大きな物語によって犠牲──火の海と膨大な廃墟を目の当たりに
することもない日々に彼女は救われ、一方の彼にとっても彼女はいわば命の恩人であった。
鮮烈な出会いとは対照的に、穏やかな時間が流れ、全ては優しく流れてゆく。
「こんなに、綺麗だったんだな」
「? うん?」
「……いや。何でもない」
 昼食の冷麺を頬張りすする彼女を見て、フッと苦笑(わら)う志紀。
 世界の全てからみればほんの些細な時間かもしれないが、そんな一時が全てだった。魂が
肥えるとは、即ち満たされて生きること。幸せを知り、その何処かで際限を見つけること。

 お互いに“契約”の話はしなくなっていった。だってもう、二人は救い救われ、救われ救
っていたから。時間はゆっくりと引き延ばされ、十年二十年と歳月は過ぎていった。
 彼らの奇妙な共同生活はそれかれもずっと続いていった。
 それこそ一般に“所帯”と呼ばれ、認識されるようになるまで。

 ***

「全く。結局こんなになるまで過ごしちゃったじゃないか」
 数多の思い出を刻んだ一軒家があった。引き取った子供達に伸び伸びと過ごして貰う為に
と夫が一大決心をして買った庭付き一戸建てである。
 レヴィは、そんな彼の亡骸の前に座っていた。棺桶の中でじっと眠っているその皺くちゃ
の顔は、またその内何事もなかったかのように目を開けそうなほど穏やかだ。
 近野志紀は死んだ。七十九歳。養子故に直接血は繋がっていないものの、多くの子や孫達
に囲まれながらの安らかな最期だった。
 彼女は今、黒い和服を着たまま座っている。葬儀は先日済んだ。明日には親族が揃って彼
の埋葬が始まる。文字通り、永遠の別れだ。
 この世界で暮らしてゆけるよう名乗った偽名を、麗美。戸籍上は彼の妻である。
 棺桶の縁を撫でながら、フッと苦笑(わら)う。魂を充分に肥えさせてから頂く──かつ
てそんな契約を交わしてから、一体どれだけの歳月が経っただろう。
 ……いや、人間にはともなく、自分にとってはほんの僅かな時間に過ぎない。なのに何故
だろう、こんなにも胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感は。彼が逝ってしまったことが
こんなにも辛く哀しいものだなんて。
 ……途中から気付いてはいた。これが愛しているという気持ちだと。情が移ったと言って
しまえばそれまでだが、確かに彼女は一人の人間としてこの数十年を生きた。
「おかげで、喰い損ねちまったよ」
 伏せがちな眉と、沈んだ声。気丈を装った言葉はすぐに畳敷きの部屋に霧散した。
 弔いに来てくれた客人らは既に皆引き上げた。子供達も今は書類やら何やら、それぞれに
彼の死に伴う雑務に走って貰っている。
 理由はただ哀しみゆえだけという訳ではない。一人になった方が都合がよかった。
 レヴィはもうここ数十年、まともに魂を食べていない。人間的な食事はその分たっぷりと
摂ってきたが、それはあくまでこの現界した肉体を維持する為のものだ。
 掻い摘んで言えば、彼女もまた、ゆっくりと迎えようとしていた。炎のように赤かった髪
は白髪に随分と占領された茶みの髪になっているし、顔や手足の皺も目立つ。だが彼女にと
っては好都合だった。彼と──志紀と同じように老いているように周りに見せることができ
たのだから。
 悔いはない。とても、いい人生だった。
 分かり切っていた筈だ。いずれこんな時が来ることを。彼が人間である以上、契約履行を
引き延ばせば引き延ばすほど、別離の重みが大きくなることを。
 それでも彼女は、その僅かな一時を選んだ。彼と共に生きることを選んだ。当初彼が望ん
でいたその魂も、最早食べようなどとは思わない。もうあのような消滅願望など持たなくな
ったと信じたいが──彼にはこの先も、生きて欲しかった。
「……」
 サラリ。彼女の頬から、腕から、少しずつ皮が剥がれて塵に還ってゆく。だが不思議と怖
くはなかった。もうかつての役割を背負わなくていい。そんな解放感と愛する人と添い遂げ
られたことの満足感が、全てをそっと包み込んでくれていた。

 サラリ。一枚また一枚、自身の身体が小さな薄皮となって飛び立ってゆく。
 彼女は満足だった。そっと目を瞑って、静かに微笑(わら)っていた。他のどんな膨大な
死と繰り返しの記憶よりも、束の間で内側へと収斂する思い出達を。

 ありがとう。
 暫くの間、かつて神とも悪魔とも呼ばれた彼女は、じっとその場に座り続けていた。
                                      (了)

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  1. 2017/05/22(月) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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